とある傭兵と脚本家   作:子藤貝

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ステイル登場。
それと今回はなんか長くなっちゃいました。
戦闘描写とかは・・・お察しください・・・。


第五話 ローマにて

更に半年。イギリス、聖ジョージ大聖堂のとある一室にて。

 

「『禁書目録』、ですか?」

 

「そう、聞いたことぐらいありけるでしょ?」

 

「16世紀、カトリック教会が反カトリック的な内容を含むとされる

書物を記した一覧、でしたかね」

 

記憶を頼りに思い出す。なぜ、今そんな古臭い話を持ちだしたのか。

彼女の言いたいことがいまいちわからない。

ローラの部下として働いてからしばらく経つが、彼女の心中が分からない、

これは最近ではかなり珍しい。

 

「その通りなるわ。で、イギリス清教にもそれが存在したるわ。

ただし、生きた(・・・)人間(・・)なるけどね」

 

少し思案した後。アーサーは疑問を口に出す。

 

「・・・それはどういう・・・?」

 

「あら、アーサーでも把握はしておらなるわけね。

まあ、今の段階では最重要機密だから私しか知らないのだけれども。

・・・魔術師共が書き上げた(おぞま)しき『魔導書』を、

記憶することによって対魔術用の切り札としたるの」

 

「ククク、私もまだまだ未熟ですね。さすがに我が主たるローラ様の

周囲に、私の部下を潜り込ませるのはいかがなものかと思い、

実行しておらなんですが」

 

「ま、私のことをもっと知りたることね。それが私の忠実なる

腹心たるお前の役目なるわよ?」

 

「ククク、ええ。肝に銘じておきます。で、その禁書目録は

今どうされているので?」

 

とりあえず、一番信頼ができる腕利きを、暗殺阻止の役割も兼ねて

派遣しておこうと決意する。そして、話の人物がどのような

人間なのか、少し興味が出てきたので現状を尋ねる。

 

「基本的に、外出を禁じたりけるわ。まだ、切り札の一つとして

対外的に公表するのは早きけるわね」

 

「そうですか。記憶させるということは、魔術や何かで擦りこむので?」

 

「いいえ。それだと使いものにならないかもしれなきことよ?

禁書目録として選出した少女、もう名前さえない彼女は

完全記憶能力をもちたるの」

 

「ほう・・・その手がありましたか。ですがよく見いだせましたね」

 

「こればかりは偶然なりけるわよ。偉大なる主に感謝せねばならなきことね」

 

「ククク、ええ本当に。主よ、哀れなる罪人たる我らに哀れみを

下さり、感謝いたします」

 

アーサーもローラも、人間としては倫理からずれた思考をする人間だが、

信心深さはそこらのシスターやらよりも高いほうなのだ。

意外かもしれないが、アーサーは父なる神を心のそこから信仰しており、

ローラに対して我が主と言っているのも、あくまで自分の個人として

全てを捧げられる相手として言っているのであり、

人間としては既に神に対して全てを捧げると誓っている。

外道とて、信心がないわけではないのだ。

 

「彼女はとても信仰の篤い人物なるわ。おかげで『宗教防壁』が働いて、

記憶することに何ら支障はなきことよ」

 

「ククク、それは重畳ですね」

 

「でも、そろそろ国内に保管してある魔導書だけでは足りない。

だからこそ、彼女を表に出す必要がありけるのよ」

 

「他国が許可しますかね? ・・・ああ、そのために"手札"を

用意したのですか」

 

意図を察し、アーサーは口元を釣り上げる。

そしてローラも、自らの腹心の出来の良さに満足し、

不敵に微笑んだ。

 

「ええ、その通りなるわ。で、アーサー。『必要悪の教会』幹部たる

汝に聞きたきことなるのだけれど。同伴者は誰が適任なるの?

