前回の戦闘の内容が、檮杌戦に比べて少なかったですね。
すみませんでした。
どうしてもあの状態がつくりたかったのです。
では、本編どうぞ!
天君を止めようとした。
けれど、天君は私に背を向けて、行ってしまった。
私は、見えたんだ。天君の、泣いている顔が。
爆発音。
すぐに足元の氷がなくなって、爆風に吹き飛ばされる。
あまりの大きな音に、耳が痛くなる。
10mほど飛ばされて、なんとか体勢を立て直した。
そして、私の隣りから、ドサッ、と音が聞こえた。
――まるで、何か重い物が飛んできたような。そんな音が。
その音はどんどんと遠ざかっていく。
私は、その音を発する正体がわかっていた。
早く、受け止めないと。
沢山の砂埃が舞っている中、先回りして受け止める。
やがて、砂嵐が晴れて、周りの光景が映る。
――私の腕の中には、とても痛々しい彼がいた。
「あ、あ……」
ろくに声を出すことができない。
彼の右腕が、原形を留めていない。腕だということが、信じられない。
血で彼の体のところどころが、赤く血塗られている。
腕からは、大量の血液が、ドクドクと流れ続けている。
見ているのも、怖くなってくる。
鼻に、あの独特の鉄の臭いが刺さる。
爆発が起きた場所は、大きなクレーターができていた。
そこに、かつてのフェンリルの姿は、微塵も残っていない。
周りの木には赤い点がいくつもついていて、それは恐らく、彼の血が爆発で飛び散ったから。
そして、彼の体の重さに気が付く。
――軽すぎる。こんなにも、軽いの……?
気付いた。それが、出血でなくなった血の分だということに。
泣きたくなった。大声で叫んで、狂ってしまいたい。
けど、そんなことをしている暇があるなら。
私は軽くなった彼を担いで、全速力で永遠亭に飛び立つ。
早くしないと、出血で、本当に、彼が――
―*―*―*―*―*―*―
「そのまま最後まで攻撃して! あと少しで――」
そこまで俺が言って。
山の方角から、聞いたことも無いような爆発音が聞こえた。
遠く離れた、ここ人里にも、途轍もない風圧が押し寄せてくる。
「な、なに、今の!?」
「集中を切らさないで! あと少しだから、早く殲滅して山に向かうぞ!」
「わ、わかった!」
あと数分で、ここの幻獣は全て倒し終わるだろう。
今やるべきことは、彼らを心配することじゃない。
彼らを信じるなら、ここは、人里を守りきることが一番だ。
「よし、全滅! 急いで山に向かいましょう!」
霊夢の一声で、メンバー全員が山に向かう。
心配の念が募るが、それを押し込めて妖怪の山へ。
――そして、その心配は、最悪の形で現実になった。
「な、なんだ、これ……?」
大きなクレーターができた地面。
木々に飛び散った血の跡。
そして、幻獣も、妖夢ちゃんと天の姿がない。
「急いで永遠亭に行くわよ!」
またも霊夢が先陣を切って、『永遠亭』というところに飛び立っていく。
場所がわからないので、想像でしかないが、恐らく病院的な場所がその永遠亭というものだろう。
最高速で永遠亭に向かって飛行していると、竹林に囲まれた建物が見えた。
竹林が深すぎて、入ったらもう出られないかもしれない。
けれど、俺達は飛んでいるので、迷うことなく建物に。
中に入って、霊夢が部屋の扉を手当たり次第に開けていく。
そして、いくつか扉を開けた時、彼らが見つかった。
――傷だらけの、彼らが。
―*―*―*―*―*―*―
扉を勢い良く開けて、叫んだ。
「永琳! 天君を……助けて! 天君が!」
「……! わかったわ。もう準備はできているわ。そこのベッドに寝かせて」
運んできた天君を指定されたベッドに横たわらせる。
出血量は随分少なくなったが、依然として出血は続く一方。
「鈴仙、貴女は妖夢の方をお願い。天は私がやるわ」
「わかりました、お師匠様。では、こちらに」
鈴仙の指すベッドに仰向けになって、治療を受ける。
多分、多箇所に渡って骨折がある。
全身が悲鳴を上げていて、もうろくに動けない。
ここまで彼を運べたことが、自分でも信じられない。
「えっと……まずは、これを飲んで下さい」
鈴仙から、白い錠剤をもらった。
それを飲み込んで、気付いた。
「い、痛みが、引いて……」
「はい、これで中の傷は大丈夫です。数日もすれば、骨は繋がります」
