東方魂恋録   作:狼々

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どうも、狼々です!

大体このタイトルでわかる方がいるでしょうが、日常話は終わりです。
ただ、この後に続かないというわけでもないので、日常話を楽しみにしている方へ。大丈夫です。

では、本編どうぞ!


第63話 Be Careful

 夕食を作り終えて、各々が各々、部屋でそれぞれの時間を過ごしていた。

 俺は夜の自主特訓。妖夢がいないことに、若干の寂しさを感じる。

 それがさらに、冷たい夜風によって胸の中で膨張していく。

 

 紅葉も散ってしまい、あたりには閑散とした雰囲気が漂っている。

 十一月に既に入ってしまい、肌寒いと感じるこの季節。

 そんな冷涼を携えた空間で、一人神憑で空気を切り裂いていた。

 手元に持っている神憑が、いつもよりも重く感じる。

 

 重苦しい雰囲気に気圧されているのだろうか。

 今になって、黒幕のプレッシャーに押されているのだろうか。

 恐らく、どちらもだろう。

 

 もう後二人の黒幕。当然、あの叢雲よりも強いだろう。

 俺が叢雲に一瞬で勝てたのは、妖夢の功績によるものが大きい。

 さらには、妖夢が戦って尚、負けかける程の強さ。

 それを凌ぐ敵の力に、見えない圧力に追い込まれているのだろう。

 

 ……いや、どちらでもないか。

 リベレーションのその先。俺は、ずっとそのことが気になっていた。

 無心で神憑を振りながら、頭の中で思考を巡らせていた。

 栞が隠そうとするほど、重要な問題。しかし、逆に言えばそれだけ重要なことを隠さなければならない、ということ。

 

 本当に重要なことなら、真っ先に伝える必要がある。それは栞も理解の上だろう。

 でも、それができない。しようとしない。それなりの理由あってのこと、なのだろう。

 心のなかでそう結論付けても、どうにも腑に落ちない。

 

 これからの戦い、いつリベレーションが通用しなくなるかわからない。

 それこそ、次の戦いでは既に、通用しなくなっているのかもしれない。

 だから――

 

 いつの間にか眠気に襲われていて、部屋に戻る。

 障子を開けるが、そこには妖夢の姿がない。

 妖夢曰く、「これ以上天君といると、心も体もどうにかなってしまいそうだから、今日だけ」とのこと。

 嬉しいのか、悲しいのかわからなくなってくる。

 

 静かに布団を敷いて、栞に挨拶をする。

 

「おやすみ、栞」

「うん。明日も頑張ろうね」

 

 目を閉じると、容赦なく睡魔が襲い掛かってきて、重かった瞼をさらに重くする。

 

 

 消えかける視界の先に映ったのは、妖しく光る月光だった。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「あぁ~あ、やっと『一人で』寝たよ。いつもあの銀髪剣士とイチャついて寝るんだもの。機会がなさすぎるって~の」

「そうか。じゃあ……()()()()()()()()()()

「おうとも。勿論さ。……じゃ、天殺し、行ってくるよ!」

 

 そうさ、最初からこうしておけばよかったんだ。

 どうして気付かなかったんだろう。

 

 俺は勢い良く飛び出し、白玉楼へ向かう。

 

 

 暫く飛んで、白玉楼が見えてくる。

 重々しい暗闇と静寂に包まれていて、暗殺(アサシン)には絶好の環境。

 ローブを羽織り、もう俺の顔は一切見えないだろう。

 

 手に俺の武器――槍を持って、白玉楼に忍び込む。

 廊下をほぼ無音で歩きつつ、向かう先は天の寝室。

 

 障子をまたも音無く開け、天に向かって槍を構える。

 振り下ろすと同時に、部屋中に大声が響いた。

 

「危ない! 天! 起きて!」

 

 へぇ、やっぱり栞はいたのか。まぁ、いい。

 今更何をしたって、もう手遅れだ。この攻撃は絶対に通る。

 

 さぁ、今から、天の暗殺が始まるよ――?

