ZERO-OUT   作:Yーミタカ

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本当はここまでで十話を想定してましたが、気付くと十七話。


第十七話 別離

『あの、才人のフリした人造人間を・・・壊して。』

寧夢の言葉をルイズは理解できなかった。いや、理解するのを頭が拒否している、いつぞや盗賊の少年を殺せと言われた時と同じ、いやあの時より強く拒否しており、『言い訳』すら思いつかない状態だ。カツン、カツンと足音は近づいてきて、ダダダダダッと寧夢が設置した即席タレットが発砲を開始する。途切れない発砲音はドンドォンと爆発音がして沈黙する。タレットはあくまで固定砲台であり、射角にどうやっても穴ができる。その穴から撃たれ、破壊されたのだ。少しずつ才人だったものが近づいてくる足音を聞いていたルイズは視界の暗転でいつぞやの『アイツ』の気配を察知し身構えた。

 

『久しぶりに呼んでくれたわね?』

暗闇に響くルイズ自身の声、生活が安定していたためか姿を潜めていたもう一人のルイズだ。

「呼んでるつもりもなければ呼びたいとも思ってないんだけどね。」

『またまた〜、前にも言ったじゃない?』

「わたしが呼びたいから出てきてる、でしょ?」

ルイズはもう一人の自分の言おうとしたことを先取りして言ってしまう。

『あら?案外素直ね?』

「・・・まあ、ね。」

『それはいいのよ!アンタさ、迷ってるんでしょ?どうしたら良いかって?』

もう一人のルイズがそう尋ねると、やはりルイズは間髪入れずに答える。

「サイトを殺すかどうか?」

『話が早くて助かるわ!当然・・・』

「サイトを殺すべき。『魔法』なら痛みを感じる暇もなく殺せる。そしてこれからはネムを頼ればいい。」

ルイズはまたもやもう一人の自分の言おうとしたことを先取りしてしまう。

『やっとわかってきたわね。そうしないと死んじゃうのはアンタなんだから。』

「・・・ヤよ。」

ルイズはもう一人の自分に呟く。

『え?何?』

「イヤだって言ったのよ!」

ルイズは力一杯、もう一人の自分に反発した。

「サイトは人造人間かもしれない、本物のサイトを殺して入れ替わったのかもしれない、けどね、飲まず食わずでさまよってたわたしを助けてくれたのはこのサイトなの!わたしの考えを『うらやましい』って言ってくれたのも!そんなサイトを殺せるはずがないでしょ!!」

『ちょ、ちょっと、さっきから【殺す】って何!?【壊す】でしょ!?』

もう一人のルイズは、ルイズが知るかぎり初めてうろたえた。

「あんたはサイトをガーゴイルか何かと思ってるみたいだけど、サイトは人間よ!会ってそれほど時間は経ってないけど、自分で考えて生きる人間!その証拠に、わたしが盗賊の男の子を逃がした時、わたしに理由を聞いたわ!聞いて考えて、その答えが『うらやましい』だったのよ!」

ここぞとばかりにルイズはたたみかける。

『けど、殺さな・・・壊さないならどうするの!?ここ、逃げ場無いのよ!?』

「正直なところ、ロクな考えなんて無いわ。けど、行き当たりばったりでも何とかするだけよ!」

勢いで押し切ったルイズに、もう一人の彼女はとうとう絶句する。

『ここまでバカだとは思わなかったわ。』

「そうね。バカもバカ、大バカよ。あんたの正体に勘付くのにこんなに時間かかっちゃったし。」

ルイズの言ったことに、もう一人のルイズはおどけ始める。

『ついに気づかれちゃったわ、そう、あたしは悪魔、宿敵エルフを守護する・・・』

「そういうの、いらないから。そもそも、最初に言ってたしね。」

ルイズはもう一人の自分の前に堂々と立つ。

「あんたは・・・わたし。」

ルイズがもう一人の自分を見据える目には迷いも怯えもない。

『そ、そんなこと言ったかしら?』

「言ったわよ、最初に出てきた時にね。」

むしろもう一人のルイズの方がうろたえているという状態だ。

「大方、わたしの中にあるナノマシン型Pip-BoyとやらがV.A.T.Sでも使って見せてるんでしょ?そうすればこの長い問答をサナエが一瞬って計算したのも説明がつくしね。さ、もうわかったでしょ?あんたはわたしに必要ない。」

