艦隊これくしょん外伝 壊れた懐中時計   作:焼き鳥タレ派

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第5話:残された希望

結論から言おう。作戦は失敗した。

 

「うあああああ!!」

 

俺は椅子を振り上げ、机の物を薙ぎ払った。書籍や海図が飛んでいき、

ランプや置物が派手に音を立てて砕け散る。どれだけ物に当たろうが、絶望、怒り、悲しみが果てることはない。しかし感情のやり場のない俺は思い切り本棚を倒した。

『昭和海戦全記』が床に転がり出る。

 

「何が“みんなを幸せにする”だ!“運命を変える鍵だ”!

こんなもん……ただの死亡診断書じゃねえか!!」

 

俺は役立たずの本を壁に投げつけた。俺の暴れる音を聞いた三日月が

ノックもせず飛び込んできて、腰に手を回して止めようとする。

 

「もう止めてください!仕方がなかったんです!あんな物量、不可抗力だったんです」

「何が仕方なかっただ!俺は知ってたんだよ!あの日の結末を!」

「意味わかんないですよ、そんなの未来予知でもできなきゃ……」

「オレに代われ、三日月」

 

その時、同じく大声を聞いた天龍がずかずかと執務室に入ってくるなり、

俺のみぞおちにキツい一撃を食らわせた。

 

「ぐっ……!」

 

息ができなくなり、足の力が抜け、俺はその場に倒れた。

 

「一番辛いのはお前じゃない。甘ったれてんじゃねえよ……!!」

 

天龍の声を遠くに、俺の意識が遠ざかる。

 

「あーあ。派手に散らかしやがって。ガラスには触んなよ。どっから手ぇ付けっかな……」

「すみません、天龍先輩にこんなこと……」

 

……

………

 

 

「提督、長門の信号です!間もなく鎮守府に帰投します!」

「他には!?赤城は?他に健在な艦はいないのか!」

「……信号、ありません」

「くそっ……!」

 

俺は司令室を出て息が切れるほど全力で母港へと走った。

 

その晩、母港に艦娘がたった一人で帰還した。

MI攻略作戦に送り出した艦娘の一人、戦艦長門だった。

彼女の力の象徴である41cm砲はめちゃくちゃな方向にひん曲がり、

彼女自身も傷だらけで、足を引きずってなんとか前に進もうとしている有様だった。

 

「長門!長門しっかりしろ!」

 

俺が母港に着いた時には長門は力尽き、歩くことすらできなくなっていた。

 

「てい、とく……申し訳ありません。MI攻略は、成りませんでした……」

「言ってる場合か、そんな重傷で!おい、救護班まだか!?

艤装外せ、早く修理ドックを……」

「報告、MI攻略作戦は……失敗」

「喋るな、傷が広がる!」

 

俺は長門を黙らせようとしたが、彼女がガッ!と俺の腕を掴む。

 

「お願いです、司令代理としての任を……全うさせてください!」

「……戦艦長門、作戦結果の報告を」

「MI奪還は……成らず。戦死者、5名……

空母赤城、空母加賀、空母蒼龍、空母飛龍、重巡三隈」

「なんでだよ……なんでこんな精鋭揃いで5人も死んじまうんだよ……」

「彼我の戦力差は、圧倒的……現在の兵装・練度では攻略は不可能と考えられ……」

「もういい、十分だ!わかった!頼むからお前まで死なないでくれ!」

 

その時、ようやく救護班が駆けつけ、手早く長門から艤装を外し、

修理ドックへ搬送していった。

 

「急いでくれ、修復剤を惜しむな!必ず助けてくれ……」

 

取り残された俺はしばし放心状態だった。何故だ、何故だ?何故だ!?何故だ!!

俺は立ち上がると全力で本館へ走り、執務室に入ると、感情に任せて、

目についたものを持ち上げては何かに叩きつけることを繰り返した。

そして、天龍から鉄拳制裁を受けることとなる。

 

………

……

 

「お目覚めかしら、なんちゃってタイムトラベラーさん」

 

目覚めると既に朝だった。ゆっくり床から身体を起こす。気づくと

俺が荒らし回った執務室は、割れてしまった調度品などを除いてあらかた片付いていた。

三日月と天龍に詫びておかなければ。そして目の前にはあのシルクハットの少女が。

 

「……何の用だ」

「決まってるじゃありませんの。時計を返してもらいにきましたの」

「……まだ諦めてねえよ」

「あら、往生際の悪い方。いっそ、時計があったことなんて忘れて

“普通”の提督として生きていくほうが楽だと思うのですけど」

「一応聞くが、そんなこともできんのか……」

「ええ。私の時計は局長の時計とリンクしてますの。局長に連絡して承認が通れば

一時的にその力を借りることができる。あの時計の能力は凄まじいの一言ですわ。

私は時間にしか干渉できませんけど、局長はあらゆる事象、概念、物理法則はもちろん、

はては生死を覆すことも可能。まさに森羅万象を手のひらで操っておられる底知れぬ方」

「だったら赤城達を……」

「あ、それは100%通りませんわ。歴史に死を定められた者を生き返らせても、

いずれ歴史が何らかの形で“修正”しますから無駄ですの」

「くそが!」

「これからあの長門さん、でしたっけ?彼女から詳細な作戦内容の報告があるのでしょう。

あの作戦の悲惨さを改めて聞かされてなお、それを繰り返す。

果たして貴方の精神は持ちこたえられますかしら」

「あの本……」

「え?」

 

俺は机の上に置かれた『昭和海戦全記』を目で示した。

 

「それがどうかしましたの?」

「繰り返したから……繰り返したから回収できた!俺は諦めない。

何度でも繰り返して歴史に勝ってやる!」

「本当強情な方ね……ま、今のところはドローにしておきましょうか。

そろそろ彼女も来るでしょうし。それでは失礼」

 

