東方魂恋録   作:狼々

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どうも、狼々です!

今回、叢雲戦スタート!
ただ、ちょっと敵がゲスくなります。

主人公サイドの登場人物を引き立たせるには、これも必要。
落とせるラインまで落とします。最高にゲスく。

と言っても、そこまでではないのですが。

では、本編どうぞ!


第56話 ただいま

 三ヶ月が経っても、彼は目覚めない。

 いつまで経っても、どれだけ待っても、瞼が開くことはない。

 瞼だけでなく、心も閉ざされているような気がして、私の胸は痛むばかり。

 

 けれど、どれだけ悲しくても、涙の一滴すら流せない。

 悲しさを表現する(すべ)を一つ、失ってしまっている。

 感情の欠如が私に(もたら)すものは、どれだけ価値あったものなのだろうか。

 それさえも、わからなくなってしまった。

 

 置いてきた感情とは裏腹に、進み続ける時計の針。

 けれど、私の中の時は、彼が目を閉じたその瞬間から、止まっていた。

 私の中の止まっていた時計が動き出したのは、彼のおかげ。

 しかし、彼が歯車として抜けてしまった今、再び時間が止まる。

 

 遡行するでもなく、進行するでもなく、ただただ立ち止まっている。

 周りの景色がどんどんと色()せて、灰色で塗りつぶされていくのが、手に取るようにわかる。

 どれだけ色を付けようとも、それはまた灰色で重ねられる。

 

 無気力を象徴するかのようなその色は、私の景色も、心も塗りつぶしていく。

 貴重な色が、時間が、景色が、心が。

 次第に遠ざかって、見えなくなる。

 歩むこともできないし、歩んでも手が届かない。届いても、指の間をすり抜ける。

 

 それを、何回、何十回、何百回繰り返したことだろうか。

 頑張って、叶わないで、諦めて、背中を押して、頑張って。

 何回繰り返そうとも、手が届いたことは、この二ヶ月間で一度もなかった。

 

 目の前に彼はいるのに、彼が遠くに感じる。

 いや、それとも、私が後退しているのだろうか。

 後退することを、望んでいるのだろうか。

 そう考えたけれど、後退する術も持っているはずがなかったんだ。

 私が、彼に背を向けるなんてこと、できるはずがなかったんだ。

 

 これが夢であれば、夢であればよかったと、どれだけ思っただろうか。

 本当はまだ私は目覚めていないで、気絶したまま。

 目を覚ますと、彼はもう目を覚ましている。

 

 そんな氷の様に(もろ)く、儚く、冷たい夢を、何回望んだだろうか。

 

 ……いや、これが全部。全部全部全部全部、全部全部、夢なんじゃないだろうか?

 

 幻獣や黒幕は最初から存在せず、天君も、勿論相模君も、幻想郷に現れない。

 白玉楼で幽々子様と一緒に、一人で修行を積む。

 これが現実で、私が生きているこの世界こそが、夢なんじゃないか。

 

 あぁ、なんていい夢なんだろうか。

 彼と出会って、初恋をして、恋が叶って、恋人同士になって、抱き合って、キスをして。

 夢心地が溢れて止まない。そんな、()()()()夢。

 

 わかっている。理想だと、所詮は滲む一方の理想だと。

 けれど、そんな弱い存在にも、縋り付きたい。その一心。

 悪夢のようで、瑞夢(ずいむ)のような、理想の夢に。

 バイノーラル音声が、頭に反響するような、理想の夢に。縋りたかった。

 

 氷には既にヒビが入っていて、もう少しで砕けそうだ。

 私がこのヒビを広げて、砕くに至るまで、どのくらいかかるのだろうか……?

