IS-Lost Boy-   作:reizen

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ep.12 優しき乙女と小さな兄の怒り

 IS学園の地下深く。そこにある研究施設で上下が両断された敵ISの残骸が横たわっていた。

 少し離れた解析室では千冬が敵ISとの戦闘シーンを見返す。

 

「どうしました、織斑先生」

 

 真耶が千冬に問いかけると、千冬はため息を吐く。

 

「なに、時雨のことが気になってな」

「織斑先生も、時雨君のことが気になるんですか?」

「………山田先生、何の話をしているんだ?」

「え? 時雨君が弟みたいで可愛いって話ですよね?」

 

 時折発動する天然に千冬は頭を抱える。

 

「違う。時雨の今回の戦闘行動だ。生徒を救助するためのISの無断使用やその後の防御はともかくだ。さらに後の戦闘だ。いくら何でも冷静に対応しすぎやしないか?」

「……確かにそうですね。機動も独特ですし……それに、まさかあのハンマーを使えるなんて……」

 

 IS学園にある《ブーストハンマー》。あれは武器庫の中で扱おうとする人がいなかったので、設立当初に開発されてからというもの、ずっと眠っていた。まさかそれが今になって使う人間が現れるとは2人は思わなかったのである。というのも、どちらの戦闘スタイルには合わなかったのだ。

 

「だが、今回はそのハンマーのおかげでなんとか勝てた気がするな。それで、解析結果は出たのか?」

「はい。……アレは無人機です。コアはどの国にも登録されていないものが使用されていました」

 

 そこまで言われた千冬は、今回の首謀者であろう女の顔が浮かんだ。

 

「どのような方法で動いていたかは不明です。時雨君が離れた後、織斑君とオルコットさんの攻撃で機能中枢は完全に焼き切れていました。修復もおそらく無理かと」

「……そうか」

 

 そう答えて、千冬はもう一度映像を見る。その瞳は鋭く、かつて世界最強の座をほしいままにした時の目そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。私がいない間にそんなことが」

 

 場所は少し離れて生徒会室。そこにはいつもの面々が集められている。

 

「幸い、ISは織斑君の攻撃によって完全に沈黙。学園の地下に運び込まれています。現在はそこで解析をしているかと」

「……ところで、頭は大丈夫なの? 篠ノ之さんに叩かれたって聞いたけど」

「私よりももう一人が近かったので、庇っただけです。……少し痛いですが」

 

 そう言いながら虚は頭をさする。

 

「後で医療棟で治療してもらいなさい。……ところで、時雨君の方は? どうやら後から乱入した彼が一番重傷って聞いたけど?」

 

 見かねた楯無はそう言うと、内心篠ノ之に対して苛立ちを覚えている。

 

「私と同席していた生徒…如月さんですが、彼女が言うには私たちを相手の攻撃から守った後、ダメージを受けながらも攻めていたようです。殴られても止まらなかったとか」

「………まるで狂戦士ね」

 

 心の底から思う楯無。これまで智久のことをひっそりと見てきた彼女だが、まさかそこまで戦えるなんて思ってもいなかった。そして、本来なら自分一人でも鎮圧するべきことだったが本家に呼ばれていたことに少しながら悔しさを感じていたが、それでも見合い写真を見るのは止めない。

 

(……やっぱり、あまりいい男はいないわね)

 

 日本の法律で女性は16歳から結婚することが可能だ。一時期は18にまで引き上げると言う話だったが、女性優遇制度が設けられてからその話も聞かなくなった。

 そのため暗部組織の長である楯無には常にこういった話が舞い込んでくるが、彼女はあまり乗り気ではないのである。女性が優遇されたせいで女長の立場というものはかなり危なく、楯無が就任してからというもの不満から部下の裏切る割合が上がっている。早く婿を見つけて身を固めてほしいというのが両親の願いでもあり、それは楯無自身も理解しているのだが、彼女自身はもう少しゆったりと過ごしたいのだ。

 

(……せめて、「これだ!」って男がいればいいんだけどねぇ)

 

 彼女のその苦悩は、まだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。

 僕は上体を起こすと、足の方で眠っている同居人を見つける。

 

(……何でこんなところにいるんだろ?)

