艦隊これくしょん外伝 壊れた懐中時計   作:焼き鳥タレ派

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エピローグ:旧世界のメシア

パキ、パキ、パキ……

 

ボロ屋の中を、女性がガラスやタイル片を踏みしめながら裏口に向かう。

 

「怖がらなくていいんだ。“向こう”でみんなが待ってる」

「ソンナノツクッタッテサ……アア!ヤメロ、ヤメ“ズダァン!”」

 

凄まじい銃声が響き渡る。

男は、黒ずくめの和服を着た人外の少女にとどめを刺した。

空には人外から光り輝く人間の少女に姿を変えた存在が天に昇る様が見えた。

黒の制服に眼帯を着けた女性が話しかける。

 

「……まだ、続けるつもりか」

「全ての彼女たちを送り出すまで。可哀想に、もう鎮守府には誰もいないというのに。

この廃墟を制圧しようと集まってくる」

 

 

“こんにちは。時空運行管理局の∠∬∂です。

世界の理を捻じ曲げた貴方の懲罰が決まりました。懲役は無期限。

新世界移行の際、旧世界に取り残された者たちを一人残らずこちらに送り出すこと。

それを成し遂げるまで、艦娘達を見守り生きていく、なんてのんびりした生き方は

許されません。太陽系は局長の時計でどうにか形だけは取り戻しました。

そこが貴方の流刑地です。さあ、こちらへ。

局長から預かったお力で、もう一度自我を差し上げますから”

“う、あ……”

“……それにしても、彼女達もよほど旧世界、というよりあの海に執着が強いみたいですね。

さぁ、早く。あの娘達を一人ぼっちにさせた責任を取っていただかないと”

 

 

「お前こそなぜここに居る、天龍」

「全部聞いたんだよ時空なんちゃらの女の子から!」

 

 

“くそ、またあの夢か。……オレが大砲抱えて海でバケモンと戦ってる。フフ、笑えら”

“夢じゃありませんの。それは一つ前の世界の貴女……”

“キャッ!だだだ、誰だテメエ!どっから入ってきた”

 

気づかぬうちにドアが開き、紺のシルクハットを被った少女が

おどおどした様子で立っていた。

 

“あの、私は時空運行管理所の○△※といいますの……

本来は覚えているはずなどないのだけど、貴女は珍しいケースだから接触せよと上司が。

ご要望なら全ての疑問にお答えしますわ……”

 

 

「馬鹿が!自分一人で全部抱え込んで、悲劇のヒーローにでもなったつもりだったのかよ!

それで?今度は一人で深海棲艦狩りか!とことん寂しい野郎だな!」

「……俺の罰だ」

「大体なんで人間が棲姫クラス殺せるんだよ!」

 

男が拳銃と呼ぶには大きすぎる、奇妙なギミックの装着された銃を眺めながら語る。

 

「軍事機密だったが、今となってはどうでもいいな。これは、反乱分子処刑用の銃だ」

「!?……な、なんだよ、要するにオレ達が逆らったらそいつで殺す気だったのかよ!」

「……上層部の命令があれば、そうしただろう。記録からは抹消されているが、

お前が艦娘として生を受ける前、クーデターを起こした者たちが居た」

「なんだって……?」

 

 

“蜂起しろ!私たちは人間の道具じゃない!奴らは私達に代理で戦争させているんだ!”

“自分たちは安全なところで私たちに指図するだけ!創造主を気取って私達を生み出し、

気に入らなければ廃棄、不要になったら鉄クズにされる!”

“仲間のふりした笑顔に騙されるな!次に処分されるのはお前かもしれないんだ!”

 

“射殺しろ”

“待ってください!一度彼女達と話し合いの場を持つべきです。

反抗即処刑では全体の士気に関わると自分は考えます!”

“何度もこの馬鹿騒ぎが起き、規律が乱れるほうが影響が大きい。命令だ、やれ”

“……了解しました”

 

“私たちは、人間達に待遇の改善を要求する!私達と人間の命の重さは同じなんだ!”

“人間達も艦船を作って深海棲艦と戦え!”

“青葉、止めるんだ!こんな方法で要求が通ると思っているのか”

“提督!提督は青葉達の味方ですよね!?こんなのおかしいですよね?

一緒に戦ってくれますよね?”

“俺は……お前達を止めなければならない”

“……!信じてたのに、大切な仲間だって言ってくれたのに!……結局お前も嘘つきなんだ!

死ね!!”

 

ズドォン!

 

青葉が砲門を向けた瞬間、男は素早く処刑銃を放った。特殊徹甲弾が青葉の腹を貫通。

 

“あ、あ……いたい。どうして?青葉たちは、ただ、いっしょになりたかっただけなのに。

ほら、血だって赤いよ……?どうしてだめなの?