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「時雨~。アタシは準備終わったよ~」

「お、ようやくかい。もうあれから三ヶ月経ったよ? 十月だよ?」

「武器の整備に手間取ったりとか、色々あったのよ。じゃ、行こうか」

 

 二人で頷いて、灰色のローブを被り、顔が周りに見えないようにする。

 俺が提案したのは、俺と叢雲の、()()()()()ことになっている。

 俺はその案のためだけに出て、終わったらすぐに戻ってくる。

 

「じゃあ不知火、行ってくるよ」

「アタシも行ってくる。天もいないし、不意打ちすればもう勝てそうだけどね?」

 

 そう、今の状態の妖夢なら、確実に殺れるだろう。

 天が昏睡状態になって三ヶ月余り、まだアイツは起きていない。

 その期間で、妖夢の精神状態が狂った。

 

 そんな妖夢が、不意打ちに対応できるわけがない。

 ――それに、俺の案を使うなら、さらに成功しやすくなる。

 

「あぁ、頼んだ。ただ、油断はするなよ」

「オッケー」

 

 二人で答えて、外に出る――

 

 

 

 

 

 

 ――暫く()()()()()、人里に着いた。

 今は昼少し後。妖夢が一人で買い物に来ている。

 ベストタイミングだろう。

 

「じゃ、叢雲はあっちに急いで向かってくれ」

「了解」

 

 叢雲が妖怪の山にトップスピードで向かったのを確認して、人里に降りる。

 歩いて妖夢に近づき、話しかける。

 

「妖夢さん、貴女に大切なことを伝えに来ました」

「え……? わ、私にですか? そ、それよりも。貴方は――」

 

 疑われる前に、妖夢にさらに近づいて、人里の人々に聞こえないように。

 あくまでも、妖夢一人にのみ聞こえるようにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()。どうしても妖夢さんと会いたいとのことで、密かに伝えに来ました」

「え、え!? い、いやでも、朝は目覚めて――」

「つい先程、目覚められたのです。まだこのことが公に伝わらない内に、妖夢さんと会いたい、と」

「わ、わかりました。ど、どこに……?」

「はい、()()()()()()()()です」

 

 そう言うと、妖夢はかなりのスピードで、妖怪の山へ向かった。

 人里の皆は、そんな妖夢を見ていて驚いている。

 

 

 

 ――それもそのはずだ。ここ最近見せていなかった、()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 俺はすぐに人里を発ち、不知火の元に戻る。

 

 

 

 

 

 俺は飛んでいる最中、深い闇の笑みを浮かべていた。

 誰もいなくなった空中で、ついに声に出てしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっははははは! ()()()()()()()()()ねぇ!? あの喜びようと言ったら……あぁ! ダメだ、笑いが止まらない! あははははははぁ!」

 

 叢雲を向かわせた先は――勿論、()()()()()()()()

 妖夢をが完全に油断したところを、叢雲が刺す。

 罠にかかった鳥を撃ち殺すほど、簡単な狩りはない。

 

「あははぁ……妖夢ぅ……お前は、どんな顔で絶望するんだろうなぁ……? ふはっ……!」

 

 最後に思いきり笑い、急いで不知火の元へ。

 早く、早く戻って、最初の希望の顔から絶望に変えられる顔が、みたいがために。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 ――やっぱり、まだ俺は目覚めねぇ、か……

 

 三ヶ月経った今でも、起きる気配が全くない。

 正直、少し諦めも入っている。

 

 ――早く目覚めた方が、いいと思うぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 ――そろそろ、起きる時間じゃねぇのか?

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 天君が、起きた。

 私の体を突き動かす理由としては、十分過ぎる言葉だった。

 

 急がずにはいられなかった。目を輝かせずにはいられなかった。

 笑顔を抑えずにはいられなかった。期待せずにはいられなかった。

 

 魔法の森について、もう既にかなり奥深くに着いた。

 そこで、灰色のローブを被った人物が、一人立っていた。

 私に気付くと、右手を少し上げてくれた。表情は見えなかったが、笑っているように感じた。

 

「天君!」

 

 全力疾走で走っていく私。

 そして、すぐ近くまで来て、抱きつこうとして気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ローブの人物が、()()()()()()()()()()()ことに。

