俺は、飛び出す他なかった。
そうでなければ、仲間がやられる。
確信が、あった。嫌な確信が。
この闇の深い霊力量。
底なしの深淵を覗くような、そんな霊力。
「この感覚、いつ以来だろうなぁ……久しぶり故、手加減できない。気をつけろよ?」
それだけ言って。
――不知火は、消えた。
いや、一瞬だけ、目に映った。
消えてからすぐ、一秒……いや、半秒も経っていないだろうか。
不知火の炎帝が、俺の顔へと突き刺そうとする瞬間に。
「あっぶ……!」
無理矢理に夜桜で軌道を変える。
顔の近くで気味の悪い金属音の後、すぐに頬を掠める炎帝。
あの軌道だと……恐らく、右目を直通だった。
想像するだけで、ゾッとする。
コンマ一秒でも遅ければ、そうなっていたのだと考えると。
「……さすがに驚いた。まさか、あれを避けるとはな」
「こっちも、同じアンリミテッド使ってるからな!」
とはいうものの、かなり危なかった。
アンリミテッドで感覚と反射神経が研ぎ澄まされていないと、確実にだめだった。
先程に薬を飲んだのは、正解だったか。
しかし、状況は最悪だと言える。
アンリミテッドの反射速度と運動能力で、ギリギリ。
あれほど遅く見えた時雨の動きが、嘘のように。
俺は、少しの間を詰める。
一刻も早くに攻めないと、逆に攻められる。
不意打ちだったこともあるかもしれないが、あの調子だと本気でやられる。
青空が、再び影を宿す。
雲に隠れるというよりは、徐々に暗さそのものを孕んでいくような。
あまりの気味の悪さに悍ましく思う。
顔にそれを遠慮なしに表しながら、ひたすらに刀を振るう。
「ほらほら、そんな調子だと、当たらないぞ?」
「天! 一旦退くんだ!」
栞の激しい忠告が耳に入って、直ぐ様反射的に飛び退く。
さらに直後、自分の腹があった場所を抉るように、炎帝の横薙ぎ。
刀を流すと同時に、そのまま攻撃態勢に移行されていたらしい。
警告がないと、今頃は麻酔なし手術。
笑えない冗談とも言えない別未来に、またしてもゾッとした。
「……天。正直、二人のスピードに本当についていけるのは、二人だけだよ」
「い、いやでも栞、妖夢は――」
「確かに妖夢ちゃんも速い。けどね、二人や三人分の霊力を持つ二人の方が、僅かに速いんだよ」
短距離での幻想郷最速。
とはいえ、やはり多人数分の霊力でブーストをかける俺と不知火の方が速い、と。
僅か。その言葉に安心し、反論の意を述べようと思ったが、すぐに気付いた。
この戦いはもう既に、その『僅か』の遅れさえ命取りだということに。
さっきの俺が、それを静かに物語っていた。
「……どうした方が、いいと思う?」
「うん。一瞬でもいい。隙を作るんだ。妖夢ちゃんと……翔の連携ができれば、あるいは」
不知火に、一瞬の隙を作る。
簡単なようで、恐ろしいほどに不可能に近い可能だった。
が、不思議とできない、とは言う気すらなかった。
「できる? 私の天なら、できるんだけどなぁ~?」
「よく言うな、相棒。……できるじゃなく、やるんだろ?」
ついさっき、皆に言われたばかりじゃないか。
可能か不可能かではない。確立の話じゃない。もしもの枠組みでもない。
明確な目標を持って、達成させるのだと。達成するでは足りない、達成
今、何がある?
この場所、この人数とメンバー、物。
あらゆる『できそう』の集合体から、『できる』にするためには、何が必要だ?
考えろ。全てを模索し、検証しているような時間は到底ない。
知識を、勘を、相手の立場を、できるだけ多くの要素を入れた方法を。
「……どうやら、できそうなようだね」
「あぁ。ただ……全員に、等しく死ぬ可能性がある」
考えも最後まで纏まっていない。
さらには、安全など欠片もない考え方だ。
いつ、誰が死んでもおかしくないだろう。
それは当然、俺も例に漏れることはない。
「貴方、その顔、遠慮してるでしょ」
「レミリア? ……くっ!」
さっと駆け寄ってきたレミリア。
だがそこまで余裕があるわけでもなく、攻撃を許してしまう。
防戦一方。一度ハマった波から、抜け出すのは困難だ。
「だから、一人で防ぐからいけないんで……しょ!」
レミリアの小さな大量の弾幕が、不知火に襲いかかる。
手数が多い不知火の攻撃だが、さすがに全て防ぐのは間に合わない量。
「まぁ、仕方ない、か」
呟いて、俺との間を空ける不知火。
先程までの怒涛の猛攻が、嘘のように消え去った。
「ふざけるのも大概にしなさい、天。ここに来て立っている以上、命の危機はわかりきっているわ」
皆が、笑ってこちらを一斉に見る。
こんなにも危機的状況なのにも関わらず、笑顔。
俺にとって、この笑顔は何よりも心の支えとなる。
「今更皆の心配したって、正直邪魔よ。この中で一番アイツと戦えるのは貴方なんだから、貴方の戦法に文句は言わないわよ」
「……ありがとう」
「それはまだ言うべきではないわ。さぁ、貴方の希望、見せて頂戴?」
希望、だなんて大袈裟な。
心の中で、肩を竦めた。
けれども、不思議と違和感らしい違和感は感じなかった。
今と未来を作るのは、俺達の戦績にかかっている。
そう考えると、希望と言っても差し支えないのでは?
自分で言うのもなんだが、本当にそんな気がした。
「……了解。一秒でいい。アイツの相手をしてやってくれ。合図をしたらすぐに下がってくれ」
「むしろ楽勝よ。私、一応吸血鬼よ? ……行ってくるわ」
レミリアが、日光が少なくなった灰色の空に、日傘を投げ捨てる。
と同時に、不知火へ飛び出した。
それを、見届けてから。
レミリアの稼いでくれる一秒を信じて、夜桜を地面に突き刺す。
神憑でできた技だが、元々はスペルカード。
武器が変わっても、できるだろう。
ある一点の場所を覚えて、呟く。
「……霧符『一寸先も見えない濃霧』」
一瞬で視界を暗くする、濃霧。
俺を中心にして、かなり速い速度で周りへと広がっていく。
「いいぞ、レミリア!」
「わかったわ!」
不知火の連続攻撃をグングニルで流し、戦線離脱。
多数の蝙蝠の姿となったのを最後に、一帯を霧が埋め尽くす。
「あんなのもできたのかよ……!」
レミリアの回避術に驚きながら、覚えた場所へと走り出す。
溢れる霊力で移動はバレバレだが、行動さえ見えなければそれでいい。
アンリミテッドをの副作用を抑えられる薬。
体の状態からして、もうさほど余裕もないだろう。
保って……一、二分といったところだろうか。
さぁ……時間は残り少ないが、反撃開始だ。
ありがとうございました!
次回から、天君達の反撃開始!
今まで天君一人で倒しがちだったので、全員でいこう!(*´ω`*)
ではでは!