艦隊これくしょん外伝 壊れた懐中時計   作:焼き鳥タレ派

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第9話:遺された意志

深海棲姫襲撃まで、あと6ヶ月

 

「なぁ~あ、提督。ちょっと話あんねんけど!」

 

出合い頭に、艦首を象ったバイザーが特徴的な艦娘、軽空母・龍驤が

じと~っとした目で俺を見ながら問いかけてきた。こいつとは馬が合うのか合わないのか、

よく口喧嘩になるが険悪な仲になることもない、妙な関係だ。

指先で不思議な火の玉を弄びながらこちらを見ている。

 

「なんや、チャカポコ娘」

「チャカポコ娘!?変な名前つけるなや!」

 

ちなみに龍驤は生まれも育ちも横浜だが、何故か関西弁である。

艦載機と関西を引っ掛けているのだろうか。でも軽空母は他にもいる。謎だ。

一つだけ言えるのは、兵庫出身の俺に言わせれば、

彼女の方言はやっぱり“標準語の関西弁”だ。

 

「いっつもチャカポコしとるからや」

「してないわ!大体なんでウチと喋る時だけ関西弁やねん!」

「その中途半端な関西弁治すためにお手本聞かせとるんや。そんで、何や用て」

「最近ウチらの待遇悪くない~?戦艦空母は積極的に訓練して?

資材集めの遠征に向いてる軽巡・駆逐は忙しそうで?

それに引き換え、ウチらはお茶引いてる時間結構あるし、帰ってきても

資材不足ですぐ補給してくれないときちょくちょくあるやん。

こんなんやったら腕鈍ってまうわ……これってどういうことやねん!」

 

うがー!と両手を上げて威嚇する龍驤。龍驤のくせに痛いところを突かれた。

半年後の棲姫襲来に備えて主戦力の強化と、それに伴い大量に必要となる

資材の調達に軽巡・駆逐の出動を増やしていたのは事実だからだ。

ここはポーカーフェイスで乗り切らなければ。

 

「あのな、意味解ってへんみたいやから言うといたるけど、

女の子が“お茶引く”とか言うな。意味知りたかったら他の大人の艦娘に聞け。

ええな、ほな」

「あ、こらー!待ったらんかい!」

 

叫ぶ声を無視して立ち去ろうとした。しかし、からくり箱を背負った

銀髪の艦娘が行く手を塞ぐ。先月軽空母に昇格した千歳だった。

 

「待ってください提督!私達も彼女と同じ不満を抱えています。

我々は提督に誠意ある対応を求めます!」

 

我々?言われて周りを見てみると、いつの間にか他にも鳳翔、隼鷹が

俺を逃さないように取り囲んでいた。もっとも、昼間から泥酔している隼鷹は

蹴飛ばせば逃げられそうだが、余計事態がややこしくなりそうなので止めておく。

鳳翔が落ち着いた声で主張する。

 

「提督、私達はただ、今の状況について説明が欲しいだけなのです。

この鎮守府の財政に決して余裕がないことは承知しています。

ただ、他艦種の方々とあまりに扱いの異なるこの状況について、なんら対策を

頂けないのであれば、我々“軽母婦人会”は団体交渉権を行使せざるを得ません」

 

なんだよ“軽母婦人会”って!いつそんな団体作りやがった!

ある意味優しい声で一番怖いこと言ってるよ!事が大きくなれば、

この不自然に資材が足りない状況について内外から追求され、大和の存在が発覚してしまう!

 

「でへへへ、お酒くれるならゆる~す」

 

こいつは放っといても大丈夫そうだが。ひとつ咳払いをして関西弁から標準語に切り替える。

 

「う、うむ。諸君に不本意な思いをさせていることは私も非常に心苦しく思っている。

しかしながら、先程鳳翔君が言ったように、この鎮守府の財政事情は慢性的に逼迫しており、

抜本的対策が取れないでいるのが現状だ!だからその……」

「だから?」

「もうちょい我慢してください!」

 

俺は思いっきり頭を下げ、手を合わせた。しばしの間。ぽん、と鳳翔が優しく肩に手を置く。

そして優しく俺に微笑みかけ、

 

「駄目です」

 

頭が真っ白になる。どうする俺、どうすればいい……?

 

「ええと、あれだ。みんなお腹空いてないか。間宮のパフェをごちそうしようじゃないか!

今日は特別に!みんなだけに!内緒で!」

「そんなんじゃ騙されないんだから!」

「そうやそうやー!」

「お酒まだー!」

 

ああ、対応を誤った。女連中が騒ぎ出した!通行人が見てるぞ!早く対処しなければ!

 

「鳳翔君、彼女達を止めてくれれば、抜本的対策は難しいが、

一時的に今の状況を解消することは可能だがどうだろうか!

具体的には今すぐ君たちに深海棲艦駆逐任務に出てもらいその手腕を発揮してもらう、

もちろん帰還した際すぐに補給を施し風呂も用意しよう!」

 

どうだ?もう他に打つ手はない!

