今の状況は、かな~りピンチです。
それはわかるかと思います。
さて、そのピンチの活路は――?
では、本編どうぞ!
けたたましいフェンリルの咆哮。
それと同時に――フェンリルが
俺達はまだ着地していない。高さは地上から20mはあるだろう。
その間を、フェンリルは一瞬で詰めた。
山の木々を揺らし、弱々しい葉は全て散った。
地面の砂は刹那にして空へと飛んでいく。
葉と砂が、上昇気流に乗って、舞う。
まるで、竜巻が発生したかのように。
「危ない、妖夢!」
妖夢を抱きかかえるようにして、フェンリルの攻撃を躱す。
瞬間、ついさっきまで俺と妖夢がいた場所を、空間を、銀色に光る爪が切り裂いた。
跳躍はそこで終わり、フェンリルが落下していく。
「す、すみません。もう大丈夫です」
どう、しようか。
このまま空で戦ってもいいが、避けられる保証はない。
それに、フェンリルがここに留まるとも限らない。
仮に空中戦を持ちかけたとしよう。
フェンリルが人里へ、俺達で追い付けない速さで向かったら、どうなるだろうか。
引きつけるという目的を果たせず、少しとはいえ、戦力が分断されている状態。
……気を感じた限り、絶対に勝てない。俺達がいて変わるかと言われれば、わからない。
取り敢えず確定することは、被害が大きく拡大すること。
「……妖夢、危険を承知で降りる。俺に、ついてきてくれるか?」
「貴方の考えなら、どこまでも。行きますよ、天君」
そう言って、妖夢が飛び出す。
……即答かよ。
「っしゃあ! 行くか!」
俺も、妖夢に続いて飛び出す。フェンリルは、すぐそこに――
―*―*―*―*―*―*―
くそっ! 広範囲すぎる弾幕が使えない!
「ったく、どうすりゃいいんだぜ……」
自慢のマスタースパークも、建物ギリギリくらいの横幅だ。
もしかしたら、飲み込んでしまうかもしれない。
数匹のオークが、私に向かってくる。
空に逃げるが、このままだと埒が明かない。
「魔理沙! 敵を引きつけて! 攻撃は他に任せるから!」
今回指揮役の、翔の声が私に届く。
まぁ、私にできることは、それしかないよな。
「ほらほら! 私に攻撃を当ててみろ~!」
箒に乗って、敵を数体蹴散らしながら進んで行く。
これで、幻獣の攻撃が私に向きやすくなるだろう。
―*―*―*―*―*―*―
「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」
私の投擲した槍が、敵をいくつも貫いていく。
狭い範囲で、威力があり、効率的なのは、間違いなくこの技だ。
敵が大量にいる以上、重ならないことは避けられない。
そこを、一気に串刺しにする。
「幻符『殺人ドール』」
咲夜の出したナイフが、敵に向かって突き刺さっていく。
大量の銀色ナイフが、建物の幅スレスレにまで広く。
多くの幻獣にダメージが与えられたであろう。
「さすがね、咲夜」
「恐縮です、お嬢様」
「私も、頑張らなきゃ……ね!」
再び、大きく鋭い、細いものが、敵をいくつも串刺しにする。
そこに容赦など、全くもってない。
ただひたすら、
あいつらの血なんて、吸いたくもない。
ま、人間以外の血は吸ったことないから、怖くて吸えないわ。病気になったらどうしよ。
―*―*―*―*―*―*―
「レミリアちゃん! できるだけ右側の敵を殺って!」
「妹紅ちゃん! 一旦下がって、体勢を整えて!」
「早苗さん! そこの人を優先して運んで! 結構命に関わるかもだから!」
翔の能力については聞いていたけれど、まさかここまで……
的確過ぎる指示。十分に安全を確保した作戦。
さらには、避難に遅れた人々や、負傷した人々の戦線離脱。
あらゆる可能性を視野に入れた指示。
常に最善の選択とも言える作戦が、皆の余裕を生む。
「霊夢! 左の敵、蹴散らして!」
「了解! ……霊符『夢想封印 集』!」
集中した夢想封印が、狭い範囲で放たれる。
建物に当たらないようになったと同時に、威力も増している。
「次! 妹紅ちゃんと咲夜さん交代で!」
これなら、いけるかもしれない……!
この数を相手に、限りなく少ない被害で、幻獣を倒せるかもれない……!
そうなると、早くこちらの戦闘は終わるだろう。
……だから、勝手に死ぬなんて許さないよ、妖夢、天!
私は、二発目の夢想封印を繰り出して――
―*―*―*―*―*―*―
「リベレーション!」
栞と自分の霊力を表面に纏い、強化。
さっきからずっと妖夢と俺で攻撃しているが、いまいち手応えがない。
少し早いが、ここは少しでもダメージを与えておきたい。
「あぁぁあ! 煉獄業火の閃きぃいいいい!」
フェンリルの体内に刀が入り、爆発。
檮杌に大ダメージを与えたこの攻撃だが――
「ガァァアアアア!」
この鳴き声は――悲鳴じゃなく、威嚇。
……効いて、ない……!?
