【完結】光ささぬ暗闇の底で   作:御船アイ

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 今回のSSに出てくる新たなオリキャラ「百華鈴」と「二瓶理沙」は私の別の作品「あのハンバーグをもう一度」の第二部から登場するキャラクターです。
 読んでいなくとも問題ありませんが、もし興味がでたら読んでみてくれると嬉しいです。


シスターズ・アタック!

「えーと……」

 

 大洗にある大型デパート前、朝でありながら多くの人の雑踏でひしめき合う中で、東美帆は携帯を片手にキョロキョロとあたりを見渡していた。

 美帆は学園艦が暫く港に寄港するこの日、とある人物達と約束があって学園艦から降り、このショッピングモール前にやって来ていた。

 

「このあたりでよかったと思うのですが……」

「おーい美帆ー! こっちこっちー!」

 

 人々の声や車の音が合唱する中で、美帆の耳に大声で彼女の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 美帆はその声のした方向を見て、ぱぁっと顔を笑顔に染める。

 

「ああ、やっと見つけましたよ!」

 

 美帆は嬉しそうな声を上げてその方向へと走って行く。そこには、大きく手を振っている青い短髪の少女と、腰まで伸びる長い浅葱色の髪で片目を隠した笑顔の少女が立っていた。

 美帆はその二人の元に駆け寄ると、ペコリと頭を下げる。

 

「どうも遅れてすいません、鈴、理沙」

「いいーっていいーって。俺達も今来たところだし。なぁ理沙」

「ええ、そうですわね」

 

 鈴と理沙と呼ばれた少女は頭を下げた美帆に笑って返した。

 彼女らの名は百華鈴と二瓶理沙。

 青髪の少女の名が鈴で、浅葱色の髪の少女が理沙である。

 彼女らは美帆と同じ大洗の戦車道チームの隊員であった。鈴が副隊長を勤め、理沙が第一戦車隊の分隊長を務めている。美帆は全体を統括する隊長である。

 なぜ彼女らがデパートで集まったのかと言うと、今日は学園艦が港に寄港するのを利用して陸の上で買い物をしようと約束をしていたからである。

 美帆は副隊長である理沙と分隊長である理沙とプライベートでもとても仲良くしていた。美帆にとって大切な友人なのである。

 

「それではいきましょうか。今日はいろいろと買い込みますよ!」

「おっやる気だねぇ。ま、俺も色々と買いたいものがあるから同意だけどな!」

「せっかくの陸の上ですものねぇ。学園艦では手に入れづらいものも沢山ありますし楽しみですわね」

 

 美帆達はそんな会話をしながらデパートへと足を進める。

 そうして少女達の買い物が始まった。

 美帆も鈴も理沙も、それぞれ好きなところに行き様々なものを買い込んだ。食品コーナー、洋服コーナー、ゲーム売り場など、行った場所は多岐に渡る。

 そうして色々な物を見て回ると、時間はあっという間にお昼時となった。

 

「そろそろお昼ご飯にしましょうか」

 

 美帆のその一言で、一行はデパートにあるフードコートへと向かう。

 そしてそこでまた、彼女らはそれぞれ自分の好きなものを買ってテーブルへとついた。美帆はカレーライス、鈴はハンバーガー、理沙は蕎麦である。

 美帆達は食事をしながらも談笑を楽しんだ。

 最初の会話は普段の戦車道のことから始まり、そこから学校生活の話、話題のドラマやアニメについてなど、とりとめもなく女子高生らしい話をしていった。

 

「いやー梨華子も呼びたかったぜ。やっぱ学園艦が離れてると遊びづれえなぁ」

「梨華子さんとはまだ数回しか遊んだことはありませんがいい人ですよね。黒森峰の隊長さんとは思えません」

「あら美帆さん、それは黒森峰に対する偏見を持っているということですか? いけませんねぇ梨華子さんに伝えないと」

「えっ!? あっいや、そういうわけでは……!?」

「ぷっ……くっははははは!」

「くすくす……」

「あっ、からかいましたねもう……ふふふ」

 

