翌朝、いつも通りのメニューをこなした僕は朝食を食べ終わると、未だに寝ている布仏さんの分を包んでたたき起こす。IS学園に来てからというもの、彼女を起こして教室に連れて行くことが日課になりつつあった。そして何故か、その時にだけ周りから微笑ましい視線を送られるから謎だ。
「―――そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」
前が何故か詰まっていたので、大人しく後ろから入ろうとすると、前のドアからそんな声が聞こえた。
僕は無視して後ろから入り、布仏さんに持って来た鞄とサンドイッチが入ったタッパを渡す。
「わーい。いただきまーす」
やっぱり彼女が堕落していくのは僕が原因だよね。反省……するにしても、あの織斑先生のことだから喜々として「起こさなかった罰としてグラウンド10周」とか言うだろう。あの悪魔はそういう女だ。
僕も自分の席に着くと、HRが始まった。……今日は妙に騒がしいけど、何かあったのかな?
うん。何かあった。
というのも、織斑君がミスして叩かれるのはいつものことだけど、それに何故か篠ノ之さんとオルコットさんも加わっている。しかも織斑先生だけなら「鋭いから余計に注意される」だけで済むところ、山田先生にまで注意されているのだから何かあったのだろう。
「お前のせいだ!」
「あなたのせいですわ!」
「……何でだよ」
今回ばかりは同情してしまったのは言うまでもない。
僕はアリーナが開いていたので予約を終え、すぐに食堂に向かう。
(いやぁ、ラッキーだった。授業終了はそんなに予約がないからすぐに入れた)
まさしくギリギリセーフというものだ。まぁ、食堂に着くのが早いのも僕の実力なんだけどね。
自販機に並んで目当ての「ベーコン仕立てのカルボナーラ」を頼み、本来なら4人は座れるであろう場所を占拠した。
(にしても、僕の運動神経って上がった?)
ふと、お手拭きで手を拭きながらそんなことを思う。今では窓から飛び降りて屋根の端を持って遠心力を使って数人追い越すことは可能だからだ。
昔ではそんなことは思わなかっただろう………というか、そんな危ないことをすることも、する必要もなかったしね。
(あー、食事がおいしい)
おいしいパスタに舌鼓を打っていると、入り口の方では朝にも聞いた声が聞こえてきた。
「待ってたわよ、一夏!」
……ああ、そういうことね。ようやく合点がいった。
ここからハイパーセンサーなしでも見える。おそらくあの子は織斑君の関係者なんだろう。そういえばあの子、僕が来てた時から既にいたっけ? 凄いね。ずっとラーメン持ってんだから。
でもこのまま食事を摂っている暇はないことは確かだ。おそらく織斑君がこっちに来て「一緒に食べようぜ」とか言ってくるに違いない。あの人、「関わるな」って言っているのに何度も食事に誘ったり特訓に誘ったりしてくるからなぁ。
残りを口に入れ、いつもより素早く咀嚼して呑み込む。そして立ち上がって食器を返すと、バレないように素早く食堂を出た。
(この分だと、放課後も早くアリーナに着けるね)
そう思いながら僕は教室に帰り、黙々と授業を受ける。放課後になってHRが終わると同時に廊下に出る。次々と現れる生徒という名の障害物を避け、外へと飛び出す。
そして第三アリーナに着いた僕は、誰もいないことを確認した僕は、外に出るとすぐに打鉄を展開し、アサルトライフル《焔備》を展開して練習コマンドを入力していく。
この練習コマンドは様々なパターンがあり、一つはドローンを動かして多方向からの攻撃をいなして反応速度を上げる練習や、また別のもので戦った人やIS学園に所属する教員や代表候補生のデータを仮想敵として構築して本格的な実戦練習ができるものもある。ちなみに今回のはドローンがランダムに回避するのを落としていくだけのものだ。ただし、難易度はノーマル。現れた数は30機だ。
実はこのシステムがあると知ったのはつい最近なので、これが初めての使用になる。