そのまま、咆哮と共に、神速の爪が。
俺の腹を、横に思い切り切り裂いた。
「ガ……ハァッ……! ゴフッ!」
「天君!」
「天! 大丈夫かい!?」
妖夢の悲鳴。栞の悲鳴。
それと同時に、俺の口から吐き出されるのは、大量の血液。
地面が瞬時に赤く染まり、傷口からも大量の血液がこぼれて。
でも、負けるわけには、いかな――
――鎖が、飛んできた。
「なっ――!」
「危ない、天!」
当たった瞬間、鈍い音と痛み。そして、体ごと吹き飛ばされる。
全身の骨が、折れた。
そのまま木に衝突し、さらに痛みが増す。
「アァァアァァァア!」
「そ、天君!」
妖夢が、泣きそうになってこちらに来る。
「だめ、だ……今、来たら――」
フェンリルにやられる。そう言おうとして。
鎖が、妖夢に飛んできた。
俺に向かっている妖夢の、背後から。
当然、妖夢は気付かない。
「あ、に、にげ――」
にぶい、おと。
みみにのこりつづける、いやなおと。
そして。
「あぁぁぁあああっ!」
ようむの、ひめい。
「よ、よう、む……」
ほねが、おれている。けれど、いかなきゃ。
ようむの、ところに。
「あ……ごめんなさ――ガハッ!」
そして、あかい、ドロドロの液。
「お、おい、ようむ、どうした……?」
「す、すみませ……少し、待っててください……」
ヨロヨロと、立ち上がった。
そして――
俺と妖夢、同時に
また骨が砕けて。
さっきから体に防御の霊力強化をしている。けど、効果が薄いんだ。
妖夢と俺は、同時に木に叩きつけられる。
「だ、大丈夫か……お、おい、妖夢?」
「…………」
妖夢が、返事をしない。
指一本すら、動いていない。
――俺じゃ、何も守れない。
「ダメ、天! よそ見しないで!」
視界の右から、再び鎖。
――俺じゃ、守れないなら。
キィィィィイイイイイン!
金属音が、この山中に響き渡る。
神憑と鎖が衝突。片腕一本で、鎖を受け止める。
「なっ……! ま、まさか、天……!」
「アッハハハハ! 結局これかよ!? 俺はぁ!?」
そう、俺じゃなく――
「悪いようにはしないさ! にしても、既にボロボロじゃねえか!」
「そ、そら……くん……?」
妖夢が起き上がって、こちらを虚ろな目で見る。
オレは、思い切りフェンリルに威圧的な目を向ける。
「おい、お前! よくも俺と
今の俺なら、
オレが、神憑を納刀した後。
オレの右腕に、黒い霊力が渦を巻いて集まる。
そして、その霊力は、やがてある
霊力は実体化できない。だが、それらしい形としての偽物なら、できる。
それが、霊力刃の根幹である。
それを、武器の形全体にして、形を保つ。
湾曲した鋭利な刃が、内側に向いている。
その刃を支えるように、長い柄がある。
そう、それは……死神が持っているような、
全ての色が黒色で染まっていて、どこか禍々しい。
この武器の名は――
「――朧月夜」
夜空に孤独に佇むその様は、まるで月。それが、刃の形となっている。
刃の付け根には、真っ黒なエリカの花。
エリカの花言葉は――
「ハッハハ! オレそのものみたいだろ? これでお前を切り裂いてやるよ!」
「そ、天、君……わ、私も……」
妖夢が刀を杖にして、立ち上がる。
オレはそれを鎌で制止する。
「いい。オレがやる。……引っ込んでろ」
「あ……なるほど。わかりました。ちょっと休んでおきます。……頑張ってください、
妖夢が、オレに敬語で、君付け。
……全く、察するのが早えんだよ。妖夢も、栞も。
「さあ! やってやるよ!」
オレは朧月夜を片手に、フェンリルに向かう。
傷なんて、気にせずに。
フェンリルが、爪を立てて右側から切り裂こうとする。
「ソラ、右から来るよ!」
「わかってんだよ、栞!」
大鎌で受け流し、右前足の付け根に刃を入れる。
この大鎌は、霊力の塊だ。幻獣の弱点。
それは勿論、霊力強化よりも幻獣に効きやすい。
だから。
――こうやって、簡単に足を
「ガァァアアアアアアア!」
今度は、明らかな悲鳴。
切れた右前足は、残らず黒い
当然、バランスを崩してろくに立てもしないだろう。
……今が、好機!
