東方魂恋録   作:狼々

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どうも、狼々です!

今回と次に一話くらいシリアスが入ります。
その後は日常話ということで、甘くなり。

そしてついに、不知火戦、という形にしようかと思います。

では、本編どうぞ!


第69話 守りたい

「……はい、こっちは終わり」

「ありがとうございます、永琳」

 

 妖夢の足を治療し終わって、全員の治療が終わった。

 

「その……あの女の子は、どうなりましたか?」

「あぁ、あの一番最初に運ばれた……」

 

 天の前に、一人の小さな女の子が運ばれてきた。これも同じく、紫のスキマによって。

 

「……わからないわ。このまま目覚めるか、目覚めないまま死ぬか、ね」

「そう、ですか……」

 

 現実問題、彼女の容態は最悪と言ってもよかった。

 あんなに小さな体に槍が刺さったのだろう傷跡は、天や妖夢、翔が刺されたときとは訳が違う。

 槍で貫かれるのは相当なダメージだが、ただでさえ発育途中の少女が同じダメージを負うのだ。

 出る悪影響は、言うまでもないだろう。

 

「出血もひどかったし、本当に生き延びるか死ぬかがわからない。これでも、最善を尽くしたのよ」

 

 とは言うものの、試薬を無闇矢鱈に使うわけにもいかない。

 成長が不自然に止まったり、その逆が起きたりと異常を(きた)す可能性が十分にある。

 場合によっては、それに伴う副作用で死んでしまう、なんてことも可能性としてはある。

 命を繋ぐために薬を使い、その使った薬で命を落としては、元も子もない。

 

 畢竟、取りうる最良の選択は、異常を来さない程度の試薬投与だった。

 若すぎる子供がそんなに大きな傷を負うと予想できたはずもなく。

 こればっかりは、本当にどうしようもないのだ。

 

 私だって医者だ。救える命はできるだけ救う。

 それを心がけて、旗を掲げている。

 その上で、自分がそれ以上何もできないことに、一番悔やんでいるのは自分だ。

 

「……では、天君の方は……?」

「手術は成功。内蔵が色々とまずいことになってたけど、数日には治るはずよ。目を覚ますのは、今日の夜か明日の朝ってところね」

「わかりました。では、今日のところは――」

 

 座っていた妖夢は、

「あ、そうそう。あと――っと」

「……? どうしました?」

 

 自分のデスクの引き出しから天のカルテを取り出す。

 室内とはいえ、寒い季節の今。カルテはすっかり冷たくなっている。

 それが、不思議と重く、元気のない様子だと思えた。カルテに意志なんてありゃしないのに。

 

「……天がプラネット・バーストを使ってから、右手に痺れとか震えが見られなかった?」

「あ~……本人は隠そうとしてましたが、私は何となく……」

「で、その手の震え。大きくなっている可能性があるわ」

 

 元々、神経が上手く通わない天の右腕。無理矢理に繋いだのだから、当たり前だろう。

 そんな中、右腕を含む全身にくまなく霊力を流したら、どうなるか。

 まぁ、大体予想はできている。神経の通いがさらに悪くなるのだろう。

 

 機械にも似た理論だが、人体にも十分に同じことが言える。

 投球で肩を壊した野球選手がさらに投球を続けると、治るどころかひどくなる一方だ。それと同じ。

 上手く動かない右腕を、霊力で無理矢理に動かす。治るどころかひどくなる一方。

 

「もし震えが日常生活に支障をきたすレベルになって、天がそれを隠そうとしたら、この薬を渡してちょうだい」

 

 そう言いながら、透明な袋に入った赤白のカプセル数錠を渡す。

 素直に受け取る妖夢を確認して、説明をする。

 

「その薬を飲ませれば治るわ。ただ……」

「ただ……何ですか?」

()()()()()()()()()()()がないと反応しないのよねぇ……」

「と、言いますと?」

「簡単に言えば、()()()()()()()()()ってことよ」

「なっ……!」

 

 そう、二人分の唾液で反応させることによって、この錠剤は効果がある。

 特殊とも言える条件ではあるが、その分効果は期待していい薬だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――というのは全くの大嘘で、本当は飲むだけでいいのよね♪

 これで少しは反省させようか。全く、人前でイチャイチャするのも大概にしなさいよ。

 

