インフェクションIF   作:フリードg

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7話

 

――今はこの場所から逃がす。

 

 

 

 幾ら体育館は広いとはいえ、化け物の人数もそれに見合うくらいはいるのだ。

 人を喰らう化け物に囲まれでもすれば、負傷者が更に増えるかもしれない。

 

 

 そして――ありきたりだとは思えるが。

 

 

「(あいつらに噛まれるのは、危険かもしれんな)」

 

 あの化け物が所謂ゾンビだとするのなら、定番かと呆れられるかもしれないが、そのウイルスか何かが感染し、広がる可能性が高い。噛まれたらどうなるのかまだ判らないが、あの化け物達は噛む力には遠慮が無い。一般人であっても、噛む力は人間の肉くらい簡単に噛みきれるのだから。噛み傷は鋭利な刃物で斬られるより、傷が広がって更に危険な場合があるのだ。

 

 だが、それは当然 噛む事が出来たらの話だろう。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 組み付こうと、伸ばした腕を躱し、水面蹴りを放つ。倒れた化け物は後続の化け物にとって障害物となり、更に倒れ続ける。一度絡まれば起き上がるのに時間が掛かる。

 

「(その間に、3,4人は無力化出来る)」

 

 素早く歩行不能にさせる為、膝を潰す。

 ごきゃっ! と鈍い音が聞こえ、骨が砕ける手ごたえもあった。……当然 良い気分じゃない。化け物の中には子供だっているのだから。

 

 短い時間ではあったが、……教えた生徒達で 慕ってくれた生徒達なのだから。

 

「(……今は感情を殺せ。最善を尽くすために)」

 

 龍はただただ、感情を押し殺して、最短で最速。そして 無駄に傷つけない様に無力化していった。一体何体いるのか判らないが、それでも 直ぐに化け物の山になった。

 其々の重みで身動きが取れない者もいるが、腕だけの力でも移動をしてくる個体もいた。

 その手の空いてには体育館にある扉のカーテン等を縄状にして縛り上げて動けなくする。

 

「これで、最後……! よし、次は外……っっ!」

 

 ここで、漸く気付く事が出来た。

 体育館内は音が響く。故に化け物達の呻き声が四方八方に響いてきて、判らなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 体育館の外の惨状に―――。

 

 

 

 

 

 

 この騒ぎは、学校内だけではなかった。

 体育館の外は 中以上に悲惨だった。目に入るのは逃げ惑う人達。そして 無情にも捕まり、生きたまま喰われ続ける人もいた。

 

 

 

『うわぁぁぁ!!』

『い、痛い!! 痛いいぃぃぃぃ!!!』

『許してぇぇぇぇ!! うわぁぁぁぁ!!!』

 

 

 

 制服姿じゃない子供達も沢山いた。学校に逃げてきた者達もいたのだろう。或いは逃げてきた人達が、更に化け物達を引き連れてきたのかもしれない。

 

「くっ……そっ がぁぁ!!!」

 

 眼前に広がる光景。……悪夢の光景。

 

 それはあの時(・・・)のと、何ら遜色ない。

 

 そう、力を欲した理由は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このっ! くるなっ!!」

 

 目の前にいるのは、懸命に自分よりも小さい子達を守っている女の子。

 その小さな身体で動き周り、掃除道具等を利用して 必死に防衛をしている。

 

 そして……あの子(・・・)もそう言う子だった。

 

 困ってる子は決して見てみぬ振りなんかできなかった。泣いてる子がいたら、絶対に駆け寄っていた。そして――自分の事を兄の様に慕ってくれた。

 

「絶対に皆と一緒だから! 皆で脱出をっ!」

 

 怖がる皆を懸命に鼓舞し続ける。恐怖のあまり動けない子も懸命に庇いながら。 

 

 

 

 

 もう、二度と失いたくない。

 

 もう、あんな想いは……二度としたくない。

 

 もう、奪われたくない。

 

 あの時、全てを奪っていったのは大震災による津波だった。

 

 そして、今回 あの時の様に奪おうとしてるのは。

 

 

 

 

 

 

 

「香里ちゃん!! 危ないっっ!! 後ろぉぉっ!!」

「っっ!!」

 

 同じ災害。だが少し違うのは原因不明である事と、今までは映画の中でしか存在しえなかった生物災害(バイオハザード)

 

 それでもこれは映画なんかじゃない。現実に起こっている。現実に起こって、また自分から奪おうとしている。大切なひとを……。

 

 

「させて……たまるかぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 握りしめた拳。想いを乗せた拳は正確に眉間を捕らえた。

 全速力だった事と元々の力、体重。一点に込めた力は いつもよりも威力が数倍にはねあがる。幾ら子供の姿をした化け物であったとしても、人間を殴り飛ばすなんて現実的じゃないだろう。

 

 でも、彼はやった。

 

 香里を背後から襲おうとした化け物は、殴られて吹き飛んだ。後ろにいる化け物達を巻き込みながら。

 

「りゅ、龍せんせー!」

「よく頑張った!」

 

 軽く頭を撫でると、直ぐに周囲を確認する。

 

 四方八方、視界のどこにでもいる化け物。そんな中で何処が一番安全なのか。……何処に移動をするのが最善なのかを瞬時に頭の中で思い描く。

 

