本編を読んでいることが前提であり、本編の展開に満足された方は蛇足気味に感じてしまう可能性があります。
また、オリジナルキャラクターと原作のキャラクターが結ばれる展開となっておりますので、苦手な方はご気をつけ下さい。
なお、本編終了後にこちらのIFルートのアフター展開を連載する予定です。
次の瞬間、エリカの体に計り知れない衝撃が加わり、高く空へと舞った。
時間も止まりそうな静寂の中、不思議な浮遊感を味わいながらエリカは考える。
何故、私はここまでして彼女を助けたかったのだろう? まだ会って一ヶ月ほどしか経っていない、彼女のことを。エリカの頭の中で、一瞬にして今までの出来事が流れてくる。熱心に戦車道のことを聞いてくる美帆、献身的にエリカの世話をしてくれる美帆、エリカに笑い声を聞かせてくれる美帆……。そこで、エリカは気がついた。
ああ、私にとって美帆はもう、大切な人の一人になっていたんだ。みほと同じくらいに、かけがえのない存在に……。
◇◆◇◆◇
「……ここはどこ?」
エリカは、いつの間にか知らない空間に立っていた。そこは、一面が光で埋め尽くされ、壁どころか地面すら見えない、おかしな空間だった。
エリカは、その空間の中にプカプカと浮いている。一目でおかしな状況と分かるが、それ以上にエリカには気にかかることがあった。それは――
「私、目が見えてる……?」
そう、かつて視力を失い闇に包まれたはずの目が、その異様な空間を映し込んでいるのだ。
いったい何がどういうことなのかと混乱してると、光の中から一つの人影が近づいてきた。
エリカは一体何かと警戒する。しかし、その人影がエリカの目の前まで寄ってきたとき、エリカは驚き目を見開いた。そこにいたのは、なんと――
「み、みほ……?」
そう、そこにいたのは、エリカのかつての想い人、西住みほだった。 みほは困ったような笑顔を浮かべ、エリカを見ている。そして、
『久しぶりだね、エリカさん』
と、聞き間違えるはずもない、あの声でエリカに語りかけてきた。
「みほ? 本当にみほなの!?」
『うん……そうだよ』
エリカは嬉しさのあまり、みほに抱きつこうとする。しかし、みほはそれを片手を突き出し止めた。
『駄目! ……エリカさん、駄目だよ』
「どうして!? やっと会えたのに!?」
『エリカさんは、まだこっちに来ちゃだめ。エリカさんを、待ってる人がいるでしょ?』
「私を待ってる人って……」
そこで、エリカの頭に一人の少女の姿が浮かぶ――姿というのは、エリカがあくまできっとこんな姿なんだろうなと想像している姿であって、実際に見た姿というわけではないが。
とにかく、エリカには一人思い当たる少女がいた。
「美帆……」
『そ、美帆ちゃん。私と同じ名前の、女の子。エリカさんは、その子のところに行ってあげて』
「……でも、私は」
『エリカさんは今までずっと私を待ってくれていたんだよね、ありがとう。でも、もういいの。その気持ちだけで、私はとっても嬉しい。だから、エリカさんはもう私にとらわれないで、エリカさんの人生を歩んで』
どこか心配になる、だが優しさに満ちた笑顔をみほはエリカに向けた。そのみほの言葉が、エリカの胸に響く。
「……みほ。分かったわ。でも、最後に一言、言わせて欲しいの」
『……何? エリカさん』
そこでエリカは、すぅっと息を吸い込み、そして、きっとみほを見据えて、はっきりとした声で言った。
「私、逸見エリカは! あなた、西住みほのことが……好き、でした!」
『……うん、ありがとうエリカさん。私も、好きだったよ』
みほは静かに涙を流した。とてもまぶしい笑顔を浮かべながら、一筋の涙を。
「ん……んんん」
エリカはふかふかとしながらも、どこか固めな感触に包まれながら目を覚ました。この感触には覚えがある。これは、病院のベッドだ。
