艦隊これくしょん外伝 壊れた懐中時計   作:焼き鳥タレ派

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第10話:激突

深海棲姫襲撃まで、あと1週間

 

作戦会議室。今、ここに7名の艦娘が招集されている。

司令部をまとめる長門、陸奥、情報部トップの大淀。

そして、決戦当日の出撃メンバー、金剛、霧島、赤城、飛龍である。

4人とも皆、これまで積み重ねてきた演習で“改”に成長している。

もっとも、呼んだのは他ならぬ俺だ。理由はもちろん、1週間後に訪れる

棲姫級を主力とした深海棲艦を迎撃するための作戦会議だ。

皆が席に着き、ドアに鍵が掛かっていることを確認すると、俺は壇上に上がった。

 

「オーノー、提督ったら。私達うら若きガールズをこんなところに閉じ込めて、

あんなことやこんなことをするつもりじゃ……」

「……」

 

もじもじして冗句を垂れ流す金剛を無表情で見つめる。

 

「……すいません」

「ゴホン、今日諸君に集まってもらったのは他でもないが、

まず始めに断っておきたい事がある。これから話すことは全て最重要機密事項である。

他言無用はもちろんのこと、メモを取るなどの行為も一切禁ずる。

この時間で頭に叩き込んでほしい」

 

にわかに雰囲気がざわつく。俺がこの鎮守府に着任してから、

“最重要機密事項”などという言葉を吐いたのは初めてだから無理もないだろう。

 

「では、早速だが伝達事項を発表する。情報源は極秘だが、1週間後、

新型深海棲艦を旗艦とする深海棲艦の群れが当鎮守府を襲撃するとの情報が入った」

“!?”

 

皆、一様にショックを受けた様子だ。

まだこの時間には棲姫級は確認されていないのだから当然だろう。大淀が手を上げる。

 

「あの、質問してもよろしいでしょうか?」

「許可する」

「その新型深海棲艦の規模や兵装を知りたいのですが……」

「目下のところ不明だ。君たちには済まないが、戦力の知れない新型と

戦ってもらうことになる。だが、その他の護衛艦隊の詳細は判明している。

戦艦レ級1、空母ヲ級1、空母の護衛に重巡2だ。

諸君にはまず護衛艦隊を速やかに掃討してもらい、新型深海棲艦に総攻撃を

仕掛けてもらいたい」

「ちょ、ちょっとお待ちくださいまし!“速やかに掃討”と言われましても、

レ級戦艦に護衛付きの空母など、長期戦になることは確実です!」

 

霧島がもっともな意見を述べる。だが、今回は状況が違う。そう、“彼女”がいる。

 

「霧島君の意見はもっともである。しかし心配はいらない。

我が鎮守府は、この日に備え、決定的戦力を持つ超巨大戦艦の建造に成功した」

“ちょ、超巨大戦艦!?”

“それって、新しい艦娘ってこと?”

 

メンバーに動揺が走る。

 

「静粛に、諸君の動揺もわかるが落ち着いて聞いてくれ。

そう、今誰かが言ったとおり、超巨大戦艦とは新規建造した艦娘のことだ。

46cm砲を装備した我が国最強の戦艦である」

“46cmですって!?”

“長門司令の41cmよりまだ強力なんて……想像できない”

 

俺は少し口調を柔らかくして続ける。大切なことだからわかりやすく伝えなければ。

 

「みんな聞いてくれ、ここからが一番重要な話だ。確かに彼女は46cmの主砲を備えた

強力すぎるほどの艦娘かもしれない。でも、彼女もみんなと同じ、一人の艦娘なんだ。

今まで私の都合で皆に会えなかっただけで、本当は友人を作ったり、

皆と大海原に出たりしたかった普通の艦娘なんだ。

皆と彼女は、当日戦場で合流する手筈になっている。

だが、どうか同じ仲間として迎え入れ、手を取り合い、共に戦い、そして勝利してほしい」

 