ルイズがそう言っている間にもう一人のルイズは光の粒のようになっていく。

『イヤ、消えるの!?そんな・・・』

「安心なさいな、元に戻る、それだけよ。」

ルイズがそう言ってもう一人の自分を抱きしめるようにすると、もう一人の彼女は完全に消滅し、ルイズの中に入っていった。

-不要なアプリケーション、自己保存アドバイザーをデリートしました-

ルイズの耳にどこからとなくそう聞こえると、元の場所に戻る。そして彼女は、もう一人の自分が現れることはないと確信し、立ち上がった。

 

「ルイズはん、やってくれるん?けど、危ないけん迂回して・・・」

「その必要はないわ。」

ルイズは寧夢が作ったバリケードを飛び越え、ちょうど部屋に入ってきた才人の目を見る。

「ルイズはん、たしかにその服は防弾繊維やけど、ショットガンの直撃なんてもろたら・・・」

「骨が砕けて内蔵がグチャグチャになって死ぬ。けど、大丈夫、絶対に当たらないから。」

そうは言っているがルイズの顔は青い。彼女にとっては確信だが、それに命を賭けるとなると手が縮むのは当然である。

「サナエ、ネムをその壁の後ろに隠れさせてて。流れ弾がいくかもしれないから。」

『で、ですがルイズさま、ルイズさまは!?』

「大丈夫よ、わたしには当たらない。」

そう言うとルイズはライフル、ピストルを地面に置き、両手を拡げて才人に歩み寄って行く。

「クル・・・ナ!!」

才人が撃った弾はルイズの右足元に当たり、岩片がルイズの足に小さな切り傷をつける。しかしルイズは止まらない。才人はルイズの近くに何発も撃つが、足元に当たるだけでルイズには散弾の一つも当たらない。彼女はガラス片のシャワーを浴びても傷一つ付かない強運の持ち主なのか?いや、違う。たしかにLuckの値は7だが運に頼っているわけではない。ルイズが先ほど才人を見た時、目がハルケギニアにおける魔法の『ギアス』をかけられているかのようであったのだ。これをかけられた者は術者の言うとおりに動いてしまうのだが、これに才人は抵抗しているのではないかと考えたのである。もし、完全に支配されているのであれば先のように『ころせ』だとか、『くるな』とすら言わず、ルイズの頭を問答無用で撃ち抜いているはずなのだ。

「(正直、怖いわ。けど、もしサイトに呼びかけられたら・・・)」

ルイズは抵抗を続ける才人の心に呼びかけ、『ギアス』のようなものを解除させようと考えたのである。しかし、難しいことにかわりはない。少しでも無用な刺激を与えれば途端にギアスに飲み込まれてしまうやもしれない。そのため、歩いて近づくしかできないのである。

「(あと5歩・・・)」

「ヤメ・・・ロ」

ドンッとショットガンが火を噴く。今度はルイズにダメージを与えた。

「・・・耳元は勘弁してよね。」

銃口は発砲直前にルイズの横にそらされ、彼女の耳がキーンと鳴る。しかしこれでルイズは才人に触れられる距離まで近づけた。

「サイト、お願い、目を覚まして!」

「ン・・・ア・・・グ・・・ア・・・」

才人はショットガンを足元に落とし、ナタを抜く。彼の頭の中で何度も命令が下され、それを全て拒否しているのだ。

『目の前の敵の頭にナタを叩き込めー断る!ー再度命令、目の前の敵の頭にナタを叩き込めーうるせえ!!ー再度・・・』

「黙れ!!!」

パチンッと、才人は自分の頭の中で音がしたように感じると、目の前に見知った少女が心配そうに自分を見上げていると認識した。これまでは黒い影のようなものだったのに、クリアになっている。スルッと手からナタが滑り落ち、地面に落ちると彼の全身から力が抜け、ルイズに覆い被さるように崩れ落ち、ルイズはとっさに才人の身体を支えた。当然、ルイズでは完全に抱きとめることはできず、才人が自分でバランスを取るまで巻き込まれる。

