ZERO-OUT   作:Yーミタカ

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第一話 自由

「ハァ・・・どこまでも石と砂ばっかり・・・街・・・せめてお水・・・」

まだ日も昇らぬ時間、一つしかない月の明かりだけを頼りに、ボロボロのブラウスにスカート、破れて腰までしか丈がないマントを羽織った少女が荒野を歩いている。

彼女の自慢だった、母、次姉譲りのウェーブがかかった長いピンクブロンドの髪は砂ぼこりにまみれ、長姉そっくりの、気の強そうなつり目に幼いながらも端正な顔立ちは三日二夜、夜を日についだ放浪で見る影もない。

『ギチ・・・ギチギチ・・・』

近くに転がっていた白骨死体から、もはや聞き慣れてしまった害虫の足音とも鳴き声ともつかない音が聞こえてくる。

「またね・・・アンタくらい、もう怖くないわよ・・・『ファイア・ボール』!!」

少女は腰に差していた短い棒を手に持ち、白骨死体に向けると白骨死体が突然爆発した。そして、その下にいた人の頭ほどの大きさをした『ゴキブリ』が四分五裂し、吹き飛んでいく。

「し、失敗魔法でもアンタ達を退治するくらいできるのよ!!」

ゴキブリの死体に彼女はそう吐き捨てると足早にその場を去っていく。

そうしなければ、今の爆音を聞いた他の『怪物』や、それよりもっと恐ろしい『人間』が集まってくるからだ。

 

 彼女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは今、17年弱の人生において最大の危機を迎えていた。

事の発端は三日前、彼女がいた『世界』、ハルケギニアで彼女が在学している『トリステイン魔法学院』において行われる春の行事、二年進級の際に行われる『使い魔召喚の儀式』でのことだ。

ハルケギニアでは、貴族はいわゆる『魔法』が使える者達ばかりであり、トリステイン魔法学院ではその魔法を教えている。

ルイズはその中で座学こそ首席であったが、実技は全ての魔法が『爆発』する失敗魔法しか使えない両極端な劣等生で、ファイア・ボールを唱えれば、火球があらぬ場所へ飛んでいくかわりにあらぬ場所で爆発が起こり、石を金属に『錬金』しようとすれば石が爆発するという、あらゆる魔法が使えないことを揶揄され、『ゼロのルイズ』と呼ばれていた。

そんな『ゼロ』の汚名を返上しようと臨んだ『使い魔召喚の儀式』。

いつもルイズとケンカばかりしている女生徒がサラマンダーを召喚し、その女生徒と仲がよい小柄な女生徒がドラゴンを召喚する中、ルイズの番になった。

周囲が『どうせ失敗する』と野次を飛ばすのを聞き流し、ルイズは高々と杖を掲げ、

「この広い世界のどこかにいる我がしもべよ、聡明で美しき我がしもべよ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの導きに応え、我が元に馳せ参じたまえ!!」

と、アレンジ呪文を唱えた結果、大方の予想通り大爆発が起こった。

 

 しかし、ただ失敗しただけではなかった。

ルイズは爆発のショックで気絶し、目が覚めるとあたりはトリステイン魔法学院とは似ても似つかない岩石と砂ばかりの荒野だったのである。

彼女は最初、失敗パターンが増えてハルケギニア一の危険地帯、ハルケギニア人不倶戴天の敵であるエルフが住む東の砂漠に転移してしまったと考え、身を隠しながらまずは太陽を頼りにトリステインがある西へ向かった。

徒歩では到底たどり着ける距離ではないが、とどまっていてもエルフに捕まるだけだと考え、歩き続けた。

 

 しばらく歩いていると、奇妙な一団に出くわした。

ルイズは最初、エルフだと考えて身を隠していたが、服装が知識の中にあるエルフの物とまったく違い、よく見るとエルフの特徴である横に長い耳が無い。

人間の隊商だと考えたルイズは人間ならばと身を隠すのをやめ、彼らの前に仁王立ちした。

「あん?なンだ、テメェは?」

「トリステイン王国ヴァリエール家三女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ!あなた達平民にこのわたくしをトリステイン王国まで送り届けるという名誉を授けてあげるわ!」