戦闘部隊の4人が顔を見合わせ、しばらくして赤城が手を上げた。彼女を手で指す。

 

「赤城君」

「彼女の名前と、人となりを教えてくれませんか。私達は新しい仲間ができると

いつでも嬉しいものです。どんな人が来てくれるのか楽しみなんです」

 

俺は内心ほっとする。46cmという、ある意味化け物地味た力を持つ彼女が、

皆に受け入れられるかどうか心配だったからだ。

 

「その名こそ、戦艦大和。諸君と同じ、普通の女の子と変わらない。

私は折を見て彼女に会いに行っていたが、それは保証する。

たまに駄々をこねたり、俺を励ましてくれる優しさを持っていたり、誰かの死に涙したり。

それに……ちょっと食いしん坊だ」

 

……戦闘部隊はしばらく黙っていたが、飛龍が声を上げた。

 

「なぁんだ、それなら赤城さんが1人増えるのと変わらないですね。

日本最強なんていうから、怖い人なんじゃないかって心配して損しちゃった」

「ちょっ、飛龍さん……」

 

室内にどっと笑いが起こる。

 

「ああ訂正だ。“ちょっと”どころじゃない」

「ますます赤城さんだ!」

「もう、飛龍さんったら知らない!」

「私もそんなニューカマーなら大歓迎ネ!

一緒にバーニング・ラブするの楽しみにしてるヨ!」

「お姉様に同意ですわ。人の死に涙できる。慈愛の心を持つ方に悪い人はいません。」

「みんな……ありがとう」

 

俺は4人に頭を下げた。

 

「ただ、繰り返しになるが46cm砲は今までにない装備だ。

きっと初めて目にした時には驚くことになるだろうが、落ち着いて連携を取ってほしい。

諸君の柔軟性ある対応力に期待する。私からは以上だ。質問があれば受け付ける。

当然質疑の内容も極秘だが」

「はい」

「大淀君」

「あの……そう考えますと、これまで寄せられていた“落雷”多発の報告は?」

「彼女の実弾射撃訓練の発砲音だ。一人孤島で腕を磨いていてくれてたんだ」

「やはりそうでしたか……気象条件的に、

どうしても落雷が起きるような気流がみられなかったので」

「それも彼女の隠れ家を秘匿するための方便だったんだ。申し訳ない」

「あ、とんでもありません。重要機密なんですから!」

「オーゥ!」

「なんだいきなり大声出して、多分ろくなことじゃないんだろうが、金剛君!」

「だったら、急にうちの資材がベリープアになったのは、大和を作るためだったとか?」

「あれ?意外とまともな質問だったな、悪かった。その通りだ。

深海棲艦襲撃の情報が入ってすぐ、俺は“大型艦建造”に持てる資材のほとんどを費やした。

そして大和が生まれたというわけだ」

「単なる提督のやりくり下手じゃなかったんですのね……」

「やりくり下手だけで各種6000近くも浪費できる奴がいるなら会ってみてえよ!」

 

アハハハ……!!

 

最初の緊張感とはかけ離れた笑い声が起こる。大きな試練が待ち構えているが、

新たな仲間への期待で、皆、恐れは微塵も感じなかった。

手を取り合えばきっと乗り越えられると信じていたから。

 

 

 

深海棲姫襲撃当日 12:00

 

司令室には長門、陸奥、大淀、そして俺がいた。俺は大淀に声をかける。

 

「大淀君、この周波数にチャンネルを合わせてくれ。大和と連絡が取りたい」

「了解しました」

 

大淀がダイヤルを回し、指定した周波数に通信機を合わせる。

もう大和を隠す必要はないから問題なく通信できる。

 

「接続しました」

「もしもし、こちら提督。大和、応答してくれ。繰り返す。大和、応答してくれ」

“はい!提督、私です”

 

大和の声を聞くのは初めての陸奥と大淀が耳を澄ます。

長門も含め、3人が俺と大和の通信の様子を見守る。

 

