―――ガンッ!!
簪の装甲がはじけ飛ぶ。唐突のことに動きを鈍らせた簪に智久は仕掛けた。
容赦なく顔を蹴る。先端にエネルギーサーベルがあることで絶対防御が発動し、簪はすぐに距離を取ったが智久は散弾銃とアサルトライフルの引き金を引いた。簪はすぐに打鉄の盾を前面に展開させて防ぐが脚部や一部が太ももに当たってダメージを受ける。このことでこれまで保ち続けていた均衡が崩れてしまった。
「……やる」
「褒めるのはまだ早いよ」
腰部に砲筒が展開され、レバーを握った。
「吹き飛べッ!!」
熱線が簪を吹き飛ばす。だが簪はすぐに逃げ出し、ミサイルによる弾幕を張る。本人は同時にアサルトライフルで攻撃した。
その攻撃をすべて大きな円形の盾で防ぐ。その盾はヒビが入ることもなかった。
(……まるで、あれ1つで要塞を相手にしている気分)
―――ガシャンッ!!
智久の手元で大きな音がした。その原因を投擲すると智久は盾を展開したままミサイルを飛ばしつつ接近する。
簪はさらにミサイルを発射―――相殺して煙を起こすもそれは悪手だった。
煙の中から現れる2本の剣。反応に遅れた簪は肩に直撃を食らう。
「フル、バースト!!」
智久が叫ぶと、それに応えたのか砲筒から熱線が、そしてミサイルが、肩にあるガトリングガンが火を噴き、総攻撃を食らわせた。
さらなる爆発の後、煙が吹き荒れる。その中からボロボロになった簪が現れた。
シールドエネルギーが0になっており、装甲はボロボロだった。
【更識機、シールドエネルギー0を確認。よって勝者、時雨智久、ラウラ・ボーデヴィッヒペア】
アナウンスがそう告げる。周りから歓声が起こらなかった。
煙の中から、同じく装甲がボロボロになった智久が現れ、着地すると同時にシールドエネルギーの残量を見る。80だけだった。
「……私の、負け」
「僕も危なかったよ。自滅ってのもあったけど、あそこでサーベルは卑怯だよ」
そう言いながら智久は笑みを浮かべる。
「……そうでもしなければ、あなたに勝てなかった」
「…僕もそうしたけどね。じゃないと君に勝てなかったし」
そう言って倒れている簪に智久は手を差し伸べる。すると、智久の頭に何かが過ぎった。
(……何だろ、今の)
考えていると、手に何かが触れる感触がして正気に戻る。
「……どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
本来なら、ここでお互いの健闘を称えて拍手が送られる場面だが、周りがそんなことをしないのはさっきまで煙の中だったため、状況がわからなかったのだ。
2人は静寂に包まれたまま、お互いのパートナーを迎えに行ってそれぞれのピットに戻った。同じ気持ちを抱きながら。
試合が終わり、次は決勝……しかし、IS委員会に所属する面々がIS学園の会議室に集まっていた。
「コ」の字のように並べられた机と椅子。そこに座る者たちは呼び出した轡木十蔵と織斑千冬に注目する。
「それで、急に会議室を用意させただけでなく我々を呼び出した理由は一体何でしょうか?」
「言わずともわかっているだろう。時雨智久の件だ」
IS委員会の会長がそう言うと、全員が険しい視線を再度向ける。
「何か問題でも?」
「先程の試合。彼は我々が科したルールを破って勝利をした。そのことに関して今一度問おうと思ってな。何故それを許可した?」
「ルール? ああ、あの下らないことですか」
その言葉に周りがざわつき始める。
「お言葉ですが、Mr.轡木。それは我々の決定を否定すると?」
「ええ。まぁ、あなた方の魂胆など容易に想像しているでしょうが。それにあなた方が科したのはあくまで「機体の改修を禁じる」ことです。我々はそう聞いていましたし、彼にもそう伝えました。ですから彼はそれに違反しないよう、武装を強化したまで。それに何の問題があるというのでしょう? 私も彼も何も違反していませんが?」
「ならば武装がIS条約に違反しているのでしょう! 今すぐ彼を失格に―――」
するとドアがノックされる。十蔵が「どうぞ」と言うと、2つの声が時間差で「失礼します」と言った。虚と智久である。
「重要な話と聞きましたか、一体何でしょうか? 私の機体はご存知の通り損傷が激しいのですぐに修理に戻りたいのですが」
