ZERO-OUT   作:Yーミタカ

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長らく放置、申し訳ございません。
ハルケギニア編はとりあえずこれが最後です。


第十五話 使い魔召喚の儀式~その時ハルケギニアでは~ 後編

 ハルケギニア、トリステインにおいては60年ぶりに公に認知された召喚事故は一日を置いても騒動の終息を見せずにいた。かつての事故は召喚事故に巻き込まれた生徒が行方不明になったことで親族もいなかった彼の家は取り潰しになり、その時接収された財にて負傷した生徒、殺された使い魔の補償を行い、当時の学院長と王室間で何らかの取引が行われた結果、事故そのものが闇に葬られ、今となっては覚えている者もほとんどいないが今回はそうもいかない。

「オスマン殿、当家三女のルイズが行方不明とのこと、詳しくお話しいただきたいのですが?」

学院長室にてオスマン学院長をバリトンのきいた声で問い詰めるのはヴァリエール公、トリステイン王家傍流のヴァリエール公爵家現当主にして三位の王位継承権を持つ、ルイズの父である。その下座に座るオスマン学院長はまるで不正を追究される役人のように言を左右にし、のらりくらりと追究をかわしている。

「申し訳ありませんが公爵閣下、くだんの事故は専門の者達が調査中でしてな。」

「その件ですが、何故わたくしを調査に加えていただけないのでしょうか、学院長?」

公爵の隣ではルイズの長姉、エレオノールが眼鏡を光らせながら父と共に追究する。二人はルイズの召喚事故、行方不明の報を聞き、日も上らぬ時間に飛んできたのだ。龍籠に乗ってきたエレオノールはまだしも、ヴァリエール公はドラゴンに鞍も付けぬ裸馬ならぬ裸ドラゴンで学院に乗り付けてきたのである。余談であるがその時、ヴァリエール公が乗っていたのは風龍だったのだが、デスクローの死臭に驚いた風龍が着陸を拒むのをヴァリエール公は脅しつけてほぼ墜落に近い着陸をさせるという荒業をやってのけた。

 さておき、今回の件と60年前の件にはいくつもの大きな違いがある。まず一つ目、行方不明になったのが60年前は断絶寸前の家の者であったが、ルイズはトリステイン王家の傍流にあたるヴァリエール家の三女、もみ消すことはまず不可能である。もっともオスマン学院長はかつての上司と違いもみ消しも交渉もするつもりは無い。

「姉君殿、こうやっていると思い出すのぉ、きみがまだここに籍を置いておった頃を・・・」

「学院長こそ相も変わらず、はぐらかすのがお得意なようで!らちがあきませんわ、お父様、わたくしはルイズの使い魔の調査をアカデミー研究員の権限で行います!」

と言うが早いかエレオノールは放たれた矢のように学院長室を飛び出した。彼女はトリステイン王立アカデミーの研究員であり、研究欲がかきたてられたというのもあるが、何よりルイズがどうなったのか確かめずにはいられないのだ。ここで二つ目の違い、今回のデスクローは学院の中で殺されたことである。