「大和。みんなに君のことを話したよ。心配はいらない。みんな

君に会うのを楽しみにしている。事が終われば、晴れて君を鎮守府に迎えることができる」

“よかった……皆さんに受け入れられなかったらどうしようかと……”

「それでさっそくで済まないが、隠れ家との距離を考えると、接敵まであまり時間がない。

そろそろ鎮守府に向かう支度をしてほしい」

“はい、艤装のメンテナンスもバッチリです”

「頼りにしてるよ、俺も、みんなも」

“ありがとうございます”

「それじゃ、母港で会おう。通信終わる」

“ではしばらく後で。通信、終わります”

 

俺は大淀にマイクを返した。

 

「ありがとう」

「あ、はい」

 

陸奥が緊張した面持ちで独り言を漏らす。

 

「実在したのね……史上最強の戦艦」

「はは、俺のホラ話だと思ったか」

「ええ」

「否定するフリくらいしろよ」

 

軽口で緊張を紛らわす俺達。その様子、いや、俺を長門が意味ありげな目で見ていた。

気づいた俺は話しかけてみる。

 

「どうした長門、なぜ俺の顔が不細工かという質問は却下だぞ」

「……疑問に思いまして」

 

冗談を無視したということはそれほど真剣ということだ。俺は続きを促す。

 

「何が疑問なんだ?」

「貴方が知りすぎているような気がするのです」

「というと?」

「今回の深海棲艦襲撃についてです。襲撃の事実はともかく、

なぜ正確な日時までご存知なのですか?」

「……それは私の情報筋の腕が優秀だからだ。

私とて伊達に提督を名乗っているわけではない」

「ただでさえ行動が読めない深海棲艦の襲撃を予知したばかりか、その日時まで?

大本営の諜報部員でも出来ないことが、なぜ“情報筋”とやらに可能なのですか?」

「ちょっと長門……」

「陸奥は黙っていてくれ。無礼を承知で申し上げますが、

その“情報筋”が深海棲艦と通じている可能性も考慮されているのですか?

根無し草の情報屋なら一度身辺調査を行ったほうが良いかと」

 

部下が優秀すぎるのも考えものだ。どう誤魔化すべきか。

軍事機密で押し通して疑心暗鬼の根を残したくはない。

 

「それには答えられない」

「軍事機密だから、ですか?」

「君の覚悟の問題だ」

「どういうことでしょうか」

「俺が頼っている情報筋は、いわば個人で動いている自由な立場の人間だが、

根無し草ではない。普段は偽装した個人商店を営んで家族を養っているが、

彼が軍の抱える機密を漏らしたとなれば……どうなるかは言うまでもないな?」

 

敢えてぼかすことで不穏な想像を掻き立ててみる。嘘をついてしまったが通じただろうか。

彼女の根は人の良いところを利用してしまい、罪悪感を覚える。

 

「彼と家族を破滅させてでも知る覚悟があるというのなら、全てを話す準備があるが」

「……わかりました。止めておきます。出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした」

「いいんだ。君が疑問に思うのは無理もないことだからね」

 

なんとか凌げたか、な?と思っていると、知らぬ間に時間が立ち、12:55。

腕時計を見た瞬間、大淀のよく通る声が飛んできた。

 

「偵察機より入電!現在新型深海棲艦を旗艦とした大規模艦隊が接近中。

旗艦の他、戦艦クラス1、空母1、重巡2。速度21.7kt、到着までおよそ1時間です!」

 

時は来た。あの日付けられなかった決着。

俺達が棲姫に勝てるかどうかが試される時がやってきたのだ。

 

「大淀君、ドックの戦闘部隊に出撃命令を」

「はっ!」

 

 

 

艦娘出撃ドック

 

“緊急出動!緊急出動!待機中の艦娘は鎮守府沖に出現した敵艦隊の迎撃に当たれ!”