「ルイズはん!早苗!!」

『いえ、ご主人さま、よくご覧に!!』

寧夢は早苗にルイズを助けさせようと指示を出すが早苗はルイズがこちらに手を出し、制止しているのを指摘する。

「ったく、無茶すんなよ、言ったろ?殺せって。」

「できるわけないでしょ、そんなこと。」

ルイズの賭けは成功した。才人のギアスは解け、正気を取り戻したのである。

「ネム、サナエ!もう大丈夫よ!!」

ルイズがそう言って寧夢達に手を振ると、寧夢はバリケードに背を預けて、手だけを出して答える。

「ゴメンな、ルイズはん。腰抜けてもうて。先にそれと上、戻っちょって。」

「え?ええ。」

ルイズは寧夢の言葉に違和感を感じながら自分のライフル、ピストル、才人のショットガン、ナタを拾い、才人に肩を貸し、上へ戻る。

『ご主人さま?』

早苗も、寧夢の様子がおかしいことに気づいて、カメラで彼女の顔を覗き込む。

「ハハ・・・アハハ・・・」

乾いた笑い声を出しているが、寧夢の目は笑っていない。

「早苗、たしかピストル、拾っちょったよね?」

『は、はぁ、ございますが?』

「それ、出してな?」

寧夢は早苗から10mmピストルを受け取り、弾丸が入っていることを確認すると、立ち上がった。

 先に外に出ていたルイズと才人は、才人が楽なようにと考え、バイクに腰を預けさせて何があったのか話している。

「変な野郎が来たんだ。気配も無ぇし、何でか知らねぇが撃てなかったんだよ。」

ギアスの影響か、才人の記憶はあやふやであり、やはり要領を得ない。

「その人、顔は見た?」

「見た。や、見たんだ、けど、顔だけモヤみてぇのがかかったみたいに思い出せねぇ。・・・そぉいや、服がお前そっくりだったな。まさかと思うけど、同郷かもしれねぇぜ?」

「同郷ってハルケギニアから来た人ってこと?まぁ、わたしがいる以上いなくはないと思うけど、服が似てるだけじゃちょっとねぇ・・・」

と、二人が話していると、寧夢が研究所から出てきた。生身の右手にピストルを持ち、幽霊のようにユラッと歩いてくる。

「あ、ネム!よかった、ちょっとネムの意見も・・・じょ、冗談はやめてよ、ね?」

ルイズは寧夢が自分たちにピストルを向けたのを見て、ふざけて人造人間の真似をしていると考えたが、寧夢は発砲でそれに答えた。おそらく才人を狙っていたであろう弾丸は見事に外れ、バイクに命中したのである。

「ルイズはん、ウチの銃の腕やと流れ弾に当たるけん、どいてな?」

「ちょっと、ウソでしょ?やめてよ!」

「ウソなんはそれや!!」

寧夢は才人を銃口で指して叫ぶ。

「きっとミブロウ団が壊滅した時や!才人を殺して、それが入れ替わったんや!!どげやって壊滅させたかはわからんけど、それが才人と入れ替わったんが証拠や!!」

「ま、待てよ、寧夢。何の話・・・」

「黙りぃ!!才人の真似せんで!才人の声で話さんで!!」

ルイズは寧夢の目を見て、本気で銃を向けていると理解し、説得しようとする。

「ネム、落ち着いて!仮にサイトが人造人間だったとしても、サイトが悪いわけじゃないでしょ!?悪いヤツにギアスみたいなのをかけられて洗脳されてたんだから!!」

「それを才人っち呼ばんで!!それは、才人のフリして・・・何辺もウチの身体をオモチャにしたんや!!」

これを聞いてルイズは頭に血が上った寧夢を説得するのは現状不可能だと考える。この恨みは筋が通っているのだ。寧夢からしてみればここにいる才人は、好きな男を殺して顔と身体をそっくりに作り替え、何度も才人のふりをして寧夢を抱いたと言われたら反論できないのだ。しかし、だからと言ってルイズは才人を殺させる気にはならない。