 少女達の笑い声がフードコートに響く。とても和やかな雰囲気がそこに広がっていた。

 

 プルルルル……。

 

 と、そこでその笑い声の中に電子音が混ざる。

 

「おい美帆、携帯鳴ってんぞ」

「ああはい、分かってますよ」

 

 鳴っていたのは美帆の携帯だった。

 美帆は鞄から携帯を取り出す。そして、着信画面を見てそれまで笑顔だった表情をさらに明るくした。

 

「おお、誰かと思えば……!」

 

 美帆は大急ぎで電話に出る。

 

「もしもし、美帆です。お久しぶりですね、美魚(みな)!」

 美帆は電話の相手に嬉しそうな声色で話す。

 その美帆の姿を見て、鈴と理沙は顔を見合わせる。

 

「すっげぇ嬉しそう……」

「そうですわねぇ。相手は美魚さん……ですよね、美帆さんの妹の」

「ああそうだな。あいつ妹大好きだからなぁ……多分逸見先生の次か同じぐらいに」

 

 二人が顔を合わせながら話すもその話の内容は美帆には聞こえていないようだった。

 美帆は電話の向こうの相手――妹の美魚と嬉しそうに会話している。

 

「はい、はい……そうですね、ふふっ、ええそれで……えっ!? 本当ですか!? はい、大丈夫ですよ! はい! はい! それでは!」

 

 美帆は電話の途中で声を高らかに上げて電話を切った。

 鈴と理沙はそんな美帆をニヤニヤとした表情で見る。

 

「おいおいずいぶん嬉しそうじゃねぇか」

「ええまぁ……」

「何かいいことがあったのですか?」

 

 その言葉に、美帆は「はい!」と大きく頷いて、言った。

 

「妹がうちに来るんですよ!」

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「ふわぁ……」

 

 逸見エリカは一人家でくつろいでいた。

 今日は一緒に住んでいる美帆が友人達とショッピングに行っているため、一人で何もすることがなくゆっくりとしていたのだ。

 目の見えないエリカにとって、一人で暇を潰す手段はあまり多くない。

 元々趣味の少なかったエリカである。盲目になってからは編み物という趣味を見つけたが、それも夏場にはやりづらい趣味だった。

 美帆と出会う前の十二年間は一人で暮らしていたためそれも慣れていたが、美帆と暮らすようになってからは美帆との時間を共有するようになり、暇な時間は無いと行って良かった。それだけ充実していた時間を送っていたことになる。

 エリカは普段意外と美帆との生活に依存していたことに気づき、自嘲気味に笑った。

 

「まったく、もうちょっと趣味を見つけないとね……」

 

 エリカはそんなことを言いながら音楽でも聞こうと立ち上がる。

 そのときだった。

 

 ピロロロロ! ピロロロロ!

 

「あら電話? 誰からかしら」

 

 エリカは服のポケットから鮮やかな手つきで携帯を取り出し電話に出る。もう長い間目が見えない生活をしているため携帯に出るのも慣れたものである。

 

「はいもしもし逸見です……あっ、まほさん!?」

 

 どうやら電話の相手は元黒森峰の隊長でありエリカの先輩であった西住まほからのものだった。

 

「どうしたんですか突然? えっこっちにいる? へぇ……え!? うちに来たいって!? ええいいですよ! きっと美帆も喜びます! はい! はい! それでは!」

 

 エリカは笑顔で電話を切って元々入っていたポケットに戻す。

 

「ふふっ、きっと美帆も喜ぶわね……それにしてもまたまほさんに会えるのね……楽しみだわぁ」

 

 

「……どうしましょうか」

「……どうしようかしらね」

 

 その夜、美帆とエリカはテーブルに座り向い合って頭を抱えていた。

 理由は明白。美帆の妹とまほが明日来る予定が被ってしまったことである。

 

「まさか同じ日にこうして被るなんて……」

「こういうこともあるものなのね……」

 

 美帆とエリカは同時に「はぁ……」とため息をついた。

 