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「がはっ……あ……!?」

 

 栞の大声に、腹部に突き刺さる激痛に、俺は目を覚ました。

 腹には大きく槍が刺さっており、布団や服、目の前に立つ者のローブに、血飛沫が。

 自分の置かれている状況が理解できない。

 

 ただわかることは、自分がかなり危険な状態であることのみ。

 

「あ……あぁぁああ――~~~~!」

 

 あまりの突然の激痛に、叫び声を上げようとした。

 けれど、目の前のローブのやつに口を塞がれた。

 

「ほ~らほら。妖夢ちゃん、起きちゃうよ~? だからぁ~静かに、死んでね?」

 

 声と手の感触からして、男だろうか。

 こいつが、妖夢に接触した可能性もある。

 

 そして、それよりも。自分の隣に、死の危険が這い寄っている。

 悍ましい程の震え。(おびただ)しい量の血液。それによる鉄の匂いの充満。

 あらゆる感覚から、自らの死を予感する。そして、直感した。これは、今までで一番死の淵に立たされている、と。

 一歩踏み出したら崩れる崖の上で、自分を押そうと迫ってくる腕。恐怖が、段違いだ。

 

 男が槍を俺の腹部から抜いた瞬間、再び襲われる激痛に顔を(しか)める。

 それと同時に、自分の口から湧き上がる、血の滝。恐怖が、増幅する。

 けれど、痛みにうずくまっているだけでは、殺される一方だ。

 俺の体が自由になった一瞬の隙を見逃さず、抜け出す。

 

 抜け出し、抵抗の声をあげようとする。

 

「リベレーシ――」

「おおっとぉ!」

 

 ローブの男に思い切り蹴られ、壁に叩きつけられる。

 背中に思い切り衝撃が走り、起き上がる気力も削がれていく。

 段々と体の自由がきかなくなり、思うように動けなくなっていく。

 

「がっ、はあ……!」

「全く、抵抗しないでくれよ? 動いたら、殺せないからさぁ?」

 

 フードの向こうで、男の歪な笑いが形になった。

 恐怖が、再び襲い掛かってくる。

 その冷徹な笑いは、狂気の域を超えている。狂っているとは、到底言葉足らずだろう。

 

 檮杌やフェンリルとは違う、恐怖の形。

 

 ――こいつは、俺を殺すのを、楽しんでいる……!

 

「はい、じゃあね?」

 

 そう思った瞬間に、俺に槍が突き刺さろうとして。

 俺は、首にかかったペンダントを手に握り締めた。

 このペンダントだけは、傷を付けたくない。

 

 もうこの攻撃を避けられないことはわかっている。

 死ぬか死なないか。それはもう俺に決められることじゃない。

 なら、悔いのない選択をしたい。それが、ペンダントを握ることだった。

 死ぬにしても、このペンダントを大切にして、死にたい。

 そう、思った。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 朝起きて、私の隣に彼がいないことを寂しく思う。

 布団の中に感じる暖かさが足りないことに恋しくなりつつも、台所へ向かう。

 

 

 朝食を作っていて、天君が起きてこない。

 まぁ、たまには寝坊くらいは誰にでもあるだろう。

 私も時々、天君に朝食を任せてしまうこともある。ハードな修行で疲れたのだろう。

 今日の朝くらいは、休ませてあげようか。

 

 しかし、そう思ったのも少しの間だけだった。

 朝食が作り終わっても、一向に起きてくる気配がない。

 もうすぐ食べる時間なので、起こしに行こう。

 

 そして、廊下を歩いていて気が付いた。

 天君の部屋に行くにつれて、異臭が強くなっていることに。

 どこかドロドロとしていて、鼻を刺す、鉄の匂い。

 

 それは、ある部屋の障子の前で一番強くなった。

 そう――天君の部屋の前で。

 

 障子を開ける前に、ふと考えついた。

 

 この嫌な匂い、錆びついた金属の匂いはまるで――

 