なるべくなら、複数必要なるわね」

 

「ふむ・・・一人は神裂でしょう。所属してまだ1年も経っておりませんが、

実力はトップクラスに準ずると考えていいでしょう。最近では私も

一撃貰いそうになったことが何度かありますし、魔術師としても

合格点が出せます」

 

「そう、中々に優秀に育ちたるのね。他に候補はありけるかしら?」

 

そう言われて、アーサーは再度思考の海に意識を投じる。

目をかけている魔術師は何人かいるが、いずれもまだ

十分な実力を有していない。伸びしろはあるだろうが、

即戦力とはいえない。と、なればトップクラスから選出する

必要があるが、それは別件で出向いていたり、国内の

治安維持に努めたりしている。そもそも、『必要悪の教会』自体が

イギリスの持つ強力な切り札の一つであり、その中でもトップクラスの魔術師

なぞ派遣すれば外交問題に発展しかねない。

はてさてどうするか、そう考えていた時。

 

コンコン。

 

「失礼します。書類をお届けに来ました」

 

ドアの向こうから、少年のものと思われる声が。

入るよう促すと、現れたのは漆黒の神父服を身に纏った赤毛の少年。

 

「どうしましたか、ステイル。書類仕事は君の担当ではないでしょう?」

 

「いえ、ただのお使いのようなものですよ。担当の方が仕事で出てしまったので、

代わりに届けるよう指示されただけです。では、失礼致します」

 

事務的にそう告げると、ステイルと呼ばれた少年は部屋から退出した。

 

「アーサー、あの子は?」

 

「ステイル=マグヌス。2年ほど前から『必要悪の教会』にて仕事を

している魔術師の一人です」

 

「ふーん・・・。ん! 決めたるわ!」

 

「・・・何をですか?」

 

「彼女の護衛、彼も同行させたまうわ!」

 

「・・・確かに、彼はトップに準ずる実力者ですが、経験がいまいち足りませんよ?」

 

「よきことよ、これから積ませばいいだけのことなるわ。少し子供特有の生意気さが

ありけるけど、それもこの世の裏側を経験させて圧し折ればよし」

 

「・・・まあ、私としては合格ラインを十分超えているので構いませんが」

 

時々突拍子もない事を言うローラを、しかしアーサーはよく理解している。

思いつきではあるだろうが、彼の所作、その一挙手一同速を鋭く観察していた

事にアーサーは気づいており、ただ口からついてでた言葉ではないと

察していた。

 

「ふふん、これで護衛の問題は解決なるわね! さて、パパっと仕事を

片付けてしまいたるわよ!」

 

・・・ただ、最近こうのびのびとし過ぎるのは少々どうなのかと、内心嘆息はしていた。

 

 

 

 

 

護衛が決定し、禁書目録となる宿命を背負った少女、その役職と同じ名前たる

禁書目録(インデックス)は、ヴァチカンへとやってきていた。

無論、護衛に任命された二人は職務を全うしようと彼女の側を

片時も離れなかった。現在、インデックスは地下に保管された魔術書を

記憶するために部屋の奥へと消えていき、外で待つよう

言い渡されたので、扉の前で待機している。

そしてその様子を、交渉役としてついてきたアーサーは

微笑ましいものを見るように見ている。

なにせ二人共ガチガチに緊張している。こういった大事に関わる機会がなかった

ステイルはもちろん、いくら実戦の経験は豊富でも、護衛のような大役を

したことがなかった火織も、顔を固くしている。

普段あまり感情的な表現をしない二人が、こうも露骨に緊張しているのを見ると、

アーサーは新鮮な気分になる。

因みに、ローラの傍を離れるので代わりにリディアを置いてきている。

 

「ふむ、二人共。緊張するばかりでは、職務を全うできませんよ」

 

「で、ですが。ローマ正教の総本山であるヴァチカンの真っ只中で、

インデックスの護衛という重大な任を与えられて、緊張するなという方が無理です!」

 

「そうですよ! だいたい僕はこういった仕事よりも荒事向きなんです!」

 

「ククク、まあ何事も経験ということで。さ、彼女が戻って来ましたよ」

 

「「え!?」」

 

思わず二人は後ろを振り返ったが、そこには重厚な扉があるだけ。

 

「ククク、嘘ですよ」

 

「「酷いじゃないですか!」」

 

二人が思わず同時に声を出す。

それを気にも止めず、アーサーは続けて言う。

 

「ほら、冷静な判断も下せていないじゃないですか。もう少しリラックスなさい」

 

「・・・何故か嵌められた気分です」

 

「僕もだよ、火織」

 

(・・・いつの間にか、随分と仲が良くなったのですね)

 

そんなやり取りをしつつ、時間は経過していった。

 

 

 

 

 

