艦隊これくしょん外伝 壊れた懐中時計   作:焼き鳥タレ派

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第14話:創世の光

俺は本館から外に出た。吹き付ける夜風が俺の心を鎮めてくれる。

しばらく突っ立っていると、紺色の妙な服を着た連中が近づいてきた。

 

「時空運行管理局の者だ。その懐中時計の回収に来た。まずは銃をしまってもらおうか」

 

裾の長い制服のようなものを着た男が前に出た。なるほど、こいつらシルクハットの同類か。

後ろに3人控えてる。俺はホルスターに銃をしまい、両手を上げて奴らに歩み寄る。

 

「そうだ。大人しくゆっくりこっちにきて時計を渡せ」

 

1歩、2歩、3歩……俺はタイミングを見計らう。

武装解除させたってことは……こいつらにも銃は効くってことだ。

 

「よし、時計を出せ」

「ああ、やるよ。こいつをな!」

 

一瞬で身をかがめて男のみぞおちに思い切り一撃食らわせた。

 

「ぐうっ!!」

 

倒れかかった男の身体を素早く向こう向きにして、

その首に左腕を回し、思い切り締め上げる。間もなく男は気絶。

そしてすかさずホルスターから拳銃を取り出し、男の頭に突きつけた。

 

「動くな!こいつ殺すぞ!」

“なっ……!”

“やめろ、後悔するぞ!”

“我々はお前より強力な時計を持っている!”

「やってみろよ……妙な真似しやがったら、こいつの脳みそぶちまける!」

 

俺はポケットから銀時計を取り出し、こちらは左手で持つ。

 

「できるものならやってみなさいな。哀れなピエロさん」

 

2階からシルクハットが窓から身を乗り出して金時計をちらつかせていた。

多分時間停止で俺をどうにでもできると思ってるんだろう。確信した。

やっぱりこいつは時計だけが取り柄のガキだ。要するに実戦慣れしていない。

俺はジリジリと後退して、残る3人組とシルクハットを視界に収める。

 

「さ、そこに時計を置きなさいな。今なら局の懲罰も軽く済んでよ」

「そういえば、お前には話してなかったな」

「何をですの?」

「こう見えてもな……射撃には自信があるんだよ!」

 

バンバンバン!!

 

俺は3人組の脳天を撃ち抜いた。ほぼ全員同時にドサッと倒れ、地面に血痕が広がる。

皆、目を見開いたまま死んでいる。もう手段を選ぶつもりはない。

俺は邪魔な左腕の男を放り捨てる。シルクハットは突然の惨劇にショックを受けた様子だ。

 

「あ、貴方……何をしたかわかってますの!?」

「敵を3人殺した。これでも軍人なんだよ。それくらい割り切ってる」

「そんな、そんなことしても、わ、私の時計で」

「動くな!発動前に撃ち殺すぞ!」

 

俺は拳銃を2階に向ける。ビクッとして動かなくなるシルクハット。

間違いない。奴の時計の弱点は。

 

「お前の時計、発動に時間が掛かるのが不便そうだな。確か鈴の音が4回。

まだ俺の銀時計の方が発動速度は上だな」

「くっ……!」

 

シルクハットは手のひらの金時計をどうすることもできず歯噛みしている。

鳴らせば射殺。鳴らさなければ逃げられる。

どうにもできない状況に立ち止まることしかできないでいた。

 

「たかが……たかが3ヶ月逃げ延びたところで何ができると……局員は他にもいる!

私を殺せば管理局が総力を上げてお前を!!」

「バカが。お前も管理人もどうでもいい。今こそ新世界への扉を開く旅に出る」

「そんな“ちょっとタイムトラベル気分”を味わえるだけの代物で

何ができるといいますの?」

「“1回だけ押せば”そうかもな」

「何が言いたいのかわかりませんわ!」

「ハッ、飲み込みの悪い奴だな!押しっぱなしにすれば3ヶ月を連続、

つまり無限に時間遡行できる。そう、俺は今から“超大型時間遡行”を行う!」

「お馬鹿さん。どこまで逃げても私の時計で……」

「話見えてないな。言ったろう、新世界への扉を開きに行くと!」

「へぇ、どうやって?核ミサイル数千発でも少しのずれしか起こせなかった世界の扉を

どうやって開くと?そんなエネルギーがあるなら私達とっくに死んでません?」

 

嘲笑うシルクハットを俺は逆に笑い返す。

 

「クククッ、お前、頭良さそうに見えて意外とバカだな」

「……何ですって」

「エネルギーならもうあるじゃねえか。ほら、目の前に」

「どこに、どこにそんなものが!ハッタリなら無駄なあがきですわよ!」

 

