その日――人生は一変した。
背後から押し寄せてくるのは、絶望そのものだった。
それは まるで、巨大な竜が大きな口を開けて、追いかけてくる様な、そんな感覚。
その竜は、建物も車も……人も、あらゆるものを飲み込み、そして 全てを食らい尽した後は、そのまま全てを連れ去っていった。竜が暴れた後には何も残らない。……大切なものも全て飲み込み、残ったのは残骸。町は瞬く間に廃墟になってしまった。
『…………』
自分は、安全地帯に逃げ延びる事が出来た。
竜の牙の及ばない、高地に逃げる事が出来た。
そう――自分
親も、友達も――、そして………。
『おにいちゃんっ―――……!!』
□ □ □ □
太陽が、自身の身体を照らしてくれているのがよくわかる。
暖かい光が、身体を包み込んで、そして 優しく起こしてくれた。……救えなかった悪夢から。悪夢だった故に、起こされた事が嬉しかったのか、或いは悲しかったのか、……自分自身への怒りが収まらなかったのかが判らない。
だけど、この光は自分には眩し過ぎる。……何処か、そう思えてしまっていた。
「………」
そして ゆっくりと体を起こし、軽く頭を振る。
一体どれくらい、眠っていただろうか……、腕を持ち上げて、着けている腕時計で現在時刻を確認してみる。
「………13時、20分、か。……小1時間、程度」
目を擦って現在時刻を確認すると、ゆっくりと腰を上げたその時。
『ったく、こんなとこで昼寝かよ。随分と余裕なんだな? ゴールが近いとは言ってもよ?』
突然、背後から声が聞こえてきた。
足音を限りなく殺し、気配を出来る限り絶って近づいてきてた様だ。完全に背後を取られたのだが、彼に慌てた様子は何処にもなかった。
「別に良いだろ。ボスは寝ちゃ駄目だって言ってないし。それに、そもそもそんな禁止事項、この訓練の中に無かったし」
振り返る様子もなく、ただ淡々とそう返していた。
会話から察するにどうやら、何かの訓練の最中だった様だ。
「はぁ。確かにボスも先輩も、別に言っちゃいなかったが。……そもそもお前がここにいるのは、マジで異例中の異例なんだぞ? だから、そんな奴が入ってるんだから、突然に例外っつーのが、今まさにこの瞬間から生まれてもおかしくないだろ」
「……それについては、別に否定しないし、するつもりもない。それに、そんなもんが出来たら、出来たその時に考えればいいだけだろ?」
「……ったく、敬語使えってのクソガキ」
言いえて妙な回答だが、ため口が気に入らない様子だった。
因みに、少し詳しく説明すると彼らは今は、山岳地帯にて絶賛訓練中である。
指定された目的地までに、時間制限付きで到着するというもの。
この訓練で、サバイバル術を向上させ、且つ生存力をも向上させるのが目的のものだ。……毎年恒例で行われている事であり、怪我人が続出しているのも事実であり、命を落としかけた者もいると聞くハードな訓練の1つなのだ。
そんな訓練で、呑気に眠っている者など、前代未聞だと言っていい。そして、その年齢も……。
「減らず口は一人前の癖して、まだ成人にもなってないガキだってのに、やっぱお前はとんでもないぜ」
「……アンタに言われたくない。歳だって、そう大差ないだろ。オレと。5~6歳くらいか?」
「オレは、オレと並ぶ男が歳下にいる事に驚いてるんだよ。……判れよアホ」
ははっ、と歯を見せながら笑っていた。
それを聞いて、ため息を吐く。
「……でもな、オレは 殆ど勝てた事無いんだが? 組手の訓練とかでも」
「馬鹿言え。歳下にそう簡単に負けるなんざ、オレが許せねぇよ。大体
話し方、そして雰囲気を察するに、どうやら、互いがそれぞれ認め合った関係の様だ。上下関係など無いに等しい。ただ、実力を示し続けている為、お互いが認めているのだろう。
そんな時。
『コラァァ! 何サボってやがる!!』
「んげ、見つかった!」
「……予定、狂ったな。思ったより早かった。もうちょっと寝れる予定だったんだけど」
首をくきくき、と鳴らし ゆっくりと立ち上がったその時だ。
「行くぞ、オラ!」
「ぐえっ」
襟首を思いっきり引っ張られ、強引に連れ去られてしまう。
「大隊長は、ボス程甘くねぇ。それくれぇ判ってんだろ? 龍! ボスの指示とか禁止事項とか、関係なしで お仕置きモードに入っちまうぞ」
「む、ぐぐぐ、、く、くるし、くるし……!」
「ああ?? 何だって??」
掴む手も、動くスピードも決して落とさずに、そのまま進み続ける男を、強引に払うと、一足飛び脚で男の前に出た。
「くるしい、っつたんだよ! 大体、大隊長が鬼モードになってるのくらい、もうオレでも判ってるわ」
「ほっほー、センスや身体能力は兎も角、お頭は弱い、物覚えは悪い、と判断したんだがな?」
「アホ言え。一緒にするな。それにさっき言っただろ。
「ほー。なら どーするって言うんだ?」
走りながら、軽く笑う。そして その速度が一段階増した。
そして、1歩、いや3歩前に出た。
「此処で、《神城 有》 っつー、消防隊始まって以来の規格外をぶっちぎる。……それでお咎めなしにする」
「………面白れぇ! 乗ってやんよ! 龍!」
その後はデッドヒートである。
障害物の多い山道を、まるで普通の道の様に走り、時には跳躍し 突き進んでいく。……ゴールに向かって。
「……見えなくなったな」
「相変わらず、むちゃくちゃな奴らだ。……同類項ってヤツだありゃ」
「淀川。……お前にはどう見える?」
「どうもこうも……、2人ともに言える事ですが、あんなに活き活きしてる姿はやっぱり神城と龍の2人が揃った時だけですよ。大隊長」
関係は共に訓練をしている仲間、なのだがそれ以上の何か深い感情がこもった瞳で、もう姿が見えなくなった2人を見守っているのだった。
超どん亀