そういうと少女の姿がパッと消えた。時間停止して去っていったのだろう。

入れ替わるように、ドアのノックが聞こえた。俺は急いで立ち上がり、

さっと身なりを整え、椅子に座った。

 

「入りたまえ」

「長門、入室します」

 

彼女は几帳面に入室してから敬礼し、俺の前に立つ。

 

「……具合はどうだ」

「はっ、おかげさまで、もう完全に回復し、艤装の修理も完了しております」

「そうか。どういえばいいのか、君だけでも助かって何よりだ」

「お心遣い感謝します」

「それじゃあ……報告してくれるか。あの戦いの詳細を」

「……かしこまりました」

 

……

………

 

「すっかり暗くなりましたね。警戒を厳にしなければ」

 

赤城がMIの方角へ目をこらす。月明かりが太平洋を冷たく照らしている。

 

「ようやく敵の本丸ですが、ここまでの散発的な戦闘で航空機もやや損耗しています。

油断は大敵です」

 

加賀が手探りで矢筒の航空機発艦矢の数を確認する。

彼女達の矢は空に打ち上げると空中で炸裂し、複数の航空機と変化する特殊な装備。

空母等にしか扱えない霊装と呼べるものだ。

 

「私、MIに偵察機を送ります。さぁ、お願いね!」

 

飛龍が空へ1本矢を放った。弾け飛び、偵察機・彩雲に姿を変える。

そしてミッドウェー諸島へと飛び去っていった。

 

「私達は報告を待ちつつMIへ向かいましょう。みなさん、警戒を怠らないように」

“はい!”

 

加賀の警告と共に彼女達はスピードを上げ、水上を駆けながらミッドウェーへ向かう。

しばらくすると、飛龍の耳に彩雲から通信が入った。

 

「ありがとう、どうだった?……嘘、やだ!本当なの!?」

「どうしたんですか、飛龍さん!」

 

うろたえる飛龍に赤城が問いかける。

 

「以前の偵察より敵戦力が圧倒的に強化されています!中間棲姫を始めとし、

空母ヲ級、重巡リ級2、戦艦タ級、駆逐2の大艦隊!地上には護衛要塞も!」

「!!」

 

各員に動揺が走る。数で差を付けられた上、どの艦も鉄壁の要塞といえる重量級の艦だ。

それらを打ち倒して、更に強力な深海棲姫を討ち取らなければならなくなったのだ。

みながしばし黙り込む、だが、加賀がその沈黙を破る。

 

「報告ありがとう飛龍さん。もし、MIに行きたくない者がいるならここで帰っても構わない。

この無茶な戦力差なら誰も咎めはしないわ。でも私は往く。

一航戦の名に懸けて、必ず勝利してみせる」

「……」

 

加賀の厳しい励ましに皆の意識が変わる。

 

「一人でなんて行かせるわけないじゃないですか、加賀さん」

 

赤城が優しく声をかける。

 

「蒼龍の底力、見せてやるわよ!大物狙って先制攻撃でドカンよ!」

 

蒼龍も胸を張る。

 

「これまでに散っていった子達の犠牲を、無駄には出来ません!」

 

飛龍が決意を新たにする。

 

「重巡だって勝負所で決めるときは決められるんだから!」

 

三隈も気合を入れ直す。

 

「フッ、決まりだな。メンバーに変更なしだ。……ありがとう加賀」

「別に……」

 

長門の感謝に加賀はぷいと顔をそらす。士気を取り戻したメンバーはなおも海を駆け、

ついにMIが遠くに見える距離までたどり着いた。

 

「みんな、構えて!敵は目の前よ!」

「応!!」

 

曇天に雷鳴が轟く悪天候。彼女達はとうとうMI海域にたどり着いた。

……もう奴らが目視できる。報告にあったとおりの大艦隊が彼女達が待ち構えていた。

奴らは戦闘能力が高いほど人間に近い姿をしている。

こちらを見て奴らは不気味な笑い声を上げている。護衛艦隊の最奥、

浅瀬にある巨大な怪物の口のような台座。そこに身を預ける真っ白い肌の女性型深海棲艦。

奴こそがMIを支配する深海棲姫、“中間棲姫”だった。

 

『ユウバクシテ……シズンデイケ……!』

 

全員の耳に身の毛もよだつような声で意味不明な言葉が届く。

だが、それを無視して赤城艦隊は武器を構える。

 

「総員、砲雷撃戦用意!」

 

まずは空母部隊が艦爆隊を発艦させた。赤城、加賀、蒼龍、飛龍が一斉に矢を放つ。

4本の矢は花火のように上空で炸裂、一瞬にして大規模航空機部隊が編成された。

 

「まずは手数を減らします!邪魔な駆逐艦から片付けて、大物は各個撃破に徹しましょう!」

「今、魚雷は温存させてもらいますね!」

「ええ、戦艦か空母にとっておいて!」

 

空母部隊はまず駆逐艦2に先制攻撃をかけるべく、艦爆隊を駆逐艦に向け、

三隈は一旦様子を見る。しかし棲姫もそれを見逃しはしない

 

『トラエテ……イルワ……』

 

彼女が手を振り上げると、空母ヲ級、護衛要塞、そして中間棲姫の台座から

航空機が発艦した。いつもの真っ黒な怪物に混じり、

台座から溢れ出るように飛び立った白い口だけの球体のような航空機が

あっという間に空を埋め尽くす。

 

「そんな……」

 

先制攻撃をかけようと放った艦爆隊が、駆逐艦に攻撃を仕掛ける前に

次々と撃ち落とされていく。圧倒的な数で迎撃されていく様を見て

蒼龍は再び矢を放とうとするが、

 

「待て、今再発艦しても二の舞いだ!私が三式弾でなんとかする!」

 

ガコン、ガコン!

