艦隊これくしょん外伝 壊れた懐中時計   作:焼き鳥タレ派

7 / 18
第7話:反撃の牙

「……とく、提督!もう朝ですよ、起きてください!」

「んああ、もう飲めねえよ……はへ?俺、寝てたのか」

「もう、しっかりしてください!」

 

ああ、そうか。昨日の歴史に関する決定的な矛盾を発見してからというもの、

興奮が治まらず、深夜まで考察を続けていたのだ。他にも歴史の綻びがないか、

『昭和海戦全記』のミッドウェーに関わる所を読み直したり、

年表を作ってみたり色々やってるうちに寝てしまったようだ。結局新しい発見はなかったが、

不思議と徒労感はなかった。目やにのついた目をこすりながら起きる。

 

「ああ、すまんすまん。ちょっと熱中しすぎたようだ」

「残業も結構ですけど、お体も大事にしてくださいね……って、そうじゃないんです!

重要なお知らせがあったんです」

「お知らせ?」

「そう、提督が昨日建造を指示された艦娘が完成しました!」

「!! あーそうだった!早速部隊に登録しなきゃな。来てくれ三日月!」

「はい提督!」

 

俺は目を輝かせながら工廠に向け走った。貯蔵庫が、がらんどうになるほど資材を投入し、

長い時間をかけた艦だ。きっと俺達の切り札になってくれるはず!

 

「はぁ、はぁ、提督待ってくださいよー」

 

三日月の文句も無視して年甲斐もなくダッシュで工廠へ飛び込んだ。

そして艦娘建造工場のシャッターの前に立つ。

横の時計は時刻表示から“完成”の文字に変わっている。

俺に気づいた小人作業員が近づいてきて、敬礼をした後、ファイルを手渡した。

新艦娘の諸元一覧。さっそく俺は目を通す。……、……これは!

 

「あーやっと追いついた。提督ったらはしゃぎすぎですよ~

いくら新しい仲間ができたからって」

「三日月」

 

息を切らせる三日月に俺は指示を出す。

 

「はい?」

「誰にも不審がられないように長門司令代理を連れてきてくれ」

「え、長門様ですか?どうしてまた、新しい艦娘を出迎えるのに……」

「いいから、絶対怪しまれるな!“ちょっと君にしか頼めない用事がある”と伝えるんだ」

「わ、わかりました……」

 

三日月が一旦工廠から出ていく。俺はシャッターを開けずに、

ただ閉じた鋼鉄の扉の前で待ち続けた。10分ほどで三日月が長門を連れて戻ってきた。

 

「提督、長門様にお越し頂きました」

「長門、参りました。どのようなご用件でしょう、提督」

「多忙な所済まない。まずは何も聞かずこれを読んでくれ。

そして読んだら感想や驚きの類は口にするな」

 

俺は諸元一覧のファイルを長門に渡した。長門はファイルを開き目を通す。

その目が文字を追うごとに見開かれていく。

ごくり。彼女が唾を飲む音がこちらにまで聞こえてきた。

 

「……提督、読み終えました」

「うむ」

 

彼女は俺にファイルを返した。その手は少し震えていた。

 

「“彼女”とは、もうお会いに……?」

「今から会う所だ。君にも立ち会ってもらいたい。三日月、君は職務に戻ってくれ。

ご苦労だった。あと、今のことは他言無用だ、いいな」

「え?あ、はい。それでは、提督、長門様、失礼します」

「かしこまりました、では提督。シャッターの解放を」

「ああ」

 

俺は大きなボタンにもなっているシャッター横の時計を、力を込めて押し込んだ。

すると、ガシャン、という音を立て鉄の扉が一瞬揺れると、ガタガタと徐々に上昇し始めた。

薄暗い艦娘建造工場に光が入り、人影らしきものが顕になってくる。

“らしきもの”と曖昧な表現になったのは、巨大な何かが

いくつも中の誰かを取り巻いており、普通の人間のシルエットではなかったからだ。

そして、シャッターが完全に上がると、俺と長門は信じがたい者を見た。

戦艦を縦に真っ二つにし、両舷に取り付けたような、ある意味無茶苦茶とも言える巨体。

それぞれの片舷には高角砲3基、3連装副砲、そして3連装主砲。

つまり両舷合わせて18門の重装備。その巨大な艤装を支えるのは、

これまた赤城と同じく大和撫子のお手本のようなしとやかさを持つ背の高い少女。

膝まで届く赤茶の髪を後ろで束ね、セーラー服のような衣装と赤いスカート。

そして骨が鉄製の和傘のようなものを差している。胸元には金のモールを結んでいる。

最も特徴的なのが首に飾られた桜の紋章。

そう、彼女こそが、日本海軍最強の戦艦、大和である。

彼女は、俺に気づくと、コツ、コツと軽く数トンはあろう艤装を物ともせず、

控えめな歩調で俺に近づき、ニッコリと微笑んだ。

 

