【完結】光ささぬ暗闇の底で   作:御船アイ

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夢の架け橋

 それは卒業を間近に控えた、冬休みの年明け頃だった。

 

「こんなところに呼び出して……一体何なんでしょうか?」

 

 東美帆は、逸見エリカと共にとある戦車道の演習場に呼び出されていた。

 美帆を呼び出したのは、百華鈴ら大洗のチームメイト達。しかし、なぜ呼び出されたのかは知らされていないままだった。

 

「さあ? でも、みんな集まっているって言うし、何か大切なことなんじゃない?」

 

 美帆の隣でエリカが微笑みながら言う。

 その笑みに、なんらかの意図を美帆は感じていた。だが、それがなんなのかは分からず、口に出さずにここまで一緒に歩いてきた。

 

「……そうだといいんですが。わりとくだらないことで呼び出したりされますからねぇ。夏休みのときみたいに」

「ははは……まあ、それでも来るあたり、なんだかんだであなたはあの子達のこと信じてるんでしょ?」

「ええまあ……と、言っている間に着きましたね」

 

 二人は演習場近くにある建物の中にある、大広間の扉まで来ていた。

 扉からは何も聞こえてこない。一向に静かだ。

 

「本当に誰かいるんですかこれ……? 入ったら私一人ってことは……」

「今日の美帆は疑り深いわねぇ。ほら、早く入りなさい」

「は、はい……」

 

 エリカに促され美帆は扉を開ける。すると――

 

 パァン! パァン!

 

「え!? え!?」

 

 乾いた炸裂音と色とりどりの紙テープが、美帆目掛けて飛んできた。

 

『隊長、プロ進出おめでとうございます!』

 

 そして、会場中から美帆を祝う声が聞こえてきた。

 美帆が周りを見渡すと、そこには大勢の大洗の生徒がクラッカーを持って美帆を迎えていた。

 

「こ、これは……」

「おーよく来たなー! 美帆!」

 

 と、そこで美帆に近づいてくる数人の人影があった。

 鈴と弐瓶理沙、それに黒森峰の隊長である渥美梨華子と、聖グロリアーナの隊長であるアールグレイ二世であった。

 

「おめでとう、美帆!」

「おめでとうございます、美帆さん」

「おめでとうございます」

「祝ってあげなくもないわ、小娘」

 

 四人がそれぞれ美帆に祝いの言葉を向ける。美帆はその状況にうろたえながらも、顔を赤くし笑みを見せた。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 美帆は照れながら会場の中心へと案内される。エリカはそれを笑顔で聞いていた。

 

「……エリカさん、知ってましたね?」

「ええ。もちろん。そして言うわけないじゃないこんなサプライズ」

「うぐぅ……でもエリカさんの気持ちはなんでも嬉しいから良しです!」

「ああ、東隊長!」

 

 美帆が会場の中央に行くと、そこで四人の大洗の生徒が手を振っていた。

 美帆はその姿を見ると、再び顔を明るくした。

米田(べいだ)さん! 歩場(ぼば)さん! 甲斐路(かいろ)さん! それに府頭間(ふずま)さんも!」

 

 美帆は嬉しそうにそれぞれ黒の長髪の米田、ショートカットの歩場、ツーサイドアップの甲斐路、銀髪の府頭間の四人の元に駆け寄る。その姿を見て、アールグレイ二世が不思議そうな顔をした。

 

「誰かしら? あの人達は?」

 

 その言葉に、鈴が呆れた顔をする。

 

「美帆が来る直前に来たとは言え、お前なぁ……あれは、美帆と同じ三年で同じ戦車に乗ってるチームメイトの先輩方だよ。砲手の米田先輩に操縦手の歩場先輩、装填手の甲斐路先輩に通信手の府頭間先輩だ。美帆と一緒にプロ入りするってさんざんテレビやネットで言ってるじゃん……美帆が来る前にも四人のプロ入りを祝ったんだぞこっちは……」

「あらそうなの。私、小娘にしか興味がなかったもので」

「そういうお前の清々しいところ嫌いじゃないよ……」

「ありがとうございますわ」

「へいへい」

 

 得意げに笑うアールグレイ二世に、鈴はただ頭を抱えるしかなかった。

 それを見て、梨華子が苦笑いをする。

 

「まあ戦車乗りってただでさえ人数が多いから、全員覚えるのは大変だよね……」

「梨華子さん、あの人をフォローする必要性はないかと」

 