どうやら自分は病院に運ばれたらしい。その経緯を考えるために頭を働かせて、自分がトラックに轢かれたことを思い出した。
「そうか、私……そうだ、美帆は!?」
と、そこで、エリカは自分の片手が誰かに握られていることに気がついた。そして、すぅすぅと寝息が聞こえてくることも。
エリカは自分の手を握っている人物の顔を手で確かめる。
「……美帆?」
その触った感触で、自分の手を握っているのは美帆だとエリカは気がついた。
そして、エリカが触れたことで、美帆は「むにゃ……」とゆっくりと覚醒し始めた。
「ん……あ、エリカさん! 目が覚めたんですね!? 大丈夫ですか!?」
「ええ……私は大丈夫よ。あなたこそ、ずっと私に付き添ってくれていたの?」
「はい……エリカさんのことが心配で、私……」
と、そこで美帆ははっとした様子でエリカの手から自分の手を離した。
「す、すいません! 私なんかが、エリカさんの側にいる価値なんてないですよね……変な癇癪起こして、怪我までさせて、だから、私、もうこれっきり、エリカさんには関わらないようにします。それが、きっとお互いのためですから」
そう言って、美帆は病室から出ていこうとする。だが、エリカはその気配をいち早く察知し、素早く美帆の腕を握った。なぜだか、美帆の腕が見えた気がした。
「エリカさん……?」
「ねぇ美帆、聞いて。私、確かに大切な人を待ってるって言ったわよね」
「はい……だから、私は」
「でもね……今の私にとって、あなたは、その人以上に大切な人になったの。ずっと一緒にいたい……心からそう思ってるわ」
その言葉に、美帆は出ていこうとした体を止め、ゆっくりとエリカの方向に向き直った。
「エ、エリカさん……それって」
「いいえ、もっとはっきり言ったほうがいいわね。……聞きなさい、東美帆。私、逸見エリカは、あなたのことが、好き。女性として、あなたのことを、愛しています」
その瞬間、美帆の瞳からどっと涙が溢れだした。やはりエリカには、その光景が見えている気がした。美帆は顔をくしゃくしゃにしながら、
「私もです……エリカさん……エリカさぁん!」
と、エリカの名を叫びながら、エリカに抱きついた。
エリカもまた、力強く、美帆の体を抱き返した。
◇◆◇◆◇
――三年後。
『大洗女子学園の勝利!』
全国戦車道大会の決勝の勝利者を告げる審判の音声が、高らかに響いた。
その宣言とともに、キューポラから頭を出していた少女が「やったー!」と両手で握りこぶしを作ってガッツポーズを取り、勝利を喜んだ。
大洗女子学園の隊長となった、美帆である。美帆は彼女に駆け寄る大勢の他の女生徒達にもみくちゃにされながら、仲間たちと共に勝利を祝った。
そんな姿を、遠くの観客席から『聴』いている姿がった。それは他の誰でもないエリカだった。
エリカは美帆の勝利を確認すると、静かに「ふふっ」と笑いをこぼした。
そんなエリカの背後に、人影が近寄ってくる。
「どうやら勝ったようだな、エリカ」
「その声は……隊長?」
声の主は、かつてのエリカにとっての隊長であり、今は日本戦車道の星、西住まほだった。
「どうしてこんなところに……」
「いやなに、お前が手塩にかけた生徒が大洗で隊長をやっていると聞いてな。もしやと思い来てみれば、お前がいたのさ」
エリカは立ち上がり、まほの方へと体を向ける。まほとは、最後に喧嘩別れをしてしまった。だから、いつか仲直りをしたいと思っていた。
今が、きっとそのときだ。これは、きっと神さまがくれたチャンスなのだ。
「あの隊長、あのときは――」
「あのときは、すまなかった!」
エリカが謝るよりも先に、まほが深々とエリカに頭を下げた。エリカはその姿が直接見えたわけではないが、まほが頭を下げていることはすぐに分かった。
「隊長……」
