大体このタイトルでわかる方がいるでしょうが、日常話は終わりです。
ただ、この後に続かないというわけでもないので、日常話を楽しみにしている方へ。大丈夫です。
では、本編どうぞ!
夕食を作り終えて、各々が各々、部屋でそれぞれの時間を過ごしていた。
俺は夜の自主特訓。妖夢がいないことに、若干の寂しさを感じる。
それがさらに、冷たい夜風によって胸の中で膨張していく。
紅葉も散ってしまい、あたりには閑散とした雰囲気が漂っている。
十一月に既に入ってしまい、肌寒いと感じるこの季節。
そんな冷涼を携えた空間で、一人神憑で空気を切り裂いていた。
手元に持っている神憑が、いつもよりも重く感じる。
重苦しい雰囲気に気圧されているのだろうか。
今になって、黒幕のプレッシャーに押されているのだろうか。
恐らく、どちらもだろう。
もう後二人の黒幕。当然、あの叢雲よりも強いだろう。
俺が叢雲に一瞬で勝てたのは、妖夢の功績によるものが大きい。
さらには、妖夢が戦って尚、負けかける程の強さ。
それを凌ぐ敵の力に、見えない圧力に追い込まれているのだろう。
……いや、どちらでもないか。
リベレーションのその先。俺は、ずっとそのことが気になっていた。
無心で神憑を振りながら、頭の中で思考を巡らせていた。
栞が隠そうとするほど、重要な問題。しかし、逆に言えばそれだけ重要なことを隠さなければならない、ということ。
本当に重要なことなら、真っ先に伝える必要がある。それは栞も理解の上だろう。
でも、それができない。しようとしない。それなりの理由あってのこと、なのだろう。
心のなかでそう結論付けても、どうにも腑に落ちない。
これからの戦い、いつリベレーションが通用しなくなるかわからない。
それこそ、次の戦いでは既に、通用しなくなっているのかもしれない。
だから――
いつの間にか眠気に襲われていて、部屋に戻る。
障子を開けるが、そこには妖夢の姿がない。
妖夢曰く、「これ以上天君といると、心も体もどうにかなってしまいそうだから、今日だけ」とのこと。
嬉しいのか、悲しいのかわからなくなってくる。
静かに布団を敷いて、栞に挨拶をする。
「おやすみ、栞」
「うん。明日も頑張ろうね」
目を閉じると、容赦なく睡魔が襲い掛かってきて、重かった瞼をさらに重くする。
消えかける視界の先に映ったのは、妖しく光る月光だった。
―*―*―*―*―*―*―
「あぁ~あ、やっと『一人で』寝たよ。いつもあの銀髪剣士とイチャついて寝るんだもの。機会がなさすぎるって~の」
「そうか。じゃあ……
「おうとも。勿論さ。……じゃ、天殺し、行ってくるよ!」
そうさ、最初からこうしておけばよかったんだ。
どうして気付かなかったんだろう。
俺は勢い良く飛び出し、白玉楼へ向かう。
暫く飛んで、白玉楼が見えてくる。
重々しい暗闇と静寂に包まれていて、
ローブを羽織り、もう俺の顔は一切見えないだろう。
手に俺の武器――槍を持って、白玉楼に忍び込む。
廊下をほぼ無音で歩きつつ、向かう先は天の寝室。
障子をまたも音無く開け、天に向かって槍を構える。
振り下ろすと同時に、部屋中に大声が響いた。
「危ない! 天! 起きて!」
へぇ、やっぱり栞はいたのか。まぁ、いい。
今更何をしたって、もう手遅れだ。この攻撃は絶対に通る。
さぁ、今から、天の暗殺が始まるよ――?
―*―*―*―*―*―*―
「がはっ……あ……!?」
栞の大声に、腹部に突き刺さる激痛に、俺は目を覚ました。
腹には大きく槍が刺さっており、布団や服、目の前に立つ者のローブに、血飛沫が。
自分の置かれている状況が理解できない。
ただわかることは、自分がかなり危険な状態であることのみ。
「あ……あぁぁああ――~~~~!」
あまりの突然の激痛に、叫び声を上げようとした。
けれど、目の前のローブのやつに口を塞がれた。
「ほ~らほら。妖夢ちゃん、起きちゃうよ~? だからぁ~静かに、死んでね?」
声と手の感触からして、男だろうか。
こいつが、妖夢に接触した可能性もある。
そして、それよりも。自分の隣に、死の危険が這い寄っている。
悍ましい程の震え。
あらゆる感覚から、自らの死を予感する。そして、直感した。これは、今までで一番死の淵に立たされている、と。
一歩踏み出したら崩れる崖の上で、自分を押そうと迫ってくる腕。恐怖が、段違いだ。
男が槍を俺の腹部から抜いた瞬間、再び襲われる激痛に顔を
それと同時に、自分の口から湧き上がる、血の滝。恐怖が、増幅する。
けれど、痛みにうずくまっているだけでは、殺される一方だ。
俺の体が自由になった一瞬の隙を見逃さず、抜け出す。
抜け出し、抵抗の声をあげようとする。
「リベレーシ――」
「おおっとぉ!」
ローブの男に思い切り蹴られ、壁に叩きつけられる。
背中に思い切り衝撃が走り、起き上がる気力も削がれていく。
段々と体の自由がきかなくなり、思うように動けなくなっていく。
「がっ、はあ……!」
「全く、抵抗しないでくれよ? 動いたら、殺せないからさぁ?」
フードの向こうで、男の歪な笑いが形になった。
恐怖が、再び襲い掛かってくる。
その冷徹な笑いは、狂気の域を超えている。狂っているとは、到底言葉足らずだろう。
檮杌やフェンリルとは違う、恐怖の形。
――こいつは、俺を殺すのを、楽しんでいる……!