 理沙が梨華子にぴしゃりと言い放った。

 そんな風に騒いでいる四人と、話に華を咲かせている美帆達五人の後ろに、また別の人影が現れた。

 

「プロ入りおめでとう、東さん」

「まほさん!? どうしてここに!?」

 

 それは、西住まほだった。思わぬゲストの登場に、美帆は再び驚いた顔になる。

 

「ああ、面白い催しがあると聞いてな。店もちょうど定休日だったし飛んできたんだ」

「そんな……祝ってくれているみんなには悪い言い方になってしまいますが、ちょっとしたお祝いパーティですよ? それなのにわざわざ熊本から来ていただけるだなんて……」

「それが、ただのお祝いじゃないのよねぇ」

 

 と、そこでエリカが美帆に言った。

 美帆は「え?」と驚いた表情をする。

 

「ただのお祝いじゃないって……」

「ああそうさ! いいか美帆、よーく聞け! 本日のメインは……これだぁ!」

 

 と、そこで鈴が会場のステージを指差す。

 それに合わせ、近くにいた生徒がばっと横断幕を壇上で広げた。

 そこには、こう書かれていた。

 

「『在校生チーム対卒業生チーム戦車戦対決』……!?」

「ああ、その通りだ! 今回はこれがメインなのさ。美帆達プロに行く三年を、気持ちよく送り出すには何がいいかと考えて、やっぱこれが一番ってなったのさ。それに、梨華子やアールグレイらも協力してくれるって言ってくれた。これ以上の見送りイベントはないだろう?」

 

 鈴が不敵に笑いながら言う。

 それに美帆も、不敵な笑みで返した。

 

「ふふ、そうですね。こんなに楽しい見送りもないでしょう。ですが、私は負けるつもりはありませんよ?」

「はっ、そんなのこっちもだよ。なあみんな!」

「うん!」

「もちろんですわ」

「ええ」

 

 鈴の言葉に、梨華子も理沙もアールグレイも頷く。

 見渡せば、会場に参加している生徒の目は皆、炎に燃えていた。

 

「いいでしょう……受けましょう、その戦い! 三年生の皆さん、いいですね!」

『もちろん!』

 

 三年生のほうからも一斉に返ってくる。

 こうして、在校生対卒業生の戦いの火蓋が、切って落とされた。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「まさか、こんなところで大洗の未来のプロ選手のプロ入り前の試合が見れるだなんて……!」

 

 演習場の観客席、そこで秋山優花里は首から下げたビデオカメラを揺らしながら目を輝かせていた。

 

「おーい秋山、テンション上がるのはいいが今回は取材も兼ねて来てるんだ。興奮しすぎて大事なシーン取り逃がさないようにな」

「はぁい、斑鳩殿」

 

 優花里を叱ったのは月刊戦車道の記者、斑鳩拓海だった。

 彼女ら二人は、この大洗の身内戦の話を聞きつけ、いい記事になると思いやってきたのだ。

 

「しかし秋山、よくこんな試合の話聞きつけてきたなぁ。確かに非常にそそる話だが、全然外には話が漏れてない練習試合みたいなものだろうに」

「ああ、それはお話をくれたいい人がいまして……あ! あそこにいました! どーも!」

「へぇ、誰だろう……って!?」

 

 斑鳩はそこで固まった。

 そこにいたのは、よく見知った顔だったからだ。

 

「ああ、よく来たね秋山さん。と、そこにいるのは……まさか斑鳩か?」

「あら、優花里以外にも聞いたことのある声がしたと思ったら……」

「西住隊長に……逸見!?」

 

 そこにいたのはまほとエリカだった。

 

「あれ? 斑鳩殿? どうしたんですか?」

「どうしたも何もなぁお前……知ってるだろ!?」

 

 斑鳩が優花里に動揺を見せる。

 それもそのはずで、斑鳩は元黒森峰生であり、そしてまほ達とは同年代で同じチームで戦っていたのだ。しかし、長い間まほ達とは会っていなかった。そのため、まほ達とは久しぶりの対面となるのだった。

 

「まさか、情報源て……」

「ええ、まほ殿です」

「ああ、私が秋山さんに教えたんだ。まあ、私はエリカから教えてもらったんだが」

「私はただ世間話として話したんだけど……まさか優花里にまで話が伝わるだなんてね。お久しぶりです。斑鳩先輩」

 

 エリカが席から立ち上がり斑鳩に頭を下げた。

 

「あ、ああ……久しぶり」

 

 斑鳩もつられて頭を下げる。

 