「エレン、待ちなさい!」

ヴァリエール公の制止も間に合わず、オスマン学院長は感心半分、呆れ半分といった風に『ヤレヤレ』といったしぐさをして、黒い箱に話しかける。

「サキョー君、すまないが調査に一人、加えてやってはくれぬか?」

すると黒い箱から声が返ってくる。

『オスマン氏、わかっていると思うがここらの汚染は尋常じゃないんだ。』

「わかっておる。実はの、その者はエレオノールくん、行方不明になったルイズくんのお姉様だ。彼女はかのヴァリエール家の長姉ゆえ、丁重にの?」

と、オスマン学院長が答えると黒い箱は少し間を置いて答える。

『まったく、あんたはオレを過労死させる気か?レディ用のドレスを一着、用意しろってんだろ?』

「ああ、それに彼女は良い眼を持っておる。きっと調査の役に立とう。」

『あいわかった。あ、君かね?エレオノール女史と・・・』

と、途中で黒い箱からの声は途切れ、それを見ていたヴァリエール公は声を落として問いただす。

「それはもしや、『場違いの工芸品』か?」

「およ?さすが公爵閣下、お目が高い。いかにも、これは・・・」

「ごたくは不要だ、オスマン殿、どうしてそれを使うことができる?」

オスマン学院長もとっさであったためヴァリエール公に悟られぬよう黒い箱こと無線機を使うのを失念していた。普段からこれを使っていたこともあって、自然なことだと誤認していたことも失敗の原因である。60年前との違い、三つ目は、ルイズは彼女が思っていた以上に周囲に愛され、彼女のためならば命を投げ出すことも辞さない者が何人もいることだ。これは別に60年前の生徒が嫌われていたということではない、『他者のために命を捨てて構わない』と思わせることができるルイズが特別なのだ。

 一方、学院長室を飛び出したエレオノールは、広場の入り口で奇妙な男に制止された。

「あ、君かね?エレオノール女史というのは?」

「何よあなたは!わたくしは王立アカデミー研究員よ!権限をもって調査させてもらうわ!」

「いや、だから待ちなさい!」

エレオノールは奇妙な男を押し退けて広場に入った。エレオノールも研究員だけあって、未知の生物を調べる時のことは心得ている。まずは風の魔法で自分の周囲に空気の壁を作り、未知の生物が発しているかもしれない『毒』を吸わないようにすること、二つ目はそれでも万一吸ってしまわないようにマスクで口と鼻をふさぎ、三つ目は直接触れないように手袋をすること。しかしそれは『ハルケギニアの生物』の話である。デスクローは州すなわち地球の生物、かの地球は核の炎に焼かれた大地で、そこに棲むものはあらゆる場所からとある『毒』を吸収しており、それはエレオノール程度の防護では足りない。

「ひどいわね・・・ウ!?ゲホッゲホッ!?」

エレオノールは咳と共に吐血する。そんな彼女を、奇妙な男に指示され、全身を覆う服を着た身長からして女生徒とおぼしき者が手を引いて広場を出る。広場の出入り口でエレオノール、そして全身服は水のようなものをかけられ、濡れたまま布の上にエレオノールが横たえられる。周囲には薬品が入った棚が並んでおり、簡単な医務室であることがうかがえる。そこで先の奇妙な男は全身服に指示する。

「ジョゼットくん、Rad-アウェイと注射器を。」

「は、はい!えっとあーる、えー、でーの・・・」

「違う、これは『Rad-X』!もっと長いヤツ!」

「す、すみません!!こ、こっち?」

「ああ、これだ。お嬢さん、少し失礼するよ?」

奇妙な男はエレオノールの胸元をはだけさせ、アルコールで消毒すると胸に注射針を刺してRad-アウェイを注入した。それから術後処置をしてしばらくするとエレオノールは意識を取り戻し、はだけた胸元を隠しながら起き上がり、奇妙な男をにらみつける。

「お嬢さん、調査に加わるならば私の言うことを聞いてくれなければ困るよ?」

「な、どうしてわたくしがガーゴイルの言うことなど・・・」

「え、えっと・・・ルイズちゃんのお姉さん?」

全身服を着た少女が頭を覆うガラス窓のようなものが顔の部分についた兜を脱ぎ、おずおずと尋ねる。全身服の中身はルイズのくされ縁の一人、ジョゼットであった。

「ん?もしかしてあなた・・・双子ちゃんのジョゼットの方?」

シャルロットとジョゼットはいわゆる一卵性双生児であるため、事細かに特徴を覚えていなければ初見の者が見分けるのは難しい。それをエレオノールがやってのけたのは、ルイズが家に送った手紙を子細まで読んで覚えていたからである。

「は、はい!ル、ルイズちゃんにはいつも良くしていただいてましゅ!!」

「あなたとお姉さんのことはうちの妹から聞いてるわ。はじめまして、ルイズの姉、エレオノールよ。」

ジョゼットはルイズからエレオノールのことを『おっかない姉様』と聞いていたので、印象の違いに戸惑う。

「あら?わたしのこと、『オーク鬼みたいにおっかない姉様』とか聞いてた?」

「え!いえ、そこまでは・・・」

ジョゼットはとっさにごまかしたが、ごまかし方がまずかった。この言い方では、『おっかない姉様』の部分を肯定したに等しい。

「おチビ、帰ってきたらお仕置きね。」

「え、えっと、ルイズちゃんのこと、あんまりいじめないで・・・」

「あぁ、いいかな?」

先ほど、エレオノールからガーゴイルと呼ばれた奇妙な男が二人に声をかける。彼がガーゴイルと呼ばれたのはその見た目からだ。一見普通の男のように見えるが、表皮はボロボロになって一部剥げており、そのすき間から中身、人形の部品ともとれる物が見えている。彼を見て『人間』と言いきることができる者は少なくともハルケギニアの一般人の中には存在しないだろう。

