放課後、僕は心身共に疲れていたのでぐったりしていると、織斑君がこっちに近付いてきた。
「智久、大丈夫か?」
「どこかの誰かさんに安眠だけでなく学生生活すら妨害されたって言うのに、大丈夫だって本気で思ってる?」
「いや、あれは千冬姉が……」
「そもそも、君が僕を犠牲にしたせいで僕は巻き込まれたんだけど? 普通に考えたら同じ男でも君しか名前が挙がらなかったってことは僕には興味がないかクラス代表にしたくないのどちらかだよね? それとも、君はそんなことすらわからないお馬鹿さんなのかな? だとしたらIS学園に来る前に精神科……じゃない、脳神経外科にでも行くべきだと思うよ」
「………ちょっと毒舌過ぎないか?」
僕自身もこれだけ話すことに驚いているけど、今は目の前にいる馬鹿に説教することが大事だと思う。
「この程度で? まぁ、君にでもこうして言っておかないと、オルコットさんに対して色々と言いそうだからさ」
「要は八つ当たりかよ!?」
「そうとも言うけど、君の考えなしに巻き込まれた僕は絶賛不幸な目に遭っているわけだけど?」
「……本当にすみませんでした」
謝る織斑君に僕は敢えて「良かろう」と言うと、狙ったのか、それともずっとか僕の方を見て女生徒たちが話をしている。中には睨んでいる人もいて、織斑君もその人たちに気付いたようだ。
「なぁ、智久。どうしてあの人たちは智久を睨んでいるんだ?」
「……意外と目ざといね。それはたぶんあの時の僕の発言が原因じゃないかな?」
「あの時?」
「僕が君のお姉さんに対して期間限定で専用機を要求をした時のことだよ」
織斑君が記憶を探り、たどり着いた時に納得したようだ。
「ん? それの何が悪いんだ?」
「……織斑君、ISが最高でどれだけの数が存在するか知ってる?」
「………知らない」
……えっと、そこから?
まさかの事態に僕はありえないものを見る目で織斑君を見て、咳払いをする。
「織斑君、今すぐノートを用意しなさい」
「え? 何で―――」
「お勉強の時間です」
怠そうな声を上げる織斑君。だけど僕のスイッチが入っているので止まらない。
「あのね、織斑君。ここは仮にも進学校だよ? ISの勉強だけじゃなくて一般教養の授業スピードも早いんだよ? 今の時点でそんなんじゃ、来年はもう一度君は1年生確実だよ」
「うっ……それは困る」
「でしょう? だったらわからなくてもノートは取らなきゃ。特に君は僕と違って参考書を捨てているんだからもう少し危機感を覚えた方が良いよ」
「……でも、なんかしっくり来ないんだよな……」
このままじゃ織斑君は落第決定かもしれない。まぁ、その時はその時だ。彼が留年したら精々弄ってやろう。
「で、ISの最高作成可能数だけど、467機だから」
「え? たったそれだけなのか? っていうかよく知ってるな。あの時は智久も手を挙げてただろ……」
「……織斑君。そろそろ君は屋上からバンジージャンプするべきだと思うんだよね。もちろん、ロープではなく手芸に使う糸ぐらいが君はちょうどいいと思うよ」
「そんなものじゃ死ぬだろ!?」
それが目的なんだけど……?
僕が出す威圧感に織斑君は体を引かせる。
「……話を戻すね。ISは最高でも467機。これは篠ノ之束博士がそれだけしかISの核となるISコアを各国に渡さなかったから、各国はそれぞれコアを割り振ってISコアの研究、ISの開発を行っているってわけ。で、何故僕は「最高」という単語を付けるのかというと、ここからは陰謀論の範疇だから聞き流してくれて良いんだけど、各国は当然ISコアを開発してより軍事力を高めようと思っている」
「え? ISってスポーツじゃないのか?」
「ミサイルや戦車の砲弾が効かない時点でどれだけ偽っても結局は兵器として見ていると思うよ。ここもあくまで空想の範疇だから実際はわからないけどね」
何故ここまで僕が考えているかというと、僕自身の考えがアニメとかの影響で偏っているからだと思う。
まぁ、そんな考えはこれまで孤児院では見せなかったし、見せる必要はなかったんだけどね。…逆に怖がらせるだけだから。
「で、彼女らが僕を敵視する理由は、その少ないISを1機都合しろって言ったから怒っているんだよ。彼女らにとってISを個人的に所有するのは一種の憧れでもあるんだよ。じゃあ、例え話をしようか。例えば織斑君の好きな人が所有している物が中々手に入りにくい……そうだね。パンツとかどうだろう」
「え、ちょ、それって……」
「何を慌ててるさ。パンツぐらい誰だって履くだろう?」
「例えがおかしいだろ、例えが!?」