「・・・先に謝っとくわ、ゴメンね、ネム!!」

ルイズはマシンピストルで寧夢が持つ銃、義手、義足、ロードファイターのタイヤを二つ早撃ちで撃ち抜き、才人をバイクに乗せて走り出した。動かし方は初めて才人と会った時の見よう見まねで、一気に加速させてその場を離脱した。一方、寧夢は義手と義足を壊され、銃も手の届かない所へ飛ばされてしまい遠く離れていくルイズ達に何もすることができず、先に指示した仕事を終えて、後から追ってきた早苗は惨状を見て寧夢に近づいて尋ねる。

『ご主人さま、これは何事ですか!?』

「早苗、今はそれどこやないけん、とりあえず義肢の予備部品、お願い。ルイズはん、えげつないことするわぁ・・・」

寧夢の義肢は幸いにも、いやルイズがあえてそうなるように狙ったおかげで基幹部に破損はなく、寧夢にも修理できる範囲であった。ルイズも寧夢の弟の思い出の品を破壊するなどというのはためらわれたのである。

「う、ウウ・・・グスッ・・・」

寧夢はまず義手を修理しながら、今まで我慢していた涙を流した。全壊でないとしても弟の思い出の品を壊されたこと、才人に化けた人造人間に何度も身体を許していたこと、初めてできた同性の友人との関係が壊れてしまったこと、何が最も悲しいのか彼女にもわからないまま泣き続けたのであった。

 一方、バイクで逃亡したルイズと才人であったがしばらくしてバイクから煙が出始め、後輪がはじけた。二人はとっさにバイクから飛び降り、制御を失ったバイクはあさっての方向に滑っていって爆発炎上する。才人は出発前、しっかりとバイクを整備していたのだけら整備不良はありえず、考えられる原因は寧夢の撃った銃弾が偶然にもバイクに致命的なダメージを与えていた以外に存在しない。

「ネムってばこんな時だけどうして上手くなるのよ・・・」

寧夢の銃の腕はひどいもので、一緒に射撃訓練をした時、人の上半身をかたどった的に、ピストルで一発かすらせることしかできず、ルイズと寧夢の二人で笑い話にしたほどだ。もっとも、寧夢はバイクを狙ったのでなく才人の眉間を狙っていたのだから大ハズレも大ハズレであるが。ともあれ、二人に怪我はなく、ルイズは才人に話しかける。

「ここ、どこかわかる?」

これに才人は何も答えない。ずっと座ったまま、炎上したバイクをながめている。

「ねえ、聞いてる?」

ルイズは業を煮やし、才人の肩をつかんで振り向かそうとして、才人の異変に気づいた。目の焦点が定まっておらず、生気が感じられない。まさか座ったまま死んでいるのではと思い、口に手を当て、そして胸に耳を当て心音を聞く。息もしているし呼吸もしている。

「(と言っても人造人間らしいし・・・)」

ルイズは人造人間というのが何なのかよくわかっていない。せいぜい、州の人間と成り代わるらしいこと、先ほど壊した骨だけ、成り代わったりせずに暮らせていたらしい左京、そして才人のように人間そっくりで成り代わった者の三種類はいること、成り代わった者は見ただけでは判別不可能なこと、そしておそらく、生理現象も人間と同じであることくらいだ。生理現象については、たとえば食事をしない、寝ないとなれば簡単にバレると考えたルイズの推測であるが、的中している。そこから、人造人間が人間そっくりのガーゴイルとして予想したのが、いくつかの機能がバイクから飛び降りた時に故障したとしても、呼吸や心音を偽装しているかもしれないということだ。