 

 僕もそうだが、彼女もだ。

 そういえば、あの機体はどうしたのかな? あそこで立ち止まったら中継室にいた人たちに被害が及ぶのは想像に難くない。だから僕は前に出て注意を逸らし、自分で戦いに行ったんだ。

 

(でも、予想外だったな)

 

 機体の動きを封じ込めば後は織斑君や凰さんの攻撃で倒すことはできたはず。過信するのは良くないけどISには絶対防御というものがあるんだからこういう時に使えるんだろうけど、何故彼はあそこで動きを鈍らせたんだろう。

 

「……しぐしぐ?」

 

 どうやら目を覚ましたらしい布仏さん。僕は未だにボーっとしていたけど、布仏さんがベッドに上がってきて僕に抱き着いてきた。

 押し倒された形でベッドに寝る僕。すると何かが落ちてきて、それが布仏さんの涙だと知った時にはドアが開かれたので僕らはその場で固まった。

 でも、入って来た人は僕らではなく、奥の方に向かって行く。少しして、誰かが織斑君を呼んだ……のかは微妙だ。

 

「一夏……」

「鈴?」

 

 あ、たぶんこれは乙女心ブレイカーが作動しているかもしれない。

 夕日が差し込んでいるからか、影絵状態になっているので何が起こっているのかアリアリとわかる。

 

「……何してんの、お前」

「お、おおお…起きてたの!?」

「お前の声で起きたんだよ。で、どうした? 何をそんなに焦ってるんだ?」

 

 ……たぶんそれは君にキスしようとしていたら起きたからじゃないの?

 照れ隠しに馬鹿と言う凰さん。僕らは息を潜めて状況を見守る。

 

「あのISはどうした?」

「動かなくなったわ。怪我人はアンタともう一人の男。何人か負傷したって聞いたけど大したことないって聞いてる」

 

 突然左肩に痛みが走ったので何かと思えば、布仏さんがこれまで見たことがない怖い顔をしていた。

 

「そういえば、試合って無効なんだよな? 勝負の決着ってどうする?」

「……そのことなら、別にもういいわよ」

「え? 何で?」

「い、いいからいいのよ!」

 

 それから、何故か謝る織斑君。2人の間に何かがあったんだろうけど、詳しいことを知らない僕には会話の内容がわからない。

 

「あ、思い出した。正確には『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』だっけ。で、どうよ? 上達したか?」

「え、あ、う……」

「なぁ、ふと思ったんだが、その約束ってもしかして違う意味なのか? 俺はてっきりただ飯を食わせてくれるんだとばかり思っていたんだが―――」

 

 どうしてさっきの言葉でそう思ったんだろう。鈍感にもほどがあるんじゃないかな?

 

「ち、違わない! 違わないわよ!? だ、誰かに食べてもらったら料理って上達するじゃない!? だから、そう、だから!」

 

 ………やっぱり馬鹿だね。ここでそうだと言って改めて告白すれば良かったのに。他の人にも言えるけど、変なところで臆するから失敗するんだよ。

 

「確かにそうだな。いや、もしかしたら『毎日味噌汁を~』とかの話かと思ってさ。違うならいいんだけど。深読みしすぎだな、俺」

 

 ビンゴだった。せめてそれをもっと早く知っていれば報われたと思うけど。

 誤魔化すために笑う凰さん。君はもう少し頑張るべきだと思う。

 それから僕らは少し込み入った話になったと思ったのでバレないように耳を塞ぐ。布仏さんの場合は、体勢が体勢だから僕の上で寝るような感じになった。……それにしても、さっきから女性特有のアレが当たってて辛い。しかも、なんか大きくない?