「はい、じゃあね?」
そう思った瞬間に、俺に槍が突き刺さろうとして。
俺は、首にかかったペンダントを手に握り締めた。
このペンダントだけは、傷を付けたくない。
もうこの攻撃を避けられないことはわかっている。
死ぬか死なないか。それはもう俺に決められることじゃない。
なら、悔いのない選択をしたい。それが、ペンダントを握ることだった。
死ぬにしても、このペンダントを大切にして、死にたい。
そう、思った。
―*―*―*―*―*―*―
朝起きて、私の隣に彼がいないことを寂しく思う。
布団の中に感じる暖かさが足りないことに恋しくなりつつも、台所へ向かう。
朝食を作っていて、天君が起きてこない。
まぁ、たまには寝坊くらいは誰にでもあるだろう。
私も時々、天君に朝食を任せてしまうこともある。ハードな修行で疲れたのだろう。
今日の朝くらいは、休ませてあげようか。
しかし、そう思ったのも少しの間だけだった。
朝食が作り終わっても、一向に起きてくる気配がない。
もうすぐ食べる時間なので、起こしに行こう。
そして、廊下を歩いていて気が付いた。
天君の部屋に行くにつれて、異臭が強くなっていることに。
どこかドロドロとしていて、鼻を刺す、鉄の匂い。
それは、ある部屋の障子の前で一番強くなった。
そう――天君の部屋の前で。
障子を開ける前に、ふと考えついた。
この嫌な匂い、錆びついた金属の匂いはまるで――
私の視界には、赤一色の血液の色が広がっていた。
飛沫となって天井、壁、床に。布団に至っては、血を吸っている。
その異様な光景が目に飛び込んだ瞬間、自分の中から吐き気が。
そして、気分を悪くしながら、一番大きな血溜まりを見つけた。
壁の隅に寄りかかっていて、お腹には大きな長い槍が突き刺さっている人。
その人の周りは畳は血を吸いきって、もう池ができてしまっている。
項垂れているような姿勢で、座っている。
私は、この人が誰か、知っている。
嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
いやだ、いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだ。
全身から力が抜け、その場にへたり込む。
嘔吐感は引いたようで、強くなったようで、曖昧だった。そんなことは、もうどうでもよかった。
ただ、私に見えたのは、さらなる絶望だった。
――手に大切そうに握られた、鎖。いや、ネックレスのチェーンとなる部分。
「あ……あ、あ、あぁぁ――~~~~~!」
叫びたかった。大声で叫びたかった。
けれど、ここで叫んだら、何もかもが前と変わっていないことになる。
私は、今までの過ちを、もう一度繰り返すつもりなのだろうか。
私は、無理矢理に口を塞ぎ、叫び声を押しとどめた。
叫び声と共に、自分の中で暴れ狂う様々な感情も嚥下する。
「――幽々子様! 相模君!」
私は二人の元へ飛んでいった。バタバタと大きな音を立てて、廊下を全力疾走。
二人を起こして、天君の部屋に連れていく。
連れてきた時の二人の顔は、ひどいものだった。
相模君も、幽々子様も、悲壮の一語で表せるだろう。そんな表情。
歪められた顔は一瞬で終わり、二人は天君の脈を取り始めた。
「……! まだ息はある! 紫さん! 天を運んで!」
相模君の悲鳴にも似た声が響き、紫様のスキマが天君を飲み込んだ。
私には、もう何もできなかった。
ただ座り込むだけで、何も。
涙は無意識の内に流れ始めて、視界が霞んだ。
―*―*―*―*―*―*―
「……ねぇ、この血文字の『BC』って何?」
幽々子さんが、さっきまで天がもたれかかっていた壁を指差して言う。
「BC……?」
そこには、天のものだったであろう血で、アルファベットの「BC」が書かれていた。
紀元前のことか……? いや、この状況で、血文字で紀元前など書くわけがない。
いや、しかし、これくらいしか思い浮かばない。
どれだけ考えても……あぁ、まぁ、天ならやりかねないかな?
どれだけピンチでも、周りを考える天なら。
間違っているかもしれないけれど、まぁ、イメージダウンとかにはならないし。
それに、そもそも間違っていない気もするし。
「これ、英語の略だろうね。……Be Careful――気を付けろ、だと思うよ」
「「…………」」
二人の沈黙が重なった。
十中八九、これは黒幕の一人からの闇討ちだろう。
だから、気を付けろ。闇討ちされないように。そんな意味。
自分の生死の狭間で、周りに潜んでいる危険に対する、警告。
命を燃やした、メッセージ。
自分の命を諦めてでも、警告を優先したのだろう。
それは恐らく、とても難しいことなのだろう。
自分の命は、誰だって大切だ。だから、こんなことを考える暇もない。
けれど、天は違った。そこまで考えが回った。
自分よりも大切だと思う存在に、自分を投げ打って。
「……ごめんなさい。私、ちょっと外の風に当たってくるわ」
そう言って、部屋を出て行く幽々子さん。
俺には、見えた。一瞬だけ。
彼女の頬を伝う、一筋の涙が。
ありがとうございました!
ここ二話で、文字数が減ってきています。
気を付けなければ。
ではでは!