東方魂恋録   作:狼々

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第82話 対抗

 俺は、飛び出す他なかった。

 そうでなければ、仲間がやられる。

 確信が、あった。嫌な確信が。

 

 この闇の深い霊力量。

 底なしの深淵を覗くような、そんな霊力。

 

「この感覚、いつ以来だろうなぁ……久しぶり故、手加減できない。気をつけろよ?」

 

 それだけ言って。

 ――不知火は、消えた。

 

 いや、一瞬だけ、目に映った。

 消えてからすぐ、一秒……いや、半秒も経っていないだろうか。

 不知火の炎帝が、俺の顔へと突き刺そうとする瞬間に。

 

「あっぶ……!」

 

 無理矢理に夜桜で軌道を変える。

 顔の近くで気味の悪い金属音の後、すぐに頬を掠める炎帝。

 

 あの軌道だと……恐らく、右目を直通だった。

 想像するだけで、ゾッとする。

 コンマ一秒でも遅ければ、そうなっていたのだと考えると。

 

「……さすがに驚いた。まさか、あれを避けるとはな」

「こっちも、同じアンリミテッド使ってるからな!」

 

 とはいうものの、かなり危なかった。

 アンリミテッドで感覚と反射神経が研ぎ澄まされていないと、確実にだめだった。

 先程に薬を飲んだのは、正解だったか。

 

 しかし、状況は最悪だと言える。

 アンリミテッドの反射速度と運動能力で、ギリギリ。

 あれほど遅く見えた時雨の動きが、嘘のように。

 

 俺は、少しの間を詰める。

 一刻も早くに攻めないと、逆に攻められる。

 不意打ちだったこともあるかもしれないが、あの調子だと本気でやられる。

 

 青空が、再び影を宿す。

 雲に隠れるというよりは、徐々に暗さそのものを孕んでいくような。

 

 あまりの気味の悪さに悍ましく思う。

 顔にそれを遠慮なしに表しながら、ひたすらに刀を振るう。

 

「ほらほら、そんな調子だと、当たらないぞ?」

「天! 一旦退くんだ!」

 

 栞の激しい忠告が耳に入って、直ぐ様反射的に飛び退く。

 さらに直後、自分の腹があった場所を抉るように、炎帝の横薙ぎ。

 刀を流すと同時に、そのまま攻撃態勢に移行されていたらしい。

 

 警告がないと、今頃は麻酔なし手術。

 笑えない冗談とも言えない別未来に、またしてもゾッとした。

 

「……天。正直、二人のスピードに本当についていけるのは、二人だけだよ」

「い、いやでも栞、妖夢は――」

「確かに妖夢ちゃんも速い。けどね、二人や三人分の霊力を持つ二人の方が、僅かに速いんだよ」

 

 短距離での幻想郷最速。

 とはいえ、やはり多人数分の霊力でブーストをかける俺と不知火の方が速い、と。

 

 僅か。その言葉に安心し、反論の意を述べようと思ったが、すぐに気付いた。

 この戦いはもう既に、その『僅か』の遅れさえ命取りだということに。

 さっきの俺が、それを静かに物語っていた。

 

「……どうした方が、いいと思う?」

「うん。一瞬でもいい。隙を作るんだ。妖夢ちゃんと……翔の連携ができれば、あるいは」

 

 不知火に、一瞬の隙を作る。

 簡単なようで、恐ろしいほどに不可能に近い可能だった。

 が、不思議とできない、とは言う気すらなかった。

 

「できる? 私の天なら、できるんだけどなぁ~?」

「よく言うな、相棒。……できるじゃなく、やるんだろ?」

 

 ついさっき、皆に言われたばかりじゃないか。

 可能か不可能かではない。確立の話じゃない。もしもの枠組みでもない。

 明確な目標を持って、達成させるのだと。達成するでは足りない、達成()()()の力。

 

 今、何がある?

 この場所、この人数とメンバー、物。

 あらゆる『できそう』の集合体から、『できる』にするためには、何が必要だ?

 

 考えろ。全てを模索し、検証しているような時間は到底ない。

 知識を、勘を、相手の立場を、できるだけ多くの要素を入れた方法を。

 

「……どうやら、できそうなようだね」

「あぁ。ただ……全員に、等しく死ぬ可能性がある」

 

 考えも最後まで纏まっていない。

 さらには、安全など欠片もない考え方だ。

 いつ、誰が死んでもおかしくないだろう。

 それは当然、俺も例に漏れることはない。

 

「貴方、その顔、遠慮してるでしょ」

「レミリア? ……くっ!」

 

 さっと駆け寄ってきたレミリア。

 だがそこまで余裕があるわけでもなく、攻撃を許してしまう。

 防戦一方。一度ハマった波から、抜け出すのは困難だ。

 

「だから、一人で防ぐからいけないんで……しょ!」

 

 レミリアの小さな大量の弾幕が、不知火に襲いかかる。

 手数が多い不知火の攻撃だが、さすがに全て防ぐのは間に合わない量。

 

「まぁ、仕方ない、か」

 

 呟いて、俺との間を空ける不知火。

 先程までの怒涛の猛攻が、嘘のように消え去った。

 

「ふざけるのも大概にしなさい、天。ここに来て立っている以上、命の危機はわかりきっているわ」

 

 皆が、笑ってこちらを一斉に見る。

 こんなにも危機的状況なのにも関わらず、笑顔。

 俺にとって、この笑顔は何よりも心の支えとなる。

 

「今更皆の心配したって、正直邪魔よ。この中で一番アイツと戦えるのは貴方なんだから、貴方の戦法に文句は言わないわよ」

「……ありがとう」

「それはまだ言うべきではないわ。さぁ、貴方の希望、見せて頂戴?」

 

 希望、だなんて大袈裟な。

 心の中で、肩を竦めた。

 

 けれども、不思議と違和感らしい違和感は感じなかった。

 今と未来を作るのは、俺達の戦績にかかっている。

 そう考えると、希望と言っても差し支えないのでは?

 自分で言うのもなんだが、本当にそんな気がした。

 

「……了解。一秒でいい。アイツの相手をしてやってくれ。合図をしたらすぐに下がってくれ」

「むしろ楽勝よ。私、一応吸血鬼よ? ……行ってくるわ」

 

 レミリアが、日光が少なくなった灰色の空に、日傘を投げ捨てる。

 と同時に、不知火へ飛び出した。

 

 それを、見届けてから。

 レミリアの稼いでくれる一秒を信じて、夜桜を地面に突き刺す。

 神憑でできた技だが、元々はスペルカード。

 武器が変わっても、できるだろう。

 

 ある一点の場所を覚えて、呟く。

 

「……霧符『一寸先も見えない濃霧』」

 

 一瞬で視界を暗くする、濃霧。

 俺を中心にして、かなり速い速度で周りへと広がっていく。

 

「いいぞ、レミリア!」

「わかったわ!」

 

 不知火の連続攻撃をグングニルで流し、戦線離脱。

 多数の蝙蝠の姿となったのを最後に、一帯を霧が埋め尽くす。

 

「あんなのもできたのかよ……!」

 

 レミリアの回避術に驚きながら、覚えた場所へと走り出す。

 溢れる霊力で移動はバレバレだが、行動さえ見えなければそれでいい。

 

 アンリミテッドをの副作用を抑えられる薬。

 体の状態からして、もうさほど余裕もないだろう。

 保って……一、二分といったところだろうか。

 

 さぁ……時間は残り少ないが、反撃開始だ。




ありがとうございました!

次回から、天君達の反撃開始!
今まで天君一人で倒しがちだったので、全員でいこう!(*´ω`*)

ではでは!

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