艦隊これくしょん外伝 壊れた懐中時計   作:焼き鳥タレ派

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第4話:パンドラの箱

6巡目

 

結局あの『昭和海戦全記』の修繕はタイムリミットに間に合わなかったが問題ない。

記憶した海域にすぐさま遠征を派遣し、回収。分析室に回した。

一気に全ての答えがわかるなど都合の良いことは考えていないが、

重要な鍵が隠されているのは間違いないだろう。深海棲艦、そして艦娘達の

出自を知ることができれば、この不毛な戦いに終止符を打つことができるかもしれない。

それにしても、楽しみのある毎日は素晴らしい。

俺の生活にも色が着いてきたような気がする。時間遡行からタイムリミットまでは

全く同じ生活の繰り返しを余儀なくされる。誰に挨拶しても同じ返事。

三日月の一言一句違わぬ報告。実体を持った既視感。頭が呆けそうだ。刺激が欲しくなる。

そんな時にもたらされた朗報。未来への突破口!何もせずこうして待っているだけで

生きている、と感じる。分析室からは今日にもあの本の修繕が終わり、届くと連絡があった。

待ちきれず執務室のデスクでそわそわしていると、トントントン、とノックの音が。

 

「入りたまえ!」

「失礼します。提督、技術部からの届け物です。こちらがその……」

「貸してくれ!」

「あっ……」

 

俺は三日月から乾いた『昭和海戦全記』をひったくると、慌てて目次に目を通した。

すると“日本海軍所属艦艇”という項目に、見慣れた名前がずらりと並んでいた。

他にも重要そうな項目はあったが、まず彼女達のことを知りたかった俺は

“赤城”のページを開いた。が、顔がくっつきそうなほど、本に食いつく俺を

心配そうに見つめる三日月に気がつく。

 

「あ、ああ三日月。他に何か報告はないか?」

「いえ、そのお届け物だけです」

「そうか、うん、なら下がっていいぞ。ありがとう」

「……失礼します」

 

一つ息をついて落ち着く。やはり完璧な復元は難しかったのか、

パリパリと少しページがくっついている。しかし、軽く力を入れればきれいに剥がれるので

問題なく読めるだろう。そして椅子に腰掛け改めて開いたページを眺める。

そこには彼女と同じ名前の巨大な艦艇の写真とその解説が記されていた。

平らな甲板に10機ほどの艦載機を搭載した堂々たる姿。俺はじっくりと解説を読む。

 

「なになに、空母赤城は日本海軍所属の航空母艦。これは知ってる。

ふふ、いつも会ってるからな」

 

一人笑いをこぼしながら本を読み進める。

 

「大正14年4月22日 巡洋戦艦赤城として進水。

へぇ。写真の彼女は初めから空母だったわけじゃないのか」

 

もう一人の赤城の意外な生い立ちを知り驚く。その後も、赤城の設計思想、

近代化改装の方式や成果など、少なくともこの鎮守府の方法とは明らかに違う艦の運用に

息を呑むばかりだった。しかし、“第二次世界大戦”という見出しの段落を読むうち、

背筋に嫌な汗が流れた。

 

ミッドウェー海戦

 

“真珠湾攻撃に端を発する太平洋戦争では、快進撃を見せた赤城だったが、

ミッドウェー島を巡る日米両軍の戦いで、赤城を含む空母機動部隊は壊滅的損害を受け、

結果日本軍は第二次世界大戦に於ける主導権を失い……”

 

「……知らん。知らん!!第二次世界大戦という戦争など俺は知らん!

