リリカルなのは×BLAZBLUE 無印編 作:シャケ@シャム猫亭
ラグナは混乱していた。
いや、今も絶賛混乱中だ。
なにせカグツチでνに敗北し、共に「窯」へと落ちたと思ったら見知らぬ病院にいて、蒼の魔導書が起動どころか顕現すらしていなかった。
極めつけは、女医に告げられた200年前の年号。
まったくもって、わけが分からなかった。
「何だってんだ、ちくしょう!」
ラグナは八つ当たりにベッドを殴る。
スプリングがギシリッと歪んだ。
今、ラグナの病室に女医はいない。
一時的な記憶障害が見られるとして、専門医への連絡へ行ってしまった。
「………落ち着け。もし、俺が本当に「窯」に落ちたんなら、何が起きても不思議じゃねえ」
あれは「境界」そのもの。
世の理から外れた存在だ。
事実、ラグナは「境界」に魅入られて、異形なモノへと堕ちた奴を見たことがある。
見ただけでそれならば、飛び込んだらどうなるかなんて、それこそ理の外だ。
「と、ともかく、ここがどこなのか確に………ん」
ベッドから降りたラグナは、ここが一体何処なのかを確かめるため窓から外を覗いた。
階層都市はそれぞれに構造に特徴があるし、山の一つでも見えれば大体の位置がわかる。
だが、ラグナの予想は大きく外れ、窓の外に広がる景色に絶句した。
「海………だと!?」
コンクリートで建てられたビルや、木造の一軒家などはまだいい。
それでも十分驚愕に値するが、ラグナが何よりも驚いたのは街並みの向こう側。
そう遠くない所で広がる大海原の存在だった。
馬鹿なっ!?
ありえねえ!!
地表は100年前の暗黒大戦で魔素に汚染されちまって、生活出来るような環境じゃねえ。
海抜0メートルの街なんざ、真っ先に消えたはずだぞ。
いったいどうやって、この街は魔素の流入を防いでいるんだ。
「……いや、防いでいるどころじゃねえ」
魔素が、まったく感じられない。
試しに、いくつか術式を起動しようとしてみるが、まったく発動の気配を見せない。
術式は周囲の魔素を使って発動するものだから当たり前といえば当たり前だが。
「おいおい、階層都市のバカデカい結界でさえ完全に流入を防げなくて、魔素が薄い高層階が人気だってのに………」
魔素の流入を完全に防いで、なおかつ結界内部の魔素を完全に浄化できる結界があったとなれば、世界がひっくり返る。
「まさか、本当にここは200年前だってのか……?」
2100年に「黒き獣」によって起きた暗黒大戦以前の世界ならば、これほどまでに魔素が存在しないのもうなずける。
だが、そうすると今度は、いったいなぜラグナがこの時代に飛ばされたのかという疑問が残る。
「……違う。さっき自分で言ったじゃねえか」
あの「窯」に落ちたのなら、何があっても不思議ではない、と。
「―――っ、あーもう、止めだやめ! いくら考えても答えなんざ思いつかねえ!」
一先ず、この問題はあの女医が言っていた通り200年前の日本とすることで、放置。
ラグナは自身の身の確認を始めた。
νとの戦闘で負った傷は、すでに治り始めている。
これはラグナの右腕に宿った蒼の魔導書のお陰だろう。
「蒼」の力を行使できる、世界で最強と呼ばれる魔導書。
もっとも、今は周囲に全く魔素が無いせいで術式を発動させる魔導書として機能しないどころか、右腕右目として顕現すらしていない。
そのくせ、能力の一つである「ソウルイーター」は発動しており、周囲の人間の生命力/魂を吸収してラグナの身体を癒しているんだからたちが悪い。
まあ、そのおかげで命が助かったようだし、少しは感謝しているが。
「服は………ボロボロだな」
ベッドの脇テーブルの上に、きれいに畳まれて置かれていた。
広げてみれば、νに貫かれた所にしっかりと穴があり、何ともパンクな服に変わっていた。
ポケットをひっくり返してみれば、ラグナの大切にしている銀の腕輪と、数枚の小銭が出てきた。
ラグナは腕輪を無くしていなかったことに、胸をなで下ろす。
「あとは、ブラッドサイズだけだが………お、あった」
部屋の隅にラグナの大剣、ブラッドサイズが立てかけてあった。
試しに軽く振ってみるが、どこも壊れていないようだ。
「さーて、これからどうすっかな……」
当然、、ラグナにはこの時代に居続ける気はさらさらなかった。
ラグナの目的は、世界虚空情報統制機構をぶっ潰し、攫われたジンとサヤを取り戻すこと。
その為には、何が何でも元の時代に戻らなければならない。
まあ、ジンとはちょっと前に再会して、殺し合いになってしまったが。
「取り敢えず、ここを出ていくのは確定だな」
先ほども言ったが、ラグナの持つ蒼の魔導書は周囲の人間の生命力を奪う。
短期ならば問題ないが、長期間ラグナのそばにいれば、間違いなくその人は寿命が縮む。
それに、ここは病院。
すなわち、生命力が弱った人が大勢おり、そんな中で「ソウルイーター」の影響を受ければ、それが原因で亡くなることすらあるだろう。
ラグナは立ち塞がる者には容赦しないが、関係のない人を平気で殺すような「目覚めが悪い」行為は嫌いだった。
そして、ここを出て行くのに何よりも大きな理由が一つ。
「………金がねえ」
200年前の日本では、ラグナの持つお金は使えない。
よしんば使えたとしても、ラグナの全財産はジュース一本分。
手術代に足りるとは到底思えなかった。
「……逃げるか」
決心したラグナの行動は早かった。
左腕に刺さっていた点滴を引き抜くと、病衣を脱ぐ。
いつもの赤いジャケットを羽織り、バックルを締め、腰に大剣を装着する。
そしてそのまま、窓から飛び降りた。
落下によってラグナのジャケットがバタバタと音をたててはためく。
病室は三階にあったが、ラグナにとってこの程度の高さは何でもない。
地面に触れると同時に、膝をクッションにして着地の衝撃を逃がす。
「っと」
貧血気味のラグナは立ち上がる際に若干ふら付いたが、そのまま歩いて病院から出て行った。