過去森峰の話   作:725404

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大会、始まります!

熱気が黒森峰に渦巻く。熱にあてられる。中舎もその1人だった。朝のコーヒーで覚醒した。冴えた頭で資料室へ向かう。途中で鍵を風紀委員の管理棟から借りる。

 昨日の練習試合の資料を貰う――地形図/無線の全内容/昇降用ステップに取り付けたカメラの記録。

 全て持ち出し厳禁。資料室の予備倉庫で作業したいと風紀委員に告げる。顔をしかめている。腰の無線で管理棟と連絡を取る。名前を尋ねられる。フルネームで答える。許可が下りる。

 

「F301まで着いて行く。変なことはしないで」

「分かってるわ。面倒をかけてごめんさい」

 

 中舎は笑みを浮かべる。風紀委員は鍵を閉めて中舎を先導する。中舎はついていく。F301の鍵を開ける。

 

「ここで待ってるから、椅子があると嬉しいんだけど」

 

 風紀委員はサッシに身体を預けている。ため息をついている。中舎は笑みを崩さない。崩れない。デオドラント剤の甘い匂いに苛つかない。

 部屋からパイプ椅子を出す。廊下に出す。「ありがとう」と聞こえる。中舎は答える前に扉を閉めた。時間がもったいなかった。部屋の外で舌打ちが聞こえる。

 大きなデスクが部屋の真ん中に鎮座している。埃まみれ。窓際の水道をひねって雑巾を濡らす。しぼる。丁寧にデスクを拭う。埃は層になっている。教室全体も埃っぽい。換気扇を回す前にくしゃみがでる。

 綺麗になったデスクに資料を置く。ノートパソコンをコンセントに繋ぐ。資料製作用のA4用紙をデスクから引っ張り出す。メインの資料室と違い、滅多に開けられることのない戸棚。立て付けが悪い。用紙は黄ばんでいない――中舎の仕事。要らなくなった紙は中舎が勉強するために使っている。

 綺麗にしたデスク。誰も見ていない狭い部屋。大きなデスク。自分だけが受け持つ仕事。

 まるで中舎専用オフィスだった。気分は良かった――戦車に乗れなくても。

 パソコンで昨日の試合模様を見る。昨日の興奮が蘇ってくる。胸の鼓動が高まる。目をしばたたかせる。身体を揺り動かしたくなる。居ても立ってもいられなくなる。

 バッグの中から水の入ったペットボトルを取り出す。少しだけ口に含む。落ち着いて深呼吸。仕事を始める。

 パソコンは中舎の私物ではない。パソコンには業務のためにソフトが入っている。戦譜はソフトで作る。

 地形図/無線/映像――交互に見比べる。ソフトで戦車の種類と位置を設定する。地形図をパソコンに入れれば、自動で図の上に戦車が載る。

 使うのは初めてではなかった。今年度から始めた仕事の1つに戦譜のデジタル化があった。昔の戦譜を同じ要領でパソコンに落とし込んだ。一度覚えてしまえば、考えることは少ない。眠くなった――今までは。

 今回は昨日の試合だ。興奮がまだ残っている。記憶が中舎の眠気を吹き飛ばす。1人でパソコンに向き合う。

 無線は指示内容の確認に必要だった。状況の進行に合わせて、全て文章に起こす。誰が喋っているかも注釈をつける。全体の目的が無線と地形図を突き合わせると浮かび上がってくる。

 戦車の性能を利用して袋叩きにするつもりだったように見える――中舎の考え。それを書く欄は存在しない。評価は隊長/副隊長がする。中舎はひたすら事実を書き出していく。

 全て書き起こした後に確認のためにもう一度聞き直す。西住みほ副隊長の声が耳元でささやく。目がチカチカする。興奮で手に汗をかく。何度も再生と停止を繰り返す。

 ひらめき――

 音声ファイル全部をメールに送付して自分のパソコンに送りつける。送信フォルダからメールを消す。ゴミ箱の中も確認する。メールを送ったことを隠す。

 中舎の首を汗がつたう。初夏が迫っている。密閉した部屋の空気は淀んでいる。換気扇は音が大きいだけ。部屋には中舎しかいない。外の風紀委員は椅子に座っているだけ。

 戦譜の改ざんすらできそうな状態だった。

 パソコンのバッテリーが熱くなっている。中舎の手汗がキーボードを濡らす。首すじに汗が伝う。換気扇の音がしている。埃が教室に舞う。棚の古い戦譜から乾いた匂いが漂っている。

