東方魂恋録   作:狼々

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どうも、狼々です!

前回の戦闘の内容が、檮杌戦に比べて少なかったですね。
すみませんでした。

どうしてもあの状態がつくりたかったのです。

では、本編どうぞ!


第53話 眠り

 天君を止めようとした。

 けれど、天君は私に背を向けて、行ってしまった。

 私は、見えたんだ。天君の、泣いている顔が。

 

 爆発音。

 すぐに足元の氷がなくなって、爆風に吹き飛ばされる。

 あまりの大きな音に、耳が痛くなる。

 

 10mほど飛ばされて、なんとか体勢を立て直した。

 そして、私の隣りから、ドサッ、と音が聞こえた。

 

 ――まるで、何か重い物が飛んできたような。そんな音が。

 

 その音はどんどんと遠ざかっていく。

 私は、その音を発する正体がわかっていた。

 早く、受け止めないと。

 

 沢山の砂埃が舞っている中、先回りして受け止める。

 

 やがて、砂嵐が晴れて、周りの光景が映る。

 

 ――私の腕の中には、とても痛々しい彼がいた。

 

「あ、あ……」

 

 ろくに声を出すことができない。

 彼の右腕が、原形を留めていない。腕だということが、信じられない。

 血で彼の体のところどころが、赤く血塗られている。

 

 腕からは、大量の血液が、ドクドクと流れ続けている。

 見ているのも、怖くなってくる。

 鼻に、あの独特の鉄の臭いが刺さる。

 

 爆発が起きた場所は、大きなクレーターができていた。

 そこに、かつてのフェンリルの姿は、微塵も残っていない。

 周りの木には赤い点がいくつもついていて、それは恐らく、彼の血が爆発で飛び散ったから。

 

 そして、彼の体の重さに気が付く。

 ――軽すぎる。こんなにも、軽いの……?

 気付いた。それが、出血でなくなった血の分だということに。

 

 泣きたくなった。大声で叫んで、狂ってしまいたい。

 けど、そんなことをしている暇があるなら。

 

 私は軽くなった彼を担いで、全速力で永遠亭に飛び立つ。

 早くしないと、出血で、本当に、彼が――

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「そのまま最後まで攻撃して! あと少しで――」

 

 そこまで俺が言って。

 山の方角から、聞いたことも無いような爆発音が聞こえた。

 遠く離れた、ここ人里にも、途轍もない風圧が押し寄せてくる。

 

「な、なに、今の!?」

「集中を切らさないで! あと少しだから、早く殲滅して山に向かうぞ!」

「わ、わかった!」

 

 あと数分で、ここの幻獣は全て倒し終わるだろう。

 今やるべきことは、彼らを心配することじゃない。

 彼らを信じるなら、ここは、人里を守りきることが一番だ。

 

 

 

 

「よし、全滅! 急いで山に向かいましょう!」

 

 霊夢の一声で、メンバー全員が山に向かう。

 心配の念が募るが、それを押し込めて妖怪の山へ。

 

 

 

 ――そして、その心配は、最悪の形で現実になった。

 

「な、なんだ、これ……?」

 

 大きなクレーターができた地面。

 木々に飛び散った血の跡。

 そして、幻獣も、妖夢ちゃんと天の姿がない。

 

「急いで永遠亭に行くわよ!」

 

 またも霊夢が先陣を切って、『永遠亭』というところに飛び立っていく。

 場所がわからないので、想像でしかないが、恐らく病院的な場所がその永遠亭というものだろう。

 

 

 

 最高速で永遠亭に向かって飛行していると、竹林に囲まれた建物が見えた。

 竹林が深すぎて、入ったらもう出られないかもしれない。

 けれど、俺達は飛んでいるので、迷うことなく建物に。

 

 中に入って、霊夢が部屋の扉を手当たり次第に開けていく。

 そして、いくつか扉を開けた時、彼らが見つかった。

 

 ――傷だらけの、彼らが。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 扉を勢い良く開けて、叫んだ。

 

「永琳! 天君を……助けて! 天君が!」

「……! わかったわ。もう準備はできているわ。そこのベッドに寝かせて」

 

 運んできた天君を指定されたベッドに横たわらせる。

 出血量は随分少なくなったが、依然として出血は続く一方。

 

「鈴仙、貴女は妖夢の方をお願い。天は私がやるわ」

「わかりました、お師匠様。では、こちらに」

 

 鈴仙の指すベッドに仰向けになって、治療を受ける。

 多分、多箇所に渡って骨折がある。

 全身が悲鳴を上げていて、もうろくに動けない。

 ここまで彼を運べたことが、自分でも信じられない。

 

「えっと……まずは、これを飲んで下さい」

 

 鈴仙から、白い錠剤をもらった。

 それを飲み込んで、気付いた。

 

「い、痛みが、引いて……」

「はい、これで中の傷は大丈夫です。数日もすれば、骨は繋がります」

 

 幸い、自分が受けたのは、全て鎖の攻撃。

 爪で抉られてはいないので、出血で死ぬことはない。

 出血したのは、吐血で吐いた血だけだから。

 

