とある傭兵と脚本家   作:子藤貝

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中国拳法って奥が深い・・・。
参考にするためいろんなサイトを探すはめに・・・。
中国拳法なんて設定つけなきゃよかったなーとか思いつつ、
鍛錬法とかまで詳しく乗ってるサイトを見つけて歓喜。
ただ、説明とか入れたせいで長くなっちゃった・・・。


第十一話 修行ともう一人の師(後編)

修行が開始されてから既に2ヶ月。

山脈中腹とはいってもせいぜいが2000mを

越えた辺りに存在するためそこまで過酷ではない。

森林限界を超えてしまえば作物はおろか

雑草を見つけることさえ難しくなるためだ。

辺境の地とはいえ作物が育たないわけでもなく、

近くには大きめの池が存在する。

寒さに強い野菜を栽培し、肉類は

野生の動物を仕留めて保存するために

加工して時間をかけて消費する。

あるいは近隣の集落に赴き、物々交換で

彼らが飼っている羊などをもらう。

生活するには厳しいが生きていくには

十分であるため、毎日この作業を

必ず行うようにしている。

ここで生活する以上、弟子である彼らも

それをこなす必要があるわけで。

 

「へっくし! あ゛ー、さむっ」

 

「ミナさん、クシャミは獲物が逃げるネ」

 

「生理現象よ? 止まるわけ無いじゃない」

 

「気合で止めるネ」

 

「無茶言うな」

 

まだ日も昇りきらない早朝から、まだ眠っているであろう

獲物を求めて狩りに出ている二人。

一人はミーナ。もう一人はここに僅かにいる門下生の李彩華。

長く伸びた、漆黒の美しい髪が特徴的な中華系美人。

普段は団子にして鍛錬のじゃまにならないようにしているのだが、

今は起きたばかりのため、後ろでポニーテール上にまとめている。

ミーナの手には原始的な造りの弓矢。最初は慣れないこともあり、

狙ったところにまともに射ることさえ出来ず、半月ほどで

ようやく止まった獲物を仕留められるに至った。

今は動く獲物相手に奮闘しているが、まだ仕留めるには至っていない。

よって、獲物が動かない早朝に狩りに出たのだ。

 

「お、カモシカ発見」

 

「今日のゴハンはあれにするネ」

 

「もうちょいだけ近づいて・・・。よし、この距離ならいける」

 

和弓と違い、短弓であるため扱い易くはあるが、距離があると

殺傷能力は下がる。射程距離まで近づくと、

矢をつがえて構え、キリキリと弦を引き絞る。

片目を瞑り、標的を見定めながら集中する。

不意に、標的の姿がある人物に重なって見えた。

するとミーナは、

 

(殺す殺す殺す・・・!)

 

鬼のような形相へと表情を一変させ、胸の内に渦巻く

凄まじい憎悪を標的にぶつける。

横目で見ていた彩華は、

 

(おお、凄い気合ネ・・・!)

 

と見当違いな感想を抱いていた。

そして、

 

ガサッ。ダッ!

 

(しまたネ! 気合が入りすぎて獲物にバレたネ!)

 

ミーナのあまりの殺気に動物的本能が警鐘を鳴らしたのか、

カモシカは突如立ち上がり、逃亡を図る。

しかしミーナは慌てていない。

 

(逃げるな・・・あんたを殺すのは私だ・・・!)

 

物陰から姿を現し、岩の上から獲物を見定める。

そして。

 

(死ねっ!)

 

放たれた矢は標的へと吸い込まれるように飛んでいき。

 

ドサッ。

 

カモシカは脳天から血を流しながら転び、動かなくなった。

 

(ど、土壇場で動く標的を仕留めたネ!?)

