気付かれた方もいらっしゃるかもしれませんが、プロローグだけ書いてあった聖杯戦争編はとりあえず非公開にさせていただきました。再開のめどはとりあえずまだ立ってません。
それは、人類最後のマスターによって世界が救われた後の物語。世界の危機は過ぎ去り、ハッピーエンドで幕を閉じた後にあったかもしれない、そんな可能性の物語。
「……え? 俺とジャンヌの話を聞きたい?」
いきなり投げかけられたその言葉に思わずそう返した。
それはある晴れた春の日の出来事だった。人類悪魔神王ゲーティアが人類最後の希望である藤丸立香によって倒され、人類の危機が過ぎ去ったのは今ではもう一週間以上前の話になる。今では大混乱が起こっていた外もどうやら徐々に落ち着きを取り戻してきたようで、カルデアに設置されたテレビでは連日のように一年間の空白を取り戻そうと努力する人々の様子がニュースで放送されいた。勿論、その混乱はカルデアにも影響を及ぼしたが、それでも外に比べれば少ないもので、三日もすればすっかり落ち着きを取り戻し、平常運転に戻っていた
外がどうなっていようと、表に出る訳にはいかないサーヴァント達はとりあえず色々と処分が決まるまでは各自思い思いにカルデアの中で過ごしていた。まぁ、要するに世界は平和になってもこのカルデアの中の生活はレイシフトが無くなったことを除き、そこまで変わらないという訳だ。
「うん、そうだね。キミとジャンヌダルクの話を聞きたい」
ティーカップに入った紅茶を上品な仕草で一口飲むと、ソイツは微笑んだ。美青年にも、美少女にも見える中世的な魅力をもったソイツは、もうかれこれ長い付き合いになる友人だ。名前は、シュヴァリエ・デオン。今日の二人だけのお茶会の主催者だ。ちなみにジャンヌとオルタの二人はいない。その理由は、ジャンヌはマリーが開催しているお茶会に出席しており、オルタの方は何か用事があると言って何処かに出かけたからだ。
「でも、お前あのフランスの時に竜の魔女から聞いたんじゃないのか?」
間取りは同じはずなのに、置かれている家具やらが違うせいでデオンの私室は俺の部屋とは全く違って見えた。
「あぁ、確かに聞いたのは聞いたけど、大まかな話しか聞いていないからね。あの時は時間もなかったし、ボク自身も彼女のサーヴァントだったしで、細かい話は聞けていないんだよ」
「へぇ、そうだったのか……でも、あまり面白い話じゃないぞ」
――歴史に残らなかった物語であり、世界に消された物語。
――人々の記憶から消され、誰も覚えていない。俺と彼女だけの物語。
「それでも構わないよ。ボクは聞きたいんだ。キミとジャンヌダルクの物語の全てを」
「うーん……」
「キミがどうしても話す気がないのなら無理には聞かないが……」
そう言ってデオンは優しく微笑んだ。
「確かに恥ずかしい話だけど……まぁいっか、デオンには色々と世話になってるしな」
でも、本当につまらない話だぞ、と付け加える。
その忠告にデオンはそれでも構わないよ、と笑う。本当に笑顔が魅力的な奴だ。
俺と彼女の話は、別に壮大な冒険記でも、パッと華のある大恋愛話でもない。このカルデアにいる他のサーヴァント達の物語の方がよっぽど華があり面白く、壮大な話に違いない。だって、彼らの中には本物英雄も勇者も、そして神様だっているのだから……。
でも、デオンは俺の話が聞きたいと言った。大方、俺をここに招いたのもこの話を聞くためだろう。
友人の頼みだ。なら、たまには話すのも悪くない。
「そうだな、まずはどこから話そうか……うん、そうだな」
『なぁ、少し話を聞いてくれないか――』
こうして俺はぽつぽつと語り始める。
――別に壮大な冒険記でも、パッと華のある大恋愛話でもない。歴史に残らなかった物語を。
――どうしようもく冴えない青年が、どうしようもなく美しい聖女に、どうしようもないくらい恋をする物語を。
「ねぇ、ジャンヌ、一つ聞きたいことがあるのだけど……」
そう言ってマリーはカップをソーサーの上に置くと私を見た。穢れを知らない青い瞳と視線が交差する。
「はい、なんでしょう?」