 

長門が砲塔内の砲弾を通常弾から三式弾に換装。砲身を空に向ける。

 

「撃てっ!!」

 

ドゴォォン!!

 

41cm砲から放たれた榴散弾が空中で炸裂。燃え盛る弾子が空を火の海に変え、

敵艦載機をほぼ全て蜂の巣にした。

 

「よし、空母部隊、準備は整った……!?全員回避だ!」

“キャアアア!!”

 

しまった!空に気を取られすぎた。戦艦タ級を始めとする艦艇から

激しい砲撃が浴びせられる。おまけに、

 

『ナンドデモ…シズンデイケ……!』

 

中間棲姫から巨大な隕石かと思わんばかりの大口径砲の射撃が容赦なく降り注ぐ。

皆、散り散りになって回避。完全に陣形が崩れる。

 

「避けなきゃ、避けなきゃ……あっ!」

「くっ!」

 

回避行動を取っていた三隈が加賀にぶつかってしまった。転倒する二人。

 

「ああ、加賀さん!ごめんなさい!ごめんなさい!!」

「謝ってないで前を向く!」

「はい!」

 

加賀は矢筒からこぼれた矢を急いで拾い集める。しかし、そんな彼女に悲鳴が飛んでくる。

 

「加賀さん逃げて!」

「え!?」

 

いつの間にか護衛要塞から再び発艦していた艦爆機が加賀を狙っていたのだ。

慌てて立ち上がろうとするが、足元がふらつき、航空機の速さに間に合わなかった。

艦爆機が抱えた大型爆弾を投下する。彼女の中の時間がスローモーションになる。

わかっていても身体が動かない。迫りくる死の塊。

それは立ち尽くしたままの彼女の腹に命中。防具を粉々にし、彼女の内臓を押しつぶす。

 

「がはっ!!」

 

加賀が大量吐血し、足元の海を赤く染める。皆が呆然となる。

そして、次の瞬間、カッと腹の物が光り、爆発。彼女の身体が海面に叩きつけられる。

身体は海に浮いているがピクリともしない。

 

「加賀さんしっかりして!」

「よせ赤城、魚雷が迫っているぞ!命中コースだ!」

「わかってます!」

 

赤城は重巡、駆逐艦から放たれた魚雷の予測進路を読み、巧みな動きで回避しつつ、

加賀の元へ駆け寄る。が、倒れたままの加賀にその内の1発が迫る。

赤城は最大戦速で走るが間に合わず、加賀は治療中の応急修理要員ごと吹き飛ばされた。

 

「加賀さあぁぁん!!」

 

空中に放り出され、バシャンと海面に落下した加賀。今度は身体が浮かぶことはなかった。

沈んでいく彼女。消え行く意識の中、灰色の景色が脳裏に浮かぶ。

 

“私、また沈むの?……いや、もう、沈みたくない。海は、冷たい。海は、さむい……”

 

深海に消えていった加賀。空母加賀、轟沈。主力艦一隻を失い呆然とする一同。

そして三隈が叫ぶ。

 

「私の、私のせいだあぁ!!……お前らさえ、お前らさえいなければ!」

「待て、無茶をするな!」

 

長門の静止も聞かず、三隈は中間棲姫へ向け敵陣の中へ突撃する。

それを深海棲艦が許すはずもなく、戦艦、重巡、駆逐から集中砲火を浴び、

無数の爆発の中でその姿は見えなくなった。

 

「くそっ!……馬鹿者おお!!」

「長門さん、まだ諦めちゃだめです!」

「……ああ、済まない赤城。仇討ちには程遠いが、まず駆逐だけでも沈める!

砲撃用意、撃てっ」

 

長門の41cm砲が吠える。砲口から爆炎が吹き出し、通常弾が敵駆逐艦に牙を向く。命中。

その醜悪な黒い身体にめり込み、爆発。だが、

 

『ギ、ギギ……』

 

「何!?41cm砲の直撃で、致命傷じゃないだと!」

 

敵駆逐艦は重傷を負いながらも、青い体液を垂れ流しながらしぶとく生きていた。

 

「長門さん、ここの敵、普通じゃありません!物量も攻撃力も装甲も異常すぎます!」

「そうだな、飛龍!空母の皆は頭を抑えてくれ、私がなんとか砲撃で艦を減らす!」

 

赤城、蒼龍、飛龍は引き続き、戦闘機、攻撃機を発艦し、長門の砲撃を援護するが、

敵の尽きることのない航空戦力、水上艦の圧倒的火力に徐々に傷つき、

疲弊し、消耗していく。

 

「ぐあっ!」

『ウフフフ……』

 

長門に戦艦タ級の主砲が命中。幸いとっさに回避行動を取ったため、直撃は避けられたが、

左舷の主砲が使い物にならなくなった。

 

「長門さん!」

「心配ない、砲門が一つやられただけだ。私はさっきの駆逐艦にとどめを刺す!