幸い、自分が受けたのは、全て鎖の攻撃。
爪で抉られてはいないので、出血で死ぬことはない。
出血したのは、吐血で吐いた血だけだから。
「そ、そら、く……」
「あ、動かないでください! 絶対安静ですから――」
そう鈴仙が言って、扉が弾かれたように、勢い良く開いた。
そこには、幻獣と戦ったメンバー全員が。
「ちょ、ちょっと、二人共、なんで……あの幻獣は?」
霊夢が青ざめた表情で、こちらを見る。
それもそうだ。時間稼ぎだったのに、傷だらけの仲間。
さらには、いるはずの幻獣が、クレーターに変わっていないのだから。
「あの幻獣は……フェンリルは、天君が倒しました」
「天が……全く、ホントになにして――!」
霊夢の目は見開かれ、口元に手が当てられた。
霊夢以外の皆も、目を細めたり、逸らしたり、顔を
……恐らく、彼の右腕の惨状を見たのだろう。
「……え? こ、これ、は……?」
「恐らく……霊力爆発です。自分の右腕を媒体に、爆発させたんでしょう……」
刀は寒煙迷離の氷国で、地面に突き刺したままじゃないといけない。
だから、何かを介して霊力爆発は、不可能だったのだ。
それに、フェンリルには一度煉獄業火の閃を使って、ほぼ無傷だった。
ということは、生半可な攻撃じゃあフェンリルに効かない。
それこそ、全霊力での霊力爆発とかの規模じゃなきゃ。
……だから、自分を犠牲にした。
あの別れの言葉は。あの時私を動けないようにしたのは。
――私を、助けようとしたから。守ろうとしたから。
私を助けるために、彼が彼自身を犠牲にした。
私と天君自身を、彼の天秤にかけた時、私の方が傾いた。
嬉しいけれど、それ以上に、苦しくて、悲しかった。
「……はい、終わり。薬も投与したし、包帯も巻いて止血した」
彼は、まだ眠ったままだ。心なしか、顔が白いような気もする。
右腕とお腹に包帯がぐるぐると巻かれていて、私の中で罪悪感が膨れ上がる。
私が、彼を間接的にあんな風にさせてしまったんだと。
でも……永琳の様子が少し変だ。
難しい顔をしたまま、天を見つめている。
「鈴仙、妖夢の方は終わった?」
「はい、外傷はないので、骨の方だけ。薬は投与しましたし、数日で治ります」
「……そ。で、栞。なにがあったの? 私にも、皆にも説明して」
永琳はまだ苦虫を噛み潰したような顔でいる。
何か思うようなところがあるのだろうか?
「……うん。まず、フェンリルが異常に強かった。檮杌の二倍はあったと思う」
「に、二倍!? あ、あれの二倍って……」
霊夢が心底驚いた表情を作る。
それもそうだ。皆が瀕死になって、やっと倒せたのだ。
「ねえねえ、その檮杌ってのは、どれくらい強かったの?」
「一瞬で消えたりして、それはもう攻撃も当たらない。天に至ってはお腹に穴が空いてた」
相模君の質問に、魔理沙が応える。
相模君は笑みが消え、魔理沙は少し落ち込んだ顔をして。
「うあ……マジか。で、その強さ二倍のフェンリルを倒したのか?」
「うん。途中で、ソラが出てきた。もう一人の方の、ね」
ソラ君。最初は、悲しみ・憎しみの経験が連なった、ただの悪感情の塊だと思っていた。
けれど、違ったんだ。
ソラ君は、何よりもソラ君で、天君とは表裏一体じゃなく、二人三脚のような存在だと。
その存在が、天君の一部であることを、ついさっきの戦いで知れた。
なんとなく、察したんだ。ソラ君の
「あのソラね。前に、うちの美鈴を襲ったやつね」
レミリアも、目を伏せながらそう言った。
一年間一緒に暮らしたんだ。悲しいのはそうだろう。
「……そ。でも、あれから少し変わったの。フェンリルに必死に戦ってた。それで、朧月夜って大鎌を霊力で作った」
「大鎌、ねぇ。私はソラのことについては知らないけど、頑張ったんだね」
妹紅が、悔しそうな表情をした。
自分は不死身だから、彼と代わりたいとか、助太刀したいとか思っているのだろうか。
でも、私が一番助けられたのに、助けられなかった。
「……それで、霊力が尽きたソラが天に代わった。で、霊力爆発に至ったの」
「そう。で、栞はそれを止めなかったの?」
咲夜が、少しの不信感と心配の念を持って言う。
あの咲夜でさえ、天を心配している。
それが、ことの重大さを私に突きつけるよう。
