東方魂恋録   作:狼々

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どうも、狼々です!

おっまたせぇぇええ!
一週間ぶりだね、皆! 本当にすいませんでした(´・ω・`)

今回はシリアス回。おふざけ一切なし。
エロもなし。笑いもなしです。

では、本編どうぞ!


第70話 感謝

 ベッドに横になったまま数日が経過した。

 長かったようで短かったような、もう慣れてしまった入院生活。

 その平坦極まりない山道は、俺の心を揺らし続けた。

 

 一日二日くらいで歩けるようになり、時雨に攻撃されたあの女の子の様子を見に行った。

 毎日欠かさず、様子を見た。

 規則正しい呼吸音が静かに聞こえるだけで。心音計の嫌な機械音が一定間隔で聞こえるだけで。

 彼女自身の体が起き上がることは、なかった。

 

 苦しい事実に苛まれ、お見舞いに来てくれた皆にさらに心配をかけることにもなった。

 皆に話しても、皆には同じことばかり言われたのだ。

 

 『天が気に病むことじゃない』、とばかり。

 

 たらればの話をしても、無意味であることには変わりない。それは重々承知している。そのつもりだった。

 架空の最善(ストーリー)を思い描き、それに対して悔み、嘆いた。

 

 英雄? 誰が。誰が、英雄なのだろうか。

 ――俺? いや、そうじゃないのだろう。もしその時が英雄でも、今の俺は『英雄』ではない。

 

 目の前の小さな女の子一人すら救えない。犠牲の上で成り立った英雄譚(しょうり)

 そんな浅はかなものを創り出す俺は、そも英雄とはかけ離れるべき存在だったのだろう。

 至極当然のことながら、俺はわかっていなかった。

 

「……はい、これで退院。で、出て行く前にちょっと待っててちょうだい」

 

 今日は俺の数度目の退院日だ。

 残酷な事実を背にしながら迎える退院は、憐憫を受けているようだった。

 

 同じ部屋の薬品棚から、小さな袋にたった一錠の赤青のカプセルを無言で手渡される。

 反射的にそれを受け取って、手元のそれを眺める。

 

「それ、()()()()()()()()()()()使()()()()よ」

「なっ……!?」

 

 現実離れした『無限(アンリミテッド)』は、その強力すぎる力の反動が大きい。

 その反動を、失くすことができるというのだろうか。

 

「量産が難しいから、たった一回。それも保って十分。それ以上の時間が経つと、今回と同じことになるわよ」

「……そうか。ありがとう」

 

 一錠あれば、正直十分だろう。

 この一錠を、もう一人の黒幕相手に使えばいい。

 

「はいはい、お礼を言うくらいだったら、今度こそ入院はやめてちょうだいね」

「……わかった」

「……あと、そうやって罪悪感が消えないのなら、毎日様子を見に来ることね。あの子も寂しくないでしょ?」

 

 軽いウインクを交えながら、微笑を浮かべる永琳。

 そんな永琳を目の当たりにして、心が軽くなった気がした。

 

 蒼昊(そうこう)煌めく昼下り、一人で白玉楼へと飛び立った。

 気鬱とした俺の内心はいざ知らず、こうやって純粋な青を映す空に、嫉妬するようだった。

 自分の心の弱さと醜さを対比されているようで、ひどく腹立たしくもあった。

 

 

 

 

「改めて……おかえりなさい、天君」

「あぁ……ただいま」

 

 今日一日、久々の修行を終えて、妖夢からの労いを受け取った。

 帰還の一言を返して、薄暗い中、白玉楼へと戻る。

 

「あの……これから、あの子のお見舞いに行くんですよね?」

「ッ……あぁ、そうだよ」

 

 俺の拙いながらの意志を吐露するように返事をする。

 妖夢は、いつも俺のことをわかってくれる。独りよがりではなく、過去の経験からそうだと言えるであろう。

 だが、俺も妖夢のことはわかっているつもりだ。

 

「一緒に、行くのか?」

「はい。その通りですよ」

 

 輝く眩しい笑顔に見つめられる俺も、笑顔になってしまう。

 可愛い。そう思いつつも、やはり俺はあの女の子への罪悪感が(まさ)ってしまう。

 俺がプラネット・バーストで昏睡状態だったときも、妖夢はこんな風に思ってくれていたのだろうか。

 

 

 暫く藍色になりかけの空を静かに飛び回る。

 太陽は灰色に隠れ、光の大半は閉ざされている。

 風も冷えて、冬真っ盛りであることがひしひしと感じられる。

 冬独特の冷風は、お見舞いに持ってきた花を静かに揺らし続けている。

 

