今回と次に一話くらいシリアスが入ります。
その後は日常話ということで、甘くなり。
そしてついに、不知火戦、という形にしようかと思います。
では、本編どうぞ!
「……はい、こっちは終わり」
「ありがとうございます、永琳」
妖夢の足を治療し終わって、全員の治療が終わった。
「その……あの女の子は、どうなりましたか?」
「あぁ、あの一番最初に運ばれた……」
天の前に、一人の小さな女の子が運ばれてきた。これも同じく、紫のスキマによって。
「……わからないわ。このまま目覚めるか、目覚めないまま死ぬか、ね」
「そう、ですか……」
現実問題、彼女の容態は最悪と言ってもよかった。
あんなに小さな体に槍が刺さったのだろう傷跡は、天や妖夢、翔が刺されたときとは訳が違う。
槍で貫かれるのは相当なダメージだが、ただでさえ発育途中の少女が同じダメージを負うのだ。
出る悪影響は、言うまでもないだろう。
「出血もひどかったし、本当に生き延びるか死ぬかがわからない。これでも、最善を尽くしたのよ」
とは言うものの、試薬を無闇矢鱈に使うわけにもいかない。
成長が不自然に止まったり、その逆が起きたりと異常を
場合によっては、それに伴う副作用で死んでしまう、なんてことも可能性としてはある。
命を繋ぐために薬を使い、その使った薬で命を落としては、元も子もない。
畢竟、取りうる最良の選択は、異常を来さない程度の試薬投与だった。
若すぎる子供がそんなに大きな傷を負うと予想できたはずもなく。
こればっかりは、本当にどうしようもないのだ。
私だって医者だ。救える命はできるだけ救う。
それを心がけて、旗を掲げている。
その上で、自分がそれ以上何もできないことに、一番悔やんでいるのは自分だ。
「……では、天君の方は……?」
「手術は成功。内蔵が色々とまずいことになってたけど、数日には治るはずよ。目を覚ますのは、今日の夜か明日の朝ってところね」
「わかりました。では、今日のところは――」
座っていた妖夢は、
「あ、そうそう。あと――っと」
「……? どうしました?」
自分のデスクの引き出しから天のカルテを取り出す。
室内とはいえ、寒い季節の今。カルテはすっかり冷たくなっている。
それが、不思議と重く、元気のない様子だと思えた。カルテに意志なんてありゃしないのに。
「……天がプラネット・バーストを使ってから、右手に痺れとか震えが見られなかった?」
「あ~……本人は隠そうとしてましたが、私は何となく……」
「で、その手の震え。大きくなっている可能性があるわ」
元々、神経が上手く通わない天の右腕。無理矢理に繋いだのだから、当たり前だろう。
そんな中、右腕を含む全身にくまなく霊力を流したら、どうなるか。
まぁ、大体予想はできている。神経の通いがさらに悪くなるのだろう。
機械にも似た理論だが、人体にも十分に同じことが言える。
投球で肩を壊した野球選手がさらに投球を続けると、治るどころかひどくなる一方だ。それと同じ。
上手く動かない右腕を、霊力で無理矢理に動かす。治るどころかひどくなる一方。
「もし震えが日常生活に支障をきたすレベルになって、天がそれを隠そうとしたら、この薬を渡してちょうだい」
そう言いながら、透明な袋に入った赤白のカプセル数錠を渡す。
素直に受け取る妖夢を確認して、説明をする。
「その薬を飲ませれば治るわ。ただ……」
「ただ……何ですか?」
「
「と、言いますと?」
「簡単に言えば、
「なっ……!」
そう、二人分の唾液で反応させることによって、この錠剤は効果がある。
特殊とも言える条件ではあるが、その分効果は期待していい薬だ。
――というのは全くの大嘘で、本当は飲むだけでいいのよね♪
