不穏なタイトルですね。嫌な予感しかしない。
大半は甘々要素、最後だけシリアスです。
これらの両立を図りたいですね……
とうとうこの作品の評価バーに色が付きました!
皆さん、ありがとうございます!
今後も頑張りますので、よろしくお願いします。
では、本編どうぞ!
月の光に照らされながら、彼の姿を見続けて。
「さってと……そろそろ終わるか」
天君がそう言って、玄関を通って部屋に戻っていく。
彼を追おうとして、彼の鍛錬した場所を見るが、前のように上着は置いていない。
彼の部屋に行く理由はない。口実だって作れそうにない。
けれど、私は惚けてしまっていた。ろくな判断さえもできない。
自分のやりたことをやる。今はそれが、彼の部屋に行くこと。
ふらふらとした足取りで玄関を通り、彼の部屋に。
障子を開けるが、彼はもう寝ていて、反応は一切ない。
「天、君……」
もう限界だった。胸が切なさでいっぱいになっていた。
きゅっ、と締め付けられて。彼を欲しがって。
あの時のように布団へ潜り込み、彼に密着する。これをやったあの朝、どうなったのかも忘れて。
彼の温かみを肌で感じ、体が震え始める。それは、寒さなどではなく、幸福によるもので。
自分の欲が満たされていくのをひしひしと感じながら、一層深くへ溺れてゆく。
ただ、それの繰り返し。見惚れ、惚けて、満たされ、溺れる。
溺れた状態から助かったと思いきや、また見惚れて。
でも、それがこの上ない喜びで、幸せで、満たされるのだ。
そして、安心しきった時に、さらに意識が落ちてゆく。
思いの外呆気なく、私は闇へと誘われて。
―*―*―*―*―*―*―
窓や障子から、木漏れ日のように朝の陽光が差し込んでくる。
この感覚も久しぶりだ。まったく、懐かしいものだ。
と、布団を出ようとして。自分の体に何かがしがみついていることに気がつく。
い、いや、まさかな……?
掛け布団を開き、中を覗く。
俺の予想通り、というべきか、妖夢がいた。
二度目。一年の時を超えての二度目。見たことのある景色とはいえ、戸惑いを隠せない。
(お、おい、栞……起きてるか?)
(んぅ……おは――天……初夜、だったの?)
(違ぇよバカ! 何が――しょ、初夜だ! またなんだよ、また!)
(わ~お……積極的なんだね)
それはどっちが……? 妖夢が? それとも俺が?
俺の場合はまだ勘違いの可能性が高いので、気付けをせねば。
(俺はどうすれば――)
(抱いちゃえば?)
(あいよわかった――とでも言うと思ったか!?)
どさくさに紛れて規格外のことを言い始める栞。
(いいじゃん。天が連れてきたわけじゃないんでしょ?)
(いやそうだけど……)
(じゃあ抱いちゃえ。妖夢ちゃんから入ったんならいいでしょ。天ってそんなこともできない『ヘタレ』だったのかー)
むぅ……だがしかし。ここで抱くのも悪くないというか……むしろ嬉しい位だが。
ヘタレと言われるのも癪だしな……
(……わかったよ。一回抱いてみる)
(どうしてそうなったし)
(何だって?)
(なんでもないです~、どうぞ抱いちゃってくださいな。ささ、私に構わず)
俺と彼女は既に密着状態。今から後ろに腕を回すだけで抱けるのだが……
恋愛経験ゼロの俺にはそれさえも難しい。
(ほらほら、抱いちゃいなよ。ぎゅ~、って)
……
震えながらも、彼女の肢体に腕を回す。
優しく抱き寄せる。優しく、優しく。
やはり軽い。軽すぎる。殆ど力を入れずに抱き寄せてしまった。
(ついに自分からだね! 今まで妖夢ちゃんが寄ってきたところを抱いてたからね~。)
(あ、ああ……)
(おやおや? お声が震えていますね~。意識しちゃってるのかなぁ~?)
(仕方ないだろ! 妖夢なんだぞ!?)
才色兼備。その一言で片付けるには、あまりに勿体無く、おこがましい程の美少女を抱いている。
そう考えると、意識せずにはいられない。
そうして、俺は気付かない。
「ん……ぅ……あ、あれ……?」
そして、妖夢の意識が完全に覚醒する。
(……あ)
(……何その『あ』って。嫌な予感しかしないんだけど)
(……妖夢が起きた。頑張って♪)
(うわああぁぁあ!)
