【完結】光ささぬ暗闇の底で   作:御船アイ

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TANK OF THE PATRIOT

「タンク・オブ・ザ・パトリオット?」

 

 逸見エリカは、同居人であり恋人でもある東美帆から聞き慣れぬ単語を聞いた。

 

「知らないわね、何それ?」

「はい。その、チームの垣根を越え色んな戦車道の選手が参加しているサークルらしくて」

「へぇ……」

 

 エリカは興味深く声を出した。

 そのようなサークルがあるとは、エリカは今の今まで知らなかった。知らなかったのはエリカだけではなく美帆もまたそうらしく、聞いた話を語っているのをエリカは美帆の語り口から理解した。

 

「それで、そのタンク・オブ・ザ・パトリオットがどうかしたの?」

「はい。実はそのサークルに入らないかという招待を受けまして」

「招待? 誰から?」

「電撃ジャッカーズの副隊長のケイさんからです」

「ケイから?」

 

 エリカは少し驚いた。ケイは元サンダース大学付属高校の生徒であり、エリカとは多少ではあるが交流はあった。だが、美帆と交流があるとは聞かされていなかった。

 

「あなたいつの間にケイと知り合いになったの?」

「えっと、プロリーグの試合でちょくちょく相手をさせてもらってはいましたが、この前の試合の終わりに突然に」

「突然ねぇ……ケイらしいわね」

 

 エリカは呆れるように苦笑いをする。ケイの突然行動に出るタイプなのはエリカは知っていたが、あまり面識のない美帆にまでそうした行動を取るのは、昔よりも積極性が上がっているように思えたからだ。

 

「なるほど。それで、そのサークルに入るかどうか悩んでいるのね」

「はい。それで、見学だけでもいいからこないかと言われてまして……」

「なら行ってみればいいんじゃない? 何事も体験よ」

「はい……で、そこでエリカさんに相談があるんですが」

「相談? 何よ」

 

 エリカは頭に疑問符を浮かべる。美帆がサークルに行くことを決めているなら今更自分が助言することはないはずなのだが、と思った。

 すると、美帆は言った。

 

「今度のサークル見学、エリカさんも一緒についてきてくれませんか?」

「私が?」

「はい。一応だいたいのメンバーがプロリーグの選手らしいんですが、プロ選手じゃないメンバーもまあまあいるらしくて。なので、どうせならエリカさんも一緒にどんなサークルか体験してくれないかなーと。ケイさんも是非エリカさんに来て欲しいって言ってますし」

「ふむ……なるほどねぇ」

 

 エリカは考えるように腕を組む。

 そして、少しだけ間を空けて言った。

 

「……私、そこまでそのサークルについて口出しできないし、参加できないと思うわよ? だって、こんな目だし」

 

 エリカは自分の目の端のあたりをとんとんと叩く。それは美帆も分かっているのか、美帆は「はい」と言いながら頷く。

 

「そうですよねぇ、でも、ケイさんがどうしても連れてきて欲しいって……多分久々にエリカさんに会いたいんでしょうね。あと、私としても一緒にいてくれると心強いというかなんというか……」

「……はぁ……分かったわ」

 

 美帆の少し恥ずかしそうにしている声を聞きながら、エリカは答えた。

 

「そこまで言うなら、私も一緒についていってあげるわ。でも、美帆、分かってると思うけど――」

「ええ、大丈夫ですよエリカさん。私がエリカさんの眼になりますから」

 

 美帆はエリカに笑いかけて言った。

 その様子を言葉から感じ取ったエリカもまた、笑みを返す。

 こうして、二人はそのサークル「タンク・オブ・ザ・パトリオット」を見に行くことになった。

 

 

 数日後。二人は東京のとある建物にやって来ていた。そこは、戦車道連盟が運営する演習会場の一つであり、他にも様々な用途で使えるよう一般に開放されている建物でもあった。

 

「着きましたよエリカさん」

「ええ」

 

 エリカは美帆に手を引かれながら車を降りる。そこまで車を運転してきたのは美帆だった。

 二人はその建物の正面玄関から入る。すると――

 

「やっほー! アズマ! エリカ!」

 

 陽気な声が正面から飛んできた。

 それは、二人の元に駆け寄ってくるケイの声だった。

 

「二人ともよく来たわね! 歓迎するわ!」

「これはこれはケイさん。どうもこの度はお招きいただきありがとうございます」

 

 美帆がうやうやしく頭を下げる。すると、そんな美帆の肩をケイはパンパンと叩いた。

 

