東方魂恋録   作:狼々

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どうも、狼々です!

今回、いつもと比べてかなり短めです。
すみません。

では、本編どうぞ!


第55話 待ち続けて

 黒の部屋に、一人の『黒』と一人の『白』が対峙している。

 

 ――全く、いつ俺は起きると思う?

 

    さぁ? 一生起きないかもしれないし、すぐに起きるかもしれない。

 

 ――意外と薄情なのか? オレは栞をそんな風に思っていなかったんだがな?

 

 栞は俺に対しては、結構献身的だったと思う。

 オレに対してはどうか知らねぇけど。

 

    違う違う。起きるに決まってるでしょ。天の()()()()()()、ね。意志だよ、意志。

 

 意志の強さ。戻ってくるという、思いの強さ。

 俺にその思いがあるかどうか。

 

 正直、それがあっても目覚める保証は、全くもってない。

 けれど、それがあるのとないのとでは、決定的な何かが違う。

 そんな気はする。

 

 ――そう言っておきながら、栞は何もしないんだな。

 

    できるならとっくにしてるよ。ソラも私も、天に何も出来ない。何とかできるのは、天自身だけだよ。

 

 その通りだ。オレも何も出来ない。

 何回か呼びかけてはいるものの、意識が一向に覚醒する気配がない。

 これ以上は、覚醒の予兆が無い限りは無駄だろう。

 

 ――それについては賛成だ。何やってんだか。

 

    妖夢ちゃんが大事だったんだよ。それこそ、自分よりも、妖夢ちゃんがね。

 

 ――わからないな。

 

 オレは、俺のことを一番わかっていて、一番わかっていない。理解できない。

 俺にあって、オレにないもの。オレにあって、俺にないものは、一体化しない限りはわからないのだろう。

 

    私から言わせると、どうしてソラが天に本当のことを言わないのか知りたいね。

 

 ――言ったら甘くなるだろ。本当に危険になった時、俺にオレを託すさ。

 

 そう言って、オレは黒の部屋から去る。

 間もなくして、『白』も立ち去る。

 

 空っぽの空間には、『黒の色』だけが薄く張り付いていた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「ね、ねぇお姉様、天お兄ちゃんはまだ起きないの?」

「まだ今は、ね。夕食を食べ終わったら、また一緒に見に行きましょうか」

 

 私がフランにそう応えると、フランは満面の笑みを浮かべた。

 天の容態を話した時は、絶望で塗りつぶされた表情をしていた。

 けれど、自分から外にお見舞いに行くと言い出すまでになった。

 

 ……天は、フランを変えた。

 

 

 

 夕食が終わって、日が出ていない時に、咲夜、私、フランの三人でお見舞いに。

 永遠亭に着いたら、フランは走って病室に行って、悲しい顔をする。

 それは多分、目覚めているかも、という淡い期待なのだろう。

 

 けれど、その期待は毎回打ちひしがれる。

 何度病室に来ても、彼の眠っている顔は変わらない。

 フランはすぐにその顔を収めて、彼の手を握りながら、今日の出来事を楽しそうに語りかけるのだ。

 

 美鈴と庭を散歩しただとか、咲夜の作ったおやつが美味しかっただとか。

 パチュリーの難しい本を少しだけ読めたとか、私が優しくしてくれたことだとか。

 下らない話かもしれないけれど、それを本当に楽しそうに話すフランを見ると、そうも思えない。

 

 そして、時々天が笑っているんじゃないかと、錯覚する時もある。

 昏睡状態なので、そんなことはありえないはずなのに。

 けれど、フランだけじゃなく、咲夜と私、皆で一斉に錯角するのだ。

 そうなったら、皆で笑う。

 

 ありえないはずなのだけれど。

 私たちは、それを“本物”だと信じている。信じ続けている。

 信じると、その笑顔が“本物”になる気がするから。

 

「フラン、咲夜。そろそろ戻りましょう……また来るわ」

「はい、お嬢様。……早く起きるのよ。皆心配しているんだから」

「わかった、お姉様。……また明日ね、天お兄ちゃん」

 

 病室から離れるのは、少し躊躇ってしまう。

 寂しい気持ちが、溢れそうになる。

 けれど、天には笑顔で別れると、三人で決めている。

 

 天に笑顔を送って、紅魔館に戻る。

 

 フランの顔つきが、どこか大人びていた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 う〜ん……叢雲の準備はまだ終わってないし……

 妖夢って子をどうやって一人にさせるかが問題だ。

 方法はこれから考えるとして、それなりの理由がないといけないわけだ。

 

 適当な理由だったり、明らかにおかしい理由だと、逆に疑われる。

 かと言って、大き過ぎる理由でも、人を集めるから妖夢一人にできない。

 

 理想は、妖夢が疑わないかつ、騒ぎが小さいもの。

 

 

 

 ――あ、結構いいの思いついた。

 騒ぎは小さく収められて、疑われない。

 さらには、()()()()()()()ことだろう。なんていい案なのだろうか。

 

「叢雲~。準備できたら言ってよ。いい案が思いついたんだ。――――ってしようと思うんだけど、どう?」

「へぇ、中々面白そうじゃない? それでいこうか」

 

 俺と叢雲は、闇の深い笑みを同時に浮かべた。

 底知れない闇の、光が一向に差し込まないような、深い笑みを。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 昨日退院して、今はその翌日の朝。

 どこか心が空っぽになりながらも、台所で朝食を作っていた時。

 

 ――ただいま、妖夢。

 

 私の後ろで、大好きな彼の声が聞こえた。

 

「そ、天君!?」

 

 後ろを振り向くけれど、そこには彼の姿はなかった。

 

「げん、ちょう……?」

 

