銀魂 赤獅子篇   作:to.to...

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第四訓 第一発見者は一番疑われやすい

「沖田くぅん、助けてぇ……」

 

 

 炎亭の暖簾を潜ると、なんとも気色の悪い猫なで声が出迎えてくれた。

 客は二人、沖田と土方。

 声の発生源は手錠を掛けられた坂田銀時である。

 

 

「うげっ……」

 

 

 沖田は神楽と、土方は銀時と目を合わせ、露骨に嫌な表情を浮かべた。

 

 

「なんだ。ウチに向かってる二人組ってのは、総悟とトシさんだったんかい」

 

 

 大成は彼等と知友なのか、親しみを持って迎え入れた。

 

 

「いらっしゃっしゃっしゃせ」

 

「おい大成、まずは色々ツッコませろ。なんでお前ん家はまた火事になってんだ?なんで万事屋が炎亭(ここ)にいんだ?なんであの腐れ天パは捕まってんだ?あと土方スペシャル頼む」

 

「あいよ」

 

 

 煙草をふかしながら無遠慮に座席に着く。

 さりげなく注文する辺り、土方はこの店に慣れているようだ。

 

 

「くそッ……朝っぱらから腹立たしい事があったってのに、ついてねェな」

 

 

 土方の言う()()()()()()とは、見廻組の介入の事である。

 そんな鬱憤を払拭するように、煙草を灰皿に押し付けた。

 

 

「で、何があったんだ?」

 

「実はこの万事屋の銀さん、元白夜叉だって言うからさ。ほっとくワケにはいかねェだろ」

 

「もうこの際、多串君でもいい!大成にちゃんと説明してやってくれ!」

 

「誰が多串君だ!久しぶりに聴いたなそれ!」

 

 

 まったく――と呆れる様に、溜息を吐く。

 

 

「おい大成、鍵渡してやれ」

 

「いいのか?」

 

 

 伺いながらもカウンター越しに沖田へ鍵を手渡した。

 応じた沖田は、それを鍵穴に差し込む。

 そして大成の誤解を解かんと、簡単に説いた。

 

 

「大成さんと同様でさァ。万事屋の旦那が元攘夷志士だってのは、俺達ァ容認してるんで」

 

「あぁ、そうなんか!」

 

 

 大成と真選組の間で、過去に一体どんなやり取りがあったのかは分からない。

 だが彼等の口振り、振舞いからその付き合いは長いようだと感じられた。

 

 

「悪かったな銀さん。立場上、伝説の攘夷志士を野放しには出来ねェからよ。……にしてもちょっと乱暴過ぎたな。済まねェ」

 

 

 土方等とは違って、皮肉らず自らの非を認める辺り、好感が持てる。

 

 

「いや、構わねーよ。俺も少し踏み込み過ぎた。……てか沖田君、まだ外れないんスかね?」

 

「あっ」

 

 

 何かに気付いたかのように声を漏らした。

 

 

「この鍵、歪んでいやすねェ」

 

「え」

 

「これじゃ解錠できねーんで、後で屯所に来てもらえます?」

 

「はぁ!?」

 

 

 先程の火事で熱せられた所為か。

 鍵穴から抜いて見せた鍵は確かに変形し、ただの鉄の棒と化していた。

 

 

「おいトイレとかどうすんだよこれ!拭けないんだけど!?」

 

「そこのチャイナにでも介護してもらってくだせェ」

 

「ふざけんなヨ!てめぇの首のヒラヒラしてるやつ引きちぎってトイレットペーパーにしてやろか!」

 

 

 と、もはや恒例のいざこざが勃発する。

 そんな騒ぎを横目に、いつの間にか調理を終えていた大成は、土方の前へ丼を差し出した。

 

 

「はいよ」

 

 

 豊潤な香りが店内に揺蕩い――――などと料理小説にありがちな表現は似つかわしくない。

 だってこれは、カロリーの塊。

 形容するなら、犬のエサ。

 それこそが土方スペシャル(大成ver)

 

 汚物に見えてしまうのは大成の腕が悪いのではなく、その存在自体がゲテモノだということを、念のため付け加えておこう。

 

 

「いただきます」

 

 

 箸を割ると同時に、マヨネーズを飛び散らせるかの勢いで掻き込み始めた。

 見てるだけで胸焼けしそうなそれは、光の速度で消えていく。

 

 

「土方さん、よくあんな物を食べれますよね……」

 

「ホントそれ」

 

 

 互いに小声で言葉を交わす。

 これに関しては大成も奇異だと認識しているようで、新八は僅かに安心した。

 

 

「でもここだけの話。俺としてはご飯にマヨネーズ掛けるだけで金取れるから、トシさんには度々足を運んで欲しいと思ってる」

 

「聞こえてんぞ」

 

「けど調理師の身からしたら、もうちょい健康に気ィ付けてもらいたいんだがねェ」

 

「……大成、お前は調理師なのか?」

 

 

 言ってなかったっけ、というような顔を浮かべる。

 それが副業なのかと銀時は問うと、大成は気軽に答えてくれた。

 