隊商は男4女2の六人組で、それぞれがハルケギニアでは見られない銃や棍棒で武装し、同じくハルケギニアでは見られない鎧を身につけている。

隊商は全員で相談し始め、ルイズはイライラし始める。

ルイズの家門、ヴァリエール家はトリステイン王家の傍流で、父はトリステイン王位継承権三位、ハルケギニアでヴァリエール家を知らぬ者などいない。

ルイズとしては、彼女の『提案』など平民からすれば二つ返事で承諾して当然のはずなのである。

「なぁ、なンだこのガキ?」

「ジェットでラリってんだろ?今さら『オヒメサマ』なんかいるわけネェじゃねぇか。」

「そういう『設定』の売女じゃねぇのか?なかなかタイプだぜ!」

「こんなイイ女二人前にしてあんなガキに欲情してんじゃねぇっての!」

「やめとけ、コイツ、マニアなんだからよ。」

「ま、ヤりたきゃヤっとけ、ヤッたあとはわかってンな?」

この相談はルイズには聞こえていないし、聞こえていたとしても育ちのいいルイズにはほとんど理解できなかったであろう。

そして、聞いたとして理解できたであろうことは、『この集団は関わってはいけない人種であること』だけだ。

「おぅおぅ『オヒメサマ』、そのトリステインとやらに送り届けたとして、オレらは何がもらえンだ?」

男が一人歩み寄ってきて、下卑た笑いをしながらそう尋ねる。

「と、当然、お父さまから、あなた達平民が一生食べるのに困らないくらいの謝礼が・・・」

「ちげぇなぁ、オレは今、オヒメサマから貰いてぇンだよ!」

そう言って男はルイズを力任せに押し倒した。

髪をつかんでルイズの顔をマジマジと嘗めるように見て値踏みする。

「ヒャッハー!!コイツぁいい!上玉だぜぇ!!」

この時になってルイズは初めて、この隊商・・・いや、盗賊団には自分の家の威光など通じないことに気づいた。

しかしルイズはそれ以外の交渉材料を考えつかない。

「わ、わたしにへ、ヘンなことしたら、ア、アンタ達なんかし、死体すら残らないわよ!!」

「だ・か・ら!トリステインってぇドコっすかぁ?ヴァリエール家ってなんっすかぁ?」

ルイズにまたがった男はおどけた調子でそう言いながら、ルイズのブラウスを開くように破った。

ルイズは歳のわりに幼い体つきをしており、押し倒されている体勢ではほぼ平坦になった胸があらわになる。

「い、いやあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

学院の寮で隣の部屋に住んでいる、ケンカばかりしている女生徒は毎夜のように男子生徒を招き入れ、多いときは一晩に五人ハシゴしたりしているが、ルイズにそういった経験は皆無である。

当然、異性に胸をさらしたことなどない彼女にとってこのようなことをされるのはショックなどというものではない。

先ほどまでの強気、貴族の矜恃はどこへやら、年相応の少女のように犯される恐怖、そして殺されるであろう恐怖に悲鳴をあげて泣き叫ぶ。

「ヒッハー!ここまで演技してくれちゃあ、オレもヤりがいがあるってもんだぜぇ!!」

「やめてぇ・・・お願いします・・・助けて・・・」

男は、そして盗賊達はルイズを『お姫さまという設定の娼婦』だと思っているのだから当然、助けもやめもしない。

そもそも、事が終われば殺して身ぐるみを剥いで残った体は野生動物のエサにするつもりなのだ。

そんな状況のせいか、ルイズの脳裏に走馬灯が走る。

『安心なさいな可愛いルイズ。少しずつでいいの、できることを積み重ねていけば、きっと魔法が使えるようになるわ。』

いつも優しく慰めてくれた次姉、カトレアの女神のような微笑み、病弱で何年生きられるかわからないというのに、それでも自分より周りのことを気にかけ、ルイズがこうなりたいと思った女性像である。