 

出撃命令が下ると、金剛がパシッと手のひらで拳を受け止める。

 

「ヨーシ!強くなった私達と大和で新型なんてフルボッコネ!」

「私とお姉様を上回る46cm……早くお会いしたいですわ!」

「まだ見ぬ戦友との共闘。きっと私達なら上手くやれるはずです!」

「何が起きても平常心、平常心!慎重かつ大胆にね!」

 

気合を入れた4人は出撃パネルに飛び乗り、戦闘海域へと飛び出していった。

彼女達は全速前進で目標地点へ向かう。鎮守府が水平線に隠れ、

流れ弾の心配がなくなる海域まで。

 

「後は待つだけですね、大和さんを……」

 

赤城がそう告げると同時に、波音に混じって誰かの声が聞こえてきた。

全員がその方向を見る。両脇に巨大な艤装を装備し、こちらに手を振りながら向かってくる

一人の艦娘。皆はその巨大な砲塔に圧倒される。

 

「みなさーん、こっちです!はじめましてー!私が大和です!」

 

その巨体で転ばないのが不思議なくらい、滑らかに海面を滑りながら赤城達に近づいてくる。

そして、とうとう彼女達は合流した。皆、しばらく言葉が出なかった。

片舷だけでも高角砲3基、3連装副砲、3連装主砲の重装備。

それを両脇に抱える姿はまさに生きる要塞だった。やっと金剛が彼女に話しかける。

 

「グラッチューミーチュー、大和!あなたの活躍、期待してるヨー!」

「確かにこの超巨大砲なら、戦艦空母相手でも、短期決戦が可能かもしれません……!」

「頑張ります!必ず皆さんや提督の期待に応えてみせます!」

「じっくり自己紹介したいところですけど、どうやら時間切れのようです」

 

赤城の視線の先には深海棲艦の群れが。飛龍の放った偵察機が戻ってくる。

 

「ありがとね。……皆さん、敵艦隊の陣形は、戦艦を先頭に

空母が続き、両脇を重巡が固めています。そして空母の後ろに新型深海棲艦が控えています」

「オーライ飛龍。バトルスタート……ファイヤー!」

 

金剛の掛け声と共に、彼女達は敵陣めがけて全速で発進した。まずは戦艦レ級を落とさねば。

奴を見過ごせば挟み撃ちにされるし、何より彼女達の後ろには守るべき鎮守府があるのだ。

何がおかしいのかケタケタ笑いながら、早速彼女が3連装砲を放ってきた。

大きな火の玉が弧を描いて彼女達を襲う。

 

「みんな、固まらないで!散開するのよ!」

 

赤城の声で皆が横一列の陣形を崩さず、それぞれの間を開ける。

とっさの判断が奏功し、被弾は皆無。海面に着弾した砲弾が大きな水柱を上げる。

 

「……大和さん、お願いできる?今のうちに貴方の実力、知っておきたいの」

「任せてください!第一、第二主砲。斉射、始め!」

 

巨大な砲塔が、その重量に似合わぬ精密な動きで、レ級に照準を合わせる。そして、

 

「撃てっ!!」

 

合わせて6門の46cm砲が吠えた。衝撃波で海面に巨大な半円のクレーターができ、

真っ赤に燃え盛る鋼鉄の牙がレ級に襲いかかる。

彼方まで響きわたるような轟音と爆炎に驚いた彼女に、6発中4発が命中。

両腕を吹き飛ばし、胴体に2発が当たった。砲弾が大爆発を起こし、

彼女を海面に叩きつける。

 

“dfg!!hjk*?!?!!”