「大和型戦艦、一番艦、大和。推して参ります!提督、よろしくお願いしますね!」

 

それに対して俺の第一声は。

 

「あー……ラムネくんない?」

 

ずこっ!と彼女がバランスを崩した。艤装の先端がアスファルトの床を砕く。

あ、やっぱり重いんだ。……じゃない、なんで肝心なところで締まらないんだ俺は!

長門も冷たい目で見てるし!

 

「もう!私はラムネ工場じゃありません!……まぁ、作ってますけど」

 

彼女はぷんすかした様子で、副砲からスポンとラムネを1本取り出し俺によこした。

 

「あ、ああ済まない!今のなし!君のような超巨大戦艦に出会うのは初めてで、

つい馬鹿なことを口走ってしまった……オホン、私がこの鎮守府の提督だ。

来るべき決戦に備え、君のような決定的戦闘能力を持つ艦を待っていた。

貴艦の奮闘に期待する。以後よろしく!」

 

そして俺は敬礼し、手を差し出した。今度こそ決まった!

続いて彼女も敬礼して俺の手を取り……

 

「いでででで!手が潰れる!!ちょっ、タンマ、離して!」

「ああ、ごめんなさい!生まれたばかりで人と接する時の力加減がわからなくて……」

 

これだよ。

 

「ああ、いいんだ、気にしないでくれたまえ。そう、君はまだ生まれたばかりなんだから。

そうだ、少し長門と話がある。そこで休んでいてくれ」

 

おちゃらけはここまでだ。俺は手招きして工廠の隅に長門を呼ぶ。

 

「提督、彼女は凄まじい戦力になります!46cm砲を備えた戦艦は我が国最強です」

「声を落としてくれ、長門。物は相談なんだが、

大和を人目に付かないところに秘匿できないだろうか」

「秘匿?なぜです。あれだけの火力があれば

この付近一帯の要所に生息する深海棲艦を一気に……」

「そんな艦娘、大本営も喉から手が出るほど欲しがるだろう。

それだけ暴れまわれば必然彼女の存在は公になる。

そうなれば、大本営は必ず我々から彼女を奪う!俺達には彼女が必要なんだ。

時が来るまで大和にはどこかの離れ小島で暮らしてもらい、演習を積ませて練度を上げ、

更に強化させるんだ」

「提督は先程、“来るべき決戦”とおっしゃいましたね……

一体どんな戦いが起こるというのですか?46cm砲が火を噴くほどの」

「それは……軍事機密だ。だが艦娘全体に関わることだけは確かだ。機が満ちれば必ず話す。

どうか内密に頼む」

 

俺は長門に頭を下げ、両手を合わせて拝む。

彼女は腕を組んでしばらく考え込んだ後、ふぅ、と息をついて

 

「……わかりました。艤装を付けたままでは目立ちすぎます。

とりあえず砲は外してもらって、彼女には何か被って移動してもらいましょう。

彼女の居住地については後ほど話し合うということで」

「ありがとう、助かるよ!」

 

そして、俺達は大和に艤装を外してもらい、運搬船への搬入を小人達に任せ工廠を後にした。

大和には工廠にあったシートを頭から外套代わりに被ってもらった。

 

「ホコリで髪が汚れちゃいます……」

「すまない、もう少し我慢してくれ」

 

それでも彼女の高身長にすれ違いざま振り返る者が多く、ヒヤヒヤしたが、

なんとか俺達は執務室にたどり着いた。

 

「ここなら安心だ。悪かったな大和。もうそれ脱いでいいぞ」

「どうして隠れるんですか~?」

「君の力を狙っているものが沢山いる、ということだ。

これから提督と私で君の今後について話し合う。

済まないが、少しの間窮屈な思いをしてもらうことになる」

「そうなんですか……さっそく他の艦娘の皆さんとお友達になりたかったんですが」

 

トントントン

 

「入ってくれ」

「失礼しま……あ、その方が新しい艦娘なんですね!私、三日月です。

よろしくお願いします」

「はじめまして!私、大和と申します。わぁーあなたが提督の秘書艦の三日月さん!