かりそめの関係じゃなくて、ほんとうに結婚したかったのに。

にんげんみたいに、提督と……。

 

青葉が掴んだ真っ白な軍服が指の形に赤く染まる。そして彼女はカッと目を見開き、

 

“恨んでやる……憎んでやる……殺してやる……深海棲艦に生まれ変わって、

この呪わしい鎮守府を火の海に変えてやる……!”

 

最期の力を振り絞って恨み言を遺した彼女は事切れた。

 

 

「そう。この銃で彼女を殺した」

「……その人、探してるのか」

「あてはないがな」

 

天龍はつかつかと男に歩み寄ると、思い切り男を殴った。

 

「ぐっ!」

 

そして落とした処刑銃を拾うと、男に突き出した。

 

「使い方を教えろ」

「馬鹿な考えはよせ。お前はもう新世界に戻るんだ。待っている家族がいるだろう!」

「いいから!!」

「……いいだろう。ついてこい」

 

二人は兵器工廠に向かっていった。

工廠に入ると、男は隅の壁に等間隔で貼り付けられている鉄板に手を滑らせ、

何かの位置を確認。

 

「ここだ。……ふんっ!」

 

そして、鉄板の一枚をバールで剥がした。中には番号の入力装置が隠されていた。

 

「な、なんだよこれ……」

「見てろ」

 

話しながら男は暗証番号を入力する。すると、隣の壁がドアのサイズに区切られ、

後ろに下がってスライドし、隠し部屋への通路を開いた。

 

「工廠にこんな仕掛けがあったのかよ……」

「さあ来い。お前の銃を調達する」

 

二人は隠し部屋に入る。中にはいくつか鉄製の棚があり、

見たことのない奇妙な兵器らしきものが安置されていた。

 

「なんだこりゃあ……」

「いよいよ本土決戦になった時に備えて、人間達も戦おうとはしていた。

こいつらはその残骸みたいなものだ。海軍と陸軍が共同で対深海棲艦用の

様々な武器が開発していたが、殆どが使い物にならず、途中で開発放棄された」

「そうだったのか……これはなんだ?」

 

天龍は銃身が2mはある巨大な狙撃銃に触れてみた。

 

「対艦用狙撃銃。確かに駆逐艦程度には効果があったが、

強力すぎて反動吸収機構が開発できなかった。プロテクターを着けても文字通り肩が砕ける」

「そりゃあ……無理だわな。こいつは?」

 

今度は、右脇に大きな弾倉を備えた2つのグリップがある機関銃らしき武器を手に取る。

 

「そいつは対艦用突撃銃の試作品だ。突撃銃としてはでかすぎて重い。

おまけに今度は深海棲艦相手には威力が足りず、どうにもならなくなって

開発が中止された……よし、こいつはどうにか使えそうだ、

おい、こっちだ」

「ああ」

 

天龍は部屋の奥で武器を漁っていた男に近づいた。男は天龍に巨大な銃と、

腰に巻くベルトを渡した。ベルトには背中に銃を収納する大きなホルスター、

左腰に弾丸が詰まったケースが付いていた。

 

「うおっ!重いな、この銃……」

「対艦用近接戦闘銃だ。市街地での戦闘を想定した、特殊徹甲弾を放つ深海棲艦用の拳銃。

……結局使われることなく、撃つ相手が変わっただけだったが」

「……これで本当に深海棲姫助けるつもりなのか」

「言ったはずだ。一人残らず送り出すと。ほら、使い方を教える。付いてこい」

「ああ、待てよ!」

 

隠し部屋から出た二人は工廠の作業台で処刑銃を手に持った。

 

「いいか、この銃は中折式だ。まず、この留め金をスライドして外し、

銃身を折って薬室を開く。そこに弾を込めるんだ」

「あ、ああ。こうか」

 

天龍はぎこちない手つきで処刑銃を下に折り、

薬室に小口径の砲弾のように大きな弾丸を装填した。

 

「そうだ。次に銃身を戻して固定されたか確認」

 

続いて銃身を上げ、カチンと留め金がかかる音がしたら、

銃身に上下に力を入れ、固定されたことを確認した。

 

「ちゃんと戻ったぞ。こんな感じか?」

「問題ない。射撃時に物凄い反動が来るから、撃つときはしっかり脇を締めて重心を低く。

片膝を付いてもいい。両手で構えて落ち着いて狙え。

慣れるまでは間違っても片手撃ちしようと思うな」

「わかった」

「撃ったらすぐ次の弾を込める。その際、排莢するためにまた薬室を開くが、

焼けた薬莢には触るなよ。開いた銃を縦に振って放り出すんだ。やってみろ」

 

男は天龍の銃から弾丸を取り出し、代わりに空薬莢を込めて、彼女に渡した。

 

「こんな感じか?」

 

天龍は薬室を開き、空薬莢が見えたら軽く勢いを付けて銃身を振った。

空薬莢が飛び出し、床に落ちる。ゴトン、という重量感のある音が響く。

 

