インフェクションIF   作:フリードg

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2話

 

 

 

 

 

 

 その少女弾けんばかりの笑顔が目に焼き付き離れない。

 

 その笑顔に目を奪われてしまったのは一体何故だろうか。

 

 

――少女に一目惚れ?

 

 

 いや、龍自身もそれは違うとはっきり言えていた。

 龍は まだまだ歳は成人にもなってない云わば高校生と同じ年齢。龍がこうなる前(・・・・・)は思春期と言うものは当然ながらあった。いろいろな意味を持つ《好き》と言う感情も体験しているから、恋慕の感情を持てばどう言う風になるのか覚えているつもりだった。

 だから、違うと否定出来る。相手は小学生だから、歳の差も要因の1つだと言えるだろう。

 

 そして だからこそ判らない事があった。

 

 何故あの少女から目を離す事が出来なかったのだろうか。と言う事だ。

 

 自分の心が……判らなかった。

 

「おーい、龍」

「…………」

「龍! 訊いてんのか? っておい無視すんなコラ。龍!」

「…………」

 

 話を全く耳に入れていないクソ生意気な後輩の背後に回り込むのは 先輩の神城。

 すっとしゃがみ込み、二本指を構えて思いっきりケツに向かって発射。

 

 ぶすんっ!

「んがっっ!!」

 

 と言う鈍い音を感じた刹那に来る強烈な衝撃を受けてしまい、流石に龍はそれをもスルーする事は出来なかった様で 思わず身体を仰け反らせつつも振り返った。

 

「い…………ってぇ! 何しやがるコラぁ! 神城!!」

「後輩の分際で先輩様をいつまでも無視してんじゃねぇよ。アホ」

 

 へらへらと笑う神城を見て 思わず毒気が抜かれてしまった龍は、怒って言い返す前に 突き抜けた衝撃をどうにか対処した。その後、またため息を1つはいた。

 

「……それでなんだよ一体。訓練スケジュールはもう終えただろ? 緊急要請とかでもない限り今は自由行動時間、待機の筈だと記憶してるが?」

「ああ、確かに終わったな。他の先輩方はまだやってるっつーのに相変わらずガキとは思えねぇスピードと体力でよ」

「って、似た様なの毎度毎度言ってくれるが、人の事ぶつぶつと言える立場かよ。フィジモン神城先輩」

「やっと先輩っつったか。極秘事項をペラペラしゃべる所は頂けんが。テツ先輩がいたら説教もんだぞ」

 

 龍の事を何だかんだと言ってくれる神城だが、龍自身も神城の事を言いたい。

 その身体能力が異常だと言っていいという事だ。平岡出張所始まって以来の超人だとか、天才だと言われているからだ。色々と訓練をし始める時に その相手として付けられた事が多々あったから、誰よりも神城と言う男の実力を龍は知っていた。

 それは、神城自身にとっても然りであるが。

 

「どーでもいい。それより 早く話せよ。なんなんだ? 1人じゃ退屈すぎまーす。かまってくださーい。なんて言わねぇだろ? 先輩様が後輩なんぞに」

 

 意趣返しの様に言い返す龍だったが、次の言葉で黙ってしまう事になる。

 

「とりあえず、元気がねぇな、と思っただけだ。講演に行ってから様子が変だったぞ? あの小学校で何かあったのかね?」

「っ……」

 

 神城の言葉を訊いてしまったからだ。

 別に、意識してやっていた訳じゃない。出来る限りいつも通りの平常心を保つ事が出来ていた筈だった。

 

 そう――筈、だった。

 

 だが、神城の前ではそうはいかないのだと言う事を強く実感する。

 

「あほか。もうどんだけの付き合いになってると思ってんだ? お前」

「……そんなに長く無いだろ。オレとの付き合いなんか」

「それこそアホか。時間なんざ関係ねぇよ。どれだけ濃密な時間を一緒にいたと思ってんだ? ってんだ。お前の様子がいつもと違う事なんざ、誰だって気付くだろ。ここの面子なら。テツ先輩なんか、『槍でも降るんじゃないか?』って言ってたぞ」

「………なんの冗談を言ってんだ。あの人」

 

 深く息を吐き、軽く落ち着く様子を見せる龍。

 それを見た神城は、にやっ と笑みを見せると 龍の肩に腕を回した。

 

「言ってみ? 言ってみ? つか、() だろ? 恋煩いかぁ 遅い青春満喫してんだろ?」

「アホ言え! お前は飲み屋で絡んでくる酔っ払いか! 離せ!」

 

 ぱしっ、と腕を払いのける龍。そして神城は笑い続ける。

 

「その飲み屋の酔っ払いを潰した酒豪の龍が言うと、結構来るもんがあるなぁ。っつーのはとりあえず冗談だが、先輩としては 色々と心配するんだぜ? これでも」

「………」

 

 下手な心配をかける事は子供のする事だと言う事は龍は判っている。

 それでも、この感情の根源、その根幹の部分が自分自身でも見えてきてないから、何も言いようがないのも確かだった。

 

「……オレ自身もよく判ってねぇんだ。だから言いようがない」

「なるほどな。ま、誰しもそう言う歳頃ってのはあるもんだ」

「神城には想像がつかないがな」

「言ってくれるじゃねぇかガキ。オレだって色々経験してきてんだよ」

 

 軽く笑いを続けると、神城は一枚の紙を渡した。

 

「ん? なん……だ……。これ?」

 