よろしくお願いしますね!」

「シィー!二人共声が大きいぞ!」

「あ、すみません提督!」

 

呼び出していた三日月が、入ってくるなり大和と歓談し始めたので慌てて止める。

彼女にはこれから大和の秘匿作戦についていろいろ協力を頼むつもりだ。

 

「……というわけなんだ。ちょっと今日は忙しくなる。だが、最重要任務と位置づけ、事に当たって欲しい……あと、くどいようだがこのことは絶対口外厳禁だぞ」

「わかりました!」

「あの……提督?」

 

その時、大和が俺に話しかけてきた。

 

「どうしたんだ?」

「それが、その……お腹が空きました」

 

クゥ~と彼女の腹が鳴った。

 

「そうか。では三日月、早速だが食堂へ行って……」

「提督の手料理が食べたいです~」

「……は!?」

「ラムネ、あげたじゃないですか。何か作って欲しいです……」

 

根に持ってやがったのかよ!

 

「食べたい食べたい食べたい!!」

 

椅子に座ったままジタジタする大和。大和撫子とか書いたが、結構いい性格してやがる!

 

「わーったよ!作るから大声を出すんじゃない!」

 

そして。シャンシャンシャンシャン、ジュー……

俺は食堂の厨房で中華鍋を振るっていた。おばちゃんに

昨日余った冷や飯と具材を分けてもらい、焼き飯を作っていた。

焼き飯を作るコツはいかに素早く米粒に高熱を通して水分を飛ばすかだ。

中華鍋を振る理由は2つある。1つは具材と飯に均等に火を通すため、

もう1つは、料理人が宙に飛ばした焼き飯に、コンロの直火を浴びせ、水分を飛ばすという

高等技術を行うためだ。素人が後者の理由で鍋を振ると、こぼす危険が大なので、

お玉で焼き飯を鍋に押し付け、鉄板の熱を与えてやったほうが安全だ……って

なんで提督が美味しい焼き飯の作り方解説しなきゃならんのだ!

ああ、それにしても手が疲れる!あの大食い娘、“4~5人前は食べたいです”とか

抜かしやがって。ラムネ1本の代償がこれだよ!さあできた。

俺はドームカバーを乗せた焼き飯を執務室に持っていった。

 

「ほら、できたぞ、ありあわせのもんしかなかったから、焼き飯でいいだろ?」

 

俺はゴト、とテーブルに大盛りの焼き飯を置いた。早速レンゲで焼き飯を頬張る大和。

 

「んー美味しいです!」

「ああ、そりゃよかったよ」

 

呆れて腰に両手を当てる俺の肩に長門が手を置いた。

 

「どうした長門、なにか問題か?」

「はい、極めて重要な」

 

一旦手で待つよう指示。ドアの付近に誰もいないことを確認した

 

「よし、話せ」

「私達の分がありません」

「うん、そうか。それは大きな……って、は!?」

「彼女の食べる姿を見ていたら、私達もお腹が空きました」

 

その真剣な表情と、話している内容のミスマッチ具合に、うまく頭に入ってこなかった。

 

「私も提督の焼き飯……食べたいです」

「な、なんだよお前ら。それこそ食堂行けよ……」

「オホン。実は私、今朝から何も食べていないのです。

食堂へ行こうとしたのですが、“どなたか”から特急の呼び出しを受けまして……」

「だから今からでも食堂行けって……もうこの時間ならメニューよりどりみどりだぞ」

「ものすご~く多忙な職務の合間を縫って食べようとした朝食を取り上げたままでは、

部下の士気に関わるかと。ここは上官自らの手料理で労うことを具申します」

「具申すりゃ何でも通ると思ってんじゃねーぞ!」

「そういえば私も朝ごはんまだです……朝から提督に連れ回されて」

「ほら見てください。こんないたいけな少女を空きっ腹にして、

提督は何も思われないんですか?」

「なんだよ、お前ら揃いも揃って提督こき使いやがって!……くそ、行きゃいいんだろ!」

 

シャンシャンシャンシャン、ジュー……

ああ、ちくしょう!なんかこの時間の物語には

カッコいい副題がついているような気がするが……

いや、もういい。俺は一人寂しく中華鍋を振り続けた。

 

「ほらよ、これで満足か。腹ペコ娘ども」

「んー、美味しい!お米がパラパラで具材と程よく混ざり合ってます!」

「確かにこれは、素晴らしい……提督、料理はよくお作りに?」

「独り暮らしが長いからな。いいから食えよ」

 

女三人寄れば姦しいというが、こいつらの場合は腹が減るらしい。

一心不乱に焼き飯をかきこんでいる。

 

“ごちそうさま!”