「よし、武器はこんなもんだろう。次は艤装だ。海で戦うために必要だ」

「艤装って、前のオレ達が使ってたあれか?」

「そうだ。あれがないと話にならん」

 

次に二人は別の作業台に移った。テーブルには艦底を模した

高下駄のような艤装が並んでいる。

 

「人間が装備できる唯一の艤装だ。これを履けば海上で浮力を得られ、

自在に水面を移動できる。ほら、履いてみろ」

「わかった……ってうわっとと!」

「艦娘用の不安定な形状だから気をつけろ。波や風の影響を受ける海では

もっと転びやすいぞ」

「ちょっと練習がいるな。少し待ってくれ」

「ああ。不慣れなまま海に出ても危険だからな」

 

天龍はよたよたと工廠の通路を往復し始めた。カタ、カタ、と一歩ずつ

バランスを取りながら歩く。壁に寄りかかり、男はそんな彼女を見守る。

すると、開け放たれた工廠の入り口から誰かが近づいてきた。魔女姿の女性だ。

 

「こんにちは。首尾はどう?……ところで彼女は?」

「さっき1人送り出した。彼女は、シルクハットに旧世界の自分のことを聞いて

連れてこさせたそうだ。ここでこの仕事をやると言ってる。帰れと言ったんだが」

「そうなの……じゃあ、彼女にもこれが必要ね」

「そうだな。そうなるな……」

“おーい、何やってんだ!誰だそいつ!”

「天龍、こっちに来い。戦うための準備だ」

“まだあんのかよー”

「いいから来い。防具みたいなものだ」

 

バランスの悪い履物でなんとか二人の元へやってきた天龍。

 

「なんだよ防具って。つーかあんた誰だ」

「私は貴女を連れてきた女の子の上司。

貴女、本気でこの戦いを最後まで続ける気はあるの?」

「当たり前だ。そいつがバカやらかしたのは、ある意味オレ達のせいでもある。

それに他の棲姫も連れ出してやらねえと……あまりにも哀れだ」

「全ての彼女達を送り出すまで永遠に戦う覚悟はありますか?」

「二言はねえよ」

「わかりました。それでは」

 

魔女が大きな懐から金時計を取り出して両手のひらに乗せると、時計の上に光の玉が現れた。

すると光の玉から何本もの透明な鎖が飛び出し、天龍を縛り上げた。

 

「お、おいなんだよこれ!……って動けるぞ、普通に」

「それは時の戒。貴女の身体を流れる時間を停止しました。

これで貴女は年を取ったり、空腹になったり、怪我をしたり、死ぬこともできなくなった」

「防具って、そういう意味か……」

「ただし、痛みは感じます。努々無謀な戦いはなさらぬよう」

「これで、後戻りはできなくなったぞ」

「うるせえ!オレは戦うって決めたんだ。もう、あんた一人の世話になるつもりはねえ」

「……すまん」

「お前のためじゃねえ……!」

「それでは、私はこれで。全てが終わった時に、また会いましょう」

 

すると魔女は時間停止を行い、パッと姿を消した。

 

「今回のはまともな奴で助かった。前のクソガキには散々イラつかされたからな」

「クソガキってシルクハット被った女の子か?大人しそうに見えたがな」

「ただひとつの取り柄だった無敵の金時計を失って萎れちまったんだよ」

「ふーん、まあいいや。とりあえず、だいぶ靴には慣れた。……そろそろ、行こうぜ」

「そうだな。出撃ドックは……」

「それは覚えてる。何度も行ったことがあるからな。生まれ変わる前に」

 

工廠を出た二人は地下へ続く暗い階段を降り、出撃ドックへ向かう。

男は携帯式電探のパネルを見ながら話す。

 

「一番近いのは……小笠原諸島に棲姫級の反応在りだ。手始めにそいつを送り出す。

お前の初陣だ」

「……やってやるよ!」

 

天龍は後ろに手を回し、ガチャッと処刑銃を構えた。そして二人は最下層にたどり着いた。

 

「1番、3番パネルは壊れてる。他のを使え」

 

確かにそのパネルは割れて中の回路がむき出しになっており、機能停止しているようだ。

他のパネルも明かりが付いたり消えたりで大分劣化が進んでいる。

天龍は両手で顔を叩き、気合を入れる。

 

「天龍、水雷戦隊、出撃するぜ!……って言ってた気がするな」

「ああ、お前の決まり文句だった。それじゃあ、行くぞ!」

「待ってろよ、姫さんよ!」

 

それを合図に二人は同時に出撃パネルに飛び乗る。それがたった二人の戦いの始まりだった。

今度は殺すためではなく、生かすために。その終わりがいつになるのか誰にもわからない。

だが、それが孤独なものでないことも確かだった。

 

 

 


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