【完結】光ささぬ暗闇の底で   作:御船アイ

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誓いの大地

「うーん……」

 

 ある日、東美帆はソファーに座りながら腕を組みうんうんと唸っていた。

 彼女の目の前にはいくつかの資料が置いてある。

 

「どうしたの美帆? 変な声出して?」

 

 そんな美帆に話しかけたのは美帆の同居人、逸見エリカだ。

 エリカは美帆の後ろから彼女の体を抱きながら美帆に聞く。

 

「あ、エリカさん……いえ、実は『タンク・オブ・ザ・パトリオット』で行ったシミュレーション結果を見直していたのですが」

 

『タンク・オブ・ザ・パトリオット』は美帆が所属する戦車道のサークルである。

 戦車道の戦略など様々な研究を行っている。

 

「ええ、それで?」

「人工知能による戦略と戦術の検討は進んでいるのですが、どうしても実地で演習での検証が必要でして。それで、どうしたものかと」

「あら、『タンク・オブ・ザ・パトリオット』での演習じゃ駄目なの?」

「それがですね、私が人工知能でシミュレーションしているのは澤さんのデータでして」

「ええ」

「澤さんの戦術はかなり変幻自在で、『タンク・オブ・ザ・パトリオット』の中に似たような戦略を取れる人がいないんですよ。彼女の戦いはかなり独特なので」

「なるほどね……確かに私も話で聞いているだけだけど、彼女の戦い方はかなり変幻自在……そう、まるで『みほ』のようだと思ったわ」

 

 美帆はその『みほ』が自分の事ではない事を理解する。イントネーションもそうだが、エリカの言葉に含みを感じたからである。

 

「みほ……西住みほさんの事ですね?」

「ええ。澤梓はみほの戦略の遺伝子を一番色濃く受け継いでいると言っても良いのではないのかしら。彼女は大洗で次世代の隊長としてみほに育てられたのだから。私は、それを間近で見てきた」

「……なるほど」

 

 美帆は納得したように頷く。エリカは瞳から光を失った直後、大洗でみほの元で生活していた。そのときの経験をエリカは何度も美帆に語っていた。

 

「おそらく現状のプロリーグの成績でいけば、あなた達帝国エンパイアズの優勝争いの相手は澤梓の大阪レジスタンスになる。そのためには彼女の戦略に対応する必要があるってわけね。……難しい問題ねぇ」

「はい……」

 

 美帆は深刻そうに頭を縦に振る。一方エリカは、美帆の肩に体重を預けるように頭を乗せた。

 

「今だから言えるけど、私はみほには勝てなかった。いえ、勝つことができなかった。それは彼女の戦略が本当に自由な発想から来ていて、凝り固まった私の発想では同じ土俵に上がれなかったから。視力を失ってからは、私も少しは彼女に近づけた気がするけど、今思うとどうかしらね」

「そんな! エリカさんはもっと自分の戦いに誇りを持ってください! ……私の戦い方は、あなたの戦い方なんですから」

「……そうね。私の戦い方を、あなたが継承してくれている。私はそれを信じなければいけないのにね」

「……いえ、こちらこそ言い過ぎでした。すいません」

 

 微妙な空気が二人の間に流れる。

 みほとの因縁は、二人にとって切っても切り離せないものだ。それゆえに、二人は悩んでいたのだ。

 

「せめて、澤さんに比肩とまではいかなくても自由な戦い方をする相手と演習できればいいのですが……」

「ミカじゃ駄目なの?」

「ミカさんとはもう身内すぎてお互いの癖を把握してしまっているので……」

「なるほどねぇ……あ、そうだわ!」

 

 と、そこでエリカは何かを思いついたように立ち上がり、笑顔を見せる。

 

「どうしたんですか? エリカさん」

 

「あなたのすぐ側にいるじゃない、変幻自在の戦いを得意とする、トリックスターがね」

「え?」

 

 エリカの笑顔を美帆が理解するのに、少しばかり時間がかかるのであった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「うーん、今日も絶好のタンカスロン日和ね!」

 

 渥美梨華子はその日、とあるタンカスロン会場で、移動するⅡ号戦車の上で大きく背伸びをした。

 彼女は黒森峰女学園の隊長でありながらも、タンカスロンの賞金女王でもある。

 そのため、彼女は今日もタンカスロンで荒稼ぎをしようとしていたのだ。

 

「さて、今日もばっちり稼ぐよー!」

「元気だなぁ」

「元気ですわねぇ」

 

 そんな梨華子に対し戦車の中で苦笑いするのは、彼女の幼馴染であり大洗の現隊長、副隊長である百華鈴と二瓶理沙であった。

 彼女らは梨華子に付き合いタンカスロンに参加していたのだ。

 