 

 瞬間、危険を本能で察知した。けれど、そんなものは無駄だった。

 目にも留まらぬ速度で細剣(レイピア)の刀身が見え、太陽の光を反射する。

 

 その光はそのまま私の胴体に向かい、二回、三回と、貫いていく。

 

「ガフッ……!」

 

 血を吐きながら、懸命に距離を取る。不幸中の幸いか、致命傷はない。

 

「あら、外しちゃった、なんてね。もっと苦しんで絶望した顔が見たかっただけよ?」

 

 ローブから聞こえる声は、明らかに女性のものだった。

 

「そ、天君、は……?」

「……はあ~ぁ、まだ信じてるの? ()()()()()()()()()()()!? 面白さが一周回って呆れるわよ、それ」

「……!」

 

 ほんの少し前に、それはわかっていた。武器も声も、全く違った。

 けれど、一度抱いてしまった希望を、本物と呼びたいがために否定したかった。

 その想いも、儚く散って、消えていった。

 

 私の目から、光がなくなっていくのがわかる。

 悲しいけれど、やはり涙は一滴も流れない。

 

「あらら……こりゃまた壊れてるね。いいねぇ、その顔! ゾクゾクするわ~……」

 

 ローブから覗く顔が、恍惚としている。

 邪魔だと言わんばかりにローブが外され、宙に舞った。

 

 セミロングの赤の瞳と、同じく赤の攻撃的な吊り目。

 身長は天君と同じくらいか少し低いほどの、かなり長身。

 笑顔はどこか不気味でいて、冷徹さを醸し出している。

 

「じゃ、じゃあ、貴女は、誰……?」

「アタシ? アタシは叢雲。アイデアライズ――アンタ達の言葉を借りると……黒幕だ」

 

 あの、三人の内の一人。

 あれほどの強さを持つ幻獣を、使役する三人の、一人。

 

「さぁ、もっとその悲しそうなカオ、見せてごらんよ!」

 

 そう言って、足に赤の霊力が集まり、瞬時に空けた間を詰めた。

 私はまず、叢雲が霊力を使いこなしていることに驚いた。

 加速も上手くいっていて、霊力の使用に無駄が一切ない。

 

 はっとなって、楼観剣を抜き、細剣(レイピア)を受け流し続ける。

 しかし、細剣(レイピア)と刀じゃあ、重さが違う。

 連続攻撃に長けた細剣(レイピア)は、私に少しずつ、小さな穴を空け、血液を噴出させる。

 

 防戦一方じゃ、負ける……!

 白楼剣も抜いて、両方で受け流しつつ、隙が出来たら相手を斬りつける。

 が、それさえも避けられ、距離を取られる。

 

「おっとと、危ない危ない。案外侮れないね、アンタ。さっさと終わらせないと人来ちゃうし、しょうがないよね~」

 

 退屈そうに、はたまた残念そうにそう言うと、細剣(レイピア)に霊力が集まった。

 危険を察知して、警戒心を高める。

 

 叢雲が細剣(レイピア)を、空中に刺突し始める。

 赤の弾幕がそこらじゅうに残り、数が十秒ほどで数え切れない数になる。

 細剣(レイピア)の動きが止まり、赤の弾幕が私の上空を含む、周囲全てを包囲する。

 

「棘符『血塗られた剣弁(けんべん)の薔薇』」

 

 叢雲が指を鳴らすと、周りの針型の弾幕が一気に私に向かって飛ぶ。

 

「はあぁっ!……うぐぅ……!」

 

 半分程は両刀で弾いたが、もう半分は思い切り私の体中を貫通した。

 霊力が針型で集中している分、貫通しやすくなっている。

 本当は、今すぐに倒れてしまっていただろう。

 

 けれど、幻想郷と天君を守るという私の強い意志が、私を立たせ続ける。

 

「へぇ~……これを喰らってまだ……いいわね、いいわよ!」

 

 目をぎらりと光らせ、口元を歪ませている。

 その表情には、並々ならぬ恐怖を感じた。

 

 でも、守らないと……!