「・・・ねえ、お腹すいたわ、何か無い?」

ルイズは試しに質問してみる。が、反応はない。

「食べものとかあるかしら?」

今度は炎上したバイクを指差す才人。これはメイメイや立花のAIよりひどい。メイメイ達、プロテクトロンはいわゆる『曖昧な質問』にもある程度の文脈から回答できるが、それができないのは骨だけ人造人間と変わらないということになる。

「じゃあ、お水は?」

再度バイクを指差す才人。才人の状態も問題であるがもう一つ問題が浮上した。食べ物も飲み物もほとんど無いのだ。ルイズは荷物のほとんどを寧夢の車に置いてきてしまっていた。背負っていたバッグ、バックパックというのに入れているのは、かさばらないと考えて入れていたキャットスーツとドレス、下着といった着替え、ライフル弾が50発、マシンピストルのロングマガジン三つ、水が二本。これでは三日で干からびてしまう。

「サイト、あなたのバッグを下ろして。」

現状、才人は簡単な質問や指示に行動で答えるしかできず、言われたとおりバッグを下ろし、ルイズはその中を見た。野外調理セット、大量のショットガンシェル、マグナム弾、手榴弾三つ。今回は野宿するつもりがなかったのもあってか、このような荷物であった。

「(水二本、二人だと今日の分しかないわね。)」

ルイズは考える。どうやったら二人で生き延びられるか。まず、火の国へ戻ることは不可能だ。寧夢が才人を人造人間だと通達している可能性が高い。ルイズ一人ならまだしも、才人が助からないだろうし、ルイズにしても仕方なかったとはいえ銃を向けた寧夢に今は顔を合わせたくないというのもある。逆に湯の国へ抜けるという方法は、まずルイズは道を知らないし、顔も知られておらず、排他的という話だから近づいただけで撃ち殺されるかもしれない。才人なら顔を知られているが、今の彼ではどうにもならないであろう。どうするにしても、まずは食料、そして水源を見つけなければならない。水源さえ見つかれば、調理セットで水を浄化することもできる。

「サイト、ここで待ってて。」

ルイズは近くの廃屋に才人の手を引いて連れて行きそう言うと、才人はコクッとうなずき、ルイズは探索に出る。

「(とりあえず、腹ごしらえと水ね。)」

このあたりの生存術をルイズは才人から教わっていた。野宿する場合まず寝床、これは先の廃屋でどうにかなる。二つ目は水。今のところ500mlの缶が二本しかなく、二人であれば人間が一日に必要とする量の四分の一しかない。今日はよくても明日からは水源が必須で、見つかるならば今日のうちに見つけておきたい。前者二つに比べて優先度合いは低いが食料、いつどこで襲われるかわからない状態で、空腹による集中力低下等は避けたいものである。

「(参ったわ、水源どころか動物も見ないなんて・・・まさか運を使い果たした?)」

運でなく偶然であろうが、ルイズの探索は空を切り、何も得られず才人の元へ戻ることになった。

「戻ったわよ、ごめんなさい、何も見つけられなかっ・・・ウ!?」

ルイズは才人を待たせていた廃屋に戻り、彼の周囲に散乱する、考えようによっては『食料』を見て胃から酸っぱいものがこみ上げてきた。本当に嘔吐することは我慢した分、彼女も成長している。才人の周囲に散乱していたのは人間の頭ほどの大きさのゴキブリであったのだ。おそらく、才人に襲いかかり、ナタで全て返り討ちにされたのであろう。

「・・・これ、しかないわね・・・」

ルイズはため息をついてゴキブリを捌き、調理セットでラッドローチのグリルを三つ作り、ゴキブリだとしても近くに生えていた奇妙な形の花を添えて埋葬するという、すでに習慣となった弔いを済ませる。