くそ、身体の水平が……」

 

バランスの悪くなった身体で必死に照準を合わせ、先程直撃弾を浴びせた駆逐艦に

もう一度右舷の砲を発射。命中。今度こそ、黒い肉片となり、駆逐艦は轟沈した。

あまりにも代償の大きい戦果だった。苦い勝利に蒼龍が長門に声をかけてきた。

 

「やりましたね、長門さん……!」

「馬鹿者!蒼龍、気を抜くな!!」

 

『バカメ…!』

 

蒼龍からは見えてなかったが、遠方で何か光った。護衛要塞の発砲。

遅れて雷のような砲撃音が聞こえてきた。

 

「避けろおぉ!!」

「えっ、きゃあっ!」

 

蒼龍をかすめて巨大な砲弾が海に落下した。ザバァン!と大きな水柱が上がる。

 

「ふぅ、死ぬかと思っちゃった。やっぱり気を抜いちゃ……」

 

ほっとした彼女は胸を撫で下ろそうとした。が、

 

「あ、あれ……おかしいな、腕がないよ。

なんで、あれ、やだ、痛い、痛い、いやああああ!!」

「蒼龍、しっかりしろ!」

 

護衛要塞の砲弾は蒼龍の右腕をちぎり取っていった。激しい出血と激痛で半狂乱になる蒼龍。

 

「いや、痛い、死にたくない!早く、早く直してぇ!!」

 

蒼龍の懐から応急修理要員が飛び出し、素早く止血処置を施す。だがもう弓は握れない。

 

「痛い、痛いよう……私、もう、戦えないんですか……?」

「安心しろ!修理ドックへ戻れば時間がかかるが、また戦える。今は耐えろ!」

「ごめんなさい……」

 

しかし現実は待ってはくれなかった。蒼龍が無力化されたことで手薄になった上空から、

中間棲姫が放った不気味な口を開いた白い球体が飛来してきた。

球体の群れは何もできずにいる蒼龍を見つけると、一気に高度を落とした。三式弾は?

換装が間に合わない!近くの長門が気づいて援護を要請したが、遅すぎた。

 

「赤城!蒼龍を守れ、戦闘機を放て!!」

「はい、今すぐ……え!?」

 

背中の矢筒に手を回すが、彼女の攻撃機を封じた矢は既に尽きていた。

その間に球体爆撃機は蒼龍に向けさらに高度を落とし、

下部に搭載した爆弾を彼女に落とした。

 

「がぁっ!や、やだ……こんな、ところで」

 

爆撃機はなおも蒼龍を執拗に攻撃する。爆発の衝撃が彼女の命を容赦なく削り取っていく。

 

「ごほっ!がはっ!うう……げほっ!もう……あぐっ!やめて……おねがい、あああ!!」

「やめろぉ!」

 

ようやく三式弾に換装した長門が空に真っ赤に焼けた榴散弾を放つ。

上空に鋼鉄の嵐が吹き荒れ、球体爆撃機は殲滅したが、蒼龍の命は尽きようとしていた。

落ち着いた緑色の着物は無残に焼け焦げ、足が既に海中に沈んでいる。

 

「蒼龍、蒼龍!気をしっかり持て!」

「長門さん……役に立てなくて、ごめんなさい。みんなにも、謝っといてください……」

「馬鹿を言うな!まだ戦いは終わっていない!」

「最後まで戦えなくて、本当にごめんなさい。もう、みんなのところに行きますね……」

 

蒼龍は自ら長門から離れ、太平洋の海に沈んでいった。浮力の喪失は艦娘の死を意味する。

空母蒼龍撃沈。駆逐艦などとは到底釣り合わない犠牲だった。

 

「蒼龍?蒼龍!!……っ!」

 

後ろの仲間の死を見た飛龍は決断した。

 

「赤城さん、長門さん、撤退してください。私が隙を作りますから、

必ず鎮守府にこの戦いの記録を持ち帰ってください!!」

「何をする気だ飛龍!」

「例え1隻でも、叩いてみせます!」

「よせ!」

 

止める長門を無視して、飛龍は全速前進で敵艦隊へ突っ込んでいった。目指すは空母ヲ級。

これなら全戦力を叩き込めばなんとか落とせる!少しはみんなの手向けになる!

私の命なんか構うもんか!

飛龍は一度に3本の矢を番え、ヲ級に向けて放つ。複数の矢を弾けさせることで、

一気に攻撃機部隊を編成。さすがのヲ級も捨て身の攻撃に不意を付かれたようで、

魚雷4本が命中。外殻の一部が吹き飛ぶ。

しかし、それに気づいた周りの艦が飛龍に砲を向ける。

だが飛龍はお構いなしに次々と艦爆隊、艦攻隊を放つ。

上空からの爆撃、水中からの雷撃。猛烈な波状攻撃にヲ級が苦痛の叫びを上げる。

だが、周囲の艦から放たれた無数の砲弾が飛龍に降り注ぐ。周囲に水柱がいくつも立ち、

砲弾の1発が脇腹に突き刺さる。

 

「ぐううっ!」

 

肋骨が折れ、口に血が上ってくるが、そんなことはどうでもいい。矢はまだ残っている。

再び3本番えて放つ。既に攻撃に気づかれている今は敵戦闘機に邪魔され、

攻撃が届きにくくなっている。だが問題ない。もっと懐に飛び込んで、

迎撃の暇すら与えない!また3本。今度は魚雷1、爆撃3回。あと少し。矢筒に手を回す。

丁度3本。これで最後だ、お願い決めて!

戦闘機の妨害を回避するため、飛龍は海に横になり、海面すれすれに矢を放った。

狙い通り、旋回に手間取っている戦闘機に邪魔されず、攻撃機は超低空飛行で魚雷を投下。

5本命中。崩落した装甲から魚雷が飛び込み、内部で爆発。

ヲ級空母が断末魔の叫びを上げた。

 

「やった……!みんな、やったよ……!!私、勝ったよ!」

 

四面楚歌の状況の中、堂々と立ち上がる飛龍。そして、戻ってきた航空機、艦隊、棲姫の集中攻撃による業火の中、彼女の姿は消えていった。

 

「……馬鹿者、この大馬鹿者!!」

 

そして遺された者にできることは、撤退だった。赤城は長門の肩に手を置く。

 

「長門さん、行きましょう。もう私達にできることはありません。

彼女がくれたこの時間、無駄にしてはいけません」

「ああ、そうだな……撤退だ!」

 

