最終話。最後くらいは、予想が当てられたよ。
上手くいったので、前回の前書き通り、今回が最終話です。
始まる前ですし、多くは、言わない方がいいのでしょう。
では、本編どうぞ!
夜の静けさは、影を落とす。
月に眩く照らされるわけでもない、宵闇の今日。
俺と妖夢は、形がうっすらとだけわかる月を、縁側で眺めていた。
不規則に揺れながら、落ちる大量の桜の花びら。
風が殆ど吹かない今、無抵抗にただ、下に落下する。
音もなく、柔らかく、上に上に鎮座する。
静かに、見守る。
「今日は、早めに寝ましょうか」
「そうだな。明日も、俺と付き合ってもらうからな?」
「えぇ、勿論。約束ですから」
僅かな微笑みを闇へと溶かし、寝室へ。
二人で布団の中へ入り、抱き合う。
互いの温もりが、何よりも尊い。
この温もりは、ほんの少しの間の安らぎであること。
近い内に、失くなってしまうものであること。
夢の跡となる、儚い、まるで幻想のようなものであること。
それは、重い事実として俺にのしかかる。
妖夢も、恐らく同じだろう。
透明な硝子のように、あけすけだ。
互いの想いも、同じくだろう。
「……おやすみなさい、天君」
「おやすみ、妖夢。明日は、なんというか、その……よろしく」
「わかりました。ですが、今度は貴方が私を振り回す番なんですよ?」
振り回す、ねぇ……。
取り敢えず、したいことや行きたい場所は決まっている。
返事をしようとして、僅かな微睡みが肥大化する。
勝ち難い睡眠欲に抗うことなく、落ちる。
「――らくん、天君、朝ですよ」
「ん……そう、か」
目覚めは、呆気なかった。
淡白な自意識は、それほどな起伏もない。
今日が最終日、明日が帰る日だというのに。
一周回って、閑静としていた。
影を映すこともなく、ただ白い。
嘆くことも、残念に思うことも、煌めくことも。
何もかもが、淡白だった。
楽しみ、というよりも、他に。
その二つに渦巻かれる。
「よし、外に行こう。早く行こうぜ?」
「……あの、今日は……楽しく、しましょうね?」
「あぁ、勿論」
それも、この笑顔の前では、どうにもそれも失せる。
妖夢となら何でも楽しめるという安心感。
妖夢なら楽しんでくれるだろうという安心感。
「じゃ、最初は……博麗神社、行こうか」
二人で白玉楼を飛び出し、博麗神社へ。
「……あら、お賽銭? それともイチャイチャの見せつけ?」
「いいや? 残念ながら、どっちでも。……ただ、ここに来て、挨拶したかったんだよ」
ただ、ここに。
何も知らないあのとき、スキマの向こう側を初めて覗いた先。
全く同じ場所に立って、博麗神社を眺める。
少しばかりのお賽銭を入れて、言う。
「すまないな、妖夢。次、行こう」
「えぇ」
「あ、えっと……ちょっと待ちなさい」
霊夢に呼び止められ、途中で飛行を止めて浮遊する。
どこか不満げな、バツの悪いような顔をした霊夢。
「……今まで、ありがとう」
「あ、あぁ、こちらこそ。それにしても、霊夢がそんなことを言うとはな」
「う、うっさいわね! あ~もう、言うんじゃなかったわ……!」
俺が面白そうに笑うのに対し、霊夢は本当に後悔している様子。
ほんの少しばかり珍しい表情が最後に見られてよかった。
そう思いながら、背を向ける。
――ひとつ。
「さて、今日執事になるのはどうかと思うわよ? それともチェス?」
「まずお茶の入れ方から学ぶことね。私が教えてもいいのよ?」
「残念だが、どっちでもない。挨拶さ」
紅魔館へと上がり込み、レミリアと咲夜に挨拶。
隅から隅まで回り、パチュリーや美鈴、フランちゃんにも挨拶をする。
……図書館へと、盗みもとい永遠に本を借りに来た魔理沙とも、慌ただしい挨拶。
特に、フランちゃんには強く拒まれた。
泣きそうになりながら袖を引かれ、強く。
納得してもらうのに、時間も妖夢も必要だった。
……心が痛みながらも、紅魔館を出る。
――ふたつ。
人里に、着いた。