「二人がいるとなると、正式な取材としてやって来たんだな」

「え、まあはい……。お久しぶりです隊長……いえ、まほさん……」

「そんなに堅苦しくならなくていいぞ。私達は同年代じゃないか。今や立場は対等だよ」

「いえ! 私にとってまほさんはいつまでも隊長ですので……! しかし、二人がいるだなんて思ってもみませんでした」

 

 斑鳩がそう言うと、まほとエリカは顔を見合わせ笑い合う。

 

「そうか、斑鳩は知らなかったな。エリカは東さんとは同居している仲なんだ。そして、私は二人と仲良くしている。この試合を見に来るのも道理だろう」

「なるほど……って同居!?」

 

 斑鳩は驚きの色を隠さなかった。それに優花里が頷く。

 

「はい、東殿とエリカ殿はずっと昔から同居していますよ? もうそれは仲の良いことで、嫉妬してしまいそうになるぐらいです」

「いや、逸見が大洗で教官やっているのは知っていたが、まさかそんな仲とは……というか秋山ァ! お前色々と私に伝えるべきことを伝えてなさすぎだろうが!」

「いだだだだだだ! 許してください斑鳩殿ぉー!」

 

 斑鳩のヘッドロックが優花里に決まった。優花里はジタバタと動いているが、一向に抜け出せる気配はない。

 まほとエリカは、そんな二人の姿にクスクスと笑った。

 

「ふふっ、仲がいいのはそっちもじゃないですか先輩」

「えっ? い、いやそういうあれじゃないぞ私達は! だいたいこの馬鹿が馬鹿なだけであってだな……!」

「馬鹿でいいから解放してください斑鳩殿ぉー! いだだだだだだ!」

「あ、すまん」

 

 そこでやっと優花里がヘッドロックから解放される。

 優花里は、もじゃもじゃとした頭をすりすりとさすった。

 

「ふぅ、やっと解放された……。で、聞きますが今回の戦い、どっちが勝つと思いますかまほ殿! エリカ殿!」

「急に聞いてきたなぁ秋山さん」

 

 まほは苦笑いをする。そして、まほはこれから戦場となる演習場を眺めた。

「そうだな……戦力はそれぞれ悪くない。まず在校生チームは∨号パンターにティーガーⅡ、IS2にチャーチルMKⅦ、そして卒業生チームはⅣ号H型にファイアフライ、T―34/85にヤークトティーガー、さらにそれぞれ戦力を拮抗させるためにお互いM4シャーマンが四台ずつ配備されている。ルールは殲滅戦だ。プロリーグの試合に形式を合わせたんだろうな」

「ちなみに在校生側は隊長車のパンターが梨華子、ティーガーが鈴、IS2に理沙でチャーチルにアールグレイ。卒業生側隊長車がⅣ号の美帆、ファイファフライが米田、T―34/85が歩場、ヤークトティーガーが甲斐路、シャーマンの一台に府頭間が乗ってるわね。卒業生側は美帆の乗員をそれぞれ車長に分けたみたい」

「なるほどなるほど……」

 

 優花里がまほとエリカの言葉を逐一メモに取る。

 

「戦場はオーソドックスな平原に森林地帯、湖畔、山岳、市街地と一通り存在しているわ。それぞれをどう使うかも注目すべき点ね」

「それと重要な点だが……」

 

 そこでまほが一つ溜めを作った。

 優花里と斑鳩が息を呑んで次の言葉を待つ。

 

「チーム名だ。在校生側が反乱軍チーム、卒業生側が帝国軍チームに別れた」

「は、はい……?」

 

 斑鳩が間抜けな声を出す。

 

「それ重要ですか……? てかなんです反乱軍と帝国軍て」

「重要に決まっている。ちなみにそのチーム名になったのは、これから東さん達が行くチームが東京エンパイアズで帝国とされ、帝国と戦うのは反乱軍こそがふさわしいという大切な話し合いの結果だ」

「その話し合いにかなり口出しましたよねまほさん……」

 

 エリカが苦笑いしながら言う。

 優花里と斑鳩もまた苦笑を浮かべていた。

 一方のまほはその全員のリアクションに不思議そうな顔をする。

 

「ふむ……弐瓶さんとかはノリノリで乗ってくれたんだが……」

「まああの子は……そんなことより、そろそろ始まりそうですよ」

 

 エリカの言葉で一同が演習場を向く。するとそこには、整列している美帆達一同の姿があった。

 

「よくわかったな。その……見えないのに」

 