動き始めたドローン。僕は身近にいる1機に向かって撃つと、運がいいのかたまたま後ろにいたドローンも巻き込んだ。
続けてどんどん破壊していく。それが20機に到達ところで通信が入った。
「智久、もう来てたのか!?」
だけど僕はそれを無視して《焔備》から近接ブレード《葵》へと入れ替えるように展開する。単純に展開するよりも塗り替えるように切り替えのイメージをしているのでスピードは遅い。けど、接近の距離からはちょうどよかった。
刀とかあまり使ったことないから、上段から1機破壊して後は適当に、自分が振りやすい方法で破壊していく。そして、30機目は刀の握りを蹴り飛ばして破壊した。
「………ふぅ」
ちなみに今のはいざとなった時の奇襲として使えると思い、練習中だ。それに、量子変換とは便利なもので遠くにあるものが消えればすぐに手元に出すことができる。
消えたのを確認した僕はもう一度《葵》を展開すると、今度は攻撃ありのノーマルでやろうとしていたら、さっきの声が聞こえてきた。
「なぁ智久、一緒にやらないか? この後は俺たちみたいだし、そうした方が時間は多く取れるだろ?」
「……遠慮しておくよ。それよりも君は基礎体力を付けた方が良いんじゃない?」
せっかくアリーナ丸々使えるんだから、今の内に周りとの差を埋めておかないといけない。知識だけじゃとても理解はできないからね。それに使い続けてそれなりの技量になったら、自分が作ったISや武装を自分の手でテストできるかもしれないじゃない? この前、参加したのはそう言った理由があるからだ。
残り時間は15分。貴重な時間を使って訓練に励もうと思っていると、聞きたくないどころかもう一生関わりたくない頭ゆるゆるな代表候補生さんが怒鳴ってくる。
「ちょっとあなた! クラス対抗戦が迫ってきているんですのよ! だったら一夏さんに場所を譲るぐらいなどはするべきではなくって!?」
「正直興味ないし、僕にとっては関係ない行事だ。下らないことで時間を取らせないでよ」
「く、下らないことですって!?」
下らないことじゃん。
大体、織斑君は織斑先生の弟で何かと優遇されるんだから放置したって良いだろ。僕と違って負けたところでチヤホヤされるわけだしね。それにそもそも、そんなに大事だって言うなら僕の前にアリーナを予約すれば良かったのに。
後ろで怒鳴ってくるオルコットさんを無視して僕はドローンと戦闘する。とにかく今は、ISでの戦闘自体になれないとダメだ。
(……やっぱり、設定を変えよう)
PIC―――パッシブ・イナーシャル・キャンセラーには2つの制御機能がある。1つはオートモードで初心者向けの機能。もう1つはマニュアルモードで操縦が難しく、機体制御に意識を割かなければならない代わりに細やかな動作を行うことができる。
「……PIC、マニュアルモードに切り替え」
【PICがマニュアルモードになると操縦が難しくなります。「時雨 智久」さんの総IS操縦時間からおすすめしませんが、それでも変更しますか?】
「変更する」
【変更しました】
途端にバランスを崩した僕はそのままアリーナの中を転げまわる。
「大丈夫か、智久―――」
スラスターを噴かせて上体を起こすも、回転は殺せない。だけど僕はそれを利用するために《葵》を展開して横に構える。左手一本で持って右手には《焔備》を。それをそのまま真っ直ぐ、壁にぶつかりそうになるまで解かない。
【脚部スラスター、両足出力50%】
機体ステータス画面を見やすい広さに自動で調節してくれる。ISは量産性を除けば確かに兵器としては優秀だ。
しかしPICのマニュアルモードは案外慣れるまでに時間がかからないかもしれない。……普通に立っているだけなら、だけど。
(少しなら素人の僕も扱える……けど)
そのスピードを上げれば、間違いなく僕の手には負えなくなるだろう。それは心のどこかでは理解していたつもりだ。でも、オートからマニュアルに変えてからわかったことがある。―――オート機能は、甘えでしかない。
(早く……もっと早く……!!)