 しばらくしてまたドアが思いっきり開いた。

 

「一夏さん、具合はいかがですか? わたくしが看護に来て―――ど、どうしてあなたが……? 一夏さんが起きるまで抜け駆けは禁止と決めていたはずなのでは!?」

「―――そう言うお前も、私も隠れて抜け駆けしようとしていたな」

「…そ、それは……」

 

 誤魔化そうとするオルコットさん。そろそろ僕も起きたことにしようとして出て行こうとすると、それよりも早く布仏さんが出て行った。

 急に軽くなったことに驚きながらも飛び出していく布仏さんを追うためにベッドから出る。

 布仏さんは今にも篠ノ之さんに掴みがかろうとしていたので、素早く後ろに回って抱え上げた。

 

「離してしぐしぐ! こいつは……この女は―――」

「落ち着いて布仏さん! 今ここで殴ったところでどうにもならないよ!」

 

 というか何でここまで怒るんだ。

 

「い、一体何だと言うんだ!?」

 

 本気でわかっていないらしい篠ノ之さん。僕も布仏さんがここまで怒る理由はわからないけど、今回の篠ノ之さんの件はとても許せるものではないのは確かだ。

 

 ―――ガッ!

 

 布仏さんの肘が鼻に当たる。幸い骨折に至らなかったけど、痛みのあまり布仏さんを離してしまった。

 だけど布仏さんも感触を感じていたらしい。怯えた顔で僕を見てきた。

 

「大丈夫だよ。それよりも今は落ちついて。……篠ノ之さん」

「な、何だ……?」

「君はどうして、平然とここにいるのかな?」

 

 事情を知らない人が聞けば何を言っているんだと言われてもおかしくはない。でも、オルコットさんも近くにいたんだから事情は察しているはずだ。織斑君と凰さんは言わずもがな当事者。布仏さんは部外者かもしれないけど、日頃あれだけゆったりとしている彼女がここまで怒りを露わにするということは何か理由はあるのだろう。

 

「私がここにいるのが問題だと言うのか?」

「そりゃそうでしょ。君がしたことは問題がある。中継室で放送機材を奪って余計なことをしたんだから、退学は妥当でしょ」

「あれは一夏を応援するために―――」

「どうしてそれをする必要があったの?」

 

 僕が尋ねると篠ノ之さんは言葉に詰まった。

 本来ならあんなことをせず避難することが最優先。ドアは最大出力の《ブーストハンマー》で複数壊しているんだから、入り口で混んでいたとしても最終的に逃げ出すことは可能だ。彼女の身内が凄かろうが彼女自身の剣の腕が高かろうが所詮は一介の生徒でしかない。

 

「君がしたことははっきり言って自滅行為―――無駄なことなんだよ」

「む、無駄って……箒は俺のことを思って―――」

「そのせいで彼女は彼女以外の人間も殺そうとしたんだ。君が彼女の行動をどう受け取ったかなんて意味をなさないよ」

 

 織斑君をまず黙らせる。オルコットさんも凰さんも黙っているってことは心のどこかでわかっているんだろう。篠ノ之さんのしたことは自滅行為だって。

 

「別に君だけが死んだところで教員が騒ぐだけだけど自業自得だと僕は笑うさ。でも、君の下らない行為で他人が死ぬのはいくら何でもあんまりだよ」

「だったら、他にどうしろと―――」

「さっさと逃げれば良かったんだよ」

 

 簡単なことだ。暴れていたのも、僕らが使っているのも兵器。ISを持たない一般人はさっさと避難するのが常だ。どこかの男も言ってたでしょ、「力の無い者はウロウロするな」って。だけど篠ノ之さんは不満そうな顔をする。

 

「そんなのは自分が許さない? プライドに反する? 君が余計なことをした結果が僕の負傷だけど何か文句でもある?」

「………それは貴様が弱いからだろう」

「じゃあ、君のお姉さんに頼んでよ。新しいISコアを作って、時雨智久が望むISを作ってくれってそしたら後は僕の実力だけだね」

「ね、姉さんは関係ない!!」

「じゃあ君はとっくに退学になってるね。前も姉の名前を使っていたくせによく「関係ない」とか言えるよね? 都合の良い時だけそう言うなんて、まるでオルコットさんのように男を無駄に見下している奴らそのものだね」

 

 そう言うと篠ノ之さんは黙り込んでしまう。

 僕の脳内に、中継室に滑り込んで入った時のことを思い出す。そういえばあそこには篠ノ之さん以外にも2人の生徒がいて、1人は怯えて1人は倒れていた。でも、中継室は元々放送部がラジオを流すために使っていて……ああ、そういうことか。

