銀魂 赤獅子篇   作:to.to...

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第七訓 来襲せしは紅の

「見張りがいない?」

 

 

 カウンターテーブルを撫でつつ、赤い頭髪の男は呟く。

 普段は喧騒に溢れる炎亭だが、今は物音一つすらしない。

 

 

「(重要参考人と踏んでるんなら、その自宅に何人か配すんが定石だが……)」

 

 

 日中は白い制服達が屯していた。

 しかし夜の帳が下りた今、ただ物色された跡が残るだけである。

 そんな閑散とした空間に男は腰を下ろすと、探るように目を配った。

 

 この家屋から消えたモノは何か――――

 

 床、卓上、食器棚……男は喚び起こす、いつもの炎亭の姿を。

 そして壁面に視線が移った時、男はつい口に出していた。

 

 

「あぁ、そっか」

 

 

 その先には、壁に埋め込まれたフック状の金具が鈍く輝いていた。

 そこにいつも、掛けてあった物。

 

 

「刀か」

 

 

 

 

その、瞬間

 

 

 

 弾丸の雨が男を襲った。

 

 轟音と共に、炎亭の戸や壁が粉微塵と化していく。

 男は咄嗟にカウンターの内側へ身を隠した。

 

 

「へッ……子ども騙しみてェな案だったが、まさか本当に……」

 

 

 自嘲にも似た乾いた笑いが出る。

 やがて音は止み、再び炎亭に静けさが訪れた。

 男はそれを見計らって、周囲を伺う。

 

 

「本当に釣れるたァ思わなかったぜ」

 

 

 舞い上がった土煙に紛れて、二つの影が確認できた。

 片方はシルエットでも筋肉質だと分かる大柄な男。

 もう一方はそれ比べて華奢だが、その佇まいからは言い知れぬ気が放たれていた。

 そして共通して言えるのは、両者とも傘を携えているということ。

 

 

「だが釣れたんは、警察狩りじゃねェみてーだな」

 

 

 発泡してくる様子はもう無く、それを察した男はカウンターから身体を乗り出した。

 と同時に、煙塵の中から襲撃者は姿を露にする。

 

 

「ほら、言ったでしょ阿伏兎。これくらいじゃ死なないって」

 

「だからって、こうも騒ぎ立てる必要は無いだろすっとこどっこい」

 

「オイ」

 

 

 敵前にして談笑するかの如く余裕を見せる二人。

 そんな会話を遮るように、男は声を掛けた。

 

 

「どこのチンピラエボシだてめェら」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「シマさん、総悟どこ行ったか知らない?」

 

「?」

 

 

 唐突な呼び掛けに、事務作業に勤しんでいた斉藤は振り返る。

 そこには両手にマヨネーズを携えた、奇っ怪な様相の日原大成がいた。

 

 

『大成くん、今しがた出掛けたばかりじゃ?』

 

「俺がか?いやいや、ずっと屯所にいたけど……」

 

 

 ノートで応じる斉藤は、訝しげに首を傾げる。

 どうやら何か思う所がある様子。

 

 

『ちなみに大成くんは、総悟くんに何か用が?』

 

「うん、ちょっと懲らしめてやろうとな」

 

 

 見てよコレと、両の手に持っていたマヨネーズを差し出す。

 

 

「トシさん用に低カロリーを意識して作ったマヨネーズなんだけどさ……」

 

 

 悪戯っぽく、手にするそれを揺さ振った。

 

 

「きれいな色してるだろ。ウソみたいだろ。下剤入ってるんだぜ、これで」

 

『何も……見なかったZ』

 

「いや、現場目撃したんならちゃんと申告してくれよな。トシさん腹壊しちゃうから」

 

 

 斎藤のアフロを軽く小突くと、大成は笑みを浮かべる。

 最近になってだいぶコミュニケーションを交わせるようになったなァ――――と、内心感慨深い大成であった。

 

 

「そういや……」

 

 

――――シマさんが変われたのも、確か万事屋のお陰だって聞いたな。

 

 ふと、以前に耳にした話を思い出す。

 それ以外にも隊士達との会話の中には、度々万事屋の名があった。

 自分には機会が無かったが、どうやら真選組はつくづく万事屋と縁があるようだ。

 ……といった思いに浸っていると、ふと大成は気付いた。

 

 

「……銀さんの姿も見ねェな。揃ってどこ行っちゃったんだか」

 

 

 そう述べつつ、首を捻る。

 妙な違和感、嫌な予感を感じていたのだった。

 

 そんな折――――

 

 

 

あ"あ"!?影武者だァ!?