「……さすがにどちらかを断るわけにもいきませんよねぇ」

「そりゃそうでしょう。あなたの妹とまほさんよ。断れるわけがないじゃない」

「しかしお互い初対面の他人。大丈夫なんでしょうか」

「そうなのよねぇ……」

 

 美帆は携帯を取り出し写真フォルダから一枚の写真の画像を映し出す。

 そこには、美帆と一緒に笑顔で写っている長い黒髪の少女の姿が写っていた。

 

「ああ……この笑顔が曇る姿なんて私はみたくありません……!」

「私にはその子の姿を見ることができないけど、美帆が言うのなら本当に可愛い子なんでしょうね」

「もちろんです! 美魚は世界の至宝と言うべき可愛さを持つ私の最愛の妹です!」

 

 美帆はテーブルから立ち上がっていった。

 突然立ち上がった美帆にエリカが驚いた表情を浮かべたため、美帆は「あ、すいません……」と申し訳無さそうに席に戻った。

 

「あ、さすがにエリカさんには劣りますけどね。エリカさんは人類史に残る――」

「そういうのはいいから」

「あ、はい……。それにしても、やはり一緒にお出迎えするしかないでしょうね」

「そうねぇ……ちょっと大変そうだけど、頑張るしかないわね」

 

 美帆とエリカは再び声を合わせて「はぁ……」と溜息をついた。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「えーっと……」

 

 翌日の大洗学園艦の港との出入口。

 西住まほはメモを片手に並み居る学生の中立っていた。

 

「ここからのルートは……」

 

 まほは美帆とエリカの住んでいる家への道筋を確認しているところだった。まほは殆ど大洗学園艦を訪れたことがない。言うなれば初めての土地である。

 それゆえ、しっかりと道筋を確認する必要があった。

 とは言えまほももう三十を越すいい大人である。住所と道筋さえ分かればちゃんとその場所に辿り着ける自信はあった。それゆえ、美帆とエリカの迎えをあえてまほは断っていた。

 それは、自信があるとの同時に、美帆とエリカを驚かせたいという気持ちがあったからであった。

 

「うん、だいたい把握した。よし、行くか……」

 

 と、まほが完全に道を頭に入れていざ出発しようとしたところであった。

 

「おや?」

 

 学生の人混みの中に、まほはとある姿を見つけた。

 それは一人の少女だった。長い黒髪を風になびかせるその少女は、まわりの学生とさほど歳が変わらないようであったが、不安げな顔でその場をうろうろとしていたようであった。

 まほはその少女が気になり、声を掛けてみることにした。

 

「ねぇ、そこの君」

「は、はい!?」

 

 その少女は突然話しかけられて驚いたのか甲高い声を上げる。

 

「ああすまない。怪しい者じゃないんだ。どうにも落ち着かない様子だったからどうしたのかなと思って……」

「あ、あのその……」

 

 少女狼狽えながらもその小さな口を開く。

 

「私、実はこの学園艦に住んでいる姉を訪ねに来たんです。ただ、迎えよりも早く着いて驚かせようと思ったんですけど、いざ来てみると道がよく分からなくて……」

「なるほど……。じゃあ、こうしよう。お姉さんがそこに連れて行ってあげよう」

「えっ!? いいんですか!?」

 

 まほは驚く少女の言葉に笑顔で頷いた。

 

「ああ。私も似たような理由でここに来たが、こんな可愛い子を放っておいては気持ち悪いからね」

「あ、ありがとうございます!」

 

 その少女は大げさに頭を大きく振ってお辞儀した。まほはその姿を見てクスクスと笑う。

 

「ふふっ。良かった。じゃあ何か住所の分かるものは持っていたりするかい?」

「あっ、はい! お姉ちゃんから教えてもらった住所を書いた紙がここに!」

 

 まほはその少女から住所の書いてある紙を手渡される。

 そして、さてどこかとその紙を見たとき、まほは驚いた。

 

「あら? ここは……」

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「さて、そろそろまほさんの来る時間ですね」

 

 美帆は先ほどまでかけていた掃除機をしまいながら、時計を見てそう呟く。

 