 斑鳩が言葉に詰まりながら言う。すると、エリカはそんな斑鳩にクスリと笑って、言った。

 

「あの子達の声は聞き慣れていますから。……気になりますか? やっぱり」

「えっ……そりゃ、なあ……。その、あのことと、その後のことは人づてに聞いて知っているとはいえ、こうしてちゃんとお前と話すのは久しぶりだからな……私からは、色々と大変だっただろ……なんて、ありきたりなことしか言えない……すまない」

「いえ、いいんです。確かに、いっぱい辛いこともありましたし、今もこうして私の目に光は戻っていません。でも、それでもいいんです。その代わり、得たものも沢山ありますから……。それに、あの子が彼女と一緒に生きてって、言ってくれたんですもの……」

「あの子って……もしかして」

「ふふ、どうでしょう……ああ、ほら! そろそろ本当に始まりますよ!」

 

 エリカが指差すと、そこには礼をしている美帆達の姿があった。

 

「あっ! おい秋山! カメラカメラ!」

「ああはいはい! 分かってますって!」

 

 斑鳩は慌ててカバンからカメラを出し、それを美帆達に向けた。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「それでは、試合初め!」

 

 戦車道連盟により派遣された審判により、高らかに開始の合図が宣言され、空に花火が打ち上がる。

 

「パンツァーフォー!」

 

 美帆は戦車から上半身を出しながら、戦車隊に前進の合図を出した。

 彼女の乗るⅣ号を中心に横隊を組み戦車が前進していく。

 

「まずは市街地を目指します」

 

 美帆が指示を出す。

 

「平原から相手部隊に直進するのではなく、市街地を抜け迂回しつつ反乱軍に接近します」

「了解。しかし隊長、正面からの砲撃戦でも十分勝算はあるのでは? 練度では我らのほうが上です」

 

 府頭間が無線越しに言う。

「そうですね。しかし相手の指揮官は梨華子です。普通に正面からの戦いを挑むのはあまりよろしくありません。さらに、相手にはもう一人相手にしたくない子がいますからね……」

 

 美帆の部隊は難なく市街地に入り込む。市街地は入り組んでいるため、ファイアフライを先頭にして細い道を進んでいった。

 そして、美帆達の車両は細い道路を抜け、四車線の幅の広い道路に出る。

 

「さて、ここまでは順調にこれましたが……」

 

 美帆が周囲を確認しながら言う。

 そのときだった。

 美帆の部隊目掛けて砲撃が飛んできた。

 

「くっ! 敵襲!」

 

 砲撃は美帆達の車両にはぎりぎり当たらず、美帆達は車両を下げる。

 美帆が双眼鏡で確認すると、シャーマンが横一列になり、美帆達のいる場所を見下ろせる展望台から砲撃をしかけていた。

 

「嫌な予感はしたんですよ……全軍、後退しながら砲撃! 撃破までは考える必要はありません! 相手部隊を牽制しつつ、進路を転換! 別ルートから市街地を抜けます! ただし十分に注意すること! おそらく本命は私達を後方から奇襲しようとする部隊です!」

 

 美帆の指示通り戦車隊は丘の上にいるシャーマンに砲撃しながら後退していく。

 その砲撃はなかなかの精度があり、シャーマン隊を見事に牽制する。

 

「隊長! 後方から敵が来るとわかっているのに後方に逃げるのですか? 前進しながらでもシャーマンなら突破可能です。なんなら撃破も」

 

 甲斐路が聞く。

 美帆はそれに頷く。

「ええ、前方に逃げればそれこそ相手の思う壺、後方から相手に追撃される形になります。それよりかは、向かっていくる相手を迎え撃ったほうが相手の本命に打撃を与えることができます。後の先を取ります。……とは言え、あの子にはこれも読まれている可能性がありますが」

 美帆率いる帝国軍はシャーマンとの砲戦をしつつも下がっていく。

 そして部隊はシャーマンが見えなくなると完全に進路を転換し、ある程度の広さがある公園に出た。

 そしてその公園を抜け、別の大通りへと出ようとしたタイミングだった。

 激しい砲撃音が鳴り響いた。そして、帝国軍のシャーマンが突如奇襲を受け、二台撃破された。

 

「くっ! 予想より早い襲撃。この砲撃は……!」

 

 砲撃のあった方向に視線を向ける美帆。

 そこにあった車両は、チャーチルとIS2だった。

 

「やはり待ち構えていましたか……理沙!」

 

 

