東方魂恋録   作:狼々

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第79話 夜桜

「……やはり、か。よもやとは思ったが、正しかったか」

 

 不知火の呆れるような声が、落ち着いた俺の耳に。

 自分の武器が使用不能になって、ようやく気が静まった。

 ここまでにならないと、わからないのだろうか、俺は。

 

「刀を使いすぎたな。その刀の様子だと、豆に整備はしていたんだろう。が、整備は刀の寿命を完全に戻すことではない」

 

 檮杌戦、フェンリル戦、叢雲戦、時雨戦。

 神憑は、強固な特殊金属でできているはずもない。

 たった四戦。そう思えるが、刀にとってはそれは『たった』で済まされない。

 

 昔。刀が使われていた時代に。刀を抜くことは、それなりに危険状況である、ということだ。

 そこで生き残るか、死ぬかが決まる。良くも悪くも、一回で。

 一回で死ぬ可能性も、なきにしもあらず。

 

 そんな状況下を想定して造られた刀。

 命の危機が迫る回数だけ、刀身は鞘から顔を出し、相手に向けられる。

 つまりは、命の危機の回数=戦いの数、ということ。

 

 今俺は四回刀を抜いて、戦闘を経験している。

 しかし、昔の刀は四回もの戦闘を想定しているだろうか。否だ。

 もしその回数だけ死線を越えたとして、刀は交換していたと思われる。あくまで俺の推測でしかないが。

 

 つまるところ、刀にとっての四回の戦闘は、『たった』四回ではない。

 ()()()()()、になる。

 

「天、下がりなさい!」

「ちっ……!」

 

 霊夢の鋭い声が不意に聞こえて、反射的にその場を飛び退いた。

 不知火の舌打ちと共に繰り出されたのは、渾身の蹴りだった。

 

 さすがは博麗の巫女。

 蹴り一発だけを見ても、相当に強いことがわかる。

 巫女だからといって、御札や弾幕、お祓い棒だけが武器ではないようだ。

 

「あぁもう! こんなことなら、ちゃんと修行をしとくんだったわ……ねっ!」

 

 自分自身に悪態をつきながら、繋がれる流麗な格闘術。

 微妙に宙に浮きながら、高速の連打。正に、格闘術の応酬。

 先の言葉から修行はあまりしていないらしいが、かなりの出来の戦闘技術。

 類稀なるセンスに、恵まれたのだろう。

 

 が、不知火もやられる一方ではない。

 確実に拳と蹴り、さらに肘打ちまでも流しつつ、刀の柄や肘を突いている。

 大した攻撃ではないが、機を逃さず、確実に多数のそれらを見舞っていた。

 

「霊夢、後退よ。格闘術なら私もできるわ!」

「……了解、頼むわ咲夜」

 

 渋々ながらも、ダメージが溜まる前に霊夢と咲夜が交代(スイッチ)

 流れを切らせることなく、綺麗な連携だ。

 

「……俺は、どうすれば……」

「天君……」

 

 妖夢に問いかけるが、それ以上の返事は望めない。

 仲間が次々に不知火に向かっていく中、妖夢は攻めずに俺の付近で立ったまま。

 

 どうすれば、どうすれば、どうすれば。

 そんな焦りの言葉だけが、頭の中でぐるぐると回るばかり。

 

 思えば、俺は刀がないと殆ど何もできない。

 体術も、弾幕も、スペルカードだって、刀があること前提のものばかり。

 あるにはあるのだが、周りを巻き込んでしまう。今ここで決定打と成り得る可能性も薄い。

 

 八方塞がりだった。手元の刀身のない神憑が、それを誇示していた。

 お手上げ。しかし、降参するわけにもいかない。

 俺達の負けが、幻想郷の喪失に直結してしまう。

 そんな大きすぎるプレッシャーがありながらも、打つ手がない。

 

 雨でも降りそうな雲。

 光はさらに遮られ、地に届く光量が減ったその時。

 

「はあぁああ……!」

「なっ……! 皆、下がって!」

 

 咲夜の咄嗟の警告。

 追撃に出た皆も、瞬時に飛び退く。

 

 そしてすぐ、一閃。

 視認できる範囲のスピードを軽々と超えた刃が、音も立てずに横薙ぎに。

 

「……時間をかけすぎたか。タイムアップだ。では天。お前から絶望するがいい!」

 

 ――ん? ……あぁ?