「で、何なのこのガーゴイル?」

「お、お姉さん、し、失礼ですよぉ・・・」

「構わないさ、慣れているからね。私はタルブ自治領警務隊『ミブロ』五番隊組長の左京という。」

左京と名乗ったガーゴイルは、頭に被った帽子の縁をピンと弾く。

 警務隊ミブロとは、初代自治領主タケオ=ササキによって軍事、警察、災害救助を行うため組織された準軍事組織である。これらを一手に担うためハルケギニアでは高い組織力を保有しており、五番隊は警察業務を担当している。警察だけでは畑違いに感じられるが指揮を執っているのが彼、そして五番隊であるというだけで、救助隊である六番隊、技術部の八番隊、化学部の九番隊からも必要な人材を連れてきている。なお、話に挙がっていない一、二、三番隊は軍隊、四は慣例にて『欠番』、七番隊は新兵を訓練する教導隊だ。

「タルブ自治領?ああ、あの『平民の自治領』?ずいぶんへんぴな場所から来たのね。」

「フッフッ、元気なお嬢さんだ。しかし妹君の行方を調べたいのだろう?ならば命を粗末にするものじゃない。」

飄々とした物言いの左京は、そう言いながらもここまでの調査報告書をエレオノールに見せた。それはハルケギニア公用語で書かれており、ハルケギニアには無い言葉には注釈が付されているためエレオノールにも読めるものであった。

『デスクロー(黒竜)召喚事故

 現在行方不明のルイズ女史によりハルケギニアへ召喚されたデスクローは×××(黒塗伏字)、ミスタ・オスマン、ミスタ・コルベールによって殺処分された。かのデスクローは処分後、ミブロ到着前にミスタ・ギトーにより開腹され、体内からは放射能汚染物(猛毒、防護服無しでの接近厳禁)が多数摘出されるが、人骨や人肉片といった数時間以内に人間を捕食した形跡無し。』

これを読んだエレオノールは防護服をジョゼットの補助を受けながら着用し、デスクローの死骸の元へ向かう。デスクローの死骸、検体は死骸と内容物に分けられており、胃の内容物であった部分は不自然に黒焦げとなっているが、確かに人間の痕跡、服であるとか人骨であるとかが一切見当たらない。デスクローも生物だ、食べたものを消化するには時間がかかる。仮に死ぬ数分前、召喚主であるルイズを食べたのならば死体の痕跡くらいあってもおかしくはない。

「死因は・・・誰よ、こんなことしたバカは!体内でカク爆発って!?」

エレオノールは調査報告書に書かれているデスクローの死因を見て憤慨する。『カク(核)』の注釈は可能な限りハルケギニアでも分かりやすく書かれているが、要約すると『城一つを吹き飛ばすほどの威力を持ち、放射能汚染物を拡散させる大爆発』としか取れないのだ。これでは、実際にはいなかったがルイズがもしデスクローの体内で生きていた時、一緒に殺してしまったであろう。

「それは許してやってくれまいかね?やった者はその辺りの事情を一切知らなかったようだし、見ての通り妹君は体内にはいなかったのだから。」

「それは・・・そうでしょうけどね。」

エレオノールを追ってきた左京にそう答えるエレオノールは少し釈然としない様子である。なお、ミスタ・ギトーがすぐさまデスクローを開腹したのはデスクロー出現の報を聞き、かつての学友のことを思い出して『すぐに腹を裂けば生きているのではないか?』と考えたからだ。オスマン学院長が制止するのも聞かずに腹を裂き、体内から吹き出した放射能汚染物をその身に浴びたミスタ・ギトーは現在、医務室で加療中である。なお、救命処置を引き継いだミブロ六番隊・救助隊の所見は、『即死しなかったのが奇跡』というほどであった。

