インフェクションIF   作:フリードg

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もうそろそろ――。


4話

 

 期間は別に決められて無かった。

 

 

『あはははっ! 龍せんせーって なんでも知ってるんですねっ?』

『いや、オレにも知らない事は多いぞ。なんでも知ってる訳じゃない』

『そんな真面目に返さなくたって良いですよー! 『凄いだろっ!?』くらい言ってくれたってー』

『いや、事実だから』

 

 

 防災期間もとっくに終わっていて、それにて終了! かと思いきや 色々な理由をつけて龍の配属? の続行だった。

 色々と訊いて見た所、小学校の校長と教育委員会と繋がりがある所長が……どうのこうの、らしい。

 

 そう耳にした時点で考えない様にする龍だった。

 

 面倒だと思いつつも、教える事は嫌いではなく、騒がしいとは言っても消防署の連中と比べたら、あらゆる意味で可愛いものだから、苦ではなかった。

 

 いや、苦などある訳がない。香里との時間は本当に楽しかった。

 

 防災についての講習の筈が、6年生の実力テスト対策を~ と色々言われて その勉強の面倒まで見る事になったりした。それなりに遅れたものの、基礎的な学力は龍には備わっているし、そもそもが小学生の問題だったから、何ら問題なかった。(シャレではない)

 

 あまり普通好みではないだろうと思える勉強の時も教えている時も、香里は笑顔だった。

 

『あっ、龍せんせー。今度のテスト! 上位10に入れたら ご褒美がほしいですっ!』

 

 挙手をして そう言う香里。

 龍は 軽く考えた後に。

 

『ん…… この学校は6年だけで200人以上か。それを10位以内は凄い事だしな。まぁ 良いぞ。何が欲しい?』

 

 龍がそう聞くと、香里の目がきらんっ☆ と一瞬輝いた気がした。

 

 ……何だか嫌な予感がそれとなく感じた。

 

『はいっ! 龍せんせーと ちゅーがしたいですっ! ちゅーがほしいですっ!』

『………はい?』

 

 はいはーい! と何度か手を上げる香里。

 周囲の目などおかまいなく。……いや、寧ろ周囲は煽ってる。殆ど全員が香里の味方と言う感じで。面倒見が良く 学級委員長もしている香里だから信頼関係は間違いなく良好の様だ。

 

『だから、ちゅーですっ!』

 

 口を軽く前に突き出して目を瞑る香里。

 龍の返答はと言うと、掌を香里の顔面に軽く当てる。

 

『ぶっ!』

『問題だ。そういうの、何て言うのか 判るか?』

『ふがっ、ふがっ えふんっ。えー わからないですよー』

『正解は《マセガキ》。学習しとく様に。……そんなん10年早い』

 

 それを訊いて、今度は唇を尖らせる香里。

 他の皆も、『ちゅーしてあげなよー』とか『かわいそーだよー』とか口々に言っている。全員が笑っているから 本気なのか冗談なのか、いまいち判りにくい。

 

『でも、ご褒美くれるって言ったじゃないですかっ』

 

 確かにそれも間違いではなかった。

 

『……最初に内容訊いてなかったのがミスだな。わかったわかった』

 

 無下に断るのも大人とは言えない。ましてや相手は小学生なのだから。

 何かを期待している香里を見て、軽くため息。

 

『ここにな』

『えー、おでこー?』

 

 ぶーぶーとブーイングが飛ぶのだが、これ以上ないと言っていい。 

 そもそも、小学生相手にしたら(おでこでも)、色々と大変な事になるだろう、と言うが。

 

『皆先生たちには黙っててくれるもんねー?』

 

 と、香里はニコリ。

 ちょっと悪い子な顔をしてる香里に皆が同調している様だ。自由参加と言うだけあって、女子が殆どだったから、と言う理由もあるかもしれない。男子もはやし立ててるくらい。

 

『天宮も、《何処に》と指定してないだろ? ならオレの事は言えないぞ』

『ええー、口をこうやってやったよ?』

『言葉にしてないから駄目』

『ぶー、へりくつー!』

 

 香里はどんな事でも全身全霊。

 なんでも頑張るし、どんな難しい事でもチャレンジする好奇心旺盛な性格。

 

 

 それでも、今回の様な事は――今までに一度だって無かった。

 皆の前でこんな風に告白の様な事をするなど……。クラスの皆の雰囲気を良くするために率先して面白い事を言ったり、冗談をしたりするのは何度もあったけど……。

 

 間違いなく今回の事は 以前 紗月と話をして 色々と火がついてしまったからだと言う事だろう。

 

 

『(えへへー。中学生くらいになったら、女の子として見てくれるかなぁ……。あっそれまでに せんせーに彼女さんが出来ない[今はフリーなの確認済]って事も無いって言えないし! 今からじゃないと、遅いかもっ!? よーし、色々とアタックしちゃおう! あ、次はぜーーったい 下の名前で呼んでもらう様にしよっ!)』