『あのね、コツがつかめてないから失敗するのよ!』

『爆発なんて失敗、聞いたこと無いわ。よっぽど不器用なのね、おちびは。』

いつもルイズを叱る母カリンと長姉エレオノール。

しかしそれはルイズを想う気持ちあってのものだと、今のルイズは理解できる。

『まぁ、魔法が使えなくとも嫁には行ける。そうだ、私の友人の息子に出来の良い青年がいたな。歳は離れているが、きっとルイズも気に入るだろう。』

たとえ魔法が使えなかったとしても、困らないように取り計らってくれた父ヴァリエール公。

「(このまま・・・会えないなんて・・・イヤ!!)」

ルイズが覚悟を決め男をにらみつけるが、男はそれすらも演技と思っており、ルイズのスカートを破り取ろうと腰を浮かした瞬間、ルイズは男を足蹴にした。

「やめなさいって・・・言ってるでしょうが!!『ファイア・ボール』!!」

杖を振り、失敗魔法になるのはわかった上でファイア・ボールを唱えた。

無論、追い詰められたからといって成功するはずもなく、ルイズの魔法は男の背後、上空で大爆発を起こした。

ルイズとしてはこれが狙いであった。

爆発で盗賊達を脅かし、そのすきに逃げようと考えたのである。

盗賊達は確かに驚いた。しかし、ルイズの考えとは違う形で。

「グレネードだ!!」

「どこだ!?」

「隠れてないで出てこい、腰抜けが!!」

盗賊達は敵襲と勘違いして驚き、四方八方に銃を乱射し始めた。

これに今度はルイズが驚く。

ハルケギニアの銃は火打ち石銃、いわゆる先込め式マスケット銃が最新型で、一発撃てば銃身内を掃除して火薬と弾丸を込めなおさなければならない。

フルオート射撃など夢のまた夢だ。

「(いつまでも驚いてらんないわ、とにかく、チャンスよ!)」

ルイズは地面を這って盗賊達から距離を取る。

フルオート射撃で乱射している流れ弾に当たってはたまったものではないため、不恰好でもそうせざるをえないのだ。

「!!あのアマ、逃げたぞ!!」

「きっとグレネードもヤツだ!!殺れ!!」

「(見つかった!?)ファイア・ボール!!ファイア・ボール!!ファイア・ボール!!」

逃げるのを気取られたルイズはファイア・ボールを連続して唱え、その度に失敗して盗賊達の頭上で大爆発が起こる。

「ッ!?なンなんだよコレは!?」

「要はグレネードだろ!?ちっこいグレネードをタイミングよく投げてるだけだ!!」

「(ヘンね・・・わたしの失敗魔法に驚いてるっていうより、魔法そのものを見たことないような・・・)」

盗賊達は魔法すら見たことがないようで、ルイズの失敗魔法をトリックだと思っている。

そのせいで逃げ出さないのだからルイズとしては分が悪い。

失敗魔法とはいえいつまでも使い続けられるわけではない。

いつかは精神力が尽きて打ち止めになる。

そこでルイズは一つの賭けに出た。

「アンタ達、吹き飛ばされたくなかったらとっとと逃げなさい!!さもないと人の原型すらなくなるわよ!!」

ルイズが言っているのはハッタリだ。

仮に本当に当てようと思えば『錬金』の失敗魔法でなければならないが、それを使うには2メートルまで近づかなければならない。

そんな距離では銃どころかナイフでも充分だ。

それに、もしその問題が解決してもルイズにはできない。

「・・・そぉかよ、なら・・・やってみろや!!」