「そ、そら、く……」

「あ、動かないでください! 絶対安静ですから――」

 

 そう鈴仙が言って、扉が弾かれたように、勢い良く開いた。

 そこには、幻獣と戦ったメンバー全員が。

 

「ちょ、ちょっと、二人共、なんで……あの幻獣は?」

 

 霊夢が青ざめた表情で、こちらを見る。

 それもそうだ。時間稼ぎだったのに、傷だらけの仲間。

 さらには、いるはずの幻獣が、クレーターに変わっていないのだから。

 

「あの幻獣は……フェンリルは、天君が倒しました」

「天が……全く、ホントになにして――!」

 

 霊夢の目は見開かれ、口元に手が当てられた。

 霊夢以外の皆も、目を細めたり、逸らしたり、顔を(しか)めたりした。

 ……恐らく、彼の右腕の惨状を見たのだろう。

 

「……え? こ、これ、は……?」

「恐らく……霊力爆発です。自分の右腕を媒体に、爆発させたんでしょう……」

 

 刀は寒煙迷離の氷国で、地面に突き刺したままじゃないといけない。

 だから、何かを介して霊力爆発は、不可能だったのだ。

 

 それに、フェンリルには一度煉獄業火の閃を使って、ほぼ無傷だった。

 ということは、生半可な攻撃じゃあフェンリルに効かない。

 それこそ、全霊力での霊力爆発とかの規模じゃなきゃ。

 ……だから、自分を犠牲にした。

 

 あの別れの言葉は。あの時私を動けないようにしたのは。

 ――私を、助けようとしたから。守ろうとしたから。

 

 私を助けるために、彼が彼自身を犠牲にした。

 私と天君自身を、彼の天秤にかけた時、私の方が傾いた。

 嬉しいけれど、それ以上に、苦しくて、悲しかった。

 

「……はい、終わり。薬も投与したし、包帯も巻いて止血した」

 

 彼は、まだ眠ったままだ。心なしか、顔が白いような気もする。

 右腕とお腹に包帯がぐるぐると巻かれていて、私の中で罪悪感が膨れ上がる。

 私が、彼を間接的にあんな風にさせてしまったんだと。

 

 でも……永琳の様子が少し変だ。

 難しい顔をしたまま、天を見つめている。

 

「鈴仙、妖夢の方は終わった?」

「はい、外傷はないので、骨の方だけ。薬は投与しましたし、数日で治ります」

「……そ。で、栞。なにがあったの? 私にも、皆にも説明して」

 

 永琳はまだ苦虫を噛み潰したような顔でいる。

 何か思うようなところがあるのだろうか?

 

「……うん。まず、フェンリルが異常に強かった。檮杌の二倍はあったと思う」

「に、二倍!? あ、あれの二倍って……」

 

 霊夢が心底驚いた表情を作る。

 それもそうだ。皆が瀕死になって、やっと倒せたのだ。

 

「ねえねえ、その檮杌ってのは、どれくらい強かったの?」

「一瞬で消えたりして、それはもう攻撃も当たらない。天に至ってはお腹に穴が空いてた」

 

 相模君の質問に、魔理沙が応える。

 相模君は笑みが消え、魔理沙は少し落ち込んだ顔をして。

 

「うあ……マジか。で、その強さ二倍のフェンリルを倒したのか?」

「うん。途中で、ソラが出てきた。もう一人の方の、ね」

 

 ソラ君。最初は、悲しみ・憎しみの経験が連なった、ただの悪感情の塊だと思っていた。

 けれど、違ったんだ。

 

 ソラ君は、何よりもソラ君で、天君とは表裏一体じゃなく、二人三脚のような存在だと。

 その存在が、天君の一部であることを、ついさっきの戦いで知れた。

 なんとなく、察したんだ。ソラ君の()()()姿()()

 

「あのソラね。前に、うちの美鈴を襲ったやつね」

 

 レミリアも、目を伏せながらそう言った。

 一年間一緒に暮らしたんだ。悲しいのはそうだろう。

 

「……そ。でも、あれから少し変わったの。フェンリルに必死に戦ってた。それで、朧月夜って大鎌を霊力で作った」

「大鎌、ねぇ。私はソラのことについては知らないけど、頑張ったんだね」

 

 妹紅が、悔しそうな表情をした。

 自分は不死身だから、彼と代わりたいとか、助太刀したいとか思っているのだろうか。

 でも、私が一番助けられたのに、助けられなかった。

 

「……それで、霊力が尽きたソラが天に代わった。で、霊力爆発に至ったの」

「そう。で、栞はそれを止めなかったの?」

 

 咲夜が、少しの不信感と心配の念を持って言う。

 あの咲夜でさえ、天を心配している。

 それが、ことの重大さを私に突きつけるよう。

 

「止めても、無駄だと思ったの。それに、天が覚悟したんだ。妖夢を守るって。このままだと、二人共死ぬって。だから私は、彼の妖夢に移れっていう提案を拒んだの。せめて、死ぬなら一緒にと思ったの」