「もーそんなかしこまらなくてもいいのよアズマ! 同じ戦車道をやっている者同士、もっとフランクに行きましょう? へいエリカ! 久しぶりね! 元気してた?」

「どうもケイ、久しぶりね、いつ以来かしら。もう随分と会ってなかったけど、あなたも元気そうで何よりだわ」

 

 朗らかに笑うケイに対し、笑みを見せるエリカ。

 ケイの声色は分析するまでもなく彼女が笑っていることをエリカに分からせた。

 

「今日はサークル見学しに来てくれてありがとう! さっそくみんなが集まっているところに案内するわね! こっちに来て!」

 

 ケイが先導するように歩く。美帆はエリカの手を引きながらその後ろについていく。

 三人はエレベーターに乗り、建物の二階へと上がる。そして、ケイはいくつか並ぶ扉の中から一つを選び、その扉を開けた。

 

「ハァイみんな! 今日のゲストの登場よ!」

 

 ケイに紹介される美帆とエリカ。その部屋には、美帆も顔を知っているようなプロリーグの選手達がいた。

 その中の一人を、美帆はよく知っていた。

 

「あっ、あなたは……」

「どうも美帆さん。それにエリカさん。こうやってプライベートで会うの初めてだな」

 

 そこにいたのは、金髪の髪をオールバックでまとめ、片目に傷を負った選手だった。

 

「あなたは北陸フォクシーズの副隊長の……」

墺零(おうれい)だ。このタンク・オブ・ザ・パトリオットの会長を務めさせてもらっている。改めてよろしく」

 

 墺零は笑顔で美帆とエリカに握手をした。

 

「会長!? あなたがですか!?」

 

 美帆は驚く。その美帆の表情を見て、零は笑った。

 

「ふふっ、まあ驚くだろうな。普段の私はカチューシャと共に戦う一介の副隊長に過ぎないものな。だが、このタンク・オブ・ザ・パトリオットの場においては会長という立場にいる。君達をこのサークルに招待しようと提案したのも私だ。ここからは私がこのサークルを案内しよう」

「は、はい」

 

 美帆は零から普段カチューシャのところにいるときとは違う、何かオーラのようなものを感じ取った。

 それはあふれる自信と言うべきか、落ち着いた貫禄というか、そのたぐいのものだった。

 

「彼女、サンダースのOGで社会人からプロチームに入ったのよ。だから私達より年上なのよエリカ」

「へぇ……」

 

 ケイがエリカに説明し、納得する。その一方で、零は説明を始める。

 

「この階まるまる私達タンク・オブ・ザ・パトリオットが貸してもらっていてね。まずここが談話室になっている。ここにいる選手は、美帆さんも何度か対戦したことがあるだろう」

「はい。見慣れた選手達ばかりで驚いています」

「それでは別の部屋を見ながらうちのサークルの活動を色々説明していこう。こっちについて来てくれ」

 

 そう言って零は美帆達を誘いながら部屋を出る。美帆はエリカの手を握って一緒に部屋を出た。

 

「うちのサークルはいろいろな活動をしていてね。まずその一つに、戦車道の戦術、戦略研究がある。その研究をしている部屋が、ここだ」

 

 そう言って、零は談話室からさほど離れていない部屋の扉を開けた。

 

「わぁ、すごい……」

「ねえ美帆、何が凄いの?」

「あっ、すいませんエリカさん。いえ、たくさんのパソコンがあって、それに向かって多くの人が頭にヘッドセットみたいなものをつけて向かっているんです」

 

 美帆の説明の通り、そこには多くのパソコンとそれに向かい合っている人影があった。

 みなのびのびとした様子でパソコンに向かい合っている。

 

「このパソコンで、戦術、戦略の研究を行っているんですか?」

「ああ。それぞれが様々な戦術、戦略をパソコンに打ち込みそれを研究者職をしているメンバーが作ったAIに処理させ、シミュレートしているんだ」

「え、AI!? また凄いですね……」

「おや、美帆さんはその手のことはあまり詳しくないのかね?」

「ええまあ、パソコンは私人並みですから……」

「私は昔それなりに触れていたけど、眼がこうなってからは全然ね」

 

 美帆とエリカが言う。その反応に、零は「ふむ」と言いながら顎を触った。

 

「それはいかんよ美帆さん。今の戦術、戦略研究においてコンピュータによる演算はかなり大事になっている。うちのAI研究だって、その一環だよ。うちのAI――私達はジェーン・ドゥと読んでいる――はまだまだ未成熟なAIだが、いずれ大きな結果を出すだろう。成長によっては、下手な選手を越えた戦術、戦略をはじき出すようになるかもしれない。君にはぜひこの研究を手伝ってもらいたいと思っているよ」