「あら、もうそんな時間なの?」

「はい。まほさんは朝方に来るようですからね。そして妹が来るのはお昼ごろ。その時間帯になったら私は一旦部屋を出させてもらいます」

「そうね。初めての学園艦できっと分からないでしょうから。住所を渡していると言っても、まだ小学生には大変でしょうから」

 

 エリカは頷きながら言った。

 美帆とエリカの予定では、最初にまほを家に出迎えて、その後時間になったら美帆が妹のことを迎えに行くことになっていた。

 まほのいる中突然中座することになるが、まだ小学六年生である妹に広い学園艦が分かるとは思えない。そう思って、美帆は妹に迎えに行くと連絡していたのだ。

 

「美魚、まほさんとうまくやれるといいんですが……」

「きっと大丈夫よ。だってあなたの妹なんですもの」

 

 美帆とエリカがそんなことを喋っていると、ピンポーンと、部屋にチャイムが鳴り響いた。

 

「おっ、噂をすればですね。それでは出迎えてきます」

「はい。行ってらっしゃい」

 

 エリカは玄関に行く美帆に笑いかける。

 美帆もそれにまた笑顔で返し、玄関へと歩いて行った。

 

「はーい! 今出ます!」

 

 美帆は大声で玄関越しにいる相手に声を掛けて、扉を開く。すると――

 

「お姉ちゃーん!」

「うわっ!?」

 

 美帆は玄関の向こうの相手に突然飛び掛かられた。

 

「会いたかったよお姉ちゃん!」

「みっ、美魚ですか!? どうして!? まだ来る時間じゃなかったはずですが!?」

 

 その相手は、美帆の妹、東美魚であった。

 美帆は突然の妹の姿に驚く。

 

「えへへっ、お姉ちゃんを驚かせたくて」

「そうですか……それにしても、よく場所が分かりましたね?」

「うん! 親切なお姉さんが案内してくれたんだ!」

「親切な……?」

 

 美帆は美魚に抱きつかれたまま玄関の方を見る。そこには、落ち着いた服装の女性が立っていた。

 

「あ、あなたは……!」

「やあ東さん。以前エリカと一緒に私の店に来てくれたとき以来かな? 改めて、西住まほだ。よろしく」

 

 まほは美帆に笑いかける。

 美帆は二人が一緒にやって来たことに驚きながらも、コクリとまほに頭を下げた。

 

「あ、はい。よろしくお願いします……」

「美帆? どうしたの?」

 

 と、そこにエリカがやって来る。

 まほはエリカの姿を見ると、先程の笑みとは違った、優しい笑みを浮かべた。

 

「やあエリカ。久しぶり」

「その声は、まほさん? で、もう一人いるようだけれどもしかして……」

 

 エリカがそう言うと、美魚は美帆から離れ、ちょこんと立ってエリカに頭を下げた。

 

「初めまして。東美魚と言います。よろしくお願いします、えっと……逸見エリカさん!」

 

 こうして、二人の姉妹は無事美帆とエリカの家についたのであった。

 

 

「それでお姉ちゃんたらもう凄い剣幕でー」

「ちょ、ちょっと美魚、それ以上は……」

 

 二人が来訪してから数時間後、四人はくつろぎながら楽しげに談笑していた。

 美帆とエリカが椅子に座り、美魚とまほがソファーに座っている。

 今は、美魚による美帆の過去話に華が咲いていた。

 

「ええーいいじゃない、お姉ちゃんの格好いい話だよ?」

「そうだぞ東さん。格好いいじゃないか、喧嘩で女子が男子を倒した話だなんて」

「いや、私にとってはやはり黒歴史でして……」

「美帆もなかなか乱暴なところがあったのねぇ。ちょっと怖いわぁ」

「エ、エリカさん!?」

 

 美帆が狼狽しながらオロオロと立ち上がる。

 その姿を見て、三人は笑いが堪えられなかった。

 

「ははっ! お姉ちゃんたらもうー!」

「ふふっ……」

「くすくす……」

「あっ、そのこれは、あはは……」

 