満開の桜に挟まれた道を、手を引いて通る。
夕陽の光に当てられて、輝く桜の花びらは美しかった。
きっと、外の世界でこれほどに綺麗な桜は、もう見られないのだと思いつつ。
人里から少し離れた場所に着いて、止まる。
後ろには茂みがあり、夕陽がよく見える。
外れたこの場所は、人の気配すらしなかった。
今になって、夕方であることに気付く。
移動にも長い時間をかけたので、当然といえば当然だった。
「こ、ここは……」
「うん。宴で花火を見たところだよ」
思い出の場所を、最後に巡ることを選んだ。
俺と妖夢の最大の思い出といえば、ここしか思い浮かばなかった。
互いに引かれ合い、抱き締める。
花火はなく、夜でも、後ろに密かな観衆もない。
が、それらを除いて、あの時を再現する。
強く抱きしめ、後頭部を寄せ、キスをする。
口裏を合わせているわけではないのに。
察して、言う。
「妖夢。俺は、妖夢のことが大好きだ」
「はい……はい……」
「俺と……付き合ってください」
「はい……こちらこそ、よろこ、ん……ぅ、え、ぐっ……!」
突然に、泣き出す妖夢。
慌てることもなく、俺はただ抱き締める。
きっと、この涙はあのときとは違うものなのだろう。
恐らく、あれは感動・感激。今回は悲壮・喪失。
慌てず、というのはきっと建前上なのだろう。
慌てられない。慌てることができない。
本音の部分は、もっと利己的で、保守的なものだった。
「ご、ごめんなさい! 貴方の前では、泣かないと決めたのに……!」
「……いいんだ。俺も、こんなことしかできない」
涙を拭う妖夢を、こうやって抱き締めるしか。
そんなことしかできない自分に、失望していた。
種となるものは、他でもない自分が蒔いて、育てたというのに。
「……いえ、ありがとうございます。お陰で落ち着きました」
「あぁ。……よければ、最後くらいは敬語を取ってもらえると、嬉しい」
「……うん。わかった、天」
キスをしては、抱き締めて、手を繋いで。
それを、何度繰り返しただろう。
確かめるように、何度も何度も、数え切れないくらいに。
すっかり暗くなって、はっとなる。
夢中になり続け、時間を忘れていた。
急いで白玉楼へと戻ったが、料理は翔が作ってくれていた。
「ん、おかえり。恋人お二人さん」
という言葉が、優しくて、嬉しかった。
つくづく、この親友をもってよかったと思う。
食事が終わっても、昨日と同じように縁側で月を見上げる。
三日月が、密かに佇んでいた。
お互いに無言で、手を繋いだままだ。
もうすぐ、この温もりは感じられなくなるというのに。
実感が、湧かない。
湧いているが無意識に意識から追い出しているだけか、本当に湧いていないのか。
それは、自分でもわからなかった。
「……寝ようか」
「……そうだね」
ゆっくりと立ち上がり、廊下を静かに通る。
部屋に着くとすぐに布団へ入り、昨日と同じように抱き合う。
「これで、最後……なんだね」
「なぁ。気になってたんだが……どうして、止めようとしなかったんだ?」
涙を流すほどに、俺との別れを悲しんでくれていた。
そこまでして、別れを拒まないとは、不自然に思えた。
「だって、天が決めたことだから。悲しんでも、それを曲げては彼女として失格です。最後まで、貴方の彼女としていさせてください」
妖夢は、従順で、純粋で、愛情に満ちていた。
「私は、もうこれ以上の恋はできそうにないよ。でも君は、違う人と恋すると思う。私はそれでもいい。でも、せめて……記憶の片隅にでも置いてもらえれば、それで――」
「できるわけ、ないだろ……!」
俺は、初恋を経験した。
これ以上にないくらいに、甘く、幸せな初恋を。
「忘れられるわけないだろ! もう、別の恋愛なんて、できねぇよ!」
「……そう言ってくれると、私は、嬉しい、なぁ……!」
静かに涙を流しながら、抱き締める。
ようやく、終わりの実感が湧き始める。
俺も、妖夢も、涙を流して。
「天が静かに泣いてるところ、久しいですね」
