それはある昼下がりの事。
いつものように訓練を終えて昼休憩を挟み、事務作業を捌いていた時の事。
自身のデスクに腰を下ろしてた奈々は不意に、先輩の一人である加賀こと夕紀恵に声をかけられる。
「吹雪さん、ちょっといいかしら?」
「はい。どうしたんですか、加賀さん?」
「実はプリンターのインクが切れてしまって。それで悪いのだけれど、今手が放せないの、だから換えのインクカートリッジを物置から取って来てほしいの」
「分かりました! 直ぐに取ってきますね!」
「お願いね」
用を聞いた奈々は腰を上げると、急いで物置として使用している鎮守府の一室へと向かった。
事務用品や南港鎮守府が誇る『迷』職人こと明石の作品が置かれているその部屋の前に、奈々は迷う事無く到着する。
そして、部屋のドアノブにその手をかけた時であった。
「キャッ!」
ドアを開けようとした瞬間、突然、部屋の中から人影が現れたのである。
それに驚いた奈々は声をあげ、一歩後ずさる。
部屋の中から現れたのは、電と同じ型のセーラー服を着込んだ長身銀髪のモデル体型美人であった。
屋内なのに戦闘帽形略帽を被っている事も奈々は気にはなったが、それよりもこの謎の美人の正体を確かめたい方が上回っていた。
「え、えっと、ど、何方なんですか?」
「響だよ。その腕前から太鼓マスターの通り名もあるよ」
「え、ふぇ? ……ひ、響、さん? 太鼓マスター?」
「疑問だよ。本当かどうか、正しいのかどうか、疑わし事だよ」
疑問の尽きない自己紹介からの疑問と言うものの解説に、奈々の頭の中には更にクエッションマークが追加される。
「あ、あの、名前は響さんでいいんですよね?」
「さらばだよ。さようならって事だよ」
しかし、響と名乗った銀髪美人はそんな奈々の疑問など気にする事無く、別れの言葉を言い残すとそのまま何処かへと去って行った。
「何だったの……」
結局響に振り回されっぱなしだった奈々は、少々放心状態になりながらも、やがて本来の用を思い出すと急いで物置部屋から目的のインクカートリッジを探し出すのであった。
その後、無事にインクカートリッジを見つけ出しオフィスへと戻ってきた奈々。
夕紀恵にインクカートリッジを手渡し自身のデスクに再び腰を下ろした奈々は、不意にオフィス内にいる艦娘達の顔を見渡す。
その中に、先ほど見た響と名乗った艦娘の姿はなかった。
「あれって、一体誰だったんだろう……」
南港鎮守府で見かける事のない筈の人物。果たして彼女は一体何者なのか。
事務作業をしながらも、奈々の頭の片隅にはそんなもやもやとした疑問がくすぶり続けるのであった。
それから時が経ち、本日の業務を終えた奈々は仕事着から私服へと着替え先輩や同期たちと別れの挨拶を交わすと、自宅に戻るべく帰路につく。
その道中、夕食の買い物の為にすっかり通いなれたスーパーへと足を運ぶ奈々であったが。
その途中にあるゲームセンターで、気になる光景を目撃する事になる。
「あ、あの人!」
それは、太鼓を叩くようにバチに見立てたデバイスを使い、タイミングよく叩ければポイントが加算されていくと言うアーケードの音楽ゲームをプレイしている一人の女性の光景であった。
数時間前に見た時とは服装も異なり戦闘帽形略帽も被ってはいないものの、その顔は、紛れもなく響と名乗ったあの女性であった。
「ちょ、ちょっとすいません!」
慌てて彼女に駆け寄った奈々は、頭の片隅にくすぶり続けている疑問を解消すべく彼女に声をかける。
「……」
しかし、彼女はゲームに集中して奈々の声など聞こえていないのか、反応する事無く一心不乱にバチに見立てたデバイスを叩いている。
それを感じ取ってか、とりあえずゲームが終わるのを待つ事にする奈々。
やがて、曲が終わり成績発表の画面がモニターに表示されると、ようやく彼女はその意識をゲームから手放した。
「あ、あの」
「ん?」
そこで再び声をかける奈々。すると、彼女は奈々声に反応し振り返るのであった。
「やぁ、どうも」
「響さん、でしたよね。あの、貴女に尋ねたい事があるんですけど」
「何?」
「本当に、太鼓マスターだったんですね」
「鍛えてますから」
モニターに表示された成績表には、大きな文字で『達人』と表示されている。
「因みにこれは愛用のマイバチだよ」
「へぇ~」
「素材は檜だよ。ヒノキ科ヒノキ属の針葉樹で、日本では本州中部以南から九州まで分布してるよ」
自らが手にしていた愛用のマイバチを見せながら、響は淡々と説明していく。
「で、本題なんですけど。貴女って何者なんですか? あの格好をしてたって事は、貴女も私たちと同じ艦娘なんですよね。でも私、南港鎮守府で貴女の事を今までお見かけした事がな……」
「ごめんね、その質問に答えてあげたいけど、今は時間がないからまた今度ね」
「え、あ、ちょっと!」
しかし、肝心な部分に答える事はなく。
まるで逃げるようにその場を立ち去ると、彼女は何処かへと姿を消したのであった。
一方、頭の片隅に残ったもやもやを解消できなかった奈々は、更にそのもやもやを増やすばかりであった。
そして翌日。
いつものように出勤し事務作業をこなしていた奈々は、作成した書類の校正の為に提督室へと足を運んだ。
「失礼します」
返事を受けて室内へと足を踏み入れた奈々。
そこには、いつものようにデスクに腰を下ろしている提督の佑弥と、秘書のエリカの姿があった。
しかし、その日は、それに加えて新たな人影の姿もあった。
「あ、あぁ!!」
そしてその姿を目にした時、奈々は思わず声を挙げる。
応接用のソファに腰を下ろしていたのは、昨日初対面の時に見たあの姿、あの顔。
紛れもなく、響と名乗った謎の女性であった。
「HEY! ブッキー。いきなり大声を出したらビックリネー!」
「あ、すいません」
「吹雪さん、一体どうしたんですか?」
「あ、あの! そ、そちらの女性は……」
突然声を挙げた奈々に驚く佑弥とエリカであったが、そこは息のあったコンビネーションで原因の究明へと流れを即座に変えると、原因の発端となった響にその視線を向ける。
「響さんが、何か?」
「そ、そちらの女性は、あの、提督のお知り合いの方なんですか!?」
「そうですね。知り合いと言えば、知り合いのようなものですね」
「響は私の従妹だからネー」
「従妹だよ。エリカお……、お姉さんの方が年上だから、漢字で書くと従に妹だよ」
従妹、その単語を聞いて、奈々の頭の中のもやもやが一気に減少していく。
とは言え、まだ完全になくなった訳ではない。
「そ、そうだったんですか。あ、でも。どうしてここに?」
「響は舞鶴の鎮守府の艦娘(こ)なんだけど、今はSummer vacationだからこっち(大阪)に遊びに来てるんデース」
「休みだよ。満喫してるよ」
しかしその後、エリカと響の説明で点と点が繋がると、奈々の頭の中のもやもやも綺麗さっぱりなくなるのであった。
因みに、エリカ同様海外の血が混じっている為か、奈々よりも年下なのに発育がよかったり。その博学ぶりから、所属する鎮守府内では『ひWiki』と呼ばれているなど。
聞くものによってはどうでも良い情報を説明されるも、真面目な奈々は真摯に対応し、ハラショーと応えるのであった。