東方魂恋録   作:狼々

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第77話 不知火と炎帝

「リベレーション!」

 

 いつもの、栞の霊力が体から溢れる感覚。

 オーラのように纏われたそれは、俺の体を薄い白で包んでいる。

 全身から漲ってくるこの力は、きっとリベレーションだけの影響じゃないのだろう。

 

 恐らく一番は、俺のこの感情。

 怒りが一周回って、冷静を貫いた。

 

 この九人の中で、一番瞬間速度が速い者。

 つまりは、妖夢。妖夢が、一番速く不知火の懐へと潜り込んだ。

 

「即刻死ぬといい。人符 『現世斬』」

「……ふむ」

 

 文字通り、目にも留まらぬ一撃。

 刀を振り抜く鋭く、小さい音が遅れるほどの。

 音速をも超えた、俺が見る限りに最高の一撃。

 

 不知火の右腕は、背中の刀に最短距離で向かってゆく。

 そして、刀が少しだけ抜かれた。それは僅か数センチメートルほどだろう。

 

 刹那、甲高すぎる金属音。

 それは――亜音速の刀を、受け止められた音だった。

 

「な、にっ……!?」

「だから言っているだろう。無駄だ、と」

 

 しかも、不知火は()()()()()()()()()()()()()

 たった数センチメートル。その長さだけを鞘から出して、受け止めた。

 音を超える速度で向かってくる刃に、臆することすらなく。

 

 ――刃の迫る先を、正確に予測した、ということ、なのか……!?

 

「あぁ、そうだこうしよう。三十秒だけ目を瞑ろう。勿論避けない。当ててみるがいい」

 

 信じられない、の一言に尽きた。

 この選抜された九人の一斉攻撃を、三十秒とはいえ目を瞑って耐える、と言うのだ。

 

「っ、後悔するがいいわ! 神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

「すぐにその軽口、閉じさせてあげるわよ。幻符『殺人ドール』」

「私の弾幕(パワー)、耐えられるなら耐えてみろ! 恋符『マスタースパーク』!」

「さっさと終わるに越したことはないわね! 霊符『夢想封印・集』!」

「今度こそ……! 天星剣『涅槃(ねはん)寂静(じゃくせい)の如し』」

「化け物の貴方は正直者か、大嘘吐き、どっち? 滅罪『正直者の死』」

 

 俺と翔は元より弾幕を得意としていないため、皆の邪魔にならないよう、通常弾幕。

 

 多くの弾幕が、一瞬の内に不知火を囲うように張られ、向かっていく。

 妖夢も、掲げていた刀を振り下ろし、張った弾幕にスタートの合図。

 槍、ナイフ、威力重視レーザー、御札、さらには細かい弾幕の重なりに一本のレーザー。

 

 それなのに、何故だ。

 ――何故、不知火は()()()()()()()

 

 邪悪に歪んだ、意地の悪い笑み。

 それが垣間見えた後、口が開かれる。

 

「そうだ、二つ言い忘れていたな。一つは、この刀の名は『炎帝』であること。一つは、当ててみるがいい、とは言ったものの――」

 

 そこで言葉を切り、刀を完全に引き抜いた。

 大量の弾幕に構え、目を瞑る。

 

「――当てられるなら、の話だが」

 

 目を瞑っているはずなのに。

 大量の弾幕を今にも浴びようとしているのに。笑みは、消えなかった。

 

 再び、今度は不知火の刀が亜音速で閃く。どこか、炎を纏ったように。

 発動したスペルカードの順番通りに、自分に降りかかる弾幕を正確に弾き、四散させていく。

 一切止まることのない動きは、全ての弾幕を迎え撃っている。

 

 確かに、目を瞑ったままで。

 確かに、一歩も動かないままで。

 

 さすがに誰もが無理だろうと思われた、魔理沙のマスタースパークの無力化。

 それさえも、拮抗する間もなく、半ばから弾いて曲げた。

 あの決して曲がることのないと思われた、直線レーザーを。

 

 不知火に狙いを定めた弾幕も、一つ残らず弾くかそのまま消すかされた。

 弾幕を切る、などという規格外(アブノーマル)を、目の前でやってのけられているのだ。

 驚きが、隠せない。全員に言えることだった。

 

 そして最後の、妹紅のスペルカード。

 正直者か大嘘吐きか。その答えは――大嘘吐きだった。

 

 さらに、意表を突かれる。

 他の弾幕は例外なく無力化しているのにも関わらず、妹紅のレーザーだけを無効化する気配がない。

 

 そしてそのまま、不知火の体をレーザーは貫く――()()()()()

 無論、不知火にレーザーは接触していたのだ。

 が、そこにダメージが存在するかどうかは、全くの別問題だった。

 

 結局、全ての弾幕は霧散した。

 残ったのは、宣言通り一歩も動かなかった不知火だけ。

 

「……やはり、か。『正直者』としてレーザーを避けると、逆に当たるのだろう。だから『正直者の死』、というわけだ。なるほど」

 

 唖然とする以外、何もできそうになかった。

 まだ余裕そうな顔に、唖然とする以外は。

 

「少しだが、危なかったな。やはり用心に越したことはないか」

 

 今ので、少しというのだろうか。

 たった、これだけ、少し、ほんの僅か。そんな言葉で、片付けられてしまうというのだろうか。

 

「俺としては、天の実力を見てみたいところだ。翔の方は、常に能力を注意すれば何ら問題はない」

「へぇ、本当にそう思う?」

「あぁ、思うとも。キャリアがまるで違う。それに、そういう翔も反撃の意志はもう既になくなっているだろう」

「今は、ね。否定はしないよ」

 

 いや、十中八九できないのだろう。

 状況分析に長けた翔が、一瞬さえも好機を逃すとは思えない。

 今はまだ、その時ではないのだ。

 

「俺と、やってみるかよ?」

「期待はしていないがな。期待した分、落胆も大きいだろう」

「言うじゃないか。すぐにその軽口を叩けないようにしてやる……よっ!」

 

 走り出す。

 羽のように軽い自分の体すらも、置き去りにできそうなくらい、速く。

 そのスピードに乗じて、神憑に手をかけた。

 

 雷の能力で、自分の手の平に電流が走る感覚。

 痺れる感覚をも、忘れそうになるほど速く、駆け抜ける。

 

紫電一閃(モーメント・エクレール)!」

「……はぁっ」

 

 そう、溜め息が聞こえた。

 一弾指、炎帝を握っていない左手が、遠方の俺に翳される。

 そして、小さく聞こえたのだ。

 

「……暗躍し、演繹する絶望の夢(ディスペアー・ドロップ)

 

 その直後、俺の視界がありえないほどに歪んだ。

 あるいは、度が強すぎる眼鏡をかけた瞬間の、あのくもりだろうか。

 どのみち、俺の正常な視覚能力は、失くなったのだ。

 

 勢いのまま、走ることもできずに派手に地面を跳ねて転ぶ。

 

「あ、あぁ……?」

 

 訳の分からないまま、俺は意識の遮断を余儀なくされた。

 仲間の叫びに、背を向けて。




ありがとうございました! どうも、狼々です!

当初よりも描写が上手くいったと思います。
意外や意外。自分でもある程度満足(*´ω`*)

ディスペアー・ドロップ……うわあぁあ! 恥ずかしいよぉおお!
何!? 中二病じゃんかよぉぉおお!(´;ω;`)

ネーミングのセンスに関しては本当に申し訳ない(´・ω・`)

ではでは!

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