 

 その想いが私を突き動かした。

 刀を杖のようにして体勢を安定させ、スペルカード。

 

「人鬼『未来永劫斬』!」

 

 瞬時に相手との間合いをゼロにして、斬撃を幾つも叩き込む。

 最初の数回は避けられたものの、残り十回ほどは、かするかまともに斬ったかできた。

 すぐに距離をとって、攻撃を受けないようにする。

 

 もう回避する気力もなく、距離を取った瞬間、膝をついてしまう。

 

「うあぁっ! ……へぇ、そんなに死にたいの? 心配しなくとも、今すぐにでも殺してあげるわ。もう貴女の絶望色の顔は見飽きたしね」

 

 そう言って、叢雲が半秒も経たずに、50mほどの距離を詰め、再び距離はゼロに。

 大きく振りかぶって、突き出される。

 

 その先は――()()()()

 

 閃光が、私の心臓へ、向かって、貫いて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いる()()()()()

 

 

 私の胸の少し前で、細剣(レイピア)が止まり、耳を刺す金属音が響いた。

 私は衝撃に流され、後ろに吹き飛ばされ、やがて止まり、地面に横たわる。

 その最中にみた叢雲の顔は、驚きで満ちていた。

 

「う、あ……」

「なにッ!? あ、アンタ、なにして――」

 

 私も何が起きたかわからず、自分の胸元を見る。

 

 

「あ……あ、あ、あぁっぁぁああっぁ……」

 

 

 

 

 

 私は、胸元にあった()()を握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()。これが、私の命を繋いでくれた。

 

 

 

 

 瞬間。自分の目から。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()。いきて、いきて、かれにあいたい。

 

 

 本来、生の欲と死の欲が欠けている半人半霊にとって、こんなことは思えない。

 けれど、私は確かに、生きたい。

 生きて、彼に会いたい……!

 

「ま、まぁいいよ。次で本当に最後だ。……死ねッ!」

 

 叢雲がそう言いながら、私の目の前に来て、細剣(レイピア)を前に。

 今度は、確実に心臓を貫くだろう。

 

 もう、私は動けない。

 誰も、周りにいない。

 

 私は、どこまでもどこまでも、弱くなってしまう。

 けれど、けれど――! 求めずには、いられなかった。

 

 

 

 

「たす、けて……そら、くん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()。耳をつんざく、高音。

 私は何もしていないし、衝撃も伝わっていない。

 叢雲も周りを見渡すが、依然として驚いたまま。

 

 もしかしたら……()()()()()()()()……?

 

 

 

 そう思った瞬間、上を向いた叢雲が、突然後ろに飛び退いた。

 

 

 

 直後、その場所を刀が断った。

 

 

 

 

 ――刀には、見覚えがあった。

 

 刀の持ち主を見ようと、視線を上に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色の髪に、少し緑がかった黒のつり目に、高い身長。

 背中には神憑の鞘を背負っている、頼もしい背中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あぁ、ぁぁあぁあああ……! ()()()()()!」

 

 

 私がそう呼びかけると、彼は振り向いて、優しく笑ってくれた。

 あぁ、この笑顔を見るのを、どれだけ待ちわびただろうか。

 

「お疲れ様。よく頑張ったな、妖夢」

 

 彼の甘い声が、私の思考を埋め尽くす。

 心地いい響きが、私をもう一度泣かせた。

 

 そして、もっと明るく、優しい笑顔で、こう言ってくれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――()()()()()()()。」

 




ありがとうございました!

いかがでしたか? 天君はかっこよかったでしょうか?

妖夢ちゃんのピンチに、天君が目覚めて駆けつけるってやつをやりたかったのです。
そのためだけに、天君を三ヶ月寝かせました。調理ではありません。

……いや、いい味を出すという意味では、あってるのか……?

あ、あと、この話で第5章終了です。

ではでは!

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