 

 妖夢を守る。

 この言葉が、私にはすごく嬉しいと同時に、すごく後悔させた。

 涙が、少しずつ出てきた。頬を伝う、一滴の透明な液体。

 

 私だって、彼が死ぬなら、一緒に死ぬ。

 ずっと、彼は一人で背負うから、私と彼の二人で背負って死ぬ。

 それで彼と一緒に死ねるなら、本望だ。

 ……どこかで静かに、彼がいない場所で死ぬより、ずっといい。

 

「え、っと……それで、天君の容態は?」

 

 私がそう聞くと、皆が一斉に永琳の方を向く。

 そして、見えた。彼女の一層深刻になった表情が。

 

 私はベッドから起き上がり、座った状態になる。

 

「皆、特に妖夢……取り敢えず、()()()()()()()()()()()()?」

「「「……!」」」

 

 私を含めて、全員が鋭く息を呑む。

 狂う。それをしないと約束しろ。特に、私が。

 つまりは、それだけのことが、あるということ。

 

 暫くの沈黙の後、永琳が再び口を開く。

 

「……肯定と捉えるわよ。まず、彼のダメージについて」

「えっと、私が見た限りでは、右腕と引っかかれたお腹だろ?」

「ええ。()()()()()()()。」

 

 この場の空気が、どんどんと重くなっていく。

 緊張感が増してきて、悪いことしか想像ができなくなってくる。

 

 彼の受けた傷は、引っかきの他に、鎖の衝突が二回。

 骨が折れて、砕けているだろう。

 

「骨が砕けてるわ。折れた後、また折れて粉々になってる」

 

 やはり、そうか。

 問題は、それが治るかどうかだが……

 

「薬で治るから、そっちは大丈夫よ。()()()()()()()()

 

 皆の顔が、さらに険しくなる。

 まだ傷を負っていることに、不安ばかりが募っていく。

 

「霊力爆発で受けた傷。これは、出血だけじゃない」

「じゃあ、どこにあるの?」

「それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()あるわ」

 

 脳。人体において、最も重要である器官。

 それに、損傷があった。

 皆の顔が、さらに険しくなる。

 

 もう、泣きそうな者もいる。

 私も、そうだ。

 

「正直言って、命に別状はないわ。彼の命は助かってる」

「な、なによ……脅かさないで頂戴」

 

 ……いや、まだ、何かある。

 彼女の変わらない、難しい表情が、それを物語っている。

 

「まだ、何かあるんですね?」

 

 相模君の目が、それを感じ取った。

 

「……えぇ。今、彼は昏睡(コーマ)状態よ。眠り続けているわ」

 

 昏睡状態。痛みや刺激に対して、脊髄反射以外は反応がない状態。

 永琳から説明を受けながら、彼の容態が明らかになっていく。

 

「その昏睡状態の彼。生きていることに変わりはないわ」

 

 どういう状態であれ、生きている。

 けれど、眠り続けている。

 

「ただ……落ち着いて聞いて頂戴。彼は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()わ」

 

 私の意識は、それを聞いた瞬間に途切れた。

 

 ベッドに倒れ込んで、彼と同じく寝る。

 

 ……このまま死ねたら、どれだけ楽だろう。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「ね、ねえ不知火……フェ、フェンリルが……殺られた……!」

「はぁっ!?」

 

 あの、フェンリルが!?

 人里にも幻獣を送り、戦力を分散させて、なお!?

 

「あの、天って奴だよ。またアイツが殺った」

 

 またアイツが、天が、殺ったのか。

 

 …………

 

「おい、叢雲。次は()()()()()。正直、これ以上幻獣を送っても意味がない。時間がなくなるだけだ。手早くいくぞ」

「はいはい。アタシもそう思ってたところよ。準備だけして、でき次第行くわ」

「あ、そうそう。フェンリルとの戦いで、天は昏睡状態だってさ! 綿密な準備をしても問題はないよ」

 

 天は昏睡状態なのか。これほど好都合なことはない。

 あの外来人の力は未知数。だが、檮杌、フェンリルを倒す要因となった以上、弱いわけではない。

 それが、いないんだ。その間にあの妖夢を殺せば、無力化できる。

 

「できるだけ、妖夢という銀髪の女剣士が一人になった時を狙え。合図はする」

「了解。あとは、新しい外来人の相模 翔ってやつにも、一応注意はしとくよ」

「あぁ、あの『冷静』の子ね。正直、あんまり戦闘技術面では強くないよ。今回も指揮役だけだったし」

 

 また外来人が増えたか。

 天のように強くはないらしい。警戒は少しで十分だろう。

 

「じゃ、早速準備してくるよ」

 

 叢雲が、部屋から立ち去っていった。

 アイデアライズの侵攻も、そう遠くはなかろう。

 

 そして、理想郷も――

 




ありがとうございました!

一生目覚めないかもしれない天君。
そして、それを聞いて妖夢ちゃんが気絶。

近いうちに、叢雲戦は出します。

ではでは!

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