東方魂恋録   作:狼々

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第67話 遅い

 霊力が全身に駆け巡り、得も言われぬ充足感を感じる。

 この場の全ての者が、俺に驚愕の視線を集める。

 それは時雨も例に漏れず、自身の紫色をした瞳を瞬かせていた。

 

「……へェ、すごいね。さッさと殺さないと!」

 

 余裕がなくなった様子の時雨が、驚異的なスピードで俺に接近し、槍を突き出す。

 加速による足元の爆破の如き蹴りは、地震かと錯覚するほどで、崖近くが崩れるかと思うほどだった。

 

「……遅い」

 

 そう、遅かった。アンリミテッドで、霊力が頭いっぱいに回った今の俺にとっては。

 時雨のあれだけ速かった走破は、俺には徒歩にも見えた。いや、それよりも遅いだろうか。

 いや、実際は速かった。ただ、俺の思考循環が圧倒的に速い。

 

 状況判断能力は、さすがに翔には負けるだろう。

 が、反応速度なら、大きく差をつけて勝っている。そんな自信があった。

 

「なッ……!? はあぁぁぁ!」

 

 渾身の一撃を軽々と流されたことに驚いた時雨は、今度は連続して突きを放つ。

 人間の成せるスピードではない。到底追いつかない領域だ。

 

 自分の中に瘴気を入れるというのは、それ相応のリスクもある。

 自分自身が瘴気に苛まれる。代わりに、爆発的な身体能力が得られる。

 瘴気を溜める、とはそういうことなのだろう。

 

 が、霊力を溜める、ということも同じだ。

 文字通り全身を巡る霊力は、腕にも例外なく通っている。

 瞬時の判断と、閃光の剣技。それらが織りなす技は、常識を逸したものだと自負できる。

 

 多少気だるげになりながらも、槍の突きを全て弾く。

 

「えっと、確か……こんなに弱かった? 遅かった? だったっけか、時雨?」

 

 流して、弾いての繰り返し。

 

「何で、何でだ! 何でだよぉおお! 天ぁぁぁあ!」

「何で、か……そうだな。お前の唯一の敗因は、俺の仲間に傷を入れたことだ」

「仲間ァ!? そういうの、俺は大ッッッ嫌いなんだよ! 反吐が出る! あぁ、あぁ、吐き気がする!」

 

 そう吐き捨てるように言って、距離をとる時雨。

 退いた先で、槍を構えたまま、両腕を槍ごと引いてタメをつくっている。

 ビリビリと電流を帯びているような、密度の濃い瘴気が槍とそれを握る両腕に集まっている。

 渦巻き、逆巻き、深い闇へと消えていく。

 

 纏っていた分は勿論、新たに生み出された瘴気も集まっている。

 天災の予兆かの如く、暴れ狂う瘴気が溜め込まれる。

 

「……黒龍よ、不滅の牙を突き立てろッ! 穿てェッ! 撃滅槍ォォオッ!」

 

 先程までの瘴気とは比べ物にならないくらいの瘴気が、時雨のエネルギーとなる。

 その爆発的なエネルギーが、彼自身の加速と槍を突き出す馬力を活性化させた。

 足にも瘴気は集められ、加速と共に瘴気どうしがぶつかり合って、瘴気の電流を引き起こす。

 

 時雨が消えて、槍は閃光の軌跡を生み出す。

 しかし、その軌跡は真の意味で閃光ではない。一瞬で払われる、弱々しい闇だ。

 

「……だから、遅いと言っているだろう」

 

 黒々と変色した牙が襲い掛かってくる。

 が、俺にはそれさえも遅かった。やはりと言うべきか、軽々と、受け流す。

 

 異常な程の金属音が響き、周囲は驚きの感情に満ち満ちている。

 心はひどく落ち着いていて、今の状況がとてもピンチだとは思えなかった。

 俺はさっきとは打って変わって、時雨に冷ややかな目線を続けている。

 

「な、に……!?」

 

 時雨が驚いている間に、距離をとる。

 霊力を全身に溜め込んでいる分、スペルカードを出す速度も速くなっているはず。

 

「霧符 『一寸先も見えない濃霧』」

 

 神憑を掲げて、一瞬で濃霧が発生する。

 本来は霊力を霧に変える分、どうしてもディレイが避けられない。

 が、今の俺なら、スペルカードを出す速度だけでなく、水の状態変化の速度も速められる。

 

 深い霧に覆われて、どこが前かさえもはっきりしなくなった。

 が、お互いはお互いの溢れんばかりの瘴気と霊力で、位置はわかっている。

 けれど、それでいい。

 

「……煉獄業火の閃」

 

 静かに、唱える。神憑で俺の怒りを。

 白濁とした靄の中で卓然と燃え盛る炎は、赤かった。

 混濁する暗い靄の中で輝いているのは、それのみ。

 

 霧全てを吹き飛ばす勢いで、地面を蹴った。

 爆発音かとも思える音が低く響き渡り、地面には亀裂が走っている。

 燃え盛る刃を瘴気の方向に向け、切り裂く。と同時に、爆発。

 

「ぐッ……あぁぁあ!」

 

