前回は、翔のイレギュラーな強さを見せてましたね。
当初は、闇落ちさせて敵につかせようかとも考えていたという裏が。
ちなみに、努力しても天に勝てないから、理想郷を作って天に勝とうとした。
とか考えてました。ボツ案ですが。
では、本編どうぞ!
い、今、何が、起きて……
私が、負けた? いくら修行中でも、素人には負けないはず……
「ごめんね、大丈夫? 怪我、ない?」
「え、えぇ……」
彼の薄い笑顔は、未だに崩れていない。
何を考えているのかが、全く掴めない、自然におどけるような性格。
「じゃ、修行にしますか。天、妖夢ちゃん、やろ?」
「あ、あぁ、そう、だな……」
「そう、ですね……」
私は、負けたことのショックよりも、彼の底知れない実力が気になった。
あれは、あれを持つのは、普通の人間では届かない領域にある。
……本当に、ただの人間なのだろうか。
―*―*―*―*―*―*―
「飛べるようにならなきゃねぇ……」
そう呟いたのは、修行後に俺と一緒にいる翔。
その呟きに、魂がこう応えた。
「私が翔の中に入ろうか? 教えるよ」
「お、君が栞ちゃん? 初めまして。いいの?」
「うん、いいよ。じゃあ天、ちょっと行ってくるね?」
俺の返事を待たずに、俺の中から栞が抜け、翔の中へ。
こんなにも霊力のがなくなって、寂しくような感覚になるとは思いもよらず。
「お、おぉお! 天、翔の霊力、最初の天くらいあるよ!?」
えっと……最初の俺ってのは、栞が入ったときだから、霊力を増やした後だな。
……え? それで、初期量?
「お、嬉しいねぇ。じゃあ、よろしくね、栞ちゃん」
「うんうん。誰かさんとは違って、暴漢じゃないし、丁寧だし楽しそうだし、いいね~」
誰が暴漢で無礼な楽しくない人間だよ、誰が。
俺ほどユーモアに溢れた人間なんていないだろうが。
さって、夕食作りに行くか……
妖夢と一緒に台所で夕食を作りながら、激しい虚無感を覚えていた。
栞がいないだけで、こんなにもなるのか。
精神的な意味でも、身体的な意味でも、支えられていたことに気が付く。
まぁ、本当に今更なのだが。
「どうしたんですか? ぼーっとして」
「あ、あぁ、悪い。栞が翔の中に行って、な」
そう言うと、妖夢は少し寂しそうな笑顔を見せた。
そして。
「栞ちゃんは、大切ですか?」
「……ああ。俺にとって、かけがえのない程なんだろうな」
「……そう、ですか」
俺がそう返事をしたら、妖夢の顔があからさまに沈んだ。
……どうしたんだろうか。
―*―*―*―*―*―*―
自分が聞いておいてなんだけれど……少し、羨ましいというか、嫉妬してしまう。
相模君と会った時の天君の笑顔は、滅多に見られない笑顔だった。
本当に、心の底から嬉しそうだった。
栞ちゃんが相模君の中に行ったと聞いた時の天君の顔は、寂しそうだった。
かけがえのない存在とも言っていた。
……私は、彼の中でどれほどの存在になれているのだろうか。
会っただけで笑顔を引き出す、そんなことができるだろうか。
いなくなったら寂しくなる、そんな存在なのだろうか。
そんなことを考えていると、少し……自信がなくなって、寂しくなって、苦しい。
胸がキュッと締め付けられて、でも、彼のことしか考えられなくて。
苦しみから逃れようにも、逃れられない。彼が頭に焼き付いているから。
甘い思いと、苦い思い。それらが交錯して、私を放さない。
結局は、どちらの思いも一緒にいたいという思いからきている。
話せた時には嬉しいし、抱きしめられた日には、全身も思考も
他の女の子と話していたり、笑顔を見せている時には、それが私に向けた笑顔であってほしいと思う。
私だけを見ていて、そばにいてほしい。私の独占欲の強さには、自分自身でも驚いてしまう。
それでも。そうわかっていても。彼がほしい。
そう考えていると、夕食を食べ進める箸の移動が遅くなる。
そして、相模君の「へぇ……」という言葉と同時に、意地悪な笑みが浮かんでいた。
「で、どうして私をここに呼んだんですか?」
「まぁまぁ、いいじゃない。聞きたいことがあるんだよ」
夕食が終わって、相模君の部屋に呼び出されたのだ。
服等も紫様が、天君同様に用意したらしい。セルリアン・ムーンだってある。
「それでさぁ……妖夢ちゃんは、今の関係を壊してでも、天と恋人になりたい。そう思う?」
「あ……」
彼がほしい。それは、恋人の関係を築き上げるということに他ならない。
それが、恋というもの。恋を叶えたいならば、今の関係が壊れることは、避けられない。
上手くいっても、いかなくても、関係が変わってしまう。
さらに、天君とは同じ屋根の下で暮らし、修行する以上、気まずくなるのは必然。
……いい意味でも、悪い意味でも。
「少なくとも、まだ決めなくていいと思うよ。ただ、告白するなら、宴の日だね。花火上がるらしいし」
「な、なるほど……」
告白するかしないかは置いといて、するならば、宴がいい機会になる。
一緒に、宴を過ごしたい。
「お酒の力を借りるのも手かもね。ここでは未成年飲酒もいいらしいから、天も誘える」
「で、でも……やっぱり自分の力で、こ、告白したいです。好き、って……」
彼に直接言っているわけでもないのに、恥ずかしくなってしまう。
この調子だと、いざ告白となった時には、どうなってしまうのだろうか。
「やっぱ可愛いですね、幽々子さん!」
「えぇ、ホントそうよね。純粋というか一途というか……」
……え? 幽々子様の、声?