 

 

 聞き慣れた怒声が、屯所の一室から耳に届いた。

興奮のあまり裏返っている。

 どうやら何かあった模様。

 

 

『今の声は』

 

「トシさんだな。ちょっと行ってくらァ!」

 

 

 途端に大成は忙しなく駆け出す。

 やれやれといった表情で、斎藤はその背中を見送った。

 

 そうして、声を追った大成がたどり着いたのは、真選組屯所内にある司令室だった。

 和風な木造建築には似つかわしくない、ハイテクな機械がごった返す空間。

 そこで第一に目に入ってきたのは、胸ぐらを掴まれつつ首筋に刃を突き付けられた山崎の姿だった。

 

 

「え……えぇ。そ、その沖田隊長は既に、屯所を出て行ってしまいまして……」

 

「独断でか?」

 

「俺に言わないでくださいィィィ!」

 

 

 精密機器の数に比例するように隊士達も多くいるのだが、問い質されているのは彼一人だけである。

 実に理不尽極まりない。

 そんな悲痛な叫びを上げた山崎は、土方越しに大成に気が付いた。

 涙目で助けてくれと訴えて掛けてくる。

 そんな思いを察した大成は、鬼気迫る形相の土方の肩を叩いた。

 

 

「トシさん、何かあったんか?」

 

「……大成、か。噂をすればだな」

 

 

 その呼び掛けに、土方は山崎の拘束を解いた。

 と同時に山崎の手元から何かが落ちる。

 

 

「え"」

 

 

 それは……赤毛のカツラに、大成の着流しを模した着物。

 

 

「……沖田隊長の部屋にあった物です」

 

「お前のコスプレ衣装一式だとよ」

 

「待って。何かゾワッと来たんだけど」

 

 

 そう表情を歪め、腕を胸先で交差させる。

 

 

「コミケ92まであと一ヶ月あるというのに、現段階でこの完成度とは……!」

 

「驚く所そこじゃねェだろ!てか三ヶ月も更新しない二次創作小説のオリキャラなんぞ、誰も興味なんか湧くはず無」

 

「止めてくれトシさん、そのツッコミはオレに効く」

 

 

 墓穴を掘ることになるとは露知らず、無作為にボケを放ったのを後悔する。

 むしろダメージを負っているのは大成ではなく……。

 

 

「ってことァ、もしかしてさっき聞こえた()()()って」

 

 

 この部屋に赴いた要因を思い出しつつ、状況を結びつける。

 

 

「……まさかよ。俺に扮して警察狩りを誘き出す、なんて安易な魂胆じゃないよな?」

 

 

図星だったのだろう。

土方から呆れたような口鼓が溢れた。

 

「残念ながらその通りだ、あの馬鹿が。まだ警察狩りの狙いが大成だと決まったワケじゃねェってのに」

 

「ま、まァ……沖田隊長も大成君の身を案じて、居ても立っても居られなくなってんでしょうし……」

 

 

 山崎のフォロー虚しく、土方の額に再び青筋が浮かび上がっていく。

 それに合わせて語気も勢いを帯びる。

 

 

「第一……ッ、お前の身長じゃ大成に届かんだろうが……!!」

 

「いや問題はそこじゃねェし、触れてやるなよ」

 

 

 さりげない土方から沖田への誹謗に、大成は冷静に返した。

 小言を挟む程の余裕は持ち合わせているようだが、土方の内心の憤怒はまだ留まらないらしい。

 そんな様子を見かねてか、大成は土方の眼前にマヨネーズを突き出した。

 

 

「……ま、かっかとしないでさ。苛立ちやすいのは腹が満たされてない証拠さ。ほら、食えい」

 

 

 沖田の動向も気になるが、鎮めなければ埒が明かないと考えたが故の行動。

 すかさず土方のツッコミが入る。

 

 

「なんでマヨネーズ単品!?料理人ならせめて何か調理をしろ!」

 