 

「あぁ、そうだよ。真選組には週2で、朝と夜の飯を担当させてもらってる。真選組に限らず見廻組や、他の奉行所も手掛けてるけどね」

 

 

 見廻組という単語に、土方の眉がピクリと反応する。

 

 

「おっと、まーたサブさんと何かあったんか。触れないでおくけどさ」

 

 

 サブさん――――佐々木異三郎のことだろうと、銀時は脳内で変換した。

彼らとの交友もあるのかと、大成の顔の広さに少々驚嘆する。

 

 

「ま、食堂のおばちゃん的な感じだよ。お残しは許しまへんでーってヤツ」

 

「だが、ただの調理師が逮捕権なんか持ってるもんなのか?いくら警察の胃袋任されてるとはいってもよ」

 

「この人はちょいと特別なんで。それも認可されてんでさァ」

 

 

 これには沖田が平易に応じる。

 続けて、抱いていた疑問を銀時にぶつけた。

 

 

「それにしても、旦那は炎亭に何用で?」

 

「うっ……」

 

 

 言葉に詰まった。

 経緯を説明すると面倒になる。

 流石に真選組の眼前で、桂小太郎の名を口にすることは出来ない。

 

 

「ま、まぁ……アレだよ。

 アレがああしてこうだから、それなんだよ」

 

「指事語しか喋れねェ体になっちまったんですかい?」

 

 

 言葉を濁す、というにはあまりにも粗末である。

 そんな銀時を見かねて、大成は口を開いた。

 

 

「確か銀さん、『赤獅子』を探してたんだっけな?」

 

「ちょ、いや……!」

 

「赤獅子っていうのは――――」

 

 

 事情を知らぬ大成は悠々と語ろうとする。

 だが、そこまで言い掛けたその時だった。

 

 

「銀時ィ!やはりここにいたのか!」

 

 

 戸の滑る音と共に、新たな来客の声が轟いた。

 名指しされた銀時に限らず、皆がその方へ振り向く。

 その人物は――――

 

 

「おう、ヅラさんも来たんか。いらっしゃい」

 

 

 桂小太郎だった。

 あまりにもタイミングが悪すぎる、と銀時は頭を抱える。

 私は無関係ですよーと言わんばかりに、新八と神楽も目をそらした。

 

 

「帰っていたか大成君。目覚めたら誰もいないものだから、もしやと炎亭に足を運んでみたが……」

 

 

 そう言って店内に目を配らせる。

 当然、真選組の二人と視線が衝突した。

 

 

「……」

 

 

 一瞬の静寂が流れる。

 ほんの、コンマ数秒。

 それを切り裂いたのは、バズーカの爆裂音と

 

 

「桂ァァァァァァ!!」

 

 

 沖田の怒号だった。

 咄嗟の射撃で僅かに狙いが逸れ、桂の頬を弾丸が掠める。

 標的を失ったそれは炎亭の壁に命中し、激しい爆煙を巻き上げた。

 

 

「ちょっとォ!!俺ん家もうこれ以上苛めないであげて!!」

 

「火事はオメーが原因だろ!」

 

「てか何だ!?ヅラさんが何かしたんか!?」

 

「ヅラさんて……アイツは攘夷志士の桂小太郎だぞ!!」

 

「はあああああ!?」

 

「気付いてなかったんかいィィィ!!」

 

 

 大成と土方のやり取りを余所に、沖田は煙中へ斬撃を放つ。

 生じた風圧で煙幕が晴れると、もうそこに桂の姿は無かった。

 流石、逃げの小太郎の名は伊達じゃない。

 舌打ちを鳴らすと、沖田はすぐさま後を追った。

 

 

「大成お前も来い!」

 

「お、おう」

 

 

 壁に掛けられた刀を腰に差すと、二人も後に続いた。

 そうして、喧騒に溢れていた店内は鎮まり、万事屋は静寂の中に取り残されてし

 

 

「ただいま」

 

 

 と思いきや、大成だけ即座に帰って来た。

 土方の食べ終わった食器を手に取ると、厨房にて洗剤を注ぐ。

そのボトルには、手書きで『特殊異物専用』と表記されていた。

 

 

「これに漬けとかないと、マヨの油汚れ落ちないからさ」

 

「家庭的かッ!」

 

「じゃ、イテキマース」

 

 

 そう言い残すと、大成は再び外へ駆けていった。

 

 家屋にまた静けさが訪れる。

 そんな中、三人はポツポツと話し始めた。

 

 

「なんか、悪い感じはしないヤツだったアルな。安心感というか、なんというか」

 

「そ、そうだね……。案の定、変な人ではあったけれど」

 

「だが結局、赤獅子の事は訊けずじまいか」

 

 

 しかし、大成が赤獅子について何かを知っているという事は分かった。

 元攘夷志士だという事実。

 警察組織との繋がり。

 謎は深まってしまったが。

 

 

「まァ、真選組(あいつら)と関わりがあるってんなら、近いうちに会うとこもあるだろうよ。それよりも……」

 