「そりゃ元気に決まってるでしょ? 稼ぎ時なんだから! お金が増えるときは最高に楽しいんだもん!」

「守銭奴だなぁ」

「守銭奴ですわねぇ」

「二人共言い方!」

 

 そんなことを話しつつも今回の対戦相手の待つ平原に到着する梨華子達。

 三人の前に待つのは、38t戦車だった。そこに、三人の人影がある。

 

「さて今回の相手は、と……」

 

 梨華子達が戦車から降りて、相手と話をしに行こうとする。

 と、そこで梨華子は固まった。それは、相手の姿にあった。

 三人の相手は緑のマスカレイドマスクをつけた、しかしどこかで見覚えのある三人組だったからだ。

 

「ふっふっふ……どうも……私の名は真・仮面パンツァー! どうか今日はよろしくお願いします!」

「どうも、仮面パンツァーZOだよ。よろしくね」

「……仮面パンツァーJです……」

「……美帆さんですよね?」

「ミカさんだよな?」

「……ノンナさんですわよね?」

「…………」

 

 一瞬の沈黙、そして。

 

「……だから私は嫌だと言ったんです!」

「まあまあ良いじゃないか私は好きだよこういうの?」

「わ、私も実は少し恥ずかしくて……でも、提案はエリカさんですから……」

 

 そして、ノンナを皮切りに美帆達三人は肩を寄せ合うようにして口を開いた。

 

「顔を隠さないといけないというのは理解できます。プロ選手が一般のタンカスロンに参加するというのは少々まずいですから。でもこの派手な仮面と恥ずかしい名前はいらなかったのではないですか!?」

「ノンナ……いやJは硬いなぁ。他人を欺くときはしっかりと設定を作らないといけないんだよ? 私は結構気に入ってるよ、これ」

「設定考えたのはエリカさんですから……私はそう考えると好きです」

 

 とても顔を赤くするノンナに対し、平然としているミカ。少しだけ紅潮する美帆であった。

 が、三人は話を終え、再び梨華子達の前に立つ。

 

「んん……そんな人達の事は知りませんね。私はあくまで真・仮面パンツァーです」

「はあ……そういうことにしておきましょう。だいたい事情は察しましたから」

 

 梨華子は苦笑しながら言う。

 

「えっとじゃあ……仮面パンツァーの皆さん、どうして今日はタンカスロンに参戦を?」

「ああ、実はあなた達と戦いたくて」

「私達と?」

「ええ。実は、あなた達、特に梨華子、あなたのタンカスロンでの自由な戦いを是非経験したくありまして。あなたの戦い方は、我々は打倒すべき相手とよく似通っているんです。だから私は、私の仲間と共にあなたから戦い方を学ぼうと思いまして」

 

 それを美帆から聞いて梨華子は納得する。

 

「なるほど……だいたい分かりました。でも、簡単に経験値を積ませるわけにはいきませんよ? 私達は全力で戦います。いくらあなた達が強いからと言って、タンカスロンは我々の戦場ですからね」

「我々っつってもいっつもタンカスロンやってるのは梨華子だけどなぁ」

「今日の私達は付き合いですからね」

 

 こっそりとそんなことを言う鈴と理沙だった。

 

「ええ、望むところです」

 

 そんな鈴達を横目に見ながら、美帆は梨華子に手を差し出す。

 

「こちらこそ」

 

 それを梨華子が握る。こうして、二人は握手を交わした。

 その後、六人はそれぞれ自分の戦車に乗り込み、定位置につく。

 こうして、タンカスロンの試合の火蓋が切って落とされた。

 

 

「さて、どうやってアプローチをかけましょうか」

 

 美帆が38tの中で言う。

 

「今回の車長はタンカスロンを提案した君だよ。君の自由にするといい」

「は、はい……なんというか、先輩方に指示を出すのはとても緊張しますね」

「これも経験です。あなたは今回私達を存分に使ってください」

「……分かりました。それでは、前進します。先制し敵の出鼻を挫きます」

『了解』

 

 美帆の言葉にミカとノンナが頷く。

 そうして、三人を乗せる38tは前進する。

 そのときだった。

 

「っ!?」

 

 38tの進行方向の地面を、砲撃が吹き飛ばした。

 

「もうすでに……さすがの機動力と戦略眼ですね……! どういうルートを通ってきたかわかりませんが、こちらの予想よりずっと早いです!」

「いいねぇ。うちのチームに欲しいね。今年のドラフトは狙っていこうか」

「そんな事を言っている場合ですか。来ますよ」

 