 

口をあんぐりと空けつつ呆けている彩華を気にすることなく、

ミーナはそのまま仕留めた獲物の元へと向かう。

 

(まだだ・・・。アイツならあの程度苦もなく避けてる・・・。

でもコツはつかめたし・・・今後の役には立ちそうね)

 

獲物を見下ろしつつ、冷淡な笑みを浮かべたミーナの表情を、

誰一人として窺い知れなかった。

遠方から彼女らを眺めるただ一人を除いて。

 

(なんとも邪気が強くなってきたのぅ・・・)

 

その人物はそんなことを思いつつ、山を横切る雲の

中に姿を消し、雲が通り過ぎた頃には、最初から誰もいなかった

かのように、忽然と姿を消していた。

 

 

 

 

「き、きつい・・・」

 

「2ヶ月経ってこの程度もできないとハ、なんとも情けないネ」

 

「い、言わせておけば・・・・・・」

 

「ならさっさとするネ。次は肩回りの鍛錬ヨ」

 

今日は月林が別の用事があるため、彩華がミーナの

修行を見ている。腰部練習である下腰と上腰を終えた所で、

彩華が次の鍛錬をするよう促す。

ミーナは左弓歩で立ち、腕を回し始める。

単臂绕環(ダンベイラオファン)と呼ばれるこの練習法は、

肩の可動域を増やすために腕を回すという、シンプルなもの。

これが以外に腕へと負担がかかる。

なにせゆっくりと、かつ腕の限界まで前後上下に

縦回転させるのだ。最初は楽だが重力がキツく感じるように

なってくると逆らいづらくなり、腕はどんどんと重くなっていく。

 

「う、腕がちぎれる・・・」

 

「大丈夫、そんな事行ってる間はまだ余裕がある証拠ネ」

 

そしてミーナが本当の限界に達して動けなくなるまで続けた。

その後も限界を超えるような鍛錬を積み続け、

気づけば周囲は夕闇。ミーナは滝のような汗とともに

地面に倒れ、ぐったりとしていた。

それでも彼女の目には鍛錬の辛さを悔いるような

色はなく、むしろ己が強くなれるならばどうなってもいいという

決意がありありと見られた。

 

(この娘、きっと数年も鍛えれば伝承者の私といい勝負ができるかモ・・・)

 

彩華はそんなミーナを見て、その才能と意志の強さに戦々恐々としたのだった。

 

 

 

 

 

一方、アーサーと月林はというと。

 

「闘争とは何か」

 

「血と鉄」

 

「それはお前の主観じゃろう。客観的な見方を聞いておるのだ」

 

「客観性を求める者はその実己の主観性から取捨選択するもの。

主観の入る余地などいくらでもある」

 

「歪めた考えでは遠くは見えぬ。磨りガラスの向こう側は

お前の都合の良いようにはできておらなんだぞ・・・」

 

「なれば身を任せるが吉」

 

「激流では押し流されるだけじゃがな」

 

「留まり続ければ水は腐る。激流であれど変化に

ついて行けねば枯れ果てるが必定」

 

「では聞く。お前の闘争とは血と鉄であるが、その意味とは」

 

「殺意と狂気、僅かばかりの意志」

 

「ホッ、意志の力は侮れぬぞ」

 

「滾る血は狂気を孕み、殺意は命を完結させる。鋼鉄なる

意志は油断ならぬが、力の差とは概ね覆せぬ。

故に血こそが濃い闘争を彩る」

 

「されど忘れてはならぬ、血の中には確かに鉄が宿ると」

 

「心得ている」

 

道場の隣、一人部屋にしては広い、何もない殺風景な部屋がある。

ここは問答部屋。この建物の中では道場と同じく重要な部屋である。

王月林の教える拳法は、殺しを是とするものであり、

数多くの恐るべき(わざ)を伝承している。

故に、これを伝授されるものには相応の心構えが必要であり、

戦いの理念を己なりに理解できていない者にはその業を

教えることをしない。最悪破門される。

今彼らが問答しているのは、闘争の理念。

月林がアーサーに問い、アーサーはそれに答える。

月林からすれば、たとえ狂人であろうが犯罪者であろうが

求めるものさえ持っていれば別に伝承することを躊躇うことなど無い。

しかし、求めるものを持たぬ者に、彼は決して甘くはない。

一番恐るべきは、迷い、悩み、戦場の中で中途半端な

覚悟しか持たぬ者。そんな者に業を教え、

戦場へと送り出せば流派末代までの恥。

故に、この問答は非常に重要な過程なのだ。

 