何をそんなに慌ててるのだろうか? たかが女のパンツぐらい、姉がいるんだったら見たことあるだろうに。
「もしかして、ここでパンツの話をするのが嫌なの? ただの例え話なのに」
「いやでも、流石にまだ残っている人もいるし………」
「じゃあ、ブラジャーの方にする?」
「どっちもアウトだ!」
「そう? 大体、僕らみたいに常日頃から女と一緒にいれば嫌でも触るでしょ。君の家の事情は知らないけど、少なくとも一度や二度は姉の下着を洗濯したりするだろうし」
僕にとって女性の下着とはそういうものだ。日頃からそういった物は干しているし………あれ? そう言えば最近幸那のものは干してないな。彼女も年頃ということか。
「いや、確かにそうだけどさ。だからって女子校で下着の話は………」
「でも、消しゴムとかって探せば普通に売ってるけど? リコーダーや鍵盤ハーモニカだって手に入れようと思えばできるし。となれば、男で女の物を手に入れにくいとしたら下着でしょ?」
「…………そ、そう言う問題か?」
「そういう問題だよ。他に何があると言うんだい? で、話を戻すけど、ブラ―――」
「お願いします。消しゴムにしてください!」
僕はため息を吐いて話を再開した。
「じゃあ、仮にだけど数が少ないから数億は下らない消しゴムを、君が好きな女子が持っていたとしよう。君はその子が持つ消しゴムが欲しくてたまらないのに、クラスにいる別の男子がその子のことが好きでもないのにもらっていたら怒るだろう?」
「…………そうだけど」
「つまりそういうことだよ。僕はISの専用機は欲しいとは思わないし、彼女らが怒ってもしばらくはもらえないから空回りしているんだけどね」
というか、あまり必要性は感じないっていうのが本音だ。
そもそもISに乗れるから、それがどうしたって話である。機械に興味はないと言うつもりはないが、それでもISにはあまり関心は持てなかった。
「とまぁ、大体女子たちの気持ちを理解したところで、さっきから何をしているんですか、山田先生」
「え? あ、その………」
顔を赤くしていたということは僕らの話を聞いていたのだろう。おそらく、僕らがパンツだのブラジャーだのと話していたから、空気を壊していいのかわからずに立ち往生していたということかな。
「大方、僕らに用があったけど下着の話を聞いて出るに出られなかったんですね」
「………うぅ」
泣きそうになる山田先生。彼女がこの学園の教師をしていなかったら、今頃は男たちから引く手数多だったかもしれない。
「それで、僕らに一体何の用だったんですか?」
「え、えっとですね、寮の部屋が決まったのでそのお知らせをと思いまして」
………ああ、そういうことね。
ちなみにIS学園は、将来の国防を担う女学生たちが誘拐されないように全寮制になっている。
「え? 俺の部屋ってまだ決まってないんじゃなったですか? 前に聞いた話だと、一週間は自宅から通学してもらうって話でしたけど」
「そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理やり変更したらしいです。……織斑君はその辺りのことを政府から聞いていますか?」
たぶん聞く時間なんてなかっただろう。だって、休み時間は事あるごとに僕の休眠を邪魔してきたのだから。
「そう言うわけで、政府からの特命もあって織斑君を寮に入れるのを最優先したみたいです」
「え? じゃあ智久は最初から寮に入ることが決まっていたのか?」
僕に質問してくる織斑君。僕は頷いた。
「そもそも、君が寮に入ることが決まっていない事自体、危機管理リスクを犯していると思うけど?」
「え? 一体どういう………あ、じゃあ着替えなどの荷物はどうするんですか? これから取りに帰るんですか?」
いや、それじゃあ何のために寮に入ることになったのかって話だろう。
「いえ、荷物でしたら―――」
「私が手配をしておいてやった。まぁ、生活必需品だけだがな。着替えの他には洗面道具と携帯電話の充電器があればいいだろう? ありがたく思え」
まぁ、今の織斑君にはそれで十分だね。………本人は凄く不服そうな顔をしているけど。
「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は6時から7時、一年生用の食堂を使ってください。ちなみに部屋にシャワーがあります。大浴場もあるにはあるのですが、今のところお二人は使うことができません」
「え? 何でですか?」
「………僕にはその勇気はないよ、織斑君」
まさかこの人、女子が入っている最中に突貫する気なのかな?