調()()()()、だと……?」

 

 

 ……どうやら今のは気に障ったらしい。

 

 発せられた一言に、突如大成の様相は一変した。

 同時に、目眩を伴うような激しい重圧が土方等を襲う。

 沸き立つ覇気に当てられた山崎は後退り、土方も硬直した。

 周囲の隊士達も同様。

 山崎含め、完全に巻き添えであるが。

 

 

「俺ァ今までアンタの偏った栄養バランスを配慮して、飯作ってきたんだがなァ」

 

「い、いやそれは……」

 

「随分軽々しく言ってくれんじゃんよ。『調理しろ』って?……舐めんじゃねェよォ!!」

 

 

 荒ぶる声に震える空気。

足元に走る亀裂。

 

 

「この俺がマヨネーズに手を加えていないとでも思ったかァァ!!」

 

「そこォォォ!?」

 

 

 見当違いの怒号に、負けず劣らず土方も叫んでいた。

 対する大成は拳を握り熱烈に語り始める。

 

 

「俺は兼ねてより考えていたんだ……ッ!再三の忠告に聞く耳を持たず、隊士達の栄養バランスを考慮した食事に、これからもアンタは容赦なくマヨネーズをぶっかけていくというのならば……マヨネーズ自体を健康的かつ摂り過ぎても身体に異常をきたさない物を変えればいいのだと!」

 

 

 故に俺は開発した――――と、その手に握るマヨネーズを高らかに掲げた。

照明に当てられ山吹色に輝くそれは、どこか神々しい。

 

 

「聞いて驚くなァ!このマヨネーズには死腐土(シーフード)星から取り寄せた珍味、『チコン貝』から抽出した油を用いている!」

 

「どっかで聞いたことあんだけど!?それに油を抽出って……」

 

「先端を擦ってるとピュッて出てきます(真顔)」

 

「やめろ!」

 

「このチコン貝の油は少し特殊で、油脂を製造する過程でトランス脂肪酸が生成されないんだ!よって、これにより悪玉コレステロール値の増加を抑えることが可能ッ!なおかつマヨネーズを構成する卵黄を始めとした材料も吟味を重ねることにより、従来の風味や質感をそのまま、生活習慣病を引き起こすリスクを軽減させることにも成功した!」

 

 

 高揚する大成の熱弁は止まらない。

 身振り手振りで興奮を露にする。

 

 

「これなら普段通りマヨネーズを過剰摂取しても多少は大丈夫だ!問題ない!これで性転換した時、ブタのフレンズみたいな醜態を晒すこともないぞ」

 

「ブタのフレンズって何!?もしかして土方X子の事言ってる!?」

 

「ふっとーい!君はマンホールに挟まるのが得意なフレンズなんだね!」

 

「あの話はもういいだろ!」

 

 

 ある種、黒歴史を引っ張り出された土方は一喝する。

 

 

「とりあえずこの新製品は、TES(タイセー)マヨネーズとでも呼んでくれ」

 

「何でちょっと小洒落た名前つけてんの、余計原谷乾いんだけど」

 

 

 ――――と、小さな悪態を吐きつつも土方はそれを受け取り、無造作に隊服の胸元に押し込んだ。

 その面持ちはどこか満足気。

 今の講釈からなるTESマヨネーズへの期待は、マヨラーには堪らないものだったのだろう。

 

 

そ こ で だ

 

 覚えているだろうか。

 このマヨネーズには下剤が仕込まれているという事を。

 当の大成もこの時、完全に脳内から消え去ってしまっている。

 

 これを食した土方が腹を壊すのは、また別のお話。

 

 

 ――――と、そんな時だった。

 

 

 

 

ビ――――ッ!!!