「ふむ、大体分かった。相変わらず冷徹かつ容赦無い考え方よの」

 

「然れど、これもまたひとつの真理」

 

「ま、そうなんじゃよな。これなら教えてもよさそうじゃ」

 

「伝承はいつからで?」

 

「明日からで良いじゃろ。今のうちにしっかりと英気を養っておけ」

 

そう言うと、月林はゆっくりと立ち上がって部屋を出ていった。

 

「・・・いよいよ、か」

 

部屋の静寂の中、アーサーがポツリと呟き、

 

「ようやくじゃのぅ・・・」

 

自室に戻り、朧月を眺めつつ月林もそんな言葉を漏らしていた。

 

 

 

王月林が受け継いでいる拳法には、実は名すら存在しない。

しかしその存在は800年を超える昔からあると、

代々の伝承者は語っている。

実際、彼らの系譜をまとめたものは存在しているため、

その中の最初の人物をたどると、少なくとも1世紀辺りから

続いていることが窺い知れる。

そのため膨大な型や技法が存在するのだが、

それゆえにこの拳法は名前を名乗らないとも言える。

端的に言えば、様々な拳法家、武闘家、剣術伝承者と

死合い、その流派の技法を独自に拳法に組み込んできた『邪拳』なのだ。

歴代伝承者達は様々な国を渡り歩き、死合い、生き延びれば

その業を盗み取り、死ねばそこまでだとしていた。

そのため伝承者はそれぞれの代で複数存在することが常であり、

積極的に死地へと赴くことから他の流派からは『盗人』やら『狂拳』

などと揶揄されている。

今代、王月林の代でも既に次期伝承者は複数存在し、世界中で

各々の求める強敵や目的を探して旅をしている。

もっとも、すでに伝承者のうち二人は病死し、三人は死合いにて

命を落としている。そのため、今行方知れずの者達を除けば、

次期伝承者は李彩華だけだ。

故にアーサーへの拳の伝承は、王月林にしてみれば実に好ましいこと。

 

だが、月林は大いに危惧してもいた。

いずれアーサーが、己を律しきれずに狂気の拳を振るうことになるのではと。

だからこそ、今まで彼にだけは伝承の話をしなかったし、

アーサーもそれ自体に拘ることもなく、

今までそういった話をすることはなかった。

だが、数年来に出会った彼の隙のない立ち振る舞いと、

戦いに対する冷徹なまでの意識、そして彼自身の

考え方を聞き、彼自身が己に内在する狂気的な

思考回路をうまく長所へと転じさせ、律することが

可能となっていることが月林には感じ取れた。

既に齢は92歳。驚異的な健康体であるが月林もさすがに歳だ。

彼の弟子の中で最も異彩を放つアーサーには、

ぜひ己の邪拳を伝授し、後世のこの名も無き拳法に

どんな影響を与えるのかを考えるだけで楽しかった。

そしてようやく、彼の望みは叶えられることとなったのである。

 

 

 

 

 

「胴体部に攻撃をする場合、狙うべき急所を挙げてみよ」

 

「心臓、水月、脇腹、腎臓、肝臓、金的が主な急所だ」

 

「では脇腹を狙う理由はなんじゃ?」

 

「肋骨は前方からの衝撃には強いが左右から突かれると脆く、

肺に突き刺さる危険性をも孕むからだ」

 

「呵呵、重畳重畳。良い答えじゃ」

 