 

突然轟沈寸前の被害を受け、何が起きたかわからない、と言いたげな表情を浮かべて

行動不能に陥るレ級。しかし、それは大和以外の艦娘も同様だった。

 

「これが、46cm砲……」

「レ級があっという間に……」

 

圧倒的破壊力に息を呑む赤城達。しかし、こうしてもいられない。

我に返った赤城が声を上げる。

 

「金剛さん、霧島さん、奴にとどめを!!」

「オーケー、バーニング……ラァァァブ!」

「私達の41cmも、優しくはありませんわよ!主砲、敵を追尾して!撃てっ!」

 

金剛、霧島のペアも41cmの大口径砲を、よろめきながら立ち上がろうとしていたレ級に

叩きつける。2発命中。既に身体の様々な箇所を失っていたレ級は、

焼ける鉄塊の直撃を受け、完全に粉々になった。

 

「やった、これなら行けますよ!新型以外の短期決戦!」

「ええ次は私達の番です!飛龍さんは艦爆、艦攻隊で重巡を攻撃してください!

私は戦闘機で敵の頭を抑えます!まず護衛を排除しましょう!」

「了解です!」

 

総員なおも前進を続ける。仲間の死を見たヲ級空母が慌てて艦載機を展開する。

赤城と飛龍は空に向けて矢を放つ。矢は空中で弾け飛び、赤城は戦闘機部隊。

飛龍は艦爆隊、艦攻隊を展開した。

 

「みんな、両脇の重巡を叩いて!」

 

2人の空母艦載機は“改”となったことで改良・新型に換装されている。

ヲ級の放った艦載機に対して赤城の戦闘機がドッグファイトを仕掛け、次々と迎撃し、

仲間への攻撃を許さない。そして、飛龍の艦爆・艦攻が護衛の重巡に

猛烈な爆撃・雷撃を繰り返す。絶え間ない攻撃に装甲が剥げ、肉が削げ、苦しむ敵重巡も

対空砲火を繰り返すが、撃ち落とした先から飛来する増援にまた攻撃を受け、

瞬く間に装甲が削られていく。

 

「休んでなどいられません、私達ももう一度!」

「ガンガン行くヨー!」

「わかりました!」

「大和さんはとにかく大物を、私達は弱った護衛を片付けます!」

「はい!」

 

霧島を始めとした戦艦3人組も赤城達に続く。

 

「さぁ、終わりよ!全門発射!」

「ダブル・バーニング・ファイヤー!」

 

金剛姉妹が空母艦載機の猛攻で大破した重巡にそれぞれ41cm砲を発射。

大型の主砲弾が両方の重巡に命中。

 

“!!!!!!”

“lkfhj!!”

 

致命傷を負った重巡2はもがき苦しみながら、一瞬の間を置き、爆発、轟沈。

本丸を除けば残りはヲ級空母1隻だ。

 

「イエス!後は空母と大ボスだけネ!」

「まさかこれだけの敵艦隊を圧倒できるなんて!」

 

当のヲ級は瞬く間に護衛達が轟沈したことによりパニックに陥っていた。

慌てて艦載機を飛ばすが、赤城の戦闘機は見逃さない。

太い歯を持つ黒い甲殻類のような艦載機が、女性型の空母が被る巨大な異形から

這い出してくるが、零戦の機銃で次々撃墜されていく。

そしてヲ級が戸惑ううちに、大和が敵空母に照準を合わせていた。

 

「皆さん離れてください!主砲発射の衝撃波が来ます!」

 

赤城、飛龍は艦載機を帰艦させ、金剛、霧島は大和の後方に退避。

再び46cm砲6門が敵艦を睨みつける。

 

「撃て!」

 

ドゴオオオオオォ!

 

雷鳴の如き砲撃音が彼方まで轟く。皆思わず耳に手を当て、身をすくませる。

そして放たれた巨大砲弾が6発中3発命中。ヲ級の顔半分、頭部の異形の一部。

左足を破壊した。

 

“アアアア!!”