 

 

 

「……なッ!!」

 

 

 けたたましいアラームが室内に反響した。

 その出所は、山崎の位置するモニター。

 画面は一転して赤く染まり、非常事態という事実を色濃く示している。

 

 

「副長ォ!大成君!ちょっとこっち来てください!!」

 

 

 山崎の呼び掛けに応じ、二人も液晶に顔を寄せた。

 モニターには江戸の街並みらしき簡略図が映し出され、ある一点が赤く点滅を繰り返していた。

明らかに穏やかではない。

 

 

「こいつァ……」

 

「小型デバイスからの信号です!それに、これは沖田隊長の物……!」

 

 

 この信号を発している機械は、真選組隊士は全員が携帯を義務付けられている物である。

 主に互いの位置情報を共有したり、無線機としての役割を持つ。

 しかし本来、非常事態時や作戦遂行時にしか用いられない物なのだが……。

 

 

「しかもこの赤く光ってる場所、炎亭(おれんち)じゃねェか!」

 

「つーこたァ、本当に警察狩りを炙り出せたってワケか!?」

 

「そうなる……のでしょうか。こちらからも向こうの端末に……!」

 

 

 言うと山崎はすぐさま接続を試みた。

 一も二もなく無線とは繋がったが、ノイズが鳴り渡るだけで向こうの様子を捉えられない。

通信状況は芳しくない模様。

ただ、時折ノイズに紛れて聴こえる衝突音は、沖田が何者かと交戦していることを示していた。

 

 そうしている内に、複数の足音が部屋に近付いてきた。

 

 

「何かあったんですか!?」

 

 

 戸を滑らせ、入ってきたのは二人の少年少女。

 ――――新八と神楽である。

 

 

「おう、新八君に神楽ちゃん!警察狩りが釣れたかもしれない!」

 

「警察狩りって……件の!?本当ですか!?」

 

 

 と、やり取りを交わす大成と新八。

 一方、予想外の人物の登場に目が点になってる土方。

 なんで万事屋のガキ共がここに……といった面持ちの土方に対し、神楽は言った。

 

 

「あ、戻ってたアルかトシ……じゃなくてブタのフレンズ!」

 

「オイ今なんでわざわざ言い直した!トシで合ってるよ!?」

 

 

 露骨なボケに声を裏返してツッコミを放つ。

 

 

「てか何故その名前知ってる!?もしかして聞いてた!?」

 

「神楽ちゃんは可愛いウサギのフレンズネ。ウサギの聴力を舐めんなヨ」

 

「いやセルリアンの間違いだろ」

 

「誰がゲロアルか!私のはあんな気味悪いゲル状の化物じゃないネ!もっとピカピカに輝くもんじゃ焼きアル!」

 

「そこまで言ってないだろ!てかゲロだよなそれ。ゲルって言うよりモザイク掛かったゲロだよな。控えめに言ってセルリアンだよねそれ」

 

 

 そんなボケとツッコミの応酬を、新八は一喝して制止させる。

 

 

「そんなくだらない事やってる場合じゃないでしょうアンタ等ァァ!」

 

 

 ごもっとも。

 対峙しているのはあの沖田と言えど、相手の詳細は一切把握できていない。

 そしてあの沖田だからこそ、この信号は無下にはできない。

 大事を想定し、即刻増援を向かわせるのが懸命である。

 そうして会話を修正しようとした矢先、作業に当たっていた山崎が声を上げた。

 

 

「副長ッ!!」

 

 

 雑音が晴れ、向こうの機器と上手く繋がった様子。

 土方は山崎からマイクを奪うと、その先の沖田に呼び掛ける――――

 

 

「オイ総悟!今現場はどうなっている!?警察狩りは!?オイ聞こえ……」

 

『……ちょっとォ。気が散るんで、手元でうるさくすんの止めてくれますかねィ?』

 

 

 ――――が、帰って来たのは呑気な返事だった。

拍子抜けもいいところだ。

 緊迫した各々の表情が、呆れたものへと変わる。

 

 

『今いいところなんで。とりあえず山崎はただじゃ済まさねェって事でよろしく』

 

「なんで俺がいるってわかったんです!?俺まだ一言も喋ってないですよね!?」

 

『ハイ喋った。今喋った。故に処刑な』

 

「理不尽極まりない!!」

 

 

 多量の冷や汗が浮き出る山崎。

 その一方で、一同は胸を撫で下ろしていた。

 連日の警察狩りによる緊張感に、らしくもない沖田からの緊急信号も相まっていたのだろう。

 

 

「はァ……で、何かあったのか?」

 

 

 同様に土方も一息つくと、訊ねる。

 ――――だが。

 

 

その返答は、予想だにしないものであった

 

 

 