翌日から、ついにアーサーに伝承を行うための厳しい特訓が始まった。

まず始めたのが人体についての造詣を深めること。

相対する相手の肉体を効率良く破壊するには、人体の急所を熟知し、

行動の法則性や癖の見抜き方、様々な要素が必要となる。

故にそういったことを学ぶことは必須事項であり、この"邪拳"と

揶揄される拳法は、その実実戦と理論に裏打ちされた、非常に

学問的な側面を持つ。

前日に行った思想的な問答は、ある種の哲学とも言える。

 

「・・・相変わらずお師匠様は博学ネ」

 

「え、あれが普通なんじゃないの? 私もあの外道から色々と

叩きこまれたし」

 

「アレを普通といえるとハ・・・。まあアーサー君は教え方上手いからネ。

アレだけのこと学ばされて理解できるのは私や他の伝承者ぐらいだと思てたネ」

 

「・・・そう考えると、アイツに鍛えてもらうってのはかなりいい選択だったわけね」

 

因みにこの学問部分は月林が教える拳法の秘伝というわけではないので、

ミーナも同席を許可されている。

アーサーに常日頃からダーティな戦い方を学ばされていたおかげで、

人体の仕組みならそこらの医者よりもよっぽど詳しくなった。

 

「続けるぞ。相手に腕を掴まれた時の対処法は?」

 

「接近戦が不利ならば体勢を崩させつつ投げや固めに移行する。

こちらが有利ならば積極的に急所を狙う」

 

「腕を掴んでくるということは相手はある程度接近戦に強いタイプじゃ。

相手の土俵に経つのは得策ではないのぉ」

 

「腕をつかむということは片腕を封じているのと同じだ。掴まれた方は

指先の不自由がない分有利に動ける。寸勁を練って攻撃に移行すれば

無駄を省けるし、離れたいならば同じく寸勁で腕を振り解けばいい」

 

「相手がお主を持ち上げた場合、重心移動の関係から寸勁は放てぬぞ?

その場合どうする気じゃ?」

 

「その分両足の自由度が増える。持ちあげるということは腕を無防備に

しているということだ。両足を使って固めてしまえばいい。片腕だけでは

我輩を持ち上げている分威力が著しく低下しているだろうしな」

 

「ふむ、振り回した程度では固めた相手は振り解けんからな。

しかし寸勁を使えば解決できるぞ?」

 

「練れないようにすればいい。掴んでいる腕を利用して勁道を阻害できるはずだ」

 

問答を繰り返すアーサー達を見てミーナが溜息を一つ吐き、

 

「・・・もう少し勉強したほうがよさそうね」

 

「拳法は学問だからネ。良ければ私が教えてあげるヨ?」

 

「うん、彩華お願い」

 

殺したい相手が、遥かたかみにいることを改めて実感させられ、

未だその足元にもいない自分は、足掻く他無いのだと悟ったミーナであった。

 

 

 

 

 

「ホッホ、その程度でへばるでないわぁ!」

 

「も、もう一度お願いします」

 

「うむ。ではゆくぞ」

 

伝承開始から数ヶ月。屋敷の裏にある洞窟を進んだ先に、巨大な空間がある。

ここで、伝承者と伝承されるもの以外立ち入ることを許されない、

専用の闘技場がある。

アーサーは既に3時間以上の戦闘を行っており、疲労と苦痛で

顔を歪めている。それに付き合う月林は、汗をかいてはいるものの、

アーサーと比べれば天と地ほどの差がある。

 

「疲労するのは勁の練りが甘いからじゃ。動作に無駄をなくし、

所作を極限まで短縮せよ」

 

「はい」

 

「ではゆくぞ・・・」

 

活歩を使い、滑るようにして迫る月林。本来であれば活歩は

太極拳の技であるが、元々混ぜることを(よし)とする中国拳法は

他の拳法と馴染みやすい。邪拳とされる月林の拳でも、実によく

利用される移動法である。

 