 とうとう、天君の声が聞こえてくるようになった。

 天君は、まだ病院で眠っている。

 それはわかっているのに、幻聴が聞こえた。

 

 それだけ、自分が彼を欲し、求めているんだとわかった。

 

 幻聴。それは所詮、幻。現実じゃない。

 現実と理想の大きな差異。私が私自身に、幻聴を聞かせるほどに、大きな差異。

 これが現実ではないということに、大きく落胆してしまう。

 これが現実で、目の前に天君がいたら、どれだけ幸せだったことだろうか。

 

 でも、私は決めたんだ。

 今度は私が天君を守る、って。

 こんな些細なことで、気を落とすわけにもいかない。

 

 いつも私は、毎日二回、朝と夕に天君のお見舞いに行っている。

 本当は、二回は行かなくてもいいのかもしれない。

 けれど、そうした方が、天君が早く起きてくれる気がする。

 

 一人分減った朝食を作ることに寂しくなりながらも、できた三人分の料理を運ぶ。

 この朝食を作る時間に、一人分の朝食が早く増えることを願いながら。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 妖夢が退院して、白玉楼に戻ってから二週間とちょっとが経った。

 妖夢は、翔と一緒にいつものように修行はしている。

 ――ただ、たった一つだけを除いて、いつもの修行。

 

 今日は朝食が終わって残るよう、翔に言っておいた。

 今この部屋には、私と翔のみ。

 妖夢が覗いている様子もない。

 

「ねぇ、翔。妖夢がもう危ないのはわかってるわよね?」

「えぇ。もう精神的に大分きてますね」

 

 妖夢の様子が、白玉楼に戻って一週間ほどしてからおかしくなった。

 幻聴だとか、幻視だとか、そういうのが見えたり聞こえたりしている。

 天の声や、姿が見えたと言い始めては、落胆してを繰り返していた。

 

 いつか精神が不安定になるのは、大体予想できていた。

 けれど、こんなにも早い段階で症状が出るとは思わなかった。

 それだけ、ショックだったのだろうか。

 

「妖夢があと何回かその様子を見せたり、症状が悪化したら、すぐに永遠亭に行かせて頂戴」

「なんで俺に言うんです? 妖夢ちゃんに直接言った方がいいですよね?」

 

 確かに、そう。

 けれど、妖夢の性格は、私が一番よく知っている。

 私は、彼女の主人だもの。

 

「きっと妖夢のことだから、無理をして修行をするわ。だから、妖夢の様子を正確に見てほしいの」

「……なるほど。それもそうですね。了解です。じゃ、俺はこれで」

 

 そう言って、翔が立ち上がり、部屋から出ていく。

 正直、妖夢には今すぐにでも、永遠亭に行ってほしい。

 けれど、あまり妖夢の決意を曲げるようなこともしたくないのた。

 

 だけど、これ以上悪化したら、やむを得ないだろう。

 このまま症状が軽くなるとも思えないけれど、できるだけ頑張ってほしい。

 私にできることは、それを見守ること。

 

 そして――彼が起きることを、祈ること。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 修行も夕食も終わって、お見舞いに行く時間になった。

 このお見舞いの時間が、私の唯一の癒やしの時間にも思えた。

 

 

 しばらく飛んで永遠亭に着いて、彼の病室へ。

 扉を開けると、窓から差し込む月光に照らされている、彼の姿。

 今日も安らかな顔をして目を閉じている。

 

「こんばんは、天君。今日はですね――」

 

 その日の出来事を、詳細に語りかける。これが、夜のお見舞いの決め事。

 いつ天君が戻ってきてもいいように、今の状況を教える。

 あくまでも、笑顔で語りかける。

 天君の前では、笑顔でいたいんだ。

 

 頬を撫でたり、頭を撫でたり、手を握ったりすると、彼が笑った気がする。

 ほんの少しで、一瞬だけど、笑っている気がする。

 私には、それがとても嬉しくてたまらなかった。

 

 暫く語りかけて、別れの時間になった。

 虚無感に襲われるけれど、明日も来ることを考えて、振り切る。

 最後に、彼に。

 

「じゃあ、また明日来ますよ、天君」

 

 そう言って、最後に彼の体を抱き締めて、病室を立ち去る。

 途端に、自分の目から涙がでる。いつも、夜のお見舞いが終わると、こうだ。

 彼の前で泣かないと決めているから、彼から見えなくなったらすぐに泣いてしまう。

 こんなことでは、弱いままだということはわかっているのに。

 

 私は半人半霊の、半分生きて、半分死んでいる私は。

 人間にある十欲の内、死にたいという欲と、生きたい欲が欠落してしまっている。

 けれど、こればっかりは、死の欲が出てしまった。

 

 これだ死ねたら、もう悪夢を見ないで済むのだから。

 

 涙を拭って、白玉楼に戻る。

 また、私の心は空っぽに戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、お見舞いを何回もした。

 朝と夕、毎日二回、必ず行った。

 相模君や幽々子様と一緒に行った時もあった。

 けれど、夜は私一人で彼のお見舞いに行った。

 

 そして、自分一人で泣いていた。

 けれど、ある時を境に、全く涙が流れなくなった。

 悲しいとは激しく思うものの、涙が全然流れないのだ。

 

 ――私は、理解した。

 ――自分の涙が、枯れてしまったことを。

 

 一生分に流す涙を、もう流しきってしまったことを。

 

 もう、その境は随分と前に訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから……天君が眠ってから、三ヶ月が経ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼はまだ、眠り続けています。




ありがとうございました!

三ヶ月眠った天君。
そして、狂いだした妖夢ちゃん。

次回、叢雲戦の始まりです。

ではでは!

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