「お姉さん、その、あたし、何がなんなのかわからなくて・・・ルイズちゃん、このドラゴンに食べられちゃったんですか?」

ジョゼットは調査報告書が理解できなかったため、エレオノールにそう尋ねる。

「・・・いいえ、このドラゴンは間違いなく、最近は人間を食べてないわね。ジョゼット、広場はくまなく探した?」

「は、はい!広場をお掃除するのに土も掘り返してましたから・・・」

「そう、ありがと。本当におチビは・・・やらかした後始末する人間のことも考えなさいよ。」

エレオノールは冗談混じりにそう言うが、それは心配と同時に確実に生きていると信じているからこそ出てくるのだ。

「うわ、これは甲殻類の殻・・・器官から水棲種、大きいわね・・・」

エレオノールは胃の内容物から緑色の甲羅の破片を見つける。その丸みと分厚さからエレオノールは食べられる前の甲殻類の大きさを簡単に想像してしまう。少なくとも、人間より大きいのだ。彼女は頭の中にある全ての知識を総合し、重ね合わせ、黒いドラゴンがどこから召喚されたかを推測していき、その結果、あり得ない結論にたどり着いた。

「該当無し・・・エルフの棲地は砂漠だからこんな水棲甲殻類がいるとは思えないし、ロバ・アル・カリイエのドラゴンとは形態が全く一致しない。60年前のも合わせて新種?いえ、あるいは・・・」

エレオノールがそうやってデスクローに当たりを付けているのを、左京は生徒を見守る教師のように優しく見守っている。

「サキョー、こっちのは何かしら?」

「それか?腸の中身さ。」

それをエレオノールの横で聞いたジョゼットは顔を青くしてあとずさる。腸の中身・・・つまるところ大便である。しかしエレオノールは身じろぎもせずにそれに手を突っ込んだ。エレオノールもアカデミー研究員でなければ読めない記録で、オスマン学院長が追っている召喚事故による行方不明のことは知っている。そしてその時、奇妙な生物が入れ替わりに現れるということも。ここで読んだ調査報告書、そしてルイズが広場からこつぜんと姿を消したという二点から、エレオノールは最も馬鹿げた、初めて記録を読んだ時に彼女自身も『馬鹿馬鹿しい』と切って捨てた仮説を、信じるというよりはそれにすがっているのだ。その仮説とは、デスクローをはじめとする奇妙な生物はハルケギニアとは異なる世界から来て、事故を起こした者は逆に異世界へ飛ばされてしまうというものだ。デスクローのような大物は二例しかないが、大物であればそれがどこから来たかの痕跡も残りやすい。デスクローの正体を暴くこと、それがルイズの行方を追うことになると信じているのである。

「・・・何かしらこの金属片?」

エレオノールはデスクローの大便の中から緑色の板を見つける。それには白い線が描かれており、他にも青と白の物も混ざっている。一見、別のものだがエレオノールは『白い線』に着目した。白い線の形が合うように、青と緑の板をパズルのように合わせていくと白い線は元の形、二つの複雑な記号のようになったが、エレオノールにはそれが何なのかわからない。当然だがジョゼットにも。しかし左京はそれを見て、左腕の大きな腕輪を向け、それに話し始める。

「私だ、左京だ!ついにやったぞ!!ああ、そうだ、件のデスクロー、州から来たんだ!!あ?いや、もう隠すこと無いだろう?それに近くにいるのは事故の関係者だけだ!」

その言葉はエレオノール、ジョゼットにはわからないが、エレオノールが組み立てたパズルの意味を理解して興奮しているのは彼女たちにもわかった。そのパズルは元が複数の板を合わせているせいでいびつだが『阿蘇』と書かれていたのだ。