これで少しは反省させようか。全く、人前でイチャイチャするのも大概にしなさいよ。
「……わ、わかりました!」
「ふぃ~――わ、わわっ、ちょっ、妖夢ちゃん!?」
そう啖呵を切って、翔を無理矢理に引っ張って帰って行った。
もう既に夕方で、すっかり茜色に染まった空を二人で駆けていく。
夜に比べたらまだ明るいのにもかかわらず、二つの流星が軌跡を残しながら遠ざかって行った。
――あっ。
「――あれってまさか……本気にしているの?」
仮に本気にしているとして。彼女は何をするだろうか。
唾液を何かに介して渡す? いや、絶対にしないと言い切れる自信がある。あってしまう。だから困惑している。
となると、直にするというわけであり……
「まさか……ディープ?」
―*―*―*―*―*―*―
何度この臭いで目が覚めたことだろうか。
全身が激痛に苛まれながらも、思い切ったようで思い切りのない瞼を開く行為を、どれだけ繰り返してきただろう。
朝の陽光を、昼の天日を、夕の斜陽を、夜の月光を各々の季節で浴びて、まだ繰り返されるこの覚醒は。
それに、泣きそうになる。
「……天? 起きたの……?」
「あぁ……そうだな。起きたよ、栞」
「起きたわね。調子はどう、英雄さん?」
「――最悪だよ」
惨めだった。醜かった。いっその事笑ってほしい。
何度も朽ちかけて、こうやってしぶとくも生き延びている自分に、嫌気が差す。
「そう。で、その理由を一応聞こうじゃない?」
「わかってんだろ。……聞いてくれるな」
あのまま死ねたら――どれほど、よかっただろうか。
数度この考えを巡らせて、再度この場へと考えが回帰することに、悍ましさを感じるようにもなった。
修行を重ねたとはいえ、根本は何も変わっていない自分に、呆れる。
あの少女は……俺が、取りこぼしてしまったものだ。
こぼれ落ちた雫は、もう回収することはできない。勝手に注がれることもない。器に戻ることも、勿論。
それもまた事実、俺に対する一種の暗示なのだろう。
「あの女の子は、まだ眠ってるわ」
「……ッ」
わざわざ、言葉にして発していないにも関わらず、俺の考えを読み取る。
思慮がそのまま見透かされている気分になり、ひどく吐き気がする。
他人に思考を当てられる程、軽々しく考えていたのか、という自己評価に塗り固められる。
「貴方がどう思っているのかは知らないわ。けどね、最後まで目を逸らすのは――私が許さないわよ」
最後の語調が強くなった永琳の向ける視線の先には、ベッドの上で横たわっているだけの俺。
それだけなのに、目が合わせられなかった。理由だって、一番自分がわかっているはずなのに、わからない。
耳を塞いで、わからないフリをしていた。
幻想は、崩れ落ちた。理想は牙を剥き、絶望は地盤を組み替える。
突然の出来事に、俺には何ができたのだろうか。ただ、一方的に被害を受けただけで終わっていたのだろう。
雨は降ることはなく、降ったとしても浴びることは許されない。
そんな乾ききった現実に、一番絶望していた。
――いや、そんな乾ききった
「そんな状態で
「…………」
白い棘は突き刺さる。心に残るそれは、引き抜くことができない。
けれど、その痛みすらどうでもいいと感じるようになった。
ただ、罪悪感で埋もれていた。
「天……貴方は何のために、それを使ったの?」
「アンリミテッドのこと、だよな」
「えぇ、それよ。それ以外に、何がある?」
ようやく顔を合わせられた時、永琳は笑っていた。
その微笑が、胸を痛める。こんな笑顔を向けられるはずじゃないのに。
指の間からすり抜けたものは、取り返しがつかないのに。
賞賛なんて、馬鹿馬鹿しい。
錦上花を添えるなんてものは、以ての外だ。
「……正直、何のために、っていうこと自体がよくわからない」