二人は反転し、MIを後にしようとした。しかし中間棲姫はそんな彼女らを指差し、

部下に追撃を指示する。彼女の台座から無数の球体爆撃機が発艦し、赤城達に迫ってきた。

 

「赤城、後ろだ!航空機はまだ出せるか?」

「戦闘機はもうありません!艦爆、艦攻が少しありますが、迎撃には不向きです」

「構わない、出せるだけ出して時間を稼いでくれ。私は三式弾を準備する!」

「わかりました!」

 

赤城は後方に向け、艦爆隊、艦攻隊を発艦させる。

しかし、心もとない機銃しか装備していないそれらが、空中戦用の戦闘機に敵うはずもなく、

次々と撃墜されていく。

 

「長門さん、三式弾はまだですか!?」

「待たせてすまない、完了だ!撃てっ!!」

 

長門が三式弾を放つと、空中に出来た航空機の雲に穴が開く。

しかし、棲姫が放った数は尋常ではなく、護衛要塞から発艦した航空機も加わり、

焼け石に水の状態だった。

 

「もう後ろは見るな、奴らの航続距離も無限じゃないはずだ!全速前進を続けるぞ!」

「はい!」

 

しかし、船が飛行機より早く動けないように、奴らはぴったりとくっついてくる。

魚雷や爆弾を降らしつつ、機銃で彼女達を痛めつける。大型艦の彼女らには効かないが、

効かないから痛くないとは限らない。長門が苦笑する。

 

「すまないな、やっぱり少しは見たほうが……危ない!」

「え……あがあっ!」

 

振り返ろうとした瞬間見たものは、爆撃機が落とした爆弾が、

赤城の背中に命中する瞬間だった。長門の時間が一瞬止まる。

赤城は前に吹き飛ばされ、爆風で彼女も放り出される。

直撃を受けずに済んだ長門はすぐさま立ち上がり、彼女の安否を確認する。

応急修理要員が彼女の背中で必死に手当てしている。応急修理要員の出動。

つまり彼らが居なければ致命傷を負っていたということだ。

 

「赤城ぃ!」

「長門……さん、平気です。行きましょう……」

「平気なわけないだろう!」

「いいから、とどまるほうが危険です……」

「すまない!」

 

長門は赤城に肩を貸し、時折後方を警戒、三式弾を放ちながら

なんとかMIから距離をとることに必死だった。しかし、遂に終わりの時がやってくる。

長門は再度後方確認。敵航空機部隊が反転していくのが見えた。

 

「はぁ、はぁ……やっと振り切ったな」

「そう、ですね。でも、ここまでみたいです」

「何を言ってる!私達は生き残ったんだ!MI海域を脱出した。皆の、犠牲のもとに……!」

「背中、見てください」

「!?」

 

赤城の背中に銃創があり、とめどなく血が流れている。戦闘機の機銃弾によるものだ。

 

「ふふ、今更長門さんに言うまでもないですよね、応急修理要員の“限界”」

「そ、そんな……」

 

応急修理要因はあくまで致命傷を負った際、撃沈から首の皮一枚で救ってくれるだけのもの。

失った装甲や体力まで都合してくれるほど便利な存在ではないのだ。

つまり、どれだけ弱かろうが、もう一発食らえば、死。

 

「当たっていたのか、赤城!」

「鎮守府に戻れればなんとかなるかな、と思ったんですけど、もう、限界みたいです。」

「諦めるな!もうすぐ、もうすぐなんだぞ!」

「いいんです、自分の体のこと、自分がよくわかってますから……」

 

赤城は組んでいた長門の肩を下ろし、後ろに下がった。彼女の足が徐々に海に沈んでいく。

 

「待て、行くな!行くんじゃない!生きて、生きて戻るんだ!」

「生きて戻るのは長門さん、あなたです。必ずみんなの頑張りを提督に伝えてくださいね」

 

ゆっくりと大海原に還っていく赤城。長門は彼女の手を掴もうとしたが、

赤城の身体はスッと海に吸い込まれていった。

 

空母赤城、撃沈

 

「あ、あ、あ……うわああああ!!」

 

………

……

 

「以上が、MI攻略作戦の概要です」

「……そうか。みんな、みんな死力を尽くしてくれたんだね。本当に、本当にご苦労だった」

「空母4、重巡1という甚大な損害を出したのは自分の責任です。どうかご処分を」

「違うよ……」

「え?」

 

声が震えるのを止められない。しかし俺には泣く資格などない。

 

「みんなが命を落としたのは、俺が馬鹿だったからだよ。

初めからわかっていたのに、みんなを行かせるほど馬鹿だったからだよ。

知りもしない相手に勝った気でいるほど、馬鹿だったからだよ。

“歴史は繰り返す”……そんなこともわからないほど、馬鹿だったから!!」

「提督……」

「すまん。報告ありがとう。君はしばらく休暇を取ってくれ。心と体を休めてくれ」

「しかし……」

「きっと君には時間が必要だ。……すまないが、少し一人にしてくれないか」

「……わかりました。失礼します」

 

バタン

 

ドアが閉じられると同時にのしかかる絶望、無力感、罪悪感。

俺はデスクに着いたまま何もする気になれなかった。ただまぶたを開いて

前方の視界を光情報として取り入れているだけだった。その視界に唐突に少女の姿が現れる。

シルクハットの少女。

 

「いかがかしら。だいぶ“効いた”んじゃありません?」

「……失せろ」

「その前に時計を返していただかないと。これでもう運命に逆らおうなどと……」

「俺は……諦めてない!」

「はぁ?貴方、彼女の話を聞いてらっしゃらなかったんですの?

いくら時間に塗りつぶされるとは言え、あんな残酷な戦いをまた彼女達に……」

「させねえよ!」

「!?」

 

俺は両手で『昭和海戦全記』を少女に見せつける。

 

「さっきも言っただろう!繰り返したからこいつを得られた!俺は何度でも繰り返す!