その後、部屋にて待機するよう言われた四人は、

用意された部屋へと案内され、しばしの休息を楽しんでいた。

特に、インデックスは最近まで外出を禁じられていたこともあり、

見たこともないような豪華な部屋の内容に興味津々だ。

そんなインデックスを抑えるため、火織とステイルは

インデックスを必死で止めている。

そんな様子を、アーサーは紅茶を飲みつつ横目に眺めている。

この後は、相手のお偉方と挨拶をかわしつつ、

交渉の最終段階に入って帰国、という流れ。

そうなるはずだった。

突如、アーサーは窓の外から強烈な殺気を感じ取る。

 

「全員伏せなさい!」

 

その言葉と同時に、

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオン!

 

凄まじい轟音とともに、部屋の上半分が吹き飛んだ。

幸い、誰も怪我を負ってはいないようだ。

だが。

 

「っ! インデックス!」

 

「彼女を放せ! 危害でも加えてみろ、貴様を殺す!」

 

インデックスが、轟音に紛れて侵入してきた男の脇に

抱えられていた。

男の手には、奇妙な文字が刻まれた二本の細い石の棒が。

もっとも、一本は真ん中からポッキリと折れているが。

 

「・・・ローマ正教の手の者か?」

 

「答える義理はない」

 

アーサーの問いに、短く返答する男。インデックスは

必死で抵抗を試みていたが、首筋に当身をくらい、気絶する。

それを見たステイルが激昂し、火織からも目に見えるほどに

怒りが感じ取れた。

 

「貴様っ!」

 

「吠えるなよ、少年。弱く見えるぞ」

 

そう言うと、インデックスを抱えている手とは逆の手に

持っていた細い石の棒を掲げ上げ。

 

「では、愚かなイギリス清教の皆様、さようなら」

 

それを親指の力で圧し折った。

次の瞬間、地面が大きく揺れる。

男は侵入してきた場所から逃走、落下していった。

その少し後に、アーサー達が止まっていたホテルが崩壊した。

 

 

 

 

 

「やれやれ、私達の接待のためにホテルが貸しきりだったからよいものの」

 

崩壊したホテルの残骸を眺めつつ、アーサーは嘆息する。

あの後、アーサーはステイルを抱えて、予め用意していた

特定の場所へと強制的に近づかせる魔術を行使し、

ホテルの前にある建物へと急接近し、脱出に成功。

火織は持ち前の身体能力をフルに用いて崩壊するホテルの

残骸を足場にして脱出した。

アーサーとの模擬戦から1年が経つが、彼女は聖人としての

己の力を制御しつつある。もっとも、人間の肉体には

聖人の力は耐えられないため、本来の力の1%程度しか

行使できないが。それでも十分な力がある。

 

「アーサーさん、早く彼女を奪還しないと・・・!」

 

「落ち着きなさい、ステイル。焦れば、ことを仕損じます」

 

「ですが! 彼女は数多くの禁書を記憶しています、あれがローマ正教の

差金にしても、ただの魔術師の凶行にしても、非常にマズイ事態であることに

変わりはありません!」

 

落ち着き払った様子のアーサーに、火織はなお叫ぶ。

そんな様子の彼女に対し、アーサーは一言、

 

「・・・火織」

 

そう言っただけで、火織が黙る。有無を言わせぬ威圧が、

たった一言に凝縮されていたのだ。

それを察したステイルも、静かになる。

 

「私は言いましたよ、あなた方は彼女の護衛だと。

既に彼女を奪われるというこれ以上ない失態をしているというのに、

これ以上無様にローマ正教の管轄下で醜態を晒すつもりですか?」

 

淡々と。苛立ちも怒りも見せぬ、のっぺらぼうのような平坦な声。

だが、彼と短いながらも多く付き合いのあった二人は

アーサーが自分たちに失望ともとれるような視線を投げかけていることに

気づいた。

 

「今回、護衛としてあなた達を連れてきた最大の理由は、交渉役である

私は彼女の側に四六時中居れず、また役職的にもおおっぴらに動けない

こともあって、万一のことがあれば大いに困るからです。

だからこそ、あなた達の働きに期待していたのですよ」

 