「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」
「あー………」
ようやく彼は自分の言葉がどういうことかを指したのか理解したようだ。と、ここでふと疑問が上がったので質問してみる。
「でも、時間をずらせば僕らも入ることはできるんじゃないですか? 時間はわかりませんが大体時間制でしょ? 10時以降の人たちを少し早くするなどすれば、問題ないと思いますけど?」
「えっと、それはみなさんが困りますというか……」
山田先生が言葉を濁す。どうやら僕は彼女らにとってマズいことを聞いたらしい。
「まさか、僕らが変なことをするとか思っていませんよね? 例えば、女子が入った後のお湯を飲むとか」
「え? そんなことをするんですか?」
「………山田先生、普通に考えてそんなことをするわけないでしょう?」
「そ、そうですよね」
その割には随分と汗をかいているようですが、まさか本気にしていませんよね、山田先生。
「時雨、そこまでにしろ。………まぁ、実際そう言う意見がなかったわけではないがな」
え? いたの? あくまで例のつもりだったのに。
「えっと、それじゃあ私たちは会議があるので、これで。お二人とも、ちゃんと寮に帰るんですよ。道草くっちゃダメですよ」
……50mしかない距離でどうやって道草を……あ、
僕は鞄を持って、渡された鍵を持って教室を飛び出す。道草を食わないといけないことに気付いたからだ。
僕が向かったのは学園長室。ここに、僕の目当ての人がいる。
ドアをノックすると、返事があったので入室する。もちろん「失礼します」は忘れない。
「よく来ましたね。てっきり今日は来ないと思っていたのですが」
「すみません。織斑君と談笑していました」
「……そうですか。てっきり、あの騒ぎで距離を置くかと思いましたよ」
……既に彼女の耳にもあのことは届いているようだ。
「……僕は凄く不本意なんですがね」
「気持ちはわかります。ですが、彼女も必死なんでしょう。性格と口が矯正されればまともになるのですが」
……もはやそれは別の人間なのでは? そう思ったけどなんとかこらえる。
「ところで智久君。君がここに来たということは、専用機のことでしょうか?」
「いえ。改めてお礼を言おうと思ったんです。一歩間違えれば、僕はここにいませんでしたから……本当は、和菓子とかを持ってきた方が良かったのかもしれないんですが、それはまた後日で……」
すると菊代さん……いや、学園長は2、3度瞬きをして噴き出した。
「…わざわざそんなことを言いに来たのですか?」
「はい。……やはり迷惑でしたか?」
きっと僕らのせいで仕事が忙しくなっただろうから。
「いえいえ。ただ、少し驚いただけです。……ところで、専用機ですが希望とかはありませんか?」
「専用機は、しばらく必要はありません。あの試合、当日はボイコットの予定なので」
そう言うと学園長は呆気にとられたようだ。
「そもそも、私は操縦者というよりも技術者として大成したいんです。確かにいずれ乗る必要はあると思いますが、何も相手が代表候補生じゃなくても良いでしょう。それに何より、向こうは手加減を知らないでしょうし、何より、あの女がムカつくので」
「………そうですか」
僕は学園長と少し話し、それから部屋を出て寮に向かった。
■■■
智久が出て行った後、菊代はため息を溢してテーブルの上に置いてあった資料を見る。幸い、いつも使用している筆記用具の上に置いてあったので、智久からは見えていないようだった。
(……本当に、あの人は厄介事しか持ってこない)
智久が「先生」と呼んでいる女性を思い出した菊代はもう一度ため息を吐く。
「改めて話してみましたが、本当に良い子じゃないですか」
「………確かに、人柄は良くて一生懸命なのは理解できるんですがね」
―――それでも、私たちにも警戒はしていますよ
敢えて途中で言うのを止めた菊代。いつの間にいたのだろうか、用務員の姿で学園長室にいた十蔵は最後まで言わずとも理解していた。
「………やはりそれは仕方のないことでしょう。結局、誘拐された挙句にあのようなことをされれば、普通の世の中でも極度の女性嫌いになります。知ってます? あなたと話をしていた時も彼は恐怖を感じていたようですよ?」
「……本当ですか?」
「ええ。それほど彼は女性が苦手なんでしょう。大目に見てあげてください」
そう言って十蔵は机の書類を一枚取ってその部屋を出る。一連の動きがあまりにも無駄がなかったが、菊代はなくなっている紙がどんなものか知っているのでため息を吐いていた。
「……やれやれ」
心からため息を吐く。
彼が出る前に取った書類にはこう書かれていた。『二人目の男性操縦者「時雨智久」に対する処遇』と。
そこには近日中に時雨智久に関してどう対応するかの項目が並べられており、「実験台」にするようなことが書かれている。おそらく菊代に送れば許可してくれるだろうと思ったのだろうと十蔵は考える。そして、それを書いた(あるいは書かせた)犯人に電話をする。
『……何だ?』
「いえ。どういうことかと思いまして」
『…何の話だ?』
「どういう了見で、うちの生徒を「実験台」として研究所に連れて行こうとしたのか教えてもらおうかと思いまして」
―――ピシッ
おそらく今の十蔵を見れば、例えIS学園で揉まれた女性であろうと裸足で逃げ出すに違いない。それほどまで十蔵から出る殺気は濃く、傍から見れば彼がいる空間が歪んでいるように見えるからだ。
『だ、大体、二人目は最初から研究所に連れて行くつもりだったんだ。なのに、そっちが勝手に―――』
「あなたは本当に彼の資料を見たんですか? 今の彼の保護者は「北条」ですよ?」
それを聞いた電話の相手の声は震えた。
『北条だと!? 更識同様の暗部の1つ―――』
「ええ。確かに彼女は家とは絶縁しているようですが、「武闘派の北条」がどれだけ家族の付き合いを大切にしているかはあなたも知っているでしょう? そして彼らが使う手法も」
『………わかった。しかし、私1人の行動でも限界があるぞ』
「構いませんよ」
十蔵は電話を切り、紙を原型が留めないほどに破って破棄した。