今回、いつもと比べてかなり短めです。
すみません。
では、本編どうぞ!
黒の部屋に、一人の『黒』と一人の『白』が対峙している。
――全く、いつ俺は起きると思う?
さぁ? 一生起きないかもしれないし、すぐに起きるかもしれない。
――意外と薄情なのか? オレは栞をそんな風に思っていなかったんだがな?
栞は俺に対しては、結構献身的だったと思う。
オレに対してはどうか知らねぇけど。
違う違う。起きるに決まってるでしょ。天の
意志の強さ。戻ってくるという、思いの強さ。
俺にその思いがあるかどうか。
正直、それがあっても目覚める保証は、全くもってない。
けれど、それがあるのとないのとでは、決定的な何かが違う。
そんな気はする。
――そう言っておきながら、栞は何もしないんだな。
できるならとっくにしてるよ。ソラも私も、天に何も出来ない。何とかできるのは、天自身だけだよ。
その通りだ。オレも何も出来ない。
何回か呼びかけてはいるものの、意識が一向に覚醒する気配がない。
これ以上は、覚醒の予兆が無い限りは無駄だろう。
――それについては賛成だ。何やってんだか。
妖夢ちゃんが大事だったんだよ。それこそ、自分よりも、妖夢ちゃんがね。
――わからないな。
オレは、俺のことを一番わかっていて、一番わかっていない。理解できない。
俺にあって、オレにないもの。オレにあって、俺にないものは、一体化しない限りはわからないのだろう。
私から言わせると、どうしてソラが天に本当のことを言わないのか知りたいね。
――言ったら甘くなるだろ。本当に危険になった時、俺にオレを託すさ。
そう言って、オレは黒の部屋から去る。
間もなくして、『白』も立ち去る。
空っぽの空間には、『黒の色』だけが薄く張り付いていた。
―*―*―*―*―*―*―
「ね、ねぇお姉様、天お兄ちゃんはまだ起きないの?」
「まだ今は、ね。夕食を食べ終わったら、また一緒に見に行きましょうか」
私がフランにそう応えると、フランは満面の笑みを浮かべた。
天の容態を話した時は、絶望で塗りつぶされた表情をしていた。
けれど、自分から外にお見舞いに行くと言い出すまでになった。
……天は、フランを変えた。
夕食が終わって、日が出ていない時に、咲夜、私、フランの三人でお見舞いに。
永遠亭に着いたら、フランは走って病室に行って、悲しい顔をする。
それは多分、目覚めているかも、という淡い期待なのだろう。
けれど、その期待は毎回打ちひしがれる。
何度病室に来ても、彼の眠っている顔は変わらない。
フランはすぐにその顔を収めて、彼の手を握りながら、今日の出来事を楽しそうに語りかけるのだ。
美鈴と庭を散歩しただとか、咲夜の作ったおやつが美味しかっただとか。
パチュリーの難しい本を少しだけ読めたとか、私が優しくしてくれたことだとか。
下らない話かもしれないけれど、それを本当に楽しそうに話すフランを見ると、そうも思えない。
そして、時々天が笑っているんじゃないかと、錯覚する時もある。
昏睡状態なので、そんなことはありえないはずなのに。
けれど、フランだけじゃなく、咲夜と私、皆で一斉に錯角するのだ。
そうなったら、皆で笑う。
ありえないはずなのだけれど。
私たちは、それを“本物”だと信じている。信じ続けている。
信じると、その笑顔が“本物”になる気がするから。
「フラン、咲夜。そろそろ戻りましょう……また来るわ」
「はい、お嬢様。……早く起きるのよ。皆心配しているんだから」
「わかった、お姉様。……また明日ね、天お兄ちゃん」
病室から離れるのは、少し躊躇ってしまう。
寂しい気持ちが、溢れそうになる。
けれど、天には笑顔で別れると、三人で決めている。
天に笑顔を送って、紅魔館に戻る。
フランの顔つきが、どこか大人びていた。
―*―*―*―*―*―*―
う〜ん……叢雲の準備はまだ終わってないし……
妖夢って子をどうやって一人にさせるかが問題だ。
方法はこれから考えるとして、それなりの理由がないといけないわけだ。
適当な理由だったり、明らかにおかしい理由だと、逆に疑われる。
かと言って、大き過ぎる理由でも、人を集めるから妖夢一人にできない。
理想は、妖夢が疑わないかつ、騒ぎが小さいもの。
――あ、結構いいの思いついた。
騒ぎは小さく収められて、疑われない。
さらには、
「叢雲~。準備できたら言ってよ。いい案が思いついたんだ。――――ってしようと思うんだけど、どう?」
「へぇ、中々面白そうじゃない? それでいこうか」
俺と叢雲は、闇の深い笑みを同時に浮かべた。
底知れない闇の、光が一向に差し込まないような、深い笑みを。
―*―*―*―*―*―*―
昨日退院して、今はその翌日の朝。
どこか心が空っぽになりながらも、台所で朝食を作っていた時。
――ただいま、妖夢。
私の後ろで、大好きな彼の声が聞こえた。
「そ、天君!?」
後ろを振り向くけれど、そこには彼の姿はなかった。
「げん、ちょう……?」
とうとう、天君の声が聞こえてくるようになった。
天君は、まだ病院で眠っている。