「止めても、無駄だと思ったの。それに、天が覚悟したんだ。妖夢を守るって。このままだと、二人共死ぬって。だから私は、彼の妖夢に移れっていう提案を拒んだの。せめて、死ぬなら一緒にと思ったの」
妖夢を守る。
この言葉が、私にはすごく嬉しいと同時に、すごく後悔させた。
涙が、少しずつ出てきた。頬を伝う、一滴の透明な液体。
私だって、彼が死ぬなら、一緒に死ぬ。
ずっと、彼は一人で背負うから、私と彼の二人で背負って死ぬ。
それで彼と一緒に死ねるなら、本望だ。
……どこかで静かに、彼がいない場所で死ぬより、ずっといい。
「え、っと……それで、天君の容態は?」
私がそう聞くと、皆が一斉に永琳の方を向く。
そして、見えた。彼女の一層深刻になった表情が。
私はベッドから起き上がり、座った状態になる。
「皆、特に妖夢……取り敢えず、
「「「……!」」」
私を含めて、全員が鋭く息を呑む。
狂う。それをしないと約束しろ。特に、私が。
つまりは、それだけのことが、あるということ。
暫くの沈黙の後、永琳が再び口を開く。
「……肯定と捉えるわよ。まず、彼のダメージについて」
「えっと、私が見た限りでは、右腕と引っかかれたお腹だろ?」
「ええ。
この場の空気が、どんどんと重くなっていく。
緊張感が増してきて、悪いことしか想像ができなくなってくる。
彼の受けた傷は、引っかきの他に、鎖の衝突が二回。
骨が折れて、砕けているだろう。
「骨が砕けてるわ。折れた後、また折れて粉々になってる」
やはり、そうか。
問題は、それが治るかどうかだが……
「薬で治るから、そっちは大丈夫よ。
皆の顔が、さらに険しくなる。
まだ傷を負っていることに、不安ばかりが募っていく。
「霊力爆発で受けた傷。これは、出血だけじゃない」
「じゃあ、どこにあるの?」
「それは――
――
脳。人体において、最も重要である器官。
それに、損傷があった。
皆の顔が、さらに険しくなる。
もう、泣きそうな者もいる。
私も、そうだ。
「正直言って、命に別状はないわ。彼の命は助かってる」
「な、なによ……脅かさないで頂戴」
……いや、まだ、何かある。
彼女の変わらない、難しい表情が、それを物語っている。
「まだ、何かあるんですね?」
相模君の目が、それを感じ取った。
「……えぇ。今、彼は
昏睡状態。痛みや刺激に対して、脊髄反射以外は反応がない状態。
永琳から説明を受けながら、彼の容態が明らかになっていく。
「その昏睡状態の彼。生きていることに変わりはないわ」
どういう状態であれ、生きている。
けれど、眠り続けている。
「ただ……落ち着いて聞いて頂戴。彼は――
――
私の意識は、それを聞いた瞬間に途切れた。
ベッドに倒れ込んで、彼と同じく寝る。
……このまま死ねたら、どれだけ楽だろう。
―*―*―*―*―*―*―
「ね、ねえ不知火……フェ、フェンリルが……殺られた……!」
「はぁっ!?」
あの、フェンリルが!?
人里にも幻獣を送り、戦力を分散させて、なお!?
「あの、天って奴だよ。またアイツが殺った」
またアイツが、天が、殺ったのか。
…………
「おい、叢雲。次は
「はいはい。アタシもそう思ってたところよ。準備だけして、でき次第行くわ」
「あ、そうそう。フェンリルとの戦いで、天は昏睡状態だってさ! 綿密な準備をしても問題はないよ」
天は昏睡状態なのか。これほど好都合なことはない。
あの外来人の力は未知数。だが、檮杌、フェンリルを倒す要因となった以上、弱いわけではない。
それが、いないんだ。その間にあの妖夢を殺せば、無力化できる。
「できるだけ、妖夢という銀髪の女剣士が一人になった時を狙え。合図はする」
「了解。あとは、新しい外来人の相模 翔ってやつにも、一応注意はしとくよ」
「あぁ、あの『冷静』の子ね。正直、あんまり戦闘技術面では強くないよ。今回も指揮役だけだったし」
また外来人が増えたか。
天のように強くはないらしい。警戒は少しで十分だろう。
「じゃ、早速準備してくるよ」
叢雲が、部屋から立ち去っていった。
アイデアライズの侵攻も、そう遠くはなかろう。
そして、理想郷も――
ありがとうございました!
一生目覚めないかもしれない天君。
そして、それを聞いて妖夢ちゃんが気絶。
近いうちに、叢雲戦は出します。
ではでは!