小さく首を傾げた私にマリーは笑いかける。
「ずっと気になっていたことがあったの。ジャンヌに聞きたくて聞きたくて仕方なかったことが……」
――私に聞きたい事? なんだろう。
そんな疑問を自分に投げかけて見るが、答えはすぐには出なかった。
内心でハテナマークを浮かべている私の内情を知ってか知らずかマリーはマイペースに話を続ける。
「アナタとあの悪魔の隊長さんとの大恋愛話を聞いて思ったのよ」
「私と師匠の……?」
私のそのつぶやきに、
「えぇ、そうよ。先日、貴女と隊長さんのお話を聞いて以来、ずっと気になってたの」
私が、お兄ちゃんと私の話をマリーに話したのは今から三日ほど前の事だった。女子会と称したお茶会に参加した時に、参加した女性サーヴァント達の前で半ば無理やり話をさせられたのだった。話した直後の反応はそれはすごいもので、皆から茶化されたのは記憶に新しい。そして、思い返せばあんな恥ずかしい話をよく人前で話したものだと、顔が赤くなる。
「何が気になったんですか?」
ごほん、と一つ咳ばらいをして、顔の赤みを誤魔化すとマリーに問いかける。
マリーは私の問いかけにおもむろに、ゆっくりと口を開いた。
――ねぇ、ジャンヌ? 今の貴方は、その隊長さんとお付き合いされているのかしら?
あぁ、なんだ。そんなことか。
「いいえ、そんな関係ではないですよ。私と師匠は」
――答えはすぐに出た。
「それで、キミとジャンヌは今現在はどうなんだい? 付き合っているのかい?」
俺のつまらん自分語りが終わり、しばらく会話を挟んだのちだった。デオンはこんなことを聞いてきた。その質問に紅茶を飲みながら俺は答える。
「いや、デオンも見ての通りだ。俺とジャンヌはそんな関係じゃない」
「やっぱりか……。でも、どうしてなんだい? 話を聞くにキミは死ぬ間際、彼女に告白をして、彼女もそれに応えたじゃないか……。こうして再会できたのだからお互いに今こそ恋人になるべきでは?」
デオンはここから疑問に思っているかのように首を傾げながら聞いてくる。
「あぁ、そんなことか。だから、さっきの話でも言ったように――」
「――終わったんだ。あの物語は……。俺と彼女のあのどうしようもない物語はあの日あの広場で、火に包まれてた時に終わったんだ」
炎によって物語は灰になり、風と共にどこかに消えた。もう、俺と彼女の物語はどこにもない。
――確かにあった物語は、確かに終わったんだ。
「終ったとしても、今キミはこうしてカルデアに存在してここには彼女もいるじゃないか?」
「確かにそうだな。まぁ、でも俺たちはあのフランスの地で死んだ。人間としての俺と彼女の物語はあそこで終り。そして、その終わりに俺も彼女も満足している。だから、死んだ後にこうして何の因果か顔を合わせてもあの時のようにはいかないんだよ」
それに今では、オルタもいるしな、そう付け加えて笑う。
そう一度完結した物語に続きはない。また新しい物語が紡がれるだけだ。そして、その新しい物語で俺と彼女が恋に落ちる可能性は……。
「じゃあ、もしも……もしもの話だが」
デオンはさらに続ける。
「――聖女がこのカルデアで新しい人と恋に落ちて、そして恋人同士になってもキミはいいって言うのかい?」
「ねぇ、ジャンヌ。貴女はさきほど、私と師匠の物語はあのフランスの広場で終ったと言ったわよね?」
上品な動きでカップに口をつけた後、マリーはこう言った。
「えぇ、言いましたよ」
「じゃあ、今の隊長さんが誰とお付き合いしても別に構わないってことかしら?」
優しいし面倒見も良いしで結構人気なのよ、隊長さんって、私も狙ってみようかしら、とマリーはウインクを一つ。その顔には冗談と本気とが入り乱れていた。
「そうですね。彼がそれを選んだのでしたら、私はそれがいいです。きっと師匠も同じことを思っていると思います」
――お兄ちゃんがそれがいいなら、私もそれがいい。
今も昔も変わらない私の本心。そしてその気持ちはこれから先も変わることがない気持ち。
「それは本心かしら?」