「あっ……その、みっともないよな」
「そんなこと、ないですよ。誰だって泣きます。それを見せてくれることが、嬉しいんですよ」
……泣いた。泣きながら、抱きしめた。
抱きしめて、キスをした。
妖夢からは、頭を撫でられる。
いつも撫でる側だが、受け身になると、異常な安心感を憶えた。
ただ、幸せだった。
―*―*―*―*―*―*―
私は、苦しかった。
ずっと過去に経験した苦しさが、再来したのだ。
でも、暖かかった。
天に抱かれて、安らぎを得た。
悲しくもあったが、一番幸せだった。
頭を撫でると、可愛らしい表情をする天。
もう愛らしくて、愛らしくて、つい抱きしめてしまう。
私達のやり取りを見ていた月も、呆れていることだろう。
それくらいが、私達にはちょうどよかった。
「もう、寝ようか、妖夢」
「そうだね。……おやすみ、天」
「あぁ、おやすみ」
天の腕の中で暖かみを感じながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
先にも後にも、最愛の彼氏の腕の中で。
―*―*―*―*―*―*―
朝は、一瞬にしてきた。
目が覚めて、朝食を作る間は、無心だった。
元の世界に戻るとどうなるか、幻想郷はどうなるか、そんなことは考えられなかった。
朝食を食べたら、もう帰らなければならない。
その事実を、着替えた学生服が寡黙に示していた。
「……なぁ翔。この制服、サイズ合ってるんだけど」
「成長してないんでしょ? 認めな。もうそんだけ身長あるんだから、要らないでしょ」
見事にピッタリだった。
幻想郷に来る前と、全く同じ感覚だ。
夜桜は、ここに置いていく。
外の世界で使うことはまずないので、他の誰かに使ってもらった方がいいだろう。
それと同じく、栞も妖夢の中に移動してある。
御蔭で、俺の感覚はどこか物足りないものとなっていた。
時計を見ると、午前九時少し前。
もう、時間だ。
庭に出ると、紫に幽々子、妖夢が待っていた。
「今まで、本当にお疲れ様、二人共。心の底から感謝しているわ」
「あぁ。紫もお疲れさん。怪我したときは、特に世話になったな」
「色々と悪戯もできて、楽しかったよ~?」
「じゃあ、始める――前に」
紫の爽やかな笑顔と共に、指が鳴らされる。
複数のスキマが開き、そこから何人もが出てきた。
……紛れもない、仲間達。
対幻獣メンバーの九人は勿論、防衛グループの皆に人里の皆。
沢山の人が、妖怪が、俺と翔を送ってくれる、というのか。
「……ごめん天。ちょっと向こう向くね」
「馬鹿。皆の方向いて泣け。俺も、泣く時はその予定だ」
「はいはい。長く保たないかもしんないけど」
賑わい、笑顔の皆。
悲しみの表情は一切なく、送られるこっちも清々しい。
「さぁ、『英雄』さん。代表で挨拶、どうぞ?」
翔からの、冷やかし気味な促し。
それに応え、一歩前に出る。
皆の声は一瞬で収まり、宴会のときの挨拶を思い出す。
一拍だけ深呼吸を置いて、話す。
「皆。今日は俺達のために集まってくれて、ありがとう」
心底楽しそうな笑顔の皆を見ていると、こっちも笑顔が溢れる。
緊張も、最早灰となった。
「今まで楽しかったよ。皆の御蔭で、敵も倒せた。……改めて、ありがとう」
わぁっ、と大きな歓声。指笛も混ざって聞こえ、はしゃぎ具合が伺える。
やはり、俺はここに来てよかった。
ここに来て、幻想郷を守れて、よかった。
……努力が実りをもたらす程度の能力。
それは、今この瞬間が、『実り』なのかもしれない。
そう思った。
「じゃ、もう送るわ。最後に、天へ妖夢が用があるらしいから」
皆と紫は、一歩退く。
その間を縫うように、歩いた妖夢は、俺の前に立った。
「私からは、二つだけです。一つは、ペンダントを、できれば失くさないでほしいということ。もう一つは――いつまでも、貴方のことが、大好きです!」
また、先程よりも大きな歓声が響き渡る。