その言葉を聞き、二人に衝撃が走った。あの『必要悪の教会』にて

幹部の役職に就き、最大主教であるローラの右腕として知られる

アーサーが、自分たちに期待をかけていた。

普通ならば喜ぶことだが、今の彼らは任務を全うできなかった

期待はずれの役立たずと同義。アーサーのこの言葉は、

胸の奥に突き刺さる鋭い棘だ。

 

「だというのに、君たちは彼女をみすみす奪われたばかりか、

冷静さを欠いて愚かな行動に走ろうとしている。はっきり言って、

期待はずれも甚だしいです」

 

そう、冷酷に告げる。二人はアーサーの言葉をただ聞いているしか無かった。

 

「まあ、期待した私がバカだったということですかね・・・。

これ以上はもう何もしなくて構いません。後はローマ正教の

方々に協力してもらって、彼女を奪還するとしましょう」

 

アーサーは、もう二人のことをどうでも良いと判断し、

ローマ正教に協力を依頼しようと考えていた。

しかし。

 

「っ! アーサーさん!」

 

その思考を、火織が阻止した。

 

「・・・なんですか。これからローマ正教の方々に協力を

願い出ようと思っていたのですが?」

 

「もう一度・・・もう一度だけチャンスを下さい」

 

懇願する火織。だが、アーサーはその様子を冷淡に眺めた後、

 

「チャンスなどもうありませんよ。失敗すれば一度きり、

それが任務の重さだということぐらいわかっているでしょう?

それとも、土下座でもしますか? 状況は変わりませんが、

私の心境程度なら変わるかもしれませんよ」

 

「っ!」

 

「アーサーさん、いくらなんでも酷すぎる! 僕たちは

こういったことにはまだ慣れて」

 

「慣れていないは通用しないですよ。仕事はいつもいつも

手元の最低限の手札で勝負するしか無いのですから」

 

「・・・くぅっ!」

 

アーサーの言葉に歯噛みするステイル。

アーサーの言っていることは正しい。

だが、納得ができないのだ。心の奥底で、

まだ気持ちが十分に整理できない。

割り切るしか無いのか。そう考えていた時。

 

「火織っ!」

 

「・・・本当にするとは」

 

無言で。ただ無言で火織はアーサーに土下座していた。

その様子に、アーサーは怪訝な表情を浮かべる。

 

「私の頭ひとつ程度、大したものではないです・・・。

ですが! 友人との誓いは何ものよりも重い!

アーサーさん! どうかもう一度だけ・・・!」

 

火織の下げている頭、その下の地面は涙で濡れていた。

その様子を見たステイルも。

 

「・・・何のつもりですか」

 

土下座を敢行した。地面に頭を擦りつけて。

 

「彼女のためなら、プライドなんていくらでも捨ててやる!

アーサー、貴方に人間らしい情があるのなら、

僕達にチャンスをくれ!」

 

上司であるアーサーに対し、敬語を使うのをやめた。

一見すれば不敬な言動。だが、本質的に見れば、

嘘偽りのない本音をアーサーに叩きつけていると取れる。

その様子を見て、アーサーは。

 

「・・・クッ・・・ククク・・・くははははははははは!」

 

「な、何がおかしい!」

 

大声で大いに笑っていた。笑い過ぎで目に涙さえ浮かんでいる。

激昂するステイル。だが、アーサーの次の言葉は。

 

「よろしい、チャンスを与えましょう」

 

「「は?」」

 

二人が思わずハモる。ようやく笑いが収まったのか、

アーサーは目元の涙をぬぐいつつ、話を続ける。

 

「その気概、魅せつけてもらいましたよ。

私はね、初めからあなた達に行ってもらうつもりだったんです」

 

「え!?」

 

「じゃ、じゃあ先程までの言葉は?」

 

「あなた達を試したんですよ。彼女の護衛として、十分な

気概を持てているのかを。それと、あなた達の頭を冷やす

意味合いもありましたがね」

 

「「あ・・・」」

 

昼間のからかわれたことを思い出す。あの時も、

冷静な判断ができずに失態を晒した。

アーサーは、二人のことを思い、こうして

試すようなことをしたのだ。

 

「いいですか。自分が守りたいもの、今回は護衛である

彼女のことですが、しっかりと守りたいならば

すべてを捨てる覚悟で以って臨みなさい。

そうでなければ、守れるものも守れない」

 