「お粗末様でした、と。もういいか?そろそろ本題に入りたいんだが」

「はい!提督の焼き飯、とっても美味しかったです!雷ちゃん達に自慢しちゃおうっと」

「大和のことは伏せとけよ、絶対」

「もちろん、了解です!」

「提督、貴方の手料理、美味しゅうございました。この長門、感服致しました……!」

「焼き飯くらいで大げさだよ。さ、空腹問題が片付いたところで

大和のこれからについて話し合いたい」

 

テーブルの皿を端の空き椅子に寄せた俺は、代わりに付近の海図を広げた。

目下の課題は彼女の住居だ。

 

「うーん。鎮守府から電波通信が届く範囲で人目につかない離れ小島となると……

なかなかいい場所がないな」

 

いくつか候補になりそうな島はあったが、全く遮蔽物がなく丸見えだったり、

逆に密林状態で住めるようになるまで時間がかかったりで、

今すぐ移住できるところがなかなか見つからない。

 

「難しいですね。そもそもこのあたりは居住に適した海域では……あ!」

「どうした長門?」

「前任の提督……彼が作らせた別荘がこの島に。防波堤や桟橋なども完備されている、

当鎮守府との行き来を想定した作りになっています!」

「おお!」

 

彼女が小島の一つを指し示す。丁度母港から死角になるところにほぼ円形の島がある。

これなら演習の砲撃も、どこか遠方の戦闘か落雷だと思われるだろう。

 

「彼が退任して以来使われていないので、若干修繕は必要ですが、

ここは別荘地として整備されています。彼は帝都で療養中なので、

こっそり使わせてもらいましょう。ここなら、小人達に物資さえ届けさせれば、

彼女も不自由なく暮らせるかと」

「決まりだな!……しかし、別荘なんて前任の野郎、どんな贅沢してやがったんだ。

俺なんか別荘どころかボロい集合住宅だぞ!」

「誤解なきよう言っておきますが、彼は実績と努力に見合った給金でこの別荘を……」

「おーし!そうと決まれば大和の新しい城に出発だ。三日月、大和に合うサイズの外套を用意してくれ。母港に向かうぞ」

「はい、提督!大和さんにぴったりの、可愛いの選んできますね」

「三日月さん、お願いね~」

「あまり目立つような色は避けるんだぞ」

「はぁ、聞いているのやら……」

 

呆れる長門を無視して俺達は待った。三日月はなかなか来ない。

サイズが大きめだから手頃なものが見つからないのだろう。

ちょっと喉が乾いた俺は、大和にラムネを貰おうかとも思ったが、

また何を要求されるかわからないのでその考えは引っ込めた。そもそも今は艤装ないし。

などと考えていた時、ドアをノックする音が聞こえた。

 

「三日月か。入れ」

「お待たせしてすみません、なかなかこのサイズで可愛いのがなくて」

「だから目立っちゃ駄目なんだって。さぁ、大和。これを来てくれ」

「わぁ、可愛い……ありがとう三日月さん!」

 

三日月が選んだのは、フードの付いた薄桃色の外套。足元に白で波の柄が描かれている。

早速大和は外套を羽織った。

 

「似合います?」

「とっても素敵です!」

「うむ、よく似合っているぞ」

「まぁ、似合っちゃいるが、やっぱり少し目立つんじゃないか?」

「移動と言っても本館から母港までですから、そう過度に警戒することもないでしょう」

「うーん、それもそうだな。それじゃあ、行こうか」

「はい!」

 

俺達は執務室を出て母港へと歩き始めた。晴れやかな色のコートが似合う高身長の女性は、

やはり行き交う者の目を引き、せっかくの対策はあまり意味を成さなかった。

しかし、なんとか彼女が艦娘であることには気づかれず、無事母港の運搬船へたどり着いた。

 