「ふむ、分析通り、ですわね」

 

 理沙が戦車の中で呟く。

 理沙の乗るIS2とアールグレイ二世の指揮するチャーチルは公園に飛び出してきた帝国軍に打撃を与え、そのまま砲撃を続けた。

 初撃以外はうまく仕留められず反撃をされたが、それでも理沙は冷静だった。

 

「見事ね。小娘の動向をここまで読むだなんて」

 

 アールグレイ二世が理沙を褒める。

 その手には紅茶の入ったティーカップが握られていた。

 

「戦いでもっとも肝要なのは情報、そしてそれに基づく分析ですわ。わたくしは二年間美帆さんの指揮の下戦ってきました。ですから、美帆さんの戦い方はこの私が一番良く分かっているつもりですの。ま、さすがにエリカ先生には負けますけどね」

「なるほど……あなた、少しおバカかと思っていましたけど、見直しましたわ。その優雅な戦い方……あなた聖グロリアーナに来る気はなくて? きっと聖グロリアーナの気風に合うと思うの」

「気持ちはうれしいですけどわたくしは大洗の生徒ですから。それに……」

「それに?」

 

 そこで一旦言葉を区切り、理沙は顔を赤くし悶々としながら言った。

 

「その……偏差値が足りなくて……」

「…………」

 

 アールグレイ二世はかける言葉が見当たらず、とりあえず紅茶を飲んだ。

 

「理沙は戦車道のときだけは頭のCPUすげー跳ね上がるのなー。それを勉強に生かせればもっといいのによぉ」

 

 無線越しから鈴が笑いながら言った。

 

「う、うるさいですわね! 勉強嫌いのあなたに言われたくありませんわ!」

 

 と、そこで美帆の部隊に動きが見えた。

 

「あら? 美帆さん、部隊を二つに分けましたわ? Ⅳ号にファイアフライ、それにヤークトティーガーとT―34/85、そしてそれぞれにシャーマン一台ずつ……わたくし達を挟撃するつもりかしら……。アールグレイさん、とりあえず美帆さんの乗っているⅣ号を追いますわよ。ここでⅣ号を仕留められれば、こちらはもう勝ったも同然ですの」

「わかったわ。もう片方の部隊は、後方からやってきているシャーマン四台に相手をさせればいいわね?」

「ええ、さすがアールグレイさん。わかっていましてね。それに、シャーマンの後から梨華子さんと鈴さんもすぐやってきます。撃破は問題ないでしょう。さあ美帆さん。ここでこのわたくしが引導を渡してあげますわ……!」

 

 そうして理沙とアールグレイ二世は美帆達を追うことにした。

 美帆達はそれぞれ狭い路地を進んでいっている。それを理沙のIS2が先頭になって追いかけた。

 IS2の砲塔が美帆達の後方にいるシャーマンを捉える。

 

「撃ちなさい!」

 

 IS2の砲塔から砲弾が飛ぶ。それは走行するシャーマンをギリギリ捉えられず、地面で炸裂する。

 

「くっ……ちょこまかと……!」

 

 砲撃がなかなか車両を捕まえることができず、理沙はいらつく。

 

「どこまで逃げるんですの? 美帆さん」

 

 そして、美帆達が路地の十字路を右に曲がった。

 

「なっ!?」

 

 理沙は驚愕した。

 美帆達が右に曲がった後に残された理沙達の正面の通路に、ヤークトティーガーが陣取っていたのだ。

 理沙が反応する隙を与えることなく、ファイアフライが火を噴く。

 それによって、理沙の乗るIS2は撃破された。

 

「理沙!? くっ、急速後退!」

 

 理沙のIS2のすぐ後ろにいたアールグレイ二世が指揮を飛ばす。だが――

 

「きゃあっ!?」

 

 突如横合いから砲撃をくらい、アールグレイ二世のチャーチルもまた白旗を上げた。

 そこにいたのは、T―34/85だった。

 

 

「うまくいきましたね」

 

 美帆は別行動していた甲斐路達と合流し言う。

 

「理沙は私の行動を分析して行動してくる。となれば、あそこで隊を分けたのは普段の私からすれば挟撃するという選択肢を取ると考えるはず。確かにそれは間違ってはいません。ですが、普通の挟撃ではなく、別れた部隊は別行動したと見せかけて、私達の後を追わせ、入り組んだ路地を利用しての合流および挟撃だという手を加えているちょっとしたことに彼女は気づけなかった。その過程でシャーマン一台が相手のシャーマン隊を牽制してくれたのも大きいですけどね。撃破されてしまいましたが。とにかく、データを過信しすぎなんですよ、彼女は」