 仕事は戦譜の作成。中舎は黙ってパソコンに向き合う。熱気が中舎をかき乱す。

 

 

 **

 

 

 みほはリュックサックに財布とタオル、小物入れと色んなものを詰め込んでいた。化粧はいつもより凝っていた。リップクリーム。クリアマスカラでまつげをカール。アイシャドウは引かない。華美すぎれば、副隊長としてふさわしくない。隊長/副隊長は黒森峰の看板を背負っている。

 今日は戦車道全国高校生大会の抽選会だった。黒森峰学園艦は横浜港へ停泊。埼玉の会場まで一部の生徒が足を運んだ。バスの予約はみほの仕事だった。人数を確認して一週間前に済ませてあった。副隊長としての仕事。

 継続高校との練習試合が終わってから、みほは副隊長としての仕事を多く任せることになっていた。今までは序の口だったと思い知らされた。副隊長の仕事は雑用が多かった。苦労は倍になった。苦労している人たちを知ることも多くなった。隊長/副隊長で手が回らない雑用を行なっている生徒たちのことを知った。

 黒森峰の10連覇のために仕事をしている人たちは多かった。戦車に乗って戦うのはごく一部だと知った。練習場を掃除している人たちのことを知った。倉庫の管理のために毎日朝から仕事をしている人を知った。戦車の部品発注のために毎週末ヘリで陸に戻っている人を知った。

 みな、黒森峰のために働いていた。努力は全て黒森峰のためだった。献身的に働くことが黒森峰のためと心得ていた。そんな人たちが黒森峰を支えていると知った。

 みほも副隊長として働いた。練習試合を組んだ。練習メニューを決める会議には毎回参加した。練習後の反省に関するレポートは全て目を通した。機甲科の全メンバーの動向を把握した。誰が試合に出るのにふさわしいか隊長と精査した。

 そうしてみほは今日を迎えた。優勝への道。努力が報われるかもしれない最初の一歩。

 抽選会場はごった返していた。黒森峰だけで100人近いメンバーが顔を出していた。他の学校も同じくらいの人数連れて来ていた。会場はすし詰め状態。わざわざ明かりを落としてある。壇上だけが照らされている。

 隊長――まほが壇上に上がる。他校の生徒の歓声。大会委員の一声で静まる。ざわめきは残る。まほが一歩前へ出る。抽選のカードを手に取る。

 

「黒森峰女学園、3番!」

 

 大会委員が高らかに宣言。まほは手を高くあげる。3番のカードを光に晒す。番号は関係ない。引いたこと自体が歓声へ結びつく。黒森峰10連覇まではもうすぐだ。

 4番のコアラの森学園も盛り上がっている。コアラの森はどこと当たることになっても、盛り上がっていたに違いない。隊長の肩に乗ったコアラがまほと同じように手を挙げている。

 抽選会はそうして全出場校が番号を引いて終わった。終わってみれば、あっさりとしていた。午前中で抽選は終わった。それから1日すっぽり時間が空いた。

 

「黒森峰生に連絡する。これから20時まで自由行動とする。仕事が残っている者以外は自由にしていい。20時には学園艦に全員戻っていること。20時に学園艦に着くのではなく、20時には全員が帰っているようにすること。以上」

 

 まほは会場を出て一番に全員を集めた。会場を後にする学生たちはまだ多くなかった。すぐに連絡事項だけ済ませた。一箇所に固まっていると邪魔だった。

 黒森峰生たちは友達同士で集まった。事前に地図と頭をつき合わせて考えていた休日を満喫しようとしていた。みほはあっという間に孤立した。みんな、仲間だけど友だちではなかった。