それはわかっているのに、幻聴が聞こえた。
それだけ、自分が彼を欲し、求めているんだとわかった。
幻聴。それは所詮、幻。現実じゃない。
現実と理想の大きな差異。私が私自身に、幻聴を聞かせるほどに、大きな差異。
これが現実ではないということに、大きく落胆してしまう。
これが現実で、目の前に天君がいたら、どれだけ幸せだったことだろうか。
でも、私は決めたんだ。
今度は私が天君を守る、って。
こんな些細なことで、気を落とすわけにもいかない。
いつも私は、毎日二回、朝と夕に天君のお見舞いに行っている。
本当は、二回は行かなくてもいいのかもしれない。
けれど、そうした方が、天君が早く起きてくれる気がする。
一人分減った朝食を作ることに寂しくなりながらも、できた三人分の料理を運ぶ。
この朝食を作る時間に、一人分の朝食が早く増えることを願いながら。
―*―*―*―*―*―*―
妖夢が退院して、白玉楼に戻ってから二週間とちょっとが経った。
妖夢は、翔と一緒にいつものように修行はしている。
――ただ、たった一つだけを除いて、いつもの修行。
今日は朝食が終わって残るよう、翔に言っておいた。
今この部屋には、私と翔のみ。
妖夢が覗いている様子もない。
「ねぇ、翔。妖夢がもう危ないのはわかってるわよね?」
「えぇ。もう精神的に大分きてますね」
妖夢の様子が、白玉楼に戻って一週間ほどしてからおかしくなった。
幻聴だとか、幻視だとか、そういうのが見えたり聞こえたりしている。
天の声や、姿が見えたと言い始めては、落胆してを繰り返していた。
いつか精神が不安定になるのは、大体予想できていた。
けれど、こんなにも早い段階で症状が出るとは思わなかった。
それだけ、ショックだったのだろうか。
「妖夢があと何回かその様子を見せたり、症状が悪化したら、すぐに永遠亭に行かせて頂戴」
「なんで俺に言うんです? 妖夢ちゃんに直接言った方がいいですよね?」
確かに、そう。
けれど、妖夢の性格は、私が一番よく知っている。
私は、彼女の主人だもの。
「きっと妖夢のことだから、無理をして修行をするわ。だから、妖夢の様子を正確に見てほしいの」
「……なるほど。それもそうですね。了解です。じゃ、俺はこれで」
そう言って、翔が立ち上がり、部屋から出ていく。
正直、妖夢には今すぐにでも、永遠亭に行ってほしい。
けれど、あまり妖夢の決意を曲げるようなこともしたくないのた。
だけど、これ以上悪化したら、やむを得ないだろう。
このまま症状が軽くなるとも思えないけれど、できるだけ頑張ってほしい。
私にできることは、それを見守ること。
そして――彼が起きることを、祈ること。
―*―*―*―*―*―*―
修行も夕食も終わって、お見舞いに行く時間になった。
このお見舞いの時間が、私の唯一の癒やしの時間にも思えた。
しばらく飛んで永遠亭に着いて、彼の病室へ。
扉を開けると、窓から差し込む月光に照らされている、彼の姿。
今日も安らかな顔をして目を閉じている。
「こんばんは、天君。今日はですね――」
その日の出来事を、詳細に語りかける。これが、夜のお見舞いの決め事。
いつ天君が戻ってきてもいいように、今の状況を教える。
あくまでも、笑顔で語りかける。
天君の前では、笑顔でいたいんだ。
頬を撫でたり、頭を撫でたり、手を握ったりすると、彼が笑った気がする。
ほんの少しで、一瞬だけど、笑っている気がする。
私には、それがとても嬉しくてたまらなかった。
暫く語りかけて、別れの時間になった。
虚無感に襲われるけれど、明日も来ることを考えて、振り切る。
最後に、彼に。
「じゃあ、また明日来ますよ、天君」
そう言って、最後に彼の体を抱き締めて、病室を立ち去る。
途端に、自分の目から涙がでる。いつも、夜のお見舞いが終わると、こうだ。
彼の前で泣かないと決めているから、彼から見えなくなったらすぐに泣いてしまう。
こんなことでは、弱いままだということはわかっているのに。
私は半人半霊の、半分生きて、半分死んでいる私は。
人間にある十欲の内、死にたいという欲と、生きたい欲が欠落してしまっている。
けれど、こればっかりは、死の欲が出てしまった。
これだ死ねたら、もう悪夢を見ないで済むのだから。
涙を拭って、白玉楼に戻る。
また、私の心は空っぽに戻っていた。
あれから、お見舞いを何回もした。
朝と夕、毎日二回、必ず行った。
相模君や幽々子様と一緒に行った時もあった。
けれど、夜は私一人で彼のお見舞いに行った。
そして、自分一人で泣いていた。
けれど、ある時を境に、全く涙が流れなくなった。
悲しいとは激しく思うものの、涙が全然流れないのだ。
――私は、理解した。
――自分の涙が、枯れてしまったことを。
一生分に流す涙を、もう流しきってしまったことを。
もう、その境は随分と前に訪れた。
あれから……天君が眠ってから、三ヶ月が経ちました。
――彼はまだ、眠り続けています。
ありがとうございました!
三ヶ月眠った天君。
そして、狂いだした妖夢ちゃん。
次回、叢雲戦の始まりです。
ではでは!