 竹林の上空で飛行を止めて、永遠亭に。

 玄関を開けると、暖気が開けた玄関から逃げていくのがわかった。

 その流れに逆らって前進し、扉を閉める。空気の通気口はなくなり、冷気は完全に遮断された。

 

 その空気に触れながら、足はただ一つの部屋へと勝手に動いていく。

 

「失礼します」

 

 一言告げて、病室のドアを横に引く。

 純白のベッドに横たわっているのは、紛れもないあの幼女だった。

 

「ほら……天、花を替えよう」

「そうだな、栞」

 

 栞の言葉に従って、花瓶の花を入れ替える。

 水も入れ替えて、元の場所に。

 

 シンクに流れていく水を眺めて、俺は淡白になっていることがわかった。

 どういう『淡白』かは、自分でもわからないが――淡白。この一言に尽きた。

 はぁっ、と弱々しい、溜め息とも言えない溜め息を吐いて、眠った彼女の顔を覗き込む。

 

 一昨日も、昨日も、そして今日も。全く同じ顔をしていた。

 元々色白だったこの子の肌は、一層……それこそ、ベッドと同化してしまうかと思う程に白くなっている。

 重い瞼は開く気配もなく、呼吸音と共に胸が上下し、睫毛が揺らめく。

 この動きを何度も見ている度に、罪悪感から襲いかかられる。

 

「なぁ、妖夢」

「へ? あ……どう、しました?」

 

 こちらをぼうっと見つめていた妖夢は、いきなりの問いかけに詰まりながらも返す。

 

「俺は……守れたのかな?」

「…………」

 

 妖夢と俺の沈黙は重なり、心音計の高温と俺達の呼吸音だけが響く。

 驚くほど静かで、雰囲気に重みを感じる。

 

「少なくとも、この子は守れたとは言い難いでしょうね」

「そう、だな」

 

 自嘲気味に笑いながら、この子の頬を優しく撫でる。

 こうすれば、いつか目覚めてくれるんじゃないかと思ったから。

 

「この子が守ってくれた、って言ってくれるなら別でしょうがね」

「……そう、だな」

 

 妖夢の声はいつになく冷淡で、突き放すようだった。

 しかし、言われたことは正しい。真っ直ぐだ。だから俺は、自嘲気味に笑い続ける。

 窓に吹き付ける風はさらに強まり、窓が音を鳴らして震える。

 しかし、この部屋の温度という温度は一切と変わっていない。

 

 そして、この病室の温度が変わったのは突然のことだった。

 ガラッ、と音が立って、二人分の足音がこの病室に侵入する。

 

「「あ、貴方は……天さん?」」

 

 同時に若い男女の声が響き渡り、ドアの方向を俺達は見る。

 見た目も若く、左手の薬指には同じ指輪を()めている。

 

 この子を撫でるのをやめて、直立して向き直る。

 

「貴方がたは……えっと、この子の?」

「はい。この子の親です」

 

 微笑を浮かべる若夫婦は、この子の両親。

 その事実が頭を駆け巡ると同時に、先程とは比較にならないほどの緊張感と罪悪感がこみ上げてくる。

 

「そ、その……すみません、でした」

「……? どうして、天さんが謝られるのですか?」

 

 女性の方から問われて、頭を下げる。

 

「俺はこの子を、助けられませんでした。それも、目の前でです。本当に……すみません」

「あ、えっと……それに関しては聞きました。……どうか、気に病まないでください」

「で、ですが――」

「いいんです、天さん。これも聞きましたが、この子に傷をつけた奴は倒してくれたらしいじゃないですか。貴方が倒れるまで」

 

 そう言いながら、父の方がこの子に寄る。

 俺がさっきしていたように、優しく頬と頭を撫でる。

 

 自分の子供が助かったかもしれないというのに、俺のせいで今、こうやって眠っている。

 それなのに……どうして。

 

「私も主人と同じです。むしろ、お礼を言うべきなのに……」

「い、いや俺は――」

「貴方がいなかったら、この子はもっとひどい怪我を負っていたのかもしれないのです」

「……すいません。私は、ちょっと席を外しますね」

 

 彼女の父の言葉の後に、静かに病室を出る妖夢。

 開き、また閉じられるドアの音が、異様に大きく感じられた。

 

「ですので……ありがとう、ございました」

 

 ベッドに横になる彼女を、しゃがんで撫でていた彼女の父も、立っていた母も、同時に頭を下げる。

 それは間違いなく、俺に向けられたものだった。

 

 ――心が、痛い。

 

「お、おれ、は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おとう、さん……? おかあ、さん……?」

 