 四人はとても和やかな雰囲気だった。最初に美帆とエリカが懸念していた、美魚とまほが仲良くできるかという問題は簡単に解決したようだった。

 その証拠に、美魚とまほは同じソファーでまるで親子のように寄り添い合っている。

 美帆はその光景に、心から安心していた。

 

「いやあでも美魚とまほさんがこんなに仲良くなってくれて、私は嬉しいですよ」

 

 美帆は椅子に座りながら言う。

 

「そうなのか?」

 

「はい。美魚は昔病弱であまり外に出られませんでしたから、家族以外と接することが少なかったんです。だから、ちゃんと人と話すことができるか不安で……」

「もうお姉ちゃんたら心配しすぎなんだよ! 私だってもう小学六年生なんだよ! ちゃんと人付き合いぐらいできます!」

 

 美魚はちょっと怒ったように腕を組んで言った。

 その姿に、美魚はたははと笑って頬をポリポリと掻く。

 

「そうですよね、美魚ももうすぐ中学生なんですから、それぐらいできて当然ですよね。うん私が過保護すぎましたかね」

「でも、そんなお姉ちゃんも好きだよ。私、お姉ちゃんが守ってくれたおかげでここまで元気になれたんだから」

「美魚……」

 

 美帆と美魚の間に暖かな空気が広がる。

 まほはその光景を穏やかな笑みで見つめ、エリカはその空気を見えずとも雰囲気で感じていた。

 そんなときだった。

 ゴォーン……と、壁に掛けられた時計が大きな音を立てた。

 見ると、時計の針は四時に差し掛かっていた。

 

「おや、もうこんな時間ですか。それでは、少し早いですが夕食の準備をしますね。お二人共、食べて行きませんか?」

「いいの!? わーいお姉ちゃんの手料理久しぶり!」

「ありがとう。せっかくだから食べさせてもらおうかな」

「ふふ、まほさん楽しみにしていてくださいね。美帆の料理は絶品ですから」

 

 得意げに言うエリカの言葉に、美帆は心から嬉しくなる。

 いつも料理を美味しいと言ってくれるエリカだが、他人の前でこうして言ってくれる機会は少なく、そのことは美帆にとってとても喜ばしいことだった。エリカからちゃんと評価されている。その事実だけで美帆は満たされるのだ。

 

「さて、では今日の料理は――」

「ああ待ってくれ東さん」

 

 美帆がいざ料理を作ろうと厨房に立ったそのとき、美帆のことをまほが呼び止めた。

 

「はい?」

「よかったら、一緒にカレーを作らないか? 東さんも好きだろう? カレー」

「え!? でもせっかくのお客様に料理させるなんて……」

「何気にすることはないさ。それに、東さんと一緒に料理がしたいというのが私の気持ちでもあるんだ。な、お願いだよ東さん」

 

 美帆が躊躇っていると、まほはふふっと笑って自信たっぷりに言った。

 その姿に、美帆は一種の諦めのような感情を抱いた。

 ここまで言われては断るのも失礼にあたるし、それにまほはカレースナックを経営している。その手腕を見せたいのもあるのだろう。そういうものだった。

 

「はい。では一緒に作りましょう! あ、でも材料がないから買ってこないと……」

「なら一緒に買いに行こう。二人でいろいろ相談しながら決めようじゃないか」

「は、はい! ではエリカさん、美魚、悪いですがお留守番をしてもらっていいでしょうか」

「ええいいわ。行ってらっしゃい」

「うん! 待ってるよお姉ちゃん!」

 

 エリカと美魚は二つ返事で了承した。

 こうして美帆とまほは二人で買い物に、エリカと美魚は留守番をすることとなった。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「まさかこうしてまほさんと一緒に買い物する日が来るなんて思ってもみませんでした」

 

 夕焼けの中、美帆とまほは片手に食材が詰まったビニール袋を持って歩いていた。

 二人は近場のスーパーで食材を色々と吟味して買い物し、今帰っているところだった。

 

