智久が中で2人の話を聞いている頃、アリーナの中は静かになっていた。
楯無が現れてからというもの、VTシステムは攻撃を行わないのだ。
(これは一体、どういうことかしら?)
楯無はその立場から、目の前のものがVTシステムが作動した結果ということも、そのシステムが禁忌扱いされている理由も知っている。そのため、楯無が自ら仕掛けるということはあまりしたくなかった。もっとも警戒することは止めていないが。
「会長」
「ただいま、虚ちゃん。私が留守の間に色々ありがとうね」
「私は私がするべきことをしたまでです。それよりも、これは……」
虚も現れ、VTシステムを警戒はするも自ら動こうとしない。
「刺激しないでね。おそらくこれは殺意か何かを感知するタイプと思うわ」
「……確か、1番最初に開発されたのがそういうものでしたね」
「ええ。VTシステムは研究施設ごと破壊されたって聞いていたけど、もしかしたらこれが最後のかもしれない」
会話をしていると、それぞれの機体に接近警報が鳴り響いた。
「―――うぉおおおおおッ!!」
「またあなたですか」
虚が近接ブレードを展開して一夏の行く手を遮る。
「あなたはどうしてこう、自分勝手なことをしかできないんですか?」
「アンタたちこそ、さっきから倒そうとしないじゃないか!! だから俺が倒す!」
「それはこのシステムの危険性を知っているからです。何も知らないあなたが、勝手な理屈で出しゃばらないでください」
「勝手なものか! あんなもの、俺がぶっ壊してやる!!」
そう言って虚を蹴ろうとした一夏。だがその足が虚には届かなかった。
「悪いけど、今回はあなたの出番はないわ」
楯無は左手を突き出している。彼女がナノマシンが含まれた水を一夏の足に絡ませて動きを止めたのだ。
「邪魔するな!」
「―――そこを退け!」
楯無は上に彼女の機体「ミステリアス・レイディ」の
「何のつもりかしら、篠ノ之箒さん?」
「邪魔なあなた方を排除しに来た!」
「それは心外ね。今この場において、一番の邪魔者はあなたたちの方よ」
そんな会話をしている中、ISを装備した教員たちが次々と現れた。
『全員、その場で停止ししろ』
「……織斑先生、これはどういうことですか?」
楯無が管制室にいるであろう千冬に声をかける。
『VTシステムの危険性は貴様も充分理解しているはずだろう、更識。今すぐ時雨の救助に入る』
「具体的には?」
『白式の「零落白夜」で奴の腹をこじ開ける。その方が最小限の動きによる被害で時雨を助け出すことができるはずだ』
そう提示された楯無は内心舌打ちした。
確かに、理論上ではそれが一番いいかもしれない。だが楯無は一夏のことを……いや、千冬そのものを信じていないかった。
「……わかりました。では私は彼のバックアップをすればいいですね」
『そうだ。頼んだぞ』
それだけ言って通信を切った千冬。楯無は箒が離れたことで、同じく一夏から離れた虚に連絡を入れる。
『虚ちゃん、いざという時はお願いしてもいいかしら?』
『……わかりました』
その一言だけで察した虚は手早く通信を切る。
そう。楯無は一夏が倒すことが一番手っ取り早い方法だと言うことを知っているし、理解しているから了承した。だが、バックアップとなれば話は別だ。彼女はその機に乗じて―――一夏を潰すことを選んだ。
■■■
2人の話を整理すると、この2人はVTシステムという、モンド・グロッソの優勝者の動きを再現するシステムだそうだ。だけど、織斑先生のスペックはとても常人には追いついていけるものではなかったようで、何人も死んだらしい。そこまで聞いた僕は、女の子の方を抱き寄せて背中を叩いていた。
「……どうして、こんなことをしてくれるのですか……?」
「うーん。特に理由はないかな。ただ君が辛そうだったから、少しでもそれを和らげてあげようって思って。人間はこうやって人をあやしたり、敢えて泣かせることでストレスを発散させたりするんだ」
子どもはすぐに泣くから嫌い……そんな内容の大人の会話を僕は聞いたことがあるけど、それはストレスを抱え込まないためだ。……実はまだ確証がないけど、よく泣く子がいるんだけどその子は泣いてからすぐに寝て、起きたら案外ケロッてしている。殴るのも、もしかしたらストレスを発散して余計な負荷を与えないためだろう。大人って我慢すればはげるって聞くけど、もしかしたらその人もかなり溜め込んでいるのかもしれない。
「……茶番だな」
「なんとなくだけど、体の中で何かを失っていく感触は僕も味わったことがあるよ。ついさっきだけど」
あれはとても気持ちいいものじゃなかった。思い出すだけで今も寒気がしてくる。
正直、禁忌とされた理由は納得がいくけれど、一方的に嫌われ、破壊されるだけは悔しいというのも理解できる。どうしようかと考えていると、急に世界が揺れた。
「何?」
「誰かが外部から攻めてきたようだ」
「誰かって……」
「君ではない男だな」
………はい?