アーサーにとって、この言葉は自分自身にも言い聞かせる言葉。

自分の守りたい人物を、失わないよう己を戒めるための。

 

「守るためならば、いかなる手段で以ってしても構わない。

そういう気概があるか、私は見たかったのですよ。

さて、そろそろ彼女の救出といきましょうか」

 

「「はい!」」

 

 

 

 

 

廃墟にて仲間の合流を待っていた魔術師の男は、

苛立ちを隠せないでいた。

なにせ集合時間を既に10分も過ぎている。

 

「何をやっているんだあいつらは・・・」

 

連絡を取ろうと携帯にかけてみても、全く返事が

返ってこない。

 

(・・・まさか、何かあったのか?)

 

一瞬そんな考えがよぎるが、すぐに否定する。

今回の襲撃は事前に情報を集めて精査した上、

綿密に計画を練ってから実行へと移した。

気取られるような半端な真似をしたつもりはない。

それは仲間たちも同じ事。

だが、彼らは一向に現れない。

本来であれば、とっくに集合したうえで

一時的に密航して外国にて禁書目録の

洗脳を行ったうえで、身分や戸籍を偽り、

顔を変えたうえで目的を遂行する。

その手筈通りに行くはずだった。

だが。

 

「見つけましたよ、襲撃者殿」

 

「!!?」

 

廃墟の入り口から、突如男の声が。

振り返ってみれば、そこにいたのは

襲撃時に部屋にいた護衛の二人と、交渉役として

やってきた人物。

 

「アーサー・D・ボーフォート・・・」

 

「ふむ、私の名前を知っているのなら話は早い。

やはり計画的犯行だったようですね」

 

その言葉を聞いた男は内心舌打ちした。

今回のローマ訪問は表向きでは非公式なもの。

理由はローマ正教側に探られたくない腹を

抱えていることを知っているイギリス清教側が

やってくることを、他の勢力に悟られないため。

だからこそ、裏仕事が主であることも相まって

アーサーの名前を知っているのは、関係者含め極僅かなのだ。

男は不用意なことを喋ればそこから情報を

逆引きされかねないと考え、黙秘することに決めた。

 

「ようやく、追い詰めましたよ」

 

「インデックスを返してもらおうか・・・!」

 

護衛の二人、火織とステイルは睨みを効かせつつ

殺気をぶつけてくる。

状況は三対一、男のほうが圧倒的に不利だ。

だが。

 

(此処は幸い俺の魔術的トラップがわんさか仕掛けてある・・・!

奴らを嵌めれば勝機はある!)

 

そう、ここは彼ら襲撃犯の、一時的であるとはいえアジト。

何の細工もしていないはずがない。

だからこそ、アーサーはそれを想定していた(・・・・・・)

 

「ああ、そうそう。貴方が罠を利用して私達を

嵌めようとしていることぐらい想定済みでしたので。

既に解除させていただきましたよ」

 

「・・・なに?」

 

「仮にも敵方のアジト。綿密に調べないはずがないでしょう?」

 

「バカなっ! そんな手間をかけていれば増援がやってくるという

リスクが高い! それに俺が逃げないという根拠などどこにもない!

第一、こんな短時間で全ての罠を解除できるはずが・・・」

 

「できてしまうんですよねぇ・・・」

 

そう言って、彼は懐から一枚の紙切れを取り出した。

男はそれを訝しげに見つめ、

 

「・・・なんだ、それは」

 

男はアーサーに問う。アーサーはその言葉を聞いて低く笑う。

何がおかしいのかと、再度男が問うと。

 

「これ、貴方の上司様から頂いた証明書なのですよ」

 

「・・・俺の、上司?」

 

男は再び書類に目を凝らす。そして、そこに署名してあった

人物の名前に驚愕した。

 

「な、ななななな・・・!」

 

驚くのも無理は無い。そう、その人物とは。

 

「ローマ教皇直筆の署名(サイン)だと・・・!?」

 

現ローマ教皇、マタイ=リースの署名入りの証明書。

内容は、

『この度訪れるイギリス清教側の禁書目録、

彼女に万が一のことが起こった場合、ローマ正教側は

それが身内内で起こった不祥事だとしても、イギリス清教

側の責任者の命令に従い、対象を捕縛すること』

となっている。

勿論、書かれている署名は本物だ(・・・)