「……わ、わかりました!」

「ふぃ~――わ、わわっ、ちょっ、妖夢ちゃん!?」

 

 そう啖呵を切って、翔を無理矢理に引っ張って帰って行った。

 もう既に夕方で、すっかり茜色に染まった空を二人で駆けていく。

 夜に比べたらまだ明るいのにもかかわらず、二つの流星が軌跡を残しながら遠ざかって行った。

 

 ――あっ。

 

「――あれってまさか……本気にしているの?」

 

 仮に本気にしているとして。彼女は何をするだろうか。

 唾液を何かに介して渡す? いや、絶対にしないと言い切れる自信がある。あってしまう。だから困惑している。

 となると、直にするというわけであり……

 

「まさか……ディープ?」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 何度この臭いで目が覚めたことだろうか。

 全身が激痛に苛まれながらも、思い切ったようで思い切りのない瞼を開く行為を、どれだけ繰り返してきただろう。

 朝の陽光を、昼の天日を、夕の斜陽を、夜の月光を各々の季節で浴びて、まだ繰り返されるこの覚醒は。

 それに、泣きそうになる。

 

「……天? 起きたの……?」

「あぁ……そうだな。起きたよ、栞」

「起きたわね。調子はどう、英雄さん?」

「――最悪だよ」

 

 惨めだった。醜かった。いっその事笑ってほしい。

 何度も朽ちかけて、こうやってしぶとくも生き延びている自分に、嫌気が差す。

 

「そう。で、その理由を一応聞こうじゃない?」

「わかってんだろ。……聞いてくれるな」

 

 あのまま死ねたら――どれほど、よかっただろうか。

 数度この考えを巡らせて、再度この場へと考えが回帰することに、悍ましさを感じるようにもなった。

 修行を重ねたとはいえ、根本は何も変わっていない自分に、呆れる。

 

 あの少女は……俺が、取りこぼしてしまったものだ。

 こぼれ落ちた雫は、もう回収することはできない。勝手に注がれることもない。器に戻ることも、勿論。

 それもまた事実、俺に対する一種の暗示なのだろう。

 

「あの女の子は、まだ眠ってるわ」

「……ッ」

 

 わざわざ、言葉にして発していないにも関わらず、俺の考えを読み取る。

 思慮がそのまま見透かされている気分になり、ひどく吐き気がする。

 他人に思考を当てられる程、軽々しく考えていたのか、という自己評価に塗り固められる。

 

「貴方がどう思っているのかは知らないわ。けどね、最後まで目を逸らすのは――私が許さないわよ」

 

 最後の語調が強くなった永琳の向ける視線の先には、ベッドの上で横たわっているだけの俺。

 それだけなのに、目が合わせられなかった。理由だって、一番自分がわかっているはずなのに、わからない。

 耳を塞いで、わからないフリをしていた。

 

 幻想は、崩れ落ちた。理想は牙を剥き、絶望は地盤を組み替える。

 突然の出来事に、俺には何ができたのだろうか。ただ、一方的に被害を受けただけで終わっていたのだろう。

 雨は降ることはなく、降ったとしても浴びることは許されない。

 そんな乾ききった現実に、一番絶望していた。

 

 ――いや、そんな乾ききった()()()……絶望していたのだろう。

 

「そんな状態で韜晦(とうかい)なんて……それこそ、私だけじゃなくて、妖夢や翔、一番はあの女の子が許さないわよ」

「…………」

 

 白い棘は突き刺さる。心に残るそれは、引き抜くことができない。

 けれど、その痛みすらどうでもいいと感じるようになった。

 

 ただ、罪悪感で埋もれていた。

 

「天……貴方は何のために、それを使ったの?」

「アンリミテッドのこと、だよな」

「えぇ、それよ。それ以外に、何がある?」

 

 ようやく顔を合わせられた時、永琳は笑っていた。

 その微笑が、胸を痛める。こんな笑顔を向けられるはずじゃないのに。

 指の間からすり抜けたものは、取り返しがつかないのに。

 

 賞賛なんて、馬鹿馬鹿しい。

 錦上花を添えるなんてものは、以ての外だ。

 

「……正直、何のために、っていうこと自体がよくわからない」

「天……そのままなんだよ。どうして、こんなになってまでアンリミテッドを使ったのか、どうして、こんなに満身創痍になってまで戦い抜いたのか。その結論は、全て一点に交わるものなんだよ」