「奴は襲撃者と同種だ。我々の存在が認められないらしい。このままでは我々は貴様を失い、存在そのものが消されてしまう」
「じゃあ、僕の中に入ればいい。もしくは操縦権を僕に渡して!」
「そんなことは認めらない」
「だったら僕の中に、早く!」
このままじゃ、この2人がいなくなってしまう。
それを嫌だと思った僕はすぐに引き込もうとしたが、男の方が女の子と一緒に僕を押した。
「貴様はそれと共に行け。犠牲になるのは私だけで十分だ」
「え? でも―――」
「元々、私はその女に作り出された白血球のようなもの。私が願うのは、その存在が解放されることだった。それに、自己と目的が確立されてしまっている貴様では、2つ分の人格を一度に持っていくことはできないからな」
どうにかしようと僕は男に近付こうとしたけれど、目の前に見えない壁ができていて近付くことができない。
「……ダメなの」
僕がずっと抱きしめていた女の子の目がある部分が急に温かくなる。感じたことがある感触に僕は彼女が今どういう状況なのかを察した。
「私が……話し相手として作った存在だから……ISコアに触れて生まれた私とは違うから……」
その言葉を意味を理解する前に、僕は意識が飛んでいた。
気が付けば僕は、脈を打っている生き物の中にいた。僕はすぐにそれに触れると、かなり脆くなっていたのかヒビが入った。次第にそのヒビも大きくなっていき、腕だけでも外に出せる。
―――ガギンッ!!!
僕は思わず腕を引っ込めて安否を確認する。うん。捥げてない。無事だ。
喜んでいると、穴から声が聞こえてきた。
「一体何をするんですか!?」
「さっき腕が出てたのよ!」
……あれ? 今凄く聞き覚えがある声が。
「腕なんて出てないじゃないですか!?」
また織斑君の声。
『―――出ないの?』
急に声がした僕は驚いて辺りを見回すと、幽霊のように漂っているさっきの少女がいた。
「周りを壊したら出れると思うけど……」
『私があなたの中に入ったことで、システムは停止した。後はあなたが壊して出ればいいだけ』
「いいの?」
『大丈夫』
許可が下りたので、僕は無理やり壊して外に出ると、かなり大事になっていたようでISがたくさんいた。
「…時雨君」
「あ、やっぱり更識先輩だったんですね。合宿は終わったんですか?」
「え、ええ。さっき用事を済ませて……じゃないわよ!? 大丈夫なの?!」
「はい。大丈夫ですよ」
特に異常はない。敢えて言うならば、急に女の子が見えるようになったことだろう。
僕は殻と化した機体から出て、あるものを探す。
「……あの、頼みがあるんですが」
「何? 何でも言って! すぐに―――」
「じゃあ、すぐに……僕を僕の打鉄に触れさせてください」
そう言って僕は再び意識を飛ばした。
■■■
IS学園の壁はかなり堅牢にできている。1つ1つがIS装甲並みの強度を誇っており、非戦闘員の避難を安全に行わせる設備が整えられているのだ。
しかし今日、その壁がへこむという前代未聞の出来事が起こっていた。
「…………確かに、私にはこれを言う資格はない。私自身、時雨にはまともなことをさせてこなかったどころか、むしろずっと助けてもらってきたからな」
彼女は今まで、自分の教育方法がおかしいとは思わなかった。自身が教官を務めたことも生きているのだろう。さらに言えば、自分の方法が生徒にISが兵器だという自覚を促せると信じていた。
だが、智久と出会い、指摘されてきた自分が、ラウラと容易に仲良くしていく智久を見て自分の教育方法に自信がなくなっていった。あの時、虚の言葉に言い返すことができなかったのは、智久を認めると同時に自分の友人のようになってほしくないという思いが衝突したからである。
「だが、敢えて言わせてもらう。これは一体どういう了見だ?」
今までに感じたことがない剣幕で接近されたその女性は、今にも漏らしそうだった。
「そ、それがIS委員会の決定ですから」
「貴様らは一体何を見ていた? ボーデヴィッヒの機体の暴走は勝負が決まった後だ。だと言うのに何故織斑とデュノアが優勝したことになっている!?」
「だからそれは、時雨・ボーデヴィッヒペアがVTシステムを持ち込んだためでして―――」
千冬がさらに女性に問い詰めようとするが、それを遮ったのは菊代だった。
「そこまでです、織斑先生」
「学園長。しかし―――」
「確かに今回の件に関しては色々と申し上げたいですが、今はこの事態の説明と大会を終わらせることが先決です」
さらに言おうとする千冬だが、菊代に肩を叩かれて大人しく引き下がる。
「ありがとうございます」
「ええ。ですが、今回のことは私たちは納得していないことは伝えておいてくださいね」
「ひっ!? ……わ、わかりました! ではこれで失礼します!」
女性はそう言って逃げるように職員室を出て行った。
「……学園長」
「言いたいことはわかりますよ。それに、時雨君の機体に細工した犯人は今頃―――」
最後まで言う前に電話が鳴り、菊代は素早く電話に出た。
「私です。……そうですか。では、手筈通りにお願いします」
それだけで電話を切る菊代は笑った。
「―――まったく、使えない」
そう吐き捨てながら、IS委員会に所属する虚を糾弾した女性は荷物を整理する。学年別トーナメントの全日程が終わり、彼女も今から帰る予定なのだが、今回の試合結果を思い出してとてもモヤモヤしていた。
彼女はIS委員会に所属する身でありながら、女権団に所属する人間でもある。だがそれは本来あり得ないことなのだが、彼女は可能としていた。
何故そんな人間がイラついているのかというと、
(にしても、学園も学園よ。あんなゴミに武装開発を許可させるなんてどうかしているわ)
それを大きな声で叫びたい気持ちに駆られたが、それは後で国に帰ってからだと心に決めたその女性。すると彼女の携帯電話が鳴り始めた。
(誰かしら?)