目の前に壁―――いや、アリーナのバリアーがある。僕は直撃を回避するために脚部を壁に向けて噴かせる。その反動でバク転を成功させて前後反転して攻撃を再開した。
■■■
授業が終わったばかりだからか、本来は誰かしらいるであろう第三アリーナの観客席には誰もいない。入り口に隠れるように智久の練習を見ている生徒がいた。そんなことをするのは彼からストーカー認定されている楯無ぐらいである。
「驚いたわね。まさか勝手にPICをマニュアルに変更するなんて」
本来なら、今している大がかりの仕事を片付けた後に時間を設けて特訓を付けようと思っていたが、その行動よりも先に智久がしていたのだ。
ましてや、まだほとんど経験を積んでいない智久が勝手に変えるなど、思っていない。
(……そういえば)
ふと、楯無はアキが智久のことで色々と言ってたことを思い出す。
「ISねぇ。男で適性が持っていることも不思議なんだけど、まさか負けるとは思わなかったな。え? 相手は代表候補生だから勝つことは難しい? そうなの? てっきり智久はカスタムを施していると思ってたけど。だってあの子、なんだかんだで機械いじりとか好きだし。それにあの子、休日は機械いじりしているから色々作ってるんだ~」
まるで親馬鹿の愚痴を聞いていた気分だったが、気になるの発言もしていた。
「え? 何でそんな風になったんだって? 確か昔ここにいた子が高校生の時にバイトして買ってたロボットアニメを置いて行ってね。どうやらそれを見ていたようだ。施設に来る前はそんなものとは無縁だったらしいからねぇ。たぶんそれからだろう。機械に触ることが多くなったのは。だからISも自分色に染めたいとか言ってもおかしくはないと思う」
実際、楯無は本音から色々聞いており、授業中に纏められているファイルを閲覧したこともある。そのファイルには様々なバリエーションの打鉄が書かれており、今の打鉄よりもさらに防御特化したタイプや非固定浮遊部位をブースターに変えた疑似高機動型、そのほか偵察型なども存在していた。
(………そういえば、あの子も似たようなのを書いてたわね)
さらに言えば彼女の言う「あの子」もアニメを視聴する趣味を持ち、溺愛する妹なのだが未だにその趣味だけは相いれなかった。
ちなみに楯無は一度、そのことで妹と喧嘩しており、両親からもダメ出しを食らって初めて自分がしでかしたことを理解したのである。
(ともかく、少し様子見ね。できるだけ相手の機嫌を損ねずに対応しないと)
そう決意して去ろうとした楯無は動けなくなる。
「……虚ちゃん」
「お嬢様、こんなところにいたのですか」
長い髪を後ろに纏め、前髪を邪魔にならないようにカチューシャを着けている女生徒―――虚と呼ばれたその人からは黒いオーラが発せられている。
「さ、サボっているわけじゃないのよ? ただ、今の彼の様子を見に来たっていうか―――」
「ええ、わかってます。わかってますよ。何もあなたが私に仕事を丸々押し付けてこっちに来ていることに関して何も思っていませんよ。……本家に報告はしますが」
「酷い! 鬼! ひとでなし!」
「ところで、彼が時雨智久君ですか?」
楯無の罵倒を華麗に流しながら虚も智久の様子を見る。普段から仕事をこなして男っ気を感じなかった部下に驚いた楯無は小さく呟いた。
「……まさか、恋?」
「いえ。ただ、妹と同居している相手がどんな人なのか気になったので…………可愛いですね」
「あ、虚ちゃんもそう思う?」
智久の身長は15歳の平均身長「168.3㎝」に対して150㎝しかない。本来ならそれはありえないことなのだが、どうやら計器の故障でもないらしい。アキも以前に病院に連れて行ったほどで、さらに楯無も驚いて智久のデータを拝借して調べあげたが、遺伝子改造を施されて生まれてきた人間でもなかった。
未だに理由はわかっていないが、ともかく可愛いのは間違いない。
「もしかして、恋をしたのはあなたなのでは?」
「あのねぇ、私は別にそんなつもりで彼に近付いたわけじゃないわよ」
「冗談です。もしそうだとすれば簪様にご報告しますが」
「……………虚ちゃん、私だって怒る時は怒るのよ」
「ならばまずは、簪様とちゃんと仲直りしてほしいのですが」
楯無は黙らざる得なかった。
楯無には簪という1つ下の妹がおり、2人の関係は上手くいっていない。
別に楯無が簪に対して何かしたわけではないが、それでも楯無には気がかりなことがあった。
「………時々、あなたたち2人が羨ましく思うわ」
「向こうが考えなしなところがあるのが問題あるんです」
「それでも本音を言い合えるじゃない。私たちの場合はそうはいかないし」
盛大にため息を溢す楯無。幸い、その場には自分と虚以外は誰もいないので生徒会長としての威厳が落ちることはなかった。……もっとも、楯無自身は会長としての威厳にこだわりなどないが。
「では、私はこれで。お嬢様も早く戻ってきてくださいね。……資料がたくさんたまっているので」
「それは聞きたくなかったわ」
ふと、楯無は中にいるであろう智久の姿を探すが、既に一夏たちが練習を始めていたためかいなかった。
■■■
さぁ、ISを整備するぞ!