 

身体中を引きちぎられた彼女の悲鳴が海原に響く。だが敵に情けは無用とばかりに、

飛龍の艦載機はそんな彼女に爆撃・雷撃を浴びせ続ける。

ヲ級の装甲が次々剥がれ、人型部分が青い体液を吐き出した。

 

「大和さん、とどめ、お願いします!」

「はい!」

 

赤城の声に応えて、主砲の砲弾は節約し、大和は両舷の副砲と高角砲をヲ級に向ける。

 

「両舷副砲、弾道計算、よし。両舷高角砲、装填準備完了!……撃て!!」

 

両舷の副砲3門、高角砲3基、高角砲は1基につき2門。

つまり両舷合わせて18門の弾幕が膨大な熱を抱えてヲ急に襲いかかった。

彼女の目が驚愕の余り見開かれる。その、恐るべき炎の波が最期に見た光景だった。

18発の砲弾に込められた炸薬が大爆発を起こし、ヲ急は姿も残さず轟沈。

赤城達はあまりの破壊力の余波でその場に屈み込んだ。そして爆風が止み、

ゆっくり立ち上がると、辺りに深海棲艦はいなかった。皆、しばらく呆然としていたが、

敵艦隊のほぼ全てを打ち倒した事実を受け入れると、喜びに湧き立った。

 

「やった……勝った。私達、あれだけの強敵相手に、ほとんど無傷で……」

「大和さんがいるだけでこれだけ戦況が変わっちゃうなんて……」

「初めての戦いで、お役に立てて……本当に嬉しいです!」

「イェア!大和が来てくれて本当よかったネ!こんな大勝利久しぶりだヨー」

「いえ、お姉様。勝利を喜ぶのはまだですわ……」

 

その時、周囲の空間が一瞬で薄暗くなった。いや、海は相変わらず明るい。

皆の心に悪意が押し寄せているのだ。それは、とんでもなくどす黒い殺意。

それが吹き出す方向を見ると、見たこともない禍々しい存在がそこにいた。

 

「……確かに、ヴィクトリー・セイクはまだ後、ということになるのかな~」

「皆さん、気を引き締めて。ここからが本番です!」

「わかりました!艦爆、艦攻は……まだ十分あります!」

「絶対誰も傷つけさせはしません!」

 

彼女達が相対したのは、新型深海棲艦。

背中に1門の大口径砲を持ち、一本の腕で立ち巨大な顎を持つ怪物に、

真っ白な肌以外は人間の女性と変わらない深海棲艦の足がめり込んでいる。

 

『オノレ……イマイマシイカンムスドモメ……』

 

恨めしい声を上げる新型深海棲艦。

 

「喋った!?」

「でも、何のことだかさっぱりデ~ス」

「“男は敷居を跨げば七人の敵あり”と申しますが、

生憎我々は艦娘ですので、怪物に恨みを買う覚えはありませんわ」

「相手にしてる暇、なさそうですよ?あの砲、一発でも食らったらまずそうです!」

 

そう、新型はその大口径砲を既に赤城に向けている。

 

『シズメ……』

 

新型の単装砲が吠える。

人間なら鼓膜どころか三半規管を引き裂かれるほどの巨大な爆発音が轟く。

 

「赤城さん避けて!」

「もちろん!」

 

赤城が現在位置から急発進して移動した瞬間、

つい今まで赤城が立ってたところで巨大な水柱が上がり、大爆発が起こった。

直撃していたら、轟沈。夾叉でも爆発で大破は免れなかっただろう。

 

「皆さん、落ち着いて!厄介なのは単装砲。落ち着いて戦えば勝てる相手です!」

 

水しぶきを思い切り浴びた赤城が皆に呼びかける。

 

「わかりました。艦爆、艦攻、お願い!」

 

飛龍は再び空に弓矢を放ち、艦爆隊と艦攻隊を発艦させた。

しかし、爆撃機と魚雷の接近を察知した新型が、腕を器用に使い、

その巨体からは信じられない速度で跳ね回る。爆撃も魚雷もなかなか命中しない。

 