今この状況を妖夢が認知したら、どうなるだろうか。
この布団に入ったのは十中八九どころか、十中十が妖夢の仕業だろう。
だが、その後は? 俺が起きた状態で彼女を抱き寄せていたと知ったら?
もし本当に恋をしているならまだいい。が、そうじゃなかった時は社会的に抹殺されてしまう。
こうなったら……!
(狸寝入りしか、ない!)
(ヘタレだ!? ヘタレ過ぎる! バレた時が大変だよ? 私は止めたからね……?)
一か八か。俺はそんな賭けに乗りたくはない。
だが、ここで起きてみろ。一も八もなく〇、ゼロ、零。
ならば、ここで狸寝入り以外の選択は、ありえない……!
ま、自分で蒔いた種だから何も言えないし……
「え……あ、あれ? 天く――」
貫け、貫くんだ。耐えるんだ……!
微動だにすることなく……!
「あ……そっか、また私――天君……?」
起きてません。俺、寝てます。
「……寝てますか。早く起きないと」
そう、俺の部屋から出たならこちらの勝ちなんだ。
が、しかし。妖夢の言動が、俺の思考を狂わせる。
「でも……
そう言って、妖夢は。
自分から腕を回し、俺と抱き合う形になる。
(ええぇぇぇえ!?)
(どうしてこうなった。ってか、私の前でイチャつき過ぎでしょ……)
(ど、どうすればいい!? まさか抱き返されるとは思わなかったんだよ!?)
(どうしようもないね。私も予想外だったけど、早めに言っておいた方がいいことは確かだね)
だよなぁ……早めに言うのが吉か。
でもな~……言ったら――
「……天君? 起きてますよね?」
「アァ、バレテマシタカ、ヨウムサン」
オワタ。モウダメダ。オシマイ。
「はぁ……やっぱり起きてましたか。それで、どういう了見ですか?」
「スミマセンデシタ。ゴメンナサイ」
「……もういいですよ。怒らないですから、言ってください」
おぉ……女神よ。
この俺を許してくださる寛大な女神様よ。
「いや、布団の中に妖夢がいて……栞が抱いちゃえ、って」
「私のせいなの!? ねえ!? そりゃ促しはしたけど、実際に抱いたのは天じゃん!?」
「妖夢の前でそれ言うかよ!?」
その発言はまずい。
このままだと、いらないことまでペラペラと話してしまいそうだ。
「……わかりましたよ。私は先に朝食作ってますから、後で来てください」
そう言って、妖夢はそそくさと俺の部屋を出ていく。
特に何事もなく。本当に事なきを得た。
……え、あれ?
「お咎めなしなの? しかも意外とさっぱりしてたし」
(そう見えた? 私は、そうは思わないけどね♪)
栞の声は、どこか弾むように。
―*―*―*―*―*―*―
私の足は、震えていた。しかし、軽くもあった。
今にも崩れそうな足で向かうのは、私の部屋。
台所までもいけないくらいに震えてしまっている。
私の部屋に入り壁に背を預けて寄り掛かると、ついに足が崩れる。
ペタン、と座り込んだまま足が動かない。
同じく震えてしまっている手を、自分の胸の上に置く。
トクントクン、と今までにないくらいに心臓の鼓動が速くなっている。
「はぁっ……はぁっ……!」
激しい息切れと体温上昇。
私は半人半霊で、人間よりも体温は少し低めだが、今の私は普通の人間よりも高くなっていることだろう。
顔も赤くなりっぱなし。今の私の顔は、物凄くはしたなく興奮に満ちているだろう。
彼には狂わされっぱなしだ。
彼が、自分から抱いてくれた。
少なくとも、私を嫌いじゃない。
むしろ、好きなんじゃ――
そこまで考えて、さらに顔の紅潮と心拍上昇が進む。
彼が、私を、好き。
理想の様な話だ。この恋が、彼と同じものだなんて。考えただけでも……!