「はぁぁあぁあああ!」
右腕を大きく振り下ろし、巨大な獣の胴を真っ二つにする。
――
オレは気付いていなかった。その異様な光景に。
さっき切断したはずの右前足が。
――
黒い靄が腕をもう一度形成した。
再生された右前足で朧月夜を受け止められる。
甲高い金属音がうるさく響き渡る。
そして、オレの驚愕の声も、響き渡る。
「な、にっ……!」
その驚愕は、二つの意味でのものだった。
一つは、朧月夜を受け止められたことで。
一つは――もう片方の、左前足でオレの体を切り裂こうとしていることで。
オレが回避する手立ては――残念ながら、ない。
空間と共に切り裂かれたオレの腹は、二度目の鮮血を、辺りに散らしていた。
「ソラ!」
「ソラ君!」
二人の悲鳴が、また聞こえる。
取り敢えず……距離を取る。
「ハァ……ッ!」
痛みによって、顔がどうしても歪む。
それでも、立つ。立たないといけない。
けれど、オレの限界が来る。
元々俺の体なので、霊力の消費は普通よりも多くなる。
オレの霊力が俺の体に馴染んでいない分、無駄な霊力消費が増えるのだ。
そう、初めの俺が、飛行している時。あれと同じ原理だ。
それに、朧月夜の保持にも莫大な霊力を使っている。
いくらオレの霊力でも、そろそろ底をつく。
どれだけ頑張っても、限界は超えられない。
――おい、俺。後は頼むぞ。右前足は再生されたが、ダメージは大きいはずだ。
わかった。やれるだけやるよ。休んでろ。お疲れ様、オレ。
――ハハッ……やけに優しいじゃねえか。じゃ、そうさせてもらうよ。
俺の意識が前に出る。
刺すような痛みに顔を
妖夢との二人の連携技。ダメだ、どちらもろくに動けないだろう。
スペルカードを使う。 却下だ。避けられた時はどうする。
霊力刃で攻撃する。 一応アリだが、せいぜいできるのは、一瞬ひるませるくらい。
……じゃあ、
(……栞。俺に霊力を渡したら、すぐに妖夢のところに移動してくれ)
(嫌だ)
即答。俺の意志を、汲み取ってほしい。
(わかってるだろ? 俺の言いたいことが。だったら――)
(
……全く、こういうところがあるから、俺は泣きそうになっちまうんだろうが。
「……妖夢。大技するから、合図をしたら大きくフェンリルから下がってくれ」
「わかりました。気を付けてくださいね」
妖夢は、気付いていない。それだけが救いだ。
フェンリルとの間を、一気に詰める。
それと同時に、左から爪と鎖。
それらをすんでのところで躱す。逆方向――後ろに下がって。
前に向かっているベクトルが、後ろに向く。
そして、霊力刃を数発飛ばす。
「ァアアアア!」
少し、怯んだ。
――今だ!
「妖夢、下がれ! ……氷結符『寒煙迷離の氷国』!」
怯んだ隙に、神憑を地面に突き刺し、辺り一帯を凍らせる。
これで、しばらくは動けないだろう。
――フェンリルと
氷は地面を走っていき、フェンリルと
「……え? ちょ、ちょっと、天君? どうして――」
「――ごめんな、妖夢。これしか方法がないんだよ」
このまま持久戦に持ち込んだら、どちらも大量出血で死ぬ。
だから、皆が追いつく前に、こいつは倒さないといけない。
こいつを吹き飛ばすことができるほどの威力のある技。
俺だって、怖くて試したことがない。
――せめて、妖夢だけでも。
「……じゃあな、妖夢。短かったけど、恋人になれてよかったよ」
そして、最後に。
「……
「……! いや、そらく――」
妖夢の言葉と、自分の涙を振り切って、フェンリルとの距離を詰める。
右腕に俺の霊力と栞の霊力、
これが、たった一つの活路だ。
「プラネット・バーストォォォオオオオオ!」
俺の右腕とその周りが、
――
正直、
けれど、このままだと二人共死ぬんだ。せめて、妖夢だけでも、生きてほしい。
栞がどうなるかもわからなかったから、妖夢に移れと言ったんだ。
けれど、栞は紅魔館での約束を、守ってくれた。
『私も逃げないよ、爆発するとしたら一緒だよ』。この、約束を。
そして。
――ごめんな、栞、妖夢。
俺の言葉は、轟く爆発音で掻き消えた。
爆発で全身が飛ばされて、すぐに意識がなくなる。
イメージが途切れたので、氷もすぐになくなる。
――地面に突き刺されたままの神憑が、寂しく佇んでいた。
ありがとうございました!
絶望一回目です。
捨て身の一撃。これを、妖夢はどう受け止めるのでしょうか。
次の戦いは、案外早く来ると思います。
早かったら、あと2~4話後くらいに。
ではでは!