盗賊達の一人・・・先ほどルイズを襲おうとしていた男が、あえて影から姿を現した。

ルイズは賭けに負けたのである。

先の、仮に射程の問題が解決してもルイズにはできない理由だが、ルイズは人を殺めたことなどない。

近づいてくる男に、自分を害そうとする相手にすら杖を向けるのをためらってしまっている。

当然といえば当然だ。

ルイズはつい先ほどまで命のバーゲンセールとは無縁の生活をしていた。

『安全』が水や空気のように当たり前に存在していた。

それがなくなるなど考えたこともなかったのである。

「(やらなきゃ・・・やらなきゃ!!)・・・ッ!?」

ルイズは声すら出ない。

男はどんどん距離を詰めてきて、とうとうルイズが隠れている岩の10メートル手前まで近づいてきた。

しかし男はそれ以上近づいてくることはなかった。

男の後ろで仲間の盗賊の一人が腹から血を吹きながら宙を舞い、それに気を取られたからである。

「デ・・・デ、デ、デスクロー!!!」

「く、来るな、来るなぁ!!」

盗賊達は半狂乱になって怒声、悲鳴をあげ、襲ってきた『何か』に向かって銃を乱射し始めた。

ルイズが岩の影から様子を窺うと、盗賊達を黒いドラゴンが襲っていたのだ。

『ドラゴン』とは言っても、ルイズが知るハルケギニアのドラゴンとは似ても似つかない。

まず、ハルケギニアのドラゴンは赤い『火龍』か青い『風龍』のどちらかで、『黒いドラゴン』など存在しない。

そして黒いドラゴンはハルケギニアのドラゴンに必ず存在する翼を持っていないが、単なる力比べならこの黒いドラゴンに軍配が上がるだろうとルイズにも容易に想像がつくほど、黒いドラゴンはハルケギニアのドラゴンよりはるかに体が大きいのである。

黒いドラゴンはフルオート射撃をものともせずに盗賊達に襲いかかり、ある者は爪で胴体を泣き別れさせ、ある者は頭を食いちぎられ、ある者は力ずくで地面に叩きつけられ絶命する。ルイズは最初二人が殺された時点で一目散に逃げ出していたが、それが正解である。

この黒いドラゴン、『デスクロー』は極めてどう猛で、たとえ獲物を捕食していても近くに別の獲物がいればそれに襲いかかるのだ。

ルイズは盗賊達が襲われている間に逃げたため、盗賊の死体が全て食べ尽くされ、またデスクローの腹が減るまでの時間を稼ぐことが出来たのである。

 

 ルイズは走り続けた。

途中で気持ち悪いほど大きな虫を踏み殺し、頭が二つある鹿や牛とすれ違い、息が切れて走れなくなるまで走り続け、地面に倒れて動けなくなった。

「う・・・オェ・・・」

ルイズは泣きながら胃の内容物をその場にぶちまけた。

普段では考えられないほど走ったのもさることながら、黒いドラゴン、デスクローと、それに惨殺された盗賊達、そしてその場から為すすべもなく逃げ出した自分を思い出したためだ。

「貴族は・・・敵に背を見せない者・・・なのに・・・ウエェ・・・」

魔法が使えない彼女は、貴族としての矜恃だけを支えにこれまでの人生を歩んできたが、さっきそれすら捨ててしまった。

武装していたとはいえたかだか平民を前に少女のように悲鳴をあげたことさえ、少女以前に貴族であると自負するルイズには耐えがたいことであったのに、平民に命乞いをし、戦うも敗れ、たとえ盗賊であっても怪物に襲われる平民を助けもせずに背を向けて逃げ出した。