『ゴフッ……』

 

 

 くぐもった、噎せるような声。

 場慣れした者には分かる。

 

 これは……血を吐いた音。

 

 

「総悟ッ……!?」

 

『……まさか、こんな所で()()と出くわすたァな。こいつァ想定外でさァ』

 

 

 ビチャビチャと、液体のはじける音が耳を撫でる。

 通信機越しであるのに、それはやけに生々しく感じられた。

 

 

「夜兎だと!?」

 

『ずば抜けた化け物が、二人。伏兵は確認できてねェが……あとどれだけ稼げるか解ら』

 

 

 そう言った矢先。

 突如鈍い衝撃音が轟き、一瞬だけノイズに飲まれる。

 これには大成や新八も詰め寄り、機器に向かって呼号した。

 

 

「大丈夫ですか沖田さん!!」

 

「総悟ッ!!オイ総……」

 

 

 ――――しかし返って来たのは、別の男の声だった。

 

 

『……ん~、中々面白い強者(レアモノ)だね、このおまわりさん。真選組(アンタら)の中には、こんな侍がまだまだいるの?』

 

「ッ……!!」

 

 

 どうやら沖田はデバイスを奪われた模様。

 声は現場より離れた、司令室いる真選組(ものたち)に向けられている。

 妙に気味悪く落ち着き払ったそれは、一瞬にして土方達の背筋を凍らせた。

 特に、神楽の。

 

 

『……でも俺が求めてるのは、このおまわりさんじゃない』

 

 

 そして続いて発せられたモノに、大成は胸を衝かれた。

 

 

『この人は【ヒハラタイセー】じゃないでしょ?』

 

「お前……ッ」

 

 

 図らずも声が零れる。

 機器の向こう側で、男は笑みを浮かべたように思えた。

 

 

『ああ、そこにいるんだ。ヒハラタイセー』

 

 

 静かだが、情動の籠る声音。

 言い様のない悪寒が背筋を走る。

 

 

『待っててよ。名残惜しいけど、今コイツを片付け

 

 

 

 

――――ブッ

 

 

 そこで、通話は途絶えた。

 

 モニターから赤い点滅も消失していることから、デバイスは破壊されたらしい。

 ……そして、次第に室内はざわめきだす。

 そんな中神楽は、今だ豆鉄砲を食った鳩のように動けないでいた。

 

 

「神楽ちゃん……今のって……」

 

 

 傍にいた新八が、そんな神楽に声を掛ける。

 それにより現実に引き戻された神楽だが、すぐさま部屋を飛び出して行ってしまった。

 呼び掛けにも応じず、目の色を変えて。

 唖然とする各々に、恐る恐る口を開いた新八が代わりに説明を始めた。

 この――――真選組最強と謳われる沖田を相手取る、夜兎の男を。

 

 

「今の人は……神楽ちゃんのお兄さん、神威さんです!」

 

 

 青ざめた面持ちで新八は告げた。

 人間と夜兎の圧倒的な力の差を、過去に一度見せつけられたが故の畏怖だ。

 

 

「いくら沖田さんでも……人間ではあの人にはとても……!」

 

 

 相手は歴戦の夜兎――――その突きつけられた事実に、隊士達は戦慄する。

 夜兎との戦闘経験も無ければ、束で掛かっても勝てる保証は皆無。

 増援に向かう前から、士気は大きく削り落とされていた。

 

 

「おかしくねェか」

 

「?」

 

 

 だが……そんな状況で、冷静に一考していた大成は呟く。

 

 

「過去の警察狩りの犯行には、刀が使われてたよな。……なら何故()()が釣れた?二人という点も謎だ」

 

「む……」

 

 

 大成の言いたい事は自ずと伝わった。

 警察狩りは他にいるか、複数存在する。

または協力者――――その可能性を示唆しているのだ。

 

 

「……ともあれ、総悟が危険に晒されてる事に変わりはねェ。すぐに向かおう」

 

「馬鹿言え、自分の立場分かってんのか!」

 

 

 真選組の誰よりも早く部屋を後にしようとする大成を、土方は制止した。

 

 

「敵の狙いはてめェだぞ!うかうか出て行ったら、それこそ奴等の思う壺じゃねェか!」

 