 調査を終えた左京、エレオノール、ジョゼットは学院長室に戻り、オスマンは左京の報告を聞くと今回の事故関係者を全員連れて医務室に場所を移した。医務室には意識こそあるが怪我で身動きの取れないシエスタ、救命処置の末、目を覚ましたギトー先生、いまだ意識が戻らない、『ユウジ』と名乗った青年がベッドにおり、ぞろぞろと入って来た見舞い客はオスマン学院長を先頭にコルベール先生、ヴァリエール公、エレオノール、キュルケ、シャルロット、ジョゼット、そして左京。エレオノールとキュルケは最初に顔を合わせた時はシャルロットとジョゼットが冷や汗を流すほど険悪な空気を流していたが、ここまでの間で、主にルイズ可愛い談義に花を咲かせ、打ち解けてしまっている。

「さて、どこから話したものだろうかね?」

オスマン学院長は髭を撫でながらそう言うと、まずヴァリエール公が尋ねる。

「ならば、率直に聞きたい、ウチの娘はどうなったのだ?」

「ふむ、やはりそこですかな。サキョー君、頼もう。」

オスマン学院長に促され、左京は先のエレオノールの発見によって加筆した報告書を取り出す。

「了解した、オスマン氏。あらためて、はじめまして。私はタルブ自治領警務隊ミブロ五番隊組長の左京と言う。今回の事故調査ならびに今後の協力のため、領主より派遣されました。」

そう言って大きく礼をする左京。それをヴァリエール公をはじめ、ルイズの行方を知りたがっている者達は結論を急かそうとするのを我慢して彼の言葉を待つ。

「結論から申し上げますと、ルイズくんは我々タルブの者達の故郷、『州』へ飛ばされた可能性が極めて高いと考えられます。」

「『シュウ』?」

ハルケギニアならば『⚪︎×地方』くらいの意味になる言葉だが、左京はあえて州の言葉で話したためそれが何かわからぬ者たちから聞き返される。

「その『シュウ』とやらはどこにある?今すぐにでも迎えに行こうと思うのだが。」

「・・・閣下、それが難しいのですよ。我々も帰還の方法を探しておりまして私は30年、長い者は60年となりますな。」

「いや、来たのならば戻ることも・・・まさか!?」

ヴァリエール公の言葉で全員が同じことを考えた。似たような魔法があるのだ。『サモン・サーヴァント』、呼び寄せることはできても送り返すことはできない。一般的にはハルケギニアの生物が召喚されるためあまり考えられたことがなかったのだが、もしルイズが今回召喚したような手に負えない生物を召喚してしまった場合、送り返す方法はない。事実、召喚であまりにも気に食わないものを召喚した場合、魔法学院のような周知される場所でなければ送り返すのでなく殺処分して召喚し直すということもあり、『サモン・サーヴァントは呼び寄せることはできても送り返すことはできない』というのは公然の事実となっているのである。しかし気に入った使い魔が出るまで殺処分を繰り返してはキリがないため、学院などといった公の場所では『使い魔召喚は神聖な儀式であるためやり直しは認められない。』とされているのだ。

「お察しのとおり、州とこちらを繋ぐのはサモン・サーヴァントのみ。この60年タルブもこの件を追っておりましてな。その関係で学院長殿と協力することとなったのですよ。」

30年前、オスマン学院長はかつて自分が遭遇した事件とその際に出現したデスクロー、彼が遭遇した以外の事件とその時現れたデスクロー以外の化物、さらに場違いの工芸品と60年前の事件後しばらくして成立した不可解な自治領タルブの存在に関連があるのではと疑い、教職の傍ら調査をしていた。その時、野生のワイバーンに襲われ、あわやというところで偶然出くわした左京が、ヌカランチャーでワイバーンを木っ端微塵に吹き飛ばしたのである。左京はタルブを調べ回していた学院長をタルブへ連行し、当時の自治領主とその閣僚達の合議の結果、オスマン学院長は知り得た情報の厳守を条件にタルブとの情報共有をはじめとした協力関係を構築したのだ。