「……隊長、次は?」

 

 歩場が美帆に尋ねる。

 

「はい。このまま私達はもうひとつの大通りを使って平原に抜けます。シャーマン隊が追撃しくるでしょうからそれは適時反撃、撃破してください。ただし深入りはしないこと。こちらはシャーマンが三台撃破され、数のうちでは負けています。そこには注意しましょう」

『了解!』

 

 全車から返答が返ってくる。

 美帆はそれにうなずきながら、先頭をきって進む。

 そして美帆車は何事もなく大通りを進み、平原へと出た。

 

「ふむ、追撃があると思っていましたが……こないとなると、一旦進路を変え平原で待ち構えようとしているのでしょうか。とにかく、私達はこの平原を進みます。恐らく指揮している梨華子の車両は、この平原の近くにいるはず。索敵しながら進みましょう」

 

 美帆達は再び横隊を組んで進む。

 美帆はいつ奇襲を受けてもいいように慎重に進んだが、平原を進行する間は敵の砲撃はなかった。

 そして、美帆達が森林地帯のすぐ横にさしかかったときだった。

 ポンッ! とどこからともなく音がした。かと思うと、空から複数の何かが落ちてきたかと思うと、それは白い煙幕を美帆車の周辺に噴出させた。

 

「スモーク弾!? もしかして戦車に迫撃砲くっつけて飛ばしてきたんですか!? 全車、警戒!」

 

 美帆はⅣ号を中心に防衛陣形を作りながら煙から逃れようと後退する。

 

「この作戦、タンカスロンで鍛えた梨華子の発案でしょうね……しかし、ここで煙幕を張ってなんの効果を狙って……?」

 

 美帆が訝しんでいると、煙の奥、森林地帯から履帯とエンジンの音が聞こえてきた。

 それはまっすぐと美帆達のほうへと向かってきているようだった。

 

「この音……ティーガーⅡ! ということは……!?」

 

 美帆が気づいたそのときだった。煙の中に、全速力で走ってくるティーガーⅡが、鈴が突撃してきた。

 

「やあやあ我こそは! 百華鈴! ここに推参! いざ尋常に勝負! ってかぁ!」

 

 鈴は美帆と同じく車体から上半身を出しながら一気に防衛陣形に食い込むと、近くにいた府頭間のシャーマンに肉薄し、砲撃、撃破した。

 

「府頭間車撃破されました! 申し訳ありませんなんのお役にも立てず!」

 

 無線越しから府頭間の声が美帆に飛んでくる。

 

「気にしないでください! 全車全速後退! 鈴と格闘戦をしてはいけません! 彼女との格闘戦では勝てる見込みは薄いです!」

 

 美帆達は一気に下がる。

 しかし、その後方から砲撃が飛んできた。

 

「シャーマン部隊! ここで来ましたか……!」

 

 後方では四台のシャーマンが美帆達に狙いを定めていた。さらに、そのシャーマンに加えパンターのもいいた。

 

「梨華子まで……どうやら、ここが正念場のようですね」

 

 美帆は無線に向かって叫ぶ。

 

「米田さん! 甲斐路さん! 後方は任せましたよ!」

「御意に」

「了解」

 

 米田と甲斐路がそれぞれ応え、後方に信地展開する。

 構図としてはⅣ号、T―34/85対ティーガーⅡ、そしてファイアフライ、ヤークトティーガー対シャーマン四台、パンターとなっていた。

 鈴は相変わらずぎりぎりに美帆達に肉薄し攻撃を仕掛ける。

 美帆と歩場はそれをなんとかして避ける。

 一方で、米田と甲斐路は遠距離からの撃ち合いをシャーマンと繰り広げていた。

 

「無理に撃破しようと考えるな! 釘付けにするだけでいい! 後は俺が全部やる!」

 

 鈴が無線に向かって大声で言う。

 その鈴の攻撃を、美帆達はかわすので精一杯だった。

 

「くっ、さすがやりますね鈴……ここで全車両を一人で撃破する予定なんでしょうね。……ならば!」

 

 美帆のⅣ号と歩場のT―34/85が、今までの逃げの戦いから一転、一気に鈴のティーガーⅡに向かっていく。

 

「おっ! やる気になったか!? ならこっちも全力で……!」

 