「居場所がバレて、相手が複数人いると見込まれる以上、俺はここにいても意味がない」

 

 

 大成は屈する事なく、真っ直ぐな視線と言葉を土方に向けた。

 確かに――――現在真選組は昨日の一件などで人員が割かれ、残りもこれから沖田の増援に割り振らなくてはならない。

 所在が割れた状態で警備を手薄にするのは、賢明な策とはいえないだろう。

 そう、土方は考えてしまった。

 

 

「屯所に直接殴り込みに来る奴がいるとは考えにくいが……一理あるな」

 

「そういうこった。そんなら俺ァ援軍の一員として、総悟の加勢に向かいたい」

 

 

――――それに。

 

 納得しかけてしまう土方に、大成は更に言葉を連ねる。

 

 

「人を危険に晒してる張本人が、胡座をかいてられっかよ」

 

 

 自責の念でも抱いていたのだろうか。

 保護も捜索も真選組が勝手に行ったことであるため、負い目を感じる必要は無いのだが――――

 

 

「まァ……本来お前は、戦う側の人間。繋ぎ止めておくってのが無理な話だったか」

 

「そーいうこった。理解が早くて助かるぜ」

 

 

 折れた土方は、溜め息を一つ吐き出すと踵を返した。

 他の隊士達も同様。

 こうなった大成はもう止められね――――といったような呆れた面持ちで、土方の後に続いた。

 不思議と彼等の顔は、先程の戦慄が嘘のように士気が持ち直していた。

 

 

「……」

 

 

 その光景を、新八はただ部屋の片隅で呆然と眺めていた。

 まだ知らない真選組の表情、絆。

 垣間見えた曖昧だが確かなモノ。

 気付けば新八もだいぶ落ち着きを取り戻していた。

 

 

「あの……」

 

 

 そうして声を絞り出す。

 新八は一つの決意を固めると、勇気を奮った。

 

 ……だが。

 

 

「僕も同行させてくだ」

 

 さい!神楽ちゃんだけを危険な目に合わせるわけにはいきません!

 

 ――――と、いう新八の言葉は、喉を通ることはなかった。

 

 

「あ、れ……?」

 

 

 

 

 

ドッ

 

 

 

 

 

 

ドッ

 

 

 

 

ト"ッ"

 

 

 

 自然と、鼓動が早まる。

 体が動かない。

 息が詰まる。

 計り知れない『ナニカ』が襲い掛かる。

 目眩のするような状況下、辛うじて辺りを見渡した新八は驚愕した。

 

 皆も同様には硬直していたのだった。

 

 突然のあまりその誰もが、状況を掴めないでいる様子。

 伸し掛かるは、重力の様な圧。

 皮膚に刺さるは、凍てつく気。

 次第に四肢は震えだし、立つことさえままならなくなり始めた。

 そんな、彼らを押さえつけるモノの正体は――――殺意。

 

 

「体が、固ま、て……」

 

 

 土方は自分の掌を見つめた。

 自分の意に反するように、それは強張っていた。

 まるで本能が拒絶しているみたく。

 

「だが……この感覚、どこかで……?」

 

 

 ――――そんな降り注ぐ殺気の中、ただ一人動ける者がいた。

 

 

「避けろォォォォォォォォ!!」

 

 

 硬直した空間を劈く怒声が、者共を正気に連れ戻した。

 これを放ったのは、大成。

 続いて土方の襟首を鷲掴むと、後方へ力任せに投げ飛ばした。

 

 

「なッ!?」

 

 

 その直後だった。

 

 さっきまで土方の眼前にあった扉を真っ二つに、巨大な刃物の様な物体が部屋に侵入してきたのだった。

 

 

「うわァァァァ……ッッ!!」

 

 

部屋にとても収まりきらないそれは、天井も床も何もかも切り裂きながら容赦なく進む。

 迫り来るそれに、辛うじて動けるようになった隊士は紙一重で避けていく。

 大成の呼び掛けがなければ、何人が両断されていたであろう。

 

 

「今の……」

 

「刀、なのか……!?まさかこの部屋ごと……屯所ごと切り裂いたとでもッ!?」

 

 