「そうだね。私も君のような若い子と一緒にこうして料理の準備をするとはちょっと前まで考えてもいなかったよ」

「それにしても参考になりましたよ。やはり店を構えているプロは違いますねぇ」

 

 美帆は感心したように言った。

 その言葉に、まほは少し得意げな顔になる。

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 周りには自分の家に帰るであろう学生の姿や車の姿が多くあった。その人影のどれもが、どこか皆楽しそうな雰囲気があった。

 その中でも、美帆とまほの二人は格段だった。美帆は、心から今の状況を楽しんでいた。

 

「ふふっ……それにしても、あこがれの西住まほさんとこうして普通にお話できるようになるなんて、本当に夢みたいです」

「そうなのかい? だったら、エリカに感謝しないとな。私達を繋いでくれたのはエリカなんだから」

「はい! それはもちろん!」

 

 美帆が元気に応える。

 すると、まほはそれまで進めていた歩を少しだけ止めた。

 

「ん? まほさん?」

「……ねぇ東さん。今君は、エリカと一緒にいて幸せかい?」

「え?」

 

 突然のまほからの質問に、美帆は驚いた。まほの様子は先程とは少し違って、とても真面目な音色をした声だった。

 だが美帆は――

 

「はい、もちろん」

 

 と、殆ど合間無く応えた。

 

「……そうか。私はね、心のどこかでずっと引っかかっていたんだ。君が、エリカのことに……いや、エリカと私の妹とのことに、どこか負い目を感じてエリカと一緒にいるのではないか、とね」

「…………」

「君も知っての通り、エリカは私の妹と少しの間だが一緒にいた。だが、その妹は……」

「……はい。私のせいで」

 

 まほの妹、みほは美帆を助けるためにその命を落とした。そのことを、美帆はエリカ達当事者から聞いて知っていた。

 

「いや、私は君のせいだなんて思ってはいない。それは覚えておいてくれ。……ただ、やはり君がそのことを責任に感じて生きているのではないかと、ずっと思ってたんだ。だから、目の見えないエリカと一緒にいるんじゃないか、とね」

「……確かに、私はみほさんのことを責任に感じています。みほさんのように、人を助けて生きていけたらいいなと思っています。でも! ……でも、私がエリカさんと一緒にいるのは、私が、エリカさんのことを好きだからです。エリカさんと共に生きたいと思っているからです。そこには、何の後ろめたさもありません」

 

 美帆は静かに目を閉じ、穏やかな表情で言った。

 その美帆の肩に、まほはそっと手を置く。

 

「……まほさん」

「その言葉を聞いて安心したよ。私は過去に、彼女を傷つけてしまったことがある。だからきっと、私はエリカの側にはいられないんだと思った。でもこうして君が一緒にいてくれている。それは、とても素晴らしいことだと思う。……東さん。これからも、エリカのことをよろしく頼むよ」

「……はい! もちろん!」

 

 微笑むまほに、美帆はとびっきり明るい声で応えた。

 これからも一緒にエリカと生きていこう。美帆は改めて心にそう誓った。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「お姉ちゃん達、まだかなー」

「きっと色々吟味しているのよ。それだけ美味しいカレーが出来るってことだから我慢しなさい」

 

 エリカは美魚と一緒に美帆達のことを待っていた。

 二人はただその場に座って少し会話をする程度で、あまり一緒に何かをしようとはしていなかった。

 どうにも美魚はエリカに遠慮しているらしい。エリカはそのことを感じ取っていた。

 ――四人ならともかく、一対一の場である。目の見えない自分にどう接すればいいのかわからないのは仕方ない。

 エリカは長年の経験からそのことを理解していた。

 

「……逸見さんは」

「うん?」

 

 そんなことを考えていると、美魚がポツリと問いかけた。

 

「……逸見さんは、お姉ちゃんといて幸せ?」

 

 それはとても真剣な雰囲気がする質問だった。

 エリカはその質問に、

 

「……ええ、もちろんよ」

 

 落ち着いた声で、しかしすぐさま返答した。

 

「……そっか。良かったです」

 

 美魚はエリカのその答えを聞いてほっとしたような表情を浮かべる。

 