 龍が紙に目を通し続けた所で、段々表情が険しくなっていく。

 

「見ての通り、ちょっとした辞令だ。最近小火が結構多いらしくてな? あの小学校の先生方や生徒達とふれあいながら、街のパトロールする。ほれ あの小学校、消防クラブっつーのがあって、色々と活動をしてるらしいんだわ。龍が学校で教えたり、実演してたりが結構ウケたらしくて、指名された。まぁ、交流も兼ねての業務だ」

「絶対これ、消防士の範疇を超えてるんじゃないか? 生徒護るのは先生の仕事だろ。同じ公務員ってだけで、何でオレがそこに行かにゃならん!」

 

 それは、今までで一度たりとも無かった事だ。

 突然の辞令に戸惑いと混乱が等しく混濁し、盛大に拒否する姿勢を龍は見せていた。

 

「今は防災予防週間だ。大規模火災が起きた時に、犠牲になりやすいのがまだまだ未成熟な子供(ガキ)達だろ? 迅速な連携を取る為にも、色々とパイプは必要らしいぞ?」

「あのボスにこれ以上なパイプとかいるのかよ! 政界の重鎮ともつながりあるって聞いたし、果ては海外。FBIやCIA、KGBともつながりがあるって専らじゃないか」 

「どうだろうなぁ、そこまではあると思うか?」

「あのボスだったらあったって普通に見えるわ! 判ってて訊いてるだろ!?」

 

 神城はカラカラ、と笑っているが 目の奥は真剣そのもの。

 ボスは変人である事は周知の事実であり、何をしても、果ては何があっても 最終的には何故か納得してしまうのだから。

 

「兎も角だ龍。コレは業務指令だ。色々と龍はわがまま言えてるが、何だか今回はテツ先輩も大隊長も妙に推すんだ。最終的には放り込まれるぞ? 色々と覚悟を決めたらどうだ?」

「………………はぁ」

 

 盛大にため息を吐く龍。

 確かに、龍はこれまででも一度言われた事は 例外(・・)を除いて 最終的には従うのが定番になっているから。

 上司の仕事命令を部下が訊くのは基本的に社会人として当たり前だと思うだろうが、この消防隊は少し……じゃなく、かなりおかしいから 一般常識は当てはまらない。色々と逸脱したりもした事があるけど。

 

「……判ったよ。それで、何時から?」

「ああ。えとな…………」

 

 神城の笑顔が妙に変わったのに違和感を覚える龍。

 この表情になった時、良かった事など一度も無いのだ。それは身に染みてよく判ってきている。その第六感が強く警笛を鳴らし続けているのを感じ、行動をしようとしたが最早手遅れだった。

 

 

「今からだ。テツせんぱーい! OK見たいっスよ? 連れてきても」

 

 

 神城の言葉を合図に、ガラっ と後ろのスライドドアが右に開く。

 そこに立っているのは、職場でも人生でも大先輩である淀川鉄先輩と………。

 

 

「引き受けてくれるんですね? ありがとうございますっ! 皆もとても喜ぶと思います! 勿論私もとても嬉しいです! これから暫くの間 よろしくお願いしますね。真田さん!」

 

 

 大きなくりっとした瞳をいっぱいに開かせて 弾けんばかりの笑顔を向けて 頭を下げる少女。あの時(・・・)よりも大きく動作をしているためか、胸元まで伸びている髪が大きく揺れ、髪留めの黒いリボンも揺れた。

 

 

 頭を上げた時、その少女と目があう。

 

 

――……なんだ? これは………。

 

 

 その大きな瞳に吸い込まれそうになってしまった。

 時が止まったかの様に身体が硬くなってしまうが、何とか始動する龍。

 

 体感時間は果てしなく、長く感じたが現実には1秒程しか経っていなかった様だ。

 

 

「……まさか、此処にまで迎えに来てくれるとは思わなかった。遠く無かったか?」

「あははっ! 勿論先生の車があるんですから大丈夫ですよー。運動は得意ですけど、流石にこの距離走るのは大変です」

 

 

 スムーズに会話をする。

 ここが職場である事、そして 横には2名の先輩がいる事も忘れて。

 

 

 

 

 そう――彼女と一緒にいる間、本当に楽しかった。

 

 

 

 

 楽しかったからこそ、目が離せなかったんだとこの時龍は理解した。

 単純に、楽しかったのだ。楽しい事に細かい事は関係ない。

 

 そして何よりもこの少女は凄かった。

 

 聡明な少女は小学生とは思えない豊富な知識を持ち、身体能力も抜きんでていた。

 色々と実演した龍で、それを少し体験してもらう時間の時に、小学生とは思えない技量で、完璧だと言える実技を熟して見せた。その後の講習会の時のクイズ形式のテストも完璧だった。

 

 

 学校始まって以来の天才とも呼ばれている少女 天宮 香里。

 

 

 

「改めて――よろしくお願いしますっ! 龍せんせー!」

「こちらこそ」

 

 

 

 (・∀・)ニヤニヤ

 

 

 と横で笑い、肘で突いてくるのは尊敬すべき先輩の神城。

 

 非常に不快だった事と、しつこかった事もあって 龍は足の爪先をとりあえず踏んずけた。

 

 その後は テツ先輩と香里の2人に付き添い、龍にとって未知の世界とでも言うべき場所へ赴く。

 

 

 

 

 そう――この時は平和だった。

 

 

 

 だが、その平和は瞬く間に崩れ去っていく事を この時は誰もが思いもしなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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