「私は、お前の気持ちを考えずに酷いことを言ってしまった。すまない。ずっと謝りたかったんだ」
「……私もですよ、隊長。私も、もっと冷静になってあなたと話し合えばよかったんです」
二人の間を沈黙が支配する。だがその沈黙は決して不快なものではなく、互いが互いを許し合う、不思議と心地良い沈黙だった。
「……隊長、顔を上げて下さい。私達、これからやり直すことができるはずです」
「……ああ、そうだな」
エリカに言われ頭をあげたまほの前に、手が差し出される。その意をすぐに理解したまほは、がっちりとその手を握った。まほとエリカの、厚い厚い握手だった。
どれくらいそうしていただろう。二人は示し合わせたわけでもなく、自然と互いの手を離した。
「それにしても、まさかお前が育て上げた少女の名が美帆とはな……」
「はい。私の、かけがえのない人です」
恥ずかしげもなく堂々と言うエリカにまほは一瞬驚いたが、すぐさま柔和な笑顔を浮かべ「そうか」と軽く頷いた。
「なら、今度二人で一緒に私のところにこい。実はそろそろ選手を引退してカレースナックでも開こうかと考えていてな。その客第一号になって欲しい」
「はい……ぜひ行かせて頂きます、隊長」
「ふっ……ありがとうな。ではそろそろ、私は行かせてもらうよ」
そう言って、まほはエリカに背を向け、歩きはじめる。が、少し歩いたところで再び振り向き、こう言った。
「あ、そうそう。もう隊長というのはやめろ。もう何年前の話だと思ってるんだ」
「それもそうですね。それでは、また。まほさん」
「ああ、エリカ」
そして今度こそ、まほは去っていった。エリカは、見えない目でその後姿でまほのことを『視』続けた。
「エリカさぁーん!」
と、そんなエリカの背後から、元気そうな声が聞こえてきた。美帆だ。美帆はエリカ目掛けて勢い良く走ってくる。エリカは両手を広げ、美帆を受け止めた。
「おっと!」
「勝ちました! 勝ちましたよエリカさん!」
「ええ、そうね。『視』てたわよ、ちゃんと。あなたの姿を」
エリカは自分の手の中ではにかむ少女の顔を『視』ながら言った。
実はエリカが美帆に思いを伝えたあの日以来、不思議なことが起こったのだ。何故か、美帆のことだけは、見えないはずのエリカの目が、彼女を『視』ることができるようになったのだ。『視』ることができるのは美帆だけだった。それを医者に言うと、医者もまったく原因が分からず研究させて欲しいと言われたが、エリカは丁重に断った。
きっとこれはみほがくれた贈り物なのだと、エリカは思った。新たな人生を歩み始めた、エリカへの。
だから今のエリカには、美帆の顔も、体つきも、しっかりと分かった。
「これでプロリーグ入りは間違いなしですかね!」
「そうね、一体どこからスカウトが来るかわからないけど……あなたが行くなら、私はどこだってついていくわ」
エリカにはもう学園艦にこだわる理由はない。だから、エリカは美帆の行くところにどこまでも着いていこう。そう決めていた。
「あっ、隊長―! 逸見先生―!」
二人を呼ぶ声がする。他の大洗の生徒達だった。エリカは美帆のついでと、他の大洗の生徒にも戦車道について教えていた。そうしていると、いつの間にかエリカは先生と慕われるようになっていた。
「二人とも、これから写真をとるから早く来てくださいよー! あっもちろんお二人が中心ですからね」
「はいはい、わかったわかった」
エリカと美帆は互いに手をつなぎあいながら、すでに写真を撮るために並んでいる生徒達の元へと向かった。
そして、その列の中央へと座り込む。
「はい、それじゃあ撮りますよー」
写真屋が気の抜けた声で合図を送る。そのとき、
「エリカさん……」
「美帆……」
エリカと美帆は二人で見つめ合い、そして、写真のフラッシュが焚かれた瞬間、二人は、完璧なタイミングで、お互いの唇を重ねあわせた。