 

「―――ちょっと聞いてますの!? 時雨さん、わたくしのようだというのは一体どういう―――」

「なるほどね。ようやく布仏さんが怒っていることに合点がいったよ。布仏さん、君のお姉さんは放送部のラジオで解説していたよね? そしてカチューシャを着けている」

「……うん、正解だよ」

「……そりゃあ、お姉さんが独りよがりで殺されそうになったって知ったら、普通の家族なら怒るに決まってるよ。相手はアリーナに張り巡らせているバリアーを破って上から降って来た。そんな威力で撃たれたらひとたまりもない。例え死ななくとも、表面は焼ける……少なくとも女性としての生命は終わるね」

 

 いくら医療技術が発展していると言っても、ただでさえ今は大半の女が調子に乗ったことで男は女の奴隷に成り下がる形になっている。当然、男が女に対して良い感情を抱いていないのが現状だ。僕だってそうだ。更識さんや布仏さんがこの学園で緩和剤になっていて、孤児院では幸那がいたからこそ「すべての女がそうだ」と否定するつもりはない。けど、織斑先生も含めて僕はこの学園に所属する大半の女性を軽蔑している。

 

「それと織斑君、君はどうしてあそこで敵を斬らなかったんだい? 僕が抑えていた状態だったら剣一本の君でも確実に当てて機能停止にすることはできたはずだ」

「だ、だってあの時は智久が近くにいたから―――」

「だったら僕ごと斬れよ」

 

 あの場ではそれが最善だった。ましてや、何も全部僕の身体があったわけじゃない。白式は機動力が高いから数秒で移動して攻撃することなんて可能だ。

 

「斬れるわけないだろ! お前は大事な友達なんだ!」

「その友人を君はお姉さんやオルコットさんの女尊男卑に生贄として差し出したわけだ」

「あ……あの時は……でもそれは過去のことで―――」

「過去の事だと割り切れる人間がいるなら、争いはとっくに無いんだよ」

 

 そう言って僕は布仏さんの手を取って開いたままのドアの所に向かう。

 

「ああ、そうそう凰さん」

「何よ?」

「あそこで意味を教えて止めを刺さないなんて、勝機を捨てたら女性的な魅力では劣っている自覚が無いなら諦めた方が良いよ」

 

 後ろが騒がしくなったので素早く外に出てドアを思いっきり閉めると何かがぶつかった音がした。

 

「―――随分と騒がしかったな」

「……ああ、いたんですか? 盗み聞きなんて趣味が悪い……元からでしたね」

 

 布仏さんを後ろに下げて僕は織斑先生を睨む。

 

「趣味が悪いのはそっちもそうだろう。まさか《ブーストハンマー》を使うとは思わなかったぞ」

「今僕の実力で一番威力のある武器だと思っています。本当はオルコットさんの機体を使いたいですがね」

「あれは適性がなければ動かせないが」

「だから困っているんですよ」

 

 僕だって理解していないわけじゃない。憧れというのものあるが、あれが一度に複数を倒すことができる。

 

(……やっぱり、訓練に身を入れなければいけないか)

 

 本当は開発も整備もしたい。あと、今はしていないけどいずれバイトもする必要がある。今の僕にはやることが山積みだ。

 内心ため息を吐きながら、僕はそのまま寮の方へと歩いていく前に一つ質問した。

 

「ところで織斑先生、どうして篠ノ之さんは外を出歩いているんですか?」

「……篠ノ之束の妹だから、そう言えばわかるだろう」

「……やっぱりそういうことだったんですね」

 

 盛大にため息を吐く。ISコアを開発できる唯一の人間には媚びを売っておきたいということだろう。

 

「布仏やあの場にいた2人には悪いとは思う。……だが、あの決定は私には覆すことはできない」

「そもそも、僕は最初から織斑先生はIS以外はからっきしだと思っていますよ。ともかく、僕らはこれで失礼します」

 

 そう言って僕は布仏さんの腕を引っ張ってそこから去った。




この発言が、盛大なブーメランになっていないことを心から願おう。

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