東方魂恋録   作:狼々

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第80話 『絶望』

「――信刀 夜桜」

 

 ……一陣の、風。

 ささやかだが、確実にそこにある風。

 

 同じく、確かに存在する神憑の刀身。

 神憑――いや、夜桜は。俺の強い信念の具現化、なのだろう。

 霊力が二種類あっただけで作れるとは、到底思えない。

 そう感じていた俺がいた。

 

 消えたオレ、託したオレ。

 託された俺、それを背負う俺。

 本当の意味で一心同体となった、オレと俺。

 

 ……負ける気は、不思議としなかった。

 

「ほう……まだ、立つのか」

「当たり前だろ。お前が倒れるまで、俺は膝をつくわけにはいかない」

 

 仮にも、『英雄』だ。

 自分の力不足、一片の迷い、僅かの恐怖。

 それら全てを跳ね除け、『盾』となる必要がある。

 

 もう、杏のような人間を出したくない。

 目の前で、守れるものを護れないようなことには、なりたくない。

 

 自分の責任から逃げたいだけ、と言ってしまえばそれまでだ。

 が、俺にはここにいる理由がある。

 もう、迷走するわけにもいかないんだ。

 

「さて、どうするよ不知火。ここで退くなら退いておけ。逃がさないがな」

「またご冗談を。俺が、負ける? そんなはずがないだろう」

 

 深い闇を携えた笑みを浮かべながら、遠方のこちらに手をかざす。

 また、あの時のような技がくる。

 しかし、俺はさぁ――

 

絶望の淵へと誘う堕天使の唆し(ルシファーズ・カルネージ)

「……効くと、思ったかよ?」

「……ほう、『殻』を破ったか」

 

 ――もう、突破口を見出した。

 

 深い黒雲に呑まれた蒼天は、顔を出した。

 昼本来の明るさを徐々に取り戻す大地に、光は降り立つ。

 俺には、それがこの戦いの、勝利の兆候にしか思えなかった。

 

「お前……()()()()()()()()()()()

「……参考までに、問おう。何故その結論に至った?」

 

 簡単な話だった。

 思えば、『理想』の能力であると仮定して、不自然なところが多すぎる。

 

「まずそもそも、こうやって二度に渡って幻獣を送り出す意味がない」

 

 問答無用で『理想』の能力で、人々を支配。

 それだけで、ある意味の理想郷は創ることができる。

 それが、人々を操る、という意味でも、自分の思い描く理想が全て現実になる、という意味でも。

 

「もし何らかの障害で直接理想郷が創れないのならば、戦いの中で有利になる『理想』を描けばいい話だ」

 

 まず、『理想』の能力を持ちながら、この状況が存在すること自体ありえない。

 極端に言えば、幻獣を俺達が止められないくらいに暴れさせればいい。

 そうなれば、抵抗する者はいなくなり、一からだが理想郷完成へのビジョンを確立させられる。

 

 では、何故そんなに簡単に望みの結果は出せるのに、そうしないのか?

 考えてみると、可能性は一つしかない。

 

 しないのではなく、()()()()のだと。

 

「さしずめ……そうだな。お前の能力は、『絶望を魅せる程度の能力』ってところか?」

「……ふっははは! そこまで見抜くとはな! いやいや、なかなかどうして笑いが止まらない!」

 

 どうやら、俺の推測は全て正しいらしい。

 それは、半分いいこと、()()()()()()の、ハーフだった。

 

「もっと言えば、少しでも負に向いた感情を、『絶望』の能力で増幅させるのだがな。『殻』を、破ったのだろう?」

「まぁな。お前んのとこの時雨にも、似たようなことを経験させられたからな」

 

 瘴気を押し返す感情で、瘴気を上書き。

 それと若干方向性は違うが、要は負の感情を持たなければ、増幅する源の感情が失くなる。

 絶対に勝つと。守り通すと決めた今、俺にその能力は通じない。

 

「真の意味で過去から学ぶ人間は、滅多に見ないぞ……くくくっ……!」

 

 こいつは、この状況で、戦闘中に笑うだけの強さがある。

 それが、明確化された。

 能力だけの、実力は空っぽな拍子抜けではないということ。

 それは、皆の弾幕を防いだときにわかっていたが、精神としてもかなり強者であることもわかる。

 

 本格的に気の抜けない戦いを目の前に、小さく深呼吸。

 一人で戦うな。自分だけでなく、仲間を信じろ。

 オレが俺に託したものを、消えてまで託した理由を、考えろ。

 

「皆、すまないな。俺はもう大丈夫だ。即興で、いけるか?」

「あんたねぇ……いけるいけない、できるできないじゃなくて、()()のよ」

 

 霊夢は、本当に頼もしい。

 博麗の巫女としての自覚は、類を見ない大きなアドバンテージだ。

 

「そうそう。どのみちやる他ないんだぜ? だったら、全力でやるのみでしょ?」

 

 魔理沙の無鉄砲さは、時に非常にありがたいものだ。

 緊迫した、大きな責任の伴う戦いを有利に動かすきっかけとなりえる。

 

「私は誰でも合わせられるわよ? 貴方とだって、一年暮らしたじゃない」

 

 咲夜の強みは、何も能力だけに留まらない。

 接近戦、ナイフによる中距離戦、弾幕による遠距離戦。

 その全てを網羅する戦闘能力と、その場での適応力は、他の追随を許さない。

 

「……よし、三人と俺を中心に、もう一度攻撃するぞ! 危なくなったら無理をせず下がれ!」

 

 隣の妖夢も、楼観剣・白楼剣を同時に構え、不知火に。

 二刀流を、本気を、もう始める構えだ。

 

 今なら、彼女の隣に立てているのだろうか。

 いつしかの一年の別れの手紙を思い出した。

 

「――戦闘再開! 各員、全力を尽くすぞ!」

「「「当然!」」」

 

 もう、迷いはない。

 断ち切り、そして、紡ぐ。

 この先の、未来を。




ありがとうございました!

いやはや、もう80話なんですねぇ。
早かったようで長かったようで早かった。

小説を書き始めてからというもの、時間が過ぎるのが速く感じます。
次回、本気の不知火とのぶつかり合いです。

ではでは!

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