そう、アーサー達はローマ正教という、世界最大級の

宗教的、魔術的組織の助けを借りて、襲撃犯の捜索、

並びに魔術的トラップの解除を行ったのだ。

人海戦術とは、単純ではあるがある意味最も効率的なのだ。

 

「捕えた他の仲間から既に色々と聞いていますよ。

あなた達がローマ正教所属であり、今回の襲撃は

独断で秘密裏に行われたこともね」

 

彼の仲間がやって来なかった理由。それはローマ正教

所属であるがゆえに招集をかけられ、

探索に駆り出された挙句共犯者であることが発覚して

拘束されていたからだったのだ。

 

「な、何故貴様らが教皇様の署名入りの書類を持っている!」

 

怒りをあらわにし、疑問をストレートにぶつけてくる男。アーサーは

三日月のように口元を釣り上げて笑みを浮かべ、

 

「簡単なことですよ。私達が此処に来た理由、

貴方は知っているでしょう?」

 

「それがどうした! この女に魔術書を記憶させようなどと

不当な要求を持ちかけるために来たのだろうが!」

 

「では、それを了承してもらうために、私達が

何の手札も持たずに来ると思いますか?」

 

「・・・どういう、ことだ?」

 

「ようするに、ローマ正教などという巨大な組織の中では、

大小様々な闇が眠っているということですよ。まあ、

今回はその中でも最大級のを利用しましたが」

 

そう言って一呼吸着いた後、男にとって最も聞きたくなかった

言葉が告げられた。

 

「利用させていただいたのはある人物の不正の情報。

ただし、その人物とは現枢機卿の一人、アンデレ=モルトですが」

 

「アンデレ=モルト枢機卿だと!? バカな!?」

 

突如、表情を一変させて驚く男。

なにせ、この襲撃を企てた人物こそ、

アンデレ=モルトその人だったからだ。

彼らはアンデレの子飼いの部下であり、

アンデレの、

 

「ローマ正教で秘匿すべき魔術書を盗み出すなど言語道断」

 

という言葉を信じて、この計画の実行犯をになったのだ。

ところが、彼は宗教家にあるまじき布施の横領や、

何の罪もない他の信徒を、気に入らないという理由で貶めて

キリスト教で禁忌とされる自殺へと追い込んだりと、

裏では好き放題にあくどい事をしていた。

 

事の経緯はこうだ。

アンデレの不正の情報を手に入れたイギリス清教側が、

その情報を渡すことの条件としてインデックスに魔術書を

記憶させることを要求。枢機卿であるアンデレは、

その情報の中身が自分の不正であると考え、そして事実だと知る。

なんとかそれを阻止すべく、男たちにインデックスの

危険性を吹聴し、自ら練った計画を実行させ、

それとともに、アーサーらイギリス清教側の人物たちを

抹殺しようとしたのだ。万が一、イギリス清教側から

非難が飛んできても、ローマ正教とは無関係の

魔術師として切り捨てればいいし、枢機卿という

権力を利用して秘密裏に始末してもいい。

少なくとも、アンデレの不正の事実である証拠も、

その情報ももみ消すことができると考えていた。

だが、アーサー達が生存していたことで計画に狂いが生じた。

アーサーは予めこういった万が一のことに備えて、

ローマ教皇に直接署名してもらった書類を受け取っていたのだ。

対価はアンデレの不正の情報の一部。

おかげでアンデレはすでに捕縛済み。実行犯たちも、

ローマ正教の誇る魔術部隊によって拘束されてしまった。

初めから、この計画は頓挫したも同然だったのだ。

 

「大人しく投降したほうが身のためですよ」

 

確かにそうだろう。このまま抵抗しても、

ローマ正教が誇る魔術部隊と正面から戦わなくては

ならないし、既にこの状況は詰みに近い。

だが。男は予想外の行動に出た。

 

「動くな! 動くとこの女の命はねぇ!」

 

男は、隠し持っていたナイフを抜き出し、

気絶しているインデックスの首元につきつけた。

 

「インデックスを人質ですか・・・!」

 

「っ! 貴様それでもカトリック教徒か!」

 

ステイルのその言葉に、男は自嘲気味に笑いながら答える。

 