「一つよろしいでしょうか?」

コルベール先生が挙手し、タルブと学院長の協力関係を話していた左京に質問する。

「どうぞ。」

「どうして学院長個人と協力関係を?そしてこの度、急に協力するようになったのは?」

「我々もこちらの『魔法』の研究をメイジの協力抜きで行うことは不可能でした。しかし接触をあまり大きくすると諍いの種を作ってしまいます。・・・覚えがあるのでは?」

左京にそう言われ、コルベール先生はおし黙る。20年前のアカデミー実験部隊壊滅、かの事件はタルブと衝突することを前提とされていたのだ。表向きは疫病拡大を防ぐための滅菌作戦だと聞かされていたが、不自然に準備されて出向いていた。そしてタルブと衝突し、部隊は壊滅したのである。この時の本当の目的はタルブが集めていた『要人』の抹殺であり、タルブとの衝突はほぼ間違いなかったのだ。コルベール先生の頭は毛髪がほとんど無いが、剃髪しているわけではない、20年前の事件の後、急に髪が抜け始めたのだ。彼自身は『ショックからそうなった』と思っているが、本当はヌカランチャーの至近弾を受け、被曝したことが原因である。

「しかし、この度のことで我々としましてもあまりに関わりを断つのは間違いだと悟りましてね、もしこの決定がもう少し早ければこのようなことは起こらなかったことでしょう。これにつきましては申し訳なく存じます。」

「それは今はよかろう、不作為を問えるほど主らに責任があるわけでない。それにここまで話したのだ、行く方法に目処が立ったのであろう?」

「ええ、オスマン氏と共有していた情報・・・これまでの召喚事故、現れた生物、特に大金星であったのはエレオノール女史の発見です。州とハルケギニアがサモン・サーヴァントにて繋がる条件がわかりました。」

左京は一度区切り、ジョゼットを見る。これによりジョゼットに視線が集中し彼女はあわあわと全員の視線から逃れようと目をそらす。

「『失敗魔法』と呼ばれる魔法を使うメイジのサモン・サーヴァントが州とハルケギニアをつなぐカギです。」

「え?え!わ、わたし!?じゃ、じゃあさっそく唱えて・・・」

「ストップストップ!ジョゼットくん、話は最後まで聞いてくれまいか?」

左京は杖を取り出そうとしたジョゼットを止める。

「このまま召喚しようとしてもジョゼットが州に行ってまた州の生物がこちらに来るだけ・・・でしょう?」

エレオノールが左京が言わんとしていることを代弁する。

「それもだが、何より問題なのは彼さ。」

左京はデスクローを殺して自らも倒れ、いまだに意識を回復しない青年、勇治を見やる。

「実は私は彼を知っていましてね。州、火の国ミギクを本拠地とする自警団組織、我々、タルブのミブロがその名を拝借した『ミブロウ団』五番隊組長、遠山勇治。」

彼の名を知っているのは今のところ彼から名前を聞いたオスマン学院長とコルベール先生だけであり、左京が名を知るはずがない。

「ただ、私が知る彼はもっと若かったし、手の刺青からして『局長』となっています。」

「こちらにいた30年の間に出世したとかでは?」

「キュルケ、この人が50歳とかに見える?」

キュルケが左京に尋ねると、左京が返そうとした答えを先にシャルロットが言ってしまう。

「その通り、もし私がこちらにいた時間と同じだけ経過していれば彼はもっと歳のはず。付け加えて言えば、私がこちらで初代自治領主と再会した時も同じようなことを思いましたね。」

初代自治領主こと、60年前の魔法学院から野に放たれたデスクローを殺処分した男、佐々木武雄は左京が州で開いていたラーメン屋、そして探偵業の常連であった。その時の武雄は30前で、幼い子供二人と愛する女と、州において今となっては少数派の、戦前の家族のような暮らしをしていた。しかし左京がハルケギニアで再会した時には、すでに60歳ほど、それも武雄は左京が州から消えた後でハルケギニアに来たと言ったのだ。

「つまり、こちらと向こうの時間は一定でない、仮にジョゼットがサモン・サーヴァントを唱えてもルイズのいる時間に繋がるかわからない。」

シャルロットが左京の言わんとしていたことを口にする。

「その通り。時間を指定する方法がなければ。」

「ならば一刻も早く見つけねばなるまい、あの子は件の怪物が跳梁跋扈するようなところにおるのだろう!?」

「あ、それにつきましてはご安心を。」

焦燥感から苛立つヴァリエール公を左京はなだめる。

「つまるところ、時間が指定できるようになれば、ルイズくんが向こうに到着した直後を指定すればいいのです。」

「言っていることがよくわからないのだが?」

「まあ、これは仮にですよ?こちらで時間を指定する方法を見つけるのに10年かかったとします。ですが、向こうの時間をルイズくんが向こうに出た直後にして彼女を回収します。次は州の安全な場所からルイズくんを召喚の儀式直後に送り返します。今くらいがちょうどいいでしょう。するとルイズくんが向こうで過ごした時間が無かったことになるのです。」