MIの前にきっと手がかりがある!何度でも3ヶ月を繰り返して手に入れてみせる!」

「とことん強情な方。もういいですわ、とりあえず2年前に戻りましょう。さぁ、お手を」

「いらねえよ……」

「はい?」

「自分で戻る!」

 

俺はポケットから銀の懐中時計を取り出した。

 

「正気ですの?2年ということは……24割る3で8回戻る必要がありますのよ?

精神が壊れても知りませんわよ」

「お前の面を見ているよりマシだ!」

「もうお好きになさって。ごきげんよう」

「あばよ、クソッタレ」

 

俺は銀時計の竜頭を押した。

 

…………

 

2年後からの遡行4回目。

 

「うおえええ!!」

 

俺はデスク横のゴミ箱に激しく嘔吐した。強がってはみたものの、

時間の連続遡行による精神的負荷は尋常ではなかった。

脳に何か回転する刃のようなものを突っ込まれるような感覚が延々と続く。

まだ4回目だから1年。2年前に戻るにはまた同じ体験をしなくてはならない。

早くも心が折れそうになる。畜生!さっき誓ったばっかりなのに、

俺は元の世界に戻ることすら出来ないのか!何がみんなを救うだ……!

心の中で毒づいていると、デスクに置いてあった『昭和海戦全記』が目に止まった。

手にとってページをめくり、MI攻略作戦に出撃した艦娘の名を参照する。

撃沈した艦は、皆長門の報告とほぼ同じ最期を遂げていた。俺は本を抱きしめる。

泣くまいと決めたのに涙が止まらない。

 

「ごめんな、ごめん、みんな。俺は何もできない馬鹿で無力な男だ……」

 

 

 

《泣かないで、提督》

 

 

 

「!?」

 

俺が絶望に涙していると不意に声を掛けられた。誰だ。

辺りを見回すと、後ろに彼女は居た。自分の目を疑った。艦娘の亡霊、なのだろうか。

半透明な身体から淡い光を放ち、その場に浮かんでいる。

幸薄そうな憂いを帯びた表情の、灰色の髪に無骨な髪飾りを着けた少女。

 

「君は……誰だ。何者だ」

 

彼女は俺が抱きしめていた『昭和海戦全記』を指差した。

 

《それは私の一部。例え一欠片でも、貴方が私を海の底から拾い上げてくれたおかげで、

こうして地上に現れることができた。少しの時間だけれど》

「これが、一部?」

 

改めて『昭和海戦全記』を眺める。これを見つけたのは“奇妙な艦”だと伊26が言っていた。

彼女がその転生体だというのか。非現実的現象に混乱していると、

突如けたたましい警報が鎮守府に鳴り響き思考を遮った。

 

『警戒警報!警戒警報!現在新型深海棲艦を主力とする部隊が当鎮守府に接近中!

総員第一種戦闘配備に付け!これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない!』

「!?」

《来る……行かなきゃ》

「おい待て、どこに……」

 

彼女は答えることなく壁をすり抜けて外に出てしまった。

しかし、俺もこうしてはいられない。慌てて執務室を飛び出し、司令室に駆け込んだ。

 

「敵艦隊の様子はどうか!」

 

ドアを開けるなり誰ともなしに問うた。大淀が即座に答える。

 

「偵察機の情報によると、現在新型深海棲艦を旗艦とした大規模艦隊が接近中。

旗艦の他、戦艦クラス1、空母1、重巡2。速度21.7kt、到着までおよそ1時間です!

急ぎ迎撃部隊の編成を!」

 

新型深海棲艦!間違いない、棲姫だ!……殺してやる。早い話が、殺せばいいんだろうが!

深海棲艦など、地球上から一つ残らず!

 

「わかった!戦艦3、空母2、あとは重巡1ですぐ出られる者に出撃命令。

各自にダメコンも忘れるな!」

「了解しました!」

 

そして司令室を後にし、母港に向けて全力で走る。

既にそこには出撃命令が出なかった艦娘達が不安げな表情で集まっていた。

 

「通してくれ、みんなどいてくれ!」

 

港の先端に立ち、望遠鏡を覗く。くそ、既に艦載機の大群が目の前に迫っている。

便宜上艦載機と呼んでいるが、俺はあれを機体とは思いたくない。黒い外殻に太い歯。

機銃や爆弾を除けば化け物としか思えない禍々しい姿。

それらがおぞましい悪意を持って鎮守府に突っ込んでくる。

 

「ちくしょう、空母はまだか!間に合え、間に合ってくれ!!」

《私が守る。誰も、傷つけさせはしない》

 

ヴォン!という音と共に執務室で会った少女が隣に現れた。

周囲の艦娘からどよめきが起こる。

 

「君が誰かは今はいい。危険だから今すぐ建物に避難するんだ!」

《大丈夫、すぐに、終わらせる……イージスシステム、起動》

 

そして少女が両腕を広げると、その細身の身体に見たことのない艤装が現れ、

一瞬で全身が兵装に包まれた。両肩には斜め上を向いた筒状の兵器と思われるもの、

右腕には一門だけの砲、左腕には奇妙な白い繭のような装備。

背中には何かの発射台らしき四角い柱のような兵器が2つ。またしても驚きの声が上がる。

 

“あの娘だれ!?”

“どこの所属?うちじゃないよね?”

“あの装備なに?見たことないんだけど!”

 

そんな声を気にすることもなく、少女はつま先で水面に降り立つと静かに目を閉じた。

 

「なにやってるんだ、敵は目の前だぞ!」

《心配しないで、この方が、見えるから》

 

集中する彼女の脳裏に三角のマーカーが浮かぶ。点在するマーカーのうち、

群れを成して突っ込んでくるものに照準を合わせ、右腕の砲を敵艦載機の部隊に向けた。

 

《……来ないで》

 

ダァン!ダァン!ダァン!