 

「…………わかりました。“今日は”それで手を打ちましょう。皆さん、お静かに!

今から提督が私達の要望を聞き入れてくださるそうです!」

「やったぁ!鳳翔さんについてきて良かった!」

「へへん、ざまあみい!」

「……お前後で覚えとけや」

「お酒ないの~?」

 

やっぱり鳳翔が親玉だったのか。俺は鳳翔に連行される形で

鎮守府の生協にとぼとぼと歩いていった。

 

〈カキーン!ご利用ありがとうございました!〉

 

現金自動預払機でなけなしの貯金のほとんどを引き出した俺は、

次に工廠隣の発注窓口に向かう。ちなみに今も鳳翔が俺の腰を掴んでいる。

 

「ああ、君。各種資材をこれだけ頼む……」

 

俺は小人に記入済みの発注書と料金を渡した。お釣り35円。

当分おかずメザシだよちくしょう……

 

「ほら、これでいいだろう。少しは貯蔵庫が潤った。早速君たちに出撃命令を下す……」

「はい。鳳翔、出撃致します」

「やったー!ウチがいるから、これが主力艦隊やね!」

「腕が鳴るわ!航空母艦千歳、出撃します!」

「隼鷹~でるぜぇ~」

「ちょっと待て!こいつフラフラじゃねえか!まさか連れてく気じゃないだろうな!?」

 

いくらそれなりの戦力を持つ軽空母でも、千鳥足では轟沈必至だ。

 

「あ、お任せください。隼鷹さ~ん」

 

鳳翔は隼鷹に近づくと、パンパァン!!と強烈な往復ビンタを浴びせた。

うっ、洒落にならんだろうこれ。だが、隼鷹は目が覚めた、といった感じで

目をぱちくりとさせ、

 

「あれ、あたしなんでここにいんだ?」

「隼鷹さん、出撃ですよ」

「お、いいねえ。パーッといこうぜ~。パーッとな!」

 

なんというか……流石こいつらを束ねているだけのことはある。

 

「では、改めて貴艦らに出撃命令を下す。南西諸島海域の深海棲艦を掃討せよ!」

「はっ!」

 

そして彼女達は出撃ドックから特に急ぎでない掃海任務へと飛び出していった。

適度に彼女らの鬱憤を晴らしつつ、損耗の少ない海域を選ぶのに苦労した。

まぁ、その海域にも資源が落ちてないわけではない。

差し引きでそれほど資材の痛い損失にはならないだろう。俺の預金は致命傷を負ったが……

 

 

 

「そんなことがあったんだ。ひどい話だろう……」

「あはは、提督のお仕事は大変なんですね」

 

俺はあの後、特別な予定もなかったので、大和の様子を見に来ていた。

というより、傷心の俺を慰めてもらいに来ていたと言ったほうが正確かもしれないが。

俺達は桟橋の手すりに腰掛けて語り合っていた。

 

「一人で寂しくはないか。済まないな。せめて無線連絡でもできればいいのだが、

司令室がこのあたりの通信を監視しているから連絡が取れないんだ」

「大丈夫です。こうして提督が会いに来てくださるじゃないですか」

「もうすぐ……あと半年なんだ。深海棲姫の襲来を凌ぎきれば、

君がこの鎮守府に必要な存在だと上層部にも説明がつく」

 

俺は大和には全てを話していた。

だから、ありのままで語り合える彼女に救われているのは俺の方だった。

 

「提督、私のためにそんなに頑張らないでください。

私、どんな顔していいかわからなくなります」

「頑張らなくてどうするんだ。君やみんなの運命がかかっているというのに」

「……」

 

大和は砲からラムネを2本取り出し、1本俺に渡した。

 

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 

栓になっているキャップをポン、と押すとビー玉が中に落ち、シュワっと中身があふれ出す。

慌てて口を付けて、ゴクゴクと飲む。炭酸の爽やかな刺激と甘みが喉を駆け抜ける。

彼女も隣でラムネを飲み干す。ラムネの甘みのおかげか、

なんだか気持ちが楽になった気がする。まだ問題は山積みなのに。

俺は立ち上がって伸びをして肩を回す。

 

「う~ん、そうだな。悩みすぎたって俺にできることはたかが知れてる。

時間だって後ろには行けても前には行けないからな」

「そうですよ。のんびり前に前に歩いていけばいいんです」

「ありがとう。なんか大和には励まされてばっかりだな」

「いいんです、あとで焼き飯作ってくれれば」

「はは、好きだな。米は残ってるよな」

「ええ、たくさん」

「また大盛りでいいんだよな」

「はい。5人前でお願いします」

「本当、よく食べるよ……」

 

……不意に訪れる沈黙。大和も立ち上がり、海を眺める。

俺もしばらくそのまま潮の流れを目で追っていた。

 

「……歴史、か」

 

大和がふと、つぶやく。

 