やり口はの○太君無人島10年生活の逆パターンだ。あちらは無人島サバイバー歴10年のの○太君が10歳となって戻ってきたが、このやり方ならばルイズ自身が完全に元の形で戻って来ることとなる。明言していないがロングビルも同じようにすることは可能だ。

いずれにしても現状でできることは少ない。まず勇治の意識を回復させること、もう一つはサモン・サーヴァントの制御方法を探すことである。話がまとまり、一旦解散しようかという時に、ヴァリエール公はオスマン学院長を呼び止め、全員がそれに注目する。

「オスマン殿、最後に聞いておきたいことがある。」

「およ?何か?」

「主、まさかとは思うが、こうなることをわかっていて娘を実験台にした・・・などということはあるまいな?」

ヴァリエール公の静かな問いに場が凍り付く。冷たい怒りを向けられるオスマン学院長は神妙に、これからの事に覚悟するかのように答える。

「ええ、そうなりますな。」

何かしら言い逃れをするものと思っていたヴァリエール公は簡単に答えられたことであっけに取られたが、今度は怒りに火がついてしまった。

「なぜだ!?なぜこのようなことを!!」

「か、閣下、ルイズは魔法が使えなくても、誰よりも頑張ってました、それは私達三人が存じております、学院長もそんなルイズを無碍にできなかったんでしょう?」

「そ、それに学院長はすぐ近くにいて私達を守ってくれたんです!そんな人が意味も無く酷いことするわけありませんよ!」

「そ、その、あたし、ルイズちゃんと同じで魔法が使えないけど、で、でも、一緒に儀式受けさせてくれて・・・」

キュルケ、シャルロット、ジョゼットの三人がヴァリエール公が早まったことをしないように説得する。

「君達、考えてもみよ、この男は妙だ、タルブの者達とのつながりといい、まだ何か隠しておってもおかしくない!」

ヴァリエール公の一喝に三人はオスマン学院長に尋ねるような視線を向ける。

『後ろ暗いことなんてありませんよね?』

と、問いかけるように。これにオスマン学院長は静かに答えた。

「一つだけ、わたくしが話していないのはこれで最後です。閣下は60年前の『事故』をご存知で?」

「もしや召喚の儀式でのことか?父がその場にいたと聞いておるがまさか・・・」

「その時、立ち会っておったのが他でもない、わたくしでございます。」

60年前の事故を知らぬ者も多く、

「事故?」

と、尋ねたキュルケ達三人、コルベール先生等にオスマン学院長は説明する。なお、件の事故を知っていたのはアカデミーで召喚事故の研究を読んだことのあるエレオノール、現場にいたギトー先生、父から聞いたヴァリエール公、タルブ出身者のシエスタと左京の五名である。

「学院長、そんな昔の生徒のことを今でも・・・」

キュルケは胸を打たれ、

「えぐ、ぐすっ・・・」

ジョゼットは感極まって泣いている。シャルロットはオスマン学院長が間違いなく本心を語っていると確信しながらもヴァリエール公の動向を見る。もっとも、今の話の側面に気付いていたシャルロットからすればヴァリエール公の反応はある程度予測できていたが。

「つまりだ、主は新任の頃の生徒への贖罪のため、ウチの娘を生贄にした、というわけか?」

当然だが、ルイズもヴァリエール公もオスマン学院長の昔の教え子のことなど知らないし知ったことではない。ヴァリエール公からすればオスマン学院長がやったことは到底許せることではない。この側面にシャルロットは気付いていたのである。彼女は学院長の過去には同情している。しかしそれで結果としてルイズを、場合によっては妹ジョゼットを巻き込んだ、巻き込んだかもしれないことは許せることではない。

「そう取られても致し方ありますまい。」

オスマン学院長もかつての生徒のことで今回のことを正当化するつもりもなく、たとえこの場で殺されたとしても因果応報と考えていた。しかし、オスマン学院長を襲ったのは鋭い平手打ち、放ったのはエレオノールであった。