と意気込んだのは良いけど、実のところISの整備なんてやったことはない。ただ単純に改造や組み立て程度ならできるけど、考えてみればISはデリケートな機械だ。もしやり方を間違えれば僕の身に危険が及ぶ。………そのことに気付いたのは、貸し出されている工具を持った時だった。
目の前にはIS用ハンガーアームに固定された打鉄。右手には工具、左手には手引書が握られている。
「…………」
救いの手を差し伸べてくれる人は90%は僕に対して何かをしてくる人だろう。
一応、僕に対して何かアプローチしそうな人を探す。何故か近くにISが放置されているが、整備員も操縦者もいない。ISが大事ではないのだろうか?
「……って、今は集中しないと」
とりあえず消耗個所をチェックして、取り換える必要のある部品とかを探そう。たぶんそれで大丈夫だと思う。後は消費した弾丸の補充申請か。………ところで、
「……さっきから何か用?」
僕は比較的ISに近い場所で身を隠しているであろう人に声をかける。だが、彼女は動こうとはしないようだ。
「素直に姿を現してくれれば、そこで何をしているか聞くだけで済む。出てこなければ―――痛い目を見るよ?」
携帯していたスリングショットを人の気配がしている場所に向ける。僕は結構敏感だから注目されているならある程度の場所も把握することができる。
未だに出てこないので、僕はそこに向けて放った。どこぞのA級ヒーローとは違って変化はしないけど、打撲などは負わせられるほどだ。
2発目、3発目と徐々に近付けていくと、その方向から声が上がった。
「ま、待って!」
僕は構えを解くと、両手を上げて女生徒が出てきた。今度は僕が隠れる番だった。
「こ、こんなところにも来るのかよ、この変態ストーカー!!」
「…………何の話?」
もう一度構えて僕は叫んだ。
「眼鏡をかけてリボンの色を変えたところでごまかせると思ったんですか?」
「………待ってほしい。話が見えない」
「あと胸を小さく見せてたところで―――ちょっ!?」
―――ガンッ!
間一髪回避する。危ない。もう少しでスパナが顔面に当たるところだった。
「………もう一度言ったら……許さない」
「こっちだって引くもんか…………質問、いい?」
「………何?」
「もしかして、見るからに何を考えているかわからないって思うお姉さん、いる? スタイルが良い分、余計にハニトラ臭がする感じの」
質問しながら僕は構えを解く素振りは見せない。でも、少し気になったことがあるのだ。
―――声質が違う
いや、似てはいるが、そういうことではない。なんというか、今目の前にいる女の子は暗いのだ。
「……扇子を持ってる2年生?」
「うん」
「………たぶんそれ、お姉ちゃん」
そっか、そっかぁ……なるほどね。
僕は少し近付く。彼女は驚いてスパナを握ったけど、僕は構わず頭を下げた。
「ほんっとうに……ごめんなさい!!」
盛大に勘違いしていたことを謝罪した。……だって僕、向こうの家族構成なんて知らないんだもん。