 梨華子達の乗ったⅡ号戦車が38tに向かって砲撃する。

 美帆達もそれに応戦する。

 それぞれの戦車が巧みに動きながら砲撃し合う。

 だが、なかなか決め手がない。

 そんなときだった。

 

「っ!? 煙幕っ!?」

 

 Ⅱ号戦車のキューポラから梨華子が顔を出し、ライフルグレネードによってスモークを炊いてきたのだ。

 それにより、お互い姿が見えなくなる。

 

「どうする、車長。相手は煙の中に隠れたよ」

「この状況で煙幕を張るという事は、一気に勝負を決める気なのでしょう」

「ええ、ならば、受けて立つべきですね。敵が攻めてくるなら、煙幕の中と言えど機動は読めるはずです」

 

 そうして、美帆達は応戦の体制を取る。美帆は自分が煙幕を炊いて攻めるとすればどこから攻めるかを考え、その最善の位置で待ち伏せをした。

 しかし。

 

「……おかしいですね、敵が攻めて来ない」

「……これは、してやられたかな?」

「っ!? そういうことですか……!」

 

 38tは急いで煙幕の中を出る。そこには、遠く逃げるⅡ号戦車の姿があった。

 

「逃げて体制を立て直す気ですね! 危なかった……! また新たな策を練る前に叩きます!」

『了解』

 

 38tは逃げるⅡ号の後を追う。

 そうしているうちに、二両は大きな橋へと差し掛かる。

 Ⅱ号がその橋を渡り終え、38tがその後へ続こうとする。

 

「待って! 一旦停止!」

 

 が、そこで美帆は戦車を止める。

 

「おや、何か感づいたようだね」

「ええ、おそらくこの橋には爆薬が仕掛けてあります」

「その根拠は?」

「私ならそうするからですよ」

 

 美帆の読みは確かだった。

 38tがギリギリで停車した瞬間、Ⅱ号が止まり中から出てきた梨華子がいつの間にか用意していた導線のついた仕掛けを作動させる。

 すると、その瞬間橋の付け根が爆破され、橋が落ちた。

 

「今です!」

 

 美帆はその一瞬停車した瞬間を狙い、Ⅱ号をノンナに狙撃させた。

 ノンナの正確な一撃により、Ⅱ号は白旗を上げる。

 ここに、タンカスロンの勝負に決着がついたのであった。

 

 

「うう……あそこで橋爆破が決まっていれば……」

「まあまあ梨華子、煙幕からの引き際で私達をおびき寄せたのは見事でしたよ」

 

 試合後、美帆は梨華子と話していた。

 もちろん、マスクはつけたままである。

 

「でも、賞金逃しちゃいましたし……」

「ああそれは……ハハハ、どうやらずいぶん大穴で私達が買っちゃったようですから、ブックメーカーが大荒れしてるっぽいですね……」

 

 美帆は視線を逸らしながら言う。

 その視線の先には、歓談するミカとノンナ、そして鈴と理沙の姿があった。

 

「見事な操縦だったね。うちのチームに欲しいぐらいだよ」

「あ、ありがとっす……!」

「射撃はもう少し見直す必要がありますね。ところどころもう少し私達に驚異を与える射撃が可能でしたよ?」

「うう……わたくしあまり砲手の経験はなくて……」

 

 そんな光景を見ながらも、美帆は言った。

 

「しかし、やはりいい経験になりました。戦略、戦術は常に相手の二手、三手の先を読むもの。しかし、その読んでいる手の上を行く行動を取ると相手は意表を突かれ動きが止まってしまう。それを私は今回よく理解しました」

「それは私もですよ。自分が想定していた作戦が失敗したとき、次の手を考えるのは当然ですが、リスクのある作戦を仕掛けるときはもっと有利な状況に持ち込まないといけませんね。今回は少し甘かったです。勉強させてもらったのはこちらですよ、美帆さん」

「おや、知りませんねそんな人?」

「ふふっ、そうでしたね、真・仮面パンツァーさん」

 

 そう言って二人は笑い合う。そこには、所属も年齢も越えた友情が確かにあった。

 

「……勝ってくださいね、必ず」

 

 そこで、梨華子が言う。

 

「……ええ、必ず」

 

 それに、美帆が頷く。

 美帆は、来るべき戦いを見据えて、空を高く見た。

 そして美帆は心の中で願った。梓と、正面からぶつかりたいと。

 それは、彼女がエリカの戦いで、みほの戦いに勝ちたい、そう願うからであった。

 美帆は心の中で誓った。

 ――エリカさんに、勝利を。それが、私にできるエリカさんへの最大の恩返しだから。

 美帆はその誓いを、戦車が地響きを轟かせる大地にしたのであった。

 


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