皆の中からは、笑顔のまま呆れた者もいた。
じゃあ、俺も相応の答えを返そうか。
俺の口が開くと、やはり嘘のように静けさは回帰する。
「じゃあ、俺からも二つだ。一つは、ペンダント、失くすわけねぇよ。ずっと付けているからな。もう一つは――妖夢」
さて、ここは皆の前だ。
観衆目線が、一点に集まる中心だ。
今なら皆は静まり返っているので、囁き声でも十分に聞こえる。
だからこそ、やってやろう。
妖夢を抱き寄せ、耳元で囁く。
「――いつまでも、
言い終わって、直ぐ様キスをする。
驚きが隠せない妖夢の表情に、一筋。
目から、涙が。
「ど、どうした? 大丈夫か!?」
「あ、そう、じゃなくて……嬉しくて、つい、泣いちゃって……!」
次から次へと、それは溢れ出た。
俺は笑って、抱き締める。優しく、抱き締める。
わぁっ、と今日一番の歓声。
冷やかしなのか、それとも本心からの祝福なのか。
どちらにせよ、俺には嬉しかった。
最後に頭を撫で、キス。
それを、本当の最後にする。
「……紫、頼む」
「えぇ。私も、楽しかったわ」
スキマが、開く。
紫のスキマの中を見て通るのは、幻想入り以来だろうか。
いつも意識がない状態で運ばれていた。
やはりというべきか、この感覚に慣れることはなかったらしい。
「……じゃあな、皆!」
「「「ありがとう~!」」」
皆の声を振り切り、スキマに飛び込んだ。
妖夢の笑顔を、目に、胸に、頭に灼きつけて。
――見慣れた、見慣れない光景。
そこに遅れて、箪笥も運ばれてくる。
紛れもなく、自分の部屋。
数年前を最後に、不意の別れとなった、自分の部屋。
「……はぁっ」
溜め息。だが、俺には笑顔が浮かんでいた。
皆の顔が、鮮明に浮かんでくる。
決して、涙する別れ方ではなかったはずだ。
窓を開け放ち、風を呼び込む。
昼の柔風と暖かな陽光が、俺を包み込む。
広い、広い青空を見上げ、大切なペンダントを強く握り締めた。
「……ありがとう」
――俺は、魂から恋をした。
あの少女に、そもそも、あの幻想郷にも恋のようなものを、できたのかもしれない。
幻想郷が、妖夢が、大好きだった。
妖夢を、言葉通りに愛していた。
俺は、変わった。
自分でも、実感できるほどに。
外の世界の皆も、きっとそう言うだろう。
だから、俺は――
「――ありがとう」
――胸から溢れる、最大の感謝を、呟いた。
……本当に、ありがとうございました。
今回をもちまして、『東方魂恋録』は最終話となります。
この話を迎えることができたのは、他でもない皆様の御蔭です。
一番に、東方Projectの原作者様であるZUN氏に、尽きぬ感謝を。
今までこの作品を読んでいただけた皆様に、最大限の感謝を。
このエンディングが、納得いかない方もいます。
天が幻想郷に残る終わり方でないと納得できない方も、少なからずいることでしょう。
が、私はこの『東方魂恋録』は、この終わり方が相応しいと判断致しました。
さて、予告していました番外話ですが、ちゃんと投稿します。近いうちに。
ですが、この話で最終話ですので、作品の表示上は、既に完結とさせています。
この完結の表示変更ができたのも、感想や評価を送っていただき、支えてくださった御蔭です。
これを投稿する前日。書いている七月五日現在の段階ではありますが、
感想は111件、評価は19人と、沢山の感想と評価に恵まれました。
正直、涙が出ました。ありがたいです。
最初の話を見直すと、自分でも目を覆いたくなるような文書で……
ですが、その跡を残すという自分の勝手な考えにより、誤字以外の修正は全く加えておりません。
そんな話が最初でも、ここまで読んでいただけたことに、本当に涙が出ました。
あまりこういったものに慣れておらず、拙い文章に不快感を抱く方もいらっしゃることでしょう。
その点に関しましては、申し訳ありません。
長くなりましたが、やはりこの言葉に尽きます。
……本当に、ありがとうございました。