 物体が通り過ぎた後の傷痕を眺め、一同は恐怖する。

 壁から天井、床、モニターなど機材に刻まれた、まるで豆腐に包丁を入れたかの様な痕を。

 それは司令室内に留まらず、屯所の端から端まで続いていた。

 

 そして、天井に開いた隙間に――――

 

 

「ッッ……!」

 

 

 何者かの指が差し込まれた。

 屯所がミシミシと悲鳴を上げ始める。

 

 

「まさか……!」

 

 

 ――――直後、屋根はいとも簡単にこじ開けられた。

 

屯所を形成していた木板やら瓦が、無機質な音を立てて崩れ散る。

 そんな舞い落ちる瓦礫の中、二つの影が隊士達の中央に降り立った。

 

 

「……ふぅ。神威に阿伏兎付けといて正解だったァな。アイツ一人じゃ、何しでかすか分かったもんじゃねェぜ」

 

「あァ」

 

 

 真選組の本陣に乗り込んでおきながら、言葉を交わす余裕を見せる二人。

 深い三度笠に隠れて、両者ともその素顔は闇に浸されていた。

 だが『神威』という名前から、沖田を襲撃した者達との繋がりは明白。

 そう、目先の敵に意識を向けていた大成に、一つの影が歩み寄る。

 

 

「……日原大成、だな」

 

 

 確認を取るように言い放つと、男は大成と視線を交えた。

 生気を感じさせない気味悪い黄色の眼光と、燃ゆるような深紅の眼差しが衝突する。

 

 

「だったら、どうするってんだ」

 

 

 味方の空気が再び萎縮してしまった以上、これより弱味を晒す訳にはいかない――――物怖じする欠片すら見せることなく、大成もあえて一歩踏み出した。

 すかさず男は、その手に握る刀剣を大成の首筋に当て交う。

 

 

「……」

 

 

唾を飲むだけでも刃に触れかねない。

空間を支配した緊張感が、刹那静かに流れる時に渦巻く。

そして黄眼の男は、告げた。

 

 

「見定めさせてもらう、赤獅子」

 

 

 

 この発言は、即座に開戦の火蓋へと化した――――。

 

 高速で抜刀した大成は、刀を自身と相手の刃先の間に滑り込ませ、鍔迫り合いの形に持ち込ませる。

 鈍い金属音が反響し、刃と刃の衝突が眩い程の火花を散らした。

 

 

「……!」

 

 

 力は大成が勝る様子。

 男の身体は自然と後退を始めた。

 

 ――――だが、それも束の間。

 両者の力は拮抗を始める。

 と同時に、男とその刀に異変が現れ出した。

 

 

「……おい、一体なんだそいつァ!」

 

 

 悪寒を察知した大成は、男を部屋の端まで弾き飛ばし距離を取る。

 

 

「……ユクモ、あんまし遊び過ぎんじゃねーぞ」

 

 

 口を開いたのは、後方で静観していたもう一人の男。

 どうやら大成と対峙する男は、『ユクモ』という名らしい。

 分かっていると小さく応じると、ユクモは切っ先を大成へ向けた。

 

 ユクモの刀は先程の様相とはかけ離れていた。

 それはとても禍々しく紅色の光を放ち、刀身は成人男性の背丈程に肥大化している。

 加えて、鍔付近から伸びた触手のような配線をユクモは右腕に纏い、自身と刀を一体化させていたのだった。

 

 

「間違い……ない……ッ!」

 

 

――――今日はつくづく、恐ろしいモノと再開する。

 

 新八は声を漏らした。

 部屋を切り裂かれた時から妙な予感があった。

 先日耳にした、桂からの話もある。

 もしやと思って事の成り行きを注視していたが、その不安は確信へと変わった。

 

 

「あれは紛れもなく……」

 

 

 桂の下から消えた、妖刀の一振り。

 

 

 

 

 

――――『紅桜』であった。

 

 

 

 

 

 




誰にも見られていないモニターにゆっくりと、赤い光が新たに生まれる。
僅か前に灯った光とは、別の。
それは虚しく、弱々しく点滅を繰り返していた。

……続いて


ビ――ッ




真選組の司令室に、もう一度アラームが鳴り響いた。

誰かが発した救援要請。

――――それは、剣撃のぶつかり合いに掻き消されて、何者の耳にも届くことはなかった。




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