 

 私の視界には、赤一色の血液の色が広がっていた。

 飛沫となって天井、壁、床に。布団に至っては、血を吸っている。

 その異様な光景が目に飛び込んだ瞬間、自分の中から吐き気が。

 そして、気分を悪くしながら、一番大きな血溜まりを見つけた。

 

 壁の隅に寄りかかっていて、お腹には大きな長い槍が突き刺さっている人。

 その人の周りは畳は血を吸いきって、もう池ができてしまっている。

 項垂れているような姿勢で、座っている。

 

 私は、この人が誰か、知っている。

 

 嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 いやだ、いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだ。

 

 全身から力が抜け、その場にへたり込む。

 嘔吐感は引いたようで、強くなったようで、曖昧だった。そんなことは、もうどうでもよかった。

 ただ、私に見えたのは、さらなる絶望だった。

 

 ――手に大切そうに握られた、鎖。いや、ネックレスのチェーンとなる部分。

 

「あ……あ、あ、あぁぁ――~~~~~!」

 

 叫びたかった。大声で叫びたかった。

 けれど、ここで叫んだら、何もかもが前と変わっていないことになる。

 私は、今までの過ちを、もう一度繰り返すつもりなのだろうか。

 

 私は、無理矢理に口を塞ぎ、叫び声を押しとどめた。

 叫び声と共に、自分の中で暴れ狂う様々な感情も嚥下する。

 

「――幽々子様! 相模君!」

 

 私は二人の元へ飛んでいった。バタバタと大きな音を立てて、廊下を全力疾走。

 二人を起こして、天君の部屋に連れていく。

 

 連れてきた時の二人の顔は、ひどいものだった。

 相模君も、幽々子様も、悲壮の一語で表せるだろう。そんな表情。

 歪められた顔は一瞬で終わり、二人は天君の脈を取り始めた。

 

「……! まだ息はある! 紫さん! 天を運んで!」

 

 相模君の悲鳴にも似た声が響き、紫様のスキマが天君を飲み込んだ。

 私には、もう何もできなかった。

 ただ座り込むだけで、何も。

 

 涙は無意識の内に流れ始めて、視界が霞んだ。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「……ねぇ、この血文字の『BC』って何?」

 

 幽々子さんが、さっきまで天がもたれかかっていた壁を指差して言う。

 

「BC……?」

 

 そこには、天のものだったであろう血で、アルファベットの「BC」が書かれていた。

 紀元前のことか……? いや、この状況で、血文字で紀元前など書くわけがない。

 いや、しかし、これくらいしか思い浮かばない。

 

 どれだけ考えても……あぁ、まぁ、天ならやりかねないかな?

 どれだけピンチでも、周りを考える天なら。

 

 間違っているかもしれないけれど、まぁ、イメージダウンとかにはならないし。

 それに、そもそも間違っていない気もするし。

 

「これ、英語の略だろうね。……Be Careful――気を付けろ、だと思うよ」

「「…………」」

 

 二人の沈黙が重なった。

 十中八九、これは黒幕の一人からの闇討ちだろう。

 だから、気を付けろ。闇討ちされないように。そんな意味。

 

 自分の生死の狭間で、周りに潜んでいる危険に対する、警告。

 命を燃やした、メッセージ。

 

 自分の命を諦めてでも、警告を優先したのだろう。

 それは恐らく、とても難しいことなのだろう。

 自分の命は、誰だって大切だ。だから、こんなことを考える暇もない。

 

 けれど、天は違った。そこまで考えが回った。

 自分よりも大切だと思う存在に、自分を投げ打って。

 

「……ごめんなさい。私、ちょっと外の風に当たってくるわ」

 

 そう言って、部屋を出て行く幽々子さん。

 俺には、見えた。一瞬だけ。

 

 彼女の頬を伝う、一筋の涙が。




ありがとうございました!

ここ二話で、文字数が減ってきています。
気を付けなければ。

ではでは!

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