私の瞳は、どんどんと虚ろになる。
気力が無いようで、気力に満ち溢れたように。
私は、どれだけ彼に溺れていれば気が済むのだろうか。
「責任……とってくださいね……?」
恍惚とした顔で呟いた言葉は、期待でいっぱいだった。
早く台所に行かないと、彼に怪しまれる。
震える足で無理矢理に立ち、彼に会うことを楽しみにした。
―*―*―*―*―*―*―
さて、お咎めなしで済んだのだが。
(なぁ栞。どう思うよ?)
(これはもう恋しちゃってますね。もうバレバレ。天は嬉しいの?)
(嬉しいに決まってんだろ。……だからこそ、この環境と関係が崩れることが怖い)
今の、幽々子と俺と妖夢の暮らしが。仲良く笑い合う環境が壊れることへの恐怖。
あの一ヶ月を、思い出にするのはまだ早いだろう。
(大丈夫だよ。恋愛一つで変わるほど小さい関係じゃないはずだよ)
それはわかっている。けれど、わかっていても、考えてしまう。
関係なんて、簡単に崩れてしまうのだから。
そして、それを再建するのは、崩すことよりも、一から作ることよりも難しく、大変だ。
でも、そんなことを考えていても、前に進むことはない。
(そこまで悩むなら、幽々子に相談すれば?)
(……いや、自分で答えを出すよ。彼女を、自分で好きになりたい)
好きになるならば、自分で。彼女の魅力に他人の助言で気付くくらいじゃダメだ。
自分の惚れるところは、自分で見つけて好きになる。本来がそうだから。
さて、妖夢に追いつくか。
今は少しでも、彼女との交流を増やしたい。
台所へ行き、朝直の用意を進める。
この感覚、久しぶりだ。やっぱりこっちの方がしっくりくる。
今まで一年、ずっと料理はしていなかった。咲夜の料理を俺が手伝うと不味くなりかねないからな。
それに、向こうから断られたし。
気付いたら、自然と笑みが溢れていた。
なんやかんやで、俺はこの環境が一番好きなようだ。
「ふふっ、なんだか嬉しそうですね。どうしましたか?」
「ははっ、いやさ、この感覚が懐かしいんだよ。隣に妖夢がいて、一緒に料理して、幽々子の部屋に運ぶのが」
「そうですか……私も、天君が帰ってきてくれて嬉しいですよ?」
彼女の眩しい笑顔に、胸を締められる。
どうしてだろうか。
「俺も嬉しいよ。さ、作り終わったし、運ぼうか」
お盆に料理を乗せて運ぶ。この感覚だ。長らく忘れていた。
俺にとっての日常が回帰したことを、遅まきながら実感する。
朝食を食べ終わり、修行を始めようとして。
「天君、もう一回模擬戦やりましょう!」
負けたままだと、師匠としての顔が立たないためか、指導に入る前に再戦の希望。
何度も言うとおり、二度目は勝てない。“残撃”――残る霊力刃も、霊力に感づかれて躱される。
『あれ』もあるが……正直なところ、使いたくない。
ま、負け覚悟で足掻きますか……
「わかった。……一応、幽々子を呼んでくるよ」
一旦玄関を通って幽々子の部屋へ。
用件を伝えて、了承を得て戻ってくる。
昨日と同じルールで、模擬戦をすることになった。
「では、よ~い……始め!」
刹那。
バァン! と音を立てて妖夢の体が加速する。早期決着を狙ってるか……
なら……!
俺も足に霊力を溜めて、妖夢の攻撃をギリギリまで待って、引きつける。
妖夢の楼観剣が抜かれて、楼観剣は眩い光を反射する。俺も同じく、神憑を引き抜く。
そして、楼観剣が右から左へ振り抜かれる。視認できないようなスピードで振られた楼観剣は、音も置き去りにする。
……ここだ!
俺は体を最小限に動かし、カウンターを狙う。服が楼観剣に掠り、少しばかり布を斬る。
今なら避けられないだろ――っ!
俺は全力で後ろに飛び退いた。
瞬間、白楼剣が抜かれて、俺のいた場所を一閃。
「へぇ……よく避けられましたね」
「中々嫌な予感がしたからな。俺って案外こういうのは鋭いかもな」
「では……次はどうでしょうか!?」
先程よりも速いスピードで距離を詰められる。
このままだと、避けられない。負ける。ま、まずい――!
――あ~あ、俺はだらしねぇなぁ!?