第一、深海棲艦の妨害でアメリカとは行き来すらままならないじゃないか!」

 

“赤城は米軍機の急降下爆撃を受け、火災・炎上、格納庫に引火。

内部で爆発を繰り返し、航行不能となり、雷撃処分”

 

雷撃処分。つまり、死。思わず立ち上がった。心臓が激しく鼓動する。

何度も深呼吸する。無理に自分を落ち着かせる。

 

「待て待て。軍の記録には赤城と同名の空母が建造されたなんて記録はない。

そもそも第二次世界大戦なんて戦争も起こってない!そう、これは過去の話だ。

あんなボロボロの艦に残っていた資料だ、単に俺が知らなかっただけだ!」

 

しかし資料には、第二次世界大戦はあらゆる国が利害の一致する相手と同盟を結び、

勢力を二分して覇権を巡り争った人類史上最大の戦争、とあった。

それを軍属が知らないというのはいささか無理がある。

だが、そんな理屈など頭から追い出す。

 

「……そうだ。そうだよ。あくまでこの記録はこの鋼鉄の軍艦の運命であって、

この鎮守府にいる彼女とは関係ない。アハハ、何を俺はおたおたしていたんだ」

「現実逃避は感心しませんわよ」

 

ずれた軍帽を直し、もう一度席に着こうとすると、突然声をかけられた。

いつの間にかドアの前に人が立っていた。ステッキを持った少女。

紺のブレザーに赤いスカート。そして時計の歯車らしき模様をあしらった

シルクハットが目を引く。

 

「誰だ君は。どうやって入ってきた。ここは部外者は立入禁止だ」

「私は時空運行管理局次長の○△※。あなたに用事があって来ましたの」

「どうやって入ったのか聞いている。さぁ、早く出ていきたまえ。

人を呼んで大事にはしたくない」

「どうやって入ったか。は、そのポケットのものに関係していますわ」

 

少女がステッキで指した右ポケットには銀の懐中時計が。

 

「これは……君が落としたのか!?」

「あんな馬鹿と一緒にされるのは心外ですわね。私はそんなヘマはしませんわ。

ただそれを返していただきに来ただけ」

 

彼女が語る間に、俺はさりげなくデスクにつき、ホルスターから拳銃を抜いた。

 

「……悪いが、こいつを返すわけにはいかないな」

「あら、いけない方。ご両親から人の物を盗ってはいけません、と教わりませんでした?」

「問題ない。今からもっと悪いことをするからな!」

 

バンバンバン!!

 

俺は少女に向けて3発撃った。が、弾丸が命中することはなかった。

外したのではない。空中で静止していたのだ。少女がゆっくり歩いて弾道から外れると、

弾丸が速度を取り戻し、壁に突き刺さった。俺が驚いていると、

彼女は内ポケットから金の懐中時計を取り出し、手の中でもてあそんだ。

 

「私の時計はそんなチャチなものではありませんの。時間遡行はもちろん、停止、跳躍。

同次元内のあらゆる時間に干渉できますわ。もちろん範囲も自由自在。あ、ご安心ください。

この部屋以外の時間は止めてありますから、

銃声を聞きつけた連中の邪魔が入ることはありませんわ」

「……は、はは。そんな良いもん持ってるならさ、これ、ちょっと貸しといてくれよ。

どうしてもやりたいことがあるんだよ」

「だーめ。……と言っても納得してくださらないでしょうし?

そもそも時計を落としたこちらにも落ち度があることは認めますわ。

そうですわね……。現実を直視してもなお、貴方の意志が曲がらなければ、

もうしばらく様子を見させていただくことにしますわ」

「どういうことだ……?」

「“艦娘を助けたい”」

「!!」

「ずいぶん前から貴方の行動は観察させていただいてますの。大した忍耐力ですこと。

いくら肉体が年を取らないとは言え、1年半も同じ3ヶ月を繰り返すなんて、

大抵の人間なら諦めてますわ。“もういいや”って」

「諦められるか……助けられるかもしれないんだ!チャンスを手に入れたんだぞ!!」

「ミッドウェー海戦」

「……それがどうした。そんなもんは大昔の小競り合いだ。今を生きる俺達には関係ない!」

「はぁ……“歴史は繰り返す”」

「なんだと?」

「この言葉をよく反芻して、これからの出来事を体験なさって」

 

謎の少女は、今度はメモを取り出し、何かを探し出した。

何枚かページをめくり、目的の情報を見つけたようだ。

 

「ああ、ありましたわ。この世界でミッドウェー海戦に当たる戦闘が行われるのは2年後。

この戦いで空母4、重巡1が犠牲となります。貴方は彼女達を絶対に“助けられない”」

「どういう意味だ……空母4に重巡1だぞ!なにがどうなればそうなる!?」

「言葉通りの意味ですわ。何が起きるかはご自分で体験なさって。さあ、お手を。

2年後の鎮守府にお連れします」

 