「なるほど……確かに、なかなか面白そうな試みですね」

 

 美帆は真剣に答える。それは、零の情熱が本気のものであるのが伝わってきたからだ。

 

「美帆ならきっといい結果を出せると思うわよ」

「美帆さんだけじゃない。エリカさん、あなたにも手伝って欲しいと私は思っているよ」

「わ、私にも!? でも私はこんな眼で……」

「眼は関係ないさ。元々戦車の中で最初に頼りになる情報は無線で伝達される音声情報だ。眼が見えなくとも、ヘッドセットから音で流れてくる情報を聞きそれを頭の中で組み立て、また音声入力によって指示を出せば十分戦車の指揮をしているのと同じことだよ」

「な、なるほど。言われてみればそうね……子供達を指導する感覚と同じようなものかしら」

 

 エリカは納得したように口元を手で覆う。

 

「実際にやってみるか?」

「え?」

 

 零が美帆に提案する。その提案に美帆は少しの間考え込み、そして言う。

 

「……いえ、今回は遠慮しておきます。面白そうですが、ハマると今日一日潰してしまいそうですからね」

 

 そう美帆は零に笑いかけた。

 

「そうか。まあ確かに言う通りではあるな。では別の部屋の案内をしよう」

 

 そうして美帆達はその部屋を離れた。そんな美帆達の背後でパソコン室では、

 

「この戦術、ブラフだ……!」

「手を変えないと。リセット・ザ・ワールド……」

 

 と言ったようなふざけ合う声も聞こえてきた。

 次に美帆達が向かったのは二階の奥、外の演習場を見渡せるテラスだった。

 そのテラスからは、戦車を動かしている選手達の姿が見える。

 

「これは、先程のパソコンルームで研究した戦術、戦略を試している、と言ったところですか?」

「ああ、そうだ。あそこで組み立てたそれぞれの理論を実戦形式で試している。ほら、見えるだろう?」

 

 零が指をさす。そこには、複数台のM4シャーマンが戦っていた。

 

「M4シャーマン同士で戦っていますね。すべてがそうなのはできるだけ条件を同じにするためですか?」

「ああ、そうだ。私はそれなりに戦車業者にも顔が効くからな。数を揃えることぐらいは訳ないよ」

 

 そんなことを話していると、戦車がテラスのギリギリまで接近してくる。

 そこで、ハッチを開け選手が零に手を振った。

 

「あ、零少佐! どうもー!」

「少佐?」

 

 エリカがその名に違和感を持ち聞く。

 

「あだ名みたいなものでね。元は陸上自衛隊にいて、そこでの階級が三佐だったのだよ。それでサンダースで活躍していたから自衛隊の呼称よりも海外での呼称で階級を呼んだほうが面白いという話になって、少佐だ」

 

 零は苦笑いしながら答える。

 その回答に、エリカと美帆はなるほどと頷く。

 

「それで、どうだった。今日の訓練は」

 

 零はテラスの上から選手達に聞く。

 

「やっぱり村井さんの戦略は見事ですね。やはり村井さんは効く……」

「そんなことは分かっていたことだろうに」

 

 零はけらけらと目下の選手に笑いかける。その傍らで、美帆は零と選手の表情を見比べていた。

 二人ともとても楽しそうな笑顔をしていると、美帆は思った。

 

「では次に行こう。次は、ある意味うちでもっとも重要な研究だ」

 

 そしてまた美帆とエリカは零に連れて行かれる。そこは二階にある資料室のようだった。

 そこの資料室でも、何人かの選手が行き来していた。中には机に向かって本を開いている者もいる。

 

「うーんなるほど……」

「……あら?」

 

 そこで、エリカは知っている声を聞いた。

 

「もしかして……オレンジペコ?」

「えっ? あっ、エリカさん!?」

 

 その声の主は、かつての聖グロリアーナの生徒であり、現在は桐原ネロスズの副隊長である、オレンジペコだった。

 

「お久しぶりですねエリカさん! どうしてここに?」

「どうしてって、美帆と私が彼女にこのサークルに入らないかと誘われたのだけれど……あなた、もしかしてこのサークルに?」

「そうなんですか。ええ、私もこのサークルに所属しているんですよ。少し前に、ケイさんから誘われて」

「あら、あなたもそうなの」

 

 エリカとオレンジペコは久々に出会った事により話に華を咲かせているようだった。

 その様子に、美帆はちょっとした嫉妬心を抱きながらも、零に聞く。

 

「あの、ここでの研究は一体何をしているんですか?」

「ふっ、よく聞いてくれたな。それは……」

 