 そして――決めた。

 

 

「全・員!! 動けるヤツは 校舎の中に走れ!!」

 

 

 向かわせた場所は学校内。

 一件逃げ場がないと思えるが、それでも襲ってくる方向は良い場所を取れば一方向しかない。開けた場所では四方八方から襲われ、最終的には数にものを言わされてしまうだろう。

 

 そうさせない為にも。常に一対一の状況を作り出す為にも。

 

 

 そして、悲鳴の渦の中で誰もが混乱していた。恐怖のあまりパニックを起こしていた。

 でも、そんな中ではっきりと悲鳴じゃない声が聞こえた。それも 何かを指示する声が聞こえてきたのだ。それが、希望なのだと。この恐怖から、危機から救われる可能性があるのだと、本能的に感じ取る事が出来た。

 

 逃げ惑いながらも、其々が方向を変えた。校舎の方へと向かって。

 

 それを確認すると同時に。

 

「香里、皆を連れて校舎に向かって走れ」

 

 香里にもそう言った。

 

 香里が守ろうとしている子達は、後ろに何人もいる。逃げ惑う子達を集めて、それであの化け物から懸命に専守防衛を果たしていた。

 

 確かに、最初と比べたら随分と数が減ってしまっている。

 体育館を出る前は、まだまだ沢山いた筈なのに。

 それでも、すべき事は決まっている。

 

「全員で生き残るぞ。もう、誰一人欠ける事なく」

「う、うんっ! 皆‼ 頑張って走ろっ! 今は校舎の中に!」

 

 香里は、校舎の中は逃げ場がなく危険だと判断していた。

 だから、囲まれたとしても 外に逃げた方が助かる可能性が高いと思っていた。

 でも、龍は全く別の指示をした。逃げ場が無くなる可能性が高いのに、その場所へと行け、と。危険だと思ったが、香里にとって信じるに足る言葉だった。

 

 本当は自分も凄く怖かったけれど。下級生の前ではしっかりしないと、と。必死に言い聞かせていたんだけど、今は違った勇気が沸いてくる。

 

 これが……龍の言葉だからだろう、と理解するのは遅くはなかった。

 

「走れ! 全速力だ!!」

 

『はい!!』

 

 龍の指示にしたがって走り続ける。

 それに反応して、化け物たちも追いかけてくるのだが。

 

 

『そっちに行くんじゃねぇぇぇぇ!! こっちだ!! こっちにこい!! かかって来い!!!』

 

 

 突如響き渡る怒号。

 その雄叫びは 生徒達を襲おうとした手を、ピタリと止めた。声に、音に反応すると言う事がこの時判った。

 

「りゅ、りゅうせんせーー!!?」

 

 襲撃がピタリと止んだ理由は、この辺りの全ての化け物をその身1つに引き寄せたからだと言う事が判った。逃げやすくなった代償が龍が引き受けてくれたからだと言うことを。……そしてそれが自殺行為だと言う事も直ぐに。

 

「や、やめてぇぇ!!」

 

 香里も思わず足を止めて叫んだが。

 

 何十人と突進していった化け物の群が止まっているのを見た。

 

 

「は、はは! こちとら毎日オレより数段デカいヤツとやってきてんだぜ……!」

 

 

 龍は、1体の化け物の身体を投げ飛ばすと。

 

 

 

「お前らなんぞに負ける訳ないだろうが!」

 

 

 

 そのまま、襲い来る化け物達を蹴散らした。

 

 その姿は、体育館での攻防とはまた違った。

 あの時は、まだ人間として見ていた所があったのだ。襲ってきていても つい数時間前までは普通の人間で、楽しく話していたのだから。

 

 だが、この光景を見て 何人も喰い散らし 何人も殺しているのを見て、考えを改めたのだ。

 

 

 もう気遣う事はない。

 

 少しでも気遣えば――その分人が死ぬ。

 

 相手は―――災害そのものだ。

 

 幼いあの日。日本を襲った大震災、大津波。あれと同じ。

 そして、アレから助ける為に。もう二度と失わない為に力を付けた。

 

 そして身に付けた力を出すのは今。

 

 何十人いた化け物は、瞬く間にぶっ倒された。

 

 目の前の光景に唖然とするのは、足を止めていた香里だった。

 

「……オレは何でも知ってるだけじゃない。なんでも出来る。……お前の為なら」

 

 立ち尽くしてる香里の前にまで来て、笑うのは龍。

 

「あ、あはは。あはははっ!」

 

 香里は 漸く笑顔を出す事が出来た。

 心から安心する事が出来た。

 

「さて……、連中は当分は減りそうにない。さっさと中に入るぞ!」

「はい! って、わぁっ!」

 

 龍は香里の身体をひょいと抱きかかえる。俗に言うお姫様抱っこ。

 

「少し急ぐ。前の皆に追いつくぞ。香里もしっかり捕まってろ」

「っ……うんっ!」

 

 香里は、きゅっ と龍の服を握りしめた。

 

 そして、その後はまるで乗り物にでも乗ったかのような勢いで走り出した。

 香里は振り落とされない様に必死にしがみ付く。

 

 

 こんな最悪な日なのに。……沢山の人が亡くなってしまった事態だと言うのに、香里は 温もりを強く感じる事が出来たのだった。

 


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