彼女は自分を構成する最後の柱すら失ったのである。

「もうイヤ・・・生きたくない・・・」

ルイズがそう呟くと、それに答えるように近くに転がっている白骨死体や岩の影から、

『ギチ・・・ギチギチ・・・』

と、奇妙な音が聞こえてきた。

ルイズが音のした方を見ると、人の頭ほどあろうかというゴキブリが這い出て来たのだ。

白骨死体はよく見ると骨が何かにかじられたようになくなっている箇所が多々ある。

死体は何らかの事情で死んだあと、このゴキブリに食われたのだ。

人間の死体を食べた生物というのは、生きている人間にも襲いかかる。

このゴキブリ達はルイズが吐いた物の臭いに寄ってきたのだが、ルイズ自体も狙っているのだ。

「(・・・これで終わるのね・・・もういいわ・・・何もかも、どうでも・・・)」

ルイズは捨て鉢になってゴキブリをボーッと見ながら、ゴキブリが自分を食い殺すのを想像した。

足からかじり、抵抗しないのをいいことに少しずついろんな場所を食べ始め、ゴキブリが持っている病気か失血、あるいは致命的な箇所を食われて息絶えた自分の死体を、少しずつ食べて最後は骨すら残さず喰らい尽くされる。

「・・・そんなのゼッタイイヤ!!『錬金』、『錬金』、『錬金』、『ファイア・ボール』!!!」

魔法は全て失敗の爆発を起こし、爆死したゴキブリの死骸が山のように作られると、ゴキブリ達はそれを恐れて逃げ出した。

「ハァ・・・ハァ・・・やんなっちゃうわ・・・死に方すら選んじゃうなんて・・・」

ルイズは誰にでなくそう呟いたのだが、それに答える声が聞こえる。

『何言ってんのよ、腰抜けが。』

「ッ!?誰!?」

『ここよ、ここ!』

周囲は真っ昼間だというのに闇夜のように暗くなり、暗闇の中でルイズが声の主を探すと、それは自分の真後ろにいた。

ピンクブロンドのウェーブがかったロングヘアに、気の強そうな、幼いながらも整った顔立ち、歳のわりに小柄で起伏の少ない体を包むトリステイン魔法学院の制服とメイジの証たるマントを羽織り杖を持った少女・・・毎日のように鏡で見ている自分自身であったのだ。

唯一の違いは目だ。

ルイズのきれいな鳶色の瞳に対して、もう一人のルイズはドブ川のようににごり、生気を感じさせない、気持ち悪いほどどす黒いのだ。

「な、何よ・・・誰よ、アンタ!?」

『ツレナイわねぇ、忘れちゃったの?アタシはアンタ自身よ。』

「わ、わたしはわたしだけよ!!」

『ふ~ん・・・で、アンタって何?』

「・・・ッ!?」

ルイズは言葉に詰まる。

「わ、わたしは・・・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール・・・」

絞り出すように自分の名前を呟くと、もう一人のルイズは腹を抱えて笑いだした。

『アッハッハッハッハ!!ケッサクね!!貴族の証たる魔法もロクに使えないアンタが、伝統あるトリステイン王国の由緒正しきヴァリエール家の三女ですって!?こんなコメディ、ドコの劇場行っても見らんないわよ!!』

「な、何が言いたいのよ・・・」

『だ・か・ら!アンタ、ホントにヴァリエール家の娘なのかしらねぇ?』

もう一人のルイズはそう言って、ルイズの周りをおどけて踊るように回り始める。

『もしかしたら、カリンがどっかの平民と作った子どもかも?エレオノールとカトレアとアンタって姉妹のワリに似てないしぃ、ぜ~んぶベツの男の子どもじゃないの~?ヴァリエール公は不能ってもっぱらのウワサだし~?』

「だ、黙りなさい!!わたしを侮辱するならまだしも、父さまや母さま、姉さま達を侮辱するのは許さないわよ!!」

ルイズは杖をもう一人の自分に向けるが、もう一人のルイズは恐れることなく続ける。

『じゃ、アンタだけ拾われ子なんじゃないのかしら?それならアンタだけ魔法が使えないのも説明つくし~?』

「う、うるさい、うるさい、うるさい!!!」

『だいたい、アンタってホントに貴族なの?『魔法が使える者が貴族なんじゃない、敵に背を向けぬ者が貴族』!アンタの座右の銘だっけ~?』

「そ、そうよ!だからわた・・・しは・・・」

ルイズはハッとして口を押さえた。

『さっき、思いっきり逃げたわよねぇ?『敵に背を向けぬ者が貴族』なら、もうアンタなんか貴族でも何でもないわ!』

「だ、大体、あんなバケモノ相手にどうしろって言うのよ!?」

『じゃ、何だったら逃げないの?エルフ?ハルケギニアのドラゴン?そういえば最近トリステインを騒がせてる盗賊、土くれのフーケってのもいたわね?どれだったらいけるかしら?』