 学園艦の外。見渡すと他校の生徒も集まって遊ぶ予定を立てていた。F-1のメンバーも集まっていた。みんな固まっていた。みほはすぐに離れた。周りを喧騒が包む。みほは下を向く。周りを見たくなかった。

 人混みから離れる。バスの時刻を確認する。学園艦に帰るのは20時まで。今から帰っても誰にも文句は言われない。

 バス停はすぐ近くだった。つま先を見ながら歩く。安全靴が音をたてる。音に集中する。周りを意識から追い出そうとする。そのせいで、肩を触られるまで声をかけられていることに気づかなかった。

 

「みほ、待って」

 

 姉の声。振り返る。まほが立っている。手には地図を持っている。ふせんが貼ってある。握りしめて皺ができている。

 

「隊長……」

「今日は休日で、練習もない。隊長と呼ばなくていい」

 久しぶりに見る優しい笑みだった。姉の笑みだった。

「お姉ちゃん」

 

 口にするのが懐かしい。口元に手をあてる。もう一度口にする。今度は確かめるように。もう一度。今度は呼びかけるために。

 

「何度も呼ばなくていい」

 

 まほの口元が緩む。

 

「お姉ちゃん、どうしてここに?」

「せっかくの休日だ。みほと過ごしたくて」

 

 だからこれを用意したんだ、とまほは続けた。

 まほの手には新書サイズの地図帳。ふせんのページを開く。

 

「カフェ?」

「マカロンが置いてあるらしいぞ。きっと美味しい。……どうだ、わたしと一緒に行かないか?」

 

 まほがみほの手を取る。みほはまほの目を見る。まほと目が合う。

 

「うん」

 

 みほはまほの手を握り返す。遠くの喧騒が意識の外へ飛んで、消える。

 

 

 **

 

 

 ディナーを寮で食べないのは久しぶりだった。親からの仕送りを使う暇もなかった。奮発して予約しておいた中華料理は格別だった。久しぶりの休暇は格別だった。新しく出来た友だちとの食事は格別だった。ふかひれスープは濃厚だった。友だちと分け合ったあんかけ焼きそばは美味しかった。抑圧されていたからこそ、たまの休暇は格別だった。

 寮に帰って明日の用意をするのが嫌になることはなかった。辛い練習が嫌になることはなかった。苦しさも辛さも優勝で吹き飛ぶことを知っていた。練習試合の勝利が頭の中に残っていた。

 部屋の明かりはついていた。同室の先輩は既に戻っていた。時刻は19時40分。辺りはすでに暗くなっていた。街灯の支柱に刻まれたレリーフが月光に浮かんでいた。

 

「お疲れ様です」

「お疲れ様」

 

 部屋には中舎が既に戻っていた。赤星は頭を軽く下げる。中舎は赤星を見ていない。デスクの上に置いた鏡を眺めている。髪の毛を触っている。

 赤星は荷物を置いて、改めて中舎を見る。思わず声が出る。ベッドに座り込む。後ろ姿を見つめる。

 

「どうかしら?」

「どうって……それは」

「いいでしょう? 隊長と副隊長に髪型を合わせてみたの」

 

 中舎の長い髪の毛が切られていた。耳は隠れている。中舎が赤星に向きなおる。ヘアピンで押さえられていた前髪もなくなっている。眉の下で切られている。妙に長い横髪が主張している。頭を揺らすたびに髪の毛が揺れている。

 

「隊長の横ハネは癖毛なのかしら。さっきから整えようとしても、上手くハネないのよね。ヘアスプレーで固めてみようかしら」

 

 中舎は毛先をくるくると弄んでいる。赤星は言葉が出ない。喉を鳴らす。かろうじて言葉が出てくる。

 

「多分、ヘアスプレーしたら風紀委員に文句言われますよ」

 

 本当にどうでもいいことだった。中舎はそうね、と頷いた。まだ髪を触っていた。笑っていた。楽しそうにしていた。赤星にかける言葉はなかった。

 

 

 **

 

 