瞬間。足に霊力が集まり、異様なスピードで後退する。
「はいは~い、残念だったね、妖夢」
俺が最も恐れていたことが起きてしまった。
――オレが、前に出てしまった……!
「妖夢、幽々子! ヤバい――」
それを最後に、俺の言葉は途切れた。
―*―*―*―*―*―*―
天の様子が、おかしい。
あんなに飄々とした態度は、勝負事では見せないような性格の彼が。
そして、私は霊力の異変に気付く。
「ほら見ろよぉ! オレは強くなってんだろ!?」
そう言った彼からは、黒い霊力が溢れんばかりに流れた。
「妖夢! 本気を出しなさい! 死なない程度だったらなんでも良いから!」
「そら、くん……?」
ダメだ、気付いていない。
ショックなのはわかるけれど……!
「妖夢! しっかりしなさい!」
「あ……は、はい! 殺さない程度にいきますよ!」
「やれるもんならなぁ!?」
瞬間、二人の姿が消えた。
―*―*―*―*―*―*―
オレは驚異的な速度での移動を続けている。が……
「ちっ! 速い……!」
妖夢がそれに追いついている。
一瞬でも気を抜けば、二本の剣に喰われる……!
なら……!
オレはあえて
勿論、当たれば死ぬだろう。だが――
「……っ!」
振られた刀は、オレの胸の手前の空を斬った。
「ハッハハハハア! こいつは面白ぇな! 攻撃できないかよ? 大事なんだもんなぁ?」
予想通り。妖夢はオレに攻撃できない。
俺は妖夢に、オレのことを話していない。だからこそ、攻撃できない。俺がどうなるかわからないから。
まったく、傑作だなぁ!
「じゃあこっちから行く……ぜぇ! ……虚無ノ絶撃ィ!」
神憑を納刀し、黒の霊力を最大限に右腕に集める。
その黒は、まさに虚無。全てをも飲み込んでしまいそうな、虚。
霊力の密度が高い分、一筋の光さえも通さない。
腕の次に、曲げた足に霊力を溜めて、解放。
テレポートのように移動したオレの体は、妖夢の懐へ、
そのまま、霊力を溜めた右腕を――!
しかし、右腕は掠りもせず。
先程まで目の前に居た少女は、横に移動している。
はや――すぎるっ……!
「……すみません!!」
妖夢の楼観剣が、オレの腕を斬る。正確には、肩のあたりを。
ピシャッ! と鮮血が飛び散り、オレと妖夢の顔にかかる。
瞬間、二人は顔を歪めた。
妖夢は、大切な人を斬ってしまった罪悪感から。オレは、斬られた腕に激痛が走ったから。
「こ、この……!」
オレがもう一度右腕を上げて虚無ノ絶撃を放とうとする。が――
「アァァアア! イタイ!、イタイィ!」
「……腱とその周りの筋肉を、斬った。もう
「ハハハ……敬語も、なくなったかよ……?」
「お前は天君じゃない。斬った天君には敬語ですが、お前には敬語を使う価値もない」
そう、かよ……オレも俺なのになぁ?
そこでようやく、俺が前に出る。
……が、激痛で言葉を話すどころか、意識も飛びそうだ。
「よ……妖夢、よくやった。ごめ……ん、な……」
「ぁ……天君! 天君!」
「紫! すぐに来て! 天を永遠亭に!」
俺が最後に見たのは、妖夢の泣き顔と、幽々子のこれまでで一番悲しい顔。
そして、スキマの中の大量の目だった。
―*―*―*―*―*―*―
私は、天君を斬ってしまった。
斬ってしまった。きってしまった。キッテシマッタ。
私は何をすればいいだろう。
彼に会わない? 責任をとって、自分の腱も斬る? いっそのこと、死んでしまう?
「あ……あぁ……ああああァァァアァぁアァあ!!」
私の絶叫は、どこまでも響いて。
ありがとうございました!
さあ、次回は永遠亭からです。
腱を切ってどれくらい痛いかはわかりませんが、刀で一緒に切るのに必要な筋肉も切った、
ということで。
これ以上キャラ増やして大丈夫なのか心配です。
一部のキャラクターの出番が極端に少なくなる可能性があります。
文、勇儀、萃香は今後出そうと思っています。
交流の話も書きましたし。ただ、すごく後になるかもしれません。
ご了承ください。
ではでは!