幽々子様の声が相模君の部屋に響いた後、障子が開いた。
やはり、そこには幽々子様。
私は、多少呆れ気味になりながら言う。
「……何で聞いてるんですか……」
「言っとくけど、呼んだわけじゃないよ? ただちょっと目配せして……」
「ねぇ?」
「それを『呼ぶ』って言うんですよ……」
全く……二人は会ったばかりなのに、どうしてこうも仲がいいのだろうか。
やっぱり、気が合う者同士、考えてることは通じるのかな。
随分と前に、能力が似ている、ということで、天君と私は似た者同士という会話をしたことを思い出す。
そうなると、私と天君は、考えが通じ合っているんだろうか?
……そうだと、いいな。
「まぁ、私はそのことだけここに来たんじゃないわ。今から天を呼んでくるわ」
そう言うや否や、幽々子様が天君の部屋に向かった。
な、何だったのだろうか。
天君も連れてくるということは、少なくともふざけた話じゃない。
全員を、この時間に集めるということには、何か訳があるのだろう。
時期から考えると……
「相模君が一番怪しいですね」
「その言い方はダメだ、妖夢ちゃん。犯罪者みたいに聞こえるからね」
そんなくだらない話をしていると、すぐに幽々子様が天君を連れてやってきた。
神憑を持ってきているあたり、また修行をしていたのだろう。やっぱり、そういうところがかっこいい。
……後で見に行こう。
「で、幽々子。皆揃うってことは、何かそれなりの話なんだろ?」
「ええ。お察しの通りよ。内容は……翔について」
やっぱり、そうだったか。
昼のあの戦法といい、崩れていない微笑といい、何かあるとは思っていたが。
「さっき紫から聞いたわ。それはね――
――翔に、
天君と同様、外来人の能力持ち。
……何かあるとは思っていたが、まさか能力まであったとは思わなかった。
そうなると、相模君がこの幻想郷に来たのは――偶然じゃない可能性が高い。
仮にそうだとしたら、天君と同じように、紫様に呼ばれたのだろう。
「まだ起きてるはずだから、今呼ぶわね。……紫~!」
「ハイは~い、翔の能力についてよね。わかってるわよ」
幽々子様の声がかかった瞬間にスキマが出来た。待ってましたと言わんばかりに。
「じゃ、まず順を追って説明するわ。まず、能力発現を見つけたのは、天を幻想郷に呼んですぐよ」
天君が幻想入りしてすぐ。なら、何故すぐに幻想入りさせなかったのだろうか。
戦力が足りない今、少しでも修行の期間を延ばした方がいいのではないか。
そう考え、口を開こうとしたところで、天君が私を向いて話す。
「同じ時期に二人も接点ある人物が消えたら、不自然だろ。一人でも十分不自然だが、複数になったらそれが跳ね上がる。どうせ呼ぶなら、ある程度は時期をズラした方がいいってわけだ」
「そ。話が早くて助かるわ」
な、何で考えてることがわかったんだろ……
あ……考えが通じ合ってるのかな? そうだったら、嬉しい。
こんな時でも彼を想う私も、相当だと自覚はしている。
「で、もう一つは武器の調達。ある程度の武器を揃えるのには、時間がかかるのよ。作ってある武器を保存し続けるのも限界があるしね」
さすがに使わないままずっと放置するわけにもいかない。
ある程度揃えないといけないので、維持するための整備も大変。
いざという時に使えない程朽ちていたら、それこそ無意味だ。
「呼んだ理由も、最初から幻獣と戦ってもらうため。翔が天の友人だったから、説明を省いていきなりこっちに飛ばしたの。少しでも早く幻想郷に適応してもらうために」
天君に説明を丸投げする程なのか……。
呼んだ目的も、最初から幻獣との戦闘。これはまぁ、武器の話の流れから予想はつく。
となると、能力も戦闘に使えるものだろうか。
「で、本題の能力よ。翔の能力は――
――『狂気的な冷静さを持つ程度の能力』よ」
……ふぅん……え?