 大会は順調に勝ち進んでいった――

 最初の一ヶ月。夏の匂いが濃厚さを増していく。練習の熱も苛烈になる。グループメンバーは毎日変わっていく。練習によって評価されたメンバーが次々にFグループに加入していく。その分、Fグループから移動する子も現れる。仕方ない。勝利のために選ばれない子が現れるのは当然だった。

 赤星はF-1にしがみついていた。必死で練習に追いついた。練習後の反省が重要だということを知っていた。

 1回戦、2回戦は3年生が主体だった。車両が少ないから少数精鋭だった。副隊長のみほを除いて1年生はいなかった。F-1リーダーのみほは試合の時に限って他のグループに移った。3年生の指揮をした。2つも歳上を手足のように動かした。

 隊長――まほの指揮を汲みとって、冷静に勝ちを手に入れた。一段ずつトーナメントを上り詰めていくにつれて、熱気は増した。練習の熱もあがった。誰もが10連覇を望んでいた。

 どんどん10連覇が現実のものへと近づいた。黒森峰の夢が現実になろうとしていた。苦しい練習が実を結ぼうとしていた。

 試合が1つ終わるごとに、黒森峰生の中で10連覇は実感が伴っていった。練習をOGが見に来ることも増えた。誰も気にしなかった。集中して練習に取り組んでいた。隊長/副隊長に敬意を払っていた。注意深く接していた。

 3回戦は強豪の一角、サンダースだった。15両同士の戦いになった。必要なグループは3つ。F-1は試合メンバー発表の時、固唾を飲んだ。グループは呼ばれなかった。悔しくはなかった。まだ決勝戦があった。

 編成はパンター戦車D型とⅢ号戦車J型、それに多くをⅣ号でまかなった。決勝にティーガーⅠとティーガーⅡを温存した。

 黒森峰の調子はここ数年でも最高となっていた。士気は高かった。西住姉妹が全員を引っ張っていった。誰もが優勝を確信していた。

 当然、サンダースとの試合も勝利を収めた。想定内だった。

 もう手が届く距離まで優勝は近づいていた。

 

 

 **

 

 

 サンダース戦後も士気は上昇を続けていた。黒森峰は勢いづいていた。食堂は活気にあふれていた。品なく騒ぐ者はいないが、陰鬱ではなかった。

 

「隣、いいかしら?」

 

 赤星がF-1グループと一緒にご飯を食べようとしていた。席は空いていた。その隙間にプラチナブロンドが飛び込んだ。

 

「えっと……」

 

 赤星は名前を覚えていなかった。名前を知る機会はなかった。

 

「エリカ。逸見エリカよ」

「えっと……」

 

 名前を聞いてもピンと来ない。エリカは明るい声で赤星の向かいに座る。トレーにはパンプキンスープとハックステークが並んでいる。

 

「わたし、今日からF-1に移動することになったの。あなたもF-1でしょ?」

「ああ、なるほど。これからよろしくね、逸見さん」

「よろしく、赤星さん」

 

 エリカは機嫌が良かった。鼻歌まで歌う始末だった。ハックステークをフォークで割く。肉汁がポテトに伝う。楽しそうにご飯を食べている。

 そんな中、途中で手をとめて赤星の後ろを見た。

 

「中舎先輩じゃないですか」

 

 西住みほ風カットの中舎。エリカは驚いていた。深刻には捉えていなかった。物珍しそうな顔つき。

 

「えっと」

 

 中舎もエリカのことを覚えていなかった。

 

「練習試合でヘリに乗ってた逸見です。覚えてませんか?」

 

 逸見は上機嫌だ。名前を覚えていない先輩に気分を害することはなかった。

 

「ああ、あの。久しぶりね」

「こちらこそ、久しぶりです。どうです、一緒に食事でも」

「いいのかしら?」

 

 中舎は赤星の顔を伺う。赤星は笑顔で頷く。先輩に逆らう気はなかった。気を遣って食事するのは疲れる。今日の食事は外れだと思う。口には出さない。顔にも出さない。

 

「それで、どうしたのかしら?」

 

 中舎は逸見の顔を見ていた。明らかに楽しそうだった。逸見はさっき赤星に言ったことを繰り返した。実質レギュラー入りしたことを告げた。中舎は笑顔で話を聞いていた。赤星に笑顔の意図は読めない。