思わず周囲を見回すシルクハット。

 

「いや、“あった”って言ったほうが正確かもしれん。

あいにく理科は苦手でな。悪い悪い」

「いい加減要点を話しなさい!!」

「……ビッグバン」

「!!」

 

ようやくシルクハットも俺の意図を理解したようだ。

約137億年前、ビッグバンと呼ばれる大爆発によってこの宇宙は誕生したそうだ。

その宇宙が広がる速度は光速を超えるほど早く、それだけ莫大なエネルギーを

ビッグバンは秘めていた。時間や歴史などと言った概念が吹っ飛ぶほどの圧倒的力を。

じゃあ、ビッグバン以前には何があったかって?教科書によると“無”があったらしい。

無が有るなんて変じゃないかっていう禅問答は今はパスだ。

で、この無とやらは厳密には何もなかったわけじゃなく、

プラスとマイナスの素粒子が打ち消しあって、結果ゼロになっていたということらしい。

しかし、ある時ものすごく低い確率でその均衡が崩れてビッグバンが発生した……ようだ。

教科書によると。

 

「なぁ、この均衡を保つ“無”に異物、それも別次元の代物をぶち込んだら

どうなるんだろうな。さぞでかい爆弾が弾けるだろうよ」

 

俺はニヤリと笑いながら左手の銀時計を見せつける。

シルクハットは表情を変えまいとするが、顔が青ざめる。

 

「……!ふ、ふん。仮に無にたどり着いても、137億年前に艦娘共はいたのかしら?

貴方が一人ぼっちで新世界とやらに行くだけじゃ……」

「お前も理科が苦手みたいだな。初めて親近感湧いたぜ。

その宇宙の始まりであるビッグバンには、この宇宙全てのエネルギーが凝縮されてるんだよ。

いつか俺や艦娘になるはずのエネルギーがな!そのエネルギーを新世界に送り出せば、

艦娘達は新たな生を受けられるんだよ!この世界における戦いの宿命から解き放たれた、

自由な少女として!」

「たどり着けるものですか!ひ、137億年も前なんかに!」

「そう思いたいなら好きにしろよ。じゃあ、一足先に俺は行くぜ」

 

俺は掲げた銀の懐中時計の竜頭を押し込む。シルクハットから見ると

空間が渦を巻くように歪み、俺の身体を飲み込んだ。

 

「あ、あ、早く、追いかけなきゃ……今の宇宙の構成が崩れたら、私は……」

 

少女は慌てて金時計の竜頭を押す。

 

リン、リン、リン、リン……

 

「お願い急いで!」

 

少女の叫びが鎮守府に響く。

 

 

 

 

 

耐えろ、耐えろ、耐えろ、耐えろ!

俺の経験によると、時間遡行に慣れた今、キツいの最初だけ、

軌道に乗ればあとは流れに身を任せるだけでいい。今度は竜頭を押し続ける為に

肉体を維持した時間遡行!とんでもない苦痛が全身を駆け巡る。

 

生きたまま全身の肉をえぐられるような精神的苦痛。パキィン!俺の中で何かが弾け飛ぶ。

なんだ、今のは?考える間もなく、今度は巨人の手で身体を半分にちぎられるような痛み。

パキィン、パキィン!!まただ、いや、左手親指に全神経を集中しろ!

 

俺の勘ではもうすぐ、もうすぐだ!頭上に光源のようなものが見える。あれが入り口だ!

既に例えようのない痛み、純粋な苦痛が俺の精神を支配する。

ただ左手親指だけに力を入れて俺は耐える。光源までもうすぐ!行け、そのまま突き進め!

俺は思い切り両腕を伸ばして光源に飛び込んだ。

 

パキィン、パキィン、パキパキパキ、……ガシャァン!!謎の音が鳴り止むと、

それまでの激痛は嘘のように引いていき、全く別の光景が広がった。

映画館のスクリーンのようなものが、様々な時代であろう光景を写しながら迫ってくる。

 

「どこだここ……?」

 

俺の疑問など無視して、時間は猛スピードで加速度的に遡行していく。

 

 

 

モナ・リザが微笑み、“ヴィーナスの誕生”が映し出される。そこで一気に時間は飛び、

どこかの丘の映像が。誰かが十字架にかけられているので顔を見ようと思ったが、

覗き込んだ瞬間、また幾つもの時代を飛ばして時間遡行。

 

 

 

また次の映像だ。これは……日本っぽいが、まさか大陸から離れたばかりの日本か?