 

 銀時は手元に目を落とした。

 

 

手錠(これ)どうしよう」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「どこ行ったんだヅラさん」

 

 

 炎亭を発って数時間後。

 大成は桂を追って、人気の無い小路にいた。

 日は傾き始めたのも相まって、周囲には大成一人しかいない。

 

 

「こっちの方だと思ったけど……」

 

 

 あの後、真選組は隊士達を動員し大々的に捜索していた。

 しかし行方はくらまされ、人海戦術で手当たり次第に探している最中である。

 大成もその面子に混ざり、勘に身を委ねて桂を追っていた。

 

 ――――そんな、時だった。

 

 大成の足元に、背後から何者かの人影が差し込む。

 

 

「誰だ?」

 

 

 僅かに感じた異質な気配に警戒心を抱きつつ、大成は振り向いた。

 

 

「……なんだアンタかい」

 

「どうだ、桂はいたか?」

 

 

 そこに佇んでいたのは一人の真選組の隊士だった。

 食事係というだけあって隊士達の顔は全て把握しており、この者も例に漏れず顔見知りである。

 小さく安堵すると、大成は答えた。

 

 

「いや、いねェな」

 

「流石は逃げの小太郎、と言ったところか」

 

 

 大成は話す。

 

 

「しかし、あのヅラさんが桂小太郎だったとは……」

 

「知人だったのか?」

 

 

 大成は語る。

 

 

「ああ。前々からよく足を運んでくれてたんだ」

 

「そ……ッ」

 

 

 大成は続ける。

 

 

「んな悪い奴にも見えなかったけどなァ。中々面白い人でよ」

 

「……」

 

 

 大成は喋る。

 

 

「……てか気付かなかった俺は、何かしら責任問われるかね?」

 

 

 大成は独言する。

 

 

「少なくともトシさんには、小言を言われそうだな……って」

 

 

 一人で話していることに気付いた大成は、隊士の方に顔を向けた。

 

 

「会話をしよう!?普段ぶっきらぼうなのは知ってるけど、二人の時くらいは会話し」

 

 

その瞬間

 

 

 

 

 大成の顔に生暖かい液体が掛かった。

 視界を奪われ、咄嗟に腕で拭う。

 

 それは、大成の頭髪より深い赤色をしていた。

 

 

「血……?」

 

 

 次に視線を隊士に向ける。

 

 彼の首は刎ねられ、肉体は血の噴水と化していた。

 

 少し遅れて、身体が崩れる様に地面に倒れ込む。

 そして大成の足に、転がってきた頭部が触れた。

 

 

「……」

 

 

 抜刀し周囲を見渡すが、大成の他に誰もいない。

 気配も何も感じ取れない。

 強いて動いているモノを上げるなら、痙攣している隊士の亡骸くらいである。

 

 ――――そう、状況を確認した矢先だった。

 

 路地の物陰から、買い物帰りらしき主婦が現れる。

 

 

「ひッ……いやあああああああ!!」

 

 

 現場を目撃した女性は、案の定けたたましい悲鳴を上げた。

 腰を抜かし、落とした買い物袋からは夕飯の食材だろう物が転げる。

 じゃがいも、人参、玉ねぎ、鶏肉――――――

 

 今夜はカレーかシチューかな?

 

 

「(ってそんな考察してる場合じゃねェ!)」

 

 

 完全に自身が殺ったと思われている。

 それ以前に、まだ犯人が近くに潜伏してる可能性だってある。

 この状況はよろしくないと、大成は事情を話そうとした。

 が、女に声を掛ける前に、多数の足音が聞こえ始めた。

 先程の悲鳴を耳にして、近くの真選組隊士が駆けつけたのだろう。

 

 

「おい、そこで何をしている!!」

 

 

 聞き慣れた声が小路に響く。

 それを発したのは土方だった。

 続いて、大成を取り囲むように隊士達が群がる。

 

 

「大成!?お前……」

 

 

 反応はそれぞれ。

 絶句する者、切っ先を向ける者、目を逸らす者。

 中には沖田の姿もあり、すでに刀の柄に手を添えて、殺気を帯びた眼差しを注いでいた。

 

 そんな群衆の中から、一つの声が漏れる。

 ――――まさか、大成があの警察狩りだったのか?

 

 真選組の釜の飯を担う仲間ではある。

 付き合いも長い。

 だが元攘夷志士という過去が、疑惑を抱かせる一つの要因となっていた。

 

 

「違うぞ、俺じゃ……」

 

 

 しかし即座に、この言葉には意味が無い事を悟る。

 状況は誰が見ても大成が下手人である。

 

 ここで弁明しても無駄か……と。

 大成は抜き身の刀を鞘に収めると、土方の方へ放った。

 

 

「大成……」

 

 

 何も語らず、両手をただ高く挙げる。

 俯く様に視線を落とすと、先程の生首がこちらを見ていた。

 

 生気を失ったそれは、まるで自身の死に気付いてないかの表情をしていた。

 


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