東方魂恋録   作:狼々

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どうも、狼々です!

エピローグが、プロローグよりも長くなりそうです。
予定では、同じく二話で終わらせるはずだったんだけども。

では、本編どうぞ!


第85話 最初で最後

 意識が、覚醒する。

 浅い眠りから覚めるように、夢も見なかった。

 混濁することのない意識。

 しかし、体は思うように動かせない。

 

「……あら、起きたわね。残念だわ」

「い、いやいや残念って。俺、頑張ったんだぞ、永琳?」

 

 こんなに特徴的な服を着る医者は、見間違えることもない。

 相変わらずの消毒液の匂いのなか、ベッドの上で横たわったまま答えた。

 

 窓から打ち出される光は、まだまだ明るく、オレンジがかってもいない。

 さほど長くは眠っていなかったようだ。

 

「天君」 「「「天」」」

 

 皆の俺の名前を呼ぶ声。

 笑顔を向けて、静けさと共に感じたものは、至上の安心感だった。

 

 互いに笑顔を向け、戦いの終わりに息を吐く。

 それが、俺には心地が良すぎた。

 

「さぁて、妹紅も実質傷はなし。皆も負傷なし。強いて言えば……天。貴方に一つクイズよ」

 

 安らかな笑顔が、向けられる。

 一見優しそうな笑顔に見えたが、俺には背後に『何か』があると察知した。

 思わず、苦笑いを浮かべる他ない。

 

「……約十秒。これが、何を意味するかわかる?」

「はぁ? 十秒、ねぇ……いや全然全く一ミリたりとも」

 

 正直に答えた瞬間、胸倉を掴まれて引き起こされる。

 強い衝撃は一瞬で、無理矢理に起こされた体。

 目の前にまで、永琳の……闇の深い笑みが浮かんでいた。

 

「貴方がアンリミテッドを使えた残りの猶予時間のことよ? あと十秒してたら死んでたわよ? ねぇ?」

「あ、あ~、それはその、そこまでとは思っていなかったと言いますか……よかったな?」

「張り倒すわよ!? どれだけ施しを受ければいいのよ!」

 

 今回は、本当にガチギレみたいだ。

 あと、十秒。その十秒が、俺の命を左右したと考えると、まぁ怖いわな。

 

「そんなに実感湧かないけどな」

「あ~もういいわ。十秒と経たずに運命辿らせてやるわよ。言っとくけど、私かな~り強い方よ?」

「はいはい、永琳も程々にするのよ?」

「いやもっとちゃんと止めろよ霊夢。俺死んじゃうぞ」

 

 『程々に』というのは、逆説的には程々であればやってもいいみたいな意味が。

 霊力を感じる限り、強いことは何となく想像はできたし、それも容易だった。

 

 こうやって乾き気味な笑いを浮かべているのはいいものの、思うように体が動かない。

 手を動かすぐらいはできるのだが、自力で起き上がることは不可能だろう。

 感覚としては、筋肉痛の上位互換のようなものだ。

 

 そういうと聞こえはいいが、かなりの激痛が伴うのは確かだ。

 今回は程度が低いので、激痛というほどでもないのだが、やはり痛いものは痛いのだ。

 今日くらいは、ゆっくりとしていたい。

 

 修行も、今日くらいは――

 

「あ……もう、俺は修行する意味、ないんだな」

「「「…………」」」

 

 皆の笑顔が、消える。

 寂しそうな顔をして、俯く者も。

 永琳も凛としたいつもと変わらなそうな表情だが、落ち着かない様子を見せている。

 

「お、おい、どうしたんだよ皆。そんなに暗くなんなって、な?」

「でも、天君は帰るんですよね? 元の世界に」

 

 俺は、その答えに渋る。

 完璧な否定ができない。口にすることができない。

 口に出すと、それだけで見えない、背後に隠れた何かが瓦解してしまいそうな気がして。

 

 そんなものは妄想だ。まやかしだ。疲れているんだ。

 片付けられる言葉……いや、()()の言葉は幾らでも用意ができそうだ。

 けれども、揺曳(ようえい)を続ける『それ』だけは、確かに存在していた。

 

 蠕動(ぜんどう)する機微を、否定できることはない。

 どれだけそれが正当であろうとも、口に出した瞬間に裂帛(れっぱく)

 入った裂け目を継ぎ接ぎすることはできない。

 仮にできたとしても、大きな跡を残していくのは明白だった。

 

「は~い。重い雰囲気のところ悪いのだけれど、紫さんよ~?」

 

 再びスキマから出て、陽気に微笑む紫。

 ある意味、今のタイミングでのこの振る舞いには助けられた。

 少しだがほぐれつつあるこの空間に、安堵の息を漏らす。

 

「天、貴方は退院にいつまでかかりそう?」

「ん~……今日はまず無理だとして、明日も無理かも――」

「私が明日になったら出させるわ。いけるわよね?」

「えっ」

 

 ひどい! 永琳さんひどい!