 霊力爆発を人間の体で受けると、かなりの威力が幻獣と比べると小さすぎる体にかかる。

 風圧、音圧等のあらゆる圧力が、その体に。

 

 あまりに大きすぎるそれらは空を、地面を揺らし、霧を払った。

 先程まで陽光を遮っていた霧が払われた今、暗かった空間に光が差し込む。

 

 目に光が入り、飛び込んできた光景は、時雨が吹き飛ばされた場面だった。

 これは映画(スクリーン)ではないと教えたのは、あいつだ。嘘、偽り、フィクション、ハッタリどの全てにも当てはまらない、現実。ノンフィクション。

 

 時雨が吹き飛ばされた先は――()()()()だった。

 

「……ッ!?」

 

 このために、俺は霧を発生させた。足元が見えづらくなるから。

 最初から隠れるために使ったスペルカードじゃなく、相手を陥れるために使った。

 霊力でこちらの位置がバレていて、視界は最悪の中、意識は崖から絶対と言っていい程外れるだろう。

 霊力にばかり意識を向ける。その方向に、俺がいるから。攻撃が来るだろうから。

 

 時雨の予想は当たった。だが、誤算だったのだろう。

 俺が、こんなにも速いことに。

 音を優に超えて、無限の先を見た俺の速度に。

 

 しかし、今は時雨が落下する寸前。このままだと、飛行されて終わりだ。

 ――だが。

 

「――な、何故だッ!? どうして、()()()()!?」

 

 時雨。お前は一つ、勘違いをしている。

 どうして? 自分が一番わかっていることなんじゃないのか? そう問いたくなる。

 

 原因は――瘴気だった。

 

 彼の瘴気が自分自身を蝕み過ぎた。

 それは体だけに留まらず、霊力の流れさえも停滞させた。

 悪魔の齧った後の毒に、侵食されたんだ。

 

 勿論、瘴気で飛ぶことはできない。

 これ以上自分から瘴気を流すと、恐らく飛ぶ前に自分が発狂して終わり。飛ぶことも叶わず、精神崩壊を引き起こす。

 撃滅槍のときに、瘴気を纏いすぎた。それが、時雨の末路だ。

 

「ク……クソオォォオオ! 新藤 天ァ! アアァァァァアァァ――!!!」

 

 深く、深くへと消えていく彼自身と叫び声。

 同じく深すぎる崖とその下の森が、叫び声を山彦として反響させる。

 その叫び声は、虚しくも。自分の耳に残ることはなかった。

 

 俺は、後を追って追撃しようとした。

 落ちた先の崖に向かって飛び降りよう。

 

 ――そう、思った時。

 

「……う、ぐ、がはッ!」

 

 とうとう、限界が、来た。

 内蔵が焼けるように痛く、体の中で激しく暴れまわっている。

 ぐちゃぐちゃと内臓の転がる嫌な音が聞こえ、意識が飛びそうになる。

 

「「「天ぁ!」」」

 

 この場の俺以外の全員が、叫ぶ。

 その叫び声も、俺には届きそうになかった。

 手は神憑を握ることのできないくらい力が抜けて、寂しい金属音を(またた)せた。

 

 細々とした軽い金属音のすぐ後に、俺は地面に突っ伏す。

 砂埃を巻き上げ、立ち上がろうとしても指一本すら動かせない。

 冬の冷たすぎる風が、全身を撫でる。

 

 そして、俺は察した。わかった、何となくだが。

 まだ数分も経っていないはずなのに。

 

 ――あ、これ、死ぬかも。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「…………」

 

 夢かと思った。現実かどうか疑った。

 直接手を下していないとはいえ、あの時雨が能力をフルに使って、勝てない。

 リベレーションを超越するアンリミテッドは、まさに無限だった。

 進化の前のそれとは比べ物にならない。ある意味では、全くの別種なのだろう。

 

 段違いに、強かった。確かに、強かった。あぁ、強かったとも。

 俺は見た。あの戦士の勇姿を。命を賭けて戦う、勇気ある姿を。

 

「ふ、ふふ……ふははははッ!」

 

 楽しい。楽しい。こいつは、絶望に満ちる時、どんな顔をして絶望するんだろうか。

 今までに、天は何度も絶望している。が、俺が言っているのは、さらに先にある絶望だ。

 例えば……そうだな。あれとか。天にとっては、一番の絶望だろう。

 

 その勇気の姿が崩れ落ちる瞬間が、楽しみで仕方がない。

 力なき自分に絶望する顔が、見たくて仕方がない。

 

 まぁ、理想郷を創ればそんなものはいくらでも見られる。

 けれど、本物の顔を一度見てみたい。どのみち、天は相手になるんだ。丁度いいだろう。

 

 そして、あの栞はどんな顔……というより、声をするんだろうか。

 俺は取り敢えず、どんな顔をして対面するのが良いか、考えていた。

 灰色になっていた空が、どんどんと陽の光を浴びて青になっていくのを見守りながら。

 

「そう、だな……じゃあ、()()()()、と言うとするか」




ありがとうございました!

時雨戦、物足りない感があったと思います。
すみません。

日常編を入れたら、ついに不知火戦です。
時雨戦の分、不知火を盛り上げます。

ではでは!

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