「ひゃひゃひゃ、そうだな、俺は最低の信徒だ! だがな、

俺は命が惜しいんだよ。このまま捕まれば待っているのは

地獄のような拷問の後の処刑。だったらこいつと一緒に

地獄の果てまで逃げ切ってやるぜ!」

 

完全に自暴自棄になっていた。恐らく、信じていたアンドレ自身が

この事件の原因だったのがよほどショックだったのだろう。

男はナイフを持った左手とは反対の手、右手を使って

ポケットから小さな石柱を取り出した。

 

「動くなよ、俺がこの建物から出るまではなぁ・・・!」

 

「また私達を廃墟ごと潰す気らしいですね」

 

「恐らく、あれは旧約聖書のサムソンの逸話を

魔術的に再現したものでしょう」

 

サムソンは、旧約聖書に登場する士師の一人である。

神から祝福を受け常軌を逸した怪力を誇ったが、

ある時、惚れたペリシテ人の女に自分の弱点を話してしまい、

怪力を失ってしまった。そして毎日ペリシテ人に

こき使われる日々を送っていたが、

ある日、ペリシテ人が彼らの神を崇拝するために

神殿へと集まり、宴会を行なっていた。

サムソンは神に祈り、今一度怪力を戻してもらい、

神殿を支えるはしらを両の腕でへし折り、

自分共々、ペリシテ人たちを道連れにするという最後を遂げた。

あの石柱は、恐らくそれを再現したものだろうと火織は判断した。

石柱を壊せば、対象を指定した建造物を破壊でき、

複数を利用すれば、部分的な破壊もできるのだろう。

脱出の際、男が何の器具も用いずに窓から飛び降りて逃走できた

ことから、多少なりとも怪力の加護もあるだろう。

相手の魔術は理解できた。だが。

 

「よく分かったなぁ、でもよう、分かったところでどうにもなんねぇんだよ!」

 

そう、何も状況は変わらない。だが、それは彼が建物を出ようとした

次の瞬間に一変した。

 

 

 

 

 

暴力的に言葉を発し、叫ぶ男。

その大声に、インデックスが目を覚ました。

 

(ええと、これはどういう状況なのかな?)

 

寝ぼけた思考が徐々に回復すると共に、

インデックスはだんだんと状況を理解していった。

男の手には、石で出来た棒状のもの。

恐らく、サムソンの伝説を利用した魔術だろうと結論を出す。

どうやら、男は自分が目を覚ましたことに気づいていない。

チャンスだと考え、インデックスは機を伺う。

そして、男があと一歩で屋外に出ようとした瞬間。

 

「!? 何しやがる糞ガキ!」

 

「かおり、すている! 今なんだよ!」

 

インデックスは、突如男の髪を鷲掴みにした。

サムソンが女に教えた弱点。それは髪の毛だった。

サムソンは神に、頭にカミソリを当ててはならないと

言われ、髪を剃られると怪力を失ってしまう。

それを利用して、女とペリシテ人はサムソンを無力化したのだ。

そして、この魔術でもそれは同じ。いやむしろ

それ以上だったのだ。

この魔術の使用条件は、『自分以外に誰も髪に触れていないこと』。

髪がない人物でも使用できるように術式の構成を変えた弊害だ。

そしてインデックスが髪を鷲掴みにしている今、魔術を使用できない。

この後期を逃さんとばかりに、火織は勢いよく男に接近して

顎を蹴り飛ばす。男は痛みと慣性でのけぞり、腹が無防備に。

そこに追い討ちとばかりに、ステイルの炎剣が飛んでいく。

インデックスは、炎剣が到達する前に火織が回収して共に離脱。

後には、摂氏2000℃を超える炎熱が男を襲っていた。

男は火傷の痛みで気絶。そのままローマ正教へと引き渡された。

 

その後、二度とこのようなことがないようにローマ正教側に釘を差し、

一行はイギリスへと帰国したのだった。




子藤貝「気づけば9月!?」

ローラ「どんだけサボりたるのよ」

アーサー「この駄目作者め」

子「バイトが忙しかったんです、はい」

火織「今回は、ステイル初登場ですね」

ステイル「そうだな。僕としては、もう少し
     活躍させてもらいたかったんだが」

火「無理ですね、この駄目作者では」

ロ「それは同感なるわ」

ア「ええ、私もです」

子「酷い!?」

ス「では、また次回で会おうか」

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