 この静寂を切り裂く、鈴の音色が、響いた。

 声の主は――彼女。()()()()()()()()()()()だった。

 

「「杏!」」

 

 杏。これは、この少女の名なのだろう。

 大きく告げられたその名に連れられて、彼女の両親は飛んで彼女のベッドに寄る。

 俺は呆然と立ち尽くした。何を言われるのだろうか。それだけが……怖かった。

 

「よかった、よかった……杏……!」

「本当よ……よかったわ、杏……!」

 

 涙を流し、落ちた雫はベッドシーツに滲む。

 黒色のそれは次々と数を増やしていく。

 そして、やがて。

 

「ただ、いま……なのかな? ごめんなさい。遊んでたら、連れて行かれたの」

「もっと私が、注意しておけばよかったのよ……本当に、ごめんなさい」

「俺も、一緒に付いていってやれば、よかったのになぁ……!」

 

 感情を吐露させ、大粒の液体は未だに流れ落ちて跡を残す。

 暫くしてついに、彼女の視線がこちらへと向いた。

 

 心臓はそれだけで跳ね上がり、冷や汗を大量かく。

 不安が募る。俺は、何を言って、どんな顔で彼女と対面するべきなのだろうか。

 今までお見舞いをしていて、ずっとそのことを考えて、結局今でもその答えは出なかったのだ。

 

「あ! 天おにいちゃん! あのね、みんなは天おにいちゃんのことで、い~っぱい話してるんだよ! かっこいいとか、いつもやさしいとか!」

「ぇ……?」

 

 満面の笑みを、浮かべられた。

 想像していた展開と大きく異なったこの正解に、俺は辿り着くことはできなかった。

 

「あとあと、妖夢おねえちゃんといつも仲がよさそう、とか!」

 

 加速する笑みの深さに比例して、俺の焦りは最高潮に一直線に向かっている。

 どうして、どうして、どうして。

 

「えっと、それで……あの人、やっつけてくれたのって、天おにいちゃんでしょ? いつもそうだもん!」

「そ、そう、だが……」

「ふふっ、やっぱり! えっとね、私から、言いたいことがあるの! 聞いてくれる?」

「あ、あぁ、聞くよ」

 

 あまりに驚きに包まれていて、肝心の彼女にお礼を言うことを忘れた。

 そのまま、彼女の要望を受け入れる。

 

 彼女から手招きをされて、身を起こしてベッドに座る彼女の目の前に。

 俺がしゃがんで揃う彼女との目線。真っ直ぐな子供の目は、俺に突き刺さる。

 

「あのね――

 

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()()()()()()()()!」

「……え?」

 

 一番強い笑みで、純真無垢な笑みで、そう告げられた。

 元々思案が追いつかなかった頭が、完全に置いていかれた。

 お礼、だなんて……

 

「お、俺は……でも、君を目の前で……」

「ううん、それでも、ありがとう! 天おにいちゃんと、翔おにいちゃんと、妖夢おねえちゃんが助けに来てくれて、あの人をやっつけてくれたから!」

 

 こんなにも眩しい笑みを、向けられる資格なんて無い。

 そう思っていた。けれど、こうやって笑顔になってくれることに、どうしようもなく嬉しかった。

 

「……? おにいちゃん、なんで()()()()の?」

「え……? あ、いやこれは、う、ぁ……!」

 

 気付いたら、俺の頬にも涙が伝っていった。

 声は絶え絶えになって、緊迫から詰まっていた呼吸も、さらに詰まってしまう。

 呼吸さえもままならない状態だ。

 

「えっと……悲しいの? その、泣かないで?」

「おれ、は……ぅ、ぇぐっ……!」

 

 涙を拭っていると、彼女の手は俺の頭へと伸ばされて、撫でられていた。

 小さくも、暖かい手が。

 

 嗚咽を漏らしながら、気分を落ち着ける。

 さすがに、幼子とその両親の前でいつまでも泣き続けるわけにもいかない。

 立ち上がって、三人を視界に収める。

 

「天おにいちゃん、ありがとう!」

「「天さん、ありがとうございました!」」

 

 報われた。ダメだと思っていたのに、捨ててしまったと思っていたのに。

 拾いそこねたと思っていたものは、実は手の中でしっかりと、握り締められていたんだ。




ありがとうございました!

遅くなりましたが、ポケモンを買いました。
さらに別作品の投稿も重なり、学校も忙しくなる、と。
すいません、言い訳ですね。反省してます(´;ω;`)

予定では、今回で第6章終了の予定です。
次回からは、最終章の予定。あと、番外編は制作決定です。

ではでは!

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