艦隊これくしょん外伝 壊れた懐中時計   作:焼き鳥タレ派

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第1話:戦いの輪廻

「ごめんなさい夕雲ちゃん!許して……許して!私が、ちゃんと私が

後ろ見てなかったから……うわああああ!!」

 

港に秋雲の慟哭がこだまする。まただ。同じ時間。同じ結末。

 

「提督、もうご存知かとは思いますが……」

 

“私が殺したんだああ!!”

 

外からは相変わらず秋雲の悲鳴が聞こえてくる。秘書艦の三日月が重い口を開こうとした。

 

「ああ。夕雲轟沈、だろう。わかっている」

「!?……それだけ、ですか?」

「どうした、報告はそれだけか。なら下がってよし」

「……失礼します!」

 

一瞬軽蔑するように俺を睨み、三日月は執務室を出ていった。この視線にもとうに慣れた。

だが問題はない。こんなことにはならない。全ての悲劇は起こらない。

そう、涙なき世界の為に。

俺はポケットから銀の懐中時計を取り出し、竜頭を押した。

 

 

 

執務室を出た三日月はロビーの椅子に座り込み、うなだれた。

一体どうしてしまったのだろう。あの優しい提督がある日を境に変わってしまった。

その日の朝、すれ違った提督に挨拶しようとして絶句した。心ここにあらずといった様子で、

死んだような目で“時間遡行”だの“新世界”だの意味不明なことをつぶやいていたのだ。

“かけがえのない仲間”と、こちらが気恥ずかしくなるほど堂々と触れ回っていた

艦娘轟沈の知らせにも眉一つ動かさなくなった。

そんなことは知っているよと言わんばかりに。

 

“提督、最近の貴方はお変わりになってしまいました。一体何があったのですか!?”

“何もない。俺はいつもどおりだ”

“隠さないでください!みんな心配しています!私達も力になりますから、

お願いだから私達も頼ってください!”

“必要ない。下がりたまえ”

“私達じゃ頼りないですか?どうにもならないことなんですか!?”

“……同じことを、二度言わせるな!”

“申し訳ありません。失礼致します……”

 

どうして……鞄を小さな体で抱きしめて暗い顔をしていると、隣の席に誰かが、

どかと座った。天龍先輩だった。

 

「またあいつの事考えてんのかよ」

「天龍先輩……先輩は提督のこと心配じゃないんですか?」

「考えても答えの出ないことは考えないようにしてる。あいつ自身が話す気にならない以上、

オレ達があれこれ悩んでも意味ないだろ」

「先輩は強いんですね。やっぱり憧れちゃうな。私なんか悩んでばっかりで……」

「いーや、これはあいつが悪い!なんで男って生き物はなんでも

自分だけで解決しようとするかねえ」

「きっと、提督にも事情があるんですよ。私、先輩みたいに待つことに決めました!

提督が元気を取り戻してくれるまで!」

「オ、オレは別にあんなやつ……」

「それじゃ、定時報告があるんで失礼します!」

「聞いちゃいねえし……」

 

笑顔に戻った三日月は天龍を置いて走り去って行った。やれやれと軽く苦笑する天龍。

 

 

 

肉体と精神がごちゃまぜになりブラックホールに飲み込まれるような奇妙な感覚。

何度繰り返しても慣れない気持ち悪さ。気づいた俺は鎮守府の門に立っていた。

脇の詰め所の警備員に日付を尋ねる。

 

「お早うございます、提督。今日は長月九日ですよ」

「……ありがとう」

 

きっかり三ヶ月前。無事に時間遡行に成功した。広場から艦娘達の声が聞こえてくる。

 

「先に“間宮”着いたほうにおごりね!ヨイドン!」

「夕雲ずるい!待ってよー」

 

今度こそ、今度こそ。いや、絶対に。お前達を助けて見せる。

 

艦娘。

兵器であり人でもある彼女たちは、生まれながらにして、戦い沈んでは深海棲艦となり

また戦うという、死の輪廻にとらわれている。そんな彼女たちを

運命の鎖から解き放つ方法は、ない。今のところは……

俺が時間遡行、つまり過去へのみ行けるタイムトラベルの力を手に入れたのは

偶然に過ぎない。昼休みに花壇のそばを歩いていると、銀色の懐中時計が落ちていた。

手にとってよく見ると壊れていた。針が逆回転しているのだ。

これでは落とし主も困るだろう。竜頭を回し、時刻を合わせてみたが、

相変わらず針が逆に回るので意味がない。仕方がない。とりあえず竜頭を押して……!?

突然世界が左回りに渦を巻く。そして自分自身、肉体だけではない。

精神、人格、何もかもがかき回され一つの渦となる。

思考すらままならない現象に身を任せていると、

突然視界が明るく開け、見慣れた鎮守府の門が目の前に。

まだ少しふらつく意識に耐えながら、詰め所の警備員に状況を確認する。

 

「君、今の現象はなんだ!軍本部から連絡は!?」

「え、現象ってなんですか?」

「だから、今の世界が回るような……これは?」

 

警備員に詰め寄っていた俺の目に、手元の木板で作られたカレンダーが止まった。

文月拾五日。おかしい。今月は神無月だったはず。

 

「このカレンダー、遅れているぞ。三ヶ月もほったらかしだ」

「え?どれどれ……やだなぁ、ちゃんと文月じゃないですか。

しっかりしてくださいよ、提督」

「しかし、今月は神無月……」

 

言いかけて気づいた。蝉の鳴き声や照りつける暑さに。神無月といえば秋風の涼しい季節だ。

俺は戻ったのだ。三ヶ月前に。この謎の懐中時計には時間遡行の力がある。

原理や仕組みなどどうでもいい。

広場を眺めると、長椅子で弁当を食べる艦娘、友と語らう艦娘、

そして、先月の侵攻作戦で散っていった艦娘!

俺は確信した。これが、こいつの力があれば!彼女達を、救える!

 


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