 鈴がまずは美帆とⅣ号に砲塔を向け、射撃する。

 それを、美帆はすんでのところで避けた。

 そしてその直後、次弾装填の隙をついて、なんとⅣ号とT―34/85がティーガーⅡを両方向から挟み込んだ。

 

「なっ!?」

「米田さん! 今です!」

「御意」

 鈴は正面を見る。するとそこには、白旗を上げるシャーマンを後方にし、鈴を狙ってくるファイアフライの姿があった。

「ま――」

「フォイア」

 

 米田のその言葉と同時にファイアフライから砲弾が飛ぶ。それにより、ティーガーⅡは直撃をくらい白旗を上げた。

 

「ぐへぇ! やられたぁ! あんな誤射してもおかしくない位置取りでよく撃てたなおい!」

「ふふっ、誰が正面からあなたと格闘戦をするものですか。それに、私は米田さん達を信頼してますからね。伊達に三年間一緒に戦ってません。さて、残るは梨華子のパンターのみです!」

 

 美帆のⅣ号と歩場のT―34/85が白旗を上げたティーガーⅡから離れ、向きを変えパンターのほうへと向く。

 だが、その瞬間だった。

 後方を向いていた米田のファイアフライが、パンターによって白旗を上げさせられた。

 

「ぐっ!?」

 

 さらにそれだけではない。パンターは距離を詰めつつ、甲斐路のヤークトティーガーに肉薄し、その側面から装甲を貫いた。

 

「がっ!?」

「こちら米田、さすがに後方を向けた状態では撃破されてしまいますね……申し訳ありません」

「こちら甲斐路、まさかあそこまで避けられるとは……すいません」

「一気にこちらの精鋭を二両も……さすが梨華子……」

「くすっ、さあ美帆さん、勝負です。いつだかの練習試合のように黒星をつけてあげますよ!」

「それはこちらの台詞です。いきますよ、歩場さん!」

「……了解」

 

 歩場は美帆の言葉に静かに答えた。

 そうして、二対一の接近戦が始まった。

 当然の如く、二両で戦う美帆達のほうが有利であった。

 だが、梨華子も負けてはいない。梨華子は乗員に巧みに指示を出し、二両の戦車の砲撃を避け続け、攻撃し続けた。

 梨華子は主に歩場だけを狙い続けた。

 それは、まず数を同等にするのが目的にあった。

 その意図に気づかない美帆ではない。美帆はその隙をつきパンターを撃破しようとする。

 だが、避けることをまず目的とした梨華子の車両になかなか当てられない。

 と、そこで梨華子の砲撃が歩場車の履帯を撃ち抜いた。

 

「くっ……」

「そこっ!」

 

 梨華子が砲塔を正確に歩場のT―34/85に向ける。

 もはや歩場車は、そこで敗北が決定した。

 だが、その歩場のあからさまな隙。それに梨華子は一瞬だけ違和感を抱いた。そして気づいた。

 

「しまった!? これは罠です!」

 

 梨華子が戦車を射撃することをやめ、それまでとは反対方向に戦車を動かそうとする。

 だが、その前に――

 

「気づきましたか。しかし残念。これでチェックメイトです」

 

 美帆のⅣ号が、パンターに接近し、装甲を吹き飛ばした。

 ここに、戦いの雌雄は決した。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「……ふむ。なるほど。わざと歩場に隙を作らせ、撃破できる状況を作らせることで、一瞬だけ梨華子の判断を鈍らせ、そこを隙として攻撃する……なかなか怖い手を撃つわね、美帆」

 

 観客席で逐一状況をまほから聞いていたエリカは、最後の決着の方法を聞いてそう言った。

 

「ああ、仲間との連携が完全に取れていなければ取れない手だ。面白い選手に育ったな、東さんは」

「ええ、だって私の自慢の教え子ですもの」

 

 まほに対し、エリカはそう言って微笑んだ。

 まほもまた、そのエリカに対し笑みを見せた。

 

「ああああああああああああああ! 凄い試合ですううううううううう!」

 

 そんな二人の背後で、優花里の雄叫びが突如聞こえてきた。

 

「うるせぇ! 秋山うるせぇ!」

「だってだって、どっちが勝ってもおかしくない凄い試合だったんですよおおお! ああ、戦車道はやっぱり最高ですううううう!」

「分かったから! 分かったからちゃんと撮ってったろうなお前!?」

「当然です! 試合の模様はちゃんとこのカメラに収めました!」

「ああよかった……記事書くのは私なんだから、撮るのまで駄目だったら私は頭抱えてたよ……」

「撮るのまで、とはどういうことですか斑鳩殿!」

「うるさい! こっちはいちいちお前の解説という名の喚き声の入った映像と向き合わなきゃいけないんだぞ! こっちの身にもなれバーカ!」

 