「え、っと……相模君の前で言うのもなんですが、あんまり強そうじゃないです」
「おい、それは失礼。俺結構能力には期待したんだからね? 弱いとか遠まわしに言わない」
とか言っているが、彼の顔には微笑が健在している。
それほどショックなわけでもなさそう。
「あのね、彼にはこれから先、大きく役立ってもらう予定よ。その能力でも、戦闘センスでも」
わけがわからない、と首をかしげていたら、天君から説明をもらう。
……天君、優しい。
「冷静さを常に保つなんてことができたら、戦闘ではどれだけ有利になれると思う?」
「え、えっと……攻撃を焦って躱さなくなる……あ!」
今日の昼。微笑を浮かべたまま、私の攻撃をさばいていた。
冷静さを保つことで、無理な回避をしなくなる。安定した動きで戦闘を運ばせられる。
「で、だ。その『冷静』は、狂気的なものだ。戦闘で武器を捨ててかかるってのは、特攻に近い。返り討ちにあったら終わりだ。それができるのは、ホントに狂気の冷静を持つ人だけ。返り討ちを躱せない」
武器を捨てる。それは、わざわざ相手に隙を作る行為だ。
そんなことをしたら、攻撃される一方だ。
その攻撃を躱す、またはその前に押さえて無力化するのは、一般人なら不可能。
どんな人でも、戦闘になったら、少しだけでも冷静さを欠く。
武器を捨てる考えさえも持たないだろうし、捨てた後の対処がままならない。
冷静。とはいえ、ただ冷静なわけじゃなく、『
それを持っているからこそ、相模君はあの戦法ができたんだ。
「そうなると、逆も有利だと言える。相手の奇襲に対してだ。反応さえ間に合えば、誰よりも的確な判断ができる。奇襲のメリットを限りなく相殺できるんだ。出現場所・時間が不明な幻獣戦において、かなり大きい」
「そうそう。さすが天ね。私が説明しなくていいのは助かるわ」
紫様は楽したいだけなんじゃ……そ、それは置いといて。
天君の考えを聞く限り、大きく有利になれる気もしてきた。
……相模君が若干自慢顔になっている。
なんか、言いにくいけど、奔放な人というか、自由人というか……おちゃめ?
「で、それ以外にはなんかあるのか?」
「いえ、もうないわ。これだけ伝えたかったのよ。ありがと。紫も、ありがとね」
「いいのよ。じゃ、おやふみ~……ふぁう~」
「じゃ、俺も行くわ」
「あ、待って。栞ちゃんを戻すよ」
そう言ってしばらくして、栞ちゃんが戻ったのか、天君の顔が少し明るくなった。
やっぱり、戻ってきたことが嬉しいのかな。
それと同時に、幽々子様も部屋から出ていって、私と相模君だけが残って。
「ほら、今から天のとこ、行くんでしょ? 早く行ったほうがいいんじゃない?」
「な……! なんで、わか……!」
そう言うと、相模君はニヤニヤと意地悪そうな笑顔を浮かべる。
あ、わかった。子供っぽいんだ。
「ほらほら、大好きな異性のもとに行ってきな?」
「か、からかわないでください! ……いってきます」
最後の声がとても小さくなって、それに反応した相模君が、また笑みを深める。
中性的な顔立ちからも、子供っぽい感じが強く感じられる。
その笑みを背に、部屋を出て外へ。
多分、天君は黙って外で修行しているのだろう。
外に出て、辺りを見渡して、彼を探してみる。
……いた。やっぱり。
彼の真剣な横顔は、いつ見てもドキドキしてしまう。
他の誰にも言わないで、黙って影で努力する、そんな彼が、私は大好きだ。
ありがとうございました!
前回、結構『冷静』を強調してたので、感づいた方もいるとは思います。
そのままの能力ですが。
相変わらず妖夢ちゃんのデレ具合。
翔君にからかわれながらも、しっかり行く妖夢ちゃん。
ではでは!