 不知火の能力は、『理想を創り出す程度の能力』。

 だったら、どうして――

 

 頭の中で疑問が掠めた瞬間、遠くの不知火が消えた。

 尋常ではない速度で、こちらとの距離を詰める。

 

「……天君、だけでも」

 

 微かな妖夢の呟き。

 はっとなって妖夢を見たが、既に遅かった。

 

 とん、とやや強い衝撃。

 それは、妖夢が俺を突き飛ばした衝撃。

 俺の位置を変えるように強く、しかし優しい突き飛ばしだった。

 

 俺が妖夢の表情を瞳に収める。

 その表情は、微笑だった。

 どこか憂いを帯びた笑顔が、俺の頭で全ての理解が終了する。

 

 ――妖夢が、()()()()()のだと。

 この速度では、どちらにせよ間に合うように避けるのは不可能。

 だったら、と。妖夢は自分の命と俺の命を天秤にかけ、俺の命が重い。そんな結果に傾いたのだ。

 

 俺は、何がしたかったのだろうか。

 何もできず、結局はこうやって仲間の足を引っ張るだけ。

 

 信じるなんて、そんなものは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――情けないじゃないか、俺。

 

 黒。一色の黒。

 空間は突然に飛ばされ、目の前の人物さえもわからない。

 が、俺には察しがついた。

 

 ――ほら、さっさと始めるぞ。

 

     ……いいのか?

 

 ――いいも何も、大切なお仲間どころか自分も危ないからな。仕方ねぇよ

 

     なぁ……まさか、最初から俺にそのつもりで――

 

 ――おっと、そういうのはナシだ。間に合わなくなる。

 

 暗がりの中、俺と目の前の相手は、手を軽く上げて歩き始める。

 やがて、目の前の『彼』と交差する瞬間、その手を大きく振りかぶる。

 そう、ハイタッチ。

 

 勢いのいい破裂音が聞こえた瞬間、辺りの黒は全て白へと変わった。

 反射的に後ろを振り向くが、そこに『彼』の姿はもう既になかった。

 

 

     ……ありがとうな、()()

 

 そして、もう聞こえないはずの声を最後に、現実に引き戻される。

 

 

 

 ――もう、散々苦しんだろ? 苦しまされるのは、やめにしよう。

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()が、あるんだろ?

 

 

 

 

 

 

 スローモーション。

 俺の倒れ込みの速さも、不知火が妖夢への攻撃をするその瞬間も。

 

 まだ、取りこぼしていない。

 檮杌戦でも、同じように妖夢に庇われた。

 同じ悲劇を、後悔を、自分への失望を、繰り返すつもりなのだろうか、俺は。

 

 ――まだ、守れる……!

 

 妖夢の突き飛ばすために伸ばした腕を、掴んで引き戻す。

 

「え……?」

 

 小さく聞こえた声を、俺は聞いた。

 不知火の少々の驚きの顔。が、攻撃の軌道修正。

 簡単には、逃がさないらしい。

 

 ……もう一度、限界を。壁を、越える。

 常識を、壊せ。固定観念に、終止符を。

 

 

 

 

 キィン! と勢い良く響く金属音。

 共に、不知火の刀はブレ、攻撃は外れる。

 

 俺の手元には――()()()()()()

 神憑の柄のまま、黒い刀身の上に淡桃の波立った模様の刀身。

 

 ……霊力の、物質化。

 できないと否定されたこの定義。

 それは、霊力が留まらずに霧散するからだ。

 朧月夜のように形を保つにも、時間に限界がある。

 

 では、常人にはできない()()()()()()()使えたら、どうだろうか?

 各々が強く結合するように引き合う『白』と『黒』。

 お互いを噛み合わせ、強固に繋がった二つが、物質を形成させた。

 

 この刀の名。

 入っている模様のままだ。

 暗い、冥い夜の中に、静かに引き立つ桜のように。

 そう、まるで――

 

「――信刀(しんとう) 夜桜」

 

 ――まるで、夜桜のように。




ありがとうございました! どうも、狼々です!

さぁ、今までオレを出さなかった理由。
この時のためなんですねぇ(*´ω`*)
空気になってもらいました。大事な役を担ってもらう、とは書いた覚えがあります。

霊力が霧散して物質化できない、の下りですが、第52話にあります。
伏線回収のオンパレード。

ではでは!

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