この荒野に来る前のルイズならば『どれだって相手してあげるわ!!』と言ったことだろう。

しかし、一度逃げてしまった以上、何の説得力もない。

「うるさい、うるさい、うるさぁい!!」

ルイズがもう一人の自分に逆上してそう叫ぶと、彼女は真っ暗な空間から元の荒野に戻っていた。

『ま~た逃げるのね?でも、忘れないでね。黒いドラゴンや盗賊、お化けゴキブリからは逃げられるかもしんないけど、アタシからは逃げらんないわよ。』

どこからとなく響く自分そっくりな声から逃げるようにルイズは走り出した。

 

 しばらく走り続けて夜になり、ルイズは驚愕の事実を知ることとなる。

「月が・・・小さい・・・色も違う・・・それに一つ!?」

ルイズがいたハルケギニアでは赤と青の二つの月が空に浮かぶ。

しかし今、空に見える月はハルケギニアのものより小さく、色も黄色っぽい白、何より一つしかないのだ。

ハルケギニアは天動説、そして大地は平坦であると考えているため、色や大きさならば違っても彼女の中では『そう見える場所』として説明がつく。

しかし、一つしかないのは説明がつかない。

一つだけ、『スヴォルの月夜』という二つの月が重なる日があるが、それならば金環食のように赤い月が輪のように見えるし、何よりその日はもっと先だ。

ルイズは実を言うと、薄々おかしいと思い始めていた。

どう考えても魔法、それどころかトリステイン、ヴァリエール家を知らない盗賊、黒いドラゴンに巨大ゴキブリ、双頭の牛や鹿のような見たこともない動物、幸か『不幸』かエルフの勢力下の砂漠で一人も見ないエルフ。

これら断片的な事柄から頭をよぎっていた『非現実的な』事態を、確定させたのだ。

「ここってもしかして・・・ハルケギニアですらないの?」

ルイズは今、ここに一人でいるのを恨めしく思った。

もし今、たとえば隣室の『彼女』でもいれば、

『何バカなこと言ってんのよ~!そんなことあるわけないでしょ~!ゼロのルイズは魔法と胸だけじゃなくて頭までゼロになっちゃったの~?』

などと言ってからかってきて、ある意味で安心できただろう。

「・・・ツェルプストーならきっとこう言うでしょうね・・・って、あ~!!もう!!なんでこんなときにあんなヤツのことを思い出すのよ!!」

ルイズも隣室の彼女がどう言うか想像し、そんなことを考えた自分に憤慨した。

 

 それからルイズはずっと夜も昼も関係なく歩き続けた。

この世界にトリステインが無い以上、西へ歩いても仕方がないのだが、立ち止まっていては黒いドラゴンが襲って来るのではないかと不安になるのだ。

しかしただやみくもに歩き続けているわけではない。

舗装された道を見つけたのだ。舗装と言っても長く放置されているのか荒れて所々に雑草が生えている。

彼女の見立てでは、泥を固めて『錬金』の魔法で石にしたような道なのだが、それを見てルイズは異世界に来てしまったことを痛感した。

ハルケギニアの街道は土を突き固めただけの舗装がなされている。

城や貴族の邸宅、教会などで石畳が施されていることもあるが、それは装飾としての意味合いが強い。

なぜなら、ハルケギニアでは主な輸送手段が馬、またはロバで、こういった動物は硬い地面を走らせると足を痛めるため、あえて土を固めただけの舗装にしているのだ。

さておき、舗装道路は言うまでもなく人の住まないところに敷設したりしない。

ならば、道をたどっていけばいつかは人里に出られるはずなのだ。

ルイズは道を見つけてずっと歩き続けた。

途中、疲れて座り込んだりするが、眠ることはなかった。

眠ってしまったら二度と目を覚まさないのではないかとの強迫観念にさらされ、起きていたのだ。

 