 

3発発射。全弾命中。ギィィィイ!……という耳障りな断末魔と共に艦載機が墜落していく。

 

“うそ……全部当てちゃった。一門で?”

“どんな電探持ってるの、あの娘”

 

先頭の仲間がやられ、慌てる艦載機は残り4機。少女が今度は左腕を伸ばす。

 

《みなさん、耳を塞いでください。すこし、うるさいですから》

 

左腕の繭にはよく見ると束ねた銃身が備えられていた。俺達は耳に手を当て様子を見守る。

白い機銃が微妙なコントロールで銃口を艦載機に向け、一瞬空転。そして。

 

バララララララ!バララ!バララララ!

 

暴力的なまでの発射速度で放たれた無数の弾丸が、残りの艦載機を撃つ、

というより切り裂いていく。それを俺達は息を飲んでそれを眺めるしかなかった。

少女が艦載機の相手をしている間に、とうとう後続の部隊が到着した。

重巡2に守られた空母。その先を行く戦艦。まだ姿は見えないが

空母の後ろに棲姫が控えているのだろう。もう望遠鏡でも見える。

空母がまた艦載機を繰り出そうとしている。

 

「くそ、急がないと次が来る。我が部隊も出るぞ!」

《待って。私にまかせてほしい》

「あの重量級をどうする気だ!」

《倒す。今度は後ろに下がって。きっと、あついから》

「……っ、みんな危険だ。距離を取れ」

 

全員が安全な距離まで退避したことを確認した少女は、深く息を吸って呼吸を整えた。

そして目を閉じたままつぶやく。

 

《羽撃いて》

 

すると、背中の柱から爆炎を上げて縦長の飛翔弾が飛び出し、

まっすぐに空母型へ飛んで行った。燃えるロケット燃料から放たれる熱風が俺達を包む。

離れていても肌が焼けそうだ。確かに近くにいたら危なかったな。

そして時速880kmに及ぶ炎の槍は空を駆け、一気に空母型に距離を詰める。

その存在に気づいた奴が慌てて回避行動を取ろうとしたが、間に合わず、命中。

突き刺さった飛翔弾に詰め込まれた炸薬が大爆発を起こし、空母型は木っ端微塵となって

轟沈した。

 

“ヲ級を、一撃!?”

“提督、あんな娘いつお造りに……?”

「皆落ち着け、あの子の出自は不明だ。事が終わり次第調査する。

無闇に騒ぎを大きくしないよう」

 

俺がざわつく艦娘達をなだめている間に、少女は次の攻撃に移ろうとしていた。

標的は守るべき空母を失った重巡2と戦艦1。

黒い生物と大砲が融合したような装備を背負った深海棲艦に向け、

彼女はまた精神に写し出されたマーカーを元にまずは戦艦に向け兵装に諸元入力。

 

《そんな格好で、来てはだめ》

 

今度は両肩の筒状の兵器を発射。シャアァァ!という鋭い発砲音と共に2発の飛翔弾が

レ級戦艦に襲いかかる。マッハ0.85で食らいつく誘導弾が2発とも命中、レ級もまた、轟沈。

 

《……左様なら》

 

最後の少女は、残った重巡2を同じく両肩の兵器を1発ずつ発射し、

ネ級重巡2隻を撃沈した。残るは棲姫級1隻のみだ。

俺は思わず少女に駆け寄り、必死に呼びかけた。

 

「君、頼む。あいつを倒してくれ!あいつらがいる限り俺達に未来はないんだ!

奴らが仲間を……彼女達を殺したんだ!!」

《ごめんなさい。トマホークは使ってしまった。残りのハープーンでは倒しきれない。

それに、時間も残されていない。大丈夫。帰っていくわ》

 

海を見ると、深海棲姫はしばらくこちらを見つめた後、反転して去っていった。

 

「君が駄目なら俺が艦を出す!おい、逃げるな!戻ってこい、戻れ化け物!

殺してやる、殺してやる!」

「提督、提督落ち着いてください!深追いは危険です!」

 

誰かに肩を掴まれる。長門だった。間近でこの顔を見ると、

彼女の苦悶の表情が思い出された。自らも死にそうになりながら仲間の戦死報告をする

彼女の姿がフラッシュバックする。徐々に冷静さが戻ってくる。いや、恐れをなしたと

言うべきだ。今の装備・練度でさっきの棲姫を殺せるのかわからなくなったからだ。

 

「ああ、そうだな。鎮守府が無事だっただけ良しとしよう。

君、ありがとう。おかげで……あれ、彼女はどこだ?」

「変ですね、さっきまでここに……あ、あそこです」

 

謎の艦娘は観衆の中から誰かに向かってまっすぐ歩いていた。

その先には金剛型1番艦“金剛”が。彼女は金剛の前で歩みを止めた。

金剛は少し戸惑ったようだが、新たな仲間に出会いすぐ笑顔になった。

 

「ブラヴォー!あなたの戦い、とってもグレートでファンタスティックだったデス!

船籍はどこ?そのスーパーウェポンどの国……」

 

がばっ

 

少女はいきなり金剛に抱きついた。これには流石に金剛も驚く。

しかし、次の瞬間もっと驚くことになる。

 

《会いたかった。……“お母さん”!!》

 

てんてんてん

 

“えええええ!!”

 

「ホワットあーゆートーキンアバウ!?私まだ子供なんて……」

 

がしっ。パニックになる金剛の肩を誰かが掴む。金剛型姉妹艦の一人、霧島だ。

何やら黒いオーラを出して恨めしそうな目で金剛を見ている。

 

「お姉様……いつの間に殿方と赤ちゃんができるような行為を……?」

「チッガーウの霧島!私はまだ純潔なヴァージン……って何言わすんじゃゴルァ!!」

“キャー金剛さん進んでるー!”