マリーからのその問いかけに、私は大きく頷くとゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「えぇ、構いません。でも、一つだけ付け加えたいことが在ります―――――――」
「ジャンヌと俺以外の奴が恋人になる?」
「あぁ、そうだ。あれだけの美貌を持つ聖女だ、カルデア内でも人気は高い。ひそかに狙っている奴も多いだろう。もしも、そんな奴らと彼女が恋仲になってもキミはいいのかい?」
そのデオンからの問いかけの答えは考えるまでもなかった。
「勿論、構わないよ。ジャンヌでもオルタでも彼女たちがその人を、もしくはそのサーヴァントを選んだのであれば俺はそれで構わない。多分だけど向こうも同じことを思っているんじゃないかな?」
何時の日にかに言った言葉――キミがそれいいなら、それでいい。きっと、ジャンヌもそしてオルタもその気持ちは変わらないだろう。
「本当にそれで構わないのかい?」
デオンからの確認の言葉に、ゆっくりと、頷く。
「あぁ、構わないよ。でも――」
例え、ジャンヌが誰と恋人になろうと、誰と夫婦になろうとも構わない。しかし、誰を選ぼうとも決して変わらないことがある。
デオンは少し緊張しながら目の前の彼から紡がれるセリフを待った。目の前に座る彼は紅茶を一口口に含むとゆっくりとしたおもむきで言葉を出す。
「あぁ、構わないよ。でも俺は、――」
そこで一旦彼は言葉を区切った。彼はこれまでの会話で、聖女に自分以外の恋人が出来ても構わないと言っていた。それは即ち彼自身にも今現在恋人がいないことを指す。
(もしかすれば、ボクにもチャンスが……)
――彼が言ったように、彼と聖女の物語が、あの壮大な恋物語が終わったものであるのなら、きっとチャンスがあるはずだ。
デオンはそう自分に言い聞かせる。
そんなデオンの内心を知ってか知らずか、目の前の彼はゆっくりと何時ものようにマイペースに、それでいて尚且つ真っ直ぐに言葉を続ける。
「――どんな恋人や、どんな夫よりも彼女の幸せを願っているよ」
そう言って笑う彼の笑顔は、今まで見たどんな表情よりも魅力に溢れていた。
――あぁ……これは勝てないや。
デオンは目の前の人物に悟られないように小さく息を吐いた。春になって気温が上がり暖かくなった部屋の温度が今は少しだけ、心に沁みた。
鼻歌まじにマリーは手を動かす。その顔には喜色が強く見える。よほど機嫌がいいのか、軽やかな手つきで、乾かしたティーカップやソーサーを食器棚へと戻していく。
「でも、やっぱり、可愛いわねジャンヌって」
思い返すのはさきほどまで部屋にいた友人の顔。
そして、彼女との会話を思い出し、マリーは笑う。
「――どんな彼女よりも、どんな妻よりも、彼の幸せを願っています……ね」
高級感の溢れる部屋にマリーの笑い声が溢れかえった。
「よう、今から部屋に戻るのか?」
お茶会が終わり、デオンの部屋から自室へと戻っていた時だった。目の前の廊下を見慣れた後ろ姿が歩いていたので声を掛ける。
「あっ、お兄ちゃん。うん、そうだよ、今から部屋に戻るんだ。お兄ちゃんも?」
ジャンヌは俺の顔を見ると、柔らかい笑顔でほほ笑んだ。
「あぁ、俺も部屋に戻るところだよ」
「そうなんだ。それじゃあ、一緒に戻ろうよ」
ジャンヌはそう言うと俺と並んで歩き始める。お互いよく知った間柄なので歩幅を合わせるのにも苦労しない。
「ねぇ、お兄ちゃん、お茶会で何の話をしたの?」
その問いかけに少しだけ考えて、
「うーん、内緒だな」
「えー、何それ!」
「じゃあ、お前の方は、何の話をしたんだよ?」
俺の問いかけに、ジャンヌはうーん、と少し考えた後、
「内緒っ!」
そう言って笑うのだった。
「何だ、お前も内緒じゃないか」
そう言って俺も笑う。
季節は春、出会いと別れの季節であり、始まりと終わりの季節だ。多くの新しい物語が始まる季節。
その多くの新しい物語の中に俺と彼女の物語があるのかどうか、それはまだ分からない……。
でも、俺は思う。
――願わくば、キミのこれからの物語に多くの幸があらんことを――。
横で幸せそうに微笑む彼女の幸福を静かに祈った。