「時雨君、本音を出し過ぎですよ」
「……ですが、このままだと次の試合に間に合いません」
少し苛立ちを見せている智久に十蔵は諫めるように言った。
「落ちつきなさい。試合の時間を遅らせるぐらい、大丈夫ですよ」
「……なら、良いんですけどね」
渋々納得した智久は、明らかに自分よりも1~2回りくらい上の大人に物怖じもせず尋ねる。
「それで、私に用は何でしょう?」
「先程の試合で聞きたいことがある。君には我々が科したルールを犯した疑いがかけられ、彼女にはそれに加担した容疑がかかっている」
「確か、打鉄の改造禁止なんてどう考えても出来レース極まりないものですよね? 僕にはあなたたちが狂っているのではないかと思いましたよ」
同じことを先程言われたため、委員会の面々は怒りを露わにした。
「今、そのことは重要ではない。それより君はルールを破ったか否か、答えなさい」
「破っていませんよ。これがその証拠です」
そう言って智久はリュックサックから端末を出して打鉄の機体データを表示させた状態で端にいた人に渡した。ちなみにその端末はいくつかの画面だけにしか移動できないように設定されている。さらに言えば盗撮防止も施されているだけでなく、接続できる部分は一切ない。虚の入れ知恵……というよりも作品だ。
「ではもう1つ。相手の方も同じ武装を使っていたが、それは何故かな?」
「私が彼女に謝礼として武装を渡したからです。先程の対戦相手の1人は彼女の妹であり、パートナーはその友人。データが流されていてもおかしくありませんし、律儀にも彼女は私に許可を取りにきたので私も許可しました。言うまでもなく、人も武装も限定させていただきましたが」
その限定された人物は簪と本音のみである。事実上、智久側にいる人間を強化していた。
「何故、限定する必要がある?」
「あなた方はもちろん、この学園のほとんどの人間を信用していないからです。信用しているのは本当にごく一部の人間で、常識がある人間のみ限りますが。もちろん、そこにいる担任は論外です」
顔には出さなかったが、内心慌て始める千冬。それを感じたのか虚は千冬に厳しい視線を向けた。
「話は以上ですか? ならば、私たちは作業があるのでこれで失礼します」
「待ちなさい。そこの君、確か布仏虚と言ったかな? 君が優れた技術者であり、操縦センスも高いことは聞いている。そんな君が何故、彼に手を貸すのかね?」
「……まるで時雨君が犯罪者みたいな言い方ですね。私は彼に恩があるので返しているだけに過ぎませんよ」
「―――事実、その男は犯罪者そのものでしょう」
会長の隣に座る、先程十蔵の言葉に異を唱えていた女が言った。
「………何が言いたいんですか?」
「彼はモラルというものを知らずに育った。そのためにあんな非道な手段を何度もとり、篠ノ之博士の妹さんや更識代表の妹さんに酷い攻撃を平然と行える。今すぐにきちんとした更生プログラムに則って処置を行わなければ、この先たくさんの被害者が現れるのが明白です」
「それは―――」
反論しようとする智久を虚が制止した。
「鏡を見てそれを言ってもらいたいですね。モラルが欠如しているのは女尊男卑ではありませんか」
「何ですって?」
女からそれを否定される言葉が飛び出す。それにより委員会全体が騒がしくなる。
「あなた、女の分際でこの世界を侮辱すると言うのですか!?」
「侮辱も何も、女尊男卑が原因で世界そのものが破滅に向かっていることを理解できないんですか?」
智久は思わず虚から距離を離した。生存本能からだろうか。今の虚に対して怯えているのである。
「ふん。これだから男に股を開くことしかできない人は―――」
「男を散々馬鹿にしておいて、男が求めるロマンを達成できていない低能者がよくそんなことを言えますね。大体、織斑一夏君はただの考えなしな上に自分のルールを押し付けるだけのエゴイスト、篠ノ之箒さんは自分のしていることから目を背けているだけの人切り包丁にして殺人未遂者です。そんなのを庇うあなたたちこそ無能であり、僕以下のごみの存在じゃないですか。おまけにそこにいる担任は行き遅れ確定のクソ女であり、公私混同するような屑です。男に股を開くことしかできないのではなくて、あなた方の場合はそれができなくて嫉妬しているのではないのですか……ああ、その自覚がないんですね。それにあなた方は北条院では子どもの存在がどれだけ不安定か知るためのプログラムを組まれているかご存知……なわけありませんよね。所詮、人の戦いに兵器を持ち出す屑なんですから」