「はっ!」

 

近づいてきた師に、アーサーは豪速の掌底を放つ。

拳で応戦してくる月林。掌を用いてそれらを包み込むように

触れては逸らし触れては逸らす。

無数の拳撃をさばいた後に少し距離を置き、掌を虚空に揺らす。

揺らした掌はゆっくりと、しかし着実に空間を掴み、

アーサーの必殺の間合いを世界が告げる。

 

(よくぞ、ここまで成長したものじゃな・・・)

 

アーサーのしているのは、達人クラスにとっては

初歩中の初歩ではあるが、必殺の間合いの掌握方法。

月林であれば視覚はおろか五感を使わずに知覚だけで

察知できてしまうが、アーサーはまだ未熟であるために

掌を用いてそれを形成している。

本来であれば数十年を以って到達する、無想の極地への

第一関門なのだが、アーサーはわずか十年で到達してしまった。

彼はあまり才能というものはない。月林が教えた中でも下から数えるほうが

圧倒的に早い才能無しだったのだ。

だが、だからこそ月林はアーサーは伸びると確信していた。

拳法とは、元々非力なものが強者に対する最終手段として

編み出されたもの。才能なき者の、才覚有りし者への反逆の一手。

それが拳法であり、努力、即ち功夫(クンフー)を積んだ数だけ

己を高めることができるのである。

月林はアーサーの功夫の高さを肌で感じ、弟子の成長の喜びに

打ち震え、かつて彼と出会った時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

今から遡ること92年。1920年代に生まれた月林。

彼もかつては周囲の凡夫同様非力な人物だった。

ある日、道を歩いている時に巨大な体躯をした男にぶつかり、

謝罪をさせられた挙句気晴らしのために殴られ、

挙句服を奪われて下着姿のまま大通りに吊るされ、

大恥をかかされた。彼はこの屈辱を忘れず、

己を鍛えて軍に入隊した。第二次世界大戦を乗り越え、

祖国のためにと奮戦した。

 

時は進み1950年。毛沢東らが共産主義を推進し、

大陸各地を併合していた時代。折しも、チベット侵攻

が行われていた時代であり、月林はその尖兵の一人だった。

銃を片手に無力な少数民族たちを虐殺して回り、

それに疑問を抱かぬ中国共産党の傀儡であった。

しかし、そんな中で月林はある人物と出会う。

彼は無手でありながら十数人の武装した部隊を

苦もなく蹴散らし、月林はただ同胞の無残に死にゆくさまを

見せつけられた。銃を奪われ、抵抗すらできない月林は

その男に聞いた。

 

【何故殺したのか】

 

すると男は答えた。

 

【殺されることをしたからだ】

 

月林は、共産主義の熱気が篭った己の頭がようやく冷えていくのを感じ、

今までの己がしてきたことを思い返して呆然した。

かつて祖国のためにと必死で戦った己は消え去り、

共産主義に毒された人形が残されただけとなっていたことに。

男は更に続けた。

 

【殺される覚悟もないのに弱者を虐げるな】

 

月林は、己のしたことを初めて後悔し、恥も外聞もなく泣いた。

その後、月林はチベットが併合された後に軍隊から身を引き、

男とかつて出会った場所へとやってきた。

そして彼に教えを乞い、彼が死ぬまで弟子として在り続けた。

その後、彼の住処であった住居に住み続け、

拳の伝承を細々と続けていた。

 