「それじゃあ長門、忙しいのに悪かったな。彼女のことは俺に任せて本来の任に戻ってくれ。

行ってくる」

「行ってらっしゃいませ。ご武運を」

「三日月、俺が執務室を空けてる間、窓口を頼むぞ。

代表がすっからかんでは流石に運営に支障が出る」

「了解しました!お気をつけて」

「それでは皆さん、また会う日まで、ごきげんよう」

「壮健でな」

「また会いましょうね、や……新しい艦娘さん!」

 

そして小人たちが小さな身体を目一杯使い、エンジンを掛け、運搬船は母港を離れていった。

 

 

 

「こいつぁひでえ!」

 

俺は思わず声を上げた。上陸したは良かったが、まともな状態だったのは

防波堤と桟橋だけで、肝心のログハウスは蜘蛛の巣、ホコリまみれ。

家の周りは雑草だらけという有様だった。

 

「かなり長い間放置されていたみたいですね…」

「悪い。ここまで酷いとは思わなかった、早速掃除に取り掛かる。

日が暮れる前に君の寝床だけでもきれいにしなくては」

「私も手伝います」

「すまないな」

 

俺達は早速別荘の掃除に取り掛かった。まずは電力の確保。

俺は別荘裏手に回り、発電装置が設置されている金網のドアを蹴破った。

そして発電装置に絡んだ蔦をナイフで切り取り、戸を開ける。

次に「通電」「停止」のスイッチを「通電」に上げ、

脇の取っ手が付いたワイヤーに手をかけ力を込めて引っ張る。

リズムを付けて数回引くと動力源が唸りを上げ、無事別荘に電気が通った。

これでとりあえず彼女が暗闇で一晩過ごす心配はなくなった。あとは、掃除だ。

玄関先に戻ると、彼女は長い枯れ草をちぎって蜘蛛の巣を取っていた。

 

「俺はまず寝室を確保するよ」

「はい、お願いします、提督」

 

俺まず家中の窓を開け放ち、中を漂うホコリと淀んだ空気を追い出し、日光を取り入れる。

そして2階の一番広い寝室らしき部屋の掃除を開始した。

ええと、どこから始めりゃ良いんだ?まずシーツを外に出してホコリを叩き出す。

それからはたきをかけてホコリを落として、箒とちりとりで……ああ面倒だ!

目についたところから片付ける。とりあえず彼女が寝るためのシーツを叩くため、外に出た。

大和は蜘蛛の巣掃除を終え、今度は草むしりをしている。

俺はシーツを手頃な木の枝にかけ、叩き始めた。初めはむせるほどの量が飛び出てきたが、

根気よく叩いていると徐々にシーツ本来の白が見え始めてきた。

後ろでは相変わらず彼女が鼻歌を歌いながら雑草をむしっている。

そんな大和に俺は声をかけた。

 

「大和。君には……本当にすまないと思っている」

「え、どうしたんですか、提督」

「生まれたばかりなのに、俺の都合でこんなところに連れてこられて。

友達を作ったり、皆と任務をこなしたり、普通の艦娘としての生き方をしたかっただろうに」

「……長門さんから聞きました。提督が私をここに連れてきたのは、

貴方が私を必要としてくれているからだって。私は戦う為に生まれてきました。

提督には必ず勝利しなければならない戦いが待っている。

だから、その為なら、私は待ちます。この46cm砲が轟く、その日まで」

「大和……ありがとう」

 

かもめの鳴き声が響き、さざなみが防波堤に打ち付ける。

俺達はしばし黙っていたが、やはり彼女には話しておくべきだろう。

この戦いの意味、全てを知っておかなければ、全力で戦うことなどできはしない。

 

 

 

「大和、少し長くなるが、俺の話を聞いてくれ」

「え、何でしょう」

「……君は、タイムトラベルを信じるか」

 

 

 

そして、俺は大和に時間遡行を駆使して歴史の鎖から艦娘達を解き放つべく、

これまで歩んできた道のりを語った。やはり彼女は困惑した表情になる。

 

「まさか、提督が時間の移動を繰り返していらっしゃるなんて、そんな……」

「ああ。信じろって言う方が無理だよな」

 

俺は腕時計を外して大和に渡す。

 

「これは?」

「14:02、9時の方向に落雷」

 

今は13:52。こんなこともあるかと、いくつか記憶しておいた、些末な出来事。

これで信じてもらえるだろう。

 

「落雷って……こんなに天気のいい青空ですよ?」

「じきに、わかるよ」

 

確かに9時の方向には青空が広がっている。しかし、その言葉通り、5分、7分と経つと

急に空が暗くなり、あっという間に暗い積乱雲が青空を覆い隠し、

ゴロゴロと空が鳴り始めた。そして14:02。カッと空が光り、遅れて雷鳴が轟いた。

 

「そんな……」

「信じてもらえたか?」

「もう一つ、もう一つなにかを予知していただけませんか?