そう言って智久は虚を引き寄せ、頬にキスをした。
その行為に全員が唖然としたにも関わらず、智久は冷静に述べる。
「普通の男子高校生はこの時期、女性に対してこういうことを1度や2度してみたいものなんです。ですがここにいる先輩を除くすべての女性は年上と言うことも含めそういうことをしたいと思わないですけどね。まぁ、織斑先生は1000歩譲って世間一般は美人と言われていますが、性格が「死んだ方が良い」と断言できるほど救いようがないのでむしろ吐き気を覚えるのですがね」
言いながらも智久は移動し、端末を回収。そして虚の腰に手を当ててエスコートするように室内を出た。
しばらくして智久は虚に謝るが、その空気はどうしようもないものだった。
■■■
下らない会合に呼び出された僕らは急いで第三アリーナの格納庫で消耗した部品の交換などを急ぐ。
「ねぇ、2人共」
「何かな?」
「何ですか?」
今、この場には僕と布仏姉妹しかいない。傍らには更識さんが使用した打鉄が置かれているけど、これは流用できる部品があるかもしれないということで提供してくれたのだ。もちろんコアは回収済み。
そこから使えるであろう部分を回収して、残りは破棄するということなので僕が個人的に保管している。
「何でどっちも顔が赤くなってるの?」
「え……」
「そ、それは……」
それは言うまでもなく僕が原因だ。
先程、僕は格の違いを見せるために布仏先輩にキスした。それほどまで彼女には感謝しているというわけで、そろそろ信じてもいいかなと思ってした。実は試合前か後に腕が折られることを覚悟したけど、生憎そういうことにはならなかった。
「………何があったの?」
「何もないよ。さぁ、続き続き」
男らしくない、とか言わないで。高校生は自分の尻を拭けるほど大人ではありません。
作業は滞りなく進んで後は調整というところで時間も時間なので、僕らは昼食にした。
そして試合開始数分前。
訓練機ということもあって、打鉄自体はすぐに修復が終わったため辞退する必要はない。
最終調整をするために僕は腕部装甲を解除して投影型ディスプレイとキーボードを出して進めていると、後ろでは何か音がした。
「…失礼」
男性がそう言って僕に頭を下げる。どうやらスパナをちゃんと入れてなかったらしく、それで落ちたらしい。
僕は「お気になさらず」と答えると、彼はもう一度頭を下げて去っていった。
「時雨智久」
ちょうど調整を終えた僕に、タイミングよくボーデヴィッヒさんが話しかけてきた。
「何かな?」
「今まで貴様の話を聞いていたのは、貴様が真剣に情報収集を行い、分析し、結果を出してきたからだ。そして、準決勝で勝ってくれたことは感謝している。しかし今回は聞く気はない」
「……織斑君と戦わせろってこと?」
「そうだ。私はそのためにここに来た」
まぁ、たぶん他国の機体事情も知るためってのはあるんだろうけどね。
「君の気持ちも尊重するべきなんだと思うけど、僕も彼を倒したいからね。悪いけど君の申し出は受けられない」
「そうか。ならば貴様が邪魔と判断した場合、奴諸共葬る」
「葬られるのは困るかなぁ。でも別にいいよ。僕も最初からそのつもりだから」
するとボーデヴィッヒさんは驚いた。
「………本当に、貴様は何も考えていないようでしっかりと向き合っているな」
「ISは兵器。それでも僕がロマンを追及するのはそうした方が戦いやすいからだよ」
「ふん。仕方ない。貴様だけは認めてやろう」
本当はあと3人ほど認めて欲しい人がいるけど、機嫌を損ねて欲しくないから黙っておく。
ボーデヴィッヒさんは中に入ると、僕はいつも通り脚部装甲をカタパルトに接続した。
「時雨智久、打鉄、行きます!」
某CIC担当のあの人に色々と言ってほしいって実はずっと思ってる。
ともかく中に入ると、ほとんど同じタイミングで向こうも出てきた。