 

 ご褒美の変更は香里はしない。おでこでも 凄く嬉しいから名前は次に、と決めたのだった。

 

 

 苦笑いをしている龍を見て、香里はただただ笑顔を見せ続けるのだった。

 

 

 

 そして、その笑顔に龍も答える。

 もう1ヵ月程経つが、毎日がそんな感じで、消防隊とは違った意味で色々と大変だが、……楽しかった。

 

 

 

 

 

 あの日(・・・)以前の自分に 戻れた様な――そんな感覚がしていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わり、平岡出張所。

 

 

 

「やーっぱ妙に笑顔が増えたと思うんだがなぁー。10割増しくらい?」

「…………」

 

 今 消防所内の休憩室にいるのは2名。

 無言なのは勿論 龍であり その龍にうざい! と思ってしまうくらい絡んでくるのは、いつもの事ながら天才や超人等 色んな渾名で呼ばれてる神城。毎日飽きないのか? と言わんばかりに冷やかな視線を送った龍が痛烈な一言。

 

「うざい」

 

 思うだけじゃ判らないだろうから、はっきりと口にした。

 だが、神城は動じない。動じないどころか、次の段階に行動開始。腕を龍の肩に回した。

 

「おいおい、うざいは無いだろー。うざいは。今日の訓練字ん時 涼しい顔してオレに一撃当てやがって。まーた腕を上げたんじゃねぇか? 龍。どーやら あの小学校は 通うだけで能力アップが出来るらしいなぁ」

 

 消防士なのに何で格闘技を通常業務に……? 警察とかで銃剣道なら兎も角、筋力トレーニングをするのなら兎も角、とツッコミを入れたい所だが、ここの消防所は常識的ではないからスルーが懸命である。入隊には年齢制限もある筈なんだが、龍が入れている時点でご察し。

 

「………………………………うっさい」

「長ぇぞ? 今の間がよ」

 

 

 龍は 言葉通りウザがっている様子が手に取る様に判るものの、何処か穏やかにも見える。

 

 

 

 それが、相手が神城だからだと言えるかもしれない。いや、間違いなくそうだろう。

 

 

 

 神城と龍は、言うまでもないが一番絡みがある。第一、龍が入隊した頃から絡んでくる事が多かったから。

 

 最初はテツ先輩と一緒に世話係に任命されたから、2人が一緒だと言う事が多い、と言う理由も勿論あるが それ以上に龍の姿に、神城は何処か親近感の様なものを覚えたから。

 

 なぜ感じたのか、その理由は神城自身にもよく判っていない。そもそも龍とは性格自体は正反対だと言っていいし、その他を見比べても 客観的に見ても 正直似てるとは言えなかった。特に入隊当初は。

 

 入ってきた時は人斬りナイフの様な鋭い表情をしていた。

 

 協調性の欠片も無く、何でそんなヤツ入れたんだ? と言う声がそこらかしこから上がっていた程だった。

 

 その頃から神城は、龍が求める物を判っていた。傍で見ていたから嫌でも判ると言うものだった。

 

 彼は今よりも更に若い頃からずっと『力』を求めていた。

 

 龍のその強い願望。その理由は神城は 本人にからではないが 訊いた事があった。

 正直 何故《消防士》に? とも疑問符が浮かんだが、この職場の環境は最適である事は神城はよく判っていた。

 

 出会いと経験。

 初めての敗北。

 そして何よりも成長、精神の成長。

 

 力を得る前に習得しなければならない事ばかりが此処では得られるから。

 

 

 龍は入隊当初、通常業務は完全にパスされていて、主に鍛錬をしていた。不愛想でただ云われた課目を鬼気迫る様子で毎日続けてきた。普通の成人。いや トップクラスのアスリートでさえ オーバーワークではないか? と言われてもおかしくない程の修練。決して手を休めず妥協せず、毎日をぶっ倒れるまで続けてきた。

 止めても聞き入れない少年だったが、そこはこの平岡出張所の出番だと言えるだろう。

 神城を初めとして、先ずは心から と言う事で名物の風呂に強制的に放り込んだ。

 

 裸の付き合いは大事と言う事から判る? 様に、風呂場では龍は大人しかった。大人しかった、と言うより色んな意味で言葉が出なかっただけかもしれない。バカ騒ぎをし続ける大人の姿を見て、色々と混乱をしていて その間を狙って少しずつ心の隙間に入り、今日までのそれなりの信頼関係を築く事が出来た。

 

 話やアドバイス等も聞き入れだした事で効率よくなり、そして何より 恐ろしいまでの執念が、元々生まれ持っていた天賦の才に加えて貪欲な修練は、柔らかい砂が瞬く間に水分を吸収する様に あらゆる技術を身に付け続けた。