そんなある日、ある一人の少年がやって来た。

曰く、自分に拳法を教えて欲しいと。

一体どこで自分のような世捨て人のことを聞きつけたのかと思いつつ、

最初はこんな奥地に来るネジの外れた輩であろうと思っていた。

だが相対し、会話したその瞬間に彼は確信した。

これはネジのとんだ人間ではない。生まれながらの異端者だと。

そしてそんな境遇でありながら、懸命に己を磨き続ける、かつての自分のような者だと。

月林は彼を鍛えることを了承し。アーサーは死に物狂いで

基礎を積んでいった。その甲斐あって5年ですべての基礎鍛錬を

苦もなく続けられるようになり、技を教えれば最初は理解が追いつかなくても

数百、数千回に及ぶ反復を以ってものにしていった。

そして今。目の前には月林のから技のすべてを受け継ぎ、

師のもとから羽ばたこうとしている彼がいる。

それを嬉しく思うも、どこか寂しい気分になった。

 

(然れど、弟子への伝承に情けも容赦も必要なし・・・!)

 

自らへと向かってきたアーサーを、月林は腰を低く構えつつ、

冷静に対応する。アーサーは震脚を用いて拳から発勁を

繰り出すが、月林は拳を最小動作でかわしつつアーサーの懐へと

潜り込み、手を突き出す。

瞬間。アーサーがとんでもない早さで吹き飛び、岩壁に

直撃する。その諸劇で肺の空気が一気に押し出され、

酸欠状態となったアーサーは意識が薄れる。

しかし即座に息を吐き出して痙攣している気管めがけ、

思い切り拳で胸を叩く。幸い岩壁に直撃した

衝撃での痛みが優っていたのか、胸を叩いた痛みは

微々たるもので、衝撃を加えられた気管部分は

痙攣が収まり、息を吸う事を可能にした。

そしてゆっくりと息を整えつつ、月林の放った技を

考察する。

 

(寸勁を用いた抄拳? いや、そんな軟なものではない、

ここまで吹き飛ばされるほどの、なんらかの恐るべき技法だ・・・!)

 

「ホッホ、さすがに歳を取ると辛いの。まさかいきなり

これ(・・)を使うハメになるとはのぅ」

 

師の方を向き、驚愕する。月林は並外れた技巧を持つ優れた拳法家だが、

所詮は一般人である。だが、今の彼はあるものを操っていた。

 

「なぜ、師が魔術を・・・!?」

 

月林の周りには、うっすらとだが魔力が流れていることが確認できる。

即ち、魔術を行使しているということだ。

アーサーは驚きで目が大きく見開かれる。

その様子を見て微笑みつつ、月林は己が操るものの正体を明かす。

 

「アーサー。これが我が流派における最大の秘法。

己が内に宿る気の運用と、その応用による技じゃ」

 

「気、ですか・・・」

 

月林の真剣な言葉に、アーサーは思わず言葉を漏らす。

架空のメディア作品等で度々その概念を言及される気。

しかし、月林が操っているものはどう見ても魔力。

アーサーは突然の師の言葉に困惑する。

 

「然様。西洋では魔力という言葉で表されるらしい。

儂の師がそう言っておった。確か、アーサーも

魔力を操れるんじゃったかの?」

 

「え、ええ・・・。魔術師ですから・・・」

 

「東洋ではこれを気と言っておる。

よく概念的に違うものじゃとされておるが、

実際には同じものじゃ。他の流派でも、

不完全とはいえこれを操れるものもある」

 

「しかし、魔力・・・気を操れたところであれほどの

拳を放つことなど・・・魔術でも使わなければ・・・!」

 

「ふむ、魔術とはどういったものじゃ?」

 

「・・・詳しくは話せませんが、魔力や触媒を用い、

他の世界における法則を適用し、運用する術です」

 

「ほほう、儂と似たようなことをするのじゃな。

儂の場合、気・・・いやお主に説明するなら魔力と言ったほうが

分かりやすいかの。それを用いてこの世界における

法則を適用し、己に付加するといったものじゃ」

 

「この世界の法則そのものに干渉する魔術!?