 仮にも『英雄』として命を賭したんですが。この仕打ちや如何に。

 さて、抗議の声を上げる時だ。

 

「いや俺は――」

「……いけるわよね?」

「はい」

 

 なぁにこれ。威圧がすごいね。笑顔のままなのがまた。

 俺にここにいられるが、そんなに嫌なのだろうか。

 凹むぞおい。いや凹まないけど。

 

「じゃあ次。貴方、元の世界に帰ろうとしているの?」

 

 結局、質問はゼロへと、イチへと回帰する。

 白紙に戻りかけた疑問点が、再び墨入れされた。

 周囲は白く、その黒点は嫌に悪目立ちしてしまうことも知らないで。

 

 答えは、いつかは出さなければいけない。

 俺は、どうするのがいいのか。

 どうしたいのか。

 

「……戻るよ。元の、世界に」

「「「……!」」」

 

 やはり、こうなってしまう。

 俺は、あの世界に置いてきたものが多すぎたのだ。

 

 ここに住み続けると、本当にここに馴染んでしまう。

 それが嬉しくもあり、最大の問題点でもあった。

 俺は本来、ここにいるべき人間ではないのだから。

 

「勿論、幻想郷については他言しない」

「えぇ、わかってるわ。聞かなかったら、今頃貴方の記憶の境界を弄って、ここの記憶を消して外の世界に放り出すところだったわ」

 

 ここの記憶を消す。

 現在の俺が消えることと同義のそれに、震えを感じずにはいられなかった。

 それ以上に、皆との交流がなかったことになることが、恐怖の塊だった。

 

「じゃあまた次。いつ辺りに戻るかの目処は?」

 

 いつまででもいい。そう言いたかった。

 でも、言えない。言えない。

 言ってしまえば、先延ばしがいくらでも効くのだから。

 

 結局、何も変わらない。

 戻ることの意味を、何もかもが。

 いつかは戻る。では、それはいつになるというのだろうか?

 

 この環境に、甘えてはいけない。

 もう十分に助けられた。

 俺が本来生きるべき世界は、外の世界だ。

 逃げてばかりでは、いけない。

 

 今までに比べれば、むしろ外の世界の仕打ちなど、ぬるいほどだろう。

 在るべき姿は、俺が幻想郷からいなくなり、外の世界で生きる姿だ。

 

「……退院して、準備が終わった翌日()()()頼む。準備と言っても、三十分もかからないだろうから、二日後になるか?」

「……貴方は、それでいいの?」

「いい、んだよ。それで」

 

 俺の返事に、紫は不満げだ。

 煮え切らない返事に、呆れてしまったのだろうか。

 

「あ~、私は丁度二日間、冬眠しま~す。だから、明後日じゃなくて、明々後日にしてくださいね~」

 

 一方的にそう告げて、ウインクを残してスキマの奥へと消えていった。

 ……春なのに、冬眠なのか。

 

 幽々子から以前、本当に冬眠することは聞かされていた。

 けども、すっかり春景色の広がる今、それがちょっとした気遣いなのだと、気付いた。

 

「……ありがとう」

 

 無意識に、言葉が溢れた。

 俺が幻想郷を旅立つまで、あと二日。いや三日。

 その内一日は、今日の入院で過ごされる。

 実質、俺に残された猶予はあと二日。

 

 あと二日をどう過ごそうかと考えていると、皆の様子の変化に気が付いた。

 妖夢以外の皆で話し合いをしているようで、ぼそぼそと小さな声が漏れ出している。

 やがて会議は終わったのか、こちらを笑顔で向く妖夢以外の皆。

 

「よし、あんたは二日、妖夢と過ごしなさい。私達は今日目一杯天で遊ぶから」

「え……で、でも皆さんが――」

「いいのよ。だから目一杯、今日遊ぶのよ」

「そ~そ~。俺に関しては、また外の世界で会うことになるだろうし?」

 

 そういう、ことか。

 俺と妖夢のために、時間を作ってくれるというのか。

 正直、ありがたかった。

 

 自分の彼女とは、もうすぐ別れることになるのだから。

 俺は恐らく、これを除いて恋愛などできないだろう。 

 例え誰かから告白されたとしても、妖夢のことを思い出してしまう。

 そうして、俺には妖夢しかいないのだと、再認識してしまう。

 

 結局のところ、俺にとって、これが最初で最後の恋愛なんだ。 

 いい意味でも、悪い意味でも。

 

「さぁて、皆……天に何してやろうかね?」

「えっ」

「ここはさ、結構大きいのした方がいいんじゃない? 動けないんだし」

「えっえっ……びょ、病人ということを忘れないでね……?」

 

 そんな言葉が聞かれるはずもなく、俺はいいように遊ばれましたとさ。

 ……まぁ、悪くはない、か。




ありがとうございました!

あと少し、ほんの少しの日常をお許しください。
そんなにいつも通りの日常、というわけではないのですが。

話は変わりますが、とうとう感想が100件を到達しました。
いつか来るのかも、とは思いましたが、まさか本当に来るとは。
始めたばかりのときからは、想像もつきませんでした。

皆さん、ありがとうございます!(*´ω`*)
非ログインの方でも感想は書ける設定にしてありますのでね。

いただいた感想は、全て返信しますのでね。
狼々に返事もらいたい! って方は気軽にどうぞ(´∀`*)ウフフ
そんな人はいないでしょうが(´・ω・`)

ではでは!

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