「あら? どうして?」

「うーん……その、怒らないで聞いてくれます?」

 

 美魚は恐る恐ると言った様子で聞いた。

 

「ええ」

 

 エリカはそれに何も問題無しとわかりやすい声色で応える。

 それに安心したのか、美魚はゆっくりと話し始める。

 

「えっと……お姉ちゃんと一緒にいるなら知ってるでしょうけど、お姉ちゃんて人助けのためならかなり無茶をする性格じゃないですか。だから、もしかしたら逸見さんと一緒にいるのもどこか無理をしているんじゃないかって……逸見さんはそれを知って、逸見さんも無理してお姉ちゃんに合わせているんじゃないかって、そう思ったんです」

「なるほどね……」

 

 エリカはそれを当然のことだと思った。

 美魚の言うとおり、美帆は他人のためならどんな無茶も厭わない性格である。それゆえ、エリカのことも無理し、エリカもまたそれに合わせているのではないか、と考えるのは美帆と長く一緒にいる人間なら思いつくことだろうと思った。

 

「……でも、違うんですよね。逸見さんは、お姉ちゃんといて幸せなんですよね」

「……ええ、もちろん」

 

 エリカはゆっくりと頷いた。

 

「私は彼女に救ってもらったもの。最初は戸惑った。でも、いつしか美帆という人間が好きになっていった。そして、美帆は過去に囚われていた私を開放していくれた。おかげで今こうして、新しい人生を歩めている。だから私は、美帆が好き。美帆と一緒にいて、幸せなの。きっと、お互い心からそう思っていると、私は信じているわ」

「……よかった」

 

 エリカの語る言葉に、美魚は静かに応える。そこには、年齢以上の落ち着きがあるようにエリカには思えた。

 美帆の妹らしい、エリカはそう思った。

 

「ねぇ逸見さん! 私も『エリカさん』って呼んでいいですか?」

「えっ? いいけど……」

「ありがとうございます! 私も、さっきの言葉を聞いて、今日一緒にいて、お姉ちゃんの気持ちがちょっとだけ分かったから! だから私もエリカさんて呼ばせてもらいますね、エリカさん!」

 

 美魚は満面の笑みで言った。

 エリカもまた、それに優しい顔で返す。

 そこで、ガチャリと玄関の扉が開く音が聞こえた。

 

「ただいまー」

「ただいま帰った」

「あ! お帰りお姉ちゃん! お姉さん!」

「おかえりなさい、美帆、まほさん」

 

 美帆とまほが家に帰ってきたのだ。二人はビニール袋を台所に置くと、エリカ達の所に寄ってくる。

 

「いやーいろいろと料理に関する話し合いが熱くなっちゃって……遅れました」

「いえいえいいのよ。私達もゆっくりと待ってたから。ねぇ美魚ちゃん?」

「うん、エリカさん!」

「エリカさん……? 美魚、今エリカさんのこと名前で?」

 

 エリカを名前で呼ぶ美魚に、美帆は少しびっくりした表情をした。

 

「うん! 私もお姉ちゃんみたいにエリカさんと仲良くなりたくて、ね!」

「へぇ……いいですね。でも、エリカさんは渡しませんよ?」

「えへへ、分かってるよぉ」

「ふふ、まったく美帆ったら」

 

 美帆の言葉に美魚とエリカが笑う。だがまほは少しだけ苦笑いをしていた。まほは、美帆の言葉から妹相手にも少し本気の声色をしていたことを見抜いていたのだ。

 なので、まほはエリカにゆっくり近づき、ポンと肩を叩く。

 

「エリカ……頑張れよ」

「え? 頑張れって一体それは……」

「さぁ! さっそくカレーを作りましょうか! ではご教授おねがいしますよ、まほさん!」

「ああ、任せろ」

「ちょっと待って下さいまほさん!? 一体どういう意味なんです!? まほさん!?」

 

 こうして慌ただしくも夕食作りが始まった。

 四人の団欒はその日の夜が更けるまで、まだまだ続く。

 


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