「みんな落ち着け、落ち着くんだ!」

 

一気に大騒ぎになる艦娘達。俺は警笛を取り出し、吹き鳴らしながら

必死に混乱を鎮めようとする。ええい、なんで俺が警備員みたいなことやらにゃならんのだ!

 

「君、君、混乱を招く言動はよさないか。そういえば、まだ名前も聞いていなかったな。

一体君は誰なんだ。所属と名前を教えてくれ」

 

《申し遅れました。私は海上自衛隊所属こんごう型護衛艦1番艦、“こんごう”です。

イージス艦とも呼ばれています》

「海上自衛隊に、イージス艦……どちらも聞いたことが無いな」

《はい。私はこの時代ではまだ生まれていません。未来の艦ですから》

「未来って……君はあの沈んだ艦の艦娘だろう。おかしいじゃないか」

《そのことについて重要なことを伝えに来たのですが、時間がありません。

手短に話します。“歴史は繰り返す”》

「!?」

 

心臓が飛び跳ねる思いをした。あのシルクハットの少女が言ったことと同じ。

 

「なんだよ……やっぱり俺のやってることは無駄だって言いたいのか!」

《違います!まだお伝えすることが。

“時間は連続していない”。そして、“歴史は変わらないが世界は変わる”

……私に言えることはこれだけです》

「どういう意味だ!」

《残念ですが、全てを説明している時間が残されていません。

でも貴方ならきっと成し遂げられる。どうかご自分を信じてください。

そしてごめんなさい、最後の時間は自分のために使わせてください》

 

そう言うと、“こんごう”は再び金剛の元へ歩いていった。

金剛は相変わらず霧島にまとわりつかれていた。

 

「お相手の方に会わせてくださいまし……!お姉様に相応しいか私が判断を!」

「オゥ、シット!霧島もいい加減しつこいネ!……ああ、あなた!

さっきの言葉、間違いだったってこのバカに言ってやって!」

《いきなり驚かせるようなことを言ってごめんなさい。

正確には私はお母さんの後を継ぐ者なの。私は“こんごう”。

お母さんと同じ名を持つ未来の艦。だからこの体はお母さんと直接の繋がりはない。

でも、艦には女神が宿るもの。その魂は確かにここに宿ってる。お母さんの魂が!》

 

“こんごう”は両手を胸に当てる。

 

「オゥ……」

《私が生まれた時には、貴方は既に役目を終えていた。だから、お願いです。

1度だけでいいから、私を抱きしめてください、お母さん!》

「……オフコースね!さぁ、マムの胸に飛び込んでいらっしゃい!」

《お母さん!……お母さぁん!》

 

“こんごう”は金剛に抱きついた。今度は胸に顔を埋めて甘えるように。

金剛もそんな彼女を抱きしめ優しくなでる。俺や艦娘達は皆、二人を笑顔で見守っていた。

短いような長いような時間が経った時、“こんごう”は自分から身を離した。

もともと半透明だった身体は更に薄くなっていた。

 

《もう行かなきゃ。じゃあ、さようなら、お母さん。会えて嬉しかった》

「コンゴウ!」

《提督、お話したこと、忘れないで。貴方なら必ず運命を変えられる》

「ああ!絶対に諦めなどしない!」

《がんばって……》

 

そして、彼女の姿は夕日に溶け込むように色を失い、とうとう見えなくなった。

彼女が立っていた場所を皆、見つめていた。

 

「さ!みんな散った散った!まだ仕事は残ってるだろう」

 

俺はこの騒動で集まっていた艦娘達を解散させた。いつまでも感傷に浸ってはいられない。

俺達にはそれぞれやるべきことがあるのだから。しかし、一人だけ残る者がいた。金剛だ。

 

「提督、聞きたいことがあります」

「金剛……」

「あの娘が言っていたこと、未来から来たなんて、普通ありえないのに、

なぜか信じられたんです。提督も疑っている様子、なかったですよね。

あの娘のこと、何かご存知なんですか」

 

いつもの似非外人口調を引っ込め、真剣な眼差しで問う金剛。

 

「金剛それは……言えない」

「軍事機密、ですか?」

「その言葉は使いたくない。時が来たら必ず話す。約束だ。時間をくれ」

「……わかりました。待ってますから。それと大事なことを確かめなきゃ」

「なんだ?」

 

金剛は一瞬うつむくと、顔いっぱいの笑みで

 

「私がヴァー……純潔な乙女だとわかって安心しました?

心配しなくても私は提督一筋ダヨ!びっくりした?びっくりした?オチャ~メさん!」

「テんメエ……ふざけんな!せっかくシリアスな雰囲気で

今日を締めくくれると思ってたのに!」

「フフフ、照れちゃって。提督ったらホントはハラハラしてたんじゃないノー?

私に彼氏ができたんじゃないカナーなんて」

「果てしなくどうでもいい。工廠に散らばってる空薬莢の数くらいどうでもいい」

「ヘイ!それどういうことよ!」

「そういうことだ」

「頭にきたネ!自慢の41cm砲お見舞いするヨ!」

「鎮守府吹っ飛ばす気か、お馬鹿」

 

他愛もない話をしながら本館へ帰っていく2人。そんな様子を屋根から見つめる

シルクハットの少女。

 

「大ヒントを貰えて良かったですわね。ま、それを活かせなければどうにもなりませんけど?

まぁ約束通り、私はここでしばらく様子を見ることにしますわ」

 

 




*やったら長くなってしまい申し訳ありません。どうしても1話に収めたかったので…

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