「まさか、これほどまで引っ張られるとはな。待ちくたびれたぞ」
「随分と余裕だな。さっき訓練機に負けたくせに」
さっきの事はかなりショックだったようで、ボーデヴィッヒさんの殺気が濃くなる。
僕は僕であくびをして上の方をハイパーセンサーでズーミングし、そこにいる子どもたちに手を振った。
カウントダウンが起こり、0になった瞬間に織斑君とボーデヴィッヒさんは同時に同じことを言った。
「「叩きのめす!!」」
織斑君は凰さんとオルコットさんのこと、そしてボーデヴィッヒさんは織斑君の事自体が憎いんだろう。さて、僕も戦いますか。
「おおおッ!!」
「ふん……」
《チャージスピア》と銘が打たれたどこかの姫巫女が持っている槍を展開する。実はちょっとそのデザインが気に入っているのは誰にも言っていない。ともかくその中央にあるバーにエネルギーを溜める。
「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな」
「……そりゃどうも。以心伝心で何よりだ」
いや、単純に君が馬鹿だからだと思う。
「ならば私が次にどうするかもわかるだろう」
そう言って右肩に装備されているレールカノンが起動させる。初弾を装填したのを確認した僕は、織斑君の後ろからデュノア君が飛び越えて現れる。彼からの砲撃でレールカノンの射線がずらされてしまった。
デュノア君の追撃を察したのか、一時後退を選択したボーデヴィッヒさん。
「僕の存在を忘れないでよ」
僕はその間に入って大型シールドを展開して、同時に両肩の防御シールドを前方に出して完全防御形態で突撃、デュノア君にタックルして追撃しようとすると、割って入って来た織斑君が《雪片弐型》で防御する。
「じゃあ、俺も忘れられないようにしないとな!」
僕はシールドを捨てるように消して、織斑君に攻撃を仕掛ける。次第に向こうは本気を出してきたのか、後退させられ始めた。
「シャルル!」
「うん!」
織斑君は《雪片弐型》を真横にして槍を受け止める。僕は後ろからの気配を感じていたので、敢えてデュノア君の動きに動揺する風に見せた。
(デュノア君の展開速度、やっぱり早いな)
すると僕の身体が乱雑に放られる。僕はデュノア君の攻撃を回避する形になり、織斑君とデュノア君に狙いを定めてミサイルを発射した。そして着地して僕は3人の動きを悟られないように観察する。織斑君は多少損傷しているものの、あまりダメージはない。デュノア君も同様だ。
(やっぱりあまり援護にならないか)
流石にここでやられるほど実力は低くないって言うのね。まぁ、今ので当たっていれば儲けもの程度しか思っていないから仕方ないんだけど。
僕は3人を相手に仕掛けようと考えて、乱戦を行おうとするとデュノア君がこっちに来た。
「相手が一夏じゃなくてごめんね!」
「その思考が、君の命取りだ」
僕は脚部装甲を使って砂を抉り彼の顔に飛ばす。
「うわっ!?」
彼が慌てている隙にラファール・リヴァイヴの膝に左足で乗って、デュノア君の顔に膝蹴りを入れる。それもただの膝蹴りではなく、刃物が付いているタイプだ。エネルギーサーベルは電池が無くなる可能性があるから見送られた。
ナイフを蹴り出している膝の上に展開して使用し頭部に直撃させる。さらに僕諸共倒してすぐに織斑君に追撃しようと、さっきの攻防でなくなったエネルギーをスピアに充填させた。
(この一撃を決めれば、戦いは有利に―――)
そう思った途端、僕の背後で爆発が起こる。
僕は誰かが後ろにいる時には頻繁に後方をモニターに映させる。そのため、デュノア君の行動は10秒前後に1回ぐらいは確認しているけど、彼は何もしていない。
その原因は、ハイパーセンサーが知らせてくれた。
【ブースターで爆発を感知。メインブースターが使用不可能になりました】
この瞬間、僕の中で何かが切れる。そして誰が仕込んだか、誰がそんなことをして得をするかを即座に推理、内心吐き捨てた。
―――そこまでして、女の世界を確立させたいか、メス豚共が!!
一体、誰がこんなことをしたのだろうか。果たしてこんなことをした目的は。そして、この試合の行く末は。
智久は、誰が犯人と睨んだか。それはすべて、次回に明かされる……はず!