 

 その姿が、神城にとって自分と似た匂いを強く感じた。燻っていた才能が急激に伸び続けている姿を見て。

 

 龍と神城の2人を一緒にさせたのは、相乗効果も狙っていたらしい。

 大隊長や所長が そう にらんでいたのだが、まさにあっけないと言える程の速度で成長を続けた。身体を痛め続けた後遺症も殆どなく、最年少であるのにも関わらず、この強靭な肉体と精神を併せ持つ屈強な部隊の中でも群を抜く身体能力を持つ神城を唸らせる程になったのだ。並び立つ者が直ぐ後ろに迫ってきて、更にはもう直ぐ隣に立つまでになれば お調子者感が今一つ抜けていない神城も危機感に似たものを感じ取ったのだろう。より一層励み、部隊全体も向上していった。

 

 この事全てが計画通りだとすれば、やはり所長は恐ろしい。

 勿論、龍自身も。若さをも考慮すれば更に恐ろしい。

 精神がまだ未熟・未成熟な肉体。自分の持つ器をも超えた、とも言える。

 

 

 全員が そんな龍の成長を見るのが恐ろしくもあり――何よりの楽しみだったりした。

 

 

 

 

 

「なげえわ!」

「……何に対してツッコンでんだ?」

「さぁな。何だか そう言いたくなったんだよ」

 

 神城は、ぼりぼりと頭を掻いた後。

 

「そろそろ今日の仕事も終わりだ。要請も入ってねぇしな」

「そんな時間か。……ほんっと、神城先輩と話してるとマジで時間が経つの早い」

「おっ? たまにはオレの事先輩って呼ぶ様に、敬ってもいいんだぜ? 龍よ。さーて、風呂に行くか!」

「……1人で行け」

「あんだよ。つれねぇな。ああ、あれか? あのお嬢ちゃんと一緒じゃなきゃ嫌ってか? マセてんよなぁ。でも 可愛いと思うぜ? あれは将来ぜーったい美人になるヤツだ。今の内に唾つけとくってのも――」

 

 神城が最後まで言ったのと同時に、龍の右ストレート飛んでくる。

 反射的に神城は首を回して何とか回避。前髪を掠らせるだけに留めた。

 

「って、マジな攻撃してくんなよ。ビックリするじゃねぇか!」

「減らず口をなくす為には、実力行使が一番だろ? ……正直さっきのは不完全燃焼だったから、続きだ。次は一撃と言わず、2、3発くらいは当ててやるよ」

 

 

 龍は、ステップを刻みながら 懐に入って…… はいっ! ワンツーワンツー、ツーツーワン!

 

 

「こ、コラ! んな狭い場所で…… って、あん時より早くなってんじゃねぇか!? い、いて、いててて!! 掠ってもいてえって!」

 

 神城は回避をしているんだが、無言の連打が続く。

 無呼吸連打、と言うヤツなのだろうか 終わりが見えなく 拳の戻りも早い為 カウンターも狙えない。

 

 

 

 最終的には、『五月蠅いぞ!! お前ら!』

 

 

 

 と言う大隊長の説教が始まるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

「っつぁー。疲れた……。訓練の比じゃねぇよ……」

 

 

 神城は、ごきっ、ごきっ と首を鳴らしながら身体を拭う。

 

「神城が悪いな。あんま龍をからかってやるなよ」

「ははっ、テツ先輩も知ってるでしょー。……アイツには まだまだ ああ言うの(・・・・・)が必要、だって」

 

 風呂場の方を見ながら神城はそう言った。シャワーの音が脱衣所にも聞こえてくる。まだ風呂場の中に龍がいるのだろう。……或いは神城との時間をずらす為にわざと遅くしている可能性だってある。

 

「まぁ 判らんでもないが、時と場合を考えろって事だ。大隊長をキレさせるな。こっちも大変になる」

「あー、それは失礼でした。オレにも言える事ですし」

 

 

 まだまだ龍は成長期。

 どれだけ、驚異的に成長をし続けていても……まだまだ学ぶべき事は多い。

 

 色々と先に不安はあるが、それでもそれ以上に楽しみもあったりする。隊員の全員が弟を持った気分だったから。

 

 だが、先を楽しみにしているのにも関わらず、妙な胸騒ぎがした。偶然だろうか、誰も口に出さなかったが、この場にいる神城やテツ先輩は勿論、この場にいない隊員全員もほぼ同時に、何かを感じ取っていた。

 

 そして、シャワーを頭から浴びている龍。瞑っていた目を無意識に開き、振り返った。

 

 

 

「―――………」

 

 

 

 何かが聞こえた気がしたから。

 

 

 

 何かが――崩れる様な そんな音を。

 

 

 




次は、何かが始まる………?

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