 

「やっぱり努力したから、報われたんです」

「決勝に出れるかもしれないわね」

「今から、すごく楽しみですね」

 

 エリカはパンプキンスープを飲み干した。にこやかにしている。中舎も笑う。つられて赤星も笑う。

 

「西住流と黒森峰のために、ぜひ頑張ってね」

 

 中舎は一足先に食べ終える。2人を残して立ち上がる。トレーを返却する。

 食堂はまだ騒がしかった。赤星とエリカはまだ食事を続けていた。高い天井。シーリングファンが回っている。LEDが眩しい。

 

 

 **

 

 

 みほはすっかり黒森峰の規範に慣れていた。資料室の使い方もこなれていた。資料の写しをバッグに詰めて、F202に篭った。夕食は自室にラップをかけている。いつものことだった。

 資料をデスクに並べる。必要なものをホワイトボードに貼り付ける。パソコンを取り出す。ノートを取り出す。ペンケースを取り出す。

 カーテンを閉めて、エアコンを入れる。もうすっかり夏だ。窓を開けると風が、資料を散らしてしまう。エアコンの風は柔らかい。

 もう1つの準決勝はまだ結果が出ていなかった。結果を待つ時間が勿体なかった。プラウダと聖グロリアーナの両方を調べることにした。資料は以前の戦譜と今大会での結果だ。

 試合で使用した戦車、取った戦術、地形ごとの試合運び。必要な物をピックアップしていく。ふせんを貼り付けて重要な部分にマークを入れる。コピーだからこそ出来る。

 プラウダのT34は危険だ。グロリアーナのチャーチルも危ない。

 学校ごとの車両保有台数を試合経過を見ながら予想する。準決勝で使った車両は使えない場合が多い。破損を免れている車両を確認する。相手が決勝に使う車両を予想する。作戦を立てるために必要な情報を精査する。

 エアコンの音が響く。時計の音が鳴る。静かな教室にマーカーを引く音がたつ。

 

「入っていいか?」ノックの音。声。まほ/隊長の声。

「どうぞ」

 

 みほは背筋を伸ばした。頭を下げる。

 

「挨拶はいい。みほ、何をしてるんだ?」

「決勝に向けて、作戦を立てようかと」

 

 まほが広げた資料を手に取る。矯めつ眇めつ、ふせんを見る。マーカーを指でなぞる。ホワイトボードの資料に目を通す。みほは黙って、まほを見る。まほはみほを見ない。資料に集中している。

 

「――いいんじゃないか。まだ相手が決まっていないのに、よく頑張っている」

「みんなと優勝したいんです」

 

 副隊長/隊長の会話。敬語が自然と口に出る。

 

「ああ、勝ちたいな。優勝したい」

 

 まほは資料を見ている。みほはまほを見ている。

 

「みんな頑張ってるから、わたしも一緒に頑張りたいんです」

 

 まほが顔をあげる。みほは真剣な顔つき。まほが息をのむ。笑みを浮かべる。

 

「優勝するぞ」まほは言い切る。

「はい」みほは強くうなずく。

 

 F202は遅くまで明かりがついていた。消灯が過ぎても室外機の音が響いていた。カーテンの隙間から2人の姿が見えた。

 

 

 **

 

 

 反対側の準決勝はプラウダが制した――

 ついに決勝が迫った。10連覇が肉薄していた。黒森峰の悲願が近づいていた。苦労の報われるときが近づいていた。誰もが勝利を欲していた。

 荒々しい熱気が学園艦全体を包んでいた。狂騒的な勝利への渇望がそこら中に溢れていた。

 誰もが練習に精を出した。どんな些細な仕事も機甲科の生徒は喜んで精を出した。誰もが勝利へ貢献しようとした。

 黒森峰全体が熱に浮かされたかのように、10連覇の夢を見ていた。プラウダに勝利することを夢想していた。優勝旗を飾ることを夢見ていた。

 そうして、決勝当日となった。

 勝つことへの渇望は奔流となっていた。


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