「提督、お聞きしたいことがあるんです」

「どうした」

「前の世界の私は、どのような最期を迎えたのでしょう」

「……辛い話になるぞ」

「知りたいんです」

 

俺はしばし迷ったが、彼女の決意に応えることにした。

 

「わかったよ。終戦間際、いよいよ敗色濃厚になった日本は、“天一号作戦”を発動した」

「天一号作戦……?」

「ああ。沖縄のアメリカ軍を撃退し、その航路で米軍機を迎撃することも目的とした

特攻作戦だ。戦艦大和は米軍機を撃墜しつつ、沖縄へ辿り着いた際は陸に乗り上げ、

固定砲台となり最後まで米軍へ砲撃を行うことを命ぜられた」

「その作戦は、成功したのでしょうか……」

 

俺は黙って首を振る。

 

「戦艦大和は、沖縄へ向かう途中、鹿児島県坊ノ岬沖で、

米空母艦載機から無数の爆撃、雷撃を受け……沈没した」

 

彼女はしばらく黙り込み、口を開いた。

 

「提督、特攻作戦、ってなんですか?」

「特攻とは、死を前提とした体当たり攻撃だ。大和だけじゃない。

爆弾を搭載した航空機で敵艦に突撃する航空機部隊。“神風特別攻撃隊”が有名だ。

他にも、一度発進したら止まることも戻ることもできない、炸薬を積み込んだ特殊潜航艇、

人間魚雷“回天”など、様々な特攻兵器・部隊で多くの若い隊員が散っていった」

「そんな……!」

 

“人間魚雷”。その言葉がもたらす、悲しみとも衝撃ともつかない感情に

胸を刺された大和は、両手で顔を覆い、その場にしゃがみこんだ。嗚咽が漏れ聞こえる。

 

「やはり、話すべきではなかったな……」

「私が出撃したということは……私に乗っていた方達は皆、死ぬために……

私が運んでいたのは、未来ある……!」

「君のせいじゃない!悪いのはあんな戦争を始めた愚かな人間だ。

愚かだから過ちを繰り返す。俺達の戦いも長引けば、いずれ同じことを考える者が

現れるだろう。でも今度は違う。俺達は運命に抗う術を手にれた。

だから、特攻なんて繰り返しちゃいけない。いけないんだよ!

二度と悲しい犠牲が出ないよう、早期にこの不毛な戦いを終結させるんだ!」

「ううっ……私達に、できるでしょうか……」

「できる!信じるんだ!君が俺を信じてくれたように、俺も君を信じる。

鎮守府のみんなと力を合わせて、歴史に学び、歴史に打ち勝つ!俺達ならできるんだよ!」

 

俺はうずくまる大和を抱きしめた。大和は泣きはらした顔で俺を見る。

 

「提督……私、やります。昔、私に命を託してくれた人達のために……」

「ああ俺もやるさ、特攻隊員が命を賭して遺してくれたメッセージ、

無駄にはしない……!!」

「提督!」

 

俺達はそのまま抱きしめあった。ずっと、ずっと。潮風に吹かれながら。

 

 

 

執務室。大和の隠れ家から戻った俺は、いつもの仕事場で一人椅子に腰掛けていた。

壁掛け時計の秒針だけが音を立てる。俺は銀の懐中時計を手の中で転がしながらつぶやいた。

 

「立ってねえで入れよ」

 

ガチャリ

 

「おじゃましますわ」

 

シルクハットは時間停止を使わずドアを開けて入ってきた。

 

「……よう」

「少しはレディのもてなし方を覚えたようですわね」

「無駄にイラつくのが面倒になっただけだ」

「ふ~ん」

 

シルクハットはゆっくりと執務室をうろつきながら、本棚や調度品を眺めて回る。

適当な頃合いで俺は奴になにげなく話しかける。

 

「なぁ」

「はい?」

「この銀時計って、いつ作られたんだ?」

「“いつ”と言われましても……そんな量産品のことなんて、よく知りませんわ」

「大体でいい。武器の出自は知っておきたい」

「まぁ、“破滅した世界”のいつか、であることは確かですわ。

私達がこの世界に引っ越して来たのって、実はそれほど前のことではありませんの。

貴方がたの体感時間上での話ですけど」

「そうか……まぁいい」

 

よし、必要な情報は引き出せた。俺の考えが正しければ、

これで切り札を手に入れたことになる。俺が耐えられれば、だが。

 

「今日はやけに静かですわね。この間までキャンキャン噛み付いてたのが嘘のよう」

「言ったろう。お前と張り合うのが面倒なだけだ」

 

俺は銀時計を眺めながらぼそぼそと答える。

 

「……なんだかつまんないですわ。今日は失礼します、ごめんあそばせ」

「あばよ」

 

シルクハットは時間停止で消えていった。気配が完全に消えたことを確かめ、

俺は引き出しからこの間のメモ書きを取り出し、またいくつか文章を書き加えた。

もうすぐ、もうすぐだ。不確かだが、俺は方法を手に入れた。

 

 


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