 そんな放浪も三日目となり、冒頭につながる。

いまだに人里は見えず、途中にあったのは放浪二日目に見つけた朽ちた木造家屋と『泥を固めて錬金の魔法をかけた石』のようなもので造られた、木造家屋に比べてまだ原型が残っている建物ばかりの廃墟群ぐらいなものであった。

そこにいたのはこれまた巨大なゴキブリにハエや蚊、腐って溶けたような皮膚をした野犬の群れなどで、人の気配は一切なく、ルイズは追ってくるそれらを失敗魔法で爆殺し、威嚇しながら逃げ去った。

 

 そして三日目の日も暮れようとしている時間にルイズの耳に小さな音が聞こえてくる。

ザアアッと水が流れる音で、ルイズは花の香りに引き寄せられる蝶のように音がする方へ引き寄せられた。

音の正体は河であった。

流れはルイズの知る河より早いが小さな河で、歩いて渡ろうと思えば渡れそうな河である。

ルイズはその河の岸に降り座り込んだ。

普段は何とも思わないであろう流れる河の水が、三日二夜飲まず食わずで放浪していた今の彼女には黄金の河にすら見える。

「み、水・・・水よ!!」

たまらず手ですくい、口に運ぼうとしたがそれが彼女の口に入ることはなかった。

河の水を飲もうとした彼女の後ろ襟が何者かに捕まれ、引き起こされたのだ。

「何やってんだオメェは!?こんな水飲んじゃいけねぇなんて常識だろぉが!!」

後ろ襟をつかんだ者がそう怒鳴ると、ルイズは彼を見上げる。

丸太のように太い屈強な腕、その辺のゴロツキ、チンピラをひとにらみで追払い、狡猾な奸吏の謀事を挫く、いにしえの英雄のように精悍な顔立ち、そして上半身は一糸も纏わぬにもかかわらず鎧を着込んでいるかのような巨躯の青年であった。

「な、何よ、ここアンタの領地だから・・・飲むなって・・・」

すでに限界を超えて放浪を続けていたルイズは意識が遠くなり、とうとう手放してしまった。

 

 かくして、ルイズの異世界一人サバイバルは三日目にしてその幕を降ろしたのであった。




閲覧いただきありがとうございます。
後書きでは補足説明をいれていこうかと思います。


ゴキブリ(RADローチ)
Falloutシリーズ恒例、最初の敵ユニットです。
こいつが出てくることで、世界観が一発でプレイヤーに認識されます。
放射能による突然変異で巨大化したゴキブリで、人間にも襲いかかってきます。
倒すと肉が手に入り、調理すると手軽な回復アイテムに・・・食べたくないですが、あの世界で贅沢は言えません。

盗賊(レイダー)
こいつらがいないと世紀末ストーリーは始まらない、愛すべきヒャッハー達。
Falloutシリーズではレイダーという名前で出てくるザコ敵です。
武装は廃材から作った服に鎧、棍棒の類、そして廃材から作った銃『パイプガン』シリーズです。
ワオ!まさに世紀末!!

デスクロー
Falloutシリーズではシステムのせいで強さがやたら変動するものの、設定上作中最強の生物です。
放射能による突然変異ではなく、最初から生物兵器として作られたというのがミソ、通り名はデスクロー先生。
かつては平原で群とか勘弁してというのもあったらしいですが(作者は未プレイ)、4では連邦の地形とゲームシステムのせいで『デスクロー(笑)』なのがかわいそう。
当SSではちゃんと野生動物最強にするからこっちこないで~!

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