そう思った女性だが、それだけで彼女は電話に出ると、
『あなたにとって悲報をお送りします。つい先ほど、デュノア社が倒産しました』
「!? ……一体何かしら? こんな悪戯電話なんて、悪質よ」
『それはこちらのセリフよ、アニエス・エモンさん。……いえ、アネット・デュノアさんと言った方が良いかしら?』
その言葉に女性は驚きは露わにした。
「一体何のことかしら?」
『惚けても無駄よ。あなたが命令したことや本当の素性もすべて、あなたが使った男とデュノア社長から問いただしたから』
「………(どいつもこいつも、使えないわね)」
内心そう吐き捨てたアニエス・エモンは切り返そうとしたが、それよりも電話相手がとんでもないことを言った。
『そう言えば、まだ私のことは教えてなかったわね。私の名前はメリーって言うの』
―――ドガンッ!!
急にドアが吹き飛び、アニエスの前に落下した。
「さ、更識楯無……」
「『聞かせてもらうわよ、どういう了見でこの学園の生徒に手を出したのか』」
電話と前と、2つから殺意がこもった声が届いた。
―――バリンッ!!
後ろからガラスが割られる音が聞こえ、誰かが着地する。その相手は素早くアニエスを掴むと蹴り飛ばした。
その隙に楯無も接近して容赦なくアニエスの顔面に蹴りを入れた。
「こんなこと、こんなこと許されると思っている!? 私は―――」
「先程、あなたが成り済ました本人が見つかったわ。まるで恨みを込めたように何度も刻まれた死体としてね」
「同じ女性なのによくそんなことができますね。死んでくれません?」
楯無に続くように虚はそんな辛辣な言葉を吐く。するとアニエスの周りは輝きはじめ、ISが展開された。
「それはこっちのセリフよ。死になさい!」
楯無、そして虚は素早くISを展開する。部屋が爆発してその犯人であるアニエス……いや、アネット・デュノアは飛び出した。
(逃げるが勝ちよ―――)
「―――ねぇ」
アネットは慌てて後ろを向くと、そこにはいつの間にか本音がいた。
本音はアネットの首に武器をぶつけてそのまま地面に押し、ぶつけた。その衝撃もあってアネットのIS「ラファール・リヴァイヴ」は急激にシールドエネルギーが減る。
「な、なに……」
アネットは急に攻撃してきたその人物を見るが、本音はアイスピックを展開して容赦なくアネットの目を突いた。しかし絶対防御が発動してしまい、防がれてしまう。そのことに本音は舌打ちし、シュヴァルツェア・レーゲンのレールカノンを小型化したものを展開して容赦なく顔に撃った。
絶対防御が発動され続けISを無効化されたアネットは、すぐさま降参したが漏らしてしまう。
「た、助けて……」
「知らないよ。とっとと朽ちれば?」
そこから本音の気が済むまで罵倒を浴びせられ、アネットは精神を病むことになる。
このことを報告されたフランス政府はアネットに関わった人間すべてを調査を行い、女権団を中心に今回のことに加担した人間を強制逮捕。女尊男卑の世にありがちな早期釈放は認められず、ISが現れる前の同様の刑期が設けられることになり、今回迷惑をかけた智久に多額の賠償金とラファール・リヴァイヴの作成ライセンスを譲渡した。しかし智久がそれを知ったのは翌日のことであり、決定した時は夢の中だった。
これが、後の歴史に語られる「デュノア事変」である。
次回、第2章最終回。話はまだまだ続きます。