少女が手を差し出す。俺はその白く小さな手を取った。すると彼女が金時計の竜頭を押した。

 

リン、リン、リン、リン……

 

耳に心地よい音色が響くと、突然周囲がマーブル模様の得体の知れない空間に変わり、

少女の背後から川のように一気に流れ出した。おそらく時間移動しているのだろうが、

俺の時計のような不快感はない。そして遠くに出口らしき光源が見えた。

近づくに連れ、光は強くなる。そして目も開けていられなくなり、腕で目をかばった瞬間、

大空に放り出されるような感覚に包まれた。そして。

ゆっくり目を開けるといつもの鎮守府の門の前に立っていた。

 

「さあ、着きましたわ」

「ここは……鎮守府か」

「あれから2年後の、ですけれど。さぁ、これが“犠牲者リスト”ですわ」

「……くっ!」

 

俺は少女を睨み、メモ用紙をひったくった。

 

「ミッドウェーで歴史を再現させるには……3日後の出撃がいいですわ」

「おい、一つ確認だ。この編成なら1隻空きがあるよな。

誰かもう一人編入してもいいんだよなぁ……?」

「もちろん。お好きになさって。私は邪魔にならないところから見守らせていただきますわ」

「ああ、絶対誰も死なせはしない!」

 

俺は門を潜り、司令部へと走っていった。

ドアを乱暴に開けると、長門と陸奥、そして通信士の大淀が驚いた様子で俺を見た。

 

「どうなさったのですか、提督?」

 

だが、構わず長門にメモを差し出した。

 

「3日後、ミッドウェー諸島にこのメンバーを派遣したいから手筈を整えてくれ。

ああ、それと書いてないけど長門、君にも出撃してもらいたい」

「「「!!」」」

 

三人は一瞬驚いたが、目を見合わせてうなずきあう。そして長門が俺に語りかけた。

 

「承知しました。遂にMI作戦を決行なさるのですね!」

「え、MI?なんの話だ」

「ご心配なく。ここなら外に漏れることはありません。ミッドウェー諸島の棲姫級を撃滅し、

要所となるMIを奪取する。困難な任務となるでしょうが、我々も負けるつもりはありません。

提督の采配に期待します!」

「え?あ、うん」

「提督。長門のこと、よろしく頼むわね!」

「私も陰ながら精一杯尽力させていただきます!」

 

そして、陸奥や大淀も加わり、とても“なんのことかわからない”と言える空気では

なくなってしまった。

 

「う、うむ。各自死力を尽くひてくれたまへ……」

「「「はっ!」」」

 

混乱の余り変な口調になってしまった。俺は司令室を出て執務室に戻った。

ドアを開けて脇を見ると3つの穴。あの少女が幻などではない証。

そう、俺は成さなければならない。長門とメモに名前のあったメンバー。

6名全員の生還を果たさなければ、運命に勝利することなどできはしない。

俺はデスクの電話を取り、三日月の電波通信機の暗証番号を押し、彼女を呼び出した。

しばらく待つと5分ほどで彼女はやってきた。

 

「失礼します!」

「う、うん。急に呼び出して悪いな」

「いいえ、この大事が最優先ですから!」

 

三日月も若干興奮気味だ。やはり“MIってなに?”などとストレートには聞けない。

 

「もう聞いているのか……」

「はい、提督が遂にご決断なさったことは秘書艦の私にも連絡が来ています」

「ああ、うん。MIな。コホン、それについて作戦開始前に今一度状況を整理しておきたい。

そもそも何故この作戦を実行するに至ったか、わかりやすく説明してくれ。

あ、いや、よく言うだろう、基礎を疎かにする者に大事は成せぬと」

「おっしゃる通りです!それではまずMIの重要性についてですが……」

 