「だめ、早すぎる!」

「私達に任せてください。我々戦艦で弾幕を張りましょう!二人共退避を」

「はい!」

「わかりました!」

 

空母2人は霧島の後方に回る。

 

「お姉様、大和さん、私達で3方向に全門発射です!1本腕を叩けば動きは鈍るはず!」

「わかりました!」

「オーケー!」

 

3人は全ての砲塔を出来る限り広範囲をカバーできるように広げる。

 

「行くわよ!撃てー!!」

 

41cm砲4門、46cm砲6門、その他多数の副砲、高角砲が一斉に火を噴く。

爆炎、衝撃波、そして燃える鋼鉄の牙。それらが彼女らの前方に破壊の嵐を呼び、

新型に決して小さくないダメージを与える。ざっと見ただけでも直撃弾4発。

一本腕にも一発命中し、新型は海面に倒れ込んだ。

 

「チャンスです!今なら艦爆隊も……」

「待って!みんな散開して!」

 

『ワタシハ……ホロビヌゾ……!』

 

動きを止めて攻撃の機会が訪れたかと思ったが、新型が単装砲をガシャガシャと振り、

砲弾を装填。辺りに所構わず打ちまくった。轟音、衝撃、そして巨大砲弾で

彼女達の体制が崩れる。皆、回避に必死で陣形が崩れる。

 

「いけませんわ!このままでは、いずれ被弾を!」

「……私が、チャンスを作ります」

「飛龍さん?」

「戦艦の皆さん、奴が砲を上に向けた隙に、集中砲火を!……みんな、ごめんね」

 

飛龍は新型の砲撃の合間を見て、一瞬のチャンスで弓矢を5本まとめて放った。

無茶な撃ち方をしたせいで陣形はめちゃくちゃである。だが、これでいい。

新型の“だいたい上”を艦載機がよろよろと飛びながら爆弾や魚雷を投下する。

煩わしい艦載機を一掃すべく、新型が単装砲を空に向ける。

 

『イマイチド……ミナゾコニカエルガイイワ……』

 

発砲。轟音と共に生じる衝撃波で艦載機は皆、粉々になる。しかし、それこそが好機だった。

厄介な単装砲は真上を向いている。攻撃するなら今だ。

 

「全艦、集中砲火!」

 

もう出し惜しみしている暇はない。戦艦3人は全ての主砲、副砲、高角砲を

狙いもそこそこに撃ちまくる。新型が炎の向こうで悲鳴を上げる。

しばらく総攻撃を続けた後、一旦砲撃を止め、視界を遮る煙が晴れるのを待つ。

煙の向こうには、単装砲がへし折れ、一本腕が千切れた新型が瀕死の状態で

海に浮かんでいた。

 

「どうやら、奴もここまでのようですわね。飛龍さん。ありがとう、あなたのおかげですわ」

「いいえ。あの子達の犠牲あってのことですから」

「さぁ、フィナーレを飾るのは大和デース」

 

金剛が大和の肩をポン、と叩く。

 

「……はい!皆さん、耳を塞いでください」

 

大和は少し腰を落とし、全砲門の照準を新型深海棲艦に合わせた。そして、

 

ズドオオオオオォ!!

 

 

 

 

 

彼女達は鎮守府へ向かいながら語らっていた。

 

「やりましたね。私達、誰一人欠けることなく窮地を切り抜けたんです」

「大和さんの活躍あっての勝利ですわ。なんだか、今日初めて会ったのに、

あなたとは随分前からの戦友のような気がします」

「そんな……でも、嬉しいです……」

「ミートゥー!もう大和とはベストフレンドネ!」

「本当、大和さんが優しそうな人で良かった。もう私達、立派なお友達ですよね」

「ありがとう……本当にありがとうございます!」

 

そうこうしているうちに鎮守府の母港が見えてきた。提督を筆頭に全ての艦娘達が

待っていた。鎮守府を守り抜いた英雄たちを、そして新たな仲間を出迎えるために。

 

 


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