 零はもったいぶるように溜める。そして、言った。

 

「UMA研究だ!」

「……はい?」

「……へ?」

 

 大声で言い放たれたその言葉に、美帆とエリカは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 

「ゆ、UMAって、あの未確認生物っていう意味の……」

「その通りだ。私達はUMAについての研究を行っている。ある意味、これが一番大切な活動かもしれんな」

「ええ、これが結構楽しいんですよ?」

 

 零の後にオレンジペコが言う。美帆はエリカを見て、エリカは美帆のほうに顔を向けて、お互いに怪訝な顔をした。

 

「まあ、そういう顔になるだろうな」

 

 零が言う。そして続ける。

 

「だが、こういう活動こそが大切なのだ。普段の生活から離れた事を研究するということは、発想の転換へと繋がるし、純粋に新たな趣味にもなる。そういう活動こそが大切なのだよ」

「それで、その本音は?」

「私の趣味だ」

 

 零はクスっと笑って言う。美帆とエリカは苦笑いする。だが、オレンジペコはクスクスと笑っている。

 

「私も最初はそんな感じでした。でも初めて見ると案外楽しくて……エリカさんや東さんが参加してくれるなら、楽しくなりそうですね」

 

 美帆達はそこで一旦話を切り上げ、再び談話室に戻った。

 

「……まあ、とりあえず見てもらったのがうちのサークルの活動だ。どうだったかな?」

「……なんというか、不思議なサークルですね」

「ああ、よく言われる。それで、うちのサークルに入ってみようとは思ってくれたかね?」

「……一つ、いえ二ついいかしら?」

 

 と、そこでエリカが零に質問する。

 

「ああ、いいぞ」

「まずこのサークルの作り上げた目的は? そして、私達を勧誘した目的を教えて頂戴。入るかどうかは、その答えを聞いてからね。ねぇ美帆」

「え? え、ええ……」

 

 美帆が不意をつかれたように反応しながらも頷く。

 零はそのエリカの言葉に「ふむ……」と少し間を置いて、そして口を開き始めた。

 

「そうだな。まず一つ目の質問だが、このサークルは戦車道選手のスキルアップと団結を目的としている」

「スキルアップと団結?」

「ああ。私達のような一般の――と言っても私やオレンジペコは副隊長だが――選手は本当に才能のある隊長達のような選手に並ぶには努力がいる。そのためのスキルアップを目指すのが一つ。そしてもう一つはチームの垣根を越え、戦車道を行う選手を一つにすること。日本のプロリーグはまだまだ発展途上中だ。より発展していくには、チームの垣根を越えて一つになる必要がある。そのためのサークルだ」

「なるほどね……日本戦車道の将来を考えてのことなのね。以外とちゃんとしてるのね。じゃあ、二つ目の回答は?」

「君たちのスカウト目的か。それは簡単さ。まず美帆さんは、将来を希望されている優れた選手であるから。そしてエリカさん、君は優秀な人材を育てる指導員としてのスキルがある。それをぜひうちのサークルで生かして欲しい、そう思ったからだ」

「ふうん……だそうよ、美帆。どう思う?」

 

 美帆はニヤリと笑うエリカに聞かれた。その時点で、二人の答えは決っているようなものだった。

 なので、美帆もエリカに笑いかける。

 

「……ええ、そうですね。とても興味深いです。私は、このサークルがとても面白そうだと思っていますよ」

「どうやら私と同意見のようね」

「ということは……」

 

 零がとてもうれしそうな顔で二人を見る。そして、代表して美帆が言った。

 

「ええ、私達もこのサークルに参加させてもらいたいと思います。私も、自分のスキルアップは願ってもないことですしね」

「私もよ。美帆の力になれるのなら、私はなんだってやるわ。だって、私達は一生を共にすることを誓ったパートナーですもの」

 

 確固たる意思を感じられるキリっとした笑みを見せる二人。

 その二人を見て、零は顔をほころばせた。

 

「ありがとう! うちのサークルは、これでまた一歩前に進むことができる」

 

 そうして、零は美帆と握手をした。二人は、ガッチリと硬い握手をした。

 

「ところで、タンク・オブ・ザ・パトリオットという名前にした理由は?」

「戦車道への、愛国心に似た強い想い、かな」

 

 美帆の質問に、零は苦笑いしながら答えた。

 こうして、美帆とエリカは「タンク・オブ・ザ・パトリオット」に参加することになったのであった。

 この選択が、美帆の戦車道に新たな可能性の道を開くことになるのだが、彼女がそのことを知るのはもう少し先のことである。

 


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