今何時代だろう、歴史の成績2だった俺には分からん。

今度はなんだ……と思ったらマンモスがドスドスと迫ってきた!けど、ただの映像か、

脅かすなよ。ええと今度は、全身毛むくじゃらの猿みたいな人間が木の実を食べてる。

やたら長いカタカナでなんとかという原始人だったと思う。

 

 

 

更に遡行が急加速する。次に見えたのは……おお、恐竜だ!ってことは白亜紀だ。

これはわかる。恐竜好きだからな。時間の濁流は更に速くなる。

これはもうなにがなんだかわからん。地球が氷漬けだ。以上。

続いて、なんかでかい隕石みたいなのが落ちてきた。以上。

 

 

 

時間遡行はもはや暴走状態。構わん、一気に突撃だ!そして遂にたどり着く。

ただの映像だとわかっていても、人間という小さな生命体など、

それこそ無に等しい巨大な力に畏れを抱く。爆発などというありふれた表現では足りない

圧倒的な力が超スピードで向かってくる。ビッグバンだ!

目を開けていられず、思わず腕で目をかばう。

強烈な光にうずくまって耐えていると、突然辺りは真っ暗になった。

上下左右どこを見ても、闇。

 

 

 

しばらく状況を飲み込めなかったが……やった!俺はたどり着いたんだ。“無”の世界に!

俺は左手の懐中時計をみる。まだ竜頭は押しっぱなしだ。

これを離せば俺は無の中に放り出され、均衡を崩した無がビッグバン、いや、

もしかしたらそれを上回るエネルギーを放出してくれるかもしれない。心臓が高鳴る。

ただ高エネルギーに俺がかき消されるだけかもしれない。だが、もう後には引けない。

俺は意を決して、竜頭を離した。

 

 

 

……白。今度は白だった。おそらくビッグバンが起こり、エネルギーが発する光で

全ての影が塗りつぶされ、何も見えなくなったのだろう。

しばらく待つが何も起きない、何も起こらないじゃないか!もしかして失敗……?

と、思った瞬間、俺の周りが宇宙空間に変化した。ただし、普通の宇宙じゃない。

鏡写しのように2つの宇宙が左右、いや、上下対称になっているのだ。

頭上高くに、2つの宇宙を隔てる透明な膜がある。

 

 

 

「新世界だ、あの向こう側が新世界だ!俺達の理想郷……ん、なんだ、あれは……」

 

 

 

何やら俺から見て右の方角が明るくなったので見てみると、

俺が通ってきた時代のトンネルの方角から、金色に輝く光の奔流が流れていた。

目を凝らしてみると……!!艦娘だ!あの光は艦娘の“存在”なんだ!それだけじゃない。

戦いの果て大海原に散って行った元艦娘、深海棲艦達もいる。

彼女らも向こうでかつての姿に戻るんだろう。光の川は頭上の膜を通り抜け、

新世界へ流れていった。

 

「やった……やった、俺はやったぞ!新世界へ皆を導いたんだ!」

 

光はなおも次々と、新世界へ旅立っていく。それを俺は万感の思いで見守る。

そして最後の一筋が膜を通り抜けたのを見届けると、達成感、感涙などが溢れ出る……

はずが、なぜか何も感じない。まぁ、今テンパってるからな。

しかし、そうこうしているうちに、頭上の膜が円を縮小させるように閉じ始めた。

まずい、俺も行かないと!無駄かと思いつつジャンプすると、

運良く無重力空間だったようで、膜に向かって平泳ぎをするように宙を飛ぶ。

もう少し、もう少しで、俺もみんなのところへ、大和との約束を!

 

 

「逃しませんわよ……!」

 

 

なんと、時間を追いかけてきたシルクハットに右足を掴まれた!

俺はもう片方の足で何度も奴の顔を蹴るが、奴は執念深く体ごと足に抱きついて離さない。

くそ、もう少しなのに!その時、腰の物が目に飛び込んだ。

俺は拳銃を抜き、奴の耳元で引き金を引いた。

 

「ぎゃあっ!!」

「ざまあみやがれ!」

 

強烈な破裂音で鼓膜を叩かれた奴が怯んで足から離れる。

今のうちだ!もう膜は閉じる寸前だ!俺は急いで平泳ぎし、膜の向こうに飛び出した。

カシャァン……!その時、また謎の音が聞こえた。なんなんだこの音は。と、考えた瞬間、

耳から血を流した奴が再び俺の足首を掴んだ。

 

「ちくしょう、ここまで来て、引き下がれるか!」

 

今度こそ頭を狙うが……くそ、弾切れだ!!

目一杯力を込めて奴の頭を蹴る。だが、奴も死に物狂いで

俺の足首を掴む手を離そうとしない。膜の穴はもう数センチしか余裕がない。

俺は、俺は……

 


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