海を知る海軍提督なら、海上の天候を読むことも可能かもしれません」

「わかった。次は1時の方向。14:15に駆逐艦隊が単縦陣で帰ってくる。

被害状況は先頭3隻は無傷、次は小破、続いて中破、最期に小破だ」

「わかりました……」

 

俺達は再びその時を待つ。14:13。1時の方向から艦娘達の声が聞こえてきた。

 

“さっきの雷すごかったねー”

“怖かったです~”

“海の天候は、変わりやすい”

“あたしらの心配もして欲しいんだけど~”

“なんで一番痛い思いした私がMVPじゃないわけ!?”

“早く帰ってお風呂入りたいです……”

 

14:15。予告通り単縦陣の駆逐艦隊。被害状況も予告通り。

 

「わかりました。貴方は、本当に時間を旅していらっしゃるんですね……」

 

大和は複雑な表情を浮かべながら俺に腕時計を返す。

 

「旅、なんて自由なものじゃないけどな」

「……提督は、歴史を変えて戦いの輪廻から私達を救う、とおっしゃいましたね」

「ああ」

「では、もし貴方の宿願が叶った際、戦う為に生まれた私は、

どう生きればいいのでしょう?」

「人として生きるんだ。人間は何も持たずに生まれてくる、使命も、力も、宿命も。

みんなそれを手探りで探しながら生きているんだ。俺の独りよがりな理屈かもしれないが、

艦娘のみんなにもそうあってほしい。誰かに決められた戦いの輪廻から離れ、

自由な生を歩んでほしい。そう願っている」

「……」

 

潮風が二人に吹き付ける。先程荒れていた雷雲は晴れ、元の青空に戻っていた。

 

「提督、1つお願いがあります」

「なんだ?」

「もし……もし、2年後の作戦がうまくいかなかったとしても、

必ずこの時間に戻ってきてください。私がいる、この時間に」

「ああ、約束するよ。戦艦が生まれるかわからないからとかじゃない。必ず君に会いに来る」

「ありがとうございます……!!」

「……よっし、急ごう!早く片付けないと日が暮れる。

最低でも寝室と台所は今日中に片付けたい」

「はい!」

 

それから俺達は掃除を再開し、なんとか日没までに寝室と台所の掃除を終えることが出来た。

気づけばもう夕暮れ時だった。

 

「あーなんとか一段落したな。腰痛え~」

「ありがとうございます。あとは明日から少しずつ片付けていきます。

寝食は確保できましたから」

「最後まで手伝えなくて悪いな。食料や資材は小人に運ばせるから」

「助かります」

「なに、君一人分くらいの資材、ちょっと帳簿をちょろまかせばどうにでもなる。

じゃあ、時間を見つけてまた来るよ」

 

俺は鎮守府に戻るため運搬船に乗る。大和が見送ってくれた。

 

「次に提督がいらっしゃるまでに、砲撃訓練でみっちり精進しておきます!」

「ほどほどにな。陸の者に気づかれない程度に頑張ってくれ」

 

そして、運搬船にエンジンがかかると、

 

「あの……!」

「どうした?」

「よかったら、また、焼き飯。作っていただけると嬉しいです……」

「今度は焼豚入りのを振る舞うよ」

 

今度こそ船は出発した。大和が手を振る。俺も帽子を振って応えた。

こうして俺達は新たな仲間を迎えることができた。堂々と皆に紹介できないのが歯がゆいが。

だが喜んでばかりもいられない。まずは9ヶ月後の試練を乗り越えなくては話にならない。

でも、きっと彼女が力になってくれる。戦艦だから、46cmだからとかじゃなくて、

この頼りない俺を信じてくれた。だから俺も彼女を信じる。そして必ず歴史に、勝つ。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。