「サイトの獲ったゴキブリ、グリルにしたんだけど・・・これしかないから、ガマンして?」

才人にグリルしたゴキブリの一つを持たせ、自分も食べようとする。初めて会った時、才人はこれと同じものを食べていたから、どちらかと言うと彼女は自分に言い聞かせているのだ。彼女の調理方法では、大きな白身魚を網焼きしたような見た目となっており、仮にハルケギニアでそれと言われず同じものが出されれば食べてしまいそうである。

「(これはお魚、これはお魚、これはお魚・・・)」

じっとにらんで自分に暗示をかけ、呼吸を止めて口を開き、目を閉じてかぶりつく。

「〜〜〜ーーーッッッ!!!???」

またもやルイズの食道から酸っぱいものがこみ上げてきて、彼女の中で理性は吐き出せと命令し、本能は飲み込めと命令する。もしかすると理性が飲み込めと命令して、本能が吐き出せと命令しているのかもしれない。二律背反する命令に対し、ルイズは自らの意志に従うことにした。

「(吐いちゃダメ!こんなトコじゃ次、いつ食べられるかわかったもんじゃないのよ!!)ッ、ハアッハァッ・・・」

口を押さえ、無理やり飲み込むと酸素を補給するため大きく息をする。顔はたった一口のために鼻水と涙でグチャグチャになったのを手で拭い、残りをむさぼるように食べる。

「(意外と美味しいわね。)」

喉を通ってしまうと不思議なもので、嫌悪感がなくなって白身魚のようにしか感じなくなってしまったルイズ。

「サイト、虫料理は初めてだったけど、上手にできたわ。ねえ・・・」

才人はやはり反応がない。ルイズには才人がこのまま死んでしまうんじゃないかとさえ思えてしまっていた。

「ねえ、食べて?朝から何も食べてないでしょ?」

もう日が沈もうかという時間だ。腹が減っているのは間違いない。なのに才人はローチのグリルを手に持ったまま微動だにしない。

「・・・仕方ないわね、今日だけ特別よ。」

ルイズは才人の持つローチのグリルを取り、口に含んで噛む。そしてそのまま才人と唇を重ねた。口移しでグリルを食べさせる。才人も口の中の物を咀嚼しなければ窒息すると判断したのかしっかりと飲み込み、ルイズは顔を真っ赤にしながらその作業を続け、最後に水を同じように飲ませた。その間、何度も『初恋の少年』の陰がちらつく。そのせいでルイズは、才人の左手の甲が光っていることに気づかなかった。

 一段落してルイズも水を飲み、自分がやったことを今さらながら後悔する。羞恥心もさることながら、寧夢への罪悪感が大きい。たしかに寧夢は才人に銃を向けた、しかし冷静になれば復縁するかもしれない、それなのにこのようなことをしては、友人の恋人を寝取ろうとしていたようにも感じられたのだ。

「(仕方なかった、仕方なかった、仕方なかったのよ!寧夢、ゴメンなさい!!そんなつもりじゃないから!!)」

いろいろなものがオーバーフローしているルイズの気持ちを察しているのかいないのか、才人は虚空を見つめたまま、マグナムを抜いた。一見、何もない場所に狙いを定め、撃鉄を起こしているのにルイズも気づき、才人の側に寄る。すると、ガサガサと音がして金髪の少女が物陰から現れたのだ。日は沈み、月明かりだけが光源であるが、月光に照らされた長い金髪は陽光のように美しく、湖のように青い瞳にルイズと張り合えそうなほどの白い肌、水色の幌のような布地のズボンに白い半袖のシャツを着て、帽子のような鉄兜、革製の州の鎧をまとった彼女は、遠目には戦前からシェルターで生き残った人間、いわゆる古代人の白い人に見えなくもない。しかしルイズには少女がハルケギニアから来たと確信できる特徴を見つけていた。

「・・・エルフ?どうして?」

鉄兜の下から横に長く伸びた耳はエルフのものであったのだ。




さて、ここでルイズは火の国を出てます。最後に会ったエルフ、どうして州に?
いや、隠せてないとは思いますよ、ええ。

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