「今はこれでよろしいでしょう?そもそも学院長、ご自分のお仕事を投げ出されては困りますわ。」

エレオノールが学院長を平手打ちしたことでヴァリエール公は杖を抜くタイミングを逸してしまった。エレオノールは全て計算ずくであったのだ。キュルケ達、ルイズの友人三人も最後は内心、オスマン学院長を非難していたのが見て取れたし、父ヴァリエール公に至ってはすでに杖に手を伸ばしていた。だがエレオノールはオスマン学院長がやるべき事はこの場で命をもって償うことでなく、ルイズを、そして彼女は面識がないが巻き込まれたロングビルことマチルダを、ついでに60年前の生徒を連れ戻すことだと考えたのだ。

「厳しいのぉ、エレオノール君は。しかし、もっともじゃ。わかった、この老体にできることならば、仮に命を対価としても構わぬ。」

「当然ですわ、父上の力で遠回しな自殺をしようとしたんですもの。」

と、エレオノールがその場を締めた時、左京が割って入る。

「まとまりそうなところ失礼しますが・・・あちらを。」

左京が指す先を全員が注目する。なんと勇治が横になったまま天井めがけて手を伸ばしていたのだ。彼が目を覚ましたのだ。駆け寄る者達を割って、オスマン学院長が彼に片言の日本語で声をかける。

【ユージさん、お目、覚めましたか?】

まだ意識がはっきりしていないのか、彼はうわごとのように呟く。

「マチ・・・ルダ・・・」

この名を聞いたオスマン学院長は日本語を使うことも忘れ、勇治に食ってかかる。

「ユージ君、どうしてその名を!?」

【いた、イタタタタ!?ちょ、頼む、そこは!!】

生きているのが不思議なほどの大怪我をしていた彼は、突然のことに目が覚めたが、同時に身体に激痛が走り、オスマン学院長を遠ざける。そして勇治は一息ついて自分を囲む者達を見回す。

【白い人?どっかのシェルター?】

「すまんかった、ユージ君。しかしどうしてマチルダ君のことを?」

【マチルダの言葉?たしかラテン語とかいったな・・・】

勇治はそう呟き、咳払いする。

「ここ、どこ?ジ・さん、知ってる?マチルダ。」

「言葉、話せたのか?」

勇治が話しているのは片言だがハルケギニア公用語。

「話せない、あまり。・・・左京!?【お前、生きてたのかよ!?】」

勇治は自分を囲む者達の中にいる左京を見て日本語で叫ぶ。

【ずいぶんな挨拶だな、クソガキ。】

【お前なぁ、立花に10年も店押し付けやがって!俺がクソガキならお前はクソオヤジだ!!】

日本語は当然だがこの場にいるほとんどの者にはわからない。雰囲気から再会して軽口を言い合っているというのがわかるだけだ。そしてここまで砕けた会話ではオスマン学院長もほとんど聞き取れない。

【10年・・・か。事情はわかった、あとで説明するから、今はラテン語で頼む。その『マチルダ』とのことを話してくれるか?】

こうして、ハルケギニアでも州との道をつなぐ方法の模索が始まったのであった。




久しぶりに後書き書きます。
そして原作と違うキャラ、忘れてたので今更ながら。

シエスタ(16)
原作では日本との関係をつなぐキーパーソンの彼女、クロスオーバーではクロス先の世界観を持つキャラなのが半分くらい当たり前な彼女は、当然ヒャッハー人です。もう書いちゃいましたので、シエスタの異母姉が寧夢になります。
戦闘能力は前回のとおり、あれでミブロウ団なら五番隊のキリ側です。

キュルケ&シャルロット&ジョゼット
以前の後書きに少し書きましたが、ガリアはオルレアン公が王位についておりますのでタバサは何の問題もなくトリステインに留学、ジョゼットは修道院に出されていたものの両親が手を回して姉と一緒に生活できるようにしてくれて、キュルケは原作通り半家出中。ルイズは『腐れ縁』と言ってますが、ご覧の通り、ルイズが勝手に壁作ってるだけで外から見れば仲良し四人組にしか見えません。


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