 優花里と斑鳩はそのようにして大きな声で話し合っていた。

 それを聞いたエリカとまほは、再び微笑み合う。

 

「斑鳩先輩、楽しそうですね」

「ああ。あいつも、自分の場所を見つけたんだな。……ま、それは私達にも言えるか」

「ええ。ああ、彼女達が帰ってきます。暖かく迎えてあげないと。私の居場所を作ってくれた、あの子のためにも」

 

 そうしてエリカとまほは観客席から立ち上がり、美帆達のもとへと向かった。

 美帆達の所につくと、美帆達はお互いの健闘を称え合っていた。

 

「いやあまさかあそこで騙されるとは……さすが美帆さんですね」

「いえ、梨華子も見事な指揮でした。正直、一対一だったら危なかったと思いますよ」

「そんなことないです。一対一でも、きっと私は負けていました……それほど、美帆さんと私には実力差がありますから」

 

 梨華子は少し悲しそうな笑みで美帆に言っていた。

 だが、すぐに表情をきりりとした笑顔にし、

 

「でも、すぐに追いつきます。待っていてください美帆さん。来年は、私が黒森峰を優勝に導きますから。まあ、私はタンカスロンが身にあっているのでプロ入りはちょっと考えていますが」

「ふふっ、あなたの実力でプロ入りしないのはもったいないです。梨華子がプロの道を選択するのを楽しみに待っていますよ。でも大洗は来年も強いですよ? ねえ、鈴」

 

 美帆はすぐ背後にいた鈴に話しかけた。

 すると鈴は、「ああ!」と言ってパチンと拳を手のひらに打ち付けた。

 

「もちろんさ! 梨華子には負けてらんねえ! 俺はまだまだ戦車道で活躍するんだからよ! そして俺もプロに行く! 美帆に負けたばっかでいられるかってんだ!」

「わたくしだって、負けたままで終わらす気はありませんわ。わたくしも同じ気持ちです」

「私がプロになるのはあなた達よりもさらに一年遅くなるけど、まあ真打ちは遅れて現れますもの。そのときまで首を洗って待っていなさい、小娘!」

 

 理沙とアールグレイ二世も続いて言った。

 そこには、将来の希望に満ち溢れた子供達の姿があった。

 

「いいものだな、エリカ」

「ええ、そうですね」

「あっ、エリカさん!」

 

 まほと頷き合うエリカに、美帆が気づきいの一番で飛んできた。そして、言った。

 

「エリカさん! 私の頑張り、聞いていてくれましたか!?」

「ええ、もちろん」

「良かった……私、エリカさんが聞いているならって思うと、いくらでも力が湧いてくるんです! ……エリカさん、これからも私も見守ってくれますか?」

「ふふ、当然じゃない。私はずっと見守るわよ。この命あり続けるかぎり、ずっとあなたと一緒にいることを誓いましょう」

 

 そう言って、エリカは美帆の頭を撫でる。すると美帆は、顔を赤くし、エリカを見た。

 

「……あの、エリカさん」

「うん?」

「……私、その、ご褒美が、欲しいです」

「……しょうがない子ね」

 

 エリカは美帆のその言葉を受けると、美帆の頬を優しく包み込み、そしてそのまま、自らの唇を美帆の唇と重ね合わせた。

 エリカと美帆は、長く長く口づけをした。

 その姿に、あるものは笑顔になり、あるものは顔を赤くし、あるものは声をあげて囃し立てた。

 ただ、そこに共通していたのは、その場にいる全員が、二人の関係を祝福してくれていることだった。

 エリカと美帆はやがて唇を話す。

 二人はとろんとした表情でお互いを見つめ合う。

 そして、美帆が言った。

 

「エリカさん……大好きです」

「ええ、美帆……私もよ」

 

 二人はそう言い合い、再び唇を重ねた。

 そんな二人を、夕日が暖かく照らし出した。二人から伸びる影は、そしてそれを見守る少女達から伸びる影はどこまでも続いていた。それは、まさに彼女達の夢の、未来への道筋のようだった。

 こうして美帆の、高校での最後の試合は幕を下ろした。

 これから彼女は新たな舞台で戦っていく。

 仲間達とともに気づいた架け橋で渡った、夢の舞台で。

 


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