 

 勘案は、一本道じゃない。だからこそ、選択肢がある。

 最初から敷かれたレールの上を走ることができるなら、俺はそれの方がいい。

 だって、その方が()()()()()()()()()()

 

 責任は、消えない。いつもソイツの影を踏んで付いていく。

 それなら、いっその事負う前に逃げたかった。

 

 それを、しなかった理由は。

 

「――守りたかったから」

「そう、それでいいんだよ。単純明快だからこそ、走り通せる」

「貴方が望むものは、何になるのかしら?」

 

 このやり取りは、俺を掬い上げてくれた。

 取りこぼした俺を、逆に掬い上げて。

 本来、取りこぼした後は掬い上げなんてことは不可能だ。

 

 事象も、幻覚も、まやかしも。どんなものにも言えることだ。

 俺だって、そう思って信じて今までを過ごしてきた。

 過去は塗り替えられない。だから、失敗はできない。

 

 今……俺は、深層心理にも語りかけるほどのそれが、思いの外複雑だったことに気が付いた。

 感覚記憶は、知識記憶を往々にしてぼやかすものだ。

 無理だ、という固定観念を感覚記憶として取り入れて、知識記憶で否定する。

 

 ――では、感覚記憶がそれを肯定するならば――

 

「皆を……守りたい」

「あら、貴方は『守りたかった』、なんて格好つけた言い方で、過去形にして今を否定したのだけれど。本当はどっちなの? ……いい加減、答えを出したらどうなの?」

 

 全く、こういうところがあるから、永琳には頭が上がらないんだ。

 無愛想で、危険性皆無の命の恩人(ヤブ医者)なくせに、どこまでもお節介で、優しい暖かさを持つヤブ医者(命の恩人)には。

 

「私だって、アンリミテッドは止めたはずだよ。私の意志をはねのけるくらい、何がそこまで天を駆り立てたの?」

 

 本当に、いつもこうだから栞には感謝してもしきれないんだ。

 ふざけてばかりいて、拍子抜けした態度ばかりとるくせに、いざという時に頼りになって、正鵠を射た発言しかしない(あいぼう)には。

 

()()()()……過去形でもなく、暴論でもなく、掛け値なしに。守る意志が、俺を前に進ませてくれる」

「ちゃんとわかっているじゃない。心配かけるだけかけておいて、手間もかけさせるなんてね。とんだ困った患者さんだこと」

「あ~あ、こんなことなら、泣きそうになるんじゃなかったよ。いつもの天だったんじゃ、私はいっつも泣かないといけなくなる」

 

 どうしようもなくいつも通りで、どうしようもなく何気ない割りに、どうしようもなく思いやりに溢れる。

 のべつ幕なしに、俺を励まそうとしている人間は、誰だってそうだ。

 

 一番の親友も、魂の相棒も、白玉楼の主さんも、スキマ妖怪も、赤い巫女も、自称普通の魔法使いも。

 吸血鬼姉妹も、その瀟洒なメイドも、本好きの魔女も、その屋敷の門番も。

 ふざけた新聞記者も、酒豪の鬼二人も。

 老いも死にもしない少女も、緑の風祝も、変な服装の試薬医者も、うさ耳セーラー服の助手も。

 

 ――そして誰よりも、少し抜けている最強の剣士であり、俺の師匠であり……恋人の、彼女も。

 

 皆が皆、俺を応援し、支え、立ち上がらせてくれた。

 だから、俺はあの時にアンリミテッドを使う気になれたんだ。

 時雨に対する殺意よりも……もっと大きく、尊いものに、突き動かされていたんだ。

 

 本当に単純なことに気付いた俺は、永琳から視線を外して窓の外を見た。

 数多の星々が冬の夜空に居座る中、堂々たる佇まいで、大きく満月が浮かんでいる。

 天体観測には、うってつけの夜に違いない。

 妖しく光る月光が、今の俺には本来の月光以上に輝いて見えていた。




ありがとうございました!

次回で第6章は終了になります。
そして次々回からは、最終章へ……

あと、最終話が終わって、番外編を一話出します。
出す予定です。予定です。あくまで予定です。大事なことなので三回言いました。

ではでは!

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