「天……そのままなんだよ。どうして、こんなになってまでアンリミテッドを使ったのか、どうして、こんなに満身創痍になってまで戦い抜いたのか。その結論は、全て一点に交わるものなんだよ」
勘案は、一本道じゃない。だからこそ、選択肢がある。
最初から敷かれたレールの上を走ることができるなら、俺はそれの方がいい。
だって、その方が
責任は、消えない。いつもソイツの影を踏んで付いていく。
それなら、いっその事負う前に逃げたかった。
それを、しなかった理由は。
「――守りたかったから」
「そう、それでいいんだよ。単純明快だからこそ、走り通せる」
「貴方が望むものは、何になるのかしら?」
このやり取りは、俺を掬い上げてくれた。
取りこぼした俺を、逆に掬い上げて。
本来、取りこぼした後は掬い上げなんてことは不可能だ。
事象も、幻覚も、まやかしも。どんなものにも言えることだ。
俺だって、そう思って信じて今までを過ごしてきた。
過去は塗り替えられない。だから、失敗はできない。
今……俺は、深層心理にも語りかけるほどのそれが、思いの外複雑だったことに気が付いた。
感覚記憶は、知識記憶を往々にしてぼやかすものだ。
無理だ、という固定観念を感覚記憶として取り入れて、知識記憶で否定する。
――では、感覚記憶がそれを肯定するならば――
「皆を……守りたい」
「あら、貴方は『守りたかった』、なんて格好つけた言い方で、過去形にして今を否定したのだけれど。本当はどっちなの? ……いい加減、答えを出したらどうなの?」
全く、こういうところがあるから、永琳には頭が上がらないんだ。
無愛想で、危険性皆無の
「私だって、アンリミテッドは止めたはずだよ。私の意志をはねのけるくらい、何がそこまで天を駆り立てたの?」
本当に、いつもこうだから栞には感謝してもしきれないんだ。
ふざけてばかりいて、拍子抜けした態度ばかりとるくせに、いざという時に頼りになって、正鵠を射た発言しかしない
「
「ちゃんとわかっているじゃない。心配かけるだけかけておいて、手間もかけさせるなんてね。とんだ困った患者さんだこと」
「あ~あ、こんなことなら、泣きそうになるんじゃなかったよ。いつもの天だったんじゃ、私はいっつも泣かないといけなくなる」
どうしようもなくいつも通りで、どうしようもなく何気ない割りに、どうしようもなく思いやりに溢れる。
のべつ幕なしに、俺を励まそうとしている人間は、誰だってそうだ。
一番の親友も、魂の相棒も、白玉楼の主さんも、スキマ妖怪も、赤い巫女も、自称普通の魔法使いも。
吸血鬼姉妹も、その瀟洒なメイドも、本好きの魔女も、その屋敷の門番も。
ふざけた新聞記者も、酒豪の鬼二人も。
老いも死にもしない少女も、緑の風祝も、変な服装の試薬医者も、うさ耳セーラー服の助手も。
――そして誰よりも、少し抜けている最強の剣士であり、俺の師匠であり……恋人の、彼女も。
皆が皆、俺を応援し、支え、立ち上がらせてくれた。
だから、俺はあの時にアンリミテッドを使う気になれたんだ。
時雨に対する殺意よりも……もっと大きく、尊いものに、突き動かされていたんだ。
本当に単純なことに気付いた俺は、永琳から視線を外して窓の外を見た。
数多の星々が冬の夜空に居座る中、堂々たる佇まいで、大きく満月が浮かんでいる。
天体観測には、うってつけの夜に違いない。
妖しく光る月光が、今の俺には本来の月光以上に輝いて見えていた。
ありがとうございました!
次回で第6章は終了になります。
そして次々回からは、最終章へ……
あと、最終話が終わって、番外編を一話出します。
出す予定です。予定です。あくまで予定です。大事なことなので三回言いました。
ではでは!