知ったような口ぶりで三日月から情報を聞き出す。まずMIはミッドウェーの頭文字。

俺が時間跳躍した2年のうちに、人類は艦娘の活躍により、

更に海での活動領域を取り戻したが、ある時、新種とも言える深海棲艦と遭遇。

“深海棲姫”。そう名づけられた。とりわけ桁外れの力と凶暴さで

幾人もの艦娘を屠ってきた奴らの猛攻に、人類の進撃は今や停滞状態にあるという。

そして要所であったミッドウェー諸島に“中間棲姫”なる棲姫が出現。

アメリカへの航路確立を目指していた日本海軍は再びアジアへの撤退を余儀なくされた。

そして俺達は再びアメリカを目指すべくミッドウェー奪還の機会を窺っていた……らしい。

 

「うん。そう、その通りだよ。俺達はミッドウェーを取り戻すんだ」

「頑張りましょうね、提督!」

「ああ、おかげで現状がはっきりと把握できた。ありがとう。もう下がってくれ」

「失礼します!」

 

どうしよう。なんだよ棲姫って。どれぐらい強いんだ?

これまでは空母と戦艦が出撃すれば勝てない敵などいなかった。

資材の消耗が半端でないからホイホイ出せはしなかったが。……まあいい。

とりあえず今はミッドウェーなどどうでもいい。出撃した6名の生還こそが勝利なのだ。

俺は彼女達を信じる。

 

 

 

3日後。

俺は出撃ドックにMI作戦の出撃メンバーを見送りに来ていた。

あれから深海棲姫について調べたが、軍本部でもまだ奴らの生体については

資料が足りないらしく、結局“とんでもなく強い”ことしかわからなかった。

そんな俺には、結局彼女達に持てるだけの応急修理要員を持たせて、

励ましの声を掛けることしかできない。ちなみにこの小人のような応急修理要員が

何なのかはよくわからない。俺が海軍に入隊してからの謎だ。

今も艦娘の邪魔にならないところに入り込んでこちらに手を振っている。

 

「全員の健闘を祈る。無事で帰ってくるんだぞ。絶対……死ぬんじゃない!!」

「心配なさらないでください、提督。必ず勝利を持ち帰ります!」

「君が今回の旗艦だ。よろしく頼んだぞ」

 

空母赤城。弓道着に赤い袴姿がよく似合う。長い黒髪の大和撫子を絵に描いたような艦娘。

あの本によるとミッドウェーで彼女は……いや違う!あれはあのデカブツの物語だ!

 

「“死ぬ”なんて縁起の悪い言葉は要りません。迷惑です」

 

振り返らずにピシャリと斬り捨てた彼女は空母加賀。彼女も弓道着姿だが、

ショートカットで、袴は青だ。他人にも自分にも厳しい凛とした女性。

 

「私を選んで正解よ、提督!必ずMI奪ってみせますから!」

 

空母蒼龍。彼女もまた弓矢を装備し、緑の和服を着た頼れる空母。

 

「皆さん、索敵は私に任せてくださいね!攻める時は攻める、守る時は守る!

メリハリ付けて行きましょう!」

 

空母飛龍。オレンジの着物に緑の袴が映える。丁寧に手入れされた弓に

彼女の几帳面さが窺える。

 

「私が皆さんをサポートしますわ。雑魚深海棲艦など物の数ではありません。」

 

重巡三隈。えんじ色の制服を着た、機動性・攻撃力においてバランスに優れた艦娘。

 

「さあ、赤城。出撃の合図を!」

 

そして戦艦長門。その攻撃力・装甲については今更語るまでもない。

6人目が空いていることに気づいた時、真っ先に彼女の顔が脳裏に浮かんだ。

 

 

「一航戦!赤城!出ます!」

 

 

彼女が掛け声と共に“出撃”パネルを踏み、海へ飛び出していくと

他の艦娘達も次々出撃していった。こうして彼女達の勇ましい後ろ姿を見ていると、

俺の心配は単なる杞憂だったのではないかという気がしてくる。

深海棲姫が何なのかはよくわからないが、きっといつものように艦爆隊で先制攻撃を仕掛け、

41cm砲で叩き潰してくれるだろう。

 

 

そんな人間の希望を、常に運命の女神はせせら笑う。

 


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