一体どういう仕組みだというのですか・・・?!」

 

「我が流派が邪拳と言われておるのは知っておるの?」

 

「ええ」

 

「歴代の伝承者の中にはな、魔術師とさえ戦った者がおるのじゃよ」

 

「・・・・・・初耳です」

 

「そりゃ言ってなかったからのぅ」

 

それから、月林は続々と。アーサーの知らない、邪拳の真実を

話し始めた。

伝承者の中には西洋に渡った者も多々おり、その中に

魔術師と戦った者がいた。そして勝利した後、

魔術師が今際の際に自らの研究成果を持って行って欲しいと

頼み、その伝承者は彼の頼みに応じた。

そしてそれらを持ち帰った後、いつも通り拳法への応用や

それに役立つものを吸収しようと研究を始めた。

しかし、今までのものの考え方とは全く違う研究に、

伝承者は四苦八苦した。なにせ魔術は魔力がなければ

行えないし、そもそも拳法へと応用できるかさえ怪しい。

しかし、伝承者は諦めが悪かった。

何とか魔術の運用と、魔術の再現を行うことに成功した。

だが、これでは拳法に応用するなどとても無理だ。

これをそのまま使ってもいいが、どれだけ邪拳と呼ばれようと、

拳法の定義から逸脱しないことを信条としてきた流派であるため。

さてどうしたものかと考えていた時。

魔術の研究成果とともに、興味本位で持ち帰ったあるものに目が止まった。

それは聖書。西洋の宗教から思想的なものを学び取り、

より武術への考え方を洗練しようと持ち帰ったのだ。

そして、その内容の一節から、伝承者はある閃きを得た。

聖書曰く、神は自らの姿に似せて人を創った。

そして、魔術は他の世界のものとはいえ、世界の法則を適用して

行使するもの。伝承などに基づいたものばかりだ。

それには触媒を必要とするが、触媒はその世界を象徴するもの。

伝承を象徴するようなものを用いるのだ。

で、あれば。この世界の象徴的存在たる人間、即ち神の人形(ひとかた)

である己自身に、世界の法則を適用できるのではと考え、

伝承者は研究を進めていった。

その結果、世界の法則を己に適用することに成功し、

更に副次効果として、今までの伝承者が他の流派やらから

得てきた業の数々を、正確な再現と更なる向上を以って使用

することができるようになったのだ。

 

「そして、その代から、儂ら伝承者は魔術師の真似事を

行える武術家となったのじゃよ。これこそが、我が流派

の秘法中の秘法にして唯一の独自技法。相反する

魔術と拳法、彼我の世界の法則を研究の果てに

融和させたことから『矛盾太極(タイジー・マオドゥン)』と言う」

 

「矛盾・・・辻褄の合わない様ですか・・・」

 

「然様。他の世界ではなく此方の世界の法則を適用し、

本来触媒を必要とする魔術を、肉体を代わりとして行使する。

本来の魔術から逸脱した、新たなる矛盾した法則じゃ。

ただ、流石というべきか伝承者は拳法一点のみにこれを絞ってのう」

 

「魔術的ではあるが、拳法のみに適用される独自の法則と

なった、と?」

 

月林の言葉を遮り、そう言ったアーサーに対して少々驚くも、

 

「ふむ、専門者であるが故、容易く理解できたか」

 

と納得する。

 

「然様。詳しく語れば、拳法であると認識できる範囲内でのみ、

忠実な再現を行うことができるのじゃよ。

例えばそう、本来手刀で当身を行うことはできても、

相手を斬ることまではできん。じゃが、我が邪拳は違う。

幾人もの剣術家達と死合い、その技術を忠実に拳法へと

組み込んだ故、剣術の如き型が存在する。そして」

 

「『矛盾太極』を行使すれば斬れる、と?」

 

「疑わしく思うておるじゃろうが本当じゃ。見よ」

 

そう言うと、月林は懐から筆を取り出し、上へと放り投げる。

そして。

 

「カッ!」

 

目の前に落ちてくると同時に鋭い手刀を放った。

すると、筆は鋭利な刃物で斬られたかのように真二つに。

 

「なんと・・・」

 

「これが『矛盾太極』の効力じゃ。この技法は

間違いなく我が流派の集大成とも言える」

 

なにせ盗みとった技法を忠実かつ技量に沿って再現できるのだ。

まさしくこの邪拳の集大成とも言える。

 

「故にじゃ、コイツは余程のことでなければ使うな。よいな?」

 

「はい、肝に銘じておきます」

 

そして更に半年。アーサーは『矛盾太極』会得のため、

その独特の思想や理念、法則性を学び。

実戦にてそれを技の数々を以って体感した。

そして伝承が全て終わり、『矛盾太極』を会得した数日後。

 

「大変だアーサー! 師匠が倒れタ!」

 

「なにっ・・・!?」

 

月林が自室で倒れている姿を、彩華が見つけた。

 

 

 

 

 

「フォフォ、歳を食い過ぎたの・・・お別れのようじゃ」

 

布団に入ってる月林は、とても弱々しくそう言った。

 

「お師匠様・・・。彩華、まだ別れたくないヨ・・・」

 

「彩華・・・誰とて出会いあれば別れるもの・・・運命(さだめ)には

逆らえぬものじゃ・・・」

 

「・・・でモ、でモ・・・!」

 

「お主は強い・・・これから先儂がいなくとも大丈夫じゃ・・・。

彩華・・・道場はお主に託す・・・好きに使うがいい・・・。

要らぬなら売り払っても構わんよ・・・」

 

「要らなくなんてなイ・・・、師匠から学んだことヲ、

私はここに来た人に託すヨ・・・!」

 

「そうか・・・そりゃあよかったわい・・・」

 

そう言うと、彩華の後ろで正座していたアーサーに目を向け。

 

「アーサー・・・」

 

「はい」

 

「好きに生き、そして学ぶがよいさ・・・世界はまだまだ広いからの・・・」

 

「・・・はい」

 

「お主の慕っておる者・・・ローラと言うたか・・・忠義を尽くすというならば・・・

時に諌めることも重要じゃ・・・間違いがあったのならば・・・正すことも

また忠義なるぞ・・・」

 

「ええ・・・その時は師匠の言葉を忘れず、実行してみせましょう」

 

「そうか・・・・・・ミーナ嬢・・・」

 

「・・・なに?」

 

アーサーへの言葉を終えた月林は、最後にミーナへと言葉を投げかける。

 

「復讐を遂げるのならば止めはせん・・・じゃがな・・・けして堕ちるな・・・」

 

「当たり前よ。あんたの自慢の弟子でしょ、落ちたような愚図に

負けるとでも思ってるの?」

 

「フォフォ・・・最後まで気の強い娘じゃの・・・じゃが安心したわい・・・」

 

そう言うと、月林はゆっくりと目を閉じ。

 

「お師匠様!」

 

「・・・逝かれたか」

 

安らかに、どこか満足そうな笑みを浮かべ、月林はその生涯を閉じた。

墓は屋敷の庭、丁度鍛錬場の中を覗ける位置へつくられ、

死後も彩華と、後の彼女の弟子たちを見守ってゆく。

そしてその拳と意志は、次代の弟子たちへと受け継がれていく。




アーサー「秘伝伝授されました」

ミーナ「修行して多少は強くなれたわ」

月林「天に召されちまったわい」

子藤貝「最後だけさらっと言えるようなことじゃない件」

ア「というか死なせる必要とかあったので?」

子「感極まってつい」

月「ついで殺すな、バカタレが」

子「お詫びにたまにだけど後書きに出してあげる」

月「なんじゃ、話のわかるやつじゃな!」

ミ「買収されたわよ・・・」

ア「師匠・・・」

月「ではまたの。今後の儂の活躍に期待しとくれ」

子「・・・嫌な予感しかしない。失敗したか・・・」

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