「ア、アマツマガツチが現れた……だと!?」
ここはユクモ村にあるギルド。
そこにいるギルドマスターは声を荒らげる。
どうやら古龍観測隊があのアマツマガツチを目撃したとの事で報告したらしい。
しかも現れた場所が渓流。
霊峰ではなく渓流である。
信じ難い話ではあるが古流観測隊の目は確かだとギルドの連中は理解し、信用している。
なのでギルドはこれを緊急クエストとして依頼を発行、ユクモ村全域のハンターにそれを知らせた。
だが、相手は古龍。
生半可な装備や実力で向かっても死ぬだけだ。
それを恐れてるのか受注しようとするハンターは少なかった。
「ユ、ユカリさんは!?ユカリさんはどうした!?」
さて、ここでギルドマスターが言う【ユカリ】について説明させて頂こう。
過去にこのユクモ村は嵐による災害を恐れていた。
いや、正確にはアマツマガツチの災害、と言ったところか。
被害は大きく、村だけでなく渓流ですら荒れるのではないかと思われていた頃、一人のハンターが立ち上がった。
名を【ユカリ】。
人類初アマツマガツチの討伐に成功した第一人者である。
それ以来、彼女はユクモ村の英雄となる。
彼女は後にユクモ村所属の龍歴員一員となり、今も尚ユクモ村を拠点にし活動している。
だが、完璧という言葉は存在しない。
確かにユカリはハンターとしての腕はある。
骸竜と恐れられていた【オストガロア】の討伐にも成功しているほどだ。
けれどそんな彼女にも一つ【ある意味】欠点がある。
それは……。
「ユカリさんなら確か『渓流で釣りするから行ってくる』って言ったきり帰ってきてませんよ?」
「なんだと!?こんな時に限って……!!しかも渓流だって!?アマツマガツチがいる場所ではないか!?」
そう、彼女の行動は仕事以外の行動が【自由過ぎる】のである。
かと言って、ちゃんと限度してある。
せいぜい緊急事態の最中釣りに行くぐらいだ。
……いや、それもそれでどうかと思うが。
「と、兎に角ユクモ村全域に避難警報を出すんだ!!またあの災害が来る恐れがある!!村長さん、頼みましたぞ!!」
「あらあら、うふふ……」
どちらにせよ、まず村人の避難が優先だ。
ギルドは大慌てで行動する。
……ギルドが緊急事態になっている同刻、渓流のエリア7にて。
「……今日の引き、悪いな……」
背に飛竜刀【銀】を担ぎ、ミツネSシリーズを身に纏う黒髪の美人が居た。
彼女の名が【ユカリ】、ユクモ村所属の龍歴員ハンターである。
彼女は釣竿を垂らし、ただのんびりと釣りをしている。
こう見えて過去に初代アマツマガツチを討伐した第一人物である。
ちなみに今日の引きはハリマグロ三匹、眠魚五匹、爆裂アロワナ二匹、そして大食いマグロ一匹である。
「せめてカジキマグロが来ないかね……」
いや、来るわけがない。
だってカジキマグロは凍土や氷海と言った寒地域にしか生息しない。
彼女がそう呟いていると……。
ーグググッ……!!
「っ!!」
竿が反応した……。
それも引き具合から見て大物と見ても良いだろう。
「よしきたッ!!」
そこから彼女の闘争心が燃える。
竿を掴み、必死に引く。
(お、重い……!!まさか水竜か!?)
だが予想以上の大物らしく、引っ張るとズッシリとした感覚が伝わっていく。
過去に彼女は水竜だけでなく、灯魚竜【チャナガブル】を、また釣れるはずのない海竜【ラギアクルス】までも釣り上げた経験がある。
これでもか、と言わんばかりに奮闘する。
その目は仕事をする時と同じ目つきだった。
そして竿が上がり、水辺から影が飛び出す。
「やっt…………は?」
歓喜を上げた彼女だが、釣り上げた者の姿を見て放然、そして声が漏れる。
そこにはあのアマツマガツチの姿があった。
そう、彼女は海竜だけでなく、等々古龍までも釣り上げてしまった。
恐らく、これが人類初の古龍一本釣りの瞬間だろう。
「アマツ……!?なんで!?」
やや警戒しながらも彼女は釣れたアマツマガツチを見つめる。そして三つの疑問が浮かんだ。
一つ、何故ここにアマツマガツチがいる?
本来なら霊峰のみにしか現れないアマツマガツチだが、何故ここ渓流にいるのだろうか?
二つ、何故嵐が来ない?
通常個体ならアマツマガツチがいるだけで嵐が巻き起こるはずだが、今の夜の渓流は快晴、それどころか満月が顔を出している。
三つ、ユカリはこれが一番気になってた。
「……なんだこいつ?」
そう、だらけ切ってる。
目の前にハンターがいるというのにも関わらずアマツマガツチは鼻先から尻尾の先端までビタンと地面につき、寝っ転がってる。
目は既に半開き状態。
さしずめ寝起き状態のようだ。
だが、その半開きの目だとしてもハッキリとユカリを捉えてる。
けれど襲う気が全くない。
……ユカリは思った。
(こいつ……本当にアマツマガツチか?)
咄嗟に手を回し、飛竜刀【銀】の柄を握ってた拳を離し、アマツマガツチに近付く……。
ー!!
「っ……!?」
近付いた瞬間、アマツマガツチは首を上げ、ユカリを凝視する。
その目は先程まで半開きだったものの、パッチりと目を見開いてる。
(や、やはりモンスターはモンスターか……!!)
警戒されたと思い、ユカリは再び飛竜刀【銀】の柄を握り、引き抜いて睨み付ける。
だらけ切っていた相手だとしても古龍は古龍。
命を落としてもおかしくない。
それに今のユカリの装備はプライベート用のもの。
ガチな装備ではなく、生半可な装備である。
武器はいいものの、防御力が劣ってるがため、被弾は許されていない。
思わず、ユカリは固唾を飲んだ。
ー……!!
「は?」
だが、その緊張感もすぐに解けてしまう。
次に行動したのがアマツマガツチ。
ユカリの正面に立つとその場に地面にヘタリ込み、じっとこちらを見つめている。
……しかもよく見れば舌を出して物欲しそうな顔をしてるし、尻尾をフリフリと可愛らしく振っている。
もはやそれは犬の伏せの姿を連想させる。
「危害はない……のか?」
これは流石にユカリも動揺しかねない。
だってモンスターがモンスターらしくない行動をするのだから。
「……まさか、これが欲しいとか?」
そこでユカリはある事を思い出す。
元々このアマツマガツチは水中の中にいた。
となれば、魚を追っていた可能性が高い。
そう思い、ハリマグロを取り出してみる。
ー〜!!〜!!
見せた瞬間「それ頂戴!!それ頂戴!!」と言わんばかりに前足をバタバタと揺らす。
ちなみに顔文字で表現すればこうなる。
⊂⌒っ´・ω・`)っチョーダイ
「わ、わかったわかった。ほら」
そしてユカリはハリマグロをアマツマガツチに向けて投げる。
宙を舞うアマツマガツチはそれを逃さず口でキャッチ。
一口でマグロを食した。
(一口で…!?なんてやつだ……)
いくら何でもマグロを一口で食うやつがいるか?
……いや、チャナガブルはマグロどころかエピオスを丸呑みにするだろう……。
「……お前、どうやら危害はないみたいだな」
その様子を見てユカリは危害のないモンスターだと分かり、引き抜いていた飛竜刀【銀】を仕舞う。
「まぁ、ギルドには報告しておくが……討伐対象にはならないかもな…大人しいし」
そしてそのままユカリは釣竿を仕舞い、帰宅する準備を始める。
ユカリは確かにハンターだが無駄な殺生を好まないタイプだ。
その性格故かこのアマツマガツチを敵とは認識せず、また味方だと認識せず、ただ単に野生に生きる大人しいモンスターだと認識したんだろう。
「じゃあな。また逢う日まで…」
ユカリはそれを言い残し、ここから立ち去った。
振り返るとそれを見送るかのように首を傾げて見つめるアマツマガツチ。
……この時、ユカリは完全にこのアマツマガツチに興味が湧いた。
もしかしたら…人の言葉さえも通じてるのではないのか?と。
二度と逢えないかも知れないけれど、ユカリはもう一度逢える事を信じ、渓流から出ていった……
「………………」
……と言いたい所だがユカリは困っていた。
後ろを振り返るとあのアマツマガツチがいた。
……単刀直入に言えば懐いたのか着いてきてる。
いや、着いてきてしまった、と言うべきか?
「…………」
それでもユカリは無視して再び前に進む。
だが前へ進めばアマツマガツチも着いてくる。
「…………」クルッ
ーピタッ
歩みを止め、振り返ると一定の距離を保ちながらアマツマガツチはピタリと動きを止める。
これじゃ、まるでダルマさんが転んだ状態だ。
「……くそっ、あまりこういうやり方をしたくなかったが……」
ユカリはそう言うとポーチからある魚を取り出し、アマツマガツチ目掛けて投げる。
宙を舞うその魚をすかさずキャッチするアマツマガツチ。
ーっ!?
その途端、変化が起きた。
アマツマガツチが驚いた表情を取ると……。
ースヤァ……。
……寝始めた。
だが、これは好きで寝ている訳では無い。
ユカリが投げたのは釣れた眠魚一匹。
それを食べてしまったため、睡眠状態になったんだろう。
……というよりもまだ未成体とはいえ、古龍ですら魚一匹のみで状態異常を起こすとは……恐れ入った。
「すまない……お前は連れていけないんだ。村のみんなが怖がる」
この自然のルールに関してはユカリも充分知っている。
モンスターが人に対して遊ぼうと表現しても人から見ればそれは襲って来てるようにも見える。
……人とモンスターの共存は不可能なのだ。
「じゃあな。水色のアマツマガツチ」
そしてユカリはその隙に渓流を出ていった……。
この後、ユカリはアマツマガツチとの遭遇についてギルドに報告。
「やけに大人しく、恐らくはジャギィより大人しかった」と口で言うと全員唖然としていた。
……ちなみにあのアマツマガツチは通りかかったタマミツネに泡まみれにされ、遊ばれてしまう始末となる。
ー続くー
コメントで「